今しか出来ない事をやろう   作:因幡の白ウサギ

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お待たせした割りにクオリティは……お察しです。



進む者、止まる者

 

 Afterglowという単語は、アタシのように普通に生活してる女子高生の耳にも入ってきている。……とはいっても好意的な物では、あんまりないけど。

 

 この近辺でアタシ達が小学生くらいの頃からずーっと活動し続けているという、変な子供達の集まり。あるいは行き場の無い子供たちの溜まり場。そんなふうに言われている。

 普通の子供ではやらないような事をやっていて、多くの大人から気味悪がられてるっていうのは結構有名な話だ。

 

 とても助かってるっていう好意的な意見も有るらしいけど……全体的に見れば、やっぱりネガティブな意見の方が目立つ。

 

 ここまで具体的な情報は知らなくても、親から名前くらいは聞いたことがある、程度の人もいるだろう。

 とにかくAfterglowという名前はそれなりに知られている。どちらかといえば、悪い意味合いで。

 

 そんな場所に友希那が居る。個人的には真面目を地で行く紗夜が居るのも驚きだけど、それ以上に友希那が心配だった。

 名前が同じなだけの別バンドとは考えなかった。だって、紗夜がギターをやっているAfterglowをネットで探したら、やがて上の話に行き着いたから。

 

「紗夜、今ちょっと時間いい?」

 

「今井さん?」

 

 休み時間、アタシは急いで教室を飛び出して紗夜の居るクラスに向かった。

 紗夜はアタシを珍しい物を見るような目で見ていたけど、それは仕方ない。だって、昨日までのアタシなら紗夜に話しかけようなんて思わなかったんだから。

 

「聞きたい事が、あってさ。ちょっと場所変えない?」

 

「……ふむ。別に構いませんが、次の授業もありますから、なるべく早めに」

 

「わーかってるって」

 

 アタシは紗夜と、強い日差しが当たらない階段のロータリー近くまで場所を移す。

 

「今井さんが聞きたい事とは珍しいですね、なんですか?」

 

「いや、そんなに大した事じゃないんだけどさ……」

 

 言おうとした瞬間に友希那の後ろ姿を廊下の向こうに見てしまって、思わず口ごもる。

 これは友希那の問題なのに、アタシが口を挟んでいいんだろうか?そんな思いが駆け巡った。

 

「……友希那が、Afterglowに参加したって聞いてさ」

 

「ああ、そういう事」

 

「うわっ!?」

 

 急に背後から声を挟まれたから振り向いたら、アタシと鼻先がくっつく場所に日菜の顔があった。

 

「あははっ、リサちー面白い反応だねー」

 

「日菜。どうして此処に?」

 

「んーとね。リサちーが難しい顔で出てったから、楽しい事があるのかと思って尾行してきた」

 

 アタシがバクバク鳴っている心臓を落ち着かせている間に、アタシを挟んで紗夜と日菜の2人が会話している。

 そして尾行してきた、と言った後に今度はアタシに声を掛けてくる。

 

「ところでリサちー、それを確認してどうするの?」

 

「どうって……」

 

「リサちーには関係の無い話だよね?」

 

 うぐっと思わず言葉を詰まらせる。確かに、これはアタシのお節介というか、自己満足に分類される行為だ。

 

「友希那は……ちょっと子供っぽいからさ。迷惑かけてないかなって」

 

 違う。本当に聞きたいのはこれじゃない。だけど、それはいきなり聞ける事じゃなかった。"変人達の中に入れられて、友希那に悪い影響は出ないのか"だなんて、アタシが聞かれたら間違いなく良い気分はしない質問だ。この2人なら……どうなるか分からない。

 アタシの質問で友希那の立場が悪くなるかもしれないと思うと、アタシのエゴで友希那に迷惑は掛けられなかった。

 

「昨日の今日で迷惑なんて掛けようがないって。ねえ、おねーちゃん?」

 

「そうね」

 

