夜が明けたのに、全然眠れなかった。しかも、危なかった。辛うじて罠を使いに使ってみたは良いが、それだけやってようやくヘラクレスとヘクトールを相手に出来たレベル。
しかも、相手の船にはまだサーヴァントがいる上に、1人も削れていない。次の戦闘では、どんなアホがトップでも警戒し、ヘラクレスとヘクトールの二人だけに分けるような真似はしないだろう。
悩みの種が尽きない。そんな顔をして船上の樽に座ってると、どっかりと隣にどっかりと巨体が座り込んだ。
「なんだい、辛気臭い顔してるね」
「……ああ、船長」
……別に身長が高いわけでも無いのに大きく感じる人だな……。おっぱいの所為か? 谷間に腕を差し込んでみたいものだ。
「何かあったかい?」
「まぁ……あまり良い状況じゃないから。あと眠いし」
「何、そういう時は寝ちまえば良い。煮詰まってんなら、息抜きすることも大事だよ」
「そうも言ってられんって。相手はヘラクレスを撃退されて下手な攻めはしないだろうが、いつまた奇襲をかけてくるか分からないんだから」
「そのくらい、アタシにだって分かってる。けど、あんたみたいに賢しいバカには、睡眠ってのは重要だ」
それは……ん? 賢しいバカ? どゆこと?
「何、何年も海賊やってるアタシが言うんだ、間違いない」
……まぁ、船長がそこまで言うなら。時間がないとはいえ、アドリブの対応力なら俺よりも英霊達の方が上だろうし、海の上ならヘラクレスの機動力は下がるだろうし。
「……なんなら、膝枕でもしてやろうか?」
「……マジで?」
「ああ、マジで」
「じゃあ、胸枕でお願いしま」
「眉間でも呼吸出来るようになりたいのかい?」
……膝にしておこう。
×××
しばらく仮眠を取った。目を覚ましてからは今後の会議。集まってるのは俺と船長、藤丸さん、マシュ、オリオンの5人だ。や、アルテミスもいるから6人かな? 普段なら参加してるエミヤさんには寝てもらっている。クー・フーリンさんにも寝てて欲しかったけど、アキレウスと向き合った数少ない人だし、参加してもらわないと。
まぁ、それでもやることは大体、決まってるんだけどな。
「仲間を増やすぞ」
「……マスター、なんで頬腫れてるんだ?」
「寝てたら沖田さんとエウリュアレに怒られた」
膝枕してもらってたってだけで理不尽過ぎるでしょあいつら。何処まで勝手な奴らなんだよ。
「クー・フーリンさん。なんだっけ、あのとんがり頭の名前」
「アキレウスだ。ありゃ相当ヤベェぞ。かなりの強敵だ」
「やっぱりか……」
まぁ、あのヘクトールを倒した奴だしな。何となく察しはついていたわけだが。
要するに、敵には最強の矛と盾が揃ってるわけだ。ハハッ、何このクソゲー。無理ゲーにも程があるよね、普通の人ならば。
「で、だ。当然、そいつに追加してヘラクレスも一緒に相手にするわけにはいかない。よって、ヘラクレスと奴らの船を引き剥がす」
「まぁ、そりゃ賛成だがな、どうやんだ?」
オリオンが聞いてきたので、簡単に答えた。
「当然、エウリュアレを囮に使う他にない。二手に分かれて敵を襲撃する。エウリュアレの方はヘラクレスを引き寄せ、もう片方はイアソンを直接狙い、多少、強引にでも相手の戦力を分ける。エウリュアレが餌になれば、向こうも戦力を投入せざるを得ないだろうからな」
「なるほどな……」
「でも、そんなに上手くいくかい? もしかしたら、エウリュアレを追わせるのがヘラクレス一人かもしれないじゃないか。イアソンの方に全戦力を注がれて全滅させられたらどうするんだい?」
今度は船長のセリフだった。まぁ、それもそうなんだよね。奴らのゴールはエウリュアレを捉え、何らかのアクションを起こすこと。それを達成するまでに誰が死のうが関係ないのかもしれないし、大胆な駒の動かし方も可能だ。
「だから、向こうにこちらを追わせる。イアソンは前線には出ない。そこに付け入る隙がある。奴らを圧倒的優位に立たせ、バーサーカーの脳筋っぷりを利用して引き剥がす。状況を見てバーサーカー以外がエウリュアレを追って来ないようなら、イアソン襲撃組も一緒になってヘラクレスをボコボコにし、戦力を減らした上で正面からぶつかる」
「……なるほどねぇ。ヘラクレスと戦闘中に援軍が来たら?」
「むしろその方が良い。はっきり言って、ヘラクレス側は適当に相手をするだけで倒してやる必要なんかない。ヘラクレス以外に、少しでも多く敵の戦力を引きつけるのが仕事だからな。その間に、もう片方がイアソンを落としてくれりゃ、それで勝ちだ」
