今しか出来ない事をやろう   作:因幡の白ウサギ

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最近は涼しくなってきた気がしますが、作中はまだまだ暑いです。



(色んな意味で)アツい

 

「ああ……廊下、あっつ……」

 

 今は昼休み。多くの生徒が自分の机と勉強から解放されて、昼食を食べる時間。

 そんな廊下を行き交う人の波に紛れて、蘭は一階を目指して階段を降りていた。その額には汗が浮き出ていて、廊下の気温の高さを無言で物語っている。

 

 廊下を歩いている生徒達は早歩きで、一刻も早く暑い廊下から、冷房の効いた教室へ逃げたいという気持ちが見て取れた。

 もちろん蘭も例外ではない。足は早く、今にも駆け出しそうだ。

 

 本当なら廊下になんて出たくもないが、蘭にはそうせざるを得ない理由がある。

 さりげないどころか露骨にギンギラギンな輝きの直射日光と湿気による蒸し暑さのダブルパンチによって、早々に水筒の中身を飲み干してしまったのだ。

 流石に体育もある午後を水分無しで乗り切るのは無理だと判断したから、蘭は仕方なく飲み物を求めて自販機のある一階に降りているのである。

 

 そんな一階は、廊下より更に暑かった。教室から冷房による冷えた風が漏れ出てくる廊下はまだ耐えられたが、逆に外からムワッとした暑さの風が吹き込む一階は耐え難い暑さで蘭を出迎えた。

 

「うわ……」

 

 蘭が思わず言葉を発してしまったのも仕方ない事だ。

 蘭は、もうとっとと買ってしまおうと早歩きから駆け足に速度を上げた。速度が上がるに比例して身体から汗も出てくるが、一刻も早く教室に戻りたかったのだ。

 

 買いたい物は予め決めてあるから、自販機の前で悩む事は無い。無駄に電子マネー対応のハイテク自販機から目当ての物を買った蘭は、すぐさま踵を返した。

 

「んー……うぼぁーー」

 

 踵を返した蘭が見たのは、呻き声をあげて暑さにやられているとしか思えない日菜の姿だった。自販機が置いてある場所の脇の広場のテーブルに突っ伏している。日菜の他には誰も居なかった。

 テーブルの上が散らかってるから恐らく蘭より前に居たはずだが、それに気付かなかったのは暑さのせいだろう。

 そんな日菜を見て、蘭の脳内に二つの選択肢が現れた。このまま声をかけるべきか、それともスルーすべきか。というものだ。

 

「……帰ろ」

 

 そして3秒も経たずにスルーを決定。こんなバカ暑い時に冷房も無い一階で日菜と絡む?冗談じゃない、そんなことしたら死んでしまう。それは涼夜の役目じゃないか。

 

「うぼぉー……あ、らんらんじゃん。やっほー」

 

 だが、狙ったかのように日菜が身体を起こして蘭を見つけた為に、無視も出来なくなってしまった。

 仕方なく日菜の座っているテーブル席にお邪魔してから蘭は気付く。コイツ、殆ど汗かいてねぇ。

 

「………………なに、してんの?」

 

「はい。らんらんにあげる」

 

 聞けよ。

 思わず(実感がないとはいえ一応は)上級生に乱暴な言葉を発しそうになった蘭は、渡されたチラシの内容を見てその言葉を引っ込めた。

 

「『ガールズバンドジャムvol.12 出演者募集』……?!日菜、これは一体……」

 

「あたし達が拠点にしてるライブハウスのスタッフさんから昨日貰ったんだー。出てみないかって」

 

 そういえば昨日は、紗夜と日菜、あこ、つぐみ、ひまりで練習していたんだったか。

 昨日は色々とあって参加出来なかったけど、中々有意義な時間だったと聞いている。

 

「でもさ、あたし達って……」

 

「まーそうなんだけどさ。でもほら、涼夜君は表に出ないし。対外的にはガールズバンドなんだから良いんじゃない?」

 

 外の人間はAfterglowの事をガールズバンドだというが、メンバーからすれば"Afterglowはガールズバンドなんかじゃない"というのが共通の認識だった。

 それは、Afterglowのリーダーはあくまでも涼夜だというメンバー内での常識と、"涼夜が居るんだしガールズじゃないよね"という蘭の言葉の2つが関係している。

 

「このこと、巴とかモカは知らないの?」

 

「つぐつぐとか、おねーちゃん経由で知ってんじゃないかな。多分」

 

