俺は、農業がしたかっただけなのに……!   作:葉川柚介

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グランレオンで使ったら、絶対エルくんに目を付けられそうな技がある

 カーンカーンカーン

 

「おう、できたぜ」

「さすが親方、仕事が早い」

 

 そんな感じで、サクッと試作品が完成した。

 第一弾として作ったのは、スプレー状にエーテルを吹き付ける魔導兵装と、棒の先にエーテライトを括り付けた槍という原始的極まりないもの。

 とはいえ、これでもエーテルによる魔法生物への干渉についての可能性は十分に確認できるだろう。

 さっそくこれをディートリヒとついでにパーヴェルツィークの人たちに試してもらったところ、小さい方の魔法生物に対して十分な効果が確認された。

 なんか、臭いもの突きつけられた犬みたいにビビったり、スパっと切れたりしたらしい。

 

 だがその事実が同時に示すのは、本体である光の柱をなんとかするためにはその規模相応のエーテル量が必要になるということだった。

 

「でもそれだけのエーテル、集めるとエーテリックレビテータになってしまうのですよ」

「その解決策として私に意見を聞きたいと? そんなものは専門外なんだけどねえ」

 

 その辺の事情をまとめて報告したら、その足でオラシオさんと小王の集まる技術的首脳会議へ親方と一緒に引きずり込まれたんだよなあ!

 

「あの魔法生物本体を打倒するのにどれだけのエーテル量が必要かはわかりませんが、とりあえず量的な確保の目途は立っています。飛竜戦艦を高高度まで上げることができれば、そこには無尽蔵に近いエーテルが満ちているわけですしねぇ」

「それならほら、アレだ。元々あったエーテライトの塊を見つけて、それをぶつければいいんじゃないかい?」

「目下捜索中ですが、どうやら穴が拡大しているようです。砕けて多少なりと小さくなったエーテライト塊だけでは足りないでしょう。源素化兵装も必須ですね」

 

 滅茶苦茶イライラした様子の小王と、滅茶苦茶めんどくさそうなオラシオさん。

 よくよく考えてみると、かつてエルくんに一番の自信作を叩き潰された二人が揃って同じ目的のために頭をひねってるんだよね。人間関係がごちゃごちゃしとる。

 なお、この状況を作ったのは、昨日の敵は今日の友的なエルくんの人望と人徳……ではなく、理と利で人を会議の椅子に縛り付けるエルくんの話術と利害調整力の賜物だ。少しでも歯車が食い違えばすぐにでも喉笛に噛みついてきそうな人たちを、そのまま協力させる綱渡り感がめちゃくちゃ怖い。

 オラシオさんと小王は真剣に考えているようだが、エルくんが視界に入る度に「詐欺じゃねえかこいつ」みたいな色が目に宿る辺り、内心複雑なんだろうなーと思う。

 

「エーテル量の確保はまあなんとかなります。ただ、それを十分な威力で叩きつけようとするとエーテリックレビテータ化してしまいますから、下方の魔法生物にぶつけようがない、という問題がありますね……」

「飛竜戦艦の無事についてはこの際もういいんですよ。ですがねぇ、そこまでするのに有効な手段がないなんてのはさすがに受け入れられませんよぉ?」

 

 そして、会議は行き詰まる。

 高高度まで飛竜戦艦を持ち上げて、そこにある大量のエーテルを取り込む。そうすると、今度は高出力のエーテリックレビテータが発生して魔法生物の所まで降りられなくなるという矛盾がある。

 手段の方向性は見えているものの、あと一歩何かが足りない気がして会議の参加者が軒並み沈黙の中で思考に耽り。

 

「……そういえば、エーテライトは浮かないね?」

 

 答えは、小王のふと思いついたとばかりの言葉からもたらされた。

 

 

「――いま、なんと?」

「君たちがエーテライトと呼ぶあの石は、ようするにエーテルが固まったものなのだろう? その割に、浮かばないじゃあないか」

 

