「ひぃぃぃやぁぁぁぁぁッッ‼︎」
「まてまてまて〜!」
火事場のクソ力、とはまさにこの事だろう。おそらくアサシンと思われる相手に追われながら、俺は沖田さんを背負って霧の中を全力疾走していた。
追い付かれていないのは、向こうがいたぶっているのか、それとも本当に火事場のクソ力なのか分からないが、とにかく走っている。
「ま、マスター……私を、下ろしてください……」
「ぎゃああああああ! し、死ぬー! 今度こそ死んだこれー!」
「今の、私は……足手まといです……ましてや、サーヴァントがマスターの足手まといになるなど……」
「おおおおお! もう足パンパンだああああ! 神様仏様エウリュアレ様! なんとかしてくださああああああい!」
「聞いてます?」
「おびょろほおおおおおおおおおおお⁉︎」
「何その奇声⁉︎ てか、死にかけのサーヴァントが一世一代の告白をしているんですから、何とか言いなさいよ!」
ゼッ、ハァッ、ヒェッ……! な、何か……何か無いのかっ……⁉︎ 役に立ちそうなアイテムは……!
ダメだ、霧が深くて何も見えやしねえ! そもそも、今歩いている道だってよく見えてねえのに……!
そんな中、俺の耳に飛び込んできたのは、金属音。石畳の上を走っていたはずなのに、一箇所だけ金属を踏むような音が聞こえた。
「!」
……ワンチャンある、ワンチャンあるけど……半分は賭けだ。でも、この霧の中、上手くいけば生き残れる可能性はある!
「沖田さん、沖田さーん」
「な、なんです……か?」
「行ける? あと一太刀」
「……あ、当たり前、です……! マスターに助けられたままのサーヴァントでは、いられませ」
「いや『あと』というか一太刀も振ってないから『一太刀くらい行ける?』か」
「ムカつく言い直しはやめて下さい!」
「黙ってろ。合図を待て」
元気そうで何よりだ。そろそろ魔霧の中、全力で走るのも限界だ。次が一発勝負、自分の反射神経と瞬発力にかけるしかない。
口の中に滲む血の味を強引に飲み込みつつ、後ろを見る。霧の中で姿は見えないが、追って来ているのは分かる。追わない理由が無いからだ。
「……っ」
そろそろか、と思った直後、カアンッと甲高い音が足元からする。すぐに合図を出そうと、した時だった。
「いっ……コフッ⁉︎」
やべっ、限界か……血が! てか、もう足も動かねッ……! けど、後ろからサーヴァントが……死ぬ!
「マスター、動かないで下さい」
そんな声が聞こえたと思った直後、俺が膝をついていたマンホールが斬り裂かれた。
その直後、俺と沖田さんは真下に落下する。下水道の真横を通る通路に背中を打つかと思ったが、沖田さんがキャッチしてくれた。
「ご無事ですか? マスター……」
「次に、備えろ……!」
俺の言うことが分かったのか、沖田さんはすぐに俺を降ろして刀に手をかける。俺も、形だけでも懐から銃を抜いた。
息を潜め、耳を澄ませる。聞こえてくるのは、マンホールの上からだ。
「あれ? いなくなっちゃった……はーあ、はやめにかいたいしておけば良かったなぁ……」
そのセリフと共に、上から足音が遠ざかっていく。それに、ひとまずホッと胸を撫で下ろした。
「ふぅ……危ねえ……うぶっ……!」
「っ、ま、マスター! しっかりして下さい!」
「……吸い過ぎた、死んじゃう……」
「えっ、ちょっ……し、死んって……ど、どうしよう……⁉︎ 私、回復スキルとかありませんし……」
……マンホールの下に降りれたのはナイスアイディアだったと思うんだけどなぁ……。この濃い霧が室内にまで流れていたら、特異点とかそんなレベルじゃない。ロンドンは滅亡している。
