俺は、農業がしたかっただけなのに……!   作:葉川柚介

20 / 37
今回はタイトルの通り、三夜連続更新となります。明日明後日もお見逃しなく。


番外編 アグリの悪夢三夜 一夜目 エルくん(女の子)

「大変です先輩! エルくんが錬金術で作られたちょっと珍しいお薬を飲んだら女の子になっちゃいました!!」

「なにその頭の悪すぎる状況」

 

 オルヴェシウス砦周辺での畑仕事を終え、鍬とか担いで帰ってきた俺に向かってものっそい勢いで走ってきたアディちゃんが開口一番に告げた言葉がこれだった。

 銀鳳騎士団は今日も賑やかだなあ、と現実逃避に走るも数瞬、うっかり言われた内容を理解してしまったわけだが。

 なにそれは……なに? すごくコメントに困る……。

 

「とにかく、来てください! エルくんが大変なんです!」

 

 なりふり構わなくなったアディちゃんは容赦なくエルくん直伝の魔法を行使する。

 愛と魔法でパワーアップした女の子らしからぬゴリラ腕力が俺の腕を引っ掴み、砦内引き回しのような勢いで突っ走った先は、エルくんといえばここにいる、というイメージさえうっすらあるいつもの格納庫。

 そこには当然というべきか、黒山の人だかり。なるほど、どうやらエルくんの女装姿に味を占めたアディちゃんの妄想とかではなく、少なくとも何かが起きてはいるらしい。

 ……アディちゃんの証言からすると、地獄のようなことがね!

 

「あっ、先輩……」

 

 予想は果たして正解で、アディちゃんが力づくでこじ開けた人垣の中心にいたのは、やはりエルくん。

 俺の顔を見るなりちょっと恥ずかしそうに身をよじる、とかいう中々見ないリアクション。

 右手で左手の肘辺りを掴み、体を隠そうとしているようにも見えるその仕草、女の子がすると大変可愛らしいものなわけで、つまりエルくんがしても可愛いということだ。

 

「あぁ……女の子になってもエルくんかわいい……!」

「ごふっ!? 落ち着いてくださいアディ……」

 

 案の定、我慢できなくなったアディちゃんがタックルのような勢いでしがみつき、めっちゃ頬ずりしている。

 だが、待って欲しい。エルくんが女体化したという話だが、それは本当なのだろうか。ぶっちゃけほとんど変わってないように見えるので、よくよく観察してみる。

 

 顔立ちは、いつも通りだ。整った鼻梁、さらっさらの銀髪、花の色より鮮やかにさえ見える唇に、長いまつげ。……うん、まあその辺はもともとたまに女の子かと思うほどだったから、実質何も変わっていない気がする。ただ、なんとなく雰囲気が違うかも……? という気がする程度だ。

 体格。これも変わらない。同年代の男性と比較して明らかに小柄。腕力体力は魔法と魔導甲冑でカバーするスタイルなので腕なんかもほっそりしていて、アディちゃんのそれとほとんど変わりない。

 アディちゃんとくんずほぐれつしながら上げている声も、声変わりというイベントをすっ飛ばしたらしき女性声優さんが演じてそうなもののまま。

 そう、いつもと何も変わらない。

 

 ……んだけど、ごめんこれやっぱりエルくん女の子になってる。

 一つ一つのパーツを見ていくと普段と変わらないのはもともとエルくんが初見だと女の子に見えかねない美少年だからだろう。もうお嫁さんもらってる年だけど、十分美少年で通用する。

 ただなんてーの? 全体を見ていくと、やっぱり違う。

 なんとなく肉付きとか骨格とか違うし、全体的な雰囲気が柔らかだ。

 多分中身は変わってなくて、幻晶騎士を与えたら無限に興奮していくんだろうけど、なんともいえない「しな」があるというかなんというか、こう……わかるだろう!? この場に集まった銀鳳騎士団のみんなはわかってくれてるはず! アディちゃんにすりすりさわさわされてもぞもぞしているエルくんを直視できず、そっぽ向いてるんだしさ!

