Fate/Grand Order【The arms dealer】 作:放仮ごdz
前回、衝撃のラストを迎えた、主役であるはずのディーラーがまるで登場しない監獄塔編第七話。真実の暴露と監獄塔編のラスボス戦。楽しんでいただけると幸いです。
―――――われわれの救いは死である。しかし、この《死》ではない。
フランツ・カフカ
カーラスポアから命からがら逃げだしたメルセデスは、壁によりかかって頭を押さえて苦しんでいた。
「ああ、ああ、あああ…違う、違う、違う!これは違う!私は、私じゃない…私は、誰…なの…?」
ふらふらと、回廊を先に歩むメルセデスの目は、赤く光り輝いていた。
ゾンビの血だまりに手をつけてふらふらと立ち上がり、アヴェンジャーを睨みつける藤丸立香…否、エヴリン。
「わたし……なんで、りつか…、エヴ、リン…?なんで、なんで…!」
「なんでもなにも、ロンドンでお前は言ったのだろう?」
――――――「ママは殺させない。私を恨んだっていい、嫌われてもいい。でも、ママが死ぬのだけは嫌だ。だから、死なせない」
無感情の返答に、頭をよぎるのは「立香」としての記憶の中でおぼろげに聞こえた決意の言葉。
「それが、どうしたって…」
「これがその結果だ。死なせないために特異菌とやらを感染させた。あの時は今にも死にそうな致命傷を負っていた藤丸立香に驚異的な治癒能力を使わせるために、それだけだった。だが、デメリットがあっただろう?お前という幻覚…いや、この場合は防衛装置と言うべきか。誇れ、怪物よ。お前は確かに、藤丸立香の死は回避したのだ」
先程、何の力もない藤丸立香ならば第五の裁き…アレクシアと対決した際に死んでいた、とアヴェンジャーはそう言っていた。では、いまだに自分を藤丸立香だと思っている私は何なのだと、目で訴えればアヴェンジャーは嘲笑を浮かべて応えた。
「お前の正体は藤丸立香に感染し体内に潜んでいた真菌だ。お前は藤丸立香にかけられた呪いの存在に気付くと感染を侵攻させて幻覚という形で自我を作り、体内に存在するもう一つの精神だということを利用して自分を藤丸立香だと誤認させ、代わりに監獄塔に取り込まれることで魔術王によって確定された死から救うことに成功した。
だが、その結果として記憶を共有したお前は自分を藤丸立香だと思い込んでしまった。最初に会った時、令呪の刻まれた手を掲げていたな?それは思い込んでいた貴様だけに見えていた幻覚だ。サーヴァントたちと念話を繋げらず、銃が無いのは当たり前だ。視点の違いも無意識にカビで形成したシークレットブーツによるものだ。力を持つ者達に嫉妬し、傲慢にもディーラーやサーヴァントの力を借りず、力が欲しいと強欲のままに求めた藤丸立香の末路、人ならざる者がお前だ。皮肉なものだ」
「でも、現実の私はちゃんとここの記憶を覚えていて…貴方の真名も調べて…!」
「それなら、そうだろう。最後にカルデアに戻った時まで本物の藤丸立香の魂もお前と共に在り、ここにいたのだからな」
「それは、どういう…?」
傷を修復して立ち上がりどこか怯えた様子の少女に、アヴェンジャーはまだ分からないのか?とでも言うように瞳の炎を燃やして笑い声を上げた。
「ッハハハハハ!まだ気付かないのか?既に無意識に気付いていたはずだ。タイムリミットを覚えているか?あの時までは、確かにお前と藤丸立香の意識はともにいた。だが、あの時すでに藤丸立香の魂は記憶のほとんどをお前に渡して乖離していた。さて、どこに行ったと思う?いや、質問を変えよう。お前が今でもなおどうしても見捨てられなかった人間とは、誰だ?」
「…まさか、メルセデス?」
「そう、お前の肉体が監獄塔での『藤丸立香』の器となってしまったがために行き場を失った藤丸立香の魂はこの監獄塔に存在した英霊の抜け殻…すなわち、メルセデスに入ったのだ。あのメルセデスは、記憶を失い何者でもなくなった藤丸立香だ。不安だっただろう、己の記憶を奪われたのだからな。半ば英霊の側面に振り回されていたが、あの度胸はまさしく人間でありながら英霊に立ち向かった奴その物だろう」
告げられた真実に、次々と脳裏によぎるのは、これまで戦ってきた怪物たちとの会話。
――――「ナタリアァアアアアアアッ!」
もしかして、
――――「ようやく来たか、人類最後のマスター」
