4/15 ひまりの「は?」を太字にしてドスが効いているのを表現してみた。
蘭、モカ、ひまり、つぐみ、巴の5人は昔からの幼馴染である。
何をやるにも一緒、何をされるのも一緒。ひまりが思いつきで突っ走り、つぐみと巴が、それを宥めて、蘭とモカが後ろから着いて行く。そんな役割分担が、自然と出来るようになっていた。
「パンおいしー」
「……これで何個目だっけ?」
「家を出てから4個目だね。モカちゃんは合計で8個も食べてるよ」
よく食べれるなぁ……というのが、全員が思った事だった。どんなに美味しいパンでも、朝から8個も食べるのは流石にキツい。
「モカちん、お腹壊さないの?」
そんな、あこの心配も至極当然の物だといえるだろう。
「へーきだよー。モカちゃんの、お腹はブラックホールなのだー」
「おおー!なんか良く分かんないけど凄い!ねっ、おねーちゃん!」
「ん?あ、ああ。そうだな……あはは」
凄いか凄くないかと言われたら、凄いのだろう。だが、素直に褒めるには微妙な凄さだった。
あこ以外の全員の苦笑いが、それを物語っている。
「でもモカちゃん。そんなに食べると太っちゃわないかな?」
「そうそう。モカ?今からスタイルのコントロールはしておかないと、後で泣く事になるよ。多分」
「ひまりが言うと、説得力が違うよね」
「……ら〜ん〜?それ、どういう意味なのかなー?」
ことある事に「これ食べ過ぎて太っちゃわないかな……?」なんて言っているから、蘭の記憶に残りやすかっただけである。
「へーきだよ。カロリーは、ぜーんぶ、ひーちゃんに送ってるから〜」
「は?」
初めて聞く、ひまりのドスの効いた威圧感たっぷりの「は?」だった。オイオイオイ、死ぬわ
これはマズい。つぐみは止めに入る事を決意した。
「い、いやほら!きっと言葉の比喩表現みたいなものだよ!実際に、そんな事なんて出来るわけないからね!」
「そ、そうだよ。いくらモカでも、そんな超能力みたいな力が使えるわけないじゃん」
「出来たら、いよいよモカがヤベー奴になるからな!そんな事は出来ないだろ?!はははっ!」
「……だよね。流石のモカでも、そんな事が出来るわけないよね」
合わせて!という、つぐみのアイコンタクトに気が付いた巴と蘭のファインプレーが功を奏したのか、ひまりは落ち着いたように溜息をついた。
「…………ふっふっふー」
「何その含んだ笑い」
「べっつにー」
頼むから黙っててくれ。
意味深に含みのある笑いを見せたモカに、3人は内心で、そう思った。
「あ……友達だ」
少しの間、歩いていると、あこが遠くを歩く友達を見つけた。
コミュニケーション能力の高さを姉から譲り受けたのか、あこは友達が多い。多少の無鉄砲なところも、親しみを感じやすい要因の一つとなっているのだろう。
「行くのか?」
「うん。……いい?」
「アタシに許可を取る必要は無いさ。でも、あんまり遅く帰って来るなよ?」
「うん!それじゃ皆、後でねー!」
「いってら〜」
「転ばないでねー」
「気をつけてー」
「……………………」
遠ざかってゆく、あこの背中を、蘭はボーッと見つめていた。
「どうしたんだ?あこの背中をじっと見て、虫でも付いてたか?」
「いや、そうじゃなくてさ……あこにも友達は居るんだなって」
「蘭。お前、捉えようによっては凄い勘違いされそうな物言いしたぞ…………そりゃ居るだろ、あこは交友関係が広いからな」
もう巴でも把握しきれていないくらいだ。気がついたら、あこの交友関係は凄く広くなっていた。
それ自体は喜ばしい事なのだろうが、それが原因で変なトラブルに巻き込まれないか、巴は気が気でない。