簡単に言ったが、もちろんこちら側も油断出来ない。頭数で勝ってるとはいえ、相手は命が一つ減って11個のとんでも化け物だ。その上にアキレウスやら何やらと援護が来たら、引き付けるにも限界が来る。
そのための戦力増強で召喚をしたいって話だし。まぁ、王を取れば相手が消滅してくれる辺り、やり易くはあるんだが。
「じゃあ、また罠仕掛けるの?」
藤丸さんの質問に、俺は首を横に振った。
「いや、今回の作戦じゃ、その戦法は使えない。こちらの元々の狙いはヘラクレス以外の戦力も引きつける事だから、なるべくナチュラルな形で、相手が俺達を追ってきてるように錯覚させる必要があるから」
「なるほど……」
「とにかく、何処かの島に降りるぞ。二手に別れて船が一つしかない以上、片方は地上戦だ。イアソンは船を持ってるし、万が一、逃げられた時のために船長にはそっちに行ってもらう」
「はいよ」
「それから、藤丸さんパーティもイアソンを追って。あのリップと炎バカオルタなら、船への破壊工作が可能だからな」
「はーい」
「オリオンも藤丸さんの方について行って。藤丸さんの所、アーチャーいないし」
「了解」
よし……大体、決まったな。とりあえず、さっさと島に……。
『なぁ、田中くん』
ドクターの声が聞こえた。
「なんだよ」
『奴らの目的については良いのか? 女神エウリュアレを使って、一体何をしようとしているのか』
「そんなもんどーでも良いだろ。重要なのは奴らが聖杯を持っていて、エウリュアレを欲してるって事だけだ。お互いの王将がハッキリ見えてれば、こちらの手の打ち方も分かるってもんだ」
『それは、そうだが……』
「それより、ドクターは周囲警戒を頼む」
よし……あとは、どこの島にするか、だが……。
なんて思いながら彷徨ってると、ヒュガッと何かが俺の頬を掠めた。
「……え」
……な、何? 敵? 呆けてる間に、周りのメンバーはすぐに臨戦態勢になる。
「……何事?」
「矢だな、敵か?」
「あ、待って。何かついてるわよ?」
アルテミスがその紙を手にした。
や、矢文は結構だけど、俺の顔面の横を通らせる意味あったの……? おしっこちびるかと思ったんだけど……。
「えっと……何? 宣戦布告? 今、イライラしてるから喧嘩なら買うよ?」
「違うみたいよ。……ふふ、私の知ってる子よ。相変わらず堅苦しいわね」
「え、アルテミスの知り合い?」
「そーよ。やっぱり愛を知らない純潔少女だからかしら」
「知り合い……えっと、どちら様ですか?」
マシュに質問され、アルテミスはニコニコしながら答えた。
「ふふ、あの子はね。アタランテっていうの」
「なんか聞いた事あんな。誰だっけ?」
「着いてからのお楽しみよ。さ、行きましょう」
矢が飛んできた方向を辿って船を発進させた。
×××
島に到着し、森の中の散策を始めた。船の護衛にリップ、ジャンヌオルタ、佐々木さん、エミヤさん、清姫、アステリオスを残し、俺と沖田さんとクー・フーリンさんとエウリュアレと船長と藤丸さんとマシュとオリオンとアルテミスで散策している。
「いやー、こうして歩いてると無人島キャンプツアーみたいだよな」
「あ、それ分かる。濱○とかの憧れてたんだよねー」
「それサバイバルだろ、ツアーじゃなくて」
藤丸さんとそんな話をしてると、マシュが隣から質問してきた。
「サバイバルをしたことあるのですか? 先輩方は」
「いやいや、ないよ。たまにテレビでお笑い芸人が、無人島で何週間もサバイバル生活する番組をやってたの」
「海に潜って魚を銛で仕留めたりするのな。あとキノコとか探したりして」
「それは……中々、キツそうな番組ですね」
「勿論、ちゃんとプロの人とかに指導は受けてんだろ」
じゃなきゃ危ない。楽しそうだなーと思ったりもするけど、俺は絶対にごめんだね。や、まさに今の俺達がそんな感じなわけだが。
「現代にはそんな番組をやってやがんのか」
クー・フーリンさんが楽しそうに笑いながら口を挟んだ。
「マスターなら1日で死にそうだな」
「いやいや、俺は賢いからね? まぁ、2日くらいで飽きて死にたくなるかもだけど……」
「賢くても出来ないだろ。釣り一つ取っても、落ち着きとかなさそうだしすぐに癇癪起こすんじゃねえか?」
「え、俺ってそんなイメージなの……?」
それはそれで地味にショックなんだけど……。や、否定できないんですけどね。
そんな中、現代の話を知らない船長も興味ありげに聞いてきた。
