島の探索を開始して数十分が経過した。しばらく二人で歩いたが敵どころか生き物も見当たらない。一応、来た道から島の全体や道は把握しておいているが、そもそもそんな必要もなさそうな感じがする。
しかし、こうして沖田さんと二人きりでのんびり任務を遂行するのは初めてな気がする。いや、セプテムで二人部屋だったりしたけど、こう……別の部屋に誰かいるとかそういうんじゃなくて、完全な二人なのは初めてだ。
……だからだろうか、なんつーか…こう、なんか沖田さんが鬱陶しい。さっきから俺の方をチラチラ見てはそっぽを向いてる。
「……沖田さん」
「っ、な、なんですかっ?」
「や、何かなって。すごいこっち見てくるから」
「べ、別に見てなんかないですっ」
「嘘つけや。超チラチラ見てんだろ」
「……」
すると、黙り込んで少し俯いた。
「っ……。な、なんか……こう、沖田さんとマスターが二人きりで出掛けるのって、初めてじゃないですか」
「悪かったな、巻き込んで」
「ち、違います!嫌だったとかではなくてですね!……そ、その……なんか、デートみたいで、落ち着かないなって……」
「……そりゃ嫌いな奴とデートなんて落ち着かないだろ」
「も、もう!なんでマスターはそう言う捉え方しかしないんですか⁉︎」
「だって俺のこと嫌いでしょ?」
大体、みんな俺の事嫌いなんだから。いや、それだけの痴態をしてきたのは俺だが。
「……別に、みんなマスターのこと嫌ってないと思いますけど」
「嘘つけ!完全に嫌ってるだろあれは!清姫と天使……アストルフォたんは別にしても嫌ってるだろ!」
「いえ、嫌ってないですよ。みんなマスターの能力を認めていますし、ちゃんと指示に従ってるじゃないですか」
「……そりゃ、仮にも英霊だからな。正しい指示なら嫌いな奴から来た命令でも従うだろ。人類史懸かってるし」
「そ、それはそうですが……。それだけじゃないと思いますけど。最近、沖田さんを差し置いてみんなでゲームしてるそうじゃないですか」
「あ?あー、まぁね」
「普通、嫌われてたらそんなことしないと思いますけど」
「最近、初心者に本気出すなって怒られて相手してもらえなくなったけど」
「それはマスターが悪いです」
だよね、知ってる。でもそれで嫌われたんじゃないかって言ってるの。
「……少なくとも、沖田さんはマスターを嫌っていませんから」
「え、そうなの?」
「……一応」
「なんだ、俺のこと嫌い筆頭かと思ってた」
「……確かに、最初は嫌いでしたが……ちゃんと的確に指示を出して、夜中も自分は戦闘に参加しない分頑張るとか言って作戦考えて、土方さんの時も私を焚きつけてくれました」
「……え、急に何?気持ち悪い」
「黙って聞きなさい」
「はい」
聞きなさいって……お前お母さんかよ。
「だから、私は嫌いではありません」
「あそう」
「マスターのことを嫌っていない部下が三人もいれば、十分ではありませんか?」
「……」
確かに、そういう捉え方も出来るが……。
「……それはつまり、エミヤさん達は俺の事を嫌ってるってことか?」
「あーもうっ!ほんと面倒臭い人ですね!そんなの私はエミヤさんでもクー・フーリンさんでもないんだから知りませんよ!」
なんか怒鳴られた。そんな怒らなくても良いじゃない。
「……まぁ、でも沖田さんが嫌ってないってのは分かったよ」
「……な、なら良いです」
まさか沖田さんにここまでべた褒めされる日が来るとは。
……ギャップが凄過ぎて逆になんかあるんじゃねぇの?って疑っちゃうんだけど。
そんな話をしながら森を抜けると、木々が空けて広い場所に出た。
「……おおー、なんかローマの時みたいですね」
「それなー。……今の日本にはこんな自然ないからなぁ」
「日本どころか世界がないのでは?」
「や、そういうんじゃなくて、まだ世界が滅ぶ前って事。田舎に行けばあるだろうけど、東京なんてめっちゃビル建ってるからね」
「あー……なるほど」
「分かってないだろお前」
そんな話をしながら歩いてる時だ。ガチャガチャと物騒がしい足音が聞こえてきた。
もうこの手の足音は何度も聞いてきた。特にオルレアンで。
「沖田さん、出番。上着持ってようか?」
「あ、お願いします」
さっき貸した上着を脱いで俺に渡してから竜牙兵の群れに向かって行った。数はそこまで多くない。こちらから指示を出す事もなく沖田さんは暴れ回ってさっさと殲滅してしまった。
「沖田さん大勝利〜!」
「はいはい、大勝利大勝利」
「むー、なんですかその気の無い返事」
「良いから上着着ろ。サラシが丸透け」
「っ……す、すみません……」
「良い乳揺れだっ……」
顎に蹴りが飛んできてセリフは中断された。
さて、もうしばらくこのまま探索するしかない……と思った直後だった。足元が大きく揺れた。
「お?地震か?」
「ま、マスター!伏せて下さい!」
「おぶっ⁉︎」
沖田さんに押し倒された。というか、おっぱい!おっぱいが顔面に!何これ、天国?ほんと沖田さん外見だけは可愛いしおっぱい大きいしもっとお淑やかになってくれれば最高やん!
