飛空船、
後ろには満身創痍の飛竜戦艦がよたよたついて来るというある意味恐ろしい状況ではあるが、竜の王という共通の敵が現れた今、あまり心配はいらないだろう。こう言ってはなんだけど、パーヴェルツィーク王国のフリーデグント王女殿下も、エルくんと一緒にゴールデンメイン号に乗ってるわけだし。
……まさか、飛竜戦艦と肩を並べることになろうとは。クシェペルカでジャロウデクと戦ってたころは考えられなかったなあ。
状況の確認と報告の為に艦橋へあがってエムリス殿下と話をするよう申し付けられてのそのそ向かうと、そこに待っていたのはいつも通り堂々と艦長席に座るエムリス殿下。
そしてついさっき竜の王とその中にいた魔王をボコボコにしたとは思えないほどいつも通りなエルくんが、アディちゃんに絡みつかれていた。
うん、平常運転だ。
会談のときは隙なくきっちりしていたフリーデグント王女殿下が、なんかちょっと萎れた感じで艦橋にいるのをどういう目で見ればいいのかなという気にならなくもないけど、まあエルくんに関わってしまったのならさもありなん。気にしないのが吉だろう。
とか思ってたら、アディちゃんに取り憑かれているエルくんを不思議そうな目で見ていたフリーデグント王女に何かを感じたのか、アディちゃんが威嚇しとる。
……なぜだろう、声を出していないのに「あげません!!!」という叫びが聞こえてきそうだ。
あと、こっちに気付いたエルくんがひらひらと軽く手を振ると、それに気付いたアディちゃんが俺にも同じ顔を向けてきた。
いらないから安心してくれ。
「……ともあれ、会談の仕切り直しとなるだろう」
「ほう、いいのか? 今回の戦いにおいてこちらは大した被害もない。パーヴェルツィークにとって、先の会談と同じようには行かんだろうに」
「それはそちらにとっても同じだろう。……あの『魔王』とやら。何よりそちらのエルネスティ卿をこそ敵視しているようだったが?」
「む。……というか、アレはなんなのだエルネスティ? ちょうどフリーデグント王女もいることだし、ここらで説明を求めたいのだが」
そして、エムリス殿下とフリーデグント王女の目がエルくんに向く。
<竜の王>に、<魔王>。それを操る者。
明らかに尋常ではない力を持ち、それに匹敵する憎悪をエルくんに向けていた謎の力の持ち主にして、ハルピュイアの一派を束ね、
「はい! 魔王の中の人である
「しかも、最終的にエルくんが魔王の中に突っ込んで直接引導渡してました」
まあ、説明されても情報量の多さに頭抱えることになるんだろうけどね!
トイボックスマーク2の自爆をモロに受けた魔王とその中にいたらしき小王。
あれで倒せているといいのだけれど、その程度で死ぬくらい諦めがいいのならボキューズ大森海で魔王と運命を共にしていただろう。
……たぶん、浮遊大陸における騒動はまだ終わっていない。
エムリス殿下もフリーデグント王女もそう思っているだろうし、俺もそこは同感だ。
だって、トイボックスを失ってなお、エルくんがあんなにもニコニコワクワクと笑顔でいるのだから。
◇◆◇
パーヴェルツィークとの会談再び、というのは既定路線としてもその前からすでに丁々発止の化かし合いは始まっている。
エムリス殿下とフリーデグント王女はエルくんから小王に関する情報を聞いて今後のスタンスやハルピュイアの扱いなどなど話し合っているが、エルくんはひとまず自分の出番はなくなったと察して艦橋を後にした。
エムリス殿下たちがそれを止めなかったのは、聞くべきことは聞いたという状態もさることながら、エルくんを傍に置いておくとさらにヤバい情報まで聞く羽目になりそうだという危機感がうっすら漂っていたからのような。気持ちはわかります。
