俺は、農業がしたかっただけなのに……!   作:葉川柚介

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王女様は大体しっかりしてて、男の王族はフリーダムな気がします

「ある程度情報が入ってきました。当初はイレブンフラッグスが多くの鉱床を確保していたものの、その後にやってきたパーヴェルツィークが飛竜戦艦にものを言わせてそれらを奪っていったのだと。さらに現在、黒の狂剣が突然強盗しに行ったり、パーヴェルツィークもハルピュイアと交渉する方針に展開したりで状況は混沌としているようです」

 

 先だっての決定通り、ご近所にあるハルピュイアの集落へとご挨拶へ向かう黄金の鬣号での道すがら、藍鷹騎士団からの報告によって判明した情報を共有する。

 それによると、どうやら最初期も最初期の混迷と勢い任せの拡大はひと段落して、現在の浮遊大陸における最強戦力であるパーヴェルツィークが腰を据えた戦略にシフトしたらしいということが明らかになった。

 ……腰を据えたタイミング的に、エルくんとグスターボさんとの会談のあと辺りからそうなったんじゃないかなーという気がしなくもないんだけど、なんか藪蛇になる気しかしないので口には出さない。

 俺は自分の立ち位置というものをわきまえた男なんです。

 

「色々と気になるところは多いが、ひとまずその勢力がどの程度まで広がっているのかが重要か」

「ええ、若旦那。それを図る意味でも、ご近所さんへのご挨拶は有効かと」

 

 というわけで、現在に至ると。

 何かあったときに一番逃げ足の速い黄金の鬣号にて、俺たちフレメヴィーラ王国組を中心としたメンバーで。

 そうなると当然パールちゃんとナブくんの二人もこっちに来てもらった方が色々と安心だし、ハルピュイアとの話し合いをするにあたって人間だけだと警戒されるかもしれないからキッドくんについてきたホーガラさんとエージロさんもいる。

 ……うん、人種の坩堝だな。

 

「鷲頭獣、か。……ハルピュイアとともに強く空を駆ける美しき翼。実に素晴らしい。百眼のお目にも必ずや適うだろう」

「ああ、いつかその力を問いたいなあ」

「ヒエッ」

 

 パールちゃんたちは特に鷲頭獣がお気に入りらしい。

 エージロさんが来るということで一緒にいるワトーという鷲頭獣に対して、エルくんが幻晶騎士を見るときみたいな目を向けている。エージロさんが思わず悲鳴を上げるくらいに。

 

 うん、ワトー逃げて。

 

「おい、あの巨人たちは、その……大丈夫なのか?」

「うーん、エルが連れてきたから俺もよくわからないんだよなあ。その辺どうなんだ?」

 

 割と冷静らしいホーガラさんまでも不安そうな顔でキッドくんに聞いている。

 まあ、もし野生の鷲頭獣がいた場合にどうなるかは大体予想がついちゃうよね。

 

「平気ですよ。大丈夫じゃなかったら僕が止めるので」

「いや、止めなきゃいけないってことはダメじゃねーのか?」

「そんなことはないよキッドくん。止めれば止められるから。……エルくんと違って」

「それもそうか」

「いや、その理屈はおかしい」

 

 ホーガラさん、真顔のツッコミ。

 そんなー。俺もキッドくんも、そして船長席のエムリス殿下もうんうん頷いてるのに。

 この話でおかしいところなんて、そもそもエルくんの存在がバグじみてるってところくらいのはずだけど。

 

「と、とりあえずもう村が近いんだよね!? じゃ、じゃあ私がワトーと一緒に声かけてくるから! 今すぐ! 今すぐ!!」

「待ちなさいエージロ。私も行くから落ち着いて」

 

 かくして、エージロさんとワトーがすごい勢いで飛び出していくのでありましたとさ。

 気持ちはわかるぞ。俺もエルくんに見られると大体そんな感じだからね!

 

 

◇◆◇

 

 

 半ば逃避の体を成しつつ、ハルピュイアの集落へと飛んで行ったホーガラさんとエージロさんとワトー。

 俺たちは訪問先のハルピュイアの人たちを無駄に刺激しないようそこそこ距離を取ったところで様子を伺い、挨拶していいよという合図が来たら改めてのっそりと近づいていく手はずになっている。

 のだが。

 

「……とかやってる場合じゃないかもだねエルくん」

「おやおや」

 

 そう悠長なことも言っていられないようだ。

 俺の鍛えられた農業アイは飛空船乗りと比べても遜色ないほどの視力を誇る。

 それによると、ホーガラさんたちのちょうど向こう、ハルピュイアの村があると聞いていた辺りに飛空船らしき影が見える。

 ……アレ、多分イレブンフラッグスとパーヴェルツィークだ。ちょいちょい光って見えるのは法撃だろうから、間違いなく殴り合ってる。

 