――――「我々が君の幻想に終止符を打ってあげよう」
ウェスカーとサドラーのあの言葉は、自分にではなくその時側にいたメルセデスの中にいた藤丸立香の魂に言っていたのではないのか。
――――「貴方のような、虫けらを生み出すような出来損ないのウィルスとは違うのよ」
アレクシアは出来損ないのウィルスと、自分のことをそう呼んでいた。それに家族を切り捨てたと聞いた時に激高したのは、藤丸立香ではなくエヴリンである自分だった。
――――『あなたみたいなニセモノなんかに!』
ああ、あの時アヴェンジャーはサーヴァントが偽物だからと言っていたが、カーラはまさしく自分に言っていたのだ。
――――『ならば命乞いをしろ!泣いて助けを乞え!』
シモンズにそう言われたあの時、自分は何と答えたか。「死ぬほどしたもの、命乞いはもうこりごりだ」…藤丸立香は命乞いなどしたことは一度もない。命乞いしたのは、生前イーサンに追い詰められた時の自分だ。文字通り、死ぬほど命乞いをした記憶が確かに在る。
そして、
――――「わ、私は戦えませんが治療できます!足手まといになるかもしれません、けど私がどうなっても構いませんから!」
ああ、身の程を弁えない、いっそ狂っているあの姿は、確かに私が愛してほしかった藤丸立香そのものだった。そう思い至り、
「納得したようでなによりだ。偶然とはいえ、奴にはいい機会だっただろう。お前が演じる愚かな自分を客観的に見せられていたのだからな。どこに消えたのかは知らんが、ここの怪物どもよりも獣な本性を宿したあの英霊の自我に押し潰されている頃だろう。残念ながら、同士討ちさせるという魔術王の目論見は成功したわけだ。ならば、もはやお前を導く理由は何もない。だから貴様は、第二のファリア神父だ」
「…私が死んだら、どうなるの?」
自覚したものの、いまだに藤丸立香であるという感覚が抜け切れない
「………もしも、魂が消えていなければ藤丸立香は特異菌の感染が消えた状態で目覚めるだろう。お前という幻覚に悩まされることも無くなり、お前が恨まれる理由もなくなる。即ち、藤丸立香が命がけで守ろうとしていたお前を自らの手で殺して特異菌を完全に消し去る事こそが魔術王の目的だった。お前さえ消えれば藤丸立香など捨て置いていい存在だからな。
既に魂が消えているならば、お前が死ねば残念ながら現実の藤丸立香の肉体に魂は帰還せず死に至る。一つだけ、オレが導こうとしていた例外の道もあったが…今や、語る必要もないだろう」
「…今までありがとう。こんな私に、付き合ってくれて」
「……ふん。礼には及ばん。及ばんが、そうだな……なに。案外、楽しかったぞ。お前とオレは対等だった。実に残念な結末だ。ではな、世界に復讐する権利を持ちながら復讐者にはならなかった無垢なる子よ」
そう言って、黒炎を右手に纏って爪の様にし構えるアヴェンジャー。そして、勢いよく少女の胸部を斜めに斬り裂き、
―――――ごめん、ママ。よけいなことをして、結局、救えなかった。恨まれて当然、だよね…
かつんかつんと、アヴェンジャーが去って行く足音が聞こえる中、毒の様な恩讐の炎が蝕む致命傷を再生することを自らやめて、諦観した思いでぼんやりを消えていく意識の中で謝罪する
「そん、な…しっかり!しっかりしてください!なんでこんな、非道い…アヴェンジャーさんはどうしたのです、まさか彼が…?」
「…マ、マ……?」
目を開けると、そこには涙を浮かべながら自らの小さな体を抱き上げる赤い軍服の様な物を着たピンク色の髪の琥珀色の瞳をした女性、
「はっ!はあ、はあ…私は、私、は…!」
すると、唐突に頭を押さえて苦しむ
「はっ、はっ…!私、が、救う……私は、誰…?」
そのまま激痛のあまり目を閉じて
「私が誰かなんて、関係ない…!今にも消えようとしている命が、目の前にあるのなら…!」
その言葉と共にすぐに目は開くが、その瞳は完全に真紅に染まり、表情も鋼鉄の如く冷めていた。
「私はもう、誰一人見捨てない!………傷口を確認。迅速かつ的確な処置によって完治可能。治療を、開始します」
そう言って
「――――――
「メル、セデス…?」
記憶が混濁した意識で、まるで別人の様に自分を冷たく見下ろす
「――――クク、驚いたぞ。まさか魂が自我に押し潰されながら己の信念を貫くとは。貴様は今、英霊フローレンス・ナイチンゲールと完全に一体化している!」
