今しか出来ない事をやろう   作:因幡の白ウサギ

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夕影は変わらず、鮮明であった

「ん〜〜っ、今日も終わったぁ!」

 

 授業が終わった後の放課後、自分の席でひまりは上半身を伸ばしてリラックスしていた。

 

「ともえー。今日は私、部活無いんだけど。一緒に何処か行かない?」

 

 帰り支度をしていた巴に声をかけると、巴は振り返って頷いた。

 

「別にいいぞ。つぐとモカも一緒にどうだ?」

 

「モカちゃんはパン屋さんに行きたいでーっす」

 

「ブレないな……」

 

「私も今日は大丈夫だよ」

 

 つぐみは暇だと言って、モカはパン屋に行きたいと言う。ブレないモカに巴は苦笑した。

 

「じゃあ、決っまりー!」

 

「テンション高いですなー」

 

「まあ中々無いからな。アタシ達が、こうして揃うなんて」

 

 ひまり達が教室を出ると、階段を降りようとしている蘭の姿が目に入った。

 

「あの後ろ姿は……!」

 

「らーん!」

 

 ひまりが手を振る。蘭は足を止めて、ひまり達の方を向いた。

 

「みんな、今日は全員揃ってるんだ。珍しいね」

 

「そうそう、予定が合うなんて本当に珍しいよねー」

 

 ひまりは「そ、こ、で!」と言って身を乗り出した。随分なオーバーリアクションだが、ここは必要な場面らしい。

 

「この珍しさを記念して、これから5人で何処か行かない?カラオケとか、カラオケとか……カラオケとか!」

 

「カラオケで確定なのか……」

 

 最近では、もう歌う事よりドリンクバーを堪能する事の方に比重を置き始めている。本気で歌っているのは、ひまりくらいのものだろう。

 

「良いけど……その前に本屋に寄らせて」

 

「何か買うの?」

 

「うん。少しね」

 

「ふーん。まっいっか、行こう!」

 

 蘭が本屋に寄るなんて珍しいと思ったが、蘭だってマンガくらいは読むだろうと思って、特に誰も突っ込まなかった。

 

「最近は4時とか5時でも明るくて良いよねー」

 

「夜道は危ないからね」

 

「パン食べたーい」

 

「モカって、顔合わせる度に同じこと言ってない……?」

 

「えー?」

 

 久しぶりに5人で帰る通学路。去年は当たり前だった筈なのに、今は尊く思えてしまうのは、それが当たり前ではなくなったからなのだろう。

 大事なものは、失って初めて気がつくのだというらしいから。

 

「先ずは本屋さんから行こっか、近いし!」

 

「その次はパン屋ですぞー」

 

「分かってるって!」

 

 学生にとって放課後の時間は貴重だ。ましてや、こうして5人が揃う放課後なんて尚更。

 だから5人は小走りで道を行き、駅前の書店に急いで向かう。少しでも時間を作りたいがための行動だった。

 

「はぁ、はぁ……じゃ、じゃあ、すぐに買ってくるよ」

 

「う、うん……いってらー……」

 

 殆ど休みなく走った為か、息も絶え絶えの蘭を見送った4人。蘭だけでなく、全員が多少なりとも息が乱れていた。

 

「蘭が、来るまで……座ってない?」

 

「……うん」

 

 蘭が人混みに紛れて消えた辺りで、ひまりが息を整えながら提案する。ひまりもつぐみも、蘭と同じく体力が限界を迎えていたのだ。

 巴も反対しない。それは2人の事を慮ったというのもあるが、自分も休みたかった。

 

「じゃ、あたしも行ってこようかな〜」

 

「何か買うのか?」

 

「ちょこっとねー」

 

 ただ一人、モカだけは大して息も整えずに本屋へと向かう。巴の問いにモカはそう答えて、人混みに紛れていったのだった。

 

「さてさて、蘭は……」

 

 駅前に店舗を構えるだけあって、本屋は相応に広い。この中から特定の1人を見つけ出すというのは、そんなに簡単ではないように思える。蘭の髪色が黒という事もあり、見つけ出すのは苦労するだろう。

 だが、今の蘭は制服を着ている。「髪が黒の少女」では見つけにくくても、「羽丘女子の制服を着た髪が黒の少女」であれば、グッと見つけやすくなる。

 

「蘭はー……居た居た」

 

 蘭を見つけたのは、どういう訳か音楽関連の雑誌等が置いてあるエリアだった。

 近年のガールズバンド人気の高まりを受けて、特設スペースが用意されるくらいに成長したエリアだが、そこに蘭が居るのはモカも予想外であった。

 