 しかも、こっちに。「ホーガラさんたちのいる方向に向かってきながら」だ。

 

「出撃します。先輩もお願いします!」

「了解。……キッドくん、カルディヘッドのことはよろしくね」

「おう! ……えっ?」

 

 ホーガラさんたちとイレブンフラッグスとの距離はそう遠くない。しかも、ホーガラさんたちは対応に迷っているのか動きが鈍い。となると、巻き込まれるとみるべきだろう。フォローは必須。俺とエルくんは飛空船の中を格納庫へ向かって駆けだした。

 

 

 

 

「で、間一髪墜落前に助けられたわけだけど……」

「ワトー! ワトーしっかりして!」

「……命に別状はない。怪我が癒えればまた飛ぶことも叶うだろうが、今は無理だ」

「しかも、訪問予定だったハルピュイアの村がどうなっているのかもわかりませんね。最悪、敵と見なされて追撃が来るかもしれません」

 

 可能な限り最速で飛び出したのは、エルくんのトイボックスはもちろんとして、俺の方はグランレオンガルダウィングつきだ。浮遊大陸に来てからこの合体形態を使う機会がかなり増えた。

 グランレオンとガルダウィング。この2機が揃うと重量もそこそこだが、その代わりエーテルリアクタが3機になる。そこそこ余裕のあるエーテル出力は限定的ながら開放型のエーテリックレビテータを作ることすら可能となるので、ガルダウィングの翼が生む揚力も合わせればそこそこ自由に飛べるようになるということが最近判明した。

 それを生かして何とか駆け付けたわけなのだけども、鷲頭獣のワトーが被弾するのは止められなかった。

 

 しかし参った。

 こうなるとまずはワトーを黄金の鬣号へ連れて帰ってあげないといけないわけなんだけど、それも中々に難しい。

 なにせワトーは決闘級魔獣。デカくて重くて怪我までしてるとなれば、自力で飛んで戻るなんてことはできない。

 大人しくグランレオンに背負われてくれれば走って村まで帰ることはできなくもないけど、怪我にはよくないだろう。

 黄金の鬣号に降りてきてもらうという手もあるが……どうやらそれも無理そうだ。

 耳を澄ましてみると、かすかにだがエルくん式のものとは響きが異なるマギウスジェットスラスタの音がする。あれはおそらくパーヴェルツィークの小型飛竜のものだろう。

 まだ近くにいる。黄金の鬣号を着陸させている余裕はない。

 

 ……ってことはだよ。

 

「いやー、こうなったら仕方ありませんね! とりあえずパーヴェルツィークを黙らせてからワトーを運びましょう。仕方ありませんねーもー!」

「…………そうだね」

 

 いそいそとトイボックスに戻るエルくん好みの展開になってきたってことなんだよねー。

 まあ確かに、ワトーを安全に黄金の鬣号に戻す方法はないわけではない。

 パーヴェルツィークが邪魔なら、彼らにちょっといなくなってもらえばいいわけで。

 

『イレブンフラッグスの飛空船は落ちたようですね。パーヴェルツィークの2機だけのようです。じゃあ、先輩と僕で1機ずつということで』

「うん、わかった。……でもヤバくなったら手伝ってね? こっちはエルくんと違って空中戦は向いてないんだからね? これはフリじゃないよ?」

 

 そんなわけで、トイボックスとグランレオンはそれぞれ、エーテルリアクタに全力吸気しつつ森の中をこっそり移動して、空を見上げて。

 

 

◇◆◇

 

 

「やれやれ、イレブンフラッグスのやつらも懲りないな。我らに敵わないことはもうわかっているだろうに」

「それでも引けないのだろう。騎士に誇りがあるように、商人にも事情があるということか」

 

 イレブンフラッグスの飛空船を片付けた2機の竜闘騎は勝利を誇る。

 王女殿下の騎士として、飛竜戦艦とともに未知の浮遊大陸へ。これほどの名誉はない。

 最近は戦略が変化したようで、イレブンフラッグスの領地を奪取する攻勢からハルピュイアに庇護を与える守勢に変わったため武勲を上げる機会は減ったが、今日こうしてイレブンフラッグスの船を落としたことは高く評価されるだろう。

 それが騎操士、それがパーヴェルツィークという国だ。

 戦闘によって少々ハルピュイアの村に被害は出たが、戦果の評価の方が高くなる。コラテラルダメージというもの。

 

 悠々と翼を翻して輸送船へ帰ろうとする竜闘騎2機。

 あとはゆっくり仲間たちへこの武勲を自慢でもすればいい。

 見渡す限り敵影のない穏やかな空を見まわして晴れやかな気分を抱く。

 最高に清々しい気分だった。

 

