俺は、農業がしたかっただけなのに……!   作:葉川柚介

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番外編 「ミッションの概要を説明します」

――ミッションオブジェクティブは、最近謎の魔獣の出没が確認されたとある農村の防衛です。

――今回は、細かなミッションプランはありません。あなたにすべて任せます。あらゆる障害を排除して、目的を達成してください。

 

――ミッションの概要は以上です。

――銀鳳騎士団は、人々の安全と、幻晶騎士のさらなる発展を望んでおり、その要となるのがこのミッションです。

――あなたであれば、良いお返事をいただけることと信じています。

 

 

◇◆◇

 

 

「というわけで、よろしくお願いしますね先輩!」

「今の任務説明聞いた俺が『はいわかりました』って答えると思ってるんじゃないだろうねエルくん」

 

 銀鳳騎士団のアジト、オルヴェシウス砦の作戦会議室には、今日もエルくんの楽しそうな声が響きます。

 

 エルくんから話があると呼ばれてホイホイついて行くのはいつものこと。

 作戦会議室ってことは何かの任務だろうかだったらどこの部隊に組み込まれるんだろうと思いながら足を踏み入れれば、俺以外には誰もいない。

 きっとそのうち追加が来るんだろうなと思っていたら特にそんなこともなく、いきなり始まる作戦説明。おいどういうことだエルくん。

 

「えー、こういう依頼の説明ってワクワクするでしょう? あ、お母様もありがとうございました」

「いいのよ、エル。あなたの役に立てるなら嬉しいわ。アグリさんも、元気そうでよかったわ」

「はい、セレスティナさんも。……でももうちょっとエルくんのワガママを諫めてもいいと思うんですが」

 

 しかもこの説明、わざわざエルくんの母親であるセレスティナさんに読み上げてもらってるんだけど。嫌な予感しかしねえ。

 

「まあまあ先輩。実際にとある農村がいまも魔獣の影におびえているのは事実なんです。どうか、助けてあげてもらえませんか……?」

「上目遣いで手を握ってくるのやめてもらえるかなエルくん。……できれば今すぐ! なんか首筋ゾワゾワするから! これ多分扉の隙間からアディちゃんがハイライト消えた目で睨んでるヤツだから!」

 

 それ以前に、そもそも生きて出かけられるかからして不安になってきたぜ!

 

 

◇◆◇

 

 

「そんなわけで、件の農村とやらにやってきたわけだけど……」

 

 オルヴェシウス砦から、通常の旅程で数日程度。グランレオンに乗って来たのでその半分程度でたどり着いたこの村が、謎の魔獣の出没に怯えているという。

 

 俺の故郷ほどではないがそこそこ辺境で、のどかに畑が広がる一方、人跡未踏と思しき森の影がちらほらと地形と視界の限界ギリギリ程度の距離に見え隠れする、そんなごく一般的なフレメヴィーラ王国の農村だった。

 家の数はそこそこ。広場に井戸に駆け回る子供に畑仕事へ向かう大人に、ところどころで草を食む家畜。どこでも見られる光景だ。のどかのどか!

 

 主要街道からの距離はそこそこ。このくらいの距離なら商人たちの巡回ルートにも入っているだろうし、さほど離れていない場所に幻晶騎士が駐留する砦もある。砦を橋頭保としてその防衛可能圏内に開拓された村、というありふれたスタイルだろう。

 ちなみに余談だが、俺の故郷は近くに砦なんてない、ぶっちぎりの最前線です。(魔獣と)戦わなければ生き残れない。たまにヤバいのが来そうな時は領主さまになんとかしてもらいます。

 

 

「事情は説明したとおりだ。我々は次の村への巡回に向かわねばならないので、後のことは頼む」

「はい、了解しました」

 

 などなど、見てわかる情報の他、最近この村に出没するという魔獣についての話を駐留中の幻晶騎士部隊の人から聞かせてもらった。

 近隣の砦から周囲の村落を見回るパトロールの最中で、この村の近くに決闘級以上と思われる魔獣の痕跡を発見。捜索と、可能ならば撃退を目的として調査していたらしいが、難航。

 他の村の様子も見に行かなければならないため、調査・防衛を引き継ぐ増援の依頼を出し、正体不明の魔獣退治役として白羽の矢が立ったのが銀鳳騎士団であり、俺であるという。

 

 ……そう、俺なんだよ。俺一人なんだよ。どうして幻晶騎士を部隊単位で送り込んだりしてくれないんですかねえ!

