SNSをやってくれないか?
相嘉さんから、そんな指示をお受けいたしました。
正直に申しますと、私はSNSというものにそう親しみ深くありません。前にアカウントを作り、私を批判したことがありますが、あれは他の方を参考にしたに過ぎませんので。
アイドルらしい普通の呟き、と言われると、少し気後れします。
なのでここは、私の本性を知る唯一の友達を頼ることにしました。
彼女は俗に言うヲタクで、こういったことでは頼りになります。
ファミレスで待っていると、彼女がやって来ました。
手を上げて、こちらの位置を知らせます。
「お久しぶりですね、山田さん」
「神谷だよ!」
鋭いツッコミをしながら座るのは、私の無二の親友神谷奈緒です。
もう随分と昔のことになるでしょうか。
幼少期の私は、大変に捻くれていました。「大人になったら人類根絶やしてやろー」とか、大真面目に考えていたくらいです。まったく、お恥ずかしい……
私と奈緒は同じ幼稚園でした。
そこで奈緒とちょっとお話しする機会があって、それがすごく楽しくて、奈緒のために世界を滅ぼすのをやめました。それからはずっと友達です。奈緒がツンデレになっても、私が被虐主義者になっても、奈緒がふと眉になっても、私がアイドルになっても、私たちは友達です。
奈緒はドリンクバーを頼み、コーラを持って来ました。
私はカフェオレです。
「突然ですが奈緒、相談があります」
「ん、なんだ?」
「プロデューサーからSNSをやるように、と言われたのですがよく分かりません。アイドルっぽい呟きとか、教えて下さい」
「お前、アイドルになってもその『完璧清楚系美少女』やってるのかよ」
「もちろんです。私の理想の殿方に会うまでは、崩すわけにはいきません」
奈緒が怪訝な目つきで睨んで来ました。
奈緒は私の性癖――というより理想をあまり快く思ってません。
しかし例え親友の頼みであろうと、こればっかりは譲れないのです。
「とりあえず『私を犯してくれる逞しい殿方募集中』と呟いてみようと思うのですが、いかがでしょうか?」
「いかがでしょうか? じゃねえー! 一瞬でYahoo!ニューストップになるわ!」
「話題作りは成功ですね」
「失敗だよ! もっと別のにしろよな。なんかこう、女子高生っぽいやつに」
「25ホ別、ゴム有りっと……」
「お前の女子高生のイメージはどうなってるんだよ!」
「奈緒を参考に致しました」
「あたしへのイメージそれ!?」
「冗談です。奈緒なら裏アカを作って、ちょっと下着姿を投稿するだけですよね」
「リアル路線はヤメロォ!」
「ナイスゥ!」
「建前じゃねえよ、本音だよ!」
ああ、これです。これこれ。
打てば響くと申しましょうか。
奈緒との会話は、私にとって最高のリフレッシュです。
「なら趣向をちょっと変えて……
「確かに人気になるかもしれないけれど! 今までで一番それがヤバイからな! 絶対に止めろよ」
「なら奈緒のお着替え姿を……」
「何でだよ! あたし一般人だからな! てゆーか冬香なら、もうちょっとマシなの思いつくだろ」
「そう言われましても……今回みなさんのおかげでデビューすることができました、逢坂冬香と申します。SNSは不慣れなのですが、せめて少しでも喜んでいただけるよう、頑張っていきたいと思います。応援してくださると、大変嬉しいです。くらいしか思い浮かびません」
「完璧じゃねえか!」
まあ、SNSの投稿内容くらいなんとでも思いつきます。