 

 彼らは知らない。

 世界には変態と呼ばれる者がいることを。

 それが、なぜかこの時期の浮遊大陸に引き寄せられるように多数集まっていること。

 

 そして、変態とは「上に落ちる」ものだということを。

 

『わっせーーい!』

「な、なん……うおおおおおお!?」

 

 空を行くに際し、上下は死角に近い。

 まして、「眼下の森の中から幻晶騎士が飛びあがって蹴りをかましてくる」などという想定は、する方が愚かと言うほかはなく。

 そんなことを実際にやってのける変態の存在など想像の余地もなく、1機の竜闘騎は下から蒼い幻晶騎士の突き刺さった奇怪なオブジェとなり果てた。

 

 だが、パーヴェルツィークの騎操士は有能にして精鋭。

 なんだかよくわからない物が現れたとはいえ、敵。残る1機はこの場に留まることは危険と判断し、即座にスロットルを全開にしてその場を離れる。

 

 その判断は正解だった。

 直後、竜闘騎の背後で下から上へと舞い上がる影。もしあと一瞬呆然としていたら自分も餌食になっていた、と寒気がする。

 だが初撃はかわした。ならば次は反撃に転じるまでのこと。数は不利とはいえそれは今この時だけのこと。仲間は他にもいる。ほんの少しの時を稼げば増援が押し寄せて数をもって叩き潰すことが可能で。

 

『あらよっと』

「……え? う、うわあああああああああ!?」

 

 残念ながら、彼はその増援を見届けることはできない。

 気配を感じて見上げた空に、鋭い爪と牙を向けてくる鋼の魔獣の姿。

 翼を翻して当たり前のように落ちてきた敵から逃れることはかなわず。

 それを最期の光景として魂に焼き付けて、仲間と同じ道をたどることとなるのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

『やりましたね先輩! エーテリックレビテータ2機確保ですよ! あと、この小型飛竜もずっと気になってたんで今すぐバラして構造調べたいです!』

「あとにしようね、エルくん。ワトーを回収するって目的忘れちゃダメだよ」

 

 エルくんのトイボックスマーク2と、俺のガルダウィングつきグランレオン。それぞれしばき倒した小型飛竜の上に乗って制御機構を破壊しつつ、空中をふわふわと漂っている。

 新しく手に入れた幻晶騎士っぽくもあるモノに対してエルくんは興味津々で興奮しているが、今の目的はそれじゃないからね。

 とりあえず降下してワトーをこのエーテリックレビテータでなんとか浮かせないと……と思っていたんだけども。

 

『おや、パーヴェルツィークの飛空船ですよ先輩。……おかわりがいっぱいですね!』

「……エルくんにとっては敵の増援が経験値の替え玉扱いなんだよなあ」

 

 姿を見せたのは、ここら一帯の小型飛竜の母艦らしき飛空船。それなりの大きさだし、飛竜がぱらぱらと出てきているのが見える。何かがあった、敵襲があったと察して出てきたのだろうが動きが早い。こっちは地上から急上昇しての一撃でマナプールも大分減っているし、このままだと真正面から戦うのは避けた方がいいかもしれない。

 

『仕方ないですねえ。ワトーたちにはもうしばらく待っていてもらうとして、あちらも片付けないとですね。下から行きましょう、先輩』

「了解。全部相手にするのも大変だし、母船を人質に取ろうか」

『いいですね。そうすれば小型飛竜も無傷で手に入りそうですし!』

「……クシェペルカのころからそうだったけど、敵からの略奪に躊躇がないなあ」

 

 なお、いまこの浮遊大陸でもっとも避けなければならないのは「エルくんと敵対すること」であり、そのことにパーヴェルツィークが気付くのはもう少しあとになってからだろう。

 

 

◇◆◇

 

 

 パーヴェルツィーク王国の騎操士にとって、その戦いは地獄だった。

 飛竜とともに空を行く天空騎士団に敵はなく、他国に会えば他国を燃やし、魔獣に会えば魔獣を撃ってきた。

 無論、絶対の無敵などということはありえない。魔獣も数が揃えば脅威になろうという警戒は当然あり、最強たるためにこそ細心の注意を払っていた。

 

 2機。

 たったの2機。

 まさかそれだけの相手に輸送船とそれが擁する竜闘騎を中核とする戦力が無力化されるなど、どうして考えられようか。

 

『空から当てずっぽうで森に法撃を打ち込んでも当たりませんよ。いっそ焼き払うくらいでなくては』

「やめてエルくんフラグになるから。……まあ、そこまでの無茶はそうそうしないだろうけどね」

 