コミュニケーション能力が不足している蘭と、あこを足して割れば丁度いいと、巴は思わないでもなかった。
「そうなんだ……」
「落ち込む事か?」
「そんなこと……「蘭は年下の、あこりんにコミュ能力で負けてるのが悔しいんだよねー?」…………モカ。そこ、動かないで」
「いーやーだー」
スタコラサッサと逃げ出したモカを追い、走り出す蘭。残された3人は顔を見合わせて笑い合いながら、先に行った2人の後を追うように走り出した。
「しっかし、なんだ。最初はアタシ達5人だけだったんだよな」
「そういえば、そうだったね。すっかり忘れてたけど……」
またもや限界ギリギリのラインを攻めて、死にかけの蘭とモカに歩幅を合わせながら歩いていると、不意に巴がそう言った。
「はぁ、はぁ……涼夜達との、日々が……濃かった、からね……」
「無理して喋るなって……最近になって考える事があってさ。もしアタシ達が星野兄妹や、氷川姉妹と出会わなかったら、今頃どうなってたんだろうって」
小学生の時、モカが千聖に間違って抱き着いたという一件が無ければ、あの2人とは関係を持てていない。
そして星野兄妹と関係が持てていないという事は、巡り巡って氷川姉妹との関係も無いという事だ。
もしそうなったとしたら、自分達はどうなっていたのだろう。そう巴は考えていた。
「そんなこと考えてたの?」
「この前までは春休みだったから全員が何とか集まれたけど、普段は難しいだろ?それで暇だからさ。つい考えちまった」
全員に予定があるだけでなく、涼夜達は3年生──つまりは受験生である。
才能の塊な氷川姉妹や、実は地頭が非常に良い千聖は余裕があるが、前世の経験というアドバンテージが無ければ、地頭は悪い方な涼夜は今から頑張っていた。
そんな理由で集まりづらい最中、暇になった巴が考えたのだった。今とは異なる自分達が歩んだ歴史が、どんな物かを。
「皆で考えてみる?どうせ学校に着くまでは暇なんだしさ」
「いいと思うよ」
「でも……想像が、つきませんな〜」
「……今とは違う、あたし達か……」
ひまりの提案で、全員がifの可能性を想像し始めた。もしもの話、十二分に有り得るだろう未来の話を。
「うーん……間違いなく、交友関係は狭くなってるよねぇ」
「最低でも4人分は少ないよね。涼夜君と、千聖ちゃんと、紗夜さんと、日菜ちゃんで」
「蘭は、さーやとも知り合いにはならないよねー。あたしとか、つぐやトモちんは兎も角、蘭はパンを買いに商店街までは来ないでしょ?」
「そうだね。わざわざ行かないし、沙綾とは知り合わないかも」
想像するだけならタダだ。5人は様々な可能性を好き勝手に語り合う。
「逆に、私達と出会わなかった星野兄妹はどうなるんだろう?」
「……もう兄妹じゃなくなってるんじゃないか?」
「あっ……そっかあ」
思い出したら、もう治っている筈の頬の痛みが、ぶり返したように感じられた。あの時に感じた痛みは今でも鮮明に覚えている。
「そういえば、そうだったね……」
「大喧嘩でしたなー」
「そうなると、千聖は…………この話は止めよう」
蘭の言葉に逆らう者は誰も居なかった。
どんよりと暗くなった空気。それを無理やり変えたのは、つぐみの言葉だった。
「じゃ、じゃあ紗夜さんと日菜ちゃんはどうなんだろうね!?」
「あの2人は……変わんないんじゃないかな」
「日菜は何処でも変わらず、おねーちゃん大好きって言ってそうだよね」
「紗夜も今と変わらないんじゃないか?話してると分かるけど、何だかんだ言って、妹の事が大好きだからな」
「そういえばトモちんは、お茶会に招かれる仲でしたなー」
言うまでもなく、お姉ちゃん会議の事である。
「まあな……お茶会っていうより、じゃれあいなのは黙っとくか」
