パスパレのアニメ化が決まってハイテンションになっている今日このごろ、皆様はいかがお過ごしでしょうか。
今話は
長い
(話の展開が)遅い
(見どころが)無い
三拍子揃っているのは、この話しかないだろう。そんな感じです。だって原作でいうところの第2話が終わってないんだぜ……?
「結局、何も話してくれなかったねー……」
「……そうだな。蘭は思ってる事を中々言わないで、溜め込むタイプだからなぁ」
B組の自分の机に突っ伏しながらの、ひまりの言葉に巴は頷いた。蘭が、どちらかと言えば溜め込む性質である事は良く分かっていた。
「モカちゃんは何も聞いてないんだよね?」
「聞いていたら、真っ先に報告してるよー」
「だよねー……」
蘭と最も仲の良いモカが何も聞いていないという事は、つまり誰にも話していないという事と等しかった。
3人が知らなくてモカが知っているという事は過去にあっても、逆のパターンは今までに無かったからだ。
「あーんもう!なんかモヤモヤする!どうすればいいんだろ〜?」
「どうすればって、アタシ以外の誰かが直接聞くしか……」
巴が言えたのは、そこまでだった。何故なら、言葉を遮るようにチャイムが鳴ったからだ。
─キーンコーンカーンコーン─
『えっ?』
いつの間にか時間は過ぎ去ってしまっていたらしい。クラス内にいるのは、巴達だけであった。
しかし何故、他のクラスメイトは居ないのだろう?
疑問符が浮かんだ直後、次がなんの授業だったのかを思い出した、つぐみの顔が次第に青くなっていく。そして恐れるように言った。
「そ、そういえば……次の授業って科学室だったような……!」
ヤバい、と思考が一致した。
「し、しまった!?あの先生、キレるとヤバいんだ!」
「うああ!急がないと〜〜!」
顔を真っ青にして素早く準備を終え、巴、ひまり、つぐみの3人は走り出した。
考え事に熱中するあまり、他の事に目がいかなくなるのは直した方が良いんじゃないのかな。モカは心の中で呟いた。
「いってら〜」
モカの事など目もくれずに教室から飛び出した3人の背中に、そう声を掛けたモカは慌てた素振りを見せない。
3人の足音が遠ざかるのを確認してから、モカは何も持たないで椅子から立ち上がった。
「……さてー。お姫様を探しに行きますか」
モカは最初から、この時間の授業に参加する気は無かった。何故なら、移動教室である、この時間を使って蘭を探そうと考えていたからである。
モカは巴達が走って行った方向とは反対側へと歩き出した。そちらにはA組の教室があるのだ。
(気分は蛇さんだなー)
あのゲームはモカもやった事がある。スッと身を屈めて、足音を出来る限り消して、気分だけは蛇だ。
まず最初に向かったのは、隣にあるA組の教室である。
(蘭はー……授業には出てなさそうかな)
チラッとA組の授業風景を見た限りでは、蘭の姿は見られなかった。やはり、授業には出ていないようだ。
金曜日の1時間目が蘭の嫌いな授業である事は既にリサーチ済みだったから、まあそうだろうな。としか思わない。
(此処じゃない)
最初から期待はしていなかったが、そうなると捜索範囲は一気に広くなる。
校舎の何処かに居るであろう蘭を、巡回する教師の目を掻い潜りながら見つけ出さなければならない。
(これはいよいよ、蛇さんみたいな任務になってきましたなー)
モカは中腰になりながら、蘭を探しに校舎内を、うろつき始めた。
だが、闇雲に探していては埒が明かない。校舎は広く、時間は有限だからだ。
先ずは学内のマップを思い浮かべながら、モカは蘭が居るであろう、おおよその場所を予測してみる。
(まず人目の多い場所には居ない筈。蘭は見つかりたくないだろうから、人目を避けるように動くよね)
大まかに蘭の考えを模倣したモカは、教室が多い東側の校舎には居ない筈だと予想を立てた。
(となると、蘭が居そうなのは……)
中等部の校舎は、教室が密集している東側の校舎と、実験室などがある南側の2つに別れている。
それならば、比較的人目の少ない南側に居るだろうと、モカは考えた。
「……行ってみますか〜」
教師に見つからないように慎重になりながら、モカは南側の校舎へ移動する事にしたのだ。
途中で何度か教師の目を誤魔化しながら、モカは南側の校舎と東側の校舎の境目にやって来ていた。
その境目から南側には家庭科室がある。
(ほうほう、実習中かあ。……お腹減ったな)
家庭科室は実習で使っているみたいだった。何を作っているのかは知らないが、兎に角いい匂いでモカのお腹を減らす。
まだ1時間目なのに空腹を促す卑劣な罠であった(モカ目線)。
(でも、蘭はこの階には居なさそうかなぁ?)