 

 

 なお、見る気はなかったんだけど自然と視界に入ってきた胸元は、ちょっとなだらかにしかし確実な曲線を描いていた模様。

 

 

◇◆◇

 

 

「すみません、先輩。ちょっとお願いが」

「アディちゃんが俺の部屋に来るって珍しいね? しかも、エルくんも連れて」

 

 あのあと。

 状況は詳しく聞かせてもらえた。なんでも、結晶筋肉とか作ってくれてる錬金術関連の工房から流れてきた謎のお薬を、うっかりエルくんが飲んでしまったのだと。そういうことになるから、物の名付けと置き場と管理と受け入れ品の確認はしっかりしろとあれほど。

 幸いなことに、飲んで毒になるようなものではなかった。体が女の子になっちゃったけど。解毒剤というか中和剤というかを飲まない限り永続的にそのままらしいけど。

 

 そして、その中和剤作るのにしこたま時間かかるらしいけど。

 

 アディちゃんがツェンドリンブルかっ飛ばして薬の製造元に殴り込み、製作者の錬金術師さんを連れてきて、銀鳳騎士団総出で「お話」させてもらったところ、中和剤はない上に「オーヴィニエ山脈の奥深くに湧くという、昔若い男が溺れ死んで呪われた泉の水」とかその他もろもろ材料を集めた上で、加工と熟成に1年くらいずつかかるのだとか。

 

 つまり、エルくんは年単位で女の子生活が確定しました。

 さっそくアディちゃんとヘルヴィを筆頭にした銀鳳騎士団女性陣に連れ去られたエルくんがライヒアラの街へ繰り出し、女物の服やら化粧品やらアクセサリーやらしこたま買い込んで帰ってきたのは日もとっぷりと暮れてから。

 幻晶騎士に乗っていれば、熟練の騎操士でさえ足腰立たなくなるような訓練や模擬戦を経てなおつやっつやの表情を見せるエルくんがげっそりと疲れた顔でいたのはかなりレアだと思う。

 

 その後、帰ってきた女性陣とエルくんに夜食を用意してついでにお酒も出してということをなぜか俺がやらされ、長い一日だったしこれからエルくん女の子モードの日がしこたま長く続くなあ、と部屋で一息ついていた、その時。

 

 ノックの後に聞こえた声は、アディちゃんの物だった。

 なんか前も似たようなことがあった気がするし、そのときはエルくんに女装させるとかいう大分頭おかしいことを頼まれたな、というアレ過ぎる思い出が脳裏をよぎる。

 でもまさかねー。今のエルくんは「女の子! 女の子になったから! 男の子ムーブとかダメだから!」という理屈にもなっていない理屈による説得で問答無用に可愛らしいスカートとか履かされていたし、大丈夫だ。

 

 ……アディちゃんに手を引かれて部屋に入ってきたエルくんが、なぜか顔真っ赤でスカートの裾握り締めながらうつむいてるけど、大丈夫なんだ。多分。誰か大丈夫だと言って。お願い。

 

「……結論から言います。エルくんとシてください」

 

 ……言ってよ。誰か大丈夫だって言ってよ!

 エルくんがますます真っ赤になってアディちゃんに顔押し付けてなんか隠れてるのは俺の気のせいだって言ってよ! でないとそのうち俺の胃がねじ切れて死ぬぞ!

 

「……してって、何をかな?」

「ナニってそれは、もちろん子作」

「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」

 

 今は夜。オルヴェシウス砦で寝泊まりする銀鳳騎士団員はそれなりにいる。

 この状況でなお、そんな彼ら彼女らの安眠に配慮した限度いっぱいの声量にとどめた俺の理性を誰か褒めて。そろそろ泣くぞ。

 

「何言ってんの!? アディちゃん何言ってんの!? 状況わかってる!?」

「はい、もちろんです。エルくんが女の子になって、男の子に戻るまで1年以上かかる。……つまり、その間私はエルくんの赤ちゃんを産んであげられないんです!」

 

 まあ、道理ではある。

 この世界の文化的背景による事情はさておき、少なくとも俺個人としては同性愛について思うところはない。その辺はあくまで個々人の問題だ。まあ、この場合はTSしたエルくんとアディちゃんの間なので複雑なのかもしれないけど、それはそれ。少なくとも俺が間に入る話じゃないのは確実だ。

 確実だよね? 百合の間に挟まる男なんて、死しかないじゃないか!