 エルくんの髪の毛がふわりと逆立った、ような気がした。

 口角は吊り上がり、目は見開かれ、体はぶるぶると小刻みに震えだす。

 

 何が起きたんだ、とビビり半分のオラシオさんと小王。

 一方俺とダーヴィド親方は顔を見合わせ、肩をすくめる。

 

 ああなったエルくんは、もう止まらない。

 

 

「先輩! 源素化兵装の状況の説明を!」

「エーテルを吹き付けるスプレーも、エーテライトを穂先に使った槍も魔法生物について想定通りの効果を発揮したね。ただエーテライトは脆いから、槍は1、2度切りつけただけですぐにエーテライトそのものが崩壊したという報告が多数上がってる。……魔法生物本体をどうにかするなら、相当の質量と速度が不可欠だね」

 

 突然立ち上がり、部屋を歩き回りながら俺の報告を聞くエルくん。

 話はしっかり耳に入っているだろうが、それと同時にすさまじい速度で思考が回転しているのが見るだけでもわかる。

 

「おそらく、巨大エーテライト塊を発見できたとしてもそれだけでは威力が足りないでしょう。それを解消するためにも、そしてエーテリックレビテータの発生を防ぐためにもエーテルの結晶化は不可欠! 今回の作戦、勝利の鍵は『エーテライトの人工生成』ですね!!」

 

 そして、答えは出た。

 

「いや、ちょっと待ってくださいよぉ!? そんなことをしたら、飛空船のエーテライト需要が……!」

「オラシオさん! もしもエーテライトが人工的に生成できるとしたら! 飛空船の建造数や航行力を制限する枷の一つがなくなると思いませんか!?」

「それは……! ……そうですね? 言う通りじゃあないですか。…………いいですねぇ! ぜひやっちゃってくださいよぉ!」

 

 オラシオさん、さっそく陥落。

 夢見る瞳で天井を見上げる脳内では、エーテライト供給量という制限から解き放たれた飛空船のさらなる性能向上策に羽ばたいている模様。

 

「小王! 西方人がこの地を狙う理由がエーテライトにあることはおわかりですね?」

「作り出すことができるようになれば、わざわざ空を越えて掘りに来る必要がなくなる、と?」

「コストの概念というのは重要ですね」

 

 それはそれで望ましいけど、エルくんの言う通りになるのは癪だなあ、という顔の小王。

 だが自分の領地が踏み荒らされなくなるという可能性は魅力的で、だからこそイヤそうにするだけで否定の言葉は挟まなかった。

 

「いいですねぇ! 早速かかりましょうか!」

「ええ、ではまずエーテルを結晶化させる条件に付いて……」

 

 

 そして、状況は動き始める。

 会議室の中でも、「大陸の中」でも。

 

 

――ズズン!!

 

「振動!?」

「このタイミングで、ということは……!」

 

 激震、と言っていい揺れが地表に係留されている飛竜戦艦を襲う。

 いまこの浮遊大陸でこんな異常事態を引き起こす原因など、一つしか心当たりがない。

 会議室に詰めていた俺たちは揃って外に飛び出し、目を向けるのは大陸中枢の方角、光の柱。

 

 そこには確かに光の柱があった。

 だが、俄かに湧き上がる黒雲に覆われ、枝分かれして垂れ下がる触腕へと変化した姿で、だが。

 

「……どうやらタイムリミットみたいだね、エルくん」

「はい。作戦の準備をこれまで以上に急がないと、取り返しのつかないことになりそうです」

 

 雲間に光る雷鳴からゴロゴロという音が聞こえるまで数秒。そのころには明らかに雲の量が増し、光の柱を覆い隠していく。

 明らかに、魔法生物による天候操作級魔法が発動している。

 これまでも、反応を調べるために敢えてちょっかいを出して嵐を引き起こさせたりはしたものの、今日はその予定がなかったし、明らかにこれまでの嵐と様子が違う。

 