南側校舎に入ってすぐの場所に家庭科室はある。人が多く集まる場所で、何かの拍子に見つかるリスクのある家庭科室の横を通るかと言われれば、疑問符が付くだろう。
(そう考えると、あたしも此処には居られないか……)
急いで家庭科室の側を離れると、離れて少ししてから扉を開けるガラッという音が廊下に響いた。
(ーーっ。危なかった……もう、心臓に悪いよ)
心臓がドンドンと強く脈打っていて、呼吸も少し上がっている。
まだ少ししか時間は経過していない筈なのに、どうして長い時間が過ぎたように思えるのだろう。
階段を使って一つ上の階へと上って行くと、上ってすぐの所に『科学室』というプレートが掲げられた教室がある。
(科学室……トモちん達は上手く誤魔化してるかなっと)
そういえば、巴達はどうなっているのだろうか。
興味が湧いたモカは、周囲に気を配りながら聞き耳を立てた。
『──おい。青葉はまだなのか』
『も、もうちょっとで来る筈ですよ!多分……』
ざわめきの中からモカの耳が最初に聞こえたのは教師の声。次に聞こえたのは、ひまりの焦ったような声だ。どうやらモカの事を話しているようである。
『それで15分も経過しているんだが?まさかサボりじゃないだろうな……』
『ほ、保健室とかじゃないですかね!?頭痛が痛いのかもしれないですし!』
『頭痛が痛いって、お前な……』
多分ひまりも混乱しているのだろう。ボケなのか本気なのか判断に困る発言は教師を困惑させているようだった。
(トモちん程じゃないけど、ひーちゃんも誤魔化すの下手だよね〜)
Afterglowで平然と嘘をつける人は、あまり多くない。ひまりや巴は真っ直ぐな性格をしているが、それ故に嘘をつくのが苦手だ。
逆にモカや日菜、星野兄妹は平然と嘘をつける。罪悪感うんぬんは置いておいて、それが出来るのは密かな長所だとモカは思っていた。
『それにしても、遅刻やトイレというのにも限度がある。……保健室に行ってみるか?』
(おおっと、これはヤバめな予感)
このまま此処に居るとヤバい感じがしたので、聞き耳を立てるのを止めて素早く科学室から離れる事にした。
階段を上って一つ上の階へ移動しながら、モカは少し焦りを感じ始めていた。
(結構探した筈なんだけどなー……一体どこに居るんだろ)
誰にも見つからずにサボれる場所なんて、モカが知っている限りでは本当に限られている。しかし、その何処にも蘭が居たという報告は聞いたことがない。
つまり、蘭はモカの知らないサボり場所を見つけた事になる。そして、もしそうだとするのなら、蘭を見つけ出すのは困難であると言えた。
(これは相当な難題で……お?)
階段を上り、角を曲がったところで、廊下の向こう側から足音が聞こえる。モカのように音に気をつける事もなく、堂々とした足音が静かな廊下に良く響いた。
(まっず……)
そこからのモカの行動は素早かった。手早く上履きを脱ぐと、靴下のみで素早く来た道を引き返して、角を曲がった辺りで息を潜める。
靴下のみで廊下を歩くと、上履きで歩く時よりも音が更に抑えられる事は、1度でも靴下で廊下を歩いた事がある人なら分かる事だろう。
普段は使わないスキルだが、足音の主から逃れるには必要だと判断したのだ。
足音の主が誰なのかは、おおよそ検討がついていた。授業中という時間に、こんな大々的に動ける人なんて限られている。
保健室に向かう生徒という線も無くはないが、この廊下は保健室へ向かうルートから外れている。その線は薄いだろう。
そして、今のモカのようなサボり魔であるのなら、もう少し足音には気を使う筈だ。
それ以外に授業中に目立つ足音を出しても問題のない人間といえば、それは……
「……今、確かに足音がしたんだが……」
(──教師!)
