遅くなって申し訳ないです。代わりに少し長めだから許してクレメンス。
「うーん……」
ひまりが千聖の周りをゆったりとした足取りでぐるぐる回っている。
「うーん……」
うんうんと呻きながら、スマホの画面と千聖を交互に見ていた。さっきからずっと、ひまりはこの調子で延々と回り続けている。
「うーーん……」
何を思ったか、途中で回るのを止めたかと思うと、今度はクローゼットを開けて千聖の服を丁寧に物色しながら呻くのを止めないひまりは凄く不気味に見えた。
いや待て、なんでさも当然のように物色してやがる。
俺が止めようとした瞬間、ひまりは我慢できないとでも言いたげに叫んだ。
「……もったいない!」
「なんだいきなり」
「ちーちゃんは勿体ないよ!せっかく可愛らしい見た目してるのに、オシャレに無頓着すぎる!」
ビシッ!と効果音が付きそうな勢いで指さしたひまりを、俺達は怪訝な目で見つめた。
アポなしで来るなり何を言い出すかと思えば、オシャレについての文句とは。
「オシャレならしてるじゃない。ほら、このネックレス。兄さんが去年の初めての給料で買ってくれた物よ」
「安物なんだけどな。高校生のバイトの給料って高が知れてるし」
「そこまで的確に補足してくれなくても良いけど……ってそうじゃなくて!服、服の方だよ!どう見たって、あり合わせで着ました感が丸出しじゃん!!」
「あり合わせで良いじゃない。楽だし、動きやすいし、不満は無いわ」
千聖は本当にどうでもよさそうな様子で俺の膝の上に座っている。手近な物から適当に掴んで着ました感丸出しの服装に長い金髪をポニテにするスタイルが、最近の千聖のお気に入りらしい。
「涼夜も何か言って!ちーちゃんの可愛さは適当じゃ引き出せないよ!」
「なにか問題でも?」
今のままでも十二分に可愛いし、俺自身が流行に疎いのもあって口出し出来ない。
「もー!涼夜がそんなんだから、ちーちゃんがいつまで経ってもオシャレしないんじゃん!」
「……いきなり施設に来るなり、なんてこと言い出すのかしら」
今日は休日。俺も千聖も部屋でボーッとして、休みを満喫していた所に突然ひまりが来襲。あまりに突然、かつ意外すぎる人物の来訪に取り敢えず部屋に迎えたのだが……帰らせた方が良かったな、これは。
「とにかく!ちーちゃんは見た目は良いんだから、それを活かすオシャレしないと勿体ないよ!」
「……あのね、ひまりちゃん。オシャレするには、相応にお金が掛かるって事を分かってて言ってるのよね?」
千聖の声に怒気が宿る。俺達の現状を知っている筈のひまりが、無責任にそんな事を言い出したのが癪に障ったのだろうか。
「私達に余裕は殆ど無いのよ。施設を出てから生活する為の貯金は絶対に必要だし……」
「千聖が進学するための入学金も必要だしな」
俺は高卒で働くが、千聖にだけは何としても進学して貰いたい。この国が未だに学歴社会である以上、大学を出ているかどうかがスタートラインと言っても過言ではないからだ。……まあ、有名所でなければ意味は殆ど無いだろうけど。そこは千聖に頑張ってもらうしかない。
学費は奨学金使えば何とかなる。あまり良い選択ではないけど、背に腹は変えられないから仕方ないのだ。
そんな俺達の事情は、付き合いの長いひまりが分かっていない筈がないんだが……。
「それはもちろん分かってるよ。ちーちゃん達と何年の付き合いだと思ってるの?事情はしっかり把握してますとも!」
だ・か・ら!と、ひまりが俺たちに突きつけたスマホの画面には、知らない店の店舗情報が乗っている。
「これがなに?」
「今、女子達の間で話題のお店なの!安い、種類が豊富、安い、そして何より安い!お金が不足しがちな女子高生達の救世主!それがここ」
「安いって3回も言ったぞ」
「それくらい安いってこと。ここはね、激安の殿堂といっても過言じゃないんだよ!!」
場所は……駅の西口の方か。普段は東口側しか使ってないし行く必要も感じられなかったから、西口側には行ったことが無いんだよな。
「……もう言いたい事は何となく分かるけれど、つまりどういう事なの?」
「行くよ、今から!」
「嫌よ」
即答だった。ひまりが言い終わらない内から拒否するくらいの早さだった。
「なんでー!?行こうよー」
「どうせ着せ替え人形にするつもりでしょう。お見通しなのよ」
「ゔっ!?それは……そうだけど。でも仕方ないじゃん!ちーちゃんが可愛いのが悪いっ!!」
「もう帰ってくれる?」