基本的に普段見せないような一面を呟き、そしてたまに顔写真を投稿すれば良いでしょう。女の子向けに、全身のコーディネートなんかも載っけたほうが喜ばれますかね。
それとさりげない、SNSに弱い世間知らずのお嬢様アピールも忘れません。
そこまで分かってるのに何故奈緒を呼び出したのか……ぶっちゃけ建前です。
普通に奈緒と遊びたかっただけです。
カフェオレを一口。
程よい苦味がちょうど良いです。
ですが……お茶請けに、甘い物が欲しいですね。
「奈緒」
「なんだよ」
「スイーツが食べたいです」
「自分で頼め、自分で」
「だって私が注文すると、奈緒が「あたしがピンポン押したかったのにぃ!」って怒るじゃないですか」
「五歳の頃の話だろ、それは!」
「まあ冗談はさておき、私が注文するのは不可能です」
「なんでだよ」
「私有名人ですので、人にバレると騒ぎになってしまいます」
「ああ、そっか。……てゆーか、それだったらもうヤバいんじゃないか? あたし達、結構デカイ声で話しちゃってるぞ」
「それなら心配いりませんよ。私忍術を一通り修めてますので、奈緒以外の方々は私を感知出来ません」
「それじゃああたしが一人で叫んでるように見えてるってことか!?」
「あははは」
「笑って誤魔化すなよ!」
キョロキョロと奈緒が辺りを見回しました。
みなさん、奈緒を不思議そうに見つめています。
「本当にあたし一人に見えてるじゃないか!」
「今私が奈緒を脱がしたら、露出狂に見えますね……ふふ」
「悪魔かっ!」
スパーン! と奈緒が私の頭を叩きました。
相変わらず奈緒のツッコミは一流です。
奈緒がツッコミを一つ入れるたび、私の子宮が1センチ下がるほどです。
「おい、あたしを性的な目で見るのは止めろ」
「むっ。何故わかったのですか」
「ま、なんだかんだ長年の付き合いだからな」
「つまり私を日々視姦してると、そういう認識でいいですね?」
「よくねえよ!」
「ホテルに行きましょうか、奈緒」
「行かねえよ!」
「では私の家で? 初体験で家族に見られながらとは、中々奈緒はわかってますね」
「色々とツッコミたいところはあるけど、家族に見られるのも快感なのかよ!」
会話がひと段落すると、店員さんを呼んで奈緒がモンブランを頼んでくれました。
相変わらず気がきくといいますか、ツンデレと言いましょうか……
やっぱり奈緒は私の親友です。
「そ、そういえば冬香!」
「はい、逢坂冬香でございます」
「その……なんだ、ちょっとお願いごとがあるんだけどぉ」
奈緒がモジモジしながら、私にお願いごとをしました。
この場で押し倒してしまおうか、と思うくらい可愛らしいです。この親友は。
「小関麗奈ちゃん、いるだろ。冬香の事務所に」
「いますね。二、三人」
「一人だろ! それでぇ……その、ライブのチケットとか、欲しいなぁ、なんて」
「なるほど。そしてあわよくば紹介してほしい、と」
「そ、そこまでは言ってねえよ!」
「いいんですよ、奈緒。私の前でくらいは素直になって。小関ちゃんを獣のように犯したいのでしょう?」
「本当にそこまでは言ってねえよ!」
「奈緒は本当に淫乱ですね」
「既に事実として認識されてるだとっ!? てゆーか、い、いい、淫乱なのはそっちだろ!」
「言い辛いなら言うのをやめればよろしいのに……」
なんでそんなにツッコミ魂が熱いのでしょうか、この子は。
まあ奈緒のためなら、プロデューサーに頼んでライブのチケットを融通してもらうことくらいします。ええ、喜んでしますとも。
ですが、奈緒は私のライブには興味ないのでしょうか……?