 

「大変なのだな、君も……。ま、まあとにかく頼んだぞ! 村の命運は君にかかっている!」

「はい。村と畑は俺が必ず守ります。特に畑は」

「お、おう」

 

 でも、ここもまたしっかり丁寧に畑を作り育てている立派な農村。この(はたけ)の平和を魔獣ごときに奪わせてなるものか。なんか騎士団の人がドン引き気味な目で見てるような気がするけど、気のせいだよね!

 

 

「ということで、まずは村の様子を知らなきゃいけないんで畑仕事をお手伝いしますね!! 今はちょうど開墾の時期! 見てくださいよ俺の幻晶獣機! でっかい犂がついてるんですよ!!」

「おぉー、すごい勢いで土が掘り返されていく!」

「こりゃあ、来年辺りに開墾するつもりだった辺りまで畑にできそうだな!」

 

 どうやらこの村の近くに潜伏中らしい魔獣の発見と退治、となると実のところ中々に大仕事だ。

 魔獣を探す必要はもちろんあるが、その間に村が襲われてもいけないし、何よりどう転んでも数日あるいは数週間はこの村に滞在することになる。

 

 だから、村の人たちと友好的な関係を築くことは必須なんだよ。そうでないと、情報収集すらままならない。

 つまり、こうして農作業を手伝うのは騎士団活動の一環……! 合法……! 合法的農業……!

 最近またエルくんの無茶振りとヘルヴィの監視が厳しくなってきたから、仲間の目が届かないところで羽を伸ばせるとか微塵も考えていない……!

 

 

◇◆◇

 

 

 そして、数日が過ぎた。

 村が魔獣に襲われるような気配はなく、思っていたより平和なものだ。

 

 しかし、農作業の合間で森に入って魔獣の痕跡を調べてみたところ、確かに見たことのない形の足跡がいくつか確認された。

 比較的浅い範囲でも至る所で確認される辺り、この辺りを縄張りにしていることは間違いない。サイズからして事前情報の通り決闘級以上であることは間違いなく、足跡の並び方からして四足で獣型と推測される。

 もし十分な戦力がないうちに村が襲われたら、どうなるか。近隣の騎士団に助けを求めるより先に村が壊滅したとして、全く不思議はない。

 

 村の人たちに聞き込みを行ったところによると、森から魔獣の気配を感じることは極めて稀だそうだ。が、俺が来る数日前に謎の魔獣によるものと思われる遠吠えが聞こえ、領主に陳情を上げたところ騎士団が派遣されてしばらく周囲の探索が行われたという。

 その騎士団が、俺と入れ替わりで別の村に向かったあの人たち。幸い今のところ村への被害はなく、魔獣の確たる存在証拠さえないが、「何かがいる」。騎操士として、そして何より農民として培ってきた勘が確かにそう告げていた。

 

 

 

 

「おっと、また足跡だ」

 

 森の中の探索。

 木々の高さはグランレオンを優に隠すほど。あちこちに散見される獣道は大小色々。こうしてグランレオンが入り込めることからもわかる通り、決闘級以上の存在も確実にいる。

 問題はその魔獣とやらが人間を襲うかどうかなわけなんだけども、発見される足跡が比較的新しい。この様子からするに、俺がこの村について以降に出来たものだ。

 

「……この形と、深さ。土の質と湿り気。……なるほどねえ」

 

 そういった情報をあれこれ集めて、おぼろげながらつかめて来たミッション対象の正体。

 ……どうやら、少々覚悟を決めて挑まなければならないようだ。

 

 

 

 

「というわけで、少し腰を据えることになりそうなんでその間はずっと農作業のお手伝いしますね! いやあ騎操士は大変だなあ!」

「言葉の割にめっちゃ嬉しそうっスね」

 

 なので、改めてしばらく村でごやっかいになることにしました!

 いやあ長丁場ってつらいよね!