早々に開き直って着せ替え人形にすると宣言したひまりに、千聖は露骨なくらい不快感を顔に出していた。ゴミを見る目って、こういう時に使う表現なんだろうな。
「いやいやいや、ちょっと待ってよ。2人とも多分このお店知らないだろうなーって思ったから、私は善意で安さのお裾分けに来たんだよ?それなのに、こんな酷い仕打ちをするなんて……」
「でも下心はあるのよね」
「それは勿論!」
「元気に言う事じゃないだろ」
……まあ理由は兎も角として、本気で良かれと思ってくれているのは確かだ。ここはその好意に甘えるべきだろう。
「分かった、行こう。いつかは服だって新調しなくちゃいけなくなるんだし、その時に安い場所を知ってるかどうかは大事だ。
…………まあ、着せ替え人形にされる千聖が良ければ、だけどな?」
ちらりと千聖を見ると、渋々といった感じで頷いた。内心は嫌なんだろうけど、少なくとも、もう露骨に表面には出していない。
「…………分かった、行くわ。兄さんの言う通り、いつかは買い替える必要もあるものね。着せ替え人形は本当に、ほんっとうに不本意だけれど」
「さっすが2人とも、話が分かるぅ!」
余所行きの服とかも無いよりは有った方がいいだろうし、本当に安いなら今後ちょくちょく利用すればいい。なんにせよ、見てみない事には始まらない。百聞は一見にしかず、だ。
「でもひまりちゃん?釘は刺しておくけれど、あんまりしつこくやるのならすぐに帰るからね」
「も、もっちろん分かってるって〜。じゃあ決まりだね!先行してる巴を待たせるのも悪いから急ごっ!」
「そういう事は先に言ってくれないか?」
俺、今は部屋着だから着替えなきゃいけないんだが。
そうしてやって来た駅の西口の方は、普段から使っていないだけあって見慣れない。ひまりはスイスイ行くから、きっと相当足繁く通っているのだろう。
「混んでるな」
「まあね。女子高生達の人気ショップだし」
ひまりから聞いていた通り、ここは女子高生に非常に人気らしく、客は見た限り全員が高校生らしき年の女子ばかりで気まずさが半端じゃない。
しかも今日は休日。そりゃ混むに決まってる。もしかして、うちの高校の奴もいるんじゃないだろうか?
「お、来た来た。遅いぞー、こっちは準備万端だ」
そんな人混みの中でも、巴は割とすぐに見つかった。巴自身が身長的な意味で目立つからだ。
"分かりやすくて助かる" "生けるランドマーク"とはモカの言葉である。
「ごめんごめん。2人の説得に手間取っちゃって」
「…………巴ちゃん?まさかとは思うけれど、そのカゴの中の服、全部私が着るの?」
そんな巴が手にしたカゴには結構な量の服が入っている。事前に用意していたらしいが、なんか凄い量なんだけど……。
「当たり前だろ。今日は千聖の服をコーディネート出来る日なんだから、今まで貯めてたアイディアを全放出しなきゃな」
あっ。巴の目がこれまでにないくらいキラッキラしてやがる。そしてそれとは対照的に千聖の目が暗くなっていく。
……この量は1日で終わるのか?
「おっけーおっけー。じゃあ早速やろっか。時間も有限だし……ちーちゃんカモン!」
「やっぱり来るんじゃなかった」
試着室に放り込まれながら千聖が言った最後の言葉がそれだった。うっきうきで服の組み合わせを選んでるひまりと巴は楽しそうだが、注意はしておくか。
「程々にな」
「分かってるよー。程々に、安く、そして可愛く仕上げちゃうから待っててねっ!」
「ああ。予算の事も考えて、なるべく安く済むようにチョイスしてるからな!」
ああ、ダメだこれ。話を聞いてるようで聞いてない。目がキラッキラしてやがるし、頭の中は千聖をどうコーディネートするかしか考えてないとみた。
「……すまん千聖。非力な兄を許してくれ」
半ば現実逃避気味に周囲を見渡せば、なるほど、ひまりが言う通り服の種類は多いみたいだ。この種類の多さと安さで女子高生達を引き寄せているのだろう。
「ちーちゃん着れた?」
「ええ、一応……」
「じゃあ開けるよ。オープン!」
試着室のカーテンがバサッと開かれ、中から巴チョイスの服を着た千聖が現れる。
…………なるほど。
「上着は何で切れ込み入ってるんだ?」
「やっぱり兄さんも気になる?」
何より最初に目に付くのは、切れ込み入れて無理矢理広げました感のある上着の袖の部分。そこは上から透明な素材で覆ってるから実際は半袖と変わらない感じみたいだが、目立つ事に変わりはない。
「そういうデザインなんだよ。千聖は肌白いし、多少は露出した方が魅力として活かせると思ったんだ」
