俺は、農業がしたかっただけなのに……!   作:葉川柚介

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そしてこれからも空に大地は浮かび続ける

 作戦は最終段階。

 あとはもう、落ちて突っ込むだけとなる。

 

「これ以上私にできることはないですからねぇ、お先に失礼させてもらいますよぉ!」

「はい、ありがとうございましたオラシオさん」

 

 そして、命脈尽きようとしている飛竜戦艦と運命を共にする必要はない。飛竜戦艦の制御を担当していたオラシオさんがまず離脱する。

 艦首の竜騎士像(フィギュアヘッド)はいざというときに分離して独立飛行が可能なようになっているので、エーテライト生成前にそちら側へ移ってそのまま脱出していった。

 

オラシオさん(オメガ11)、イジェークト!」

「今回の作戦はコールサイン設定してないよねエルくん?」

 

 とはいえ、オラシオさんは開発こそ専門家ながら操縦は畑違い。高空の風を受けてふらふらしながら飛ぶというより落ちていくが、そのまま地面に激突するほど操縦が下手なわけでもないだろうし、気にしている余裕もない。

 

「やれやれ、彼も大変だね。私はゆっくりと結果を見物させてもらうとするよ。ここまで協力したんだ、成功させたまえよエルネスティくん」

 

 一方の小王は魔王の力を信頼し、引き出すことができる。オラシオさんと比べると大分優雅に、ふわりと機体から離れて行った。

 

 魔法生物への直撃ルートはゆるぎなく、嵐の中で吹き荒れているだろう風も中央を通るここだけはゼロに近い。

 それでもなおマギウスジェットスラスタの加速を続け、地表へ向かって突き進む。

 

「先輩!」

「離脱したいのはやまやまだけど、あまり高いところで離れると着地できないから。……最後まで付き合うよ」

「……ありがとうございます」

 

 そして、最後の最後、ギリギリまで俺とエルくん、そして絶対にエルくんから離れないことは聞くまでもないアディちゃんが残った。

 雲に囲まれて浮遊大陸の様子はわからないが、魔法生物だけはどんどんと大きく見えるようになっていく。

 これまで横から柱のような姿を見上げてばかりだったので不思議な気分だが、もう二度とこんな角度から見ることはないだろう。ないと言ってくれ。

 

 

 作戦通りにいけばあとはエーテライトを直撃させるだけという、最後の瞬間。

 

 魔法生物に睨まれた、ような気がした。

 魔法生物が咆哮を上げた、ような気がした。

 

 自身の生命の根幹に係る巨大なエーテライトの接近を察知したのか単なる偶然か、それでも俺たちはここが潮時なのだとそう悟る。

 

「限界一杯です! 離脱します!」

「機体が大破する、くらいで着地できるといいんだけどなあ」

 

 イカルガとグランレオンたちの合体機が飛竜戦艦から飛び出し離れたのは、これ以上くっついていると危険だからでもあるが、同時に恐れがあったのかもしれない。

 イカルガの方はマギウスジェットスラスタと開放型源素浮揚器を起動。俺の方も機体の手足を広げられるだけ広げてエアブレーキにしつつ、イカルガの出力には及ばないものの同じように開放型源素浮揚器を使ってなんとか落下速度を抑えていく。

 

 一方の飛竜戦艦は、ついに単身となりながらその使命を果たす。

 音速にすら迫っていると思える速度と、元の船体よりはるかに膨れ上がったエーテルの膨大な質量が持つエネルギー全て欠くことなく、魔法生物へと一直線に落ちていき。

 

 

 魔法生物の体に発生した「眼球」へと、突き刺さった。

 

 

◇◆◇

 

 

 その瞬間は、地上で幻魔獣と戦っていた銀鳳騎士団やパーヴェルツィークの拠点からでも見えていた。

 空の彼方から、嵐を突き破って降ってきた流星が世界を破滅させかねないエーテルの柱に鉄槌を下す。

 嫌悪感を催す異様な魔獣と死闘を繰り広げ、やっとの思いで押し返したそのときに文字通り降ってきた朗報に誰もが歓喜の声を上げ。

 

