――――怨念の業火すらも枯れ果てて、無人となった街に一人佇む。
あぁ、何故こうなってしまったのだろう。
――――通った学校。歩いた街路。帰りたかった本当の家。全てが壊れて消えた。
私はただ、苦しいのが嫌で、辛いのが嫌で、楽になりたかっただけなのに。
――――憎かった偽りの家族。血の繋がった姉。愛していた先輩。全員が居なくなった。
赦せなくて。周りの全てが赦せなくて、気づけば何も残っていなかった。
「君が、この街を破壊した犯人かい?」
瓦礫の上で星を見上げていたら、懐かしい音がした。
「志貴、油断しないで。この娘、人に見えても別物よ。内側にとんでもない何かを取り込んでいるわ」
懐かしいと思うほど聞いていなかった人の声のした方を向くと人間の男女が居た。いや、女性の方は人間ではないようだ。
「わかってる。けれど知りたいんだ。なんでこんなことをしでかしたのか」
「志貴……」
男性の疑問に答える義理はなかった。だけど久しぶりに悲鳴や罵倒ではない意味のある言葉を聞いて、なんとなく答えてもいい気分になった。
「えぇ、私がこの街を、冬木を破壊した張本人です」
「……何故やった?」
苦々しい響きの重い質問。彼はまるでこの惨状を嘆いているようだ。
「何故、何故……?」
問われて考え答えられなかった。あれ? そういえば私は、なんでやったんだっけ?
「可哀想に。貴女、とっくに壊れてるのね。せめてもの慈悲よ。ここで終わらせてあげる」
考え込んでいたら女性が前に出てきた。
「アルクェイド……」
「志貴、彼女を救うのは諦めなさい。もうどうにもならないわ」
「……わかった」
男性が短刀を片手に近づいてくる。折角質問に答えてあげようと思ったのに残念だ。
でも感謝するべきだろう。どうやら彼らは、私を終わらせてくれるらしい。何人もの魔術師が同じように私に挑んでは最後に命乞いをしたが……。彼らには、期待できる気がした。
それならせめて、やられる側として名乗りくらい上げておこう。彼らが私を終わらせた時に、打倒した相手の名前が必要だろうから。たぶん今の私に最もふさわしい名前は。
「ふふふ、この世の果てと化した冬木に来たお二方。
見事怪物は打倒され、世界に平和が戻った。
救われなかった物語の終わりはそれでいい。アンリ・マユのマスターとなって、半ば同化して悪神となりかけた私は退治されるべき化け物だ。それはいい。
だけど問題は最後に名乗った名前だった。
この世全ての悪。冬木の全てを破壊した怪物は、裏の世界だけじゃなく表でも噂される存在となっていた。当然だ。冬木の全てが無くなり、そこに何かが居たのは確認されているのだ。教会も協会も隠し切れなかったはずだ。
きっと大事件として扱われたに違いない。自衛隊の人とも戦ったような気がするから、動画などにも映っていたのかもしれない。
私が倒れたそのあとの世界は知ったことではないけれど、私という存在は世界中で伝説になったのかもしれない。とても良くない意味で、人類史に刻まれたのだろう。
……元々のアンリ・マユの代理として、反英霊として召喚されるくらいに。
「サーヴァント・アヴェンジャー、召喚に応じ……」
薄暗い地下室のような場所に召喚され、召喚主を見つつ名乗りかけて言葉が止まる。召喚したマスターらしき人物も最初は嬉しそうにしていたが、段々と私と同じように表情を消して動きを止めた。
「「…………」」
互いの沈黙が続く。
英霊として召喚されて大分正気を取り戻したせいで、空気を読まずに声を出せない。気まずい。どうしてこのマスターに召喚されてしまったのだろう。マスター自身が私の血縁者という、触媒として最高の血肉なせいだろうか。あぁいけない。姉を血肉だなんて言うなんて。まだ私は少し狂っているようだ。
しかしどうしたものか。聖杯から与えられた知識によれば、この時代は第5次聖杯戦争のはず。まさに私が巻き込まれて狂ってしまった渦中の聖杯戦争。つまり過去に呼ばれたのだろう。
私が経験した知識を生かして姉さんを勝たせられるだろうか。私が呼ばれた時点で別の聖杯戦争ともいえるので、それは難しい気もする。考えなくちゃいけない。いけないんだけど、今考えるべきはそうじゃなくて。
「あ~、うん、えぇっと」
「あ、マスター、私はアヴェンジャーのクラスのサーヴァントです。よろしくお願いしますね」
「ええ、よろしく。で、アヴェンジャーのクラスって何よ?」
「本来の7クラスとは別の、特別なクラスって思ってくれればいいですよ?」
「あ~、はいはい。ど~せアインツベルンか間桐が自分達に有利になるように、こっそり仕込んでおいたクラスか何かなんでしょうね」
「そうかもしれませんね」
無事に挨拶が終わりぎこちない空気が解けていく。このまま何事もなく普通にマスターとサーヴァントとして聖杯戦争に参加できたらなぁと思ったが、そうは問屋が卸さず。
