ナーサリーライムの撃破が終了したが……まー手強かった。すんげー強かった。沖田さんも超やりづらそうだったし、俺も階段の脇でのんびり眺めているしかなかった。
それでもアンデルセンの援護もあってか、速度を活かして翻弄し何とか無明三段突きで終わらせてくれた。
「……死ぬかと思った……」
「まったくだな。侍が敵を斬るのに時間をかけてどうする」
「それな。手間取りすぎなんだよな」
「黙ってくれませんか⁉︎ 情けない男組!」
いやー、話してみるとおもしろいやつだわ。アンデルセン。何が面白いって、作家独特の言い回しと言葉遣い。沖田さんを煽るのに使えそう。
「さ、終わったのならお前らには次の仕事だ。あまり頼りにならなさそうな奴らではあるが、それでも俺一人よりはマシだ。外に出て安全圏まで案内しろ」
「あなたは本当に最初から最後まで何様ですか! ねぇ、マスター?」
「何を言っている、沖田総司。こいつは単体では役に立たないクソ雑魚キャスター様だ。ならば、取引相手に過ぎない奴相手には舐められないよう強気な態度に出るのは当然だろう」
「ほう、話が分かるな、人類最後のマスターの一人。流石、俺と同様に戦闘では役に立たない括りに入るだけのことはある」
「何も分かっていないな、人魚姫の作者殿。俺という魔力の供給源は存在しているだけで役に立つ。今の戦闘も俺がここで大人しくしていたから、沖田さんはナーサリーライムに勝てたんだ。むしろ、口が饒舌なだけの小さい木偶と一緒にされては困るな」
「ハッハッハッ、中々愉快な解釈をしてくれるな。お前,童貞だろう。作家に向いていると思うぞ」
「鬱陶しい! なんですかマスター、そのちびっこと同じような口調になって⁉︎」
おっと、気付いてしまったか。でもこの話し方、わりかし面白いし楽しいのよ。何故か単語がスイスイ浮かんでくんの。
まぁ、これも仲良くなったからこそのことよ……なんて思いながらアンデルセンを見ると、実に不愉快そうな顔でコチラを見ていた。
「おい、待て。それは俺の真似のつもりなのか? 違和感は感じていたが、いざ聞かされると不愉快だ。やめろ」
「真似? 冗談は身長だけにしておけよ、親指姫。俺は元からこの話し方だ。自意識の高さは物語の中だけにしておくんだな」
「言った言葉を訂正するぞ出来損ない。人の猿真似しか出来ん童貞以下には、作家の真似事さえ出来ん。思春期の間にアイデンティティも学べん阿呆は、外でパリピごっこでもしておけ」
「いやもういいですから黙って下さいダブル童貞!」
「「黙るのはお前だ単独バージン!」」
「ぶち殺しますよあんたら⁉︎」
……まぁ、確かにこんなことしている場合ではないな。そろそろ特異点について調べないといけない。
コホン、と咳払いして、とりあえずアンデルセンに声を掛けた。
「で、お前どうすんの? 出来れば協力して欲しいんだけど。俺も沖田さんもお前の宝具がないと死んじゃうし」
「断る。協力する気など毛頭ない」
言うと思った。こいつあまりにも性格悪いし。ま、それならしばらく休憩で良いでしょ。
「あー……じゃあ、沖田さん。しばらくここにいよっか」
「やめておけ。もうすぐここの古書店の主人が目を覚ます。それで警察など呼ばれれば面倒に巻き込まれるぞ。いや、巻き込まれるという表現は正しくないな。不法侵入は事実だ」
「は? え、じゃあお前はどうすんの?」
「俺は魔霧にも耐性がある。外に出るさ」
「一人だけトンズラこくつもりかコラ⁉︎」