「……やったか!?」

 

 ついでに、言ってはならないことを言ってしまった。

 

 

◇◆◇

 

 

「あああああああ! エル君、止められちゃったよ!」

「そうですね、アディ。困ったものです」

 

 魔法生物の体を構成するエーテルは、巨大エーテライト塊の直撃を受けて千々に裂けた……かに見えて、その実脅威を悟った魔法生物が自ら体を引き裂いていたらしく勢いを受け止められてしまった。

 流星槍作戦は、発揮する威力の高さは無類だがそのためにつぎ込める資材を全てつぎ込んでいる。失敗はすなわち敗北と滅亡を意味するような、乾坤一擲の切り札だった。

 だからこそ、不発になると打つ手がない。

 

「……いけませんねえ。この作戦のために、数多の機体がその存在を賭けたんです。ダメじゃないですか。その一撃を受けたあなたが出てきちゃダメじゃないですか。死んでなきゃあああ!!」

「生きるとか死ぬとかそういう生命かどうか怪しいけどね」

 

 しかしその程度で諦められるようなエルくんではなく。

 

「アディ! 触手の迎撃は任せます!」

「りょーかい! とりゃー!」

 

 イカルガは、突っ込んだ。

 無数に枝分かれした魔法生物の体のあった空間へ、飛竜戦艦を追って。

 迫る触手はアディちゃんに迎撃を任せ、取りついたのは飛竜戦艦後部でいまだ形を保っているマギウスジェットスラスタ。

 おそらく無事とは言えないだろうが、イカルガとエルくんなら接触さえできれば直接かつ無理矢理に機能を復活させることができる。

 

執月之手(ラーフフィスト)ォ! 銀線神経が途切れているのなら! 直接操作すればいいだけのこと! 起きなさい、黄金の鬣号、飛竜戦艦! 最後の一仕事、派手にいきましょうか!!」

 

 それは、遠目に見ても噴射というより爆発に近い。

 実際、後先を考えずイカルガの出力をフルに叩き込まれているに等しいその駆動、魔法生物が力尽きるのが先かマギウスジェットスラスタが崩壊するのが先かのチキンレースに近い。

 

 

「行け……行けぇー!」

「押し込め! そのまま、倒せー!!」

「頼む、神様……!」

 

 

 その様は、地上拠点どころかセッテルンド大陸からすら見えていたという。

 祈りと応援の叫びは声こそ届かなくとも思いは同じ。

 

 飛竜戦艦が、それに応えてくれたのか。

 最後の一押しが、エーテライトごとズブリと魔法生物の中へさらにめり込み。

 

 

「……エル君、風が!」

「止まった……?」

 

 静かだった。

 急に嵐が弱まり、ほぼ同時にマギウスジェットスラスタの命脈が尽きた。

 あるいは、魔法生物すらも、ついに。

 

 そんな期待にも似た沈黙が空に満ちた数秒は。

 

 

――オオォォォオオオオオオァァ!!!

「また暗く……いえ、雲ではありませんね。あれは……まさか、エーテル!? 宇宙から引きずり下ろしてきましたか!」

「ど、どどどどうしようエルくん!?」

 

 

 浮遊大陸史上最大級の異常の前触れでしかなかった。

 空の彼方から降り注ぐオーロラの虹色が浮遊大陸を覆う。

 エーテルそのものともでも言うべき魔法生物が、大量のエーテルを引き寄せてきた。

 何かを企んでいること、疑いの余地はない。

 

 そして、魔法生物そのものにも変化が訪れた。

 魔法生物を形成する触腕の表面がボコボコと膨れ上がり、透明に透き通る球体となる。

 異様に数は多く不気味だが、あれは「目」だ。ガンQ……じゃなかった「眼球」だ。

 イカルガをじっと見つめる、無数の目。

 