 空気が湿り、雨と土が風に匂う。

 ちょっとやそっとじゃない嵐が、浮遊大陸の運命諸共に巻き起ころうとしていた。

 

 

◇◆◇

 

 

 幸か不幸か、方針は決まった。決まってしまった。

 となればあとはもう走るだけ。止まる、という選択肢はエルくんの中にない。

 

 そのために、いくつかのことが平行して進められた。

 まず、飛竜戦艦の決戦仕様改造。親方たち鍛冶師隊総出に加え、パーヴェルツィークの鍛冶師も巻き込んでの大突貫。昼夜を徹しての改造という、銀鳳騎士団では時々ある無茶に巻き込まれたパーヴェルツィークの人たちはご愁傷様と言う他ない。

 

 続いて、エムリス殿下やフリーデグント王女たち責任者組への説明と説得。こちらはエルくんが直々に、ババっと作り上げたプレゼン資料を元にする予定だ。俺も資料作りに協力したけど、見れば見るほど頭が痛くなるようなことが書いてあるので王女殿下辺りは吐くかもしれない。

 ……まあ、俺たちはこれからそこに書かれたことを実行することになるわけだからなお辛いんだけども。

 

 さらに、巨大エーテライト塊の回収。

 元々光の柱のところにあったものを、ノーラさんたち藍鷹騎士団が見つけてきてくれたらしい。

 実は思ったほど遠くに飛ばされたわけではなく、折れて転がって少し下ったところに横たわっていたのだという。それはつまり、生物にとって危険なほどエーテル濃度が高く、魔法生物の迎撃に晒される可能性のある場所ということ。最終的に飛竜戦艦へ搭載するのだが、その前に幻晶騎士で引きずってこないと回収できない。

 

 そして最後に、これが一番の大問題であるエーテライト生成方法の確立。

 今回の作戦に絶対必要であり、エーテライトからエーテルへの自然な変化は確認できているもののその逆はどうやればいいのか、そもそも可能なのかという理論的な裏付けが一切ない。

 これはもう、エルくんの魔法能力と創意工夫に頼るしかない。イカルガなら小回りも効くし高高度のエーテル濃度が高い場所での活動も可能。そこでなんとかかんとかエーテライト生成できるようになってくれることが、今回の作戦最大の鍵だ。

 

 これらを、全て同時並行で行う。

 魔法生物の孵化か羽化が始まったと思しき荒ぶる嵐の降る中で。

 

「親方はさっそく工房を掌握してくれています。巨大エーテライト塊はディートリヒさんの紅隼騎士団が回収役を名乗り出てくれました。……なので先輩は、各セクションのフォローと不測の事態が発生した時の対応をお願いします」

「何事もなく準備が進む……とは思えないよねえ。俺が対応できる範囲だといいんだけど」

 

 上司陣への説得は、割とあっさり終わったらしい。

 エムリス殿下は半ばエルくんの意思に逆らえない立場だからまあいいとして、フリーデグント王女が全面的な協力を確約してくれた、というのは少し驚くべき話だった。

 それはすなわち、状況を正しく把握できているということなのだろう。

 止まない雨と風。異様な姿を晒す光の柱。そして、とんでもない提案を嬉々として持ち出してくるエルくん。

 きっとその会議の場において、アドバイザーとして参加していたであろうオラシオさんが叫び、小王が発狂していたに違いない。目に見えるようだ。

 

 だがそうなれば、もうやるしかない。

 不測の事態が起きないように、などというのは無理な話。そもそも浮遊大陸という不測の事態そのものの上に立っているようなものなのだから、腹を据えてかかる以外に手段はなかった。

 ……なあに、俺たちはエルくんの無茶振りで慣れてるぜ! 慣れたくなかったなあオイ!

