清楚系ド淫乱アイドル『逢坂冬香』   作: junk

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第15話 テロリスト現る

 美城プロダクションの敷地内にはカフェがあります。

 アイドルはなにかと注目されてしまうので、こうやって落ち着ける場所があるのは有り難いことです。

 ……まあ私は視姦されても一向に構いませんが。

 一向に構いませんが!

 

「それじゃあ冬香。スケジュールの確認をしようか」

「かしこまりました。今ちょっと手が空きませんので頷く程度しか出来ませんが、ご容赦下さいね」

「構わないよ。聞き逃しても後でデータで送るつもりだから。冬香がそんなミスをするとは思えないけどね」

 

 今はプロデューサーと二人で、一週間のスケジュールの確認をしていました。

 こういう気軽な話は面談室でやるよりもこういう開けた場所でした方が効果的、というのがプロデューサーの持論です。

 

「……なんだか騒がしくありませんか?」

「そうだね。何かあったみたいだ。僕が聞いてこよう」

「大丈夫です。ちょっと耳をすませば、周囲800m以内の音は全て拾えますから」

 

 ふうむ。

 ふむふむ、なるほど。そういうことですか。

 

「どうやらテロリストがここを占拠してるみたいです」

「なんだいそれ。中学生の妄想みたいだね」

「今度奈緒の前でその話をしたら、面白いリアクションが見れると思いますよ」

 

 カフェの入り口付近に机でバリケードが張られています。

 いつのまにか他のお客さんもいません。

 どうやら集中し過ぎていたみたいですね。

 

「あっ、冬香さんとそのプロデューサーさんにゃ!」

「おはようございます前川さん。どうも、逢坂冬香でございます」

「この間ぶりですね前川さん。お元気そうでなによりです」

「みくって呼んで欲しいにゃ!」

「わかりました、前川さん」

「みくにゃ!」

「こら冬香、前川さんに失礼だろう」

「み・く・にゃ!」

 

 この人、面白い方ですね。

 

「それで、どうしたんだい。こんなことして。テロなんて穏やかじゃないね」

「うっ! そ、それは……。Pちゃんが悪いのにゃ!」

 

 みくさんのお話はこうでした。

 先にデビューしたニュージェネレーションとラブライカが羨ましい。努力では負けてるつもりないのに、どうして自分じゃないのか。

 それでも諦めずプロデューサーに話してみたり、プレゼンしてみたりしたけれど、相手にされない。

 こうなったらもう強硬手段に出るしかない――……と勇んでテロしてみたものの、仲間は次々と離れていき、今となってはみくさん一人。

 みくさんとしても、どう収拾していいか困っているようです。

 

「なるほど。話は分かったよ」

「み、みくは自分を曲げないよ! Pちゃんがデビューを約束してくれるまで、ここから出ないもん!」

「……それは、無理じゃないかな」

「えっ!? ど、どうしてそんなこと言うの!」

 

 私も少し驚きました。

 まさかプロデューサーがそんな厳しいことを言うとは。

 

「みくさん……でいいかな。少し話をしようか」

「う、うん」

 

 迷いながらも、みくさんは私達と同じ席に座りました。

 外の様子を探った限りでは、まだシンデレラ・プロジェクトのプロデューサーさんは来てないようですし、警備員さんがなにかする様子もありません。

 話をする時間はありそうですね。

 そのことをプロデューサーに伝えると、向こうもしっかり意図を汲み取ってくれました。

 

「美城プロダクションは大きい事務所だ。規模もそうだけど、単純に設備も整ってる。自社のレッスンスタジオがある事務所なんて、業界を見渡してもあんまりないんだよ」

「……うん。知ってるにゃ」

「みくさんは勤勉だね」

 

 プロデューサーはそう言って笑いました。

 こうやってさり気なく褒めるところがずるいんですよねー、このプロデューサーは。

 もっとも私にとっては逆効果なんですが。

 

「他にもアイドルなら無料で使えるエステやサロンだってある。ここのカフェにしたってそうだ。社員ならほとんどタダで使えるようになってるよね。

 特に美城プロダクションでは、前川さん達のように“素質あり”と認められた子は、デビュー前でも無料でレッスンが受けれる制度を導入してる。それどころか曲を作ってくれたり、専用の衣装も用意してくれるんだ。

