――――小鳥のさえずりと共に、カーテンの隙間から暖かな日差しが部屋に差し込んでくる。
「ん……朝ですか」
目覚めてゆっくり瞼を開くと、目の前に無垢な表情の姉さんが居た。
「あぁ、そういえば一緒に寝たんですっけ」
サーヴァントだからって実の妹を放っておいて、自分だけ寝る訳にはいかない。そういって無理やり一緒に寝かされたんでした。
「ふふ、姉さんったら」
恥ずかしそうに顔を赤らめて私をベッドに引っ張った姉さんを思い出して、ついついくすりと笑ってしまう。姉として振舞われるのは何時ぶりだったろう。
召喚で魔力を消耗したせいでか、朝だというのに起きそうにない姉さんの顔をじぃ~と見続ける。
整った綺麗な顔。眠っている無垢な表情は、普段学校で見せていた澄ました優等生の美貌以上に美しかった。今の姿を見せれば、男子なんていちころだろう。こっそり姉さんに憧れていた先輩なら特に。
そっと姉さんの頬に手を添えて、すぅーと撫でた。そのまま下に手を動かしておさまりのいい場所で止める。
「本当に綺麗」
少しだけ手に力を入れると、苦しそうなうめき声が聞こえた。声に気づいて、ゆっくり手を放す。
「姉さん、今度こそ仲良くしましょうね」
心からの笑顔で、優しい姉が起きるまでずっと見続けた。
「あ~……だるい」
姉さんは目覚めてすぐだというのに、言葉通りに気怠そうに椅子にだらりと座る。態度だけじゃなくて髪もぼさぼさでパジャマも着崩し、全身でだるいわとアピールしていた。
「大丈夫ですか? 姉さん」
「ん~、大丈夫よ。初めての英霊召喚で魔力を大量に使って疲れただけでしょうから」
「そうですか」
「さすがに怠すぎて学校に行く気にはならないけどね」
会話をしながら用意していた朝食をテーブルに並べる。私の様子を姉さんはぼ~と見ていた。朝、弱いんですね。
並べ終わると私も席について、いただきますと言って食べ始めた。サーヴァントの身なので私は食事をする必要はないのだけど、毎日の習慣というか、真っ当だった頃の癖で当たり前のように食べていた。
それに対し姉さんは何も言わなかった。サーヴァントではなく妹として思ってくれているからだと思うが、もしかしたら単に寝ぼけているだけかもしれない。ぼ~としてもしゃもしゃ食べる姿はダメな姉にしか見えず、そんなことを思ってしまった。
食事が終わり食後の紅茶を出すと、やっと目覚めたのか姉さんがしっかりとした口調で話しかけてきた。
「さて、今後のことを話す前に嫌な事から処理しましょうか」
ティーカップを置いた姉さんの視線と口調は真剣だった。つられて私も真面目な目で姉さんを見る。
「桜がその姿で召喚されたって事は、負けたのね。私」
「姉さん……?」
「英霊は基本的に全盛期の姿で召喚される。貴女の見た目が髪の色こそ違うけど現在の桜と大差ないって事は、桜の全盛期は今なのかもうすぐ訪れるのか、どっちにしてもこの年代って事よね」
姉さんはふぅ~とため息をついてから改めて私を見た。
「貴女の見た目と聖杯戦争が始まることを合わせて考えると、貴女は第5次聖杯戦争で勝利して英霊となった。と考えたんだけど、あってるかしら?」
「えっと……」
「あ、ごめんなさい。そうね、負けたのは悔しいけど、勝利者が貴方ならまぁいいかなって思う。だからその事は気にしなくていいわ」
言い淀んだ私を気遣ってくれるが……。姉さんはきっと昨日の私の懺悔を聞いた影響で、聖杯戦争で私が姉さんを殺してしまったと思って気遣ってくれたのだろう。
けれど私が言い淀んだ理由は違う。私が英霊と成ってしまったのは、正確には聖杯戦争に勝利したからではない。だって私は聖杯を手に入れられなかった。望みを叶えられなかった。ただただ状況を見守り流されていただけだ。
戦いにおいてもまともに勝利した覚えもない。結局最後はセイバーを退けやって来た、サーヴァントですらない先輩に短剣を突き刺され――――。
「それで、え~と、聞きたいんだけど」
「? なんですか?」
姉さんの声でハッとして思考の底から意識を戻した。……何か今、大事な事を考えていた気がするが、すぐに忘れる。
「桜、貴女の望みは何? 聖杯に何を求めて召喚に応じたの?」