 

「じゃあ、エーテライトの生成をよろしくね、エルくん。俺は俺で、なんとかやっておくよ」

「はい、よろしくお願いします!」

 

 そんな会話を経て別れ、ひとまず親方たちの様子を見に行こうかと思った、その矢先。

 

――ぎゃぎょおおおおおおおえええええええ

 

 浮遊大陸で何度か聞いた、3つくらいの獣の鳴き声が濁り混じったような耳障りな叫びが轟いて。

 

「……なんとかやっておくよ」

「…………よろしくお願いします」

 

 俄かに騒がしくなる外の気配と、ますます勢いを増した気がする嵐。

 始まる前からトラブルに見舞われている仕事ってヤだなあと思いつつ、俺とエルくんはそれぞれの持ち場に向かって全力で走りだした。

 

 

◇◆◇

 

 

「恐れるな、パーヴェルツィークの騎操士たちよ! 味方はいるぞ! ……幻晶騎士なのに空飛んでたりするが!!」

 

 こちらの存在を正しく認識しているかすら疑問だった、魔法生物。

 それがいよいよ人間のことを自分の邪魔をするものと認識したのか否か、いずれにせよ人類側の拠点に対して刺客が差し向けられ、戦闘が勃発した。

 パーヴェルツィークの騎操士たちは、王女殿下が未知の浮遊大陸へ遠征するにあたっての供回りを許された精鋭たち。西方諸国だけで生きるのならば生涯目にすることもないような魔獣を相手にさえ勇敢に戦って見せた。

 

 だが、新たに現れた獣は、違う。

 初めて目にしたときは、魔王が従えていた3つの頭を備えた異形、混成獣かと思われた。

 しかし今度の相手は、3つの頭に加えて「幻晶騎士の上半身」をも、備えていた。

 異形にねじ込まれて歪んでいるせいもあって気付く者は少なかったが、かつてイレブンフラッグスの制式量産機としてパーヴェルツィークとも戦った「ドニカナック」のもの。

 

 魔獣と幻晶騎士が、融合している。

 魔法生物が魔獣や幻晶騎士に潜り込んで操る能力があることは知れていた。だが、その上さらに融合までさせるとは。

 その生理的嫌悪を催さずにいられない悍ましさに震え上がりながらも勇気を振り絞るパーヴェルツィーク騎操士たちは、この戦いの敗北が何を意味するかを悟らざるを得なかった。

 

「白鷺騎士団! 前に出るぞ! ただし、必ず源素化兵装持ちと歩調を合わせて行動しろ!」

 

 そんな中、冷静に対抗するのが銀鳳騎士団の強さ。

 白鷺騎士団はエドガーの指揮のもと、嵐の中でも揺らぐことなく整然と隊列を組んで異形中の異形たる「幻魔獣(マンティコーラ)」に挑んでいく。

 

 魔獣と幻晶騎士を魔法生物がつなぎ合わせている幻魔獣は、魔法生物の作用によって法撃を無力化する。挙句、近づき過ぎれば魔法生物に機体を乗っ取られる危険性があり、通常の幻晶騎士では近づくことも遠くから挑むこともできない。

 エドガーたちは、そこを作られたばかりの源素化兵装で補った。

 エーテルスプレーで怯ませた隙に本体を叩き、魔法生物が触手を伸ばせばエーテライトを穂先に使った槍で切る。長いとは言えない時間で蓄積した知見を駆使し、有利に防衛を進めていく。

 

「……いかん。我々はなんとかなりそうだが、パーヴェルツィークが押されているか」

 

 だがそれはあくまで局地的なもの。

 人類史上で見ても初めて遭遇するような相手と戦うことに定評のある銀鳳騎士団と異なり、西方諸国出身であるパーヴェルツィークの騎操士たちはいかに精鋭が機体性能に優れた幻晶騎士を使っているとはいえ、戸惑いが小さくない。

 相手のビジュアル的なアレさを完全に無視して常に的確に殴る、ということは銀鳳騎士団以外の全人類にも要求していい内容とは決して言えない。

 無論、幻魔獣に対して勝利することを目的としているわけではなく、ただ時間を稼げればそれでいい。

 しかし、それはつまり大胆な攻勢に出て後方に控える拠点への奇襲を警戒しなければいけないということと同義でもあり、戦術的な選択肢は限られる。

 敵に先手を取られたこの状況でこれは痛い。押されている状況を一旦無理矢理にでも押し返し、少しでも心理的な余裕を取り戻すことさえできれば状況は変わるのだろうが、手が足りない。

 

 いま、エドガーが把握している戦力の中には。

 

 

「――くらえ、頭突き!」

――しゃぎゃー!?