 

 

◇◆◇

 

 

 それから、さらに数日が過ぎた。

 俺はグランレオンで新たな耕作予定地を耕し、村の周りをパトロールし、邪魔な木を切り倒して切株を掘り返し、魔獣の痕跡から行動パターンを分析し、土の中に埋もれていた岩をほじくり出して砕いて砂利にして、と村のために力を尽くした。

 ……あぁー、いいわー。やっぱり幻晶獣機は農業に向いている。というか戦闘なんてやってる場合じゃない。今すぐ量産してフレメヴィーラ王国中に広めるべきだよめっちゃ畑広がるって。

 これまでは俺一人がオルヴェシウス砦の周りを畑に変えてただけだったけど、やっぱりこういう農村内でのあれこれにこそ役に立つ。つい勢いで新しい井戸も掘っちゃったし。

 おかげで、どうかうちの婿に的な話が割と来る。うんうん、有望と見たら囲い込む、これこそ農村のあるべき姿。馴染むなあ。

 

 などと楽しい日々を過ごしていた、ある日。

 

 

――ガオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!

 

 

 夕暮れ。

 うっすらと紅に染まる空を震わせる、魔なる咆哮が轟いた。

 

 

「ヒィっ!?」

「ま、魔獣!?」

「やっぱり……やっぱりいたんだ!」

 

 今日も今日とてグランレオンでごりごりと犂を曳いて畑づくりの準備を手伝った結果、夕飯にお呼ばれした家で早めの食事を取っていたところ、突然その咆哮が聞こえて来た。

 音だけから正確な位置がわかるような状況ではないが、村への侵入を許したような距離ではない。方角は、おそらく村の北側の森。大きい獣道が多く、痕跡も他と比べてたくさん見つかっていた辺り。

 ……予想通りだ。

 

「あ、あの騎操士様……!」

「はいはい。……あつっ、熱っ! でも美味い!」

「は、はい。ありがとうございます……?」

 

 不安げに声をかけてくる家のご主人。俺は色々煮込んだシチュー的な料理をちょっと行儀悪いかな、くらいのペースで一気にかき込んでいく。騎操士にとって早飯は基本スキル。常在戦場の心構えは、この村に着く前から解いていない。

 この料理を作ってくれたらしいこの家のお嬢さんが目を丸くしているけど、今はどうか許して欲しい。

 

「ふぅ。ごちそうさまでした、おいしかったです。じゃ、仕事してきますね」

「え、ええ……お気をつけて!」

 

 食器を置いて立ち上がれば、それだけで仕事の時間。

 この村に着いてからは常に幻晶獣機に乗るための軽装鎧を身に着けていたから、こういう時でも即座に動ける。

 

 さぁて、「エルくんが俺を名指しで任せて来た」厄介な仕事を、片付けるとしようか。

 

 

 グランレオンに乗って、駆け込んだのは森の中。

 尋常ならざる吼え声に驚いた鳥たちが夕焼け空を黒い点となって飛び立ち、森の中の様々な獣や魔獣もざわついている気配が感じられる。

 魔獣が使っていると思しき獣道を通って俺がたどり着いたのは、事前に目星をつけておいた戦場。幻晶獣機が多少は動き回れる程度に木々がまばらな地点だ。

 空はだんだんと暗くなりつつある。完全に日が落ちればここも完全な闇に閉ざされるだろう。あまり時間はかけられない。

 

 広場の中でも比較的木の密度が低い場所で、一度立ち止まり。

 

「ま、向こうも長引かせるつもりはないだろうけど……ねっ!」

 

――ぞんっ

 

 そんな音が、横っ飛びに避けたグランレオンがさっきまでいた空間を抉ったような錯覚に襲われる、魔獣の奇襲が早速出迎えてきた。

 

「見え……ない! 思った以上に速い!」

 

 正体見たり、前世魔獣なるか、という期待は外れた。

 周りの薄暗さも手伝っているが、あまりにも動きが速くてシルエットすら捉えられない。

 だが、いくつかわかったこともある。

 これまでの調査での推測を裏付けることになるが、相手のサイズはグランレオンと同等。森の中という荒地をあれほどの速さで動けるのだから間違いなく四足の獣型。

 さっきの攻撃は前足を振るって爪で抉ろうとしてきたことが、地面に刻まれた筋の深さからわかる。

 そして既に茂みに飛び込んで見えなくなっていることからして、この場の地形もしっかり把握しているのだろう。地の利も相手にあるようだ。

 

