今しか出来ない事をやろう   作:因幡の白ウサギ

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邂逅

 

「……もうそろそろか」

 

 本番前、楽屋でスタンバイする俺達。俺は部屋を見渡して、今日のメンバーを確認する。

 ボーカルに蘭、ギターに紗夜、ベースにひまり、キーボードはつぐみ、ドラムはあこ。

 

 …………なるほど。

 

「見事なまでにギターとドラムに偏ってやがる」

 

「いきなり何の話?」

 

「いや、そういえばベースとキーボードの負担がマッハだなと」

 

 仕方ない箇所も多少はあるとはいえ、やっぱり2人の負担が凄い。ドラムは2人、ギターは3人に対して、ベースとキーボードは各1人ずつというのは宜しくないとは思う。

 だけど楽器って高いし、技術の習得にも時間がかかるから今更別のパートに転向するというのも現実的じゃない。

 結論として、代換案も出ないまま俺は2人に負担を掛け続けている。物凄く申し訳ない。

 

「ひーちゃんってテニス部だったよね?しかもバイトもやってるのにバンド活動してて、身体とか壊さないの?」

 

「ふっふっふー。あこちゃん、私ほどの出来るオンナになると、体調管理は常に万全なんだよ」

 

「おー!ひーちゃん凄い!」

 

 

「…………胡散くさい」

 

「だな」

 

 

「ちょっとそこの2人うるさい!」

 

 サラッと酷い蘭と頷きあった。何故だろう、ひまりが言っても微妙に信用できない感じがする。普段から大丈夫って言って、大丈夫じゃない事が多いのが理由か?

 

「ひまりも凄いけど、つぐみの負担はもっと凄いよね」

 

「私は気にしないけど……」

 

「俺達は気にするんだ。特につぐみは生徒会もあるし、負担ヤバいだろ?」

 

「でも、それは紗夜さんも同じだよ」

 

 ヘッドフォンをして、ギターの最終調整を行っている紗夜に目線が集まる。確かに紗夜も、バンド活動に風紀委員、更に天文部と3つもやる事があるのだ。ひまりに負けず劣らずのハードワークをこなしている。

 みんなでじーっと見ていると、紗夜も目線に気付いたのだろう。ヘッドフォンを外して首をかしげた。

 

「……なにか問題でも?」

 

「いや、今つぐみとひまりの負担がヤバいって話になってさ。同じくらい頑張ってる紗夜は大丈夫なのかって」

 

「ああ、そういう事。それなら問題は無いわ。適度に気分転換はしているし、体調管理も万全よ」

 

「……同じ"体調管理は万全"って言葉でも、なんで紗夜とひまりで説得力が変わってくるんだろう」

 

「そりゃあ、日頃の行いじゃねーかな」

 

 

「ちょっと2人とも?いい加減に私も怒るよ?」

 

 ポンポンと軽く肩を叩かれるが、背後は振り向かない。もし振り向けば、きっとというか間違いなく深淵に引きずり込まれるだろうから。

 

「しかし、紗夜はまだしも、つぐみは大丈夫なのか?店の手伝いもしてるし、このままだと何時か倒れかねないぞ」

 

「だ、大丈夫だよ!私も自分の体調管理はしっかりしてるし!」

 

「そうか。…………つぐみの場合は、ひまりとはまた違った信頼の無さがあるよな」

 

「ええっ!?涼夜君ひどいよ!」

 

 つぐみには悪いが、その言葉はイマイチ信頼性に欠けると思ってしまった。何故って、つぐみは内緒で平然と限界を超えて動くからだ。

 過去にそれで倒れかけたりしているだけに、ある意味で一番信用できない。

 

「羽沢さんは過去の行いを振り返るべきだと思います」

 

「ごめん、つぐみ。あたしもちょっと擁護できない」

 

「つぐちんが倒れかけた時、みんなビックリしたもんね。あの時も大丈夫ってずっと言ってたもん」

 

 

「うっ……」

 

 否定できないのか、つぐみは言葉を詰まらせて目を逸らした。ちょっとでも目を離すとすぐに無茶をしだすのがつぐみだから、これからも注意しておかなければいけないだろう。

 そんな事を考えていると、隣の蘭が声を掛けてきた。

 

「…………ところで涼夜」

 

「分かってる。皆まで言うな」

 

 

「後ろを向けぇー……後ろを向けぇー……」

 

 

「ひまりがプレデターみたいになってるんだけどっ」

 

「見るな。見たら殺られるぞ」

 

 暫く放置していたからか、悪霊モドキに変化したひまりに引きずり込まれないように暫く抵抗していると、楽屋の扉がおもむろに開かれた。

 入ってきたのは千聖。ライブ前には千聖に、人付き合いの練習も兼ねてスタッフさんからの連絡を受けてもらう役目をして貰っている。その千聖が来たという事は、もう時間が来たようだ。