「……違う、これじゃない」

 

 蘭は後ろでモカが覗いている事など気付いていないようで、僅かな声で呟きながら雑誌を戻す。

 

「…………これにしよう」

 

 そんな蘭が手に取ったのは『ゼロから始めるアコースティックギター(中級編)』という本。およそ蘭のイメージから遠いチョイスなだけに、モカの目が驚きに見開かれた。

 

「蘭、アコギ始めたんだ?」

 

「────っ!?」

 

 蘭の両肩がビクンッと跳ね上がる。まさか居るとは思わなかったんだろう。その目には、ありありと動揺が見えた。

 

「モッ、モカ!?なんで、ここに……」

 

「なるほどなるほど。蘭の指が擦り切れていたのは、こういう背景があったからなんですなー」

 

 ようやく納得がいったモカとは対照的に、蘭の表情は浮かない。モカ達には出来ればバレたくなかった、ある種の現実逃避のために打ち込んでいる趣味が見つかってしまったからだ。

 しかし、何か言われるだろうという蘭の予想に反してモカは何も言う事はなく、

 

「買ってきなよ。あたしは先に戻ってるからさ」

 

 ただ、当たり前のように見て見ぬ振りをするだけだった。

 

「……何も聞かないの?」

 

「聞いて欲しいならね」

 

 自分から聞く気は無い。と暗に語られたモカの答えに、蘭は「……ありがと」と告げてレジの方へと向かった。

 そんな蘭の背中を見送りながら、モカは思い出したかのように言った。

 

「……そういえば、今日は単行本の発売日では……?」

 

 せっかくだし、買っていこうかなとモカは思った。

 

 

 

 

 

 

 本屋から出て、次の目的地へと向かう5人。次は商店街の山吹ベーカリーである。

 

「さて、蘭の買い物も終わったし!モカのパンを買ってから改めて、カラオケに……」

 

 先頭を歩く、ひまりの声は段々と尻すぼみに消えていった。しかし心なしか嬉しそうである。

 

「ひまりちゃん?」

 

 不思議に思った、つぐみがひまりの見ている方を見てみると、なにやら向こうから見慣れたライトグリーンっぽい髪色の少女が向かってくるではないか。

 

「あれは、もしかして……」

 

 段々と近付いてきて顔が分かるようになるにつれて、それが人違いでもなく、長い間遊んで来た友人の姿である事が分かった。

 

「ふっはははは!あたしのスピードはレボリューションだぁ!」

 

『日菜(ちゃん)!』

 

 意味不明な言葉を口走りながら、日菜が猛スピードで走って来たのだ。

 

「モカちー!とうっ!」

 

「お〜、日菜ちんじゃないかー」

 

「マジで居るとか……」

 

 そしてモカに飛び付く日菜の後から、何故かドン引いているような表情の涼夜達がやって来る。久しぶりの再会に、全員の表情は自然と明るくなった。

 

「ちーちゃんと会うのも久しぶりかもー!」

 

「ええ、そうね。本当に久しぶり。でもひまりちゃん?いい加減に、そのちーちゃん呼びは止めてくれると嬉しいんだけれど……」

 

「えー、可愛いのにー?」

 

 久しぶりに会えて嬉しいのだろう。ひまりに抱き着かれた千聖の抵抗は普段より弱めだ。

 

「おー。ひーちゃんが、ちーちゃんに抱き着いてる。じゃあモカちゃんもー」

 

 そんな2人を見て、ここぞとばかりにモカも千聖に抱き着く。左右を挟まれた形になる千聖は、困ったように兄に手を伸ばした。

 

「モカちゃんまで……に、兄さん助けて!」

 

 

「なんでさっきドン引きしてたの?」

 

「いや、日菜が「こっちにモカちーの気配がする!」とか言って走り出したから……」

 

「えっ、なにそれ」

 

 肝心の涼夜は蘭と話していて千聖の方を見ていなかった。しかし、千聖にサムズアップを向けている辺り、確信犯的なスルーである事は容易に分かる。

 

「ほらほら、ひまりとモカはその辺にしとけ。千聖が困ってるだろ」

 

「「はーい」」

 

 代わりに巴が2人を宥めてくれた事で千聖は解放された。

 

「……ありがとう、巴ちゃん」

 

「これくらいならお安い御用って感じだが……怒ってるな?」

 

「怒ってないわ」

 