「現代、ねえ……。他には何か面白いもんとかあるのかい?」
「ゲームとか?」
「ゲーム? トランプでもやろうってのかい?」
「違うよ。ちょうど今、持ってるから見てみる?」
「オイオイ、持って来てんのかよ。何しに来てんだよマスター」
「や、もしかしたら刺された時に『こいつのおかげで命拾いしたぜ……』とかあるかもしんないじゃん」
「ねえよ。そんなドラマみてえな話」
「ドラマ? ドラマってなあに?」
「物語を演じてテレビに映すんだよ、アルテミス」
「へえ、そんなんもあるんだ」
「エロビデオとかもあるぞ、オリオン」
「マジ⁉︎」
「ダーリン?」
「あ、沖田さんアレ見たいです! 古○任三郎の続き! マスター、持ってきてないんですか?」
「流石にテレビとBlu-rayは無理。エミヤさんに頼めば作ってもらえるかもだけど」
「じゃあ、今夜は上映会ですね!」
「何しに来てんだよ、テメェは特異点に」
「お前が言うな、マスター」
「わ、マシュ見て! 美味しそうなキノコ!」
「先輩、それテングダケです……」
なんて話をしてる時だった。
「いや、貴様ら緊張感なさ過ぎだろう‼︎」
何処かから声が聞こえた。その声に、話題も中断して全員で森の中を見回す。
「何? 誰?」
「さぁ? 敵か?」
「マスター、下がっててください」
サーヴァントの皆様は臨戦態勢に入る。緊張感は無くとも、油断はしていない。
だが、謎の声の説教は続く。
「呼び出されて何故そんな呑気な話ができる! 敵の罠かも、とか考えなかったのか⁉︎ や、それらを抜きにしてもテレビだのゲームだのテングダケだのと盛り上がるのはどう考えてもおかしいだろう!」
「うーるせーなー。他人に雑談ダメ出しされる覚えはねえよ」
「ダメ出しするわ! もっとこう……戦闘中という意識をな……!」
「エウリュアレ、あそこ」
「はーい」
クー・フーリンさんの指示で、エウリュアレが木の上に弓を引くと「のわっ」と悲鳴が聞こえた。避けられたっぽいな。
「な、何をする!」
「場所は割れた。総員、一斉射撃準備」
「ま、待て待て待て! 別に私は敵では……!」
「あと5秒以内に降りてこないとぶち込む」
「わ、分かったから待て!」
そこでようやく、姿を現した。降りてきたのは前髪が緑で襟足の方が全部金髪の少女だった。やっぱ何処かで見た事あんな……。
「まったく貴様ら……なんで容赦のない真似を……! 本当にアルゴノーツと敵対する者か? いや、奴らと敵対するのならむしろその方が好ましいが……」
「というと?」
「私達は奴らと戦う者を待っていた。……といっても、私は初めましてではないがな。フランスでは迷惑をかけた」
「え? フランス?」
……こんな人いたっけ? 俺の反応が気に食わなかったのか、アタランテは眉間にしわを寄せた。
「……覚えてないのか?」
「や、覚えてるよ。確か、クー・フーリンさんの投げボルグで倒れた……」
「それはサンソンだ」
「じゃあ、寝てる間に藤丸さんとジャンヌにやられた……」
「それはマルタだ」
「リヨンからジークを担いで逃げてる間に……」
「それはカーミラかランスロット」
「……え、あと他にいたか?」
「……貴様、本当に腹立たしいな……!」
え、だって……後はヴラドとジルと武蔵と……と思い出そうとしてると、沖田さんが俺の耳元で囁いた。
「……アレです。ジークさんを探しに行った時にいたアサシンの……」
「ああ! クリスティーヌ!」
「それはファントムだろう‼︎ なんだ、本当に覚えてないのか⁉︎ マスターがマスターならサーヴァントもサーヴァントか!」
あ、ヤバイ。少し泣きそうだ。どうしよう、そんな怒らせるつもりは……と思ってると、今度はマシュが言った。
「アタランテさんですよ。最終決戦の時に一番先頭で矢を振り回してた」
「おお! お前は覚えていてくれたか!」
「……すまん、シチュエーション聞いてもダメだ」
「殺す!」
「まぁまぁまぁ! 落ち着いて、アビシャグ!」
「ええい黙れ! 私はアビシャグではないと何度言えばわかる!」
いつのまにかでてきたのか、緑の髪の男が必死にアタランテを止める。うーん、にしても申し訳ないな。それなりに頭は良いつもりだったが、まさかここまで覚えてないとは。
でも、マシュの話を聞いた感じだとアーチャーの癖にノコノコ単騎で前衛に現れてボコボコにされた人を覚えてろってのが無理な話だ。
結局、緊張感は無くなったままになってしまった。