 

「兄さん。スタッフの人が、もうそろそろスタンバって欲しいって」

 

「だってさ。お前達、準備出来ているな?」

 

 

「ひまり、遊んでないで行くよ」

 

「上原さん、おふざけはその辺で」

 

「ひまりちゃん、行こう?」

 

「ひーちゃん何してるの?」

 

 

「ちょ、待ってよ!みんな辛辣ぅ!!」

 

 順々に楽屋を出て行く蘭達の後を、ひまりは慌てて追いかけていた。

 さて、千聖を隣に、蘭達を後ろに連れてステージの端の部分にやって来ると、前のバンドの演奏がちょうど終わりに差し掛かった所みたいだった。

 

「…………」

 

『…………』

 

 空気が張り詰める。さっきまで騒がしかったひまりも、ここに来れば気を引き締めてベースをギュッと握った。

 ここは薄暗いが、もう少し先は多くの人々の注目を集めるステージだ。俺には眩しいとしか感じない場所は、蘭達にはどう見えているのだろう。ふと、そんな事が気になった。

 

 やがて演奏が終わると、拍手と歓声が響いて前のバンドのメンバーがステージの端へと戻ってくる。

 その際、俺に目線が注がれたのを見逃さない。大方、"なんで男がこんな場所に"とでも思っているのだろうな。

 そんな風に人目を集めながら、俺は片手を軽く上げた。

 

「さて、と。じゃあお前ら──派手に決めてやれ」

 

「──分かってる」

 

 不敵な笑みと共に、ぱんっと軽くハイタッチを交わして、蘭達は光り輝くステージへと飛び出していく。俺と千聖は、そんな後ろ姿をただ見送った。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

(……このバンドもダメね、全く話にならない。パフォーマンスだけで基礎技術が微妙、しかもそのパフォーマンスも大したものではない)

 

 ライブハウスの端っこで、友希那は今ライブを終えたバンドをそう評価していた。

 

(ここのライブハウスは初めて来るから少し期待したけれど……)

 

 中々、自分の思い描くようなメンバーには出会えない。それは友希那の求めるレベルが高いというのもそうだが、ガールズバンド自体のレベルの低さも問題だと、友希那は誰にも言わずに思っていた。

 

(……勝手な期待だったかしら)

 

 今まで友希那基準で平均以下のバンドしか出てきていないだけに、そう考えるのも無理の無いことだった。

 半ば失望しながら次のバンドのグループ名を見た友希那は、その目を多少見開く。

 

(……次のバンドは、Afterglow……?このバンドって、確か──)

 

 それは何処かで聞き覚えがある名前だった。友希那は自分の記憶を探って、ライブハウスを巡るうちに自然と耳に入ってきたAfterglowの評価を引っ張り出す。

 

(このバンドが私の聞いた噂のバンドなら、確か"変なバンド"なんて言われていた。ライブの度にメンバーを入れ替えるんだったわね)

 

 過去に類を見ないガールズバンドとして注目を集めている、というのは友希那も聞いている。実際に演奏を見るのは今日が初めてだが……。

 

(丁度いいわ。どれほどの実力なのか見せてもらおうかしら)

 

 もしかすると、自分が求めるメンバーが居るかもしれない。演奏面の評価は聞いていなかったが、そんなものは自分で判断すればいいだけの話だ。他人の評価など、あまりアテにならない事は良く分かっている。

 ステージの端から現れた5人を見る友希那の目は自然と厳しく、そして鋭くなっていった。それは獲物を狙う猛禽の目にも、学生の程を見極める試験官の目にも見えた。

 

 

 そして、演奏が始まる。

 

 

 会場の盛り上がりを見るに、結構な数のファンがいるようだ。曲もリズム良く、会場のボルテージを上げるのに適している。

 薄暗い室内に、熱気という色が灯った。

 

(ボーカルは荒削りだけれど悪くない。他のパートも平均か、それより少し上といったところかしら。

 なるほど、少なくとも他のバンドよりは実力があるようね)

 

 友希那は自分の感性に対して絶対の信頼を置いている。その自分の感性が認めたのだから、Afterglowというバンドは見掛けだけのハリボテバンドではないようだと評価を改めた。

 

(しかしなにより……)

 

 友希那の目を惹いたのは、ギターを担当している紗夜だった。

 

(あの子、出だしから並の腕前ではないとは思っていたけど……)

 

 曲が進むにつれて分かる基礎技術の高さ。それは今まで見た事の無いレベルであり、同時に友希那が求める理想に当てはまるものだった。

 

(見つけた。この子となら……)

 

 演奏が終わるまで、友希那の目は紗夜に釘付けになっていた。

 

 

 やがて全ての演奏が終わると、室内に相当量の歓声が広がる。やいのやいのと喧しい声の津波の中から、友希那は幾つかの単語を拾い上げた。

 