 それから数度、相手は立て続けにこちらの死角から奇襲をしかけてきた。

 後ろ、横、はては上。こちらの予想外の位置から飛び掛かり、反撃するより先に茂みの中へと逃げていく。

 それを追いかけるという手もあるが、おそらく不利になるだけだろう。

 多少は動きが読めるようになってきて、カウンターで爪を、牙を、そして幻晶獣機が備える背部武装のブレードを突き立ててはみたものの、一つとして相手に届かないんだから返り討ちに遭うのがオチだ。

 相手はこちらの攻撃に対し、身をよじり、素早く地を蹴って間合いを離す。まるで、その動きと武器は全て把握しているぞ、とでもいうような動きだった。

 それなのに相手の攻撃はこちらにどんどん近づいてくる。

 完全に上を取られかけ、サブアームのブレードで防いだ爪の一撃はコックピットまで大きく揺れるほどのパワーがあった。

 がっくんがっくん揺れる頭を振って正気に戻し、とにかく気を引き締める。

 

 俺は魂の底から農民であることを自負しているが、こう見えてライヒアラ騎操士学園をきっちり卒業した騎操士でもある。

 学生時代も銀鳳騎士団に取り込まれてからも、魔獣退治はよくあること。決闘級魔獣とタイマンしたことだって何度もあるし、銀鳳騎士団に入ってからはもっとヤバいあれこれとの戦いだって経験した。

 が、今回の相手は特別やりづらい。

 恐らく、このままカウンターを狙っても、あるいはこちらから打って出たとしても状況は変わるまい。そう確信できるだけの鋭さが、相手の動きにはあった。

 ……まあ、俺の予想が確かなら、この敵は下手すると師団級魔獣なんかよりもヤベーイ相手なんだけどさ!

 

「……ちっ、また後ろから! だぁーっ、法撃すら届かない!!」

 

 どうやら本気で組み合う気がないらしい。一撃離脱の見本のようなその攻撃の数々、法撃を叩き込んでもジグザグに走られて狙いが定まらず、一層闇が濃くなりつつある森を一瞬だけ火炎が照らし、シルエットがはっきりしない敵の影を浮かび上がらせる。

 

「……仕方ない、アレを使うか」

 

 

 だから、策を講じるしかない。

 この敵に、最も効果のある策を。

 

 

 

 

「さぁ、来い」

 

 グランレオンの位置を変える。全方位どこから敵が来ても対応できるように開けた場所にいることをやめ、背後に大木を背負って敵の侵入ルートを絞る。

 当然相手もそれは承知のはずだから、上や木を回り込んでくることも警戒する必要がある。が、それでいい。

 

――ガオオオオオオオオオオオオオオオ!!

「来た!」

 

 予想は的中。素直に正面から攻めてくることはなく、真後ろから飛び出し、こちらから見て左側、少し離れた位置にある木の幹を蹴って上方から飛び掛かって来た。

 だが、俺はどうせとんでもないことをしてくるに違いないと予想していた。あわてず騒がずグランレオンでステップ。直撃を避け、向きを変え……すれ違う!

 

 直後、地面に前足をついた敵魔獣が即座にターン。

 格好の条件だったのに攻撃をせず、ただ素通りした俺が何かを企んでいると敏感に察したのだろう。

 そしてその時すでにこちらも全く同じようにターンしており、この戦いが始まって初めて向かい合う。

 間合いはグランレオンの全長にして2身分ほどか。四脚の瞬発力をもってすれば即座に捕らえられる間合いであり、同時にこれまでの反応を考えれば回避を許すだけの猶予も与えてしまっていると言えるだろう。

 

 しかし、構うものか。

 グランレオン、突撃。全脚力をつぎ込んでの爆発的な一歩は踏み込んだ地面を爆裂させる。途中で踏むのはわずかに一歩。それすら更なる加速に利用すればさらに速くなる。

 

 敵、既に回避に入っている。本当に目がいい勘がいい。

 こちらの直撃軌道を外れ、それだけで体当たりも爪も届かなくなった。

 ブレードを伸ばしても軌道を変化させてもそれを逃げ切るだけの算段は付いているだろうし、法撃ではたとえこの距離であってもブレてしまって狙えない。

 