 イレブンフラッグスの飛空船を落とした竜闘騎2機がやられた。

 それも、遠目に見た限りでは通常の幻晶騎士らしき機体と、幻晶騎士には見えないが明らかに飛空船でもない何かによって。

 この地域の警備と防衛を担当していた天空騎士団第二十七飛空船団は、この時点で警戒レベルを最大にまで引き上げた。飛空船を進出させ、竜闘騎は全機発進。

 見渡す限りの空に他の敵影はなく、必殺を期した十分な戦力にて排除する。十分理性的で的確な判断だった。

 竜闘騎の残骸に取りついていた敵機がどちらも離れ、地上の森の中に姿を消してなお追撃をやめず、炙り出すために森へと法撃を多数叩き込んだのも筋の通った対応と言える。

 敵がその場でやり過ごそうとするにせよ逃げようとするにせよ望む通りにさせるつもりなど全くなく。

 

『乗せてくーださーいなっと』

「運賃はあなたたちの命の保証ということで一つ」

 

 まさか、本丸である飛空船に向かい、あまつさえ森の中から飛びあがって乗り込むなど予想できることではない。

 

 取りついた幻晶騎士は、人型が1機と魔獣かと疑う翼というか鳥を背負った獣のようなものが1機。速やかにウィザードスタイルの砲座を潰す様は飛空船の構造を熟知しているとしか思えず、パーヴェルツィークの騎操士であったとしてもそこまで迅速にできるかどうかという素早さだ。

 いやまあ、パーヴェルツィークには地上から飛空船に飛びつこうなどというトチ狂ったことを考える騎操士はいないのだが。

 

 いずれにせよ、こうなってしまえばもはや打つ手はない。

 飛空船は空を行くもの。まさか敵の幻晶騎士に乗り込まれるなどという状況は想定しておらず、ウィザードスタイルも沈黙させられればあとは沈められるのは待つばかり。

 

『お、突っ込んできましたね。捨て身の一撃、正しい判断ですし嫌いじゃないですよ。……先輩! 一緒に斬りましょうザクっと! ライジュウかアリゲラみたいに!』

「中に人が入ってるのに容赦ないねエルくん」

 

 それを阻止すべく、1機の竜闘騎が決死の覚悟を決めた。

 マギウスジェットスラスタを最大出力に、回避など考えない直撃コース。

 竜闘騎は飛空船に近い性質上、幻晶騎士よりも機体が大きい。相手が2機とはいえ狭い飛空船の上にいるのならまとめて体当たりすることも十分に可能という算段で。

 

 迫る飛空船。艦橋の船員たちが恐慌する顔すら見える距離まで瞬く間に近づくフルスロットル。

 飛空船上の敵は足場が狭いせいか動きも見せず、このままなら排除は可能という確信と、巻き込んでしまう飛空船の乗組員に対する謝罪の念を共に抱き。

 

断刃装甲(アーマーエッジ)展開!』

「え、武装の名前言う系? ……いやまあ、俺は別に武装名とかつけてないよ。品種改良した作物にはカッコいい名前考えるけど!」

 

 竜闘騎の騎操士は失念していた。

 こいつらはもともと地上から飛空船へと自力で飛びあがってくる程度には飛行能力があり、「可能なこと」と「実際にやろうと思うこと」の間にある壁をしれっと乗り越える変態共であることを。

 

 ふわり、と2機が飛空船から離れた。多少足を離したとしても、再び戻る程度の飛行能力は2機とも有しているが故のこと。

 

 人型の幻晶騎士は肩に備えた翼のような装甲板を伸ばす。それはまさに可動式の装甲としても使える補助腕であり、同時に大剣としても使えるよう縁を研ぎあげた優れもの。

 と、本人は思っている。本人以外まともに使えないが。

 

 一方の獣は背に備えたサブアームが持つ剣を伸ばす。ごく普通の、幻晶騎士が持つような剣。だが、実は3機のエーテルリアクタを備えたこのキメラ、マナ容量は多く、強化魔法の出力は強く、迫る竜闘騎が十分な速度を持っているとあらばその斬撃は並ならぬ威力を持ち。

 

 ぞん。ざん。

 世にも珍しい光景が現れた。

 2度の斬撃によってX字に切り裂かれる竜闘騎など、歴史に二度と現れまい。

 

 

 これにて勝負はほぼついた。

 この後、竜闘騎たちは後方から現れた飛空船を襲撃したりもしたのだが、パーヴェルツィークの飛空船以上に洗練されたウィザードスタイルの配置などに苦戦したうえ、無数に放たれたミッシレジャベリン、そしてなんか甲板上に出てきた見たこともない荷車から上半身が生えたような幻晶騎士から放たれるアホほどの火力に1機残らず叩き潰され終わるのだった。

 

「ジャベリン、いっぱいもってけー!」

「うっわカルディヘッド火力すっげ。先輩、よくこんなの走り回りながら使えるな……!」

 