「でも、ちょっと派手じゃないかしら?」
「アタシからすればまだ地味すぎるぜ。もっと腕にアクセサリー付けるとかさ」
「最近の若い人の感性は分からん……」
ファッションは移り変わりが激しい物と理解はしていても、現実にこういう服を見るとやっぱり驚いてしまう。古い人間には変に見えてしまうなぁ。
「それで下はスカートか」
「涼夜から昔に聞いたのを思い出してさ。千聖がスカート履いてるのは、学校の制服を着てる時だけって。だから着せてみたけど、今もそうなのか?」
「ええ、苦手なのよ。捲れないように注意しなきゃいけないし、冬は寒いし」
「勿体ないなー。ズボンもダメとは言わないけど、いまこうして履いてるのを見ると、やっぱ千聖はスカートが似合うよ」
「だからって、いきなり膝上の短い奴を履かせないで」
膝下のスカートですら嫌そうにしていた千聖からすれば、膝上なんて絶対に履きたくない物の筈だ。
でも渋々履いてるのは、そうしないと解放されないから仕方なくだろう。前に着せ替え人形にされた経験が生きている。
そして巴も、それを分かっててチョイスしたに違いない。笑みが若干悪どい。
「涼夜はどう思う?アタシ的には上手くコーディネート出来たと思うんだけど」
「ああ。可愛いし似合ってるぞ」
流行りのファッションなんかは全く分からないが、風も吹いてないのに顔赤くしてスカート押さえてる千聖も凄い可愛いし、この服は千聖に似合ってるしで良いんじゃないだろうか。
「だってさ。良かったな千聖」
「兄さんに褒められたのは嬉しいけれど……うう、やっぱりスカートは慣れないわ」
「むむむ、やるね巴。私も負けてられない!はい、ちーちゃんこれ着て」
ひまりが渡したのは、濃い青色と白のワンピース。これまた膝上っぽい丈の長さで、千聖は露骨に嫌そうな顔をした。
「どっちを先に着るの?」
「どっちでも良いよ。どのみち両方着るんだから」
「…………まあ、そうよね」
2着持たされた千聖が再び試着室のカーテンを閉めると、千聖が出てくるまで俺達は暇になる。
「悪いな、急に呼び出しちゃって」
「別に構わねえよ。千聖と2人で暇してたし、この店も知れたし。……まあ、ちょっと急だとは思ったけどさ」
「それは悪いと思ってる。今日が月1回のセール日なのを忘れてたんだ。会員用のメールで思い出したから急遽来て貰ったんだけど……」
「だからこんな混んでるのか」
まだお昼前だっていうのに、もう大変な人の量だ。ひまりから人気店だと聞いていたから人混みは気にしなかったが、この量はセールがあるからなのか。
「これからもっと混むぞ。午後は地獄だ」
「普段も混んでるけど、セール日は特に混むからね〜。特売とかセールって言葉には弱いのは女の性なのかも」
「着れたわ」
今度は控えめに開かれたカーテンの向こうから、ひまりチョイスの濃い青のワンピースを着た千聖が出てきた。
「うんうん。ちーちゃんの雰囲気とワンピースの色が合わさって、なんか良いとこのお嬢さんって感じで似合ってる!」
「見た目だけはね。実際は孤児の貧乏人よ」
「命が有って五体満足なだけマシだけどな」
「おい、反応に困るから唐突に重いこと言うの止めろ」
あっはっはと俺達はネタにして笑ってるけど、傍から聞けばタダの真っ黒すぎるジョークだ。今の発言の後、心なしか周囲から距離を取られたような気がする。
「2人にしか笑えないし、そもそも笑える事じゃないよそれ……」
「どうした?笑えよひまり」
「良いのよ、私達は気にしないから」
一歩詰めると、ひまりが1歩下がる。その反応が面白かったので、千聖とアイコンタクトを交わしてひまりを弄ろうとしたら、巴が軽く手を叩いて俺達を止めた。
「はいストップ。ひまりを弄るのは後にして、今は早く次のに着替えてきてくれないか?まだ結構残ってるからさ。ほら、次はこれだ」
「助かっ……ちょっと巴!どさくさに紛れて私チョイスの白ワンピをスルーしないでよ!」
流れるような手つきで千聖に出された服を、ひまりはツッコミを入れつつ追い返す。追い返された巴は特に悪びれる様子もなく服をカゴに戻した。
「ちぇっ、バレたか」
「もー、なんでバレないと思ったの?あ、ちーちゃんはそっちの白いの着てね」
「はいはい……」
試着室に引っ込んだ千聖を再び待つ。それほどの時間は掛からずに、白いワンピースの千聖が現れた。
「こっちは肩出しか」
「うんうん、ちーちゃんには白も似合うなー。着てみてどう?」
「凄いスースーして落ち着かないわね」