ともあれ、そうなれば俺もまた用はなくなるわけで。さすがに竜の王の相手なんてして疲れたし少し休みたい。そう思いながら艦内をぶらついて、どこか腰を下ろせるところないかなーと彷徨って。
――大地がおかしい。
飛空船の中、地上からはるかに離れているはずなのに、農民として長年土に触れてきた俺の感覚がそうざわめいた。
「うわっ、なんだこの音……?」
「見ろ! 鳥が一斉に飛び立ってる!」
地鳴り、だろう。飛空船の中らしく色々と駆動音や風の音が常に響く中、それを貫く別の異音が耳に入る。
加えて、ギャアギャアと驚き惑う鳥の声。地上……というか浮遊大陸に何らかの異常が起きた、と考えるべきだろう。
地面から離れて空に浮かぶ大地だというのに、だ。
「先輩、大変です! 見てくださいあの……光の柱を!」
地震のような音がするのに、飛空船の中だから足元は影響を受けない。その違和感にくらくらしているところにすっ飛んできたのがエルくんとアディちゃんの二人。やって来た方向からして、二人で甲板にでも出ていたらしい。
だから、誰より早く気付けたのだろう。
この浮遊大陸で起きた数々の事件の中でも最大のもの。
その始まりと終わりを告げる象徴。
大地から吹きあがり、天の高みへ突き抜けていく、あまりにも大きな光の柱。
うっすらと虹色に明滅し、「何か」の蠢く影を秘めたそれこそが、この浮遊大陸の運命を決めるのだろうと、そういう確信があった。
「なぜでしょう、最近ああいうのを5本くらい見たような気がするのですが」
「それ、たぶん存在しない記憶だから気にしない方がいいと思うよエルくん」
◇◆◇
会談の際中に竜の王についたハルピュイアたちの襲撃に会い、その後なんやかんやで身柄を預かっていたフリーデグント王女。
とりあえず落ち着けたら身柄を返さなきゃね、というのは自然な流れ。
ただ、あの光の柱が現れたとなると、それだけでは済まないわけで。
「よくぞお戻りになられました。ご無事でなによりでございます」
「ああ、苦労をかけたな、グスタフ」
先の会談の時もフリーデグント王女と一緒にいた、おそらく騎士団長クラスの人が恭しく王女を迎える。心労がガッツリと見て取れるが、残念ながら王女を迎えてハッピーエンド、とはならない。
状況は既に、それを許さないものになり果てている。
「どうやらそちらの面子も揃っているようだな。話があるのでこちらへ来てもらいたい」
「失礼ながら、まず王女殿下を飛竜戦艦へとお連れせねばならない。話はまたの機会に……」
「心配するな、王女殿下も話し合いに参加してもらわねばならんからな!」
あ、グスタフって呼ばれた騎士団長さんの額に青筋が!
エムリス殿下のどんな時でも明るく快活なところはこういう独立した集団でトップと仰ぐのには頼もしいことこの上ないけど、相手にとってはめちゃくちゃ腹立つんだろうなー……。
「若旦那ー、ちょっと様子を見たいので通していただけますか?」
「おっと、すまんなエルネスティ」
そして、そんなエムリス殿下すら優しい方なのだと、パーヴェルツィークの人たちは思い知るだろう。
「ふむふむ、飛竜戦艦はやはりマギウスジェットスラスタが片方大破している、と」
ガタイのいいエムリス殿下の脇からひょっこりと姿を見せたエルくん。会談の場にいたことをパーヴェルツィークのみなさんは覚えているだろうからその姿に驚きこそしなかったものの、残念ながらエルくんは唐突な爆弾発言に定評があるわけで。
「パーヴェルツィークのみなさん。こちらには飛竜戦艦を修理する手立てがあるのですが、いかがでしょう?」