 ただ少し、ムスッとしているだけである。

 どうして助けてくれなかったんだという気持ちを込めて涼夜の脇腹を抓る千聖に、つぐみと巴は苦笑いだ。

 

「痛い痛い痛い……それで、ひまり達は何処に行くつもりだったんだ?」

 

「今日は珍しく5人揃ったから、モカのパンを買ってからカラオケにでも行こうと思ったんだけど……」

 

「だけど?」

 

「9人が集まるのって本当に珍しいから、カラオケじゃなくて別の事をしようかなって、今考えてた」

 

 あこは居ないが、9人が揃うのは非常に珍しい。じゃあ何をするかと涼夜が聞こうと口を開いた直後、遠くから誰かの声がする。

 

「みーんーなー!」

 

「あこりんやっほー!」

 

 

「……全員揃ったな」

 

 攻略本のために本屋をハシゴしていたという、あこも合流して久々に10人が揃う。平日の夕方に揃うなんて今までになく、これは快挙と言ってもよかった。

 

「おねーちゃん達は、なんで此処に集まってたの?」

 

「偶然……いや、日菜の事を考えると、あながち偶然とも言えない気が……」

 

「?」

 

「ま、まあそれはどうでも良いでしょう。とにかく、予定が無いなら私から提案させてもらっても宜しいですか?」

 

 日菜のニュータイプじみた直感を追及すると面倒な事になりそうだと感じた姉2人が誤魔化し、流れで紗夜の発言に注目が集まる。

 

「もしよろしければですが、これから登山でもやりませんか?」

 

『登山?』

 

「ええ。まあ、山登りというより丘登りって感じではありますが」

 

 その一言で何処に向かうかを理解した面々。ニヤッと笑い合い、頷いた。

 

「時間はあるか?」

 

「蘭ちゃんがどうかな……?」

 

「別に、1日くらいなら平気」

 

「モカちゃんはパンが買いたいでーす」

 

「道中で寄れるから大丈夫だ」

 

「やったー」

 

 トントン拍子に話は進み、そして10人は移動を始める。ここからの道中には山吹ベーカリーもあり、モカのパンを買いながらでも行けそうだった。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

「ここに来るのも久しぶりだー」

 

「最近は忙しかったし、中々来る機会は無かったよね」

 

 涼夜曰く"一番見頃な時間"には間に合ったようで、綺麗な夕焼けが街と、そして10人を照らしていた。

 

「何度来ても、るんってする景色だね、おねーちゃん」

 

「…………ええ、そうね。るんってするわね」

 

 いつか、こうして夕焼けを見た時は分からなかった日菜の言葉が、今は何となく分かるようになった。身体だけでなく、心も成長しているのだろう。

 そんな氷川姉妹を、ひまりは何処か悲しそうに見つめていた。

 

「昔は一緒だった筈なのにな……」

 

「なんだよ。いきなりどうした、ひまりらしくない」

 

「いや、ちょっと考えちゃって」

 

 ひまりは珍しく、落ち込んだような顔で夕焼けを見た。滅多にない事態に、誰もが何も言わないで言葉の続きを待った。

 

「昔、小学生の頃はさ。何も考えなくても、それこそ当たり前みたいに10人が一緒に居られたのに。中学生になってから涼夜達と離れて、2年生になったら蘭とも離れて。

 一緒に居るって、こんなに難しい事だったんだって、思ったんだ」

 

 多分、誰もが考えていた事だった。境遇も違えば年齢も違う、そんな10人が一緒に居られた事。それ自体が、奇跡のような偶然で成り立っていたのだという事を。

 

「今はそれぞれ事情があるっていうのは分かってる。でもこのまま、自然に離ればなれになっちゃうんじゃないかって、少し不安なんだよね」

 

「それは……」

 

 未来を見通せない人間に先の事は分からない。だからこそ、ひまりの不安は正しいもので、その不安を否定する言葉を誰も持ち合わせていなかった。

 

「…………じゃあ、また集まればいいんだよ!」

 

「つぐ?」

 

 ──つぐみを除いて。

 つぐみが皆の前に駆け出て、そして手を大きく広げて言った。

 

「ねえ!昔みたいに、皆で何かやらない!?」

 

「何か……?」

 

「ほら、昔は何か理由を見つけては、ミッションって称して皆で取り組んでたでしょ!」

 

 皆が集まれなくなる内に、いつしかやらなくなっていった事だった。けれど昔は、何かと理由をつけてやっていた事だった。

 

「あんな感じで、皆でまた何かやれないかな!?」

 