「こちらを、見ている……? なにを考えているのです、魔法生物」

「ちょっ、ちょっとエルくん、あれあれ! 魔法生物の触手が!」

 

 異常は続いていた。エーテルの降下に続いてさらに、「空が閉じる」。

 

 魔竜鬼神の直撃を避けるために花咲くように広げていた触手が、魔竜鬼神ごと包み込むように閉じ始めた。

 しかもその向こう側には高高度から引きこんだ大量のエーテル。

 そして、触手表面がざわざわと蠢き。

 

 エーテライトが、生えた。

 

「ほほう、どうやら大量のエーテル、そしてエーテライトを求めているようですね。……このままだと逃げ道がなくなりますが」

「言ってる場合じゃないよエルくん!?」

 

 あれだけ苦労して、制御も何もなく無理矢理生成したエーテライトがいともたやすく生え、伸びていく。

 魔法生物の規格外、ここに極まれり。

 人知を超えた魔法能力、魔法現象そのものとも言える存在は息をするようにエーテルを操り、生成したエーテライトは飛竜戦艦の船内に満ちるそれらとの融合もしはじめ、空間がエーテライトによって閉じ始める。

 

 万事休す、と言っていい。

 イカルガはもはや完全に死に体となった飛竜戦艦の上、不安定になりはじめた嵐の衣(ストームコート)を必死に維持しながら迫りくる触腕を迎撃し続ける。

 ここへとたどり着くルートであった上方は閉じられたうえに、エーテル濃度が濃すぎて逃げることは不可能。横の触手を撃っても効果はなく、突破口は開けなかった。

 体を構築する成分そのものがエーテルなせいか、魔法生物の体の中に取り残されつつあるイカルガはエーテルの濁流の中で翻弄される木の葉に等しい。

 その流れに抗う全ての動きは何一つ実を結ばない。

 

 そう、「流れに抗う」動きは。

 

 

「なら、流れに乗らせてもらおうかああああああ!!!」

「せ、先輩!? なんでまだここにいるんですか!?」

 

 エーテルは空から降りてきて、魔法生物に吸い込まれる流れを作っている。

 ならば、その流れに沿って魔法生物へ向かう動きなら、邪魔されることなくむしろ勢いを増すことさえできる。

 重力、推力、エーテルの流れ。全てをまとめて、俺は魔法生物へ向かって落下することを選んだ。

 それしか生き残る方法なさそうだしね!

 

「浮いたはいいけど、まともに飛べなくてうろうろしてたら取り残された!」

「なんですかそれ!? ……でも、そういうありあわせ感のある合体も好きです!」

「しゃー!!」

 

 幻晶騎士の3機合体。

 普通の幻晶騎士ではできないこともできるようになるが、なんでもできるわけではもちろんない。

 一応マギウスジェットスラスタがついているとはいえ、その配置はあくまで合体前に単騎で使うことを想定してのもの。開放型源素浮揚器で浮くことこそできたものの、さっきマギウスジェットスラスタ使ってこの場を離れようとしたらバランス崩れてその場できりもみ回転しかけました。

 そんなわけで逃げるに逃げられず、上方からエルくんたちの最後の頑張りをずっと見ていたわけなんだけど、事ここに至って静観によって得られる未来はないことが明らかだった。

 

 ならば、進む。

 開放型源素浮揚器を解除して重力に身を任せ、エーテルの流れに沿えばマギウスジェットスラスタもバランスを崩さず加速に使える。

 目指す先は、魔法生物の中心。ひときわ巨大な眼球を作り出したド真ん中。

 

「ああもう……! 先輩が僕より先に無茶をするなんて珍しいですね!」

「たまにはいいじゃないか。……エルくん、魔法生物を斬れるかい?」

「任せてください! ただ、おそらくすぐに修復されます! タイミングを合わせてくださいね!」

 

 そんな俺にあっという間に並び、そして追い越していったのはさすがエルくんのイカルガ。

 エーテルの波に乗るようにして滑らかに加速して銃装剣を振りかぶるや、そこに虹色の光が宿る。

 

