今しか出来ない事をやろう   作:因幡の白ウサギ

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クオリティはお察し



ひまりお手製魔術アイテム

 

「んふふ〜♪」

 

 最近、家の郵便受けを見るのが楽しみだ。

 

 郵便物が投函された音を聞いて、取りに行こうとする両親を制しながら、ひまりは郵便物を取りに外に出る。

 

 ガルジャムに出ると決めてから、早速応募して早数日。この間、ひまりの朝の日課に"郵便受けを覗くこと"という行動が追加されるくらい、ひまりは案内が来るのを心待ちにしていた。

 なにせ、みんなでバンドを組んでから初めての大規模なイベント出演だ。経験したことの無い事態に不安と興奮が織り交ざり、また、とある物を秘密裏に制作している事もあって、ひまりは連日寝不足だった。

 

「〜〜〜っ!ああ、朝日が眩しい……」

 

 寝不足の目に朝日が沁みる、この辛さは何度経験しても慣れない。……夜更かしは美容の大敵なのだと聞くし、慣れたとしても、それはそれで嫌だが。

 

(でも本当に気持ちいいなぁ。これなら確かに、ちーちゃんと涼夜が朝散歩するっていうのも分かるかも)

 

 まだまだ蒸し暑い陽気が続くが、昼はともかく朝は清々しくて過ごしやすい。あの2人が散歩をしたくなるのも分かる気がした。

 

 私も朝にジョギングとかしてみようかなぁ?

 

 朝の風を感じながら爽やかな汗を流す……うん、悪くない。むしろ良いかも。

 

 そんな事を考えながら郵便受けの前まで来ると、ひまりは心を落ち着かせる為に深呼吸を2回。

 朝の気持ちいい空気を期待感と共に吸い込んで、胸のワクワクと緊張を吐き出して平静を取り戻す。

 

「……よしっ!」

 

 気合いは入れた。後は郵便受けを確認するだけだ。

 そうして新聞を始めとする郵便物の詳細を確認せずに取り敢えず全部ひっつかんで、リビングで新聞を待つ父親のところに戻りながら内容物を確認する。

 

「お父さん宛の手紙とー、新聞とー、後は大きな封筒……」

 

 特に目を引くのは、昨日までで1度も見た事の無い封筒。今は裏面を見ているから大きさしか分からないが、何が入っているんだろうか?

 そんな疑問の中に混ざった一抹の好奇心と共に、ひまりは封筒を裏返した。そしてその表面に記載された内容を読んだ時、ひまりは思わず声をあげた。

 

「あっ!」

 

 

 そんなひまりがメンバーを、つぐみの実家である羽沢珈琲店に招集したのは、それから1時間が経過した後だった。

 

「おっそ〜い!」

 

「ひまりが早いんだよ」

 

 案内が届いたと聞いて、蘭や巴は勿論、涼夜と千聖。そして暇していたらしい日菜まで集まって来ている。

 その中で、ひまりは特に千聖に注目した。一先ずは封筒をテーブルの上に置いて、千聖を上から下までジロジロと眺める。そうしてから言った。

 

「ところでさー、ちーちゃん?その、今日は何で……その服なの?」

 

「なんでって、どうして少し出歩くだけなのにオシャレをする必要があるのよ」

 

 返ってきた返事は、およそ女子らしくはない、だが千聖らしさは感じるものだった。

 思考が完全に面倒くさがりのそれだとか、オシャレの必要は兎も角として髪すら結ばないのはどうなんだとか。色々と言いたいことはあるものの、ひまりは取り敢えず一番目立つ服装にツッコミを入れる事にした。

 

「だからってジャージは色々とマズイよ……」

 

 流れるような金髪を特に束ねる事もせず、更に上下共にジャージ。

 休日にダラダラしているOLみたいな姿の千聖に、ひまりは憤りを禁じ得ない。なぜ千聖は、こうも自らの容姿というアドバンテージを全力で投げ捨てるようなマネをするのか。

 

 これが所謂お節介である事は重々承知しているが、しかし見過ごすわけにはいかない。1度でも見過ごしてしまえば、それを期に千聖がどんどんオシャレから遠ざかっていくのが分かっているからだ。