どうしよう、胸に顔がついてるのは事故だし、むしろ沖田さんの所為なんだから善意を無下にするようなことはしたくないが、俺の顔がおっぱいから離れようとしない。な、なんということだ……!まさか、沖田さんの胸には地球上で第二の重力が存在するんじゃ……!
「ま、マスター……!」
「?」
「じ、地震治ったので……離れて下さい……!」
いつの間にか、俺が沖田さんの腰に手を回して顔を胸に押し当てていたようだ。
「はっ、手が勝手に!違うんだ、沖田さん!わざとじゃなくてこれは……!」
「……」
「……えっ?」
な、何その黙って頬を赤らめてる感じ……。なんだか、こう……受け入れられてる感じがするんですけど……。
「……あの、沖田さん?」
「ま、まぁ……割と大きい地震だったし、許してあげます……」
……あれ、なんでこの人満更でもない顔してんの?これじゃ、まるで……。
「沖田さんってアレな。割とエロいことされたら雰囲気に流されるタイプなのな」
「やっぱり死ね‼︎」
鞘の先端が俺の額にクリティカルヒットした。
×××
しばらく歩いてると、なんだかまた森を抜けたり何故かある砦の中を通ったりと島の探索は順調に進んだ。生き物は相変わらず見当たらない。というか、さっきの竜牙兵はなんだったんだ。
で、さらにその砦を抜けると、荒地っぽいところに出た。草木などは生えてなくて、岩とか石がそこら中に転がってる感じの。
「……なんか、誰もいませんねー。この島」
「それな。ていうか、もう疲れちゃったから帰りたいんだけど」
「沖田さんもですよ……。帰ります?」
「だな。さっさと船と合流しよう」
いい加減、なんかもう色々と疲れが溜まって少しイラついてる。船に酔って海に落ちて島を歩き尽くして……や、半分以上が俺の不注意の所為だが。
とりあえずさっさと帰りたい。そう思って引き返そうとした時だ。ふと岩山を見上げると、穴が空いてるのが見えた。
「沖田さん、待った」
「? なんですか?」
「なんかあるよあそこ」
「……あー、ほんとですね」
……ここに来てダンジョン発見とか、正直面倒臭ぇ。何より、何が潜んでるかわからないし沖田さんと俺だけで攻略出来るか分からない。
あの洞窟の中が広けりゃ良いが、狭かったら作戦も何も無くなるし。
「……ほっとくわけにもいかないし、みんな来るまでここで待とう」
「えぇー、沖田さん早く帰って休みたいんですけどー」
「バカお前考えてみろ。ここで待ってるって事はその辺の岩とかに腰を下ろせるんだぞ。休憩みたいなもんだろ」
「あ、なるほど!」
「あいつらにはロマンがいるし、しばらく待ってりゃ沖田さんの反応見つけてここに来れるだろ」
「そうですね」
そんなわけで、二人でぼんやりし始めた。
……しかし、暇だ。何かしたいな。でも周りは岩しかないし……。あ、良いこと考えた。
「ね、沖田さん」
「? なんですか?」
「あの穴に石投げて、先に外した人が負けゲームやろうぜ」
「良いですねー。どうせなら罰ゲームつけません?」
「あー……じゃあ、寝てるジャンヌオルタの枕元で爆竹鳴らす」
「よっしゃ!負けませんよ!」
疲労のために思考回路が低下しているようだった。
二人で岩を持ち、まずは先行後攻を決めるじゃんけん。その末、沖田さんが先行になった。
「沖田さんからですね!」
「そもそもこれ入るのか?10メートルくらい距離あるけど」
「楽勝ですよ!沖田さん、弓だって出来るんですから!」
「ふーん?じゃあやってみそ?」
沖田さんはその辺の石を拾い上げて入り口を睨んだ。「ほいっ」と声を漏らしながら、ひょいっと音がしそうなほどの山なりに投げ、石は見事に洞窟の中に入っていった。
「おお、やるやん」
「こんな距離チョロすぎますよ〜。倍以上はあっても大丈夫ですね」