 これら全部、すっごくお金がかかるってことはわかるよね」

 

 普通のアイドル事務所ですと、デビュー前の子からはレッスン料をもらっています。

 ですが、美城プロダクションではそれがありません。

 老舗の事務所らしく、儲けよりも業界の発展が優先、という考え方のようです。

 

「そのお金がどこから来てるかっていうと、ほとんどはここにいる冬香が稼いでるんだよ」

「えっ!?」

「まあ、冬香だけじゃないけどね。冬香を始めとした数人のSランクアイドル達が、美城プロダクションを支えてるんだ。ちょうど一週間のスケジュールがあるから見るかい?」

「冬香ちゃんのスケジュール! 見たいにゃ!」

「どうぞ。いいよね、冬香」

「構いませんよ」

「ありがとうにゃ。――うわっ! ビッシリなのにゃ! 明日なんかドラマの撮影にロケにバラエティで番宣、フェスまである! こんなに出来るもんなのにゃ?」

「冬香はちょっと多いけど、Sランクアイドルはみんなそんなものだよ」

 

 まあ私や楓お姉様がそのくらい働かないと、収益がまだないデビュー前の子達のレッスン料を賄えませんからね。

 

「凄いことだよね。たった数人でこんな大きい事務所を支えてるなんて。その辺の人じゃ絶対に代えの効かない、美城の支えだよ」

「うん。冬香ちゃんはみくの憧れだよ。だからみくも――!」

「まあまあ。焦る気持ちもわかる。だけど土壌がしっかりしてないと樹は育たない。早くても簡単に折れてしまう。最悪には腐ってしまうかもしれない。君達のプロデューサーは今、これから先君達が困らないように、しっかり地固めをしてるんじゃないのかな」

「そう、なのかな」

 

 はやってデビューしてしまうと、レッスン不足でパフォーマンスのレベルが低かったり、営業の仕方が分からなくて仕事が取れない、なんていうのはよく聞く話です。

 多少経験を積んでからデビューしても、忙しさの中で基礎を忘れた結果、ある日フェスで大失態を、なあんてこともあるようで。

 トップアイドルであればあるほど、定期的なレッスンを大切にします。特に千早さんなんかは、どんなに忙しくても日に2時間はボイストレーニングをするそうですよ。

 

「でもだったらなんで最初がみくじゃないの?」

「僕はみくさん達のプロデューサーじゃないから詳しいことは分からない。でもそこには、絶対にちゃんとした理由がある。僕達の仕事は子供の未来を預かる仕事だ、雑なことはしないよ」

 

 私は雑な方がいいんですけどねー。

 

「……みく、相嘉さんにプロデュースしてもらいたかったにゃ。今のPちゃんは何にも教えてくれないんだもん」

「はははははっ。僕は他の能力が低い分、対話を大事にしてるからね。でも悪いけどキャパシティ・オーバーだよ。これ以上アイドルを見ると、たぶんどっかで見切れない部分が出てしまう。そういう意味では、君達のプロデューサーは凄い人だよね。14人も新人を同時にプロデュースするなんて、中々出来ることじゃない」

「そうなのにゃ?」

「…………クラスメイトを出席番号順に14人思い浮かべてごらん」

「ん」

「その人達の趣味や好きな食べ物、誕生日を全部言える?」

「え? えーっと、1番目の東さんは編み物が趣味って言ってたかにゃ。誕生日は一月で、好きな食べ物は……分かんないにゃ」

「それじゃあスケジュールは? 一週間程度でいいから」

「わかんないっ!」

「そうだろうね。だけど君達のプロデューサーは君達14人全員のプロフィールを全部覚えてるよ。趣味や好きな物が仕事に繋がることはよくあるからね。スケジュールにしたって、一週間どころか年単位で把握してるはずだ」

 

 みくさんはびっくりしていました。

 まあプロデューサーの仕事内容なんて、アイドルはよく分からないかもしれませんね。仕事を持ってきてくれる人、なんて認識で終わる可能性も少なくないでしょう。

 

「本気で君達14人全員をSランクアイドルにするつもりなら、緻密なスケジュールを組まなきゃいけない。デビューだってインパクトが薄れないように、近すぎず遠すぎずの日程で順番にするはずだ。少なくとも僕ならそうする」