「すぐ慣れるから大丈夫だよ」
こっちは大胆に肩とか鎖骨とかを露出させたタイプで、夏にピッタリの涼しそうな感じだ。今まで千聖が着てこなかったタイプの服だからか、なんだか凄く新鮮な感じがする。
「はい涼夜、こっちの服の感想は?」
「モデルみたいだな」
「だって!良かったね、ちーちゃん」
「そうn……へくしゅん」
言葉を止めてくしゃみをした後、千聖は少し身体を震わせた。
「……次の服、早く頂戴」
「あ、ああ。次はこれとこれだな」
今度は巴が選んだ服を受け取って試着室のカーテンが閉められる。千聖がくしゃみをした原因は、きっと店内の効きすぎた冷房だろう。
空気がキンッキンに冷えていて、じっとしてると半袖シャツでも寒さに震えそうなほどだ。千聖は露出度が高いワンピースだったから、余計に寒かったに違いない。
「良く見たらこの試着室、冷房の風がストレートに当たる場所じゃん」
「ああ、だからここだけ空いてたのか。アタシもおかしいなーとは思ってたんだけど、冷房のせいだったんだな。気づかなかった」
「いやいや、ここに立ってても結構寒いんだけど…………まあ、巴だしな。仕方ないか」
「冷房に関しては巴って本当に頼れないしねぇ……」
それに加えて、試着室にダイレクトアタックする冷房の風。感覚が狂ってる巴は平気だろうけど、俺達はそうもいかない。
……にしても寒いな。
「2人とも、ちょっと席外していいか?」
「いいけど、なんでだ?」
「財布に金が無いからさ、そこの銀行まで」
嘘は言ってない。服を買うには心もとない金額しか財布には入ってないからだ。
だけど、冷房で冷えきった身体を外で一旦リセットしたいという気持ちもあった。
「じゃあ私も行くわ」
「うわっ、ちーちゃんいつの間に」
「ていうか早っ」
私服に戻った千聖はさっき渡された服を巴に返しながら、俺の腕にくっついてきた。
「行きましょう兄さん。一刻も早く、さあ」
ぐいぐいと腕を引っ張って連れて行こうとする千聖。『さっさと帰りたい』という気持ちを隠していない。
「まあ待てよ」
そんな千聖の肩に巴が手を置いた。その置き方こそ気軽なものだが、雰囲気は有無を言わさぬものを纏っている。
「代金ならアタシとひまりで出すよ。なぁ、ひまり?」
「そうそう。後で払ってもらえれば気にしないよ」
「えっ。いやでも、それは2人に悪いと思うのよね」
千聖が必死に巴に向かって言っているが、巴は頷こうとしない。その目からは、「逃がしてたまるか」という意志がありありと見て取れた。
「あっはっは。そんなちっちゃい事は気にするなよ、アタシ達の仲だろ?」
「親しき中にも礼儀ありって言葉もあるし……」
「ちーちゃーん♪」
ひまりが猫なで声と共に肩に手を置く。両肩に手を置かれ、言いようのない覇気に当てられたのか、千聖が酷く怯えるという珍しい光景が繰り広げられていた。
「はいストップ。流石に見過ごせないぞ」
ある程度までは黙ってるけど、これは流石に行き過ぎだ。これ以上は兄として見逃せない。
「ちぇー」
「ちぇーじゃない。全くお前ら……千聖の服のことになると目の色変えやがって」
「こんなに素材が良いのに、それを活かさないなんて世界の損失だぞ。例え僅かでも手を掛ければ千聖は化けるんだ」
……巴が言っている事も、まあ分かる。千聖はなんて言うか、元がいい。本人は無頓着だけど元がいいから許されてる感がある。
「……まあ巴の言う事も分かるよ」
「だよな?!」
「なあ千聖。昼飯までの時間、付き合ってやれないか?もちろん、嫌なら良いんだけど」
俺の育て方が悪かったのか、千聖はオシャレに欠片も興味を示さない。それは女子として、ちょっと問題あるだろう。
女子力高めな巴とひまりから、多少なりともオシャレに関する興味みたいな物を得てくれればと思っている。
「………………分かったわ。でも、お昼ご飯の時間までよ。それ以上は絶っ対に嫌だから」
「よしっ!じゃあ千聖、早速だけどこの服を……」
「ちょっと待って。巴、ちーちゃんはこっちの方が似合うよ!」
「……本当に、分かっているのよね?」
渋々と頷いた千聖の着せ替えショーは、時間が来るまで休みなく続いた。
ちなみに千聖ちゃんの衣装は
①『祭』って書かれたTシャツとジーンズ(ありあわせ)
②ゲーム☆1の普段着(最初の巴チョイス)
③☆3『真っ白な居場所』特訓前イラストの衣装(ひまりチョイスの濃い青のワンピース)
④『真っ白な居場所』特訓後の衣装(ひまりチョイスの白ワンピ)
なイメージで書きました。