12/30 一部の訂正と文章の追加
「なっちゃん行くよー!」
「いいよー!」
「怪我しないでねー」
そんな声に釣られて見てみると、さっきまでやっていた砂遊びは飽きたのか、今度は大きなジャングルジムの上からぴょーんと砂場に飛び降りて盛大に砂を撒き散らすという良く分からない遊びで盛り上がっていた。
ところで、その横で見守るつぐみが小さいながらも母親のように見えてしまうのは、つぐみ本人の雰囲気がそうさせているからなのだろうか。
「つぐー。これ見て、泥団子で人間ピラミッド」
「ひまりちゃん、泥団子なのか人間なのかピラミッドなのかハッキリしてよ」
そしてひまりは泥団子をピラミッド状に組み上げ……いや待て、何故お前が幼稚園児みたいな遊びしてんだ。どっちかというと、それはあこの役割だろう。
色んな意味で強烈な自己紹介で良くも悪くもメンバーに覚えられた氷川姉妹。その妹の方、日菜はもうすっかり馴染んでいるようで、あこなんて、もう日菜に"なっちゃん"というジュースみたいな渾名を付けている。
そしてまだ一緒にジャングルジムから飛び降りて笑っている。
『………………』
「……あのさ、そろそろなんか喋ろうぜ」
そして姉の方、紗夜さんはというと、何か言おうと口を開けかけては閉じるという行動を繰り返していた。さっきの日菜によるぼっち暴露テロが効きすぎたのだろうか。
まるでこの周辺一帯だけ音が消えたかのようだ。巴も蘭も曖昧な表情で沈黙している。
そしてモカはさっきから空を眺めて動かない。何故モカの方から時々"じゅるり"みたいな涎を連想させるような音がするのかは分からない。分かりたくない。
「なにか、と言われてもね」
「初対面な人に振れる話題なんて無いんだけど」
「結構な無茶ぶりやめろ」
「......その通りだった、悪い」
初対面で高学年に話題振るとか、確かに俺でも無理だわ。今の俺は昔と違ってハイテンションなキャラであるけど、それでも根本の部分は人見知りであるから、その気持ちはよく分かる。
「じゃあ紗夜さん、なんかないですかね。質問的なの」
「また結構ふわふわしてるわね……でも……そうね。学年も違うのにどうしてこんなふうに集まるようになったのか、とかは気になるわ」
「おっと、そう来たか」
「どう来ると思ったのさ」
「シャラップ蘭。で、集まるようになったわけか。そうだな、あれは今から36万……」
「手短にして」
ツッコまれてしまった。しかし、 それはマグロに泳ぐなと言っているようなものだ。それに俺からネタを取れば何が残るというのか。
「通学路で知り合う。そのままノリで今に至る、以上」
「………………自分で手短にって言って申し訳ないけど、もう少しだけ詳しくお願いできないかしら」
「なら移動しながらでも?」
「移動、ということは場所を移すということ?」
「いぇす。はい全員集合ー」
両手を叩いてパンパン音を出して全員を呼び集める。靴の中に入った砂を地面に落としたりハンカチで濡れた手を拭いたりと、色々フリーダムな面々を前に俺は言った。
「よっし、そろそろ行くぞー」
「りょんりょーん。今日は何処行くのー?」
「久しぶりに山に登るぞ。登山だ、準備はいいか?」
「いいともー!」
「ちょっと待ってください、山登り?」
「山登りだ。ほらあそこ」
ノリノリの日菜に狼狽える紗夜さん。今後もこれがデフォになりそうだ。
俺が指さしたのは、学校の更に向こうにそびえ立つ小山。山といっても地元の人達がハイキングコースに設定したりするくらい坂も緩くて登りやすい。どちらかというと山より丘といった感じの場所。
「まあ、山登りというより丘登りって感じではあるけどな」
「それは別にどっちでもいいですけど、しかし何故……」
「こまけぇ事はいいんだよ!!」