 

「なので、とりあえず先輩がエルくんに赤ちゃん産ませてあげてください」

「急転直下で道理ぶっちぎってトチ狂った結論に至るのやめてくれる?」

「大丈夫です! エルくんの赤ちゃんを産んでいいのは私だけですけど、先輩ならエルくんに赤ちゃん産んでもらっていいですから! そのための愛人さんですから!」

「くそう、有耶無耶になったと思ってた妄言がここにきて息を吹き返しやがった!?」

 

 エルくんにプロポーズされたときにアディちゃんが言ってた愛人がどうのの契約がなんで今日まで有効なんだよ! あれ冗談ですらない奴じゃなかったの!?

 

「平気です! エルくんも先輩とならいいって言ってますから! ね、エルくん!」

「いやいやいやいやいや」

「………………っ」

「いやいやいやいやいや、小さく頷かないでエルくん。アディちゃんの体で半分顔隠しつつちらっとこっち見ないでエルくん。……待って。待とうエルくんにアディちゃん。二手に分かれて俺を包囲しないで。じりじり距離を詰めないで。……や、やめろ! それ以上近づくな! それ以上来ると大声出すし窓ブチ破って逃げうわあああああああワイヤー本当に便利だねエルくん!?」

 

 エルくんの操るワイヤーで縛り上げられてベッドに放りこまれる俺。

 こんな経験ないはずなのになぜかデジャヴを感じる。ふしぎ!

 そしてアディちゃんが足の辺りに乗っかって体重をかけてくる。本格的に逃げられねえ。

 

「…………先輩」

「うわー、エルくん顔まっかー」

 

 ぎし、とベッドがきしむ。そもそも一人用なのに、エルくんとアディちゃんと俺の3人が乗っていればそうもなろう。

 外は夜。部屋の照明はランプが一つ。ゆらゆらと頼りなく揺れる暖色の灯りが作り出す陰影に彩られたエルくんの表情が示すのは、衝動と羞恥。

 さすがに恥ずかしいことしてるという自覚はあるけど、それすら上回る何かが体を突き動かしている、という色。具体的に言うと瞳の中に浮かぶピンクのハート。

 今になってよくよく見れば、エルくんが着ているのは女物という言葉だけでは説明がつかないほどに煽情的な夜着。ひらひらですけすけでさらさらで、脱がしやすそう。ちのうしすうがさがってことばがうかばないです。

 

「僕、変なんです。頭の中は今も男だった時のままのハズなのに……先輩となら、って思っちゃいます」

「うん確かに変だねそれ多分お薬のせいだしこうなってすぐだし何日か置いたら落ち着くと思うよだから冷静にね、エルくん?」

「それに、こうなってからずっと、体が熱くて……ずっとずっと、熱くなり続けてるんです。……ほら」

「それ、別に俺の手をエルくんの胸につけなくてもわかる奴だよね?」

 

 ふに。

 この状況に対するこれ以上の説明を求められたら俺は泣くからな!?

 

「ふーっ……ふーっ……」

「荒い息だけ吐きながら顔近づけないでー! 変な生々しさがー!」

「大丈夫ですよ、先輩! エルくんってこう見えて結構タフですけど、その分気持ち良くしてくれますから!」

「君たち夫婦のそういう話を聞かせないでくれる!?」

 

 ますます興奮したらしいエルくんは、もはや言葉もなく顔を近づけてくる。

 喉を鳴らし、俺だけを見て、アディちゃんのアレな告白も耳に入っている様子がなく、当然俺の制止も聞こえていないっぽい。

 農業で鍛えた筋力に自信はあるが、フレメヴィーラ王国屈指の騎操士二人にマウント取られた状態から逆転するのはさすがにちょっと難しく、決まりきった運命が当然のような顔をして俺の未来を刈り取りにやってくる。

 

「……せんぱい♡」

「エ、エルくん……」

 

 俺を呼ぶエルくん吐息が唇にかかる。

 そして、俺は俺で名前を呼び返さなければいけない気がした。

 視界に映るのはエルくんの顔だけ。空より綺麗なサファイア色の瞳の中に見える俺の顔はひどく間抜けで、笑みの形に細められてエルくんの顔すらほとんど見えなくなって。

 

 でも、エルくんの柔らかさは、すぐ知れた。

 

 

◇◆◇

 

 

「知れた、じゃねええええええええええええええええええええええええええええええ!?」

 

 のちほど、早朝の絶叫をみんなに謝りに行ったら「まぁ割とよくありますよね」と許してもらえました。目覚ましの鶏代わりにされるくらい夢見が悪い俺の明日はどっちだ。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。