またも答えに窮した。魔術師の常識では、サーヴァントは望みがあるから召喚に応じるとあるが実際は違う。召喚はほぼ強制的なものだ。でなければ人類史に残る偉業を成した英雄が、歴史に名も残せぬ魔術師風情の召喚に応じるはずがない。
つまり私は望みがあって召喚された訳ではないのだ。気づいたら姉さんに召喚されていた。それだけだった。
事実は夢のない話だが、それをそのまま言っても信用されるか怪しい。望みなく召喚されたと言えばどうなるか。人は無欲の相手を意外なほどに信じない。裏があると思うはずだ。
召喚直後はそんな感じで望みはなかった。が、今の私は都合がよいことに望みがある。ちょっと実態と異なるが、昨夜生まれた願望を召喚に応じた理由として伝えよう。
「私の望みは『皆で幸せになりたい』です」
「……へ?」
「ですから、皆で幸せになりたいんです」
「……は?」
耳が遠いのか姉さんは二度も聞き返してきた。真面目に答えたので、さすがにちょっとカチンときた。不機嫌な顔で姉さんを睨みつける。
「姉さん」
「ごめん、桜。バカにしたとかじゃないの。ただなんて言うのかしら、予想を超えて凄く平和というか、桜はもっと自分中心の望みを持っていると思ったから、そんな聖人のような願いが出てくると思わなくて」
自分でも聖人とは程遠い、というよりも正反対だと思うが、実の姉にここまで言われると腹立たしい。実の姉だからこそ腹立たしいのかもしれないが。実際姉さんの言う通り、自分中心の願いであるから余計に腹立たしい。
「別に人類全て幸せにって事じゃありません。私自身と、私の周りの人で一緒に幸せになりたいって意味です」
「あ~、なるほどねぇ。それなら納得だわ」
不貞腐れて言ったら、姉さんが揶揄う様にニヤニヤとした。
お互いに本気で怒ったり揶揄っている訳ではなかった。姉と妹。姉妹らしく、わざと感情を出してじゃれている。昨日召喚されて正体を即座に見抜かれてから、姉さんと私は急激に姉妹としての関係を取り戻している気がする。
「ところで、その『皆』って誰が入っているのかしら?」
「はい? それは当然、私と姉さんですよ?」
ニヤニヤと楽しそうな姉さんの質問を恍けて躱す。自然なふりをした笑顔でごまかしたつもりだった。しかしさすが姉と言うべきか、確信を持った追及が飛んでくる。
「ありがとう。桜が私の事をそんなに思っててくれたなんて嬉しいわ」
「姉さんだって、私の事をいつも思ってくれてたのですから当然です」
「ふふ、今だから言うけど、気になる先輩の後を追って弓道部に入ったのも心配だったのよ」
「そうなんですか? それはすいま――――え?」
「ふふふ~、桜、先輩の男子一人、皆の中に入れなくていいのかしら?」
テーブルに肘をついて楽しそうに聞いてくる。私は笑顔を貼りつけ、内心で焦って続きを待った。
「綾子に聞いてるわよ。衛宮君の家に毎朝朝食を作りに行ってるそうじゃない。藤村先生も一緒らしいけど、それでも男子の家に毎朝、ね」
「み、美綴先輩ぃ」
いつも頼もしかった主将が、今は恨めしい。姉さんに一体どこまで話しているのでしょうか。別に隠してる訳じゃなかったから仕方ないが、今度美綴先輩に会ったら文句を言おう。
「具体的な幸せ像については、そのうち聞くとして。衛宮君も含めなくていいのかしらね~? さ、く、ら?」
「姉さん、わかってて聞いてますよね? そうですよね?」
「いいえ、わからないから聞いてるのよ。通い妻の桜は、衛宮君をどう思ってるのかな~?」
楽しそうに話す姉さんと、人間らしく恥ずかしがって慌てる私。午前中はそんな風に愉しく幸せにじゃれ合って、終わってしまいました。
続いた。
約3000文字。プロットなし、2時間で書けた(=Д=)
続きを~と言ってくれた方とか、お気に入りしてくれた方とか、高評価してくれた方用になんとなく続きを書きました。
なのでチラシの裏に。
次の書きもののお仕事の締め切りが決まったので、そっち優先しなきゃいけないのに、気晴らしに書いてしまった(●´ω`●)
1話3000文字くらいだと進みも遅いですが、大体2時間でかけて更新しやすいから、それでもいいのかな。
読者側としては1話何文字くらいがいいのかなぁ。
といつも悩みます|д゚)