 建前の質問に答えた2人を見て、アタシは心の中を悟られなかった事に安心していた。

 普通に考えたら付き合いの浅い2人に心を読まれるなんて有り得ないんだけど、出来ても違和感がないくらい2人は何でも出来るから、不安だったんだ。

 

「あはは、まあそうだよね。ごめんね、変な事で時間使わせちゃって」

 

 とにかく、今は一旦引き下がろう。そう思って歩こうとしたら、前と後ろから片手ずつ、両肩をガシッと掴まれて動けない。

 

「さ、紗夜?日菜?もうそろそろ次の授業が始まるから、アタシも戻らないと……」

 

「それで」

「で」

 

 アタシの声を遮るように、前後から同じタイミングで同じ言葉を放った。

 

「「本音は?」」

 

 前後を紗夜と日菜に挟まれた今の状況が、どうしようもなく詰みなんだと気がついたのは、この時になってだった。

 気づかれないように背後を取って、自然な流れで話に入って逃げられないように場所を取る。振り返れば、無駄な行動は何一つ無い。アタシの行動なんて、2人には最初からお見通しだったんだろう。

 

「ほ、本音って……やだなぁ〜。まるでアタシが別の事を聞きたいみたいじゃん」

 

「…………」

 

 紗夜、お願いだから何か喋って。

 風紀委員の眼光で見つめられると、思わず全部自白したくなるくらい精神に負担が掛かるから。

 

 まるでアタシを見定めるように見られて体感で1時間、しかし実際には1分も経ってないくらいで、紗夜は息を軽く吐いてアタシから目を逸らした。

 

「……まあ良いでしょう。もう休み時間も終わりですし、今はここまでで」

 

「そ、そうだよね。じゃあアタシはこれで……」

 

「ところで今井さん。話は変わりますが、お昼休みに私達と一緒に食事をしませんか?」

 

 た、助かった……

 と、思った直後に再びの爆弾発言。一難去ってまた一難って、まさに今のアタシにピッタリな言葉だ。

 

「え!?えーーっっと…………」

 

 本当は断りたい。でもここで断ってしまうと、何かあると認めてしまうようなもので、つまりアタシに拒否権なんて最初から存在しなかった。

 

「……うん。分かった」

 

「では決まりですね。日菜、後で今井さんを案内してあげて」

 

「はーい。おねーちゃんの仰せのままに〜」

 

 こんなにお昼休みが来て欲しくないと思ったのは、これが初めてだった。

 

 

 

 

 何処となく気落ちした様子で教室に戻るリサの背中を見ながら、紗夜はリサがどんな目的で接触してきていたかを大まかに察し終えていた。

 

「……湊さんは、良い友人を持ったわね」

 

 Afterglowというグループ名がどういう意味を持っているか、それを紗夜は当然理解している。だからこそ、リサの考える事は手に取るように理解出来た。

 

「心配だったんだろうねー。騙されたんじゃないかって」

 

「でしょうね」

 

 友希那は純粋そうだったし、騙されるとか、そういう考えは存在しなかったのだろう。その分だけリサが気を張っている感じだと分析していた。

 

「それを言わなかったのは、流石に失礼だと考えたか。それとも別の目的があったか。…………まあ、ほぼ間違いなく前者でしょうけど」

 

「リサちーって見た目に反して常識人だもんねー。なんであんな見た目してるんだろう?あれじゃあチャラそうって思われても仕方ないのに」

 

「趣味嗜好は人それぞれよ。他人が兎や角言うものじゃないわ」

 

 見た目は今どきのギャルっぽいのに、その中身は普通だ。ちょっと背伸びしてるだけの女子高生という言葉が当てはまるだろう。

 紗夜は思う。趣味嗜好には兎や角言わないものの、もう少しスカート丈をちゃんとしてくれれば良いのだが……と。

 

「それでリサちーの事、どうするの?」

 

「どうするも、こうするも無いわ。放っておくわよ」

 