 

◇◆◇

 

 

「……という感じで、全部しばき倒してきました。お待たせしてしまいましたが、あとはもうゆっくりワトーを助けられますよ」

「……う、うむ」

 

 そんなわけで空を制したエルくん。

 首とか爪とか落とした小型飛竜の残骸を抱えたトイボックスが戻ってきて思わずドン引きのホーガラさんたちである。

 まあ気持ちはわかる。ワトーを助けるのはいいとして、そのためにパーヴェルツィークの戦闘団が一つ壊滅させられたわけだし。

 しかも、ここからはエルくんのお楽しみのお時間だ。

 

「さて、それではまずエーテリックレビテータを取り出しましょう。先輩も手伝ってください」

「グランレオンはあんまり細かいことできないから、とりあえず外側ゴリゴリ削っていくねー」

「えぇ……」

「我らが苦戦した地の趾の船を沈めた飛竜が捌かれていく……」

 

 負傷したワトーを飛空船へ連れ帰るため、という目的をエルくんが忘れないように注意しつつ、小型飛竜の装甲とフレームをバリバリと剥がしていく。

 戦闘用とはいえ、基本的には飛空船。その構造はエルくんと俺は大体わかっているし、トイボックスとグランレオンのパワーなら強化魔法の切れた飛空船をバラすのは狩りの獲物を捌くのと大差ない。

 大体の予想通りの場所にエーテリックレビテータを発見。これはなかなかにデリケートな部品なのでそっと取り出してもらい、これにて必要なものは大体揃った。あとは少々工作をしなきゃならん。

 

「さて、それじゃあまずはエーテリックレビテータを適当な高さに吊り上げて、と。トイボックスとの位置を調整しないと」

「じゃあ俺はあっちの残骸から固定に使えそうな資材を集めておくよ」

 

 エルくんは執月之手とそこらの木をクレーンのように使ってエーテリックレビテータを吊り上げ、トイボックスをその下のちょうどいい感じの位置に置く。

 一方俺の方では小型飛竜の残骸をさらにバラして、装甲やらフレームやらの構造材を取り出していく。

 で、あとは魔法で身体能力を強化したエルくんと、ガルダウィング側のコックピットとほぼ同義な魔導甲冑で構造材を無理矢理ひん曲げたりしてトイボックスにエーテリックレビテータを固定してっと。

 

「やっぱり、こういう工作は先輩と一緒だと早いですねえ。とてもお上手です」

「俺の村だと、こうやって何かしら作るのは日常茶飯事だったから。……ああ、思い出すなあ。ついでにこの辺一体畑にしてくれようか。開拓……開墾……農業……農業……!」

「どうしようホーガラ、割とまともだと思ってたあっちの地の趾もヤバいみたい」

「地の趾とは、いったい……」

 

 これにて、不格好ながらトイボックスでレビテートフィールドを形成して、ワトーごと浮遊させることができるようになるわけだ。

 エルくんのせいで人間に対する風評被害が広がっている感がなくもないけど、気にしない気にしない。

 

「まあ、足りない強度を補う強化魔法の調整と、レビテートフィールド制御用の術式を用意する必要もあるけど……エルくん」

「早速やってしまいましょうか。――キャリブレーション取りつつ、ゼロ・モーメント・ポイントおよびCPG再設定……ちっ。なら疑似皮質の分子イオンポンプに制御モジュール直結。ニュートラルリンケージ・ネットワーク、再構築。メタ運動野パラメータ更新、フィードフォワード制御再起動、伝達関数、コリオリ偏差修正、運動ルーチン接続、システムオンライン。ブートストラップ起動…… 」

「ね、ねえホーガラ。あれ、なにしてるの……?」

「何かすさまじい勢いでしていることはわかる。何をしているのかは全くわからんが」

「ちなみに、エルくんが言ってる内容とやってることは全く関係ないです」

「ならばなぜ!?」

 

 ハルピュイアの二人が、マジでわけのわからないものを見るような真顔になっているが無理もない。

 「戦場でOSを書き換える」的なシチュエーションにテンションの上がったエルくんなんて、この世で一番やっかいなものだろうからねえ。

 

 

 なお、そんなこんなで作った急造のエーテリックレビテータはちゃんと仕事をしてくれて、ワトーは無事に黄金の鬣号へと戻ることができました。

 ハルピュイアの二人とワトーは、揃って「何が起こったのか全く分からない」という驚いた猫みたいな顔してたけど。

 

 

◇◆◇

 

 

 その後、ふわっと浮かんだトイボックスマーク2に巻き込まれる形でワトーは黄金の鬣号へと無事収容。

 同じくひっ捕らえられていたパーヴェルツィークの捕虜の人たちにお話しも聞いて、更に浮遊大陸の情勢が分かってきた。

 