「今更その事実に気がつくとは、やはり脳の回りが遅い奴だなお前は」
あったま来た。こいつほんとにムカつくわ。
「沖田さん、やっちゃえこいつ」
「やってどうするんですか。やってもどちらにせよ出られませんよ」
「でもこのままやらなかったらやらずに出られないっていう最悪の答えが出てくる」
「いやでも野良サーヴァントなら、これまでの傾向的に私達の手助けをしてくれる可能性が……」
「敵に回る可能性もあんだろうが!」
なんてやっている時だった。ギィッ……と、扉が開かれる音がする。顔を向けると、店の扉をひっそり開けているアンデルセンが目に入る。
「じゃあな、五流作家とサーヴァント。その安物のペンでお前達の三文小説を、せいぜい描くと良い」
「あ、待てコラ……!」
逃げられた。最悪だ。まだ一発も殴ってないのに……まぁ、あの様子ならどっちつかずを貫きそうではある。もう放っておこう。
それよりも……と、思っている時だ。カウンターの方から「んんっ……」と声が聞こえる。どうやら、主人が目を覚ましたらしい。
「やっば……お、起きる!」
「隠れましょう!」
「本屋のどこにだよ⁉︎」
「本屋っていったら隠し扉があるものでしょう!」
「お前さてはここに来る前に謎解き系ホラゲやってやがったな⁉︎」
いや、しかし隠れるしかない。まさかここの主人を鏖殺するわけにもいかないし。
どこに隠れるかを探し回った後、本当に本棚の間に亀裂を見つけた。
「こいつ、動くぞ!」
「コクピットだけを狙いましょう!」
そんな話をしながら、その亀裂の間に指を入れて開けると……その奥にあったのは掃除用具入れだった。
「なんでこんなもん隠すんだよ本棚の奥に⁉︎」
「でも、ここなら……!」
「定員オーバーだ! マスターに譲れ!」
「ふざけないでくださいよこんな時に!」
「うるせーな! てかお前、刀腰に当たってんだよ!」
「うるさーい!」
「うごっ……!」
強引に押し込まれ、そのまま二人で掃除用具入れに入った。
ちょっ……お、沖田さん柔らかっ。腹筋も腕も筋肉質なのに近寄ると柔らか!
「ま、マスター! 近いです、離れて下さい!」
「うへへ、綺麗なお嬢さん。おっぱいが非常に柔らかいですね」
「気持ち悪っ! な、なんですか急に⁉︎」
「いやこのシチュエーション悪くないわ! この特異点は解決するまでここでやり過ごそうや!」
「な、何言ってるんですか! そんなの、藤丸さんが怒る……!」
「大丈夫大丈夫。どうせ俺らここから出られないんだし、怒られないって。……それに、ここなら沖田さんのおっぱい揉み放題じゃあうへへっ」
……と、怒らせれば怒らせるほど沖田さんは恥ずかしさより怒りが増していくから、変な空気にはならないだろう。いや、半分本音なんですけどね。
でも本当にここにいるしかないのよ。アンデルセンの宝具がどれだけ続くかはわからないし、かと言ってここに警察が来れば一巻の終わり。暇かもしれないけど、その時は二人でしりとりでもやればなんとかなるだろう。
なんて考えている時だった。
「……ほ、ほんとに沖田さんの胸、揉むと嬉しいですか……?」
「へ?」
「でしたら……まぁ、今だけなら……」
……え、何「今だけなら」って……揉んで良いってこと……?
「……」
「……」
いや、いやいやいやいや、そんなこと言われたら俺揉んじゃうよ? 良いのあんたそれで。仮にも喧嘩してた仲でしょ。確かに周りで誰も見てないとはいえ、やっぱ羞恥心には限度ってものがあると思うけど?