源素化被膜(エーテリックコーティング)!!」

 

 エーテライト生成が可能になったということは、エルくんとイカルガなら実戦の場においても武器にできるということ。

 急場しのぎなせいかごくわずかな量の生成が限度のようで、刀身を覆うだけだがそれで十分。

 

「はじめまして、魔法生物! 僕は銀鳳騎士団団長、エルネスティ・エチェバルリア! 人の意地を、一太刀馳走いたします!!」

 

 魔法生物の眼へと飛び込むようにして、銃装剣を一閃。

 幻晶騎士を飲み込めそうなほどに巨大な眼球が一文字の傷に裂け。

 

「隙ありじゃああああああああ!!!」

 

 半ばやけっぱちの俺がブレーキなしで飛び込み、機体が半分埋もれるような勢いで拳を突きこんだ。

 

 

 魔竜鬼神による流星槍作戦は、高濃度エーテル流の投射という選択肢を排除した。

 魔法生物ほどの規模の存在に威力を発揮するほどのエーテル濃度はレビテートフィールドを発生させてしまい、まともにぶつけることができないからだ。

 

 だがそれは、法撃としてエーテルを投射するならばの話。

 発生が一瞬なら、ほぼ影響を受けずに済む。

 発生位置が相手の内部なら、何も問題はない。

 

 魔法生物の生理的な現象なのか、ねじ込んだ腕部の制御が干渉されているような感触がある。

 しかし、すでに反撃は済んでいる。

 ここに来るまでため込んでおいたマナをエーテルに変換して、腕部から瞬間的に放出。

 魔法生物体内で抑え込まれた状態で逃げ場のないエーテルはあっという間に濃度が上がり、圧力が上昇し。

 

 

――ィィィィィアアアアアアアアァァァ!

 

 

◇◆◇

 

 

 その結果、どうなったのか。

 状況を把握したのは全てが終わってからだった。

 なにせ、魔法生物にエーテルパンチを叩き込んだ直後、魔法生物の体内で濃度が上がりすぎたエーテルの爆発の余波に加え、発生したレビテートフィールドによってすっ飛ばされて俺は気絶。気付いたときには何もかも片付いていた。

 

 

 結論として、魔法生物は沈静化した。

 宇宙からオーロラという形で引っ張ったエーテルを取り込み、光の柱となっていた魔法生物は地中へ戻って行った。

 ついでに、その出口たる地表面にはなんとエーテライト塊が復活。

 しかしそれは流星槍作戦でねじ込んだアレではない。なにせ元の塊よりデカい。おそらく魔法生物がエルくんを真似て生成したのだろう。

 しかし規模が違う。そのデカさたるや、突撃かました飛竜戦艦を丸ごと取り込んだ山のような巨大さだ。

 

 とはいえこれによって魔法生物が再びの眠りについたことは間違いない。

 ……あくまで眠りについただけで、何かあれば再び目を覚まして嵐を起こして世界を終わらせかねないと、人類に知らしめたうえでのことではあるが。

 

 

「ふんっ! おりゃっ! ……どっせい!」

 

 機体に蓄積していたマナは枯渇している。

 エーテルリアクタは頑丈だから無事だろうが、あちこちズタボロなせいかコックピットハッチが開かず、閉じ込められた状態だった。

 なので仕方なくグランレオンのコックピットハッチを蹴り飛ばし、やっとの思いで外に出る。

 どこをどう飛んで転んだのかはわからないが、一応生きてはいるだけ儲けものだろう。

 現在位置は、浮遊大陸上のどこか。かなり久々に見た気がする青空の下、少しの間途方に暮れる。

 みんなと合流したくはあるけど、さてどっちへ行けばいいのやら。

 

 だが、まあ。

 浮遊大陸に来てから騒動に次ぐ騒動で忙しいばかりだったから、少しくらいゆっくりしてもいいかもしれない。

 