「竜闘騎、というんですねあの小型飛竜。バラしてみたところ設計思想に飛竜戦艦の面影がありますし、本物もいるわけですから……いますね、設計者」

「……待て、バラしただと!? 竜闘騎を!?」

「すみません、もう1騎も残ってないんですよ。うちの団長が全部バラして構造調べちゃったので」

「な、……なっ!?」

 

 俺たちとしては、捕虜を抱えておく理由もなければ鉱床街を掌握するメリットも、パーヴェルツィークが傘下に置いていたハルピュイアの村に対するスタンスを継承するつもりもない。

 となると、この人たちは窓口とするべきだろう。捕虜返還をきっかけとした情報交換となんなら交渉を持つ。これまでなかった直接対話のチャンネルを作る、絶好の機会だ。

 

「とはいえ、シュメフリークに連絡もせんといかん。一旦拠点に戻って出直しだな」

「そうですね、若旦那。……その間に僕はより詳しく竜闘騎の構造調査を」

「じゃあ、俺は捕虜の人たち自身に生活の場を作ってもらうために農業を」

「待て貴様ら」

 

 

◇◆◇

 

 

 浮遊大陸の動乱は、また新たな局面を迎えつつある。

 銀鳳商会並びにシュメフリーク、ハルピュイアの連合が本格的に盤に上らんとしている。

 

 その一方で。

 

「……所詮は地の趾か。森の上で迷わず炎の嘴を使うなど、同じ風に乗れるものではない」

「戦いとなれば、また同じように舞うだろう。その時我らの巣かただの森か、区別をつけるとは思えぬ」

 

 パーヴェルツィークの戦いぶりは、その庇護下にあるハルピュイアたちの目にも映るものとなった。

 そしてそれが、人とハルピュイアという種族の違いを際立たせていたことを、人間たちの側だけは知らない。

 森に生き、風と共に飛ぶハルピュイアにとって空と木々は決して蔑ろにできないもので、人間たちがその価値観を共有しているとは、どうしても思えなかった。

 

 ならば、どうする。

 庇護は信頼できない。

 かといって、戦えば勝てない。

 ならば、いかにして。

 

「知れたこと。我らもまた、大きな群れとならねばならぬ」

「何者だ!? ……なっ、混成獣(キュマイラ)!?」

 

 その答えは、空から現れた。

 声の主は、ハルピュイア。しかし顔を隠す仮面をつけ、何者なのかは判然としない。

 だがそれ以上の驚きは、従えていた獣。

 ハルピュイアにとってともに飛ぶ友とはすなわち鷲頭獣(グリフォン)のことで、獣とともにあること自体は驚くに値しない。

 

 だがその獣が、混成獣となれば話は別だ。

 獅子と山羊と鷲の頭を持つ獣。強靭な体躯に狂える精神を備えたそれは、目に付くあらゆるものを滅ぼさんと暴れ回る狂獣。そのはずだった。

 

 しかし今目の前にいる混成獣は、瞳に理性の光こそないもののハルピュイアの指示に従い静かに佇んでいる。

 「なにか」があったのだ。浮遊大陸の住人たるハルピュイアは、目の前の現実からそのことを何より雄弁に感じた。

 人に、飛竜戦艦に支配されつつあった空の模様がまた、変わる。

 

 

「集え、同胞たちよ。我らは巨大な群れとなり、地の趾の爪を振り払う。集え、同胞たちよ。ハルピュイアを導くわれらが王。『竜の王』の元にて羽ばたき舞え」

 

 

◇◆◇

 

 

 パーヴェルツィークとの捕虜変換交渉の実施は特に問題なく決まった。

 支配領域内まで入ってこい、という要求はさすがに受け入れるのは怖いのでパーヴェルツィーク領手前を指定して、それが了承された。

 俺たちが場所を用意して、そこにパーヴェルツィーク側の交渉団がやってくる。

 

 てなわけで、主に俺が中心となって会見場を設営する。

 木を切り開き、切り株を掘り出し、地面をならし、建材を使ってテーブルと椅子と衝立くらいは作って、と。

 グランレオンにカルディヘッド、さらに魔導甲冑と人手があればこのくらいはちょちょいのぷーよ。

 

「何してるんですか、先輩?」

「え、だから会見場の用意を……」

「その辺りの地面、やけに柔らかく掘り返してるみたいですけど……畑ですか?」

「ん~!? なんのことかなフフフ……」

「みんなー、ちょっとそこ埋め戻しといてー」

「アディちゃんの鬼! 悪魔! エルくんの嫁! ヘルヴィ!」

 

 アディちゃんに致命的な妨害をされたりもしたけど、まあ仕事は順調に進んで会見の時までに準備は済んだ。

 さて、あとは交渉をするだけだ。

 