エルくんは、基本的にいつも相手の望む物を差し出す。
ただ、代わりにエルくんの望む物を持って行かれることになるのだけれど。
◇◆◇
再びの会談。参加者の顔ぶれだけはほとんど変わらず、竜の王の襲来によって中断された前回の続きという趣だった。
こちら陣営としてはエムリス殿下を主として補佐にエルくん、シュメフリーク王国からグラシアノさん、ハルピュイア代表として風切のスオージロさん。このメンバーの中になんで俺まで参列を許されているのかはさっぱりわからないけど、まあどうせ発言権もないし置物になっていよう。
相手側であるフリーデグント王女と騎士団長のグスタフさん、その他護衛の方々もそこそこいるし、人数合わせとかそんな感じに違いない。
ともあれ、話す内容はガラリと変わる。状況が先ほどとは大きく変わっているために。
「本来ならじっくり腰を据えて話したいところなのだがな。急ぎ次の方針を決めねばならんので、休む間もなく集まってもらった」
「確かに急であるな。内容は?」
「無論、見てわかる通り、アレについてだ」
会議は黄金の鬣号近くの屋外で行われている。敢えてここを選んだ理由はこのためにこそあると、一目でわかる。
先ほど出現した、どう見ても浮遊大陸の大地から空へと伸びている、光の柱だ。
「……方角と距離から察するに、おそらくあれはこの大地の中心だろう。ハルピュイアが『禁じの地』と呼ぶ、巨大なエーテライト塊が突き立ち、竜の王とやらが根城としていた地、だろうな」
「殿下!?」
制止こそしないものの驚いた様子のグスタフさん。フリーデグント王女の言葉が事実であり、そこそこ重要な情報として扱われていた、ということだろうか。
「ところで、スオージロさん。どうやら大地の揺れが断続的に続いているようですが、これはよくあることなのでしょうか」
「否。雛のころより一度として大地が震えたことはなかった。嵐の時でさえ盤石なるものこそ、大地である」
そして、エルくんがこの事態の異常さをスオージロさんの証言で裏付ける。
いやまあ、俺たち人間の立場からすれば浮遊大陸の存在自体が既に異常極まりないものではあるんだけど、そこで長年生きてきたハルピュイアの証言は、相応に重い。
何かが、起きている。そう確信を抱くには十分すぎるだけの証拠が、続々と積みあがっていた。
だが、それでもパーヴェルツィークの方針は変わらない。
元々ハルピュイアに対してあまり友好的ではなかったところに、竜の王と徒党を組んでの襲撃。フリーデグント王女はキッドくんとの約束で比較的中立に近い立ち位置だけど、王女だからこそ我を通すわけにもいかないのだろう。
……まあ、ここにあらゆる理屈と口八丁を駆使して我を通す子がいるんだけども。
「ご意見はわかりました。ですが、竜の王は倒したとはいえおそらく『魔王』はいまだ健在。飛竜戦艦なしで戦えますか?」
「舐めないでもらおうか! 我らが騎士団は健在! 飛竜戦艦を修復し、必ず報いを受けさせる!」
「いま、ここでは無理でしょう。装甲や他の装備の喪失ならいざ知らず、あの規模のマギウスジェットスラスタの大破は補えるものではありません」
ニコニコと人当りよく、しかし同時に淡々とひたすらに事実を並べ立てていくエルくん。
積み重ねた年輪の威圧感を余すところなく叩きつけてくるパーヴェルツィークのグスタフ騎士団長に対し、全く怯まないその姿は対照的ながら、決して負けることはないという確信が圧としてにじみ出ていた。
「我が国の鍛冶師は優秀だ。いかなる傷をも直して見せる!」
「だ、そうだが。銀の長、お前だったらどうする?」