 と、まあそんな屁理屈はさて置くとして、このチラシ。昨日ライブハウスで貰ったという事は、練習に参加していたメンバーは知っているのだろう。

 そして最近はSNSアプリもあるのだし、情報伝達は容易い。例えその場に居なくても情報の共有は一瞬で出来る。

 しかし、そこで問題になるのは蘭に一切話が来なかった事なのだが……

 

「…………ら〜ん〜?アプリ、開いてみよっか?」

 

「ひーちゃんがキレてる」

 

「今回ばかりは堪忍袋の緒が切れたみたいだな」

 

 そんな事を日菜と別れて教室に戻ってから言ったら、ひまりが威圧感たっぷりの笑顔で蘭にそう促した。

 言われるがままアプリを開くと、そこには結構な数の未読メッセージがあり、そこにはちゃんとガルジャムの話が──

 

「だ・か・ら!あれほど確認してって言ってるのにぃ!」

 

「あはは……」

 

 フォロー出来ねぇ……と言わんばかりに、つぐみも苦笑いを隠さない。モカや巴も何も言えなかった。

 蘭が既読スルーは勿論、最近では未読スルーさえ始めるようになったのは知っているから、今回もそうなんだろうなと思っていたからだ。

 

「ごめん、昨日はちょっと色々あってさ」

 

「もー、次からはちゃんと見てよ!?情報が伝わらないのって大変なんだからね!」

 

「まあまあ、ひーちゃんもその辺にして。それより参加するのかしないのかを決めないと」

 

 ぷんぷんと怒ったひまりをモカが宥めて、話題はガルジャムへとシフトする。

 

「ガルジャムっていえば、ガールズバンド界隈じゃあ結構メジャーなイベントだよな」

 

「そういえば巴って、あこちゃんとガルジャム見に行ってたりしてたよね。どうだった?」

 

「一言で言うとアツい。規模、出演者の実力、そして会場の熱気。どれもアタシ達が出て来た学生バンド中心の奴とはケタが違うって感じだった」

 

 その言葉に全員が考え込む。普段のライブハウスとは比べ物にならない広さのステージで、自分達が演奏する姿をイメージした。

 

「…………なんか」

 

「イメージできない」

 

「だよなぁ……」

 

 今までそれなりにライブの経験があるとはいえ、それは学生バンド中心の比較的小規模なイベントばかり。

 ガルジャムのような、その道の人なら大体は知っている規模のイベントには未だに参加した事が無かった。

 だからイメージが出来ない。そんな舞台で自分たちが演奏して、あまつさえ成功している姿なんて。

 

 ……失敗している姿なら容易に想像がつくのだが。

 

「どうする?」

 

「どうしよっか?」

 

 心惹かれるのは確か。これはまたとない機会で、自分達に何度巡って来るか分からない大きな話だ。

 

「この事、涼夜は知ってるのかな」

 

「日菜から聞かなかったのか?さっき会ってたんだろ」

 

「聞き忘れた」

 

「おいおい……」

 

 しかし、大きな話だからこそ自分達だけで決めていいのか。という考えが頭をよぎる。

 

「まあリーダーの事だし、あたし達がやりたいならやろうってスタンスだとモカちゃんは思うよー」

 

「そうなるだろうね。でも一応、メールで聞いておこうか?」

 

「つぐ、おねがーい」

 

 つぐみがスマホでメールを送る傍らで、蘭はチラシを手に取った。

 

「……」

 

「どうした?」

 

「いや、あの人……湊さんは、これより大きなイベントを目指してるんだなって思って」

 

「FUTURE WORLD FES.だよね。アレに出るって公言するのも凄いけど、それに出られそうな実力を持ってるのも凄いよね」

 

「私達じゃあ夢のまた夢の舞台だもんねぇ。本当、あこがれちゃうなー」

 

 チラシから目を逸らさず蘭は頷いた。その姿を見て、ひまりやモカは苦笑しながら顔を見合わせる。

 

「随分とご執心みたいですな〜」

 

「…………別に。そんなんじゃないし」

 

「照れなくても良いよー。うりうりー」

 

「ちょ!止めてよ!?」

 

 モカが面倒臭い絡み方を蘭にしているのを、3人は生暖かい目で見ていた。

 友希那と出会ったあの日から、蘭が友希那を意識しているのは誰から見ても明らかだった。本人は隠そうとしているが、しかし全く隠せていない。

 

「そっ、それより!あたし達はどうするかを先に決めとこうよ。それくらいは決めとかないと、話進まないでしょ」

 

「もーう、蘭は誤魔化し下手だなぁ」

 

「まあまあ、モカもその辺にして。蘭の言う通りでもあるんだしさ」

 