それは、教師を置いて他に居ない。
このスニーキングミッション始まって以来のトラブル発生だった。
(しかも、よりによって体育教師かぁー……)
教師と鉢合わせたというだけでも運が悪いのに、更に運が悪い事に、巡回していたのは厳しい事で有名な男の体育教師だった。
クマのような体格をしているクセに、やけに俊敏に動く事から付いた渾名は『ランニングベアー』
やたらと熱血推しな事から、生徒の間では「男子校と女子校を間違えて来た」とか言われている男だ。
「何処だ、何処に隠れている……」
(どうしようか……)
もちろん、このまま捕まってやる気などない。だが、異常な感覚器官を持つ野田を相手に、逃げ切れる気がしないのも事実だった。
上履きを履いていたとはいえ、僅かな足音すら聞き逃さない異常な聴覚は、使い所を絶対に間違えていると思いながらモカは階段まで撤退する。
一度見つかってしまえば、モカに逃げ切れる訳がない。それに加えて、野田は間違いなく援軍を呼ぶだろうから、見つかる訳には絶対にいかない。
(だけど、逃げるには耳を誤魔化さないと)
移動する足音を頼りに追跡されている現状。何か別の物音で気を引かなければ、振り切るのは難しそうだ。
(何か、何か……)
モカの目は、廊下に設置されているペットボトルキャップを入れる容器に注目した。
迷うヒマ無く、そこから一つだけ抜き出すと、急ぎ足で階段を上って一つ上の階へ。
そこからペットボトルのキャップを、手すりの隙間から一階へと落とした。
──カツーン
「今の音は……?!」
落下の勢いで音が響き、教師の気を引けたようだ。
(……今度あのゲームをやる時は、空マガジンもしっかり使おう)
教師が階段を下って行く足音を聞きながら、モカは素早く動き出した。
もう、一刻の猶予も無い。早く蘭を見つけ出さなくては──
「なにしてんの?」
ヒュッと呼吸が止まりかけた。心臓が飛び跳ね、バクバクと脈打つ。
「〜〜〜〜ッッッ!?」
「いや、そんなに驚かなくても……」
背後に、いつの間にか蘭が立っていた。
「なんだ蘭かぁ……ビックリしたなーもー」
「それより、モカは何で此処に?今は授業中の筈じゃあ……」
「ペットボトルのキャップ……?おい、上に誰か居るのか!」
下からの声に、蘭の顔が引き攣った。思わずモカの方を見ると、モカは蘭の足元を指さして言う。
「蘭、上履き脱いで。靴下なら、かなり足音を誤魔化せるから」
「……分かった。ついて来て」
ここで捕まるなんて後免だ。
モカは蘭に導かれるまま、上の階へと駆け上がり続けた。
モカが連れてこられたのは、屋上へ通じる扉がある行き止まりだった。モカが覚えている限りでは、授業中は屋上は解放されていない筈だが……
「ここから抜けるよ」
「わーお……」
横の窓から屋上に出るルートは、流石に予想出来なかった。慣れた様子で抜けていく蘭の後を追ってモカも屋上へと出る。
この時の様子から、蘭が屋上でサボっていた事をモカは確信した。
「こっち、急いで」
上履きを履き直したモカと蘭は、給水塔の前に小走りで移動した。
「鍵かかってる……」
当然だが、いくら屋上が解放されているといっても、フェンスより高い場所にある給水塔へは生徒の立ち入りは許可されていない。
そして立ち入りを制限する為に、南京錠で鍵をかけられている金網で作られた扉があるのだ。
モカはもちろん鍵など持っていない。だから蘭に、どうするつもりかと聞こうとして、目を疑う光景を見た。
「速開けは、やった事ないけど何とかなる筈……!」
蘭がポケットから何か針金のような物を2つ取り出して南京錠の前でカチャカチャやり始めたのだ。