「Sランクアイドル……」

「心配しなくていい、みくさんは大切にされてるよ。じゃなかったらもうデビューしてるはずだ。準備も何もない状態でね。ある程度儲けを出してポイ、だ」

「ぴ、Pちゃん!」

 

 一件落着でしょうか。

 みくさんは自分が大切にされてることに気がつけたようです。

 

「よーーしっ! そうと分かったら明日から、ううん、今日からがんばるにゃ! 冬香ちゃんのプロデューサーさん、何をやったらいいと思う?」

「とりあえず、学校の勉強かな」

「えー! なんで!? レッスンとかじゃないの!」

「レッスンの方はスケジュールを組んで、デビューの時に完成する様になってるはずだ。そっちは言われた通りでいいよ。それよりは変なことで足元を掬われないよう、今のうちに勉強しておくこと。デビューしてからじゃ中々時間が取れないからね」

「な、なるほどにゃあ」

 

 ちなみに私も今は勉強中です。

 逢坂家の人間として、勉学は疎かに出来ません。学校の勉強程度なら一教科30分程度で済むのですが、逢坂家ではまた別の試験がありますから。

 だから今はちょっと手が離せなくて、会話に参加出来ないんですよね。

 

「それにデビューするとなると、契約書を親御さんに書いてもらわないといけない。そういう時に『アイドルを目指すようになってから成績が落ちました』って言うのと『アイドルを目指すようになってから成績が伸びました』じゃ説得のし易さが全然違うんだ」

「うん、うん! みくも帰ったら勉強するにゃ!」

「そのいきだ! 冬香、最後に君から何かあるかい?」

「ここで私に振りますか。そうですね……テロを起こしていいのは起こす覚悟があるやつだけ、と言っておきましょう」

「どういうこと?」

「このテロが原因で干されたり、最悪クビもあり得ますよね?」

「……」

「……」

「少なくとも私が幹部でしたら、アイドル候補生がこんな騒動を起こしたと聞いたらいい顔はしないでしょう。加えて――自分で言うのもなんですが――私というSランクアイドルの時間を奪ってるわけですから」

「ど、どどど、どうしよう!? みくのアイドル生活終わりにゃ!」

「大丈夫ですよ前川さん」

「みくにゃ! どんな時でもここは曲げないよ!」

「テロを起こしていいのはテロを起こされる覚悟があるやつだけ――そして私にはその覚悟があります」

 

 私は鞄から手錠を取り出して、みくさんの両手を拘束しました。

 ついでに首輪も付けておきます。

 そしてみくさんが持っていたメガホンを取りまして、っと。

 

「みなさーーーんっ! このテロはこの逢坂冬香が起こしました! えーっと、人質に取った前川さん――」

「みくにゃ!」

「――を返して欲しかったら、あのー、あれです。そう! カフェに激辛メニューを載せて下さいませ!」

 

 そう宣言しました。

 これでテロリストの称号は私のもの。

 怒られること間違いなし! 責任を取る代わりに、美城プロダクションのお偉いさんからえっちなことを要求されるかもしれません!

 

「冬香ちゃん! みくのために自分を犠牲にするなんてっ!」

「いいんです。自分のためですから」

「もう、謙虚過ぎるにゃ! みくを庇う必要なんてないにゃ。はやく撤回して、みくを差し出すにゃ! 自分の責任くらい自分で取れるよ!」

「前川さん」

「みくにゃ!」

「言ったではありませんか。どんな悩みでも言って欲しいと。私に二言はありません。私がすべての責任を取りましょう」

「と、冬香ちゃん!」

 

 ……なんでかみくさんの目が潤んで来ました。

 

「みくは、みくは馬鹿だったにゃ! ううぅ……こんな優しい冬香ちゃんに迷惑かけて! こんなことにも気がつかないみくには、デビューなんてまだ早かったにゃ。ごめんなさい、冬香ちゃん!」

「ええっと、本当に気にしなくていいんですよ?」

「気にするよ! 冬香ちゃんはもっと自覚した方がいいにゃ!」

「は、はあ……」

 

 すごい剣幕で仰るものですから、少し気圧されてしまいました。

 

「これはこれは。どうやら一件落着のようですね」

「今西さん! お疲れ様です」

 