 ちょいちょいと蘭の頬をつついてキレられるというやり取りをしたモカが椅子に座ったところで、5人は改めて考え始めた。

 

「私は出たいか出たくないかで聞かれたら、出たいかな」

 

「アタシもだ。せっかく薦めてくれてるし、チャレンジしてみるのもアリだと思う」

 

 つぐみと巴はそう言って、3人はどうする?と目を向けた。

 

「いいんじゃない」

 

「蘭が出るなら、あたしも出るよー」

 

「私も出たい!」

 

 その3人も肯定と共に頷き、ひまりが立ち上がった。

 

「そうと決まれば、今日からの練習はより頑張らなきゃ!」

 

「だね。もっと気合い入れないと」

 

「うんうん、頑張ろうねみんな!えい、えい、おー!」

 

 ひまりが拳を突き上げながらの号令は、後に誰も続かなかった。ただただ微妙な空気で沈黙する4人に、ひまりは手を子供みたいにばたつかせた。

 

「……って、ちょっと!みんなも言ってよー!」

 

「…………流石に教室の真ん中でそれは嫌かな」

 

「あっ」

 

 蘭の指摘で自分達が何処で話をしていたのか、それに気付いたひまりは顔を真っ赤にして着席。そしてその後に、さっきよりは幾分か声を抑えながら言った。

 

「………………まあほら、それはそれとして」

 

「ひーちゃん顔真っ赤〜」

 

「モカシャラップ!ちょっとで良いから涼夜みたいにノッてよ!」

 

「涼夜のノリをアタシ達に求めるのは酷くないか?」

 

 普段の涼夜は子供っぽいを地で行っている。昔よりはだいぶ落ち着いてきている(本来の性格に戻っているとも言う)ものの、それでもまだ日菜やあことバカ話で盛り上がれるくらいには子供だった。

 

「ええー?そうかなー」

 

「ひまりは置いておくとして。つぐみ、返信来た?」

 

「あ、うん。来てるよ」

 

 蘭酷いっ!とひまりの抗議をスルーしながら、つぐみがメールの文面を読み上げる。返信には『放課後に詳しく話せないか?』と書いてあった。

 

「……後のことは涼夜と話して決めよっか」

 

「だな。そろそろ昼休みも終わるし、この話はまた放課後にだな」

 

 取り敢えず話はそこで切り上げ、5人はそれぞれ自分の席に戻っていった。

 

 

 そして放課後。

 

「良いんじゃないか?」

 

「か、軽い……」

 

「もっと反応してよ〜」

 

 参加するという意思を伝えたところ、帰ってきた返答がこれだった。分かってはいたものの、やっぱり軽い言い方にモカがツッコミを入れてしまうのは仕方ないだろう。

 

「と、言われてもな。俺は会場までの道を調べるとか移動に掛かる費用計算とかしか出来ないし、実際にやるお前達が良いなら異論は無いんだよ」

 

 Afterglowにおける財政面のフォローはほぼ全て涼夜の管轄だ。バンドに加えて部活や委員会なんかで時間の取れないメンバーに代わり、"せめてこういうので役に立たないとな"と調べて教えてくれている。

 いま拠点にしているライブハウスも、近所のライブハウスの料金比較表を彼が作ってきて、その中で1番費用と設備のバランスが良さそうな場所だから使っているという経緯があった。

 

「日菜はどうだ?」

 

「あたしはパスー。そういうの興味ないし」

 

「そっか。じゃあ、あこは……」

 

「どうだろうな。最近は家でも湊先輩の話が多いし、あの人って確かバンドのメンバー探してたよな?そっちに行くと思うんだ」

 

 日菜は不参加を表明。巴曰くあこも最近は友希那に夢中っぽいから微妙なところだし、紗夜は言わずもがな。

 つまり参加が確実なのは5人のみという事になる。

 

「まあ必要な楽器の担当は揃ってるんだし、このまま5人でも問題ないな」

 

「まあねー」

 

「ところで、今日は蘭は来てないんだな。何か用事か?」

 

 いつもなら、ほとんど毎日練習に来ている蘭は居なかった。なんか珍しいなーと涼夜は思いながら、コンビニで買ったアイスコーヒーで喉を潤す。

 

「さあ……?聞いてないから分かんないけど、家の用事とかじゃないか?」

 

「蘭の家って、確か由緒ある華道の家だっけか。きっと大変なんだろうな」

 

 何も聞いていないらしく、巴もモカも分からないようだった。蘭が何も言わないのは本当に稀なので、つまりそのくらい大事なことなのだろう。

 

 ストローがズズっと音を立て、コーヒーブレイクの終わりを告げた。

 


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