 

「ほう、飛竜戦艦で来るわけではないのか」

「あれは巨大すぎて話し合いの場には戦力過剰ですからね。それに、飛竜戦艦も竜闘騎もマギウスジェットスラスタを搭載しています。いざとなったらすぐ駆け付けられるというアピールでもあるかと」

 

 空から姿を見せたのは、パーヴェルツィークの旗を掲げた飛空船。

 そこから降り立つ白い幻晶騎士たち。噂によると名前は<シュニアリーゼ>。大西域戦争後に西方諸国に吹き荒れた幻晶騎士新造の波の例に漏れず新規設計で開発された、綱型結晶筋肉とバックウェポンを備えたエルくん方式の機体だ。

 飛竜戦艦、竜闘騎、そして見た感じ完成度が高そうな新式幻晶騎士。

 北の大国と呼ばれるだけあってなかなかの国力らしい。

 

 ……あと、国土の大半が寒冷地や山岳地帯で「試される大地」とも言われているらしいので、かの国での農業にも大変興味があります。

 

 ともあれ、捕虜変換交渉の始まりだ。

 こちらはエムリス殿下とシュメフリーク王国のグラシアノさんが主に交渉を担当。俺とエルくんは護衛枠で、さらに同陣営ということで同席しているハルピュイアの風切さん。

 対するパーヴェルツィーク王国の交渉担当は……おや、女の子。

 

「出迎えご苦労。私はパーヴェルツィーク王国第一王女、フリーデグント。この地においては陛下の名代として天空騎士団を率いている」

「これはこれは、王女殿下自らのお出ましとは光栄の至り。ささやかながらこちらに席を用意した。どうぞこちらへ」

 

 と、思ったらなんと第一王女殿下でありましたとさ。

 おそらく相手側は王族が直接出てくることでプレッシャーをかけて交渉を有利に進めるつもりなのだろう。

 ……まあ、こっちにもガチ王族いるんですけどね! 王女殿下の目の前の、見た目は完全に山賊の親方みたいなその方なんですけどね!

 

 

「……なるほど、貴公らはハルピュイアと組み、その関係で我が方と戦闘に陥って捕虜を取ることになった、と」

「そういうことになるな。そちらの目的はエーテライトか。飛竜戦艦を浮かべるくらいだ、しこたま必要にもなるだろうなあ」

 

 かなり年若く、エルくんたちと同年代くらいに見えながらも貫禄たっぷりに言葉を並べる王女殿下。

 対するエムリス殿下は全く意に介していないらしい自然体。まあ、この人もこう見えて普通に王族ですからね……。

 ちなみに内容としては、イマイチ妥協点を見出しづらい気がする。

 パーヴェルツィーク王国側としては、あくまで浮遊大陸は新たに発見された資源の埋蔵地。

 ハルピュイアはそこに住まう野生の獣程度の認識らしい態度が透けて見えるし、飛竜戦艦という武力を背景とした国力差もあってシュメフリークの人たちとも積極的に交渉しようという意思が感じられない。

 

「アレに詳しいような物言いだな?」

「俺はそう詳しいわけでもないが、以前アレを堕とすところに居合わせたのでな」

 

 そんなパーヴェルツィークでも無視できないのは、やはり飛竜戦艦らしい。

 目付きが鋭くなった王女殿下はエムリス殿下の言うことをそのまま信じているわけではないようだが、元はジャロウデク王国にて開発された飛竜戦艦がクシェペルカ王国との戦闘で撃破されたという事実は動かない。おそらく、そうなったからこそ飛竜戦艦の開発者を引き込めたのだろうし、だからこそエムリス殿下の言葉にも一定の警戒はしているということだろうか。

 

「さすが、クシェペルカ王国ほどの大国ともなると言うことが違う。だがかつての飛竜と同じと思ってもらっては困るな、グスタフ?」

「はっ、その通りでございます。より強大な飛竜と、我ら天空騎士団。同じ轍は踏みませぬ」

 

 王女殿下の脇に控える、おそらく浮遊大陸遠征軍の指揮官らしき人が力強く宣言する。

 まあ確かに、あの新しい飛竜戦艦。どうやら竜闘騎と合わせて運用することを前提として設計されているフシがある。かつての敗北から学んでいるということか。

 ……まあ、「飛竜戦艦並のマナ出力を誇る空飛ぶ幻晶騎士との戦闘」から学んじゃっていいのかという疑問はあるけど。

 

「だ、そうだエルネスティ。どうだ、また堕とせそうか?」

「そうですねえ」

 