「ええ……?」
強いて言うとするのなら、そこに山があるからかもしれない。つまりはノリと勢い。それ以外にも理由はあるけど、半分くらいはそれが理由だ。
俺の返答(とも呼べないくらい雑な返し)に困惑を隠せない紗夜さん。なんだか一時期の蘭とかつぐみっぽくてちょっと懐かしい。
「それに比べて今は……」
反応に初々しさが無くなって久しい。もう慣れてきたのだろう。受け流し方を憶えたともいうか。
とにかく、弄る側からすれば反応を引き出す難易度が上がったといえる。
「この流れでどうしてあたしがやれやれ、みたいな目で見られるのか全然分かんないんだけど」
「こまけぇ事はいいんだよ!!」
「あ、これ面倒な涼夜だ」
「この涼夜君に構ってもしょうがないし、みんな行こっか」
『おー!』
蘭命名「面倒な俺モード」な俺に代わって今度はつぐみがみんなを取り纏めて先頭を歩き出す。俺を躊躇なく置いてきぼりにするその切り替えの速さは流石だ。
こいつらと出会って1年ちょっと。その間に少しの事では動じない心を得た事を喜べばいいのか、それとも動じない心を得た結果の被害が主に俺に降りかかる事に悲しめばいいのか。
そんな微妙な心持ちとなった放課後だった。
「兄さん可哀想」
「やめてくれ千聖。その発言は俺に効く」
追撃のようによしよしと頭を撫でてくる千聖の優しさは、傷口に塗り込む消毒液のように身に染みた。
つぐみを先頭に歩く一行。俺達は住宅街のド真ん中を突っ切り進んでいる。俺は一番後ろを歩いているが、そこに速度を落とした紗夜さんが近くにやってきた。
「そろそろ聞いてもいいですかね」
「なにを?……って冗談ですよ冗談。そんな目で見ないでください」
あれは今から……さっきも言ったが一年ちょっと前の話か。
前にも言ったが、いい歳したおっさんが小学生の真似事など出来るはずもなく、当初から完全に奇人変人であった俺と、その妹というだけで千聖は距離を置かれていた。
俺は兎も角として、千聖には今後のために友達の1人でも作って欲しかったのだが、当の千聖が俺から一切離れない為にそれも望めなかった。シスコン的には最高に嬉しかったが、しかし兄としては将来が非常に不安でもあった。
「兄さんそんなこと考えてたんだ」
「あの時は本当にどうしようかと思った。千聖はまだ分からんだろうが、大人のぼっちは本当に辛いんだぞ」
「なんで涼夜さんが大人のぼっちの辛さなんて知ってるんですかね」
「おっと、それは聞かないお約束ですぜ」
ソースは俺とか言っても信じてもらえないのは確定的に明らかだし適当に誤魔化す。でも辛いのよ?マジで。
「話を戻すけど、俺は千聖の事が心配だった。だから俺と千聖がコイツらと出会ったのは本当に運が良かったんだろうな」
「懐かしいな。最初はモカが千聖に間違えて抱き着いた事だったか」
「モカってたまにとんでもない事やるけど、あの時が一番びっくりしたなぁ」
巴とひまりも会話に混じってきた。2人も初めの出来事を思い返しているみたいだった。モカの奇行に一番慌てふためいていた2人でもあるし、感慨深いのかもしれない。
「……あれ?お前らだいぶ先に行ってると思ってたんだが」
「話に夢中で気付かなかったのか?前見ろよ」
言われた通り前方に意識を戻すと、ママチャリに乗ったおばさんと何やらお話し中のつぐみが。
「井戸端会議か。つぐみもすっかりママ友扱いってわけだ」
「いやいやいや、違うだろ……多分」
「流石に小学生のつぐをママ友扱いなんてしないでしょー……しないよね?」
俺より古い付き合いの巴やひまりでも思わず疑問符を浮かべてしまうくらい、つぐみのママ力は上昇してきている。53万なんて目じゃないぜ。
「あら、もうこんな時間。おばさんは買い物に行かなきゃいけないから、またね〜」
「さよなら〜」