 

「グランレオン!? アグリか!?」

「ちょっと、頭突きって大丈夫なの!?」

 

 そして、こういう時に盤面をひっくり返すのはエドガーの知る限り大体二人。

 今回はイカルガに乗ったエルではなく、どっちが魔獣かわからないことに定評のある幻晶獣機を駆るアグリだった。

 

 四足特有の俊敏性は、暴風吹きすさぶ嵐の中でも健在。

 幻晶騎士ひしめく隊列の間隙を縫って機械仕掛けの獅子が走る。

 一気に最前線へと出るや、なんと対魔法生物には禁じ手とされる接近戦を仕掛けた。

 ツェンドリンブルに準じるエーテルリアクタ二基搭載機であるグランレオンの質量と、マギウスジェットスラスタをも駆使する速度から繰り出される体当たりの威力は防御に優れた重量機であるアルディラッドカンバーすら怯ませるもの。

 それを真正面から受けた幻魔獣は、為す術もなく吹き飛ばされてゴロゴロとどこまでも転がって行く。

 直撃した幻魔獣が生きていないのはいいとして、接触の瞬間にグランレオンが乗っ取られていないか、それこそが何より恐ろしく。

 

「……よし、大丈夫だったか」

「アグリ、グランレオンは無事……なのか?」

「ああ、うん。なんとかね。一応対策は講じてたから、なんとかなったらしい」

「対策? じゃあ、それを使えば他の幻晶騎士も……!」

「ヘルヴィの期待を裏切るようだけど、どうかなあ。開放型源素浮揚器みたいなもんだし」

 

 あっけらかんと、イカルガ級の機体にしか搭載されていない方法を一部のみとはいえ使った、と言い出した。

 

 アグリに曰く、魔法生物が高濃度エーテルを嫌う性質を利用したのだという。

 グランレオンの胴体部分は、かつてツェンドルグの胴体だったものを流用して作られている。

 そのため今もマナ出力は当時と変わらず潤沢で、その一部を使って開放型源素浮揚器と同様の理屈で機体前面にエーテル濃度の高い「壁」を形成した。

 

 当然、その壁に物理的な干渉力はないに等しい。幻晶騎士や通常の魔獣であれば、気にせず突破できる程度の風力で構成されている。

 だが、魔法生物ならば。

 高濃度エーテルの壁に触れて一瞬ながら麻痺を強いられ、体勢を立て直す前に迫りくるグランレオンの質量を乗せた体当たりが叩き込まれることになる。

 

「……アグリ。あなたってやっぱりエルネスティ側よね」

「それを喜べばいいのか絶望すればいいのかどっちだろう……」

「言っている場合ではないぞ、二人とも! 次が来る! ……アグリ、悪いが地上は任せた。私はヘルヴィと共に上空の敵の相手をしてくる!」

「えっ」

 

 その様を見て、エドガーはアグリになら地上のことを任せられると判断した。

 任せられた方はマジかよと言いたげな様子ではあったが、事実として実力は相応に備えているのだから仕方がない。

 アルディラッドカンバーはエスクワイアを使って飛び上がり、ヘルヴィの操るトゥエディアーネに乗り込んで突撃していった。

 地上のみならず空にも敵はいる。

 前線で、そして決戦仕様の改造を続ける後方で、戦いは激しさを増す一方だった。

 

 

◇◆◇

 

 

「仕方ない、やるかあ……」

 