 今のところは警戒されているだけで害を及ぼしていない。だから何もしない。向こうがアクションを起こすのなら、それに合わせてやればいい。

 そんな考えの元、静観という答えを紗夜は出した。そしてそれは日菜も分かっていたのか、大して驚かずに頷く。

 

「まあそうだよね。おねーちゃんならそうすると思ったよ」

 

「……分かっているなら聞かないで頂戴」

 

「確認は大事でしょ?」

 

 ニヤッと笑った日菜。紗夜は無言で肩を竦めた後に、日菜の背中を軽く叩いて歩き始めた。

 

「戻るわよ。授業に遅刻するわ」

 

「はーい。でも気が乗らないなぁ……サボっていい?」

 

「いいんじゃないかしら。別に誰も反対しないでしょうし、お父さんとお母さんは泣いて喜ぶわよ」

 

「……それを聞いたら、サボる気がしなくなっちゃった」

 

 分かりづらいが、これは2人の間でだけ通じるジョークのような物だ。

 

 本来は喜ばしくないサボりで両親が泣いて喜ぶなんて言ったのは、それを口実に難癖を付けられるからである。

 両親がバンド活動を──というよりは、Afterglowの活動そのものを──好ましく思っていないのを2人は知っていた。今まで散々、両親の希望に沿わないことばかりをやってきたからだろう。

 そして、その原因を作った彼を疎ましく思うのは、ある意味で当然の事だ。

 

 そんな状態でサボりの事実を作るというのは、難癖の材料を与えるだけ。両親はすぐに食らいついてくるだろう。

 バンド活動のために来たくもない学校に来たのだから、そんな些細な事で辞めさせられる理由を作るのは下らなさすぎる。

 

「なら行くわよ。特に日菜は教室が遠いんだから、急がないと遅れるわ」

 

「はーいはい」

 

 授業開始を告げるチャイムが鳴ったのは、それから少ししてからだった。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

「……ねえ友希那」

 

 放課後の帰り道、アタシは隣を歩く友希那を見た。友希那は少しだけ汗を浮かべながら、だけど涼しげに歩いている。

 

「何かしら」

 

「本当にAfterglowと付き合っていくの?」

 

「そうよ。昨日言ったでしょう?」

 

 当然といったように友希那は頷いた。その迷いの無い返事は、友希那の中でとっくに答えが出ている事の表れなんだろう。

 

「……やっぱりアタシ心配だよ。火のないところに煙は立たないって言うし、もしかしたら何か……」

 

「確かにAfterglowの評価は良くないのかもしれない。だけれど、それは演奏技術と何か関係があるのかしら?」

 

「それは!……無い、けど」

 

 分かっている。友希那が求めてるのは演奏技術だけで、他の要素は本当に何も見ていない事くらい。そしてアタシの心配は完全に的外れなんだって事も。

 

「そうよね、関係ないわよね。……実力と評価が食い違うバンドは幾つもあるわ。事前評価は良くても実態は大したことなかったりするバンドもあるし、その逆もある。

 そしてAfterglowは評価と実態が良い意味で離れていた。それだけの事」

 

「…………」

 

「リサが心配をしてくれているのは分かる。だけど私は、どんなリスクを背負ってでもFUTURE WORLD FES.に出たいのよ」

 

 友希那はそう言った後、「じゃあ、まだ残りのメンバー探しがあるから」と言い残して先に進んでいった。

 残されたアタシの足は、いつしか完全に止まってしまっていた。

 

 友希那はどんどん先に進んで行く。先の見えない暗闇の中すら、そこがゴールに通じる道なら躊躇いもなく飛び込んでいってしまう。

 アタシはどうだろう。そんな勇気を持てるかな?…………考えるまでもないよね。

 今のこの、友希那に置いて行かれた状況が答え。物理的にも、精神的にも、その距離は遠い。

 

「友希那……」

 

 いつまでもアタシは前に進めない。何もかも中途半端で、どうしようもなく弱いままだ。

 


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