「そんなことはどうでもいい。あなた、人の命を脅かしましたね…!私は、一切の害ある者を赦しはしない!決して、見捨てない!殺してでも生かしてみせる…!」
「フハハハハハ!眼前の全ての命を救おうというのか、なんとも傲慢じゃないか!本来の傲慢の化身、人を救い続けるために自分を鋼とした女の抜け殻に宿った人類最後のマスターよ!ヴェルカム!藤丸立香。悦べ、お前の願いは、ようやく叶う。そいつを助けたければ、オレを殺せ!さもなくば失うのみだ!」
「ッ!」
瞬間、腰からペッパーボックスピストルを抜いて乱射する
そのまま右足を振り上げ、アヴェンジャーの頭部に目掛けて踵を叩き落とそうとするもアヴェンジャーはすぐに退避して回避。すると目標を失った踵落としが石床を砕き、散弾と化した瓦礫がアヴェンジャーに叩きつけられた。
「グハッ…この力、現実の肉体に宿ったウィルスの影響がここにまで出ているのか…凄まじいものだ。だが、それでは足りんぞ!」
「諦めなさい、
「…オレはエドモン・ダンテスなどという善なる者ではない。オレは“怒り”だ!憤怒の化身、復讐鬼モンテ・クリストでしかない!この怒りを以て今度こそ完全なる復讐を果たす!」
そう叫んで両腕を振り上げ、魔力光線を連射するアヴェンジャー。
その隙を突いて突進するアヴェンジャー、斬り裂こうと迫った黒炎を纏った右腕を、振り返りざまに右手で掴んで握りしめ手首を砕いた
「…(治療の不完全な傷を体内に多数確認、触診完了)、大人しくしなさい、これは治療です。その血を流し尽くさねばなりません。適切な処置を施します!」
そのまま、触診で確認した全ての古傷に手を掛け開いて抉り、アヴェンジャーは大量に出血して全速力で大きく退いた。
「エドモン・ダンテス…どうか、その
「クハハッ…笑えるほど、その肉体を使いこなしているじゃないか。馬鹿め…それはオレにとっては「死」と同義だ。だがこのシャトー・ディフにおいては、オレは、モンテ・クリストは死なぬ!我が征くは恩讐の彼方…!」
満身創痍の身となっても全身から魔力を迸らせ、宝具を発動させて
「なに!?…まさか!」
「…ごめん、アヴェンジャー。でも、ママを虐めるのは見過ごせない…!」
「ッ、ハハハハハハハ!お前を捨て置いたオレの過失だ、甘んじて受けよう…殺せ、メルセデス!」
「…ァアアアアアアアアッ!」
そして、反射的に
「……わたしたちの勝ちだ、エドモン・ダンテス」
「――――ああ、そしてオレの敗北だ…」
不屈の復讐者の身体がついに倒れ伏す。長き監獄塔の戦いに、決着がついた瞬間であった。
ヴェルカム!藤丸立香。悦べ、お前の願いは、ようやく叶う。
…予告編から言っていたこの一言が全てです。サーヴァント並の力を得て、誰かを見捨てないために戦う。これで立香の願いが叶ったという。立香だと思い込んでいたエヴリンも、エヴリンの力を使ってメルセデスとアヴェンジャーを助けた立香なのでこれまた叶っていたという。
藤丸立香がエヴリンで、メルセデスが藤丸立香…つまりは二人の立香。タイムリミットの時点でメルセデス…ナイチンゲールの抜け殻が現れて二人に乖離しましたが、ちゃんとヒントは散りばめてました。
エヴリンは見た目がもろに子供だからナタリアと誤認されましたし、ウェスカーとサドラーにはメルセデスの魂の形が見えていましたし、アレクシアはエヴリンの存在を侮辱し、カーラは同族嫌悪し、シモンズは地雷を踏み抜いた。本編で言及してませんがGバーキンはメルセデスとシェリーと誤認してましたが、シェリーと立香は幼少期にウイルスを宿して成長して超人になっているという共通点がありました。
メルセデスがアヴェンジャーの真名を知っていたり、ウェスカーではなくサドラーに立ち向かったりしたのも一応フラグ。
魂が押し潰されてナイチンゲールIN藤丸立香というやべーことになっているメルセデス。Tウィルスに適合した力を有するバーサーカーとかいう頭おかしいことになってます。なおまだ自分が藤丸立香だと気付いてはおらず、人格破綻直前まで行ってます。
明日の四時にエイプリルフール特別回を投稿して、その後に更新する予定の次回もお楽しみに!よければ評価や感想、誤字報告などをいただけたら嬉しいです。感想をいただければいただけるほど執筆速度が上がります。むしろ感想くださいお願いします。