「でも何かって……何を?」

 

「……それは…………」

 

 

「バンド。とかどうですかな〜?」

 

 今度はモカが言った。注目を集めたモカは、どこまでも普段通りであった。

 

「バンド?」

 

「そーそー。ほら、最近流行ってるじゃん?ガールズバンド。

 あたし達は涼夜が居るから、ガールズじゃなくて唯のバンドだけど、これなら皆で出来るよ」

 

 本屋に特設スペースが用意されるレベルの人気の高まりだ。蘭達の周りでもバンドに関する話題は良く飛び交っているし、実際に始める人もいた。

 それに自分達も乗ろう。モカはそう提案したのだ。

 

「バンド……いいね、なんかギュイーンってきたよ!」

 

「流行りに乗る訳ですか……」

 

「おねーちゃんは嫌なの?」

 

「嫌ではないわ。このメンバーで何かを成すという事は賛成よ。でも、こうして流行りに乗るという経験が無いから、戸惑っているだけ」

 

 紗夜は戸惑っているものの、否定的という訳ではなさそうだった。むしろ肯定的に捉えているようだ。

 

「バンド……ならアタシはドラムかな?生かせるかは分からないけど、和太鼓の経験もあるし」

 

「じゃあ、あこも!あこもドラムやる!」

 

「言い出しっぺのあたしはギターやろっかな〜。つぐはピアノやってたし、キーボードとか向いてそうだよね」

 

「じゃあ私は……ベース、かなぁ?」

 

「そうなると、あたしは…………ボーカル?」

 

 蘭達も乗り気なようで、自然と役割が決まっていく。

 言葉にはしなかったが、ひまりの不安は、きっと誰もが持っていたのだろう。

 

「リーダー。どうですかなー?」

 

「……そうだな、やろう」

 

 つぐみに代わって涼夜が前へ出る。9人の期待に満ちた目線を受けながら、ニヤリと不敵に笑った。

 

「じゃあリーダー。いつものあれ、お願いしまーす」

 

「……そういえば、あれをやるのも久しぶりか」

 

 涼夜が見渡せば、ベンチに座って涼夜を注目する9人が居る。紗夜も、日菜も、例外なく笑っていた。

 

「──夕日が照らす時間はとても短くて、その時間は一瞬で過ぎ去っちまう。

 そして、その一瞬は戻って来ない。どれほど惜しんでも、時間は無情に過ぎていく」

 

 もちろん、口で言うほど簡単ではない事などは承知している。個々人の都合や、学校が違う事によって、予定が合わない事なんかも多々発生するだろう。

 

「俺達は変わった。嫌でも変わらざるを得なかった。あの時より身体は成長して、やれる事は増えたが、同時に自由な時間を失った」

 

 万物は流転する。時計の針は巻き戻らないし、嫌でも人は成長する。それがこの世の理。

 程度の差はあれど、この場の皆が身に染みて理解している事だった。

 

「……でも、変わらないものもある。変えちゃいけないものもある。

 皆で、この10人で、何か一つの事をやる。そんな、かつての当たり前を……もう1度取り戻そう」

 

 かつて見た黄昏の空と、今見る黄昏の空は何一つ変わっていない。大空は人間の小さな活動とは関係無しに動いている。

 それと同じように、10人の友情は些細な事では変わらない。変えてはいけない大切な物だ。

 

「バンドを組もう」

 

 ところで、バンドという言葉の本来の意味は"束"や"集団"であり、音楽要素は微塵も無いという。

 

「俺達10人で一つのバンドになる。バンド名は──」

 

 そうであるのだから、この10人がバンドを始める……つまり束になるという事は

 

『Afterglow!』

 

 ある意味では、必然だったのだろう。

 




これで中学後編も終わり、中学生編が終わりました。個人的には色々と課題が見えた気のする章でしたが、如何でしたか?もし暇潰しにでも役立てたなら最上の幸福です。
こんな拙い作品に評価とお気に入りを入れて下さった皆さんには勿論、たまたま見に来た読者の皆さんにも深く感謝しています。バンドリで転生モノってウケが悪い事を覚悟してただけに、真っ赤なバーは衝撃でした。

さて、これで土台が整ったので、次回からは好き勝手できる高校生編、これで本来の目的である千聖ちゃん弄りを楽しめますよ。長かったぁ……
高校生編が何処までネタが続くかは分かりませんが、もし宜しければ最後まで御付き合い頂けると嬉しいです。

それでは、次の投稿でお会いしましょう。

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