 そういった、「こちらの持ちうるすべての選択肢を回避できるという確信を持った動き」をしてきたのだから。

 

 

 その時点で、俺の勝利は決まっていた。

 

 

 加速に使うはずだった途中の一歩で逃げる魔獣に追随。

 そうなるだろうと思っていたとばかりに、なんと相手は真上に飛んだ。

 ロクな助走も溜めもないのに、幻晶獣機の頭上をはるか飛び越えるその脚力、反撃を許せば今度はこちらがピンチに陥ることは請け合いで。

 

 

「そう、それを待ってたんだよ……!」

 

 君ならそうしてくれると信じていたよ。

 

 

 

 

 グランレオンは、カルディヘッドほどではないが装備の拡張性が高い。

 ……と、いう体にして農業用のあれこれを装備できるようにしてある。

 例えば、マナ駆動式のチェーンソー。

 削岩用のドリルや杭打機。

 

 そして。

 今日の昼間、開拓するために使ったまま取り外さずに装備しておいた巨大な犂などもあり。

 

「野性……じゃなくて本能覚……でもなくて本農解放!!!」

 

 実はずっと背負っていた犂の向きを変え、頭上を通り越して前方へ突き出る巨大な爪のようになることを、さすがの「彼」も想像していなかったと見えて。

 武器と、間合いと、タイミングと、その全ての変化を完璧に把握し、かわすことはさすがにできず。

 

 

「でええりゃあああああああああああ!!!!」

 

 

 ザン、と初めての快音が確かに伝わり。

 

「……取った!!」

 

 グランレオンが下を潜り抜けたのち、巨大犂改めタテガミクローの斬撃を受けた敵はバランスを崩して、地に落ちた!

 

 

「さあ、いたずらは終わりだ……エルくん」

『……ふふふ、バレていましたか。さすが先輩です!』

 

 と、見せかけて地面スレスレで猫のように体勢を立て直して足から着地するのは、姿を隠すために被っていた文字通りの化けの皮、ギリースーツ状の森林迷彩シートが剥がれた1機の幻晶獣機。

 そして聞こえてきた声はあまりにも耳慣れた、女の子と間違えそうな男の子、エルくんのものなわけで。

 

『騙して悪いですが、仕事なんです』

「知ってた」

 

 予想通りのオチだなオイ!!

 

 

◇◆◇

 

 

『最近、銀鳳騎士団内でも訓練がマンネリしてるような気がしまして。なので、ここらでひとつサプライズと抜き打ちと応用力を試す形の訓練をですね?』

「もっと素直に、自分の鍛えた騎操士と幻晶騎士を相手に戦ってみたかったって言っていいんだよ?」

 

 そろそろ日が沈みつつある頃合いだろうか。藍色が濃くなる空を見上げながら、いまだ森の中でエルくんの種明かしを聞く俺。あー、村に戻ったら何か食べたい。エルくん相手に戦うと腹が減る。

 

『そんなわけで、まず最初のテストケースとして先輩にお願いしようと思って、今回の依頼を出したわけです。いやー、準備が大変でした。近くの騎士団に根回しをしたり、こっそり魔獣っぽさを醸し出して痕跡を残したり』

「趣味のために騎士団まで動かすんじゃありません」

 

 だって、こんな有様だしさぁ!

 どうせなんか裏があるってことは気付いてたけど、完璧に予想通りどころか他の騎士団に渡りつけてまで実行するとか手が込み過ぎてませんかねえ!

 

「はぁ。それで、感想はどうだったねエルくん」

『すっごく楽しかったです!! ……じゃなかった、とてもいい実績が得られました。やはり不測の事態に対して騎操士としていかに対応できるのか、魔獣に対して戦闘のみならず事前の情報収集と周辺調査がどれだけしっかりできるかがよくわかります。先輩の行動はその点完璧でした。これはぜひ定期的に採用するべき訓練です』

「そりゃどうも」

 

 ともあれ、今回の一件で銀鳳騎士団にまた厄介な訓練が追加されたことは間違いない。

 恐れるな団員達。そこは多分俺が既に通った道だ。

 まあでも、サプライズ形式だから俺は二度とやることないだろうけどね!