むう。
「……なあ冬香」
「はい、逢坂冬香でございます」
「アイドルって楽しいか?」
「ええ、まあ。沢山のファンの方々に視姦されるのは、身悶えるような快楽ですよ」
「そんな方向性で楽しんでるのはお前だけだろ! いや、そうじゃなくてさあー。やりがいとか、そういうのだよ」
「やりがい、と申されましても。私、やろうと思えばなんでもできてしまうので、あまり感じませんね。ああいえ、感じてはいるのですが、それは性的な意味で、です」
「うん。その注釈は絶対に要らなかったけどな」
奈緒は何か悩んでいるようです。
眉間にしわを寄せて、分かりやすくウンウンと唸っております。
一体なんでしょう……?
ああ、そういうことですか。
私は答えに行き着きました。
「奈緒、学校は辛いですか?」
「なにかとんでもない勘違いをされてる気がする!?」
「いじめを打ち明けるのは大変なことだと思いますが、頑張って下さい」
「いじめられてないわっ!」
「なんなら、私が奈緒の代わりにいじめられてきますよ」
「絶対自分がいじめられたいだけだろ、それ!」
「親友の代わりに、己の身を投げ出す健気な美少女。どうも、逢坂冬香でございます」
「だーかーらー! いじめられてないし、お前がいじめられたいだけだろ!」
「よよよ……そんな誤解を受けて、悲しいです」
「と、冬香……って、なるか! 嘘泣きスッゲー上手いけど、もう騙されないからな!」
むう。
過去に何度も嘘泣きをしすぎて、流石にもう騙されてはくれないようです。
昔はもっとチョロかったのに。
悲しいです。奈緒が大人になってしまって。
「奈緒はもう、大人の階段を上がってしまったのですね」
「その言い方は誤解を生むから止めろ」
「あら、誤解って何のことですか? わかりませんわ」
「そうやってあたしに恥ずかしいことを言わせようとするのも止めろ」
むう。
昔は顔を真っ赤にして恥ずかしがって下さいましたのに、落ち着いた対応でつまらないです。もういっそのこと、友達でいられなくなるくらい激しいディープキスしながらおっぱいでも揉んでやりましょうか、こいつめ。
「だから、あたしで妄想するのを止めろ!」
「おっと。失礼しました。つい欲情が抑えきれず」
「“つい”でよ、よ、よよ、欲情するなァ!」
欲情、という言葉でさえ恥ずかしがるなんて……
まったく、一体どれくらいピュアなんでしょう。私のような一般的な女子高生からすると信じられません。奈緒は女子高生の平均点を大きく下げています。
「あー、ところで冬香」
「はい、逢坂冬香でございます」
「なんだ、その……ほら、あれだ。デビューおめでとぅ」
後半は聞き取れないくらい小さな声でしたが、しっかり聞こえていますとも。私の聴覚を舐めないでいただきたいものです。難聴系ヒロインどころか、私は超聴覚系ヒロインなのですから。
それにしても、メールでも言ってくれたのに、わざわざ改めて言うなんて……まったく奈緒は。もう本当に、まったくです。まったく、まったく、まったくです。
「ふんふんふふーん♪」
「ちょ、冬香! 忍術解けてるぞ! しかもその無駄にいい鼻歌も止めろって! めっちゃ見られてるから! なんか音に誘われて、小鳥とか集まってきてるし! ああ、もう。人だかりができ始めてる――って冬香ぁ! 聞いてるのか、おいっ」
まったく奈緒は、まったくです!
最近ふと「冬香がドSだったらどうなってたんだろう……」と思って遊びでプロットを立てようと思ったのですが、無理でした。何をやっても相嘉Pが死ぬ。ア、アイカダイーン!
【オマケ・『雪の降る中で死ねたら』2話の予告】
敵の策略により、50kgあるオモリを両手足に付けられた状態でベーリング海に落とされた冬香……。
そして迫り来る4匹の改造巨大鮫!
冬香は博士から託された『ちょっとでも濡れたり傷ついたら一瞬で壊れる上にもう二度と作れない謎の精密機器』を守ることが出来るのか!?
次回『雪の降る中で死ねたら』第2話。
『天気が良いから今日は海水浴の気分♪』
乞うご期待ッ!