深くため息を吐いた姉さんが、覚悟を決めたかのように私を真っ直ぐ見つめて口を開いた。
「桜よね」
「はい?」
「桜でしょ」
「あ、今春でしたか。きっと綺麗なさくらが咲いて――」
「誤魔化してる時点で認めたようなものよ」
今度は呆れたため息を吐いた姉さんが頭を抱えた。気持ちはよくわかる。私も同じように頭を抱えてなかったことにしたい。
だけど現実はいつも無情で、望まぬ出来事とも向き合わなければいけないらしい。わかりやすく言うなら、姉の下にサーヴァントとして召喚された妹という現実を、そろそろお互いに認めなくてはいけないようだ。
「……はぁ、ちゃんとした英霊を呼ぶ為に、何か触媒とか用意しなかったんですか?」
「……しなかったわよ。お父様が残した触媒は壊れていたし、他の物を用意する時間はなかったし、私なら素で最強のセイバーを引ける! と思ってたし」
何でもこなす優等生の癖に、ここぞという英霊召喚で触媒を用意しないとか。姉さんって……。
「な、何よ。そんな目で姉を見るなんて。礼装か何か知らないけど、血管みたいな赤い線の入った黒い服を着て、見た目同様に英霊になってちょっと性格悪くなったんじゃない?」
「いいんですか? 遠坂先輩。私の事を妹扱いして」
悪口に対する皮肉。間桐に引き取られてから私を妹扱いしなかった姉さんに対しての皮肉。言った自分でも本当に性格が悪いなって思ったけど、姉さんは考えていたより大物だった。
「ん、いいのよ。生きている桜とは魔術師として線引きをしなくちゃいけない。でも英霊となった貴女となら、生きてた頃の義務なんて関係ないでしょ? だからしたいようにするわ」
魔術師としての線引きなら、なおさら私を妹扱いするべきではないはずだ。マスターとサーヴァントとしての関係に終始するべきだ。なのに妹扱いしたいなんて。姉さんは意外と甘いみたいだ。
そういえば、あの時も最後まで私を救おうと――――。
「うぅぅ」
「大丈夫!? 桜!?」
「だ、大丈夫です。ちょっと思い出したくない事を思い出しただけで」
「そ、そう? ならいいけど、無理はしないようにね」
「……はい、姉さん」
本当の姉妹のように心配してくる姉さんに、つい頬が緩んでしまう。幸せ。そう、幸せだ。小さい頃のように姉さんと親しくできて、心配されて、私は今幸せを感じている。
「はぁ、聞きたい事は山のようにあるけど、まぁいいわ。なんだか桜は調子が悪そうだし、明日にしましょう」
「姉さんがそれでいいなら、いいですけど」
「もぉ、それでいいわよ。そりゃあね、なんで英霊になってるの、とか。英霊になったってことは魔術師として大成したって事で、妹に抜かれた! って思ったりして内心複雑だったりもするけど」
そこで言葉を止めて私をじっと見た。学校ではついぞ見せなかった優しい微笑と一緒に。
「自分の妹が英霊にまでなってるなんて嬉しいじゃない。お祝いをしてあげたいくらいよ。なんて色々複雑な心境で、困ってる訳なんだけど……。とりあえず今日言う事は、よく私の召喚に応じてくれたわね。ありがとう。桜」
「姉……さん」
ぎゅっと抱きしめられて、思わず目に涙が浮かぶ。私を大切に思ってくれているのが伝わってくる。姉さんは心の底では、こうして私を思ってくれていたと凄くわかった。
「あ、う……」
「さ、桜?」
姉さんが慌てているのに、涙が零れ落ち続けてしまう。
幼い日に別れてからも、妹として思ってくれていたのは知ってたはずだ。用もなく射場に来ていたのも、妹の私を心配してだってわかっていた。挨拶をしても他人行儀ではあったけれど、ちょくちょく美綴先輩に私の様子を聞いているのも知っていた。
それなのに、それなのに私は。
「姉さん、ごめんなさい。ごめんなさい」
姉さんに抱かれながら後悔の涙を流し、懺悔の謝罪を言い続けた。いくら涙を流し謝罪を口に出しても私の罪は消えてくれない。英霊として呼び出された事が、消えぬ罪の刻印のように感じる。
私の涙と謝罪の意味は姉さんにはわからなかっただろう。それでも姉さんは、ずっと私を抱きしめて頭を撫で続けてくれた。
「いいのよ、桜。もう、いいの」
そういってくれた言葉は、あの時の姉さんの様で……。姉さんに抱きしめられ涙を流したまま、私は決意した。今度こそ失敗しない。今度こそ皆で幸せに。
――――『
続かない。
Fateのアンソロドラマ聞いてなんとなく書いてみました。
ギャグにするはずが、思った以上に遠坂さんが真面目な反応してこうなりました。
(。-`ω-)解せぬ。
執筆期間が空きすぎて、練習がてら暇を見て書いたのですが~メディアさんの方を早く完結させなきゃですね(ノД`)・゜・。
あ、FGO6月から始めたのでやる気は溢れてます!暇がないだけで!(*ノωノ)★5ほし~