 どんな事でも、運動を継続するのは大切なのである。

 

「いいじゃないジャージ。機能性抜群なのよ」

 

「ええ……?」

 

「動きやすいし、部屋着にも外にも着ていける。こんな有能な服が他にあるかしら?」

 

「涼夜君は千聖ちゃんに一体どんな教育してるのさ」

 

 ジャージの有用性は置いておくとして、少なくとも花も恥じらう乙女が、胸を張って言っていいことではないのは確かだった。

 日菜は思わずといった感じで呟いた。千聖の情操教育は十中八九涼夜がやっているのだろうが、その涼夜の手腕に問題があるとしか思えない。

 

 日菜の呟きに、ひまりは無言で頷いた。そのまま話題がズレそうだったが、そこで蘭が半ば強引に話題を戻す。

 

「その話は後でいいよ。それより、ガルジャムから案内来たって本当なの?」

 

「あっ、そうそう!これなんだけど……」

 

 千聖の件は後回し(なお、この時点で涼夜共々お説教が確定した)にして、それぞれがコーヒーや紅茶を注文しながら、ひまりの家に届いたという封筒を回し見る事にした。

 

「『ガールズバンドジャムvol.12』出演者招待案内……」

 

「……こりゃあマジモンだね」

 

「だな」

 

「うん……」

 

 やっと来たか。という思いと、本当に来たのか。という思いが混ざりあって、それが沈黙として空気に現れる。

 黙々と書類を読み進めるメンバー達に、思った反応が得られなかったひまりは少し不満げに言った。

 

「……って、ちょっと!もう少し大きく反応してよー」

 

「そんなこと言われてもさ……」

 

 リアクション芸人でもないのに、そんな事を期待されても困る。

 そう心の中で呟きながら、蘭は頼んだブラックコーヒーを1口飲んだ。

 

 ……慣れ親しんだ味を舌で感じて、少し気持ちが落ち着いた。コンビニのコーヒーも悪くはないけど、やっぱり羽沢珈琲店のコーヒーが一番良い。

 この時の蘭は気づいていないが、気持ちが落ち着いた。などと考えている時点で、気持ちが落ち着いていなかった事を自白している。

 

「これが来たって事は、いよいよって感じか。……にしても、会場遠いな」

 

「だねー。まあ頑張って、あたし達は出ないけど応援はしてるよー」

 

 開催場所を確認している涼夜は交通費の試算を始め、日菜は"Afterglow"と書かれた手製っぽい旗をフリフリして応援の意を示している。

 

「なにその旗、もしかしてお手製なの?」

 

「うん。暇だったし、適当にパパーって」

 

 それにしてはクオリティが適当なんて出来ではないように見えるが、日菜だから。とひまりは自分を納得させた。

 何をやっても一流かそれ以上にこなす日菜だ、それくらいなら朝飯前だろう。……今は朝飯後だけど。

 

「ひまり、なにニヤついてんの?」

 

「えっ?いや、なんでもないよ!」

 

 目敏く見つけてきた蘭に、ひまりは内心ドキッとしながらそう答え、誤魔化すように手元のコーヒーを飲んだ。

 まさか、今どき誰も言わないようなギャグもどきで笑っていたなんて言えるはずもない。言ったら間違いなく変な目で見られ、そして日菜に煽られるのまで容易に想像できた。

 

「さて。これが来た事だし、今日からの練習は一層激しくやってかないとな」

 

「時間は有限だもんね。みんなも頑張ってるし、私も頑張らないと!」

 

「モカちゃんも頑張っちゃうよ〜。でも頑張る前にパン買っていい?」

 

「好きにすれば」

 

 こうして目に見える形でガルジャム出演という出来事が確認できたからか、出演する5人のモチベーションがみるみる上がっていく。

 そして、それと同時に危機感も抱いていた。まだ期間はあるとはいえ、こうも明確に日時が提示されると、多少なりとも焦りが生まれてしまう。しかも自分達の上達が分からないから、尚更だった。

 

「じゃあ、今から行く?予約は入れてないけど、空いてるスタジオはある筈だよ」

 

「うん。私はお店の手伝いがあるから、ちょっと遅れるけど……」

 