 遠くを見渡すため、ズタボロになって合体が解除されたどころか手足の一部も千切れ飛んで崩れ落ちていたグランレオンたちの塊の上に腰を下ろし、一息つく。

 しばらくこの空を眺めて風を浴びて、それからみんなの居場所を探しに行こう。

 

 俺にとって、それが浮遊大陸の事件の終わりだった。

 

 

『――見つけましたよ、先輩! ……ああっ、やっぱり機体が大破してる! 役目を終えて朽ちかける最強形態……美しいですね!!』

「ああうん、そうだね?」

 

 なお、しばらくしたらエルくん直々に探しに来てくれました。

 どちらかというと、グランレオンたちを回収する前に一目見ておきたかったとかそういう理由っぽいけど。

 

 

◇◆◇

 

 

 浮遊大陸に関する騒動は終わった。

 終わった、ということになった。

 終わらせるために、しなければならないことが山ほどできたとも言う。

 

 とはいえそれらに関して、俺が関われる要素はほとんどない。

 農業と殴り合いなら出番もあるが、ここから先は政治の話だ。

 

 浮遊大陸を、どうするか。

 それはすなわち、今もこの大陸の中で眠る魔法生物をいかにして刺激しないで済む枠組みを作るかという話だ。

 エーテライトの塊に等しいこの大陸でこっそりワンチャン一儲け、などと考える輩は当然出てくるだろうが、考えるだけで留まるように抑えるためには最大の権力、すなわち国と国との間の関係をもって制する以外にない。

 そして、幸いにしてこの場で状況を把握している人として、エムリス殿下とフリーデグント王女殿下がいるからなんとかなるだろう。

 ……外交レベルのアレコレを、本国と申し合わせなしに決めることになるので怒られるとしてもエムリス殿下やエルくんレベルで止まるだろうからセーフ!

 

 

 細かい部分については知る由もないが、大筋でどういう話になるかは聞かせてもらった。

 浮遊大陸の存在と、魔法生物の起こした嵐やそれを封じるための流星槍作戦は大陸にいた人たちの目にも見えていたという。

 下手に放っておいたり隠したりすると、いらん噂が尾ひれ背びれどころか翼に牙と角まで生えて炎を吐きながら元気よくセッテルンド大陸中を飛び回ることになるだろうと予測された。

 

 なので、適度に情報を公開する。

 

 今日からこの地は浮遊大陸改め、「魔王国」となる。

 小王を魔王とし、住人はハルピュイア。セッテルンド大陸との間に相互不可侵を約束し、交易によってエーテライトを提供する、と。

 なお、この宣言はパーヴェルツィーク王国、クシェペルカ王国、フレメヴィーラ王国、シュメフリーク王国が後ろ盾として名前を出している。

 うっかり変な色気を出してちょっかい出そうものなら国ごと轢き潰されそうな名前が過半数なあたり、この宣言がガチであることがわかってもらえるだろう。

 

 そして。

 生き残った飛空船を総動員して、速攻で各国へバラまかれた魔王国建国の怪文書。

 その効力を確かなものとして説得力を持たせるためには、まず俺たち自身がこの宣言に従わなければならない。

 

 すなわち、浮遊大陸との別れの時だ。

 

 

◇◆◇

 

 

「…………お前も、行くのか」

「そりゃあ、まあ。俺も人間だし」

「……………………!」

「いや、その、涙目で睨まれても……」

 

「ヤダーーー! でっかい人、行っちゃやだー!」

「嘆くな、小さき翼よ。別れは惜しい。だが、別れを惜しむほどの出会いを得られたことは百眼のお導きだ」

「知らない! もっと遊ぶ!」

「う、うむ……」

 

 うーん、愁嘆場。

 あっちではキッドくんがホーガラさんとしっとりした、しかし避けられない惜別を繰り広げている。

 主にホーガラさんの方が割り切れていないようで、数年前にクシェペルカからフレメヴィーラに帰るときにキッドくん主演で似たような光景を見た覚えがある。

 ノーラさんは藍鷹騎士団の人たちにその辺の記録を取らせているみたいで、おそらくあの報告はまず真っ先にエレオノーラ女王陛下の所へ届けられるんじゃないかなあ。

 