「おいおい、俺をただの口だけすけべだと思わない方が良いぜ沖田さん。そんなこと言ってると、ほんとに揉んじゃうよ? 良いの? 良くないでしょ? 良くないことを口にするのは……」
「誰も見てないのでしたら……」
「でしたら?」
「どうぞ……」
「え……ど、銅像?」
「いえ、ですから……どうぞ」
「……」
……ダメだろ。いや決してチキったとかではなく、こう……なんか、日本人の倫理的にこう……ダメだろ。
「……あ、あの……沖田さん? 流石にそういうのは、こう……俺よくないと思うの。だってほら……マスターとサーヴァントだし、こう……マスターの立場を利用してどうこう、みたいなのは俺もしたくないかなー的な……?」
「……立場を利用してロッカーから追い出そうとしたくせに」
「ううううるせーな!」
「チキン」
「ぶちのめすぞビッチ」
「び、ビッチじゃありません! ……こんな真似するの、マスターにだけです……」
「えっ……」
「……」
「……」
おい、こいつほんと何言ってんだよ……人を緊張させてそんなに楽しいんかコラ。ていうか……なんか、沖田さんって可愛い? あれ、もしかして……実は沖田さんって可愛い⁉︎(2回目)
いやいやいや、バカ言うな俺。本当に可愛い子って誰のことを言うのよ。今までの俺が恋した女の子たちを思い返してみなさい。
ジャンヌ・ダルク……言わずもがなの聖女。そのあまりの落ち着きと美女っぷりと胸の大きさは、それはもう天使の如くだ。
ネロ・クラウディウス……言わずもがなの妹。天真爛漫、純真無垢、そして大きなおっぱい。少なくとも俺が出会ったネロは全然、暴君ではない。
エウリュアレ……言わずもがなの女神様。余裕まんまの不敵な笑みから漏れるツンデレ感は、それはもう幼馴染かと思うほどだ。胸は小さい。
よし、そいつらに比べりゃ沖田さんなんて……アホな脳筋で基本的に斬れば何とかなると思っている。だけど割とウブで頭の軽さから非常にチョロい、それ故の純真さを兼ね備えていて、その笑顔はわりかしかわいい。胸も大きい上に美乳で、割と戦闘中の息もピッタリあう……。
「ちっがああああああう!」
「何がですか?」
「沖田さんなんて可愛くなああああい!」
「……」
あれ、なんか空気が変わったような……と、冷や汗をかいた直後だ。目の前の沖田さんから、ぐすっとしゃくり上げるような声が聞こえる。
「……そうですよね。やっぱり、沖田さんなんて、ジャンヌさんやネロさん、エウリュアレさんに比べたら、可愛くないですよね……」
なんでこいつショック受けてんだ⁉︎ え、ホントどうしたのこの子……いや、そんなことより……沖田さんが泣いてるとなんか俺も嫌だ! なんとかしないと……!
「あー、うそうそ! 沖田さんちょー可愛い! おっぱいもめっちゃ柔らかい! ほーら、もみもみ!」
「……いえ、分かってますから。所詮、沖田さんは人斬りですし……」
「それは俺も一緒だから! てか俺の方が悪いわ。他人に人殺し強要して自分は手を汚してないんだから! だから沖田さんかわいい!」
「……」
なんとか捲し立てる。……俺は一体なんで焦ってんだ……バカなのか? それともアホなのか? 沖田さんがどうなろうが別に……。
「もう……ホントにマスターはバカですね……?」
「お、俺は賢いから!」
「でも……ありがとうございます。お世辞でも嬉しいです……」
「は、はははー……」
目を逸らしながら、誤魔化すようにため息を漏らした。……ていうか、流れで揉んじゃったけど、マジでこの人の胸柔らか……なんてやっている時だった。
「あっ」
「「えっ」」
掃除用具入れの扉が開かれた。そこに立っていたのは、アンデルセンの首根っこを掴んでいる甲冑の女の人と、その後ろにマシュ、藤丸さん……などなど、その他大勢。しかも、全員ジト目になっていた。そりゃそうだろう。ロッカーの中を開けたら、俺と沖田さんが乳繰り合っているのだから。
シーン……と、空気が凍りつく反面、俺と沖田さんは顔が真っ赤になる。おい、これどうすんだ。俺のサーヴァントたちでさえゴミを見る目で見てんぞ……。
そんな中、だ。高らかな笑い声が聞こえて来た。
「ふははははっ! これは最高傑作だな、俺にも書けまい! 童貞と処女の粗末な恋愛小説になると思いきや、まさかそれを飛び越えて官能小説になるとはな! 流石、チェリーが並んでいるだけある、俺の腹筋を瓦解させるつもりのようだな! ふはははははは!」
笑い声が古書店内に響き渡る中、真ん中の兜の女は手からアンデルセンを捨てる。
そして、藤丸さんとマシュの方へ顔を向けた。
「あー……こいつら、お前らのツレか?」
「「違います」」
「じゃあ敵だな?」
「「そうです」」
「「そうなの⁉︎」」
「じゃあ、やっちまうぞ」
「「どうぞどうぞ」」
「クラレント」
「「待て待て待……!」」
古書店の壁が本棚と掃除用具入れ諸共吹き飛んだ。