その上、視界の悪さを利用すれば、マンホールの穴さえ見つからなければ逃げ切れるのは分かってた。見つかっても、魔霧は消える。いくら死力を尽くしたとはいえ、俺一人に追いつけなかった……或いはいたぶっていた時点で、相手は単騎。沖田さんを援護すれば勝てる。
でも、やっぱ逃げ切った後だよな……。このままじゃ、結局死ぬ……。
「やれやれ、こういうのは俺の役割と違うんだがな。しかし、あの探偵小僧に『面白いものがいる』などと言われれば仕方あるまい」
「! 何奴……!」
そんな中、声が聞こえた。ぶっ倒れた俺の前に、沖田さんが立ち塞がり、声の方を向く。
「まぁ、引き受けた以上は最低限の仕事はこなすとしよう」
「何者か答えなさい。さもないと……」
「落ち着け。俺は、敵ではない。……と言って信用するマヌケではないな。俺は勝手に宝具を使わせてもらう。どうするかはお前らが決めろ」
さっさと殺せ、と命じたい所だが、本当に殺すつもりなら何も言わずに宝具を使ってる。このままじゃどうせ死ぬし、味方だと信じて使わせても良いかもしれない。
「沖田さん……」
「? なんですか?」
「とりあえず、やらせてみよ……ゴフッ」
「っ、ま、マスター……!」
「『ではお前の人生を書き上げよう。タイトルは……そう』」
そう言うと、下水道の奥の道が薄らと光る。青く光ったその後、俺の身体を包み込むように発生したと思ったら、徐々に俺の身体の魔霧によるダメージが修復されていく。
……いや、それどころかなんか力が漲ってくるような、そんな気さえ……。
「お、おおお……⁉︎」
「マスター、身体の具合はいかがですか?」
「いや、良いよ。すごく良い感じ」
「他人に自分の宝具をペラペラと話す気はないが、説明だけしておいてやる。元の姿に戻し、外の魔霧耐性をつけてやっただけだ。……まったく、まともな人間を描くなど、俺の主義に反するのだがな」
「サンキュー」
「礼などいらん。取引の一環だ」
「は?」
取引? 何かこっちに要求があると?
「俺が借宿にしている本屋がある。そこの2階に魔本が住み着いている。そいつをなんとかしろ」
そう言いながら、ようやく暗闇から姿を現したのは、青い髪の子供だった。眼鏡をかけていて、ペンのようなものを手に持っている。
「あんたがサーヴァントか?」
「そうだ。悪いが、お前らに拒否権は無い。カルデアの諸君」
「……お前は何処の所属だ?」
「お前らを助けた時点で、野良に決まっているだろう。一々、口にしないと確認も出来ないのか?」
……ほほう、そう言うスタンスね。
「バカ言え。口で確認することに意味があんだろうが。頭の中で勝手に理解するのと、相手の口から聞いたものを飲み込むのじゃ全然、違ぇーから」
「面倒なものだな。考えることを放棄した奴はこれだから、好きになれない」
「何でもかんでもショートカットしたがる方が余程、考える事を放棄してると思うけどな」
「……」
「……」
「あの……お二方? そこまでにしておいた方が……」
……だな。野良なら喧嘩する理由もない。とりあえず、先に進もう。
「わーったよ。そいつをぶっ倒せば良いんだな? 沖田さんが」
「そこで結局、私ですか⁉︎」
「それで構わん。行くぞ」
とりあえず、地下水路を通ることにした。のんびりと歩きながら、ふと気になった事があったので聞いてみた。
「そういや、沖田さん。なんでまだ合図出す前だったのに、あそこで床切るって分かったの?」
「何となくです。それなりに長い付き合いですし、マスターのことで沖田さんが分からないことなんてありませんよ?」
「……」
……さいですか。なんか、少し嬉しく感じてるんだけど、多分気の所為だろう。
×××
そのまま俺達は古書店に来た。店主らしき男が眠っている。
「……ここか」
「ここではない。ここの2階だ」
「指摘が細けえな」
「細かいのは当然だ。一階で魔本を探すために荒らされても困る」