「まあ、魔王国は魔王とハルピュイアの領土だけどセッテルンド大陸側にハルピュイアが来ちゃいけないって話にはなってないし、落ち着いてからホーガラさんが遊びに来ればいいんじゃない?」

「獅子の地の趾! 冴えているなお前は!」

「遊びに行く……それもいいね!」

 

 

 そして、定められた別れがもう一つ。

 

「……」

「終わったかい、エルくん」

「先輩。ええ、万事つつがなく」

「小王との別れがつつがなく終わるとかマジ?」

 

 現在、銀鳳騎士団は浮遊大陸からの撤収作業に忙しい。

 人命こそ無事だったものの、それに反するようにして幻晶騎士と飛空船は無事なところが一つもないとかそういうレベルだ。

 帰るにしてもまず飛空船を修理しなきゃいけないし、ドックもないこの場所で飛空船を修理するためにはまず幻晶騎士を修理しなきゃいけない、とやることは山積みだ。

 エルくんはその全てに関わる、というわけではないが銀鳳騎士団団長として監督と確認、そして好き好んで首を突っ込むという仕事がある。

 

 そんな仕事に合間を作り、小王との会談に出向いたわけだ。

 これから魔王国における玉座の間となるのか、ハルピュイアの住処となるような立派な樹に空いた大穴の中へと特に警戒することもなくひょこひょこ入って行ったエルくんが、しばらくして何事もなかったかのように出てきた。

 いやまあ、小王だっていまさらドンパチやるような気は削がれてるだろうとは思ったけどこうも普通に帰ってくるとは、さすがに驚くよ。

 

「その代わり、初代魔王として魔王国の領土から永久追放されてしまいました。僕に対する感情と魔王としての責任の折り合いを考えると、妥当なところでしょう」

「偉い人は大変だなあ」

 

 当たり前と言えば当たり前、追放直後に合わせる顔もあるはずはなく、小王は大樹の中から出てくる気配がない。きっと、このまま二度と会うことなく別れるつもりなのだろう。

 思い返せば、大森海で初めて顔を見て、しばらく世話になって、主にエルくんが大暴れして街一つ背負って飛ぶほど巨大な魔王を操る小王と戦った。

 そして今回は飛竜戦艦改造機に一緒に乗って世界を救ったのだから、変な関係もあったものだ。

 

 その感慨に背を向けて、俺とエルくんはその場を後にし、ほどなくこの浮遊大陸を後にする。

 

 長く、ヤバく、険しく、やっぱりエルくんがとびきりヤバかった仕事が、終わる。

 

 

「では、クシェペルカ王国にエムリス殿下とキッドを返してからフレメヴィーラ王国へ帰りましょう。流星槍作戦の顛末を国王陛下に説明しなければなりませんし、まだまだやることはたくさんですね!」

「俺、帰ったらしばらく畑仕事に専念するんだ……」

 

 そんな現実逃避の一つや二つもしたくなるくらい、まだまだあれこれ控えていそうだ。

 少なくとも、リオタムス陛下の胃がまた爆発四散することだけは間違いない。

 でもいまだけは考えることをやめることにして、ウキウキと弾む足取りで幻晶騎士の方へ駆け寄るエルくんの背中をゆっくり歩いて追いかけた。

 

 

◇◆◇

 

 

「……」

「…………」

「……………………」

「………………………………」

「――ところで先輩」

「幻晶騎士の合体についての検討はしないからね?」

「心を読んだんですか!?」

「エルくんは時々死ぬほどわかりやすいから……」

 

「やりましょうよ! 単騎で人型にもなったりする恐竜型かドラゴン型のロボで、最終的にグレート合体を!」

「幻晶騎士の動力機構は変形とか分離とか合体に向いてないでしょ」

「動力機構そのものが異なる新機軸機……?」

「変形分離合体できる幻晶騎士を作ってくれって話じゃねえよ」


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