 故に、今から予定を変更して練習を始めようとするのは当然の帰結だろう。

 しかし、それに待ったをかける者がいた。

 

「ちょーっと待ったー!みんな、練習の前に、これ見て!」

 

「なにー?出演のお知らせなら、もう見たけど〜」

 

「そうじゃなくて……」

 

 それは、ひまりだった。出すタイミングは此処しかない、と確信したひまりは、まだ何かあるのかと注目したメンバーの前に、最近の寝不足の原因を出す事にしたのだ。

 

「じゃーん!実は、お守り作ってきたんだー!」

 

 出されたそれを見て、誰もが目を疑った。そして思う。ひまりのセンスは独特だとは思っていたが、まさかここまで極まっていたとは……と。

 

「最近、裁縫にハマっててね。それで何か作れないかって考えたら……みんなでお揃いのお守り作ればいいじゃんって思いついて!」

 

 それは、ぬいぐるみの筈だ。

 様々な色の布でツギハギされ、目はボタンで表現しているが、大小違う大きさの所為で不安になる顔を形成している。鼻から口にかけての歪みも、その雰囲気を作り出すのに一役買っているだろう。足にあるアルファベットのAとGは、Afterglowから取ったと思われる。

 

「ふふふふふー。我ながら、すっごく良い出来だと思うよ!いやー、私ったら自分の才能が怖いっ!なんちゃってー」

 

 愛嬌の中に凄く不気味な何かが見え隠れする。なんだか怪しげな土産物屋にでも売っていそうなオーラを放っているが、一応ぬいぐるみの筈だ。

 そうであるに違いない、と思いたい。

 

 そんなヤバそうな代物を手作りしたひまりはドヤ顔だったが、黙りこくる皆を見て首を傾げた。

 

『…………』

 

「……あれ?みんなどうしたの?」

 

 

「……ぷっ、くくくっ!」

 

「えっ?!なんで笑うの!?」

 

 最初に反応したのは日菜だった。何がツボにハマったのか、声を抑えながらテーブルに突っ伏してビクンビクンしている。

 それを数分くらい続けた後、日菜は目をキラキラさせながら顔を上げて言った。

 

「あははっ!いいじゃんいいじゃん。なんか、ずるんっ!って感じするよ。

 いやー。まさか、ひまりちゃんにこんなおもしろ特技があるなんて思わなかったなー」

 

「ずるんって何!しかも、おもしろ特技扱い!?」

 

「黒魔術の生贄みたいで……確かに怖い才能だよね」

 

「ええっ?!」

 

 日菜と蘭が代表して酷い反応を返してきた。他のメンバーは何も言っていないが、まあ似たような思いを抱いている事は想像に難くない。その証拠に、全員どことなく微妙な表情をしている。

 

「ああもう、せっかく頑張って作ったのに酷すぎーーっ!」

 

「そうだぞ。折角ひまりが作ってくれたんだし、そういう事は思っても胸の内に留めておくのが優しさだろ?」

 

「ともえぇーー……って、それ巴も似たようなこと思ってるって事!?」

 

「アタシはスネアケースに付けるよ。みんなは?」

 

「その反応は図星ってことでしょ!ちょっと、ねえ!!」

 

 巴は一切ひまりの方を向かない。それが百の言葉より雄弁に巴の答えを表現していて、ひまりと日菜を除く全員が(そりゃそうだよ)と思った。

 だが、ひまりがせっかく頑張って作ってくれた物を無碍にする心ない者は此処にいない。結局、どこかしらにお守りを付ける事にしたのだった。

 

「私はキーボードケースに付けるよ」

 

「モカちゃんはギターケースにしよっかなー。……蘭のギターケースにも付けとくね〜」

 

「ちょっと、勝手に……」

 

「じゃあ何処に付ける?」

 

「………………ギターケースに、自分で付けるから」

 

 ひまりはベースケースに既に付けているから、渡された全員が楽器のケースに付けた事になる。

 しかし、並べられていたぬいぐるみは5体のみ。千聖や日菜の分はなかった。

 

「とりあえず5体までしか作れなかったんだけど……待ってて。暇を見つけて、ちーちゃん達の分まで作るから!」

 