「ら〜〜〜〜ん〜〜〜〜」

 

「紗夜ーーーっ!最高ーーーッ!」

 

「つぐみちゃーん!こっち向いてーー!」

 

「ひまりちゃん良いよーーー!」

 

「おねーちゃーん!」

 

「ちょっと燐子さん?!しっかりして下さい!まだ傷は──し、死んでる……!?」

 

「あこちゃんポーズとってー!」

 

 

(………………誰が誰なのかしら)

 

 幾つか名前らしき単語を頭の中で並べつつ思ったのは、誰がどの名前なのかサッパリ分からないという事だった。

 しかし、それならそれで問題はない。友希那は、楽屋の方に向かえば見つけられるだろうという何処か楽観的な予想と共に足を動かした。特徴的な髪色は覚えたし、目立つから見つけやすい筈だ。

 そう考えた友希那は、未だに興奮冷めやらぬステージから出演者が通る通路へと消えていった。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

「お疲れさん。今日の出来はどうだ?」

 

「いつも通り、かな」

 

 汗をかきながらも満足げな蘭は、上機嫌さを隠さずにそう答えた。最初期の頃の、終わった後も緊張していた蘭の姿は今では想像も出来ない。

 

「あこも今日のライブ良かったーって思うよ!決めポーズも出来たし!」

 

「いいライブでした。上原さんが1度だけ半音外した以外にミスもありませんでしたしね」

 

「やっぱりバレてたぁ……やっちゃった!って思ったんだよね〜」

 

「ひまりちゃんミスしてたんだ……自分のパートでいっぱいいっぱいで気付かなかったよ」

 

 蘭だけではない。ここに居る4人は勿論、恐らく観客席から見ていたであろう巴やモカも、最初よりは緊張の度合いは格段にマシになっている。

 ……日菜は最初から"出来て当たり前"みたいな感じだったから含まれていない。あいつは本当に緊張とは無縁だ。

 

「兄さん、優しい目をしてるわ。何を考えているの?」

 

「蘭達が成長したなぁって思ってた」

 

「アンタはあたし達の父親か」

 

 珍しい蘭のツッコミに全員から笑いが起こった。

 さて、このままステージ衣装から着替えて打ち上げに向かうかと思いながら廊下を歩いていると、前に誰か居る。千聖と同じくらいの身長の女子だ。

 誰かを待っているのか、道行く人に目を向けては戻し、を繰り返していた。

 

「あれは……」

 

「紗夜、知り合いか?」

 

「一応……学校の同学年というだけで、接点なんて殆どないけれど」

 

 その姿を見た紗夜が反応した。聞けば、学校の同学年という程度の間柄とのことだが……それってつまり、赤の他人って事じゃないか?

 

「…………なんか見られてない?」

 

「バッチリ見られてるね……」

 

 蘭の呟きにつぐみが声量控えめで答える。蘭の言葉通り、何故かこっちをじっと見たまま動かない。

 やがて女子は「……見つけた」と言ったかと思うと、ゆっくりと、しかし確実に俺たちに向かってきた。

 

「もしかして、あの人って……!」

 

「あこ、知ってるのか?」

 

「うん!湊友希那さんっていって、超カッコイイ人!まさかこんな近くで見られるなんて、あこ感激!ええっと、サイン色紙って何処に仕舞ってたっけー?」

 

 歓喜からか、声が大きくなったあこの言葉。本当にファンなようで、持っていない筈のサイン色紙とペンを探してポケットを漁りはじめた。

 

「湊友希那って、ソロでボーカルやってる、あの湊友希那……?」

 

「──貴方達がAfterglowね」

 

 俺は初めて見る湊友希那という少女は、蘭達に相対するなりそう言った。人違いでも何でもなく、蘭達に用があるみたいだ。

 俺は何も言わずに千聖を連れて僅かに距離を置き、壁に寄りかかった。俺が出しゃばるような案件ではないのは分かっているからだ。音楽関連では、俺が力になれる事はあまりに少ない。

 

「ええ、そうですけど……何か用ですか?」

 

「さっきギターを弾いていた貴女に用があって来たの」

 

「……私ですか?」

 

 紗夜の声には明らかな疑問符が宿っていた。紗夜の声を聞いた友希那という少女は紗夜の前まで移動する。それは言外に、それ以外の全員に用はないと宣言しているように見えた。

 

「さっきの演奏は見させてもらったわ。貴女は相当な実力を持っているようね」

 

「ありがとうございます。歌姫と名高い貴女にそう言われるとは光栄ですね。

 …………それで、本題は?まさかその為だけに待ち伏せをしていた訳ではないでしょう」

 

「ええ、もちろん。じゃあ本題に入るのだけれど──」

 

 俺だけでなく、蘭達も事の成り行きを見守る中で、友希那という少女は爆弾発言をかましたのだ。

 

「──貴女、私とバンドを組まない?」

 


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