「ただちに国許へ帰還。それしかありませんね。竜闘騎のマギウスジェットスラスタをあるだけかき集めて繋げたとしても、今度はその同期と出力制御が極めて複雑になります。まともに動くようにするだけでも一苦労で、動かせたとしても戦闘に耐えるものではありません」
返事がなかったのは、きっと図星だったから。
あれだけ大きなマギウスジェットスラスタなら製造も制御も特注でやってるわけで、量産前提の竜闘騎のものでは文字通り束にしたって及ぶかどうか。しかもここは、整備の施設がほぼない浮遊大陸。これだけ条件が揃わない中で修理ができるかどうかというのは、もはや鍛冶師の腕以前の問題だろう。
そして、その状況を徹底的に利用しつくすことこそ、エルくんの得意とするところ。
「ですが、ご安心ください。裏を返せば同等のマギウスジェットスラスタさえあれば飛竜戦艦はすぐにも甦るということ。僕たちにはその手段があります」
「……まさか、その船か!?」
エルくんが優雅に伸ばした手の先は、俺たちの背後に停泊している黄金の鬣号を示している。
おそらく現在世界最大級だろう飛竜戦艦のマギウスジェットスラスタ。
その着想の元になったエルくん印の最新式を搭載した、クシェペルカ王国所有のハイエンド。以前飛竜戦艦と遭遇したときに逃げ延びたこともあるという、実力のお墨付きだ。
「……条件を聞こう」
「殿下!?」
決断は、フリーデグント王女がした。交渉に乗る、というのは半ば自分たちの置かれた苦境を認めたようなもの。やはりというべきか、さすがに厳しい状況だったんですね。
……なんとなく、王女の顔色に諦めの色が濃い。エルくんに目を付けられると逃げられないということを悟ったような顔色してますよ王女殿下。俺もときどきそういう顔色してる自覚があるからわかりますよ王女殿下。
「黄金の鬣号を用いて飛竜戦艦の失われた片肺を補います。その代わり、飛竜戦艦を操る権利の半分を分けていただきたいのです。ハムエッグみたいに半分こですね!」
「それ、分けられないときに言うヤツだよエルくん」
思わず小声で言っちゃったけど許してくださいね皆さん! これ多分、想像以上にヤバいこと考えてるヤツですので!!
「なっ、なっ……! 飛竜の半分をよこせだと!?」
「いいえ、違います。『操る権利の半分』です。ことが終わったあとは船体諸共お返しします。さすがに傷一つつけないという約束はできませんが、このまま曳航するしかないお荷物になるよりは良い提案だと自負しています」
ほらね、怒られた!
エルくんっていつもそうですよね! 振り回される方を何だと思ってるんですか!
「……なぜ、それを必要とする?」
そして、振り回されず思考を巡らせ、真意を測ろうとする人はとても貴重だ。
周囲の注目が集まるまでの一拍の間。自分の言葉を周囲に最も強く伝えるそれを自然と引き出すあたり、王族の血のなせる技なのだろう。
エムリス殿下も飲み会とかで意識してか無意識か、よく使う技なので知ってます。あの人、そういうところでしかこういう手管使わないんだよね……。
「たしかに、エチェバルリア卿の言う通りあの船があれば飛竜戦艦は息を吹き返すだろう。だがそれは、同時にそちらの船の使用が著しく制限されるということでもある。そこまでして得るのは飛竜戦艦の操縦権の半分。決して割のいい取引とは思えん。……聞かせてもらいたい。何をするつもりだ?」
フリーデグント王女の発言のあと、エルくんが答えるまでの間。誰も口を開こうとしないわずかな沈黙。
その心地を噛みしめるように、エルくんがじんわりと笑う。
話の通じやすい人は好きですよ、と。
……時々俺が向けられる顔なんだよなあ、それ!