 えっ。

 とばかりに、エムリス殿下の言葉を受けて声は出ない物のパーヴェルツィーク側の人たちが一斉に目を剥いた。

 その視線の先には、エムリス殿下の横にちょこんと立っているエルくん。椅子に座っているエムリス殿下と頭の位置がほぼほぼ変わらない小柄で、いまだに薄目で見たりすると美少女に見えるときもある、エルくん。

 交渉の席でのハッタリを警戒して頭から信じてはいないようだが、それでもマジでこの子が、という驚愕は確かにパーヴェルツィークに走ったようだった。

 

「巨大な母艦から多数の小型兵器が出てくる、と。となるとまずは足を潰してから小型兵器を片っ端から潰していきたいですね。そうやって手も足も出ないデク人形にしてしまいましょう。カブラカンのように。今度も手伝ってくださいね、先輩!」

「俺がアレをもう一回とか今度こそ死ぬよ」

 

 え、お前もかよ。

 そんな声なき声が聞こえる目線が、エルくんから俺に向かってずあっと流れてきた。

 やめて! 俺はただの農民だから、そういう目線に弱いんです! そんなに見るなら見物料取るぞ! パーヴェルツィーク農業について教えてくれるだけでいいですから!

 

 

 そんなこんなの一幕もありつつ、なにより重要な言葉を交わすという目的は果たされていく。

 

「――つまり、どこまでもハルピュイアの側につくと。貴公らと我らなら、この浮遊大陸すら分かち合えると思ったのだが」

「そうだな。俺も残念だ」

 

 たとえその結果が、「交渉決裂」というものだったとしても。

 総合的に考えて、フリーデグント殿下はそれなりに譲歩しようとしてくれていたらしい。

 黄金の鬣号の装備や背後に見え隠れするクシェペルカ王国の気配を警戒してのものだったのかもしれないが、浮遊大陸の共同統治を持ちかけてくるくらいには覇権への渇望と理性的な判断が同居していたと見える。

 ……ぶっちゃけ、勢いに任せて未知の新天地に冒険かます某王族よりも頼もしいとか思わないでもない。まあ、エムリス殿下は王位継承権は2番目なので、その辺いろいろ違うんだろうけど。

 

 だが、ハルピュイアに対するスタンスだけは相いれないようだった。

 

 ……決して、決して。

 「エムリス殿下的に、無断で浮遊大陸へ冒険しに来た挙句に重大な外交案件持ち込んだら叱られるだけじゃすまないから無理」という理由はない。ないったらない。はずだ。

 

 交渉は終わった。

 緊張感に溢れた序盤、エルくんの存在に困惑していた中盤を経て、気温が下がった気さえする今。

 次に会うときは戦場かもしれないという諦観だけは共有し、捕虜変換の条件だけを詰め、この会合は終了する。

 

 

 そう、「会合は」終わる。

 だがそれが、戦いの始まりだった。

 

 バサリ、と羽音が頭上から降る。

 これが重要な会談の場だということはハルピュイアの人たちも理解してくれているから、突如飛び込んでくるなどと言うことはあり得ない。

 それが、俺たちと友好的な関係にあるハルピュイアの人たちならばの話だが。

 

 

 会談場にかかる影。

 見上げた先には、太陽の光を背負った鷲頭獣とそれを駆るハルピュイアの姿……ではない。

 

「炎を吐く石の竜よ。汝は我らが主たるに能わず。我らの真なる王、『竜の王』の威にひれ伏すがいい」

 

 仮面をつけたハルピュイアが乗るのは、3頭の鷲頭獣ではなく、獅子と山羊と鷲の頭を持つ異形。

 ……異常だ。アレは、鷲頭獣のような知性を持つ、他の生物と共存できる類のものではおそらくない。本能と衝動のみによって生きるだけのものにしか見えない。

 だがそれでも、ハルピュイアに従っているということは……何か、カラクリがあるな、これは。

 

――ギャオゴアキュオオオオオアアアア!!

 

 3種の頭がそれぞれに吼え、耳障りな不協和音となって場を満たす。

 まさかこれが友好的なものであろうはずもなく、ハルピュイアに対する扱いへの不満が最悪の形で噴出したことは確実で。

 

 耳を抑えてうずくまる王女殿下。

 戸惑いつつも動き出すシュニアリーゼ。

 

 そしてこういう時は反射的に動き出す俺たちフレメヴィーラ勢。

 

 

 交渉は終わり、戦いが始まった。

 ただ今度の戦いは、ひょっとすると種族の尊厳を賭けるような、戦いになるかもしれないなあ。

 隠しておいたガルダウィングとグランレオンの元へと突っ走る。

 

 おそらくとんでもない戦いになるだろうなという半ば予知に近い確信と。

 

「……エルくんが喜びそうだなあ」

 

 こういうシチュエーション大好きなエルくんがより一層とんでもないことになるんだろーなーという確定事項に、今から頭が痛かった。


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