 敵の数は多く、襲撃はひっきりなし。

 魔法生物の本体をどうにかするにしても、まずこの状況をどうにかしないことには作戦どころじゃない。

 各地で味方の戦線は押され気味だし、できる限りのことをやって行くだけだ。

 

「じゃあ、次はこの手を試してみるか」

 

 そう覚悟を決めて、とりあえず次に迫ってきた幻魔獣に狙いを定める。

 魔法生物を体の各部で伸ばしながら、変な融合をしたせいで既知のいかなる魔獣とも幻晶騎士とも違う這いずるような動きで走ってくる。アレで意外と速いんだよなあ、あいつら。

 なので、グランレオンをそっちに向かって突っ込ませる。彼我の距離はそこそこ。助走は十分につけられる。

 幻魔獣はためらう様子を見せない。そもそもそんな機能を持ち合わせていないのか、自分の能力に自信があるのか。魔法による牽制すらなく、真正面からぶつかろうとしているらしい。

 だが、こっちにも策はある。

 今度はエーテルの壁を作ることなく、体当たりよりも3歩は早く踏み切って、宙に飛ぶ。

 色々寄せ集めたせいで幻晶騎士と比較してすら大きな体躯よりさらに高く飛び上がり、頭上を取る。

 しかし、奇襲にはならない。相手は濁った眼で着実にグランレオンの動きをとらえている。

 マギウスジェットスラスタがあるとはいえ、空中からではもはや逃げ道もない。ならば、勝つだけだ。

 

「獣型の幻晶騎士!? 待て、危険だ!」

「大丈夫です!」

 

 まさしく獲物に襲い掛かる獣のごとく、敵の頭上から爪を備えた腕を振りかぶり。

 やることは単純だ。ただ、そのまま腕を振り下ろし、爪の鋭さで切り裂くだけ。

 

 普通ならば、魔法生物が潜む幻魔獣にはロクに効かない。近くで俺の動きに気付いたパーヴェルツィークの騎操士が制止の声をかけたのも当然のこと。

 幻魔獣の巨体と強靭な肉体は多少なりと耐えて見せ、その隙に魔法生物がこちらを乗っ取ってしまうだろう。

 しかしそこまで分かっていれば対策は取れるのさ。グランレオンは、いろいろと扱いやすいように機能拡張の余地を残してあるんでね。

 

「――でやあ!!」

――ぎゃおおおおおおおお!?

「なっ……効いている!?」

 

 グランレオンの質量と速度を全て載せた爪撃。それが、魔法生物を切り裂いて幻魔獣の肉体に突き刺さり、途中に混じった幻晶騎士の部品ごと抉り取った。

 

「ぃよし、行ける……!」

「待て待て待ってくれ! 今、何をしたのだ!? 魔法生物に接近戦はできないはず!」

 

 何か言われているが、ひとまずグランレオンのシステムチェックを実行する。

 魔法生物への接近は確かに禁忌。それなりの確信はあったけど、ぶっつけ本番に近い方法には不安も残る……が、無事だったらしい。グランレオンは、多少動きが鈍い気もするが戦闘中に起こる不調の許容範囲。全て俺の意のままに動くようだ。ほっ。

 そこまで確認して、ようやく返事をする余裕ができる。

 

「大したことじゃないです。やってることは源素化兵装と同じですよ。ちょっと、爪のところからエーテルが噴き出るようにしただけで」

「えぇ……」

 

 パーヴェルツィークの人には軽く引かれているが、実際大したことはしていない。グランレオンの爪の部分に、源素化兵装にも使われている術式を組み込んでマナをエーテルに変えて吹き付けているだけだ。

 ただし、少しだけ設定を変えてそれなりの濃度と圧力で噴き出るようにしてある。

 細く、速く飛び出る気流状の高濃度エーテル。ぶっちゃけ幻晶騎士には何の効果もなく、魔獣相手でも少し具合悪くするのが関の山だろう。

 しかし相手が魔法生物となると話は違う。

 ついさっきエーテルをシールドとした時と同じように怯ませる、のみならず水圧カッターと同じ原理で魔法生物の体そのものを傷つける武器にもなりえる。

 

