今しか出来ない事をやろう   作:因幡の白ウサギ

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一人称の方が書きやすい


Crow Song

「ただいま……」

 

 扉を開けて言った言葉は、自分でも驚くくらい低い声で、そして小さかった。

 

 ローファーを脱ぎながら、あたしはようやく終わった1日に異様な疲労感を覚えていた。

 それはモカとの逃走劇での疲労感が主なんだろうけど、それ以外の要因も多く含んでいるに違いない事を、あたしは自分で分かっていた。

 

「はぁ……」

 

 疲れた身体を引きずって廊下を歩く。もう日は落ちかけていて、廊下も暗かった。

 居間からの明かりが、廊下に射し込んでいる。あたしの部屋に戻るには居間の前を通らなければならない。

 

「蘭、少し来なさい」

 

 居間の前を通りがかった時、父さんに呼び止められた。父さんが居間に居る時にあたしが呼ばれる時は、大体が父さんに小言を言われる時だった。

 

「……はい」

 

 それは分かってるけど、無視をするわけにもいかない。あたしは渋々居間に入って、父さんの前に座った。

 父さんの目は、普段と変わらず厳しかった。

 

「今日、学校から連絡があったぞ。授業に出ていない事があるそうだな」

 

 とうとう来たか、と思った。あたしは自然と、父さんの厳しい目線から逃れるように顔を背ける。

 

「…………それは、ちょっと、具合が悪くて……」

 

「保健室にも居ないと連絡があったぞ。…………授業に出ないだけでなく、親に嘘までつくとは感心できないな」

 

 バレていたか。屋上でサボっていたから当然だけど、保健室なんて使っていないから今の言い訳は無理があったと反省する。

 咄嗟に他の言い訳が出なかったとはいえ、これはあたしのミスだ。

 

「……ごめんなさい」

 

「学生の本分は勉強なんだ。明日からは、しっかり授業に出なさい。いいな」

 

「……はい」

 

 拒否はさせない。そんな意思を込めた父さんの目があたしを射抜く。あたしはただ、頷く事しか出来なかった。

 

「話は終わりだ。明日に備えて身体を休めるように」

 

「……うん、分かった」

 

 あたしは足早に居間から去ろうとした。今は一刻も早く部屋に戻りたかったからだ。さっさとお風呂に入って、泥のように眠りたかった。

 そうして居間を出る直前、父さんの呟きがあたしの耳に入った。

 

 

 

「それにしても、昔はこんなじゃ無かったはずだが……やはり悪い友達を持つと変わるのか」

 

 

 それを聞いた時、あたしの足は自然と止まっていた。

 

 

「……悪い、友達?」

 

 

 

 それは一体、誰の事なの?

 

「聞こえていたか。なら丁度いいから言うが、蘭。友達は選ぶべきだぞ」

 

「なにそれ、意味わかんないんだけど」

 

 自然と口調が強くなる。そんなあたしに父さんの目は厳しくなるけど、それに怯むあたしじゃなくなっていた。今は怒りが勝っていたからだ。

 

「幼稚園から付き合いのある4人はいい。何度か会った事があるが、実に礼儀の正しい子達だった。幼いながら親の手伝いも進んでする親孝行者というじゃないか」

 

 モカや巴の事だろう。幼稚園から付き合いがあるのは、あの4人しか居ない。

 

「だが……1人だけ男子が居るそうだな」

 

「……居るけど、それがなに?」

 

「あまり良い噂は聞かない。聞けば、大体の大人が"薄気味が悪い"と言うそうじゃないか。そしてその評価は、何度か対面した私も持った」

 

「だからなんなの?」

 

 イライラする。何が悲しくて、友達の悪口なんて聞かなければならないんだ。

 

「友達付き合いは考えた方がいいと言っている。そして、少なくとも彼はやめておけ。彼と関わり続けるのは、お前の為にならん」

 

 その言葉に、プツッと、我慢の糸が切れた音がした。

 

 あたしだけが言われるのなら、幾らだって耐えられる。悪いのも自覚しているし、叱られるのも当然な事だってした。

 だけど、それだけは許せない。

 

「ふざけないで!父さんが、大人達が!涼夜の何を知ってるっていうのさ!?」

 

 あたしの居場所(Afterglow)を作った彼の、何物にも変えられない、あたしの友達の悪口だけは絶対に許せない!

 

「何も知らん。だが、大多数の人間がそう言うという事は、そういう人間であるという事だ」

 

「大人の言う事が絶対なの?一方向からの評価だけが正しいの?!」

 

「世間一般から見て、という意味だ。蘭、お前もそろそろ自覚を持て。ガラの悪いのと一緒に居ると、()()()と、将来のお前に傷が付くんだぞ」

 

 "美竹流"

 

 その言葉を聞いた時、かつて抱いた事の無い怒りが、あたしの内側から湧き上がってきた。

 

「結局そこなんでしょ!?あたしの為とか言ってるけど、あたしが涼夜と一緒にいると、父さんの体裁が悪いから!だから、そんなこと言うんでしょ!!」

 

 ふざけるな。ふざけるな、ふざけるな!

