桜ちゃんが召喚されたよ   作:メイベル

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3話 始まり

 召喚されて二日間で、姉妹の絆を十分に深めた私達。

 

 これで姉さんの思い残しもなくなって、心置きなく聖杯戦争に臨めますね。

 そう思い、知っている情報を一部を除いて伝えた上で、平然と学校に行こうとする姉さんに少々呆れた。私の代理として兄さんがマスターになり参加していると教えたのに、普通に登校しているのだ。

 

『姉さん、学校に敵マスターがいるとわかってるんですか?』

『それを確かめに行くのよ』

『危険ですよ?』

『大丈夫だって』

 

 念話での説得が全く実を結ばない。兄さんの事を無害だとでも思っているのだろうか。

 根拠のない自信と無駄に高いプライド。弱い者に強く当たり、強い者を見抜けず侮る節穴。衝動的に行動する精神の未熟さに暴力性。自分を賢いと勘違いして行動して、穴だらけの結果を生み出す愚者。何をするかわからない。その一点においては、今回の聖杯戦争中最たる存在に違いない。

 

 油断すれば、秀才の姉さんには想像もできない、下策中の下策で害を振りまく危険性がある。だというのに、姉さんは警戒をしてくれない。

 

 あの愚かな兄さんとはいえ、従うライダーは優秀なのに。そう言って説得してもダメだった。兄さんの存在は姉さんに歯牙にもかけられていなかった。

 

 桜がマスターとして参加してないってことで、慎二がマスターならむしろラッキーじゃない。なんて言う始末だ。それはちょっと嬉しかったけど。

 

 学校の敷地に入り結界の気配を感じ、これは兄さんの仕業だろうと言っても、様子を見ようと返されるだけだった。

 

 姉さんにとって兄さんは、どこまでいっても警戒に値する人物ではないようだ。マスターではあるが魔術師ではないからなのだろう。マスターの振りをした一般人としか思っていないみたいだ。

 

 ライダーを従えて大喜びしていた兄さんが実に滑稽で素晴らしい。兄さんは所詮まがい者の愚物。姉さんの考えには大いに賛同したいけれど……。

 

 万が一ということもある。それに兄さんには個人的に挨拶をしておきたかった。丁寧に、丁寧に、気持ちを込めた挨拶を。

 

『桜、教室に着いたけど、周辺にサーヴァントの気配はある?』

『あ、はい、えっと、ありませんね?』

『ふ~ん。慎二のやつ休みなのかしら? それとも』

『姉さんにマスターだとばれないように、ライダーを遠ざけているんだと思いますよ』

『やっぱりそうか』

 

 遠坂の魔術師がマスターなのは、聖杯戦争参加者にはバレている。つまり姉さんがマスターなのは確定事項で、その姉さんに自分がマスターだとバレずにこっそり行動したいから、サーヴァントを侍らせずに普通に学校に着ていつも通りを装っている。

 

 さすが兄さん。マスター権限を渡してから行動の把握なんてしてなかったけれど、見事に姑息な手段だった。そしてそうする意図は間違いなく、姉さんを害そうと思ってるからに違いない。

 

 姉さんに危機が迫っているかもと思うとじっとしていられない。コレは私が幸せになるのに必要なのだから。だったら危険を排除するのは当然の行動だ。私は何一つ間違っていない。

 

 ライダーが学校周辺に居ないのは好都合だった。彼女とはできれば戦いたくない。最後まで私を想ってくれていたのだから。

 

 そうと決めたら具体的にどうするべきか。昼間の学校は人が大勢いる。私自身は、そんなモノはどうでもいいと思っているが、魔術の秘匿の義務を負う姉さんに迷惑はかけられない。

 

『桜、授業が始まるし、学校に居る間は暇でしょうから、適当に散策してきていいわよ。その、懐かしいでしょうしね』

 

 享楽に近い思考に耽っていたら、姉さんが口籠りながら、そんなことを言ってくる。校内を見て回ってきてもいいと、私に気遣ってくれる優しい姉さん。

 

『ありがとうございます。姉さん。それじゃあ少し散策してきますね。あ、でも何かあったらすぐに呼んでくださいね』

 

 姉さんの許可も下りたので、ゆっくり教室を後にした。霊体化していて姉さんには見えなかったろうけど、愉しく嗤う笑顔と共に。

 

 

 

 

 

「で、なんだよ。爺さんから頼まれたことってのは」

 

 人気のない実習棟にある教室内に入るなり、兄さんが大声で喋りはじめた。

 

「兄さんが使える魔術の強化をしろと言われました」

 

 耳障りでしたが、我慢してにこやかに答えます。

 

「そ、そうか。はっ、なんだかんだ言って、結局僕に期待してるってわけか」

 

 何故か一瞬ひるんだ兄さんが、自信満々に言います。兄さんの頭の中では、誰が誰に期待しているのでしょう?