 現れたのは、物腰の柔らかそうな白髪の男性でした。

 私もあまり面識がない方ですね。

 プロデューサーの態度を見る限り、高い地位の方のようですが。これは早速チャンス到来ですかね。

 

「一部始終を見させてもらいました。逢坂さん、あなたはアイドルとして一番必要なモノをお持ちなようだ」

「……ありがとうございます?」

「そのままの逢坂さんでいてくれると、僕は嬉しいよ」

「はい。私も自分を変えるつもりはありませんわ」

 

 今西さん……でしたっけ。

 頷くと、今度はみくさんの方を向きました。みくさんの方がびくっと震えてます。

 

「前川さん――」

「みくにゃ」

「こほん。みくさん」

「は、はい……」

「逢坂さんは素晴らしい人ですね」

「うん!」

「そんな逢坂さんを育てたプロデューサーもとても優秀な人です。でも君達のプロデューサーも、同じくらい素晴らしい人ですよ」

「Pちゃん……」

 

 私の聴覚が、遠くから走ってくる音を捉えました。

 この足音と風を切る音の感じから言って、どうやらシンデレラ・プロジェクトのプロデューサーさんのようですね。

 

「今日は良いものを見させてもらいました。この一件は僕の方で預かりましょう」

「そ、それじゃあ!」

「はい。みくさんも、そして逢坂さんも。責任を取ることはありません」

「やったにゃあ! 冬香ちゃん!」

「えっ? ああ、はい。よかったですね」

「冬香ちゃんも一緒に喜ぶにゃ!」

「わーい」

「わーい! わーい!」

 

 みくさんは飛び上がって喜んでいました。

 そんなに嬉しいものなのでしょうか。

 

「みく、みくね! すっごく不安だったの……、みくのせいで冬香ちゃんのお仕事が減ったらどうしようって。そしたらシンデレラ・プロジェクトのみんなが、ううん、アイドルみんながレッスン出来なくなるかもしれない。だから、不安だったにゃ」

「そんなに思い詰めてらしたんですね」

「冬香ちゃんは気にしなさすぎにゃ! 世間知らずにゃ! 冬香ちゃんはお嬢様だから分からないかもしれないけど、世間は世知辛いものなのっ!」

「も、申し訳ありません」

「でもそんな冬香ちゃんだから、きっと手を差し伸べられるんだよね」

 

 いえ、マゾヒストだからです。

 

「みくさん。逢坂さんから、とても素晴らしいモノをもらったようですね。それを忘れなければ、迷ったとき、きっと道を指し示してくれると思いますよ」

「もちろんにゃ!」

「相嘉くんも。いいアイドルを育てましたね」

「……………………はい」

 

 苦虫を噛み潰したような顔でプロデューサーは返事しました。

 今西さんは満足そうに頷いて去って行きました。入れ替わりでシンデレラ・プロジェクトのプロデューサーさんが走ってきます。

 

「逢坂さん、相嘉さん。ご迷惑をおかけしました」

「気にしていませんよ。それより、みくさんとお話ししてあげて下さい」

「! ……はい!」

「それじゃあ私達は行きましょうか。そろそろ次の仕事の時間ですから」

「ああ。それじゃあ僕達も失礼するよ」

「うん。バイバイ! 冬香ちゃんと、プロデューサーちゃん!」

「はい。……あら。みくさん」

「なんにゃ? って近い近い近い! うわっ、冬香ちゃんお肌しろっ!」

「猫耳が曲がっていてよ。アイドルなんですから、身嗜みには気をつけて下さいね」

 

 さっき飛び跳ねた時にズレてしまったんでしょう。

 直してあげると、みくさんは顔を真っ赤にして俯いてしまいました。キャラ道具がズレていると結構恥ずかしいのかもしれませんね。

 

 さて。

 私達がいるとしづらい話もあるでしょうから、早々に立ち去るとしましょう。

 

「冬香」

「はい、逢坂冬香でございます」

「ほんっっっっとに! ぜっっっったい! 本性ばらすなよ!!」

「ええ! 理想の殿方に会うまでは、このキャラで行く予定です!」

「そういうことじゃないんだよ! ……はあ」

 

 帰り道、そんなことを言われました。

 まったく、プロデューサーは心配性ですね。


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