 

『それはそれとして』

 

 ……と、考えるのはまだ甘い。

 エルくんの俺に対するいささか過大に過ぎる評価を舐めてはいけなかったんだ。

 

 

『幻晶獣機を使っての奇襲スタイル程度ではやはり先輩の訓練にはならなかったようですね。……ということで、みなさんよろしくお願いします!』

「えっ」

 

 突如放たれる、シャレにならない言葉。

 エルくんてばやだなーもー。銀鳳騎士団内でも一番、それすなわち下手するとフレメヴィーラ王国はおろかセッテルンド大陸でもトップレベルの騎操士を相手にタイマン張ってもまだ足りない、とか言ってません?

 

 ガサガサリ。

 森の木々が揺れる。

 広場を取り囲む茂みの中から巨大な影、幻晶騎士が現れる。

 

 

『偽りの依頼、失礼しました。先輩にはここでもっと楽しんでいただきます。理由はお分かりですね』

 

 ぴょいこらぴょん、と幻晶獣機を降りたエルくんの乗り換えたイカルガが正面から出てきて六腕を広げて姿を見せる。

 いや、理由とかさっぱりわからないから。

 

 

『まあ、そういうことだ。どうせ覚悟していたのだろう? 話しても仕方ない』

 

 諦めたら? とばかりに呆れた口調で夕焼けよりも赤い機体、グゥエラリンデが二刀で枝葉を切り払いながら進み出る。左が塞がれた。

 

 

『所詮は騎操士だ。人の言葉も訓練には及ばない』

 

 こちらはめきめきと音を立てて木をへし折りながら、アルディラッドカンバー。よりによって背後、退路を断つのが堅牢で鳴らすエドガーだなんて。

 

 

『先輩とこうなるとは、ですね……。残念ですが、エルくんは私のものです。狩らせてもらいます!』

 

 そして頭上の枝葉を風で揺らしながら高度を下げて来たシルフィアーネ。射撃兵装が充実している空戦機に乗ったアディちゃんに上を抑えられるとか、それなんて悪夢だろう。

 

 

『耕し過ぎるのよ、あんたはね!』

 

 その理由はちょっと理不尽だと思うよ、ヘルヴィ。

 茂みを飛び越して着地から数歩を踏んで、ツェンドリンブルが右手を固めた。

 

 

 全方位、逃げ場なし。

 銀鳳騎士団上位5人がそろい踏みである。

 

「……ご、5対1は卑怯だろ」

『大丈夫です、先輩。僕は卑怯もラッキョウも大好きですから』

 

 絶望に震える俺の声。

 嬉しそうに弾むエルくんの声。

 間合いを計ってジリジリと距離を詰めてくる、5機の幻晶騎士。

 

 

 ……拝啓、故郷の家族たち。

 俺は今日、死ぬかもわからんね。

 

 

「ちくしょおおおおおおおおおおおお!!!」

『ひゃっほーーーーーーーーーーー!!!』

 

 駆けるグランレオン。

 嬉しそうに叫ぶエルくんと、迎え撃つイカルガ。

 左右から挟撃してくるヘルヴィとディートリヒ。

 頭上からはすでに法撃の雨あられ。

 多分背後ではエドガーがこちらをじっくりと観察して、一番来ないで欲しいときに攻めてくる。

 

 敗北は必至。

 それでも俺は、なけなしの度胸と気合と生き残りたいという希望を込めて。

 

 

 このあとめちゃくちゃ実戦形式で訓練した。

 

 

◇◆◇

 

 

 後に。

 銀鳳騎士団内にて「近隣の村に出没する謎の魔獣の調査」ミッションが時折発令され、騎士団内で見込みのある若手が単独でその任につき、古参団員たちに生暖かい目で見守られ、数日するとめちゃくちゃげっそりして帰って来るという事例が伝統行事として繰り返されることとなる。

 

 なお、このミッションが発令される前後でエルくんが退屈そうな様子からめっちゃ生き生きつやつやした表情へと切り替わる様が目撃されているが、特に関連はない。

 ないったらない。

 

 

「うぅ、5人相手の戦闘とかめちゃキツかった……死ぬ……! おら、しばらくこの村でご厄介になって休むしかないね!」

「ダメよ。畑仕事は十分堪能したんだから、しばらくは銀鳳騎士団の仕事しなさい」

「ヘルヴィのいじわる! 鬼! おっぱい!」


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