「言ったな?じゃあ入れば入るほど5メートルずつ下がってみるか」
「上等ですよ!」
そんな話をしながら、とりあえず俺の番。沖田さんは知らないであろう野球の投球フォームの如く大きく振りかぶった。
片足を上げて石と、あるつもりのグローブを胸に引き寄せてから、グローブは洞窟を指し、石は後ろに振りかぶり、思い切り投げた。
グィーンと直進し、洞窟の中に入った。
「おお……マスターもやるじゃないですか!」
「まぁな。こう見えて小学生の時は野球やってたんだよ」
「……やきゅー?」
「可愛いな発音が……」
「え、えへへ……かわいい……」
お婆ちゃん発音って言いたかったんだが……まぁ照れてるなら余計なこと言わなくて良いや。
「まぁ、この勝負終わったら野球教えてやるから、とりあえず5歩下がろうぜ」
「良いですよ?」
お互いに5歩下がって、再び沖田さんの番。英霊に肩の強さで勝負するのはゴリラに握力勝負を挑むようなものなので、コントロールで差を付けることにした。
特に狙うこともなく入っていく沖田さんに引き換え、必ずど真ん中に俺は石を投げて行けば、いずれそれに気付いてから沖田さんもムッとし始める。それは追加し球速にも差があるから、山なりで投げてたのが急にコントロールと速さを意識すれば絶対に球をブレさせる、という作戦だ。
お互いに投げて行って、現在、距離は目測で25メートル。一つ前の投球で挑発に乗ったのか、沖田さんも速く投げるようになって来ていた。
「……マスター、なかなかやりますね……!」
「早めに決着つけないと、距離勝負になったら勝ち目ないからな」
「でも、英霊に体力勝負なんて、十年早いですよっと!」
プロ野球選手もビックリな速さで石を投げた。が、コントロールというのは力めば力む程鈍くなるものだ。洞窟の端っこギリギリに入った。
「っ、あ、危ない危ない……!」
「……」
まずいな、ここでプレッシャーを与えてやらないと次は30メートルだ。それに、そろそろ限界が……。
次で沖田さんに、外させる!
岩を拾って振りかぶり、思いっきり腕を振り下ろした時だ。
「ち、ちょっと!さっきから人の隠れ家に岩投げ込むのだ……ブッ⁉︎」
誰か出てきて顔面に岩が直撃した。ピンク色の髪でどこかで見た気がする女の子が後ろにひっくり返った。
おかげで、俺の投げた石は前に転がり、洞窟に入ることはなかった。
「いぇーい!沖田さん大勝利〜!マスター、ジャンヌオルタさんの枕元で爆竹ですか……マスター?どうかしました?」
「……肘が痛い」
「え?肘?なんで?」
「……二投球くらい前から我慢してた」
「なんで言わないのおバカ!」
「……沖田さんにだけは負けたくなかった」
「どういう意味ですか⁉︎」
「っ!そ、そこのバカップル!こっちの心配をしなさいよ!」
肘をマッサージしてもらってると、女の子がガバッと顔を上げた。てか、誰がカップルだ誰が。
少し文句を言おうと思ったんだけど……あれ?つーかこの女って確か……。
「ステンノ様?」
「! マスター、下がって下さい!」
「なんで岩を投げられた私が警戒されなきゃいけないわけ⁉︎ていうか、ステンノじゃないわよ!」
「だって……ねぇ?」
「だって……なぁ?」
「こんのっ……!」
「それより鼻血出てるよ。俺の仲間が来ればティッシュ持ってると思うけどそれまで待てる?」
「あったま来たわ……!ホント、さっきとは違う意味でトサカに来た」
なんだか不機嫌なようでステンノ様っぽい女の子は右手を上に挙げた。
「アステリオス!あいつらやっちゃいなさい!特に男の方を!」
え、何?いきなり……と、思ったのも束の間だった。洞窟からめちゃくちゃでかい男が姿を現した。
「ウウっ……コロス……」
俺と沖田さんは思いっきりその場から逃げ出した。