「そう……楽しみに待ってるわね」

 

 ふんすと鼻息荒く意気込むひまりを前に、千聖はそう答える事しか出来なかった。

 なお、その時の千聖は、え?これ付けるの?とでも言いたげな顔をしていたが、ひまりがそれに気が付く事は、幸運にもなかった。

 

 その横で、日菜は再びテーブルに突っ伏して痙攣していた。どうやら千聖の反応にツボったらしい。

 

「ん、こんなもんか。そういえば、ガルジャムって王手レコード会社のお偉いさんが来るとか聞いたけど、あれ本当なのか?」

 

 交通費の試算を終えた涼夜が、掛かりそうな費用を大雑把に計算し終えてから、巴にそう聞いた。

 

「ああ。そういえば、そんな感じの人たちが居たっけな」

 

「むっふふー。もしかしたら私達もスカウトされちゃうかもよ?『私達と契約してメジャーデビューしないか』みたいな感じで」

 

「無理でしょ」

 

 ひまりの妄想を蘭は即座に切って捨てた。にべもない即答に、ひまりは「ちっちっちっ」と指をふりながら言う。

 

「分かんないよ?このライブを期に将来……いや、数年後には超有名人!なんて可能性も残されてるんだから」

 

「メジャーデビューって、それ湊さんレベルまでいって初めて来るような話じゃないの?

 少なくとも、このライブであたし達にスカウトなんて来ないよ。あんな実力無いんだし」

 

「うっ。そう言われると確かに……」

 

 具体例を出しての切り返しに、ひまりも言葉を詰まらせた。あのレベルまで到達しているかと問われれば、それは間違いなくNOだと分かっている。

 

「まあまあ、夢を見るのは良いじゃないか。もしかしたらってさ」

 

「でもさー。メジャーデビューっていったら、あたし達より、あたし達と共演するバンドの方が可能性あるよね〜」

 

「……まあ、そうだよね。そこそこの知名度のバンド多いし、このバンドなんてメジャーデビュー秒読み!みたいなこと言われてるし」

 

 共演するバンドの名前は、それなり以上の知名度を誇るものばかり。自分達とは1回りも2回りも違う人気を誇ってもいる。

 ……それを考えると、なんだか自分達が酷く場違いな気がしてきた。

 

「なんか、今から緊張してきちゃうな……」

 

「なに言ってんの。どこでだって、誰とだって、あたし達はいつも通り演れば良いんだよ」

 

 つぐみを鼓舞するように、蘭はそう言った。そのままコーヒーを飲み終えると、カップを置いて立ち上がる。

 

「行こう、練習」

 

「いってらー。あたしは涼夜君と千聖ちゃんと、もうちょっとここに居るよ」

 

「出演者情報の連絡とかの裏方は、いつも通り俺に任せとけーバリバリー」

 

「やめて、なんかそれ不安になるから」

 

 最後にネタに走った涼夜にツッコミを入れながら、会計を済ませて一足先に外に出た。

 

「……あたしは」

 

(あたしは、今だけを見て生きたい。メジャーとか、家業を継ぐだとか、そんな先の事とは無縁に生きていきたい。今この瞬間、それだけあれば──)

 

 青く澄み渡る空を見ながら、蘭は心の中でそう呟いて手を伸ばす。あの空を自由に飛べたなら、それはどれほど心地よい事か。

 

(…………だけど)

 

 空を横切るカラスが、その羽根を蘭の足下に落として行った。

 

(だけど今、あたしは湊さんを超えたいって思ってる。見たくない筈の先を夢見て、それが欲しいって思っちゃってる)

 

 あの日見た友希那のステージは、今も蘭の内側に強く焼きついている。自分の根幹の何かを揺さぶられる感覚は初めてで、期せずして目の前に現れた壁の強大さを思い知った。

 

 あの場所、あの領域に、いつか自分も。

 

 そんな想いが、いつの間にか胸の内に芽生えていたのを蘭は知っていた。それが、今抱いている願いと矛盾する想いである事も。

 

「ズルいな、あたし……」

 

 自虐の言葉を吐き捨てた蘭の顔には、暗い影がさしていた。

 


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