 なんで友達について、他人から、とやかく言われなければいけないんだ。

 

「誰と、どう付き合うかは、あたしが決めること!他人に……父さんに、五月蝿く言われる事じゃない!」

 

「蘭。これは、お前だけの問題ではないんだぞ」

 

「いいや、あたしだけの問題だよ!誰と、どんな交友関係を築こうが、それはあたしの物だ!あたしだけの物だ!」

 

 あたしの友達は、あたしが決める。ほかの誰にも口出しはさせない。

 

「今はそうだろう。だが蘭、将来の事を考えれば、そんな事は言えなくなるぞ」

 

「先の事なんて知らない!あたしには今しか無いんだから!」

 

「……蘭。いい加減に聞き分けろ」

 

「嫌だね!あたしを、父さんみたいに頭でっかちで、規則規則って五月蝿い事だけ言う大人達と一緒にしないで!」

 

 

 あたしは走り出した。まだ玄関に置いてあったローファーを履き直すと、勢い良く扉を開けて家の外へと飛び出した。

 

 今は少しだって、あの家に居たくなかったんだ。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 衝動のままに走っていたら、いつの間にか日は完全に落ちていた。

 

「はあっ……はあっ……」

 

 疲れて自然と足が止まる。怒りが疲れに変わって、次に襲って来たのは酷い空腹感。お昼から何も食べてないからだ。

 

「……はぁ……お腹、減ったな……」

 

 くたびれて座り込む。身体中から力という力が抜けたような感覚だった。

 そのまま少し、じっとしていると、近くで何かが鳴いた。

 

 カァー カァー

 

「……カラス」

 

 近くでゴミを漁るカラスの鳴き声だった。そういえば、いつも思っていた事だけど、カラス達はいつ寝てるんだろう。

 空を飛ぶ黒い影は、休みなく飛び続けていた。いつ見てもカラスは何処かで飛んでいる。

 

「…………?」

 

 カラスのゴミ漁りを眺めていると、その奥に何かが捨てられているのが見えた。ここからだと暗くて良く見えない、だけど大きいものだ。

 

 私はゴミ捨て場に近付いた。私に気付いたカラスは一斉に空に飛び立ち、黒い羽根を撒き散らして去っていく。

 月明かりと、僅かな街灯を頼りに見てみた。

 

 ゴミ捨て場に捨てられていたのは、大きなギターケースだった。

 

「これは……」

 

 珍しいものを見たという好奇心に負けてケースを開いてみる。すると中から、まだ使えそうなギターが顔を覗かせた。

 後で調べた事だけど、このギターの名前はアコースティックギターとかいうらしい。

 

「まだ使えそうなのに……」

 

 見たところ、分かりやすい傷なんて無い。ケースから起こして裏を見てみたけれど、裏にも異常は見られない。

 まだ使えそうなギターだった。でもだから、どうして捨てられているのかが分からない。ギターは高い物の筈だ。

 

「……アンタも居場所が無いの?あたしと同じように」

 

 手を触れてみる。ギターの冷たい感じが、熱を持っていたあたしの身体に心地よかった。

 馬鹿げてる。たまたま捨てられていただけのギターに自分を重ねるなんて。

 偶然だ、そうに決まっている。

 

(……だけど)

 

 涼夜が言ってた。"一度なら偶然、二度なら必然、三度目は運命だ"って。あたしは、二度も似たような経験をしている。

 一度目はモカが、あたしと間違えて千聖に抱き着いた時。そこから涼夜と千聖との関係が始まった。その日から、あたし達は常に街を闊歩するようになった。

 二度目はAfterglowというチームを結成した時。Afterglowがあったから、あたし達は巡り巡って紗夜と日菜、沙綾に出会えた。狭かった交友関係が少し広がった。

 

 三度目は、きっとコレだ。

 もし運命なんて物があって、それが、あたしの行く先をガラリと変えるものであるのなら。それはきっと、このギターだ。

 

 根拠はない。だけど、あたしはそんな気がしていた。

 

 

 試しに手に持ってみる。どこかで見たガールズバンドのように、見様見真似で構えてみると、それが何故だかしっくりときた。

 まるで昔から、この手でずっと持っていたみたいに──

 

「……あたしと来る?」

 

 答えはない。だけどあたしには、ギターが頷いたような感じがした。

 

 きょろきょろと周囲を見渡してみたけど、辺りに人影は見当たらない。

 誰かに咎められる事もなく、あたしはギターケースを持ち上げると、それを持って走り出した。

 

 

 

 

 

 

 それからの日々は、一転して忙しい物になった。放課後になるまで我慢して、放課後になったら急いで家にギターを取りに帰り、かつて皆で作った秘密基地に移動して練習する。

 

(いつも、考えてる……語呂が悪いかな。考えてるより、思うが良いかも)

 

 授業中も無駄にはしない。授業の間は、自分の思いとか色々な事をメモ帳に、ひたすら書き連ねていく。

 教師に注意されないように授業は話半分に聞きながら、隙を見つけてはメモ帳に思いの丈をぶつけた。

 

 充実した毎日だった。クラスが分けられて以来、あたしがここまでの充実感を覚えたのは初めてだと言えた。

 形だけとはいえ授業には出ているから、今のところは父さんから小言を言われる気配もない。

 

「……ふぅ」

 

 秘密基地に着いたら、椅子代わりの丸太に座ってギターケースからギターを取り出す。このギター、本当に何の異常も無くて驚いた。

 

「人差し指と中指が……」

 

 〜〜♪

 

 買ってきた本を見ながら、ぎこちなく音を出す。ガールズバンドをやっている人達は、こんな難しい事を平然とやっているのかと驚愕したのは、つい最近だ。

 

「それで次は……」

 

 〜〜♪

 

 何度も何度も練習していると、次第に指が擦り切れて痛くなってくる。その指を1度だけモカに見られて心配された事もあったけど、何とか誤魔化した。

 

(あたしが悪いんだし、ね)

 

 元はといえば、あたしがクラスで孤立したのが悪いんだ。あたしの個人的な理由で、他のメンバー達に余計な心配をさせたくない。

 

 

 その日も門限ギリギリまで、あたしは秘密基地で音を出し続けた。

 

 


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