おばさんはママチャリを走らせて走らせて去っていった。
俺達は事あるごとに街中を走り回っているから、色んな場所に顔見知りの人達がいる。見かける度に変な事をやらかしてる小学生達という認識で、良くも悪くも顔と名前が広まっているのだ。
「今の人は知ってる人なの?」
「え?」
日菜の問いにつぐみは困ったように首を傾げた。……もしかして
「商店街の大掃除をした時にお菓子をくれた人、だっけ。だよね蘭ちゃん?」
「覚えてない」
「おいおいつぐ。あの人は去年のハロウィンにお菓子をくれた人だろ?」
「違うよお姉ちゃん。あのおばさんは給食を作ってる人だよ」
「もー!みんな間違えすぎ。あの人はこの前、スーパーでレジ袋が破けて大惨事になってた人でしょ?」
「お前らェ……」
どれもこれも違うのは、ひょっとしてわざとやっているからなのか?ちなみに答えは毎年夏祭りで綿あめを作っているおばさんである。
そんな感じで騒ぎながらも、俺達は足を止めることなく小山への道を歩き続けたのだ。
◇◇
そうして頂上に着いた時にはもう夕日は傾きはじめていた。一番見頃な時間には間に合ったらしい。
「わあ……るんってくる景色だね、おねーちゃん」
「るんってくるの意味は分からないけど、綺麗なのは確かね」
それほど高くない丘の上から見る景色だが、ここからでも街を見渡して十分に楽しめる。
夕焼けのオレンジが街を塗り替えて、昼間よりは大人びた──しかし夜の顔と呼ぶにはまだ幼さを残した表情を浮かび上がらせているようだ。
「お気に入りなんです、この時間のここ。ちょっと遠いのはネックですけど」
「……何故、私達をここに?」
「なんとなく、今日はそんな気分だったので」
もしかしたら紗夜さんは俺の行動に何かしらの意味を見出そうとしているのかもしれない。しかし、今日俺が氷川姉妹をここに連れて来たのはそういう気分だからであり、それ以外の意図はなにもない。
「そんな理由で?」
「紗夜さんにとってはそんな理由でも、俺が動くにはそんな理由で十分なんですよ。なにせ俺、馬鹿なもので」
馬鹿が深いことを考えても碌なことにならない。なら考えずに思った通りに動いた方がいいだろうというのが俺の考えだ。これはあくまでも持論で、他人に押し付けるようなものではない。
「あなたが馬鹿、ね。とてもそうとは思えないのだけど」
「俺が多少大人びてるからそう見えるだけですよ」
俺は馬鹿だ。そうありたいし、それでいいと常々思っている。これから先は馬鹿で居られない事を身を以て知っているからこそ、それが許される時期では馬鹿でいたい。
……要は1度目では出来なかった事を2度目で行っているだけの話だ。いいじゃん、こんな青春したかったんだよ。
「ねーりょんりょん。あれやってあれ」
「あれ?」
「そうだな……新メンバーも迎えた事だし、いっちょやるか」
見渡せば、ベンチに座ってこっちに注目しているいつものメンバー。そして何が起こるのかワクワクしている日菜と、やはり疑問符の紗夜さん。
「──夕日が照らす時間はとても短くて、その時間は一瞬で過ぎ去っちまう」
そういえば、最初にこれを言った時はまだ青空が見える時間だった気がする。
「俺達はその一瞬を全力で生きる。みんなで馬鹿やって、その一瞬を掛け替えのない永遠へと変えるんだ」
だから蘭や巴から「夕暮れの時に言えばかっこよかったのに」なんて言われたっけな。
「今しか出来ない事をやろう」
公園の砂場遊びをいい歳したおっさんがやると変な目で見られるように、或いは子供が酒や煙草に手が出せないように。物事には出来る時期と出来ない時期が存在する。
「馬鹿げた事をやるグループを作る。グループ名は──」
……まあ、つまるところ
『
今は何も考えずに思いっきり馬鹿をやろうぜ!って事だ。