「理由は簡単です。可及的速やかに解決するべき問題が目の前にある。そしてそのために最大の効果を発揮しうるものを用意しておく方がいいだろう、ということでして」
「問題だと? ……まさかっ!?」
グスタフ騎士団長が振り返った先には、遥かな距離を隔ててなお輝きを届ける光の柱。明らかな異常であり、対処が必要というのもわかる話だ。
「ちなみに、ご注目いただきたいのはあの柱の『色』です。見覚えがおありかと」
「虹色の光……エーテリックレビテータ……!」
今この瞬間も、膨大な量のエーテルが浮遊大陸の内部から流出していることは間違いない。
浮遊大陸の三次元的な地形がある程度以上の正確さでわかれば浮遊のために必要なエーテル量を概算することはできるかもしれないが、広い上に勢力の分布がバラバラ。完全な地図はないし、そもそもどれくらいのエーテルが大陸内に蓄積されていたかの初期状態が全くの不明。
ぶっちゃけてしまえば、今この瞬間に大陸が落ちても不思議はない。
「この大地が、落ちると?」
「その可能性を否定できる要素がありません。そうであれば、他のあらゆる事象は後回しにしなければなりません。最大の戦力を持って、あらゆる対立を脇に置いて」
「そのためには、魔王とも拮抗しうる説得力が必要ということか……」
にっこり。エルくんの笑顔が何より雄弁な肯定だった。
パーヴェルツィークとしては、飛竜戦艦の中破からこっち少なくとも一度撤退したいくらいのことは思っているだろう。だが浮遊大陸、というかエーテライトの塊が沈むことまで許容できるか、となると話は別だ。飛竜戦艦なんてものまで作ってしまった以上、その力を十分に発揮するためには莫大な量のエーテライトを必要とする。その供給源がなくなることを見過ごせるどうか、微妙なラインだろう。
そう、それだけでは天秤がどちらにも傾かない。とても悩ましい所だろう。進むか、引くか。
「しつれいします! きんきゅーほーこくがありまっす!!」
その停滞まで、おそらくエルくんは読んでいた。
読んでいたからこそ、この会談前に得ていた情報を、この瞬間にアディちゃんから受け取ったという小芝居付きで開示することにしたのだろう。
迷っていてこそ、最後の一突きは最大の効果を発揮する。
「……お喜びください、みなさん。たったいま、とても良い報せが舞い込んできました」
「誰にとって、の良い報せなのかを聞きたいところだな」
それはもう、この場の皆さん全てにとって。
とでも言いたげな笑顔を一層深めて。
「我が国より、騎士団の主力が浮遊大陸外縁部まで到達しました。先導役は既に接触しておりますので、ほどなく合流するでしょう」
「エチェバルリア卿の、国の、しゅりょく……」
王女殿下! お気を確かに! なんか目にハイライトなくなってます! あと、言葉の発音がひらがなになってる気が!
「エルくんみたいなのがたくさんいる……?」とか考えてるのはわかりますけど、さすがにそれはないですから!
ともあれ、エルくんの操るトイボックスに乗って魔王と戦うという地獄のような経験をしてなお廃人にならない強靭な精神力を有する王女殿下の心も次元の彼方へと旅立ちかけている。
無理もない。ハードな状況でハードな交渉にエルくんを交えて胃と頭を痛くして、神経すり減らしながらジェンガのように積み上げたこれまでの条件その他を蹴り崩すような所業だし。
この場のミリタリーバランスは既に崩れた。
フリーデグント王女の頭の中における増援の姿はおそらく地獄の黙示録と言っていい有様で、下手を打つと飛竜戦艦の操縦権の半分じゃ済まないという予想はしているだろう。
何を得るために、何を差し出すか。
その決断は王にしかできず、ゆえにこそ葛藤は深いようだった。
「むむむ……」
「ぐうう……」
「なんでエムリス殿下まで悩んでおられるのでしょうね」
「そりゃあ、身一つのちょっとした冒険じゃすまなくなっちゃったからねえ。帰ったらお叱り不可避でしょ」
約一名、別の理由で悩んでる人がいる気もするけど。しかもその人が俺らのトップなんだけど。
◇◆◇
――時は少し遡り。フリーデグント王女を返す前に、エルくんから相談を持ち掛けられた。
「最終的にこの浮遊大陸、どうなると思いますか?」