 欠点があるとすれば、ついさっき思いついたばかりで他の源素化兵装には採用されてないことくらいだろうか。

 

『さすがです、先輩! ついにグランレオンがE(エーテル)シールドとストライクエーテルクローを使えるようになったんですね!』

「物理的な干渉力はないからね?」

 

 そして、そんなものを使えばこうしてエルくんが飛んでくるだろうことは予想ができていた。

 加えていま、エルくんは飛竜戦艦で最後の調整に入っていることを考慮に入れれば。

 

「うわー!? 飛竜戦艦が、飛竜戦艦があんな低高度で!?」

 

 パーヴェルツィークの人たちがビビるくらい、地面を舐めるような低高度で飛竜戦艦が飛んでくるのも仕方のないことだ。

 ……いやしかし怖いなこれ。幻晶騎士と比べてもアホほどデカい飛竜戦艦が、手の届きそうなところにいるって圧迫感がすさまじい。

 

『それはそれとして、先輩。準備が整いました。一緒に来てください!』

「……えっ!? 俺も行くの!? なんで!?」

『実は、決戦術式の用意をしていたのですが時間が足りなくて……。エーテル流制御の部分を先輩に担って欲しいんです。……できる、でしょう?』

「…………エルくんの期待が重いなあ」

『ガルダウィングとカルディヘッドも飛竜戦艦に乗せ換えてあります。このままディートリヒさんが回収しに行ってくれているエーテライト塊を受け取って作戦開始です。力を、貸してください」

 

 そんな圧力もかけられつつ、浮遊大陸を、そして世界を救うための一手となることを求められている。

 ぶっちゃけ、自信はない。これから行われる作戦は、エルくんとアディちゃんに加えてオラシオさんと小王をこのために改造した飛竜戦艦に乗せている。

 そんなところに俺が乗り込んでいくというのはそれだけで胃が痛くなるんだけどなあ!

 

 ……でも、やらなきゃいけないことは、決まってる。

 

「……わかった、行くよ。大陸が落ちて農業できなくなるのはヤだし。くそう、せめて魔法生物の天候操作魔法くらい持って帰りたいんだけどなあ! いくぞエルくん!!」

『先輩ならそう言ってくれると思っていました! ……それでは、これより魔法生物鎮静化を目的とする、高高度で収集・生成したエーテライトによる落下突撃作戦、『流星作(オペレーションメテ)……」

流星槍作戦(オペレーションバスターランス)、ね。それじゃあがんばろー」

 

 とりあえず、エルくんのテンションがとんでもなく上がっているので、せめてその辺を作戦実行可能なレベルにまで抑えていかないとね?

 ほら、アディちゃんはその辺加速させちゃうタイプだし。

 

 

◇◆◇

 

 

「ぬおおおおおおお! 気合で走れ、我がツェンドリンブルッ! キッド殿と並び走るは望外の栄誉ッ! 今こそ技を学び高める時ぞッッ!!」

「あー……ゴンゾース、だっけ? そんなに気負わなくてもいいと思うぞ、結構うまいし」

「はっ! 最初の人馬騎士乗りたるキッド殿にお褒めいただけて光栄です! 私めも普段からアグリ殿に稽古をつけていただいておりますので、無様は晒せませぬ!」

「他のツェンドリンブル乗りと一緒に、ヘルヴィに連れられてよくアグリを追い回しているんだよ、キッド。それでかなり技量が上がっているね。……アグリはよく泣き叫んでいるが」

「先輩、相変わらずだなあ……」

 

「あと、たまにエルネスティが混じって全部まとめてなぎ倒したりもしている」

「エルも変わらないなあ。なんか懐かしいって気さえするよ」

「さすが団長殿! 銀鳳騎士団の始まりより今に至るまで最強であらせられるのですな!」


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