なんか、こういうシーンをゲームやアニメで見た事がある。
「ピッキング……!?蘭、いつの間に、そんな技術を?」
「ただの趣味……よし、開いた!」
冗談でも何でもなく、マジで開いた南京錠にモカは驚きを禁じえなかった。
それと同時に、だけど、なんで蘭は趣味でピッキングなんて習得してるんだろう。という疑問が脳裏に飛来してきていた。
「給水塔の下にスペースが有るから、そこに隠れてて」
「蘭は?」
「コレ付け直したら、すぐに行く」
疑問は湧いたが、聞くのは後だ。モカは急いで梯子を登る。チラッと蘭の方を見ると、蘭は金網の隙間から指を使って南京錠を元通りに付け直しているようだ。
梯子を登りきると、確かに給水塔の下に人が潜り込めるスペースがある。
モカが潜り込んで少ししてから、蘭も登ってきた。
「蘭……」
「モカ、静かに」
蘭の指がモカの口元に当てられた。言われるがままに口を閉じていると、屋上へ通じる扉がガチャガチャと騒ぎ出す。
「誤魔化せるか……?」
祈るような言葉。
少し待つと、ガチャガチャという音は止まった。
モカは心の中で安堵の溜息を吐いた。一先ずの脅威は去ったと思ったからだ。
だが横では、蘭は目線を厳しくしたまま、モカの口元から指を離さない。
「ここで屋上から脱出するべきか……いや、脱出してる最中に鉢合わせなんてしたら最悪だし。教師が引き返して来ない保証も無いか」
蘭とモカは、給水塔の下から動かないで暫く待った。
すると程なく、再び下の扉がガチャガチャと騒ぎ始めた。
だがこのガチャガチャは、さっきのような荒々しい物とは違って、何処か落ち着いた物だ。
「誤魔化せなかったか……!」
今回のガチャガチャ音が扉の鍵を開ける音だと気付いたのは、扉が開かれた音がモカの耳に入ってからだった。
「本当に居るんですか?」
「ええ、居るはずです。こっちの方向に逃げる足音を聞きましたから」
(バレてたの……!?本当に野生動物みたい)
極力抑えたつもりの足音は、努力も虚しく聞き取られていたようだった。どれだけ聴力が良いんだとモカは内心で毒づく。
「はあ……そうなんですか。ですが、誰も居ないようですよ?」
もう片方の声は、温和な性格で生徒からの人気も高い、学年主任の先生だろう。
蘭とモカは身動ぎ一つしないで、嵐が過ぎ去るのを待っていた。
「何処に隠れている……?おい、さっさと出て来い!」
「野田先生、声を抑えて下さい。まだ授業中ですので」
「あ、はい。すいません……」
「とにかく、手分けして探しましょうか。野田先生は向こう側を、私はこちら側を探します」
足音が別れた。蘭から遠ざかる足音は荒々しいから、恐らく野田の物だろう。そうなると、逆に向かってくるのは、学年主任の先生だ。
(見つかりませんように……)
ガシャガシャと給水塔に続く扉が揺らされる。音がする度に身体がビクッと反応してしまった。
「ふぅむ……これは」
「あちらには居ませんでした。そっちはどうでしたか?」
「いえ。こっちにも……」
「……本当に此処なんでしょうか?屋上に隠れられる場所なんて、見ての通りありませんし。普通なら此処に逃げないのでは?」
屋上に有るのは生徒が座るベンチくらいの物で、誰かが隠れるスペースは見当たらない。今隠れている給水塔の下を除いては。
「それは、そうですね……」
「取り逃がしたものは仕方ありません。明日から巡回の先生を少し増やして対応しましょう」
「分かりました」
2人分の足音が遠ざかり、やがて屋上の扉が閉じられる。カチャカチャと鍵が掛かる音を聞きながら、嵐が過ぎ去った安堵感を2人は感じていた。