「お前の借宿なら、むしろ暴れてズタズタにしてやっても良いかもなオイ?」
「すぐに暴れたがる奴ほど、頭に持ち腐れた宝があるという典型だな、お前は」
「そんな典型、聞いたことねえよ」
「当たり前だ。俺が今、作った。しかし、的を射ているだろう?」
「あの……お二人とも、そこまでにしませんか? ホント、私の身にもなってください」
……そうだな。今はこのチビガキにキレても仕方ない。さっさと仕事を片付けよう。
「おい、ガキ。その本に情報は無えのか?」
「ある。……が、教えはしない。未だ敵か味方か分かっていない俺の言葉を鵜呑みにする程、貴様は愚かではあるまい? まぁ、結果的に言えばその用心深さの方が余程、愚行ではあるのだがな。一度、体験して来い」
「なわけねえだろ。だってお前、あいつを倒せないから、俺達に助けを求めに来たんだろ? どっかの誰かの……探偵? に唆されて」
「まぁ、その通りだな」
「でも、その語彙力の多い罵倒はバカじゃない証拠でもある。お前が知ってる範囲で良い。奴のことを教えろ。さっさと終わらせて、俺達も仲間といい加減、コンタクトを測らないといけねえんだよ。その方がお前の安全も確保してやれるぞ」
「……チッ、やりづらい奴だな」
……なんか知らんけど、それはこっちのセリフだ。唯一わかってるのは、こいつは自分から前に出るタイプではないキャスタークラスだと言うこと。ていうか、戦闘能力は皆無と見て良いだろう。
ならば、ハッキリ言って俺はこいつを見捨てて仲間と合流してから、上の魔本を倒しても良いと考えていた。
それをしない理由は、こいつが敵だったとしたら、当然こいつを動かした探偵も敵だからだ。
ならば、俺とこのチビの動向を、探偵はどこかで見張っているはず。狙いはこっちの戦力の把握。何なら、全員揃った所で魔本と一緒にドカンなんて事もある。
が、俺と沖田さんの二人だけにドカンはしないだろう。メリットとデメリットに差があり過ぎるから。
それに、情報がここで聞いて出て来ないようなら、やはり偽物。ここで目の前のチビを殺せば良い。
すると、チビは仕方なさそうに言い始めた。
「上の魔本は、サーヴァントだ。正確に言えば、サーヴァントになりたがっている魔力の塊、と言うべきか。そこで寝ている主人は早速、襲われ、今や覚めない夢の中さ。この街には、そんな住民で溢れている」
「ふーん……」
「では何故、そういうことをするのか? 簡単だ。マスターを探し、擬似サーヴァントとしての実体を得ようとしている」
「あの……難しくてよく分からないんですが……」
「沖田さんはその辺の本でも読んでて」
「なんでそうやって沖田さんをバカ扱い……!」
「後で甘味」
「役目がきたら教えてくださいね!」
よし、おk。
「魔力の塊である以上、実体なんてないわけだ。すると次の問題。なんで魔力の塊が本の形をしているのか?」
「答えが分かっている癖に質問をするな、アホめ。おとぎ話の概念がサーヴァントだからに決まっているだろう。今から奴に名前をくれてやる。実体が出来たら、後はお前らでやれ」
「はいはい。沖田さん、行くよ」
「はーい!」
そんなわけで、二階に上がった。後は、どれだけ強い奴が出て来るか、だが……ま、何とかなるだろ。
二人で関節を伸ばしつつ、首をゴキゴキと鳴らし、二階に降り立った。まず目に入ったのは、中央でぷかぷかと浮いている大きな本。それが、静かに佇んでいる。
「やるよ、沖田さん」
「はい!」
「良い? 基本、好きに暴れて良いけど、なるべく作戦は……」
「お前に名前をつけてやるぞ、ナーサリーライム!」
「「人がまだ話してる途中でしょうがあ!」」
「知るか。早く戦え。ここの本はもう飽きた。一刻も早く外に出たい」
本の中から徐々に象られた少女との戦闘は、唐突に始まった。