黄金の鬣号の船室の一つ。周りには聞かせたくない話ということで二人だけで籠り、窓から見える光の柱を見ながらの開口一番。いきなりぶっこんでくるなあ、エルくん。
「……前提として、あの光の柱は色からしてエーテルが噴出してるんだろうね。ということは浮遊大陸が空を飛んでいるのはエーテリックレビテータの原理によるもののはず。栓が抜ければ『落ちる』しかないね」
「そうでしょうねえ。上に乗っている全て諸共に」
ぞっとしない話だった。
飛空船が落ちるのとはわけが違う。
この際土地やら埋蔵されたエーテライトの価値は脇に置くとしても、魔獣や動物のみならずこの地にはハルピュイアが住んでいる。しかもさらに悪いことに、魔王にまとめられ、力を与えられた群も含めて、だ。
浮遊大陸の下は海。このまま何もかもまっすぐ海底へ沈んでくれるのならば悲劇で済むが、もし万が一ハルピュイアたちが生存を賭けてセッテルンド大陸に新天地を求めたら待っているのは地獄だろう。
イレブンフラッグスがハルピュイアたち相手に割と好き勝手出来ていたことを考えると人類が絶滅させられるようなことはないだろうが、妥協の余地のない最悪の展開が待ち受けている、かも。
エルくんもおそらくそのことはわかっているだろう。ですよねー、とばかりに全く驚いてないし。
「どうにかしたいところですが、何をどの程度すればいいのか不明。そういう状況では、やはり最強の手札を用意する必要があると思いませんか?」
「エルくんはいつでもジョーカーだよ」
そんな、照れます。そう言ってはにかむエルくん。
……そうだね、エルくんは切り札的な意味でのジョーカーだよね。ピエロみたいな化粧して愉快犯じみた凶悪事件起こすタイプのジョーカーじゃないよね。エルくんを敵に回す陣営から見たらガチのそれな気がしなくもないけども。
そして、エルくんは窓から視界を外す。
目を向けたのは船室の方。後方の側。
おそらく、飛竜戦艦がついてきている方角。
「……全く、ロボットこそがこの地上で最高なのだと以前教えてあげたはずなのですが。これだから人類はいけません。どうしましょうね、先輩?」
あっ、やべえエルくんがキレてる。
かつて、飛竜戦艦と戦ったのはクシェペルカの救済に必要不可欠だったから。
というのはあくまで表向きの理由で、エルくん自身にとっては幻晶騎士の地位を脅かすからという純粋な私怨によるものだった。
飛空船はまだいい。幻晶騎士の母艦にもなりうる。だが戦闘目的の飛空船である飛竜戦艦はいけない。
ああいうタイプのものが蔓延り、幻晶騎士が駆逐される世界はエルくんにとって絶対に許容できないもの。
そうなったら、エルくんは世界を滅ぼすかもしれない。
少なくとも俺は、割と真剣にそう信じている。
「……敵を知り、己を知ればってね。幸い、今回は飛竜戦艦と敵対したわけじゃない。協力して、その実情をより詳しく知ってみるといいんじゃないかな?」
話ながら、しかしとても慎重に言葉を選んだ。
エルくんと飛竜戦艦を対立させてはいけない。どんな手段を取ってでも協調路線を歩ませないと、将来的な禍根を残すことになりかねない。
これでいい感じに認識を改めて使い道とか見つけてくれたら、なあ!
「なるほど。……その手がありましたね! ついうっかり最終的に沈めることばかり考えてましたが、今回は交渉次第で構造を調べたり操縦させてもらったりできるかもしれません! おあつらえ向きに中破してますし、そこを突けばいいですね! ありがとうございます先輩!」
「アッハイ」
誓って、俺は世界を救うためにエルくんを説得した。
ただ、ちょっと結果としてエルくんの変なところを押してしまっただけなんだ。
だから俺は悪くねえ! 俺は悪くねえ!
たぶん、飛竜戦艦は無事にこの大陸を出られないけどね!
◇◆◇
「浮遊大陸を覆っている嵐が消える、とはな。ひとまず偵察を出そう。あのやたら目立つ光の柱、あれが騒動の中心だろう。エルネスティもいるに違いない」
「トゥエディアーネ隊は地上も気にしておいて。森が切り開かれて畑になってたら確実にアグリがいるわ。見つけたら真っ先に教えてね……フル装備で行くから、私が」
「今回に関しては、若旦那とエルネスティ以外特に悪さをしているという情報はないのだがねえ」
「ヘルヴィにはその辺関係ないんだろう。まあ、アグリの奴なら開拓の一つや二つしてても不思議じゃねえってのはわかる話だしな」