 

「おい、そういうことならさっさとしろ。この愚図が」

 

 笑っていたら頬を殴られました。あぁ痛い、凄く痛い、痛い、痛い、痛い。痛くて痛くて、思いを吐き出してしまいそうです。でもまだ我慢。もう少しだけ我慢しなくちゃ。

 

「偽臣の書を出してください」

「ふんっ。ほらよっ。授業中にわざわざ来てやったんだ。早くしろ。のろま」

 

 左手で頬を抑えて、右手を差し出して言うと、兄さんは懐にしまっていた偽臣の書を無造作に渡してきます。それの重みを感じて心から、本当に心からのお礼を口にしました。

 

「ありがとうございます。どこまでも愚かな兄さん」

「は? お前、僕に何言ってるかわかって……え?」

 

 殴りかかろうとした兄さんが、拳を振り上げたまま固まりました。

 

「どうしました? 兄さん」

「……だ、誰、誰だお前っ!」

「酷いです。兄さん。あんなに殴ったり抱いたりした私の顔を忘れてしまいましたか?」

 

 紫がかった髪の色を灰に戻し、瞳の色を血の赤にして、顔の左側の刻印を隠すのをやめた私を見て、兄さんが怯えて後ろに下がっていきます。

 

 そんなに怖がらなくてもいいでしょうに。部室棟で見つけた制服を着ているので、見た目は生きている私と大差ないはずですよ。それに私は兄さんに会いたかったんですから。姉さんに呼ばれて現界する前から、ずっと、ずぅ~っと。

 

「あっさり死んでしまった兄さんに会えて、私は嬉しいんですよ?」

「し、死んだ? 僕が? 何を言って……」

「はい。私を乱暴に抱こうとした兄さんを、うっかり、うっかりなんですよ? 殴ったら動かなくなっちゃったんです」

 

 誰も居なくなった冬木で、兄さんが居ればと何度思ったことでしょうか。兄さんが居れば、どれだけ私の心が救われたはずでしょうか。

 

 手に持つ偽臣の書を、スッと自分の影の中に落とした。兄さんにとってマスターで居る為の大切な物だったでしょうに、気にした様子がありません。

 

 悔しがったり罵ったりしてくれると思ったのに。そんな物より気になる事でもあったのでしょうか。残念です。残念ですが、それでも感謝したい思いが溢れてきます。

 

「ふふふ、生きている兄さんに出会えるなんて素晴らしいですね」

「ひ、ひぃ」

 

 尻もちをついて手と足を使って背後に進み、壁に背中を当てる兄さん。その姿が虫みたいで――――凄く気持ち悪い。

 

 ゆっくり近づく私を怖がっている兄さん。可哀想だから安心させてあげようと、大切な事を伝えます。

 

「大丈夫ですよ、兄さん。もう殺したりしません」

「へ? あ、あぁ」

 

 そういったら安心してくれたのか、少し余裕を取り戻したようです。私に対してイラッとした感情が顔に浮かびました。ちょっとだけ元気になってくれた兄さんでしたが。

 

「だって、殺したら終わってしまうでしょう? だから殺さずにずっと苦しめてあげます。私の影の中でずぅ~と、です」

「ひ、ひぁぁぁあああ」

 

 続けて言った言葉に、錯乱して教室から逃げ出そうとしました。逃げられると思ったのでしょうか? 逃がすわけがないのに。

 

 四つん這いでドアに向かう兄さんの手足を影で掴み、ゆっくりゆっくりこちら側に引き寄せます。体に傷をつけないように丁寧に、優しく、私の心を癒してくれる大切なモノとして。

 

「己の身も弁えず、魔術師になりたかった兄さん。勝てるはずもない聖杯戦争に参加した、哀れな兄さん」

 

 ガタガタ震えるに兄さんに向かって、先ほど殴ってくれた頬を撫でながら微笑みます。

 

「どうか幸せな夢を見てくださいね。永遠の闇の中で」

「ま―――――」

 

 トプン。

 

 最後に何かを言いかけて、兄さんは影の中に堕ちていきました。




1時間かかったあ!
小説書く休憩中に小説を書く私はなんなんだろう(--;)

映画のHFでまた新たな設定がでるんだろうなぁ( ˘ω˘ )困った。

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