「巴、何か言った?」
「いや、何も。それよりほら、もう着くぞ」
校門に雲梯が付いている、と専ら評判な羽丘女子学園の中等部の校舎が見えてきた。
「校門のオブジェさ、雲梯って聞いてから、そうとしか見えなくなったんだよな」
「何を思って、こんなデザインにしたんだろうね……?」
「止めてよ。もう雲梯にしか見えないじゃん」
「ぶら下がれるかなー」
「モカ、やらないでよ。……フリじゃなくて、本当に」
そうこう言っている内に、クラス分けの紙が貼られている掲示板に人が集まっている場所に、たどり着いた。
2年生全員分のクラス分けが貼り出されているとあって、物凄く混みあっている。
「この人混みで探すの……?」
「……頑張ろう、蘭ちゃん!」
もう嫌な顔を隠さない蘭を励ましながら、つぐみ達は自分の名前を探し始めた。
「こっちには無い、かな……つぐ?そっちはどうだ?」
「こっちにも無いかな……モカちゃん?」
「無いでーす、つぐ隊長ー」
「た、隊長?」
自分達の名前を探しながら、まるで受験の合格発表を待つ学生のような気持ちになっていた。
そんな中、ついに見つけたと声が挙がる。
「あったよ!名前!」
「でかした!ひまり!」
人の波を、かき分けて5人が集まる。ひまりが指さした方向には、確かに見慣れた名前が載っていた。
「つぐと、私と、巴と、モカと……」
「4人同じか、やったな!これもアタシ達の幼馴染パワーの賜物だ!」
「後は蘭で、ロイヤルストレートフラッシュだね〜」
「な、なんでロイヤルストレートフラッシュ?」
「なんかカッコイイじゃん?」
4人が割り振られたB組の名前一覧を、5人は食い入るように見つめて、そして気が付いた。
「……蘭の名前、ある?」
──気まずい沈黙が訪れた。
「……つぐ、どうだ?」
「……モカちゃん?」
「…………ひーちゃん?」
「……巴?」
「……つぐ?」
「……モカちゃん?」
「……ひーちゃん?」
以下、無限ループである。誰も蘭の方を見る事が出来なかった。それくらい気まずかったのだ。
「……………………」
蘭の目は、死んでいた。
「よりによって、蘭だけ別のクラスなんて……」
「じょ、冗談じゃ……!?おいマジかよ、夢なら覚め……!」
「巴ちゃんがバグっちゃった……」
「それくらいの衝撃だったって事ですなー」
放課後の帰り道、落ち込む蘭を中心に置いたインペリアルクロスの陣形で帰宅中である。
「ま、まあ、ほら!A組とB組なら、体育の授業とか一緒だから!教室も近いし、お弁当も一緒に食べられるよ!」
「そ、そうだよ蘭!まだ落ち込むには早いって!」
「…………………………………うん」
あっ、アカン奴だコレ。
長い付き合いから来る経験で悟ってしまった4人が、アイコンタクトで作戦を練ろうとした。
(よく考えたら、この陣形ってアタシ達4人が蘭を煽ってるようにも見えないか?)
(どどど、どうしよう!?)
(ちくわ大明神)
(助けて皆ーーっ!)
見事なまでに噛み合わなかった。自慢の幼馴染パワーは、誰か1人が欠けると途端に機能しなくなるようだ。
「ほら、私達でA組には毎日遊びに行くからさっ!だから、大丈夫大丈夫!」
「ん…………そうだね」
明らかにショックを受けている蘭を見て、4人は不安そうに顔を見合わせたのだった。
◇◇
「ああー……恐れていた事が現実になっちまったか」
施設に俺を指名する電話が掛かってきたと聞いて出ると、相手は巴だった。まさかと思って話を聞いていると、どうやら俺が恐れていた通りの事が起こってしまったらしい。
『何とかならないかな?』
「と言われてもなぁ……クラス分けに介入する事なんて出来ないし、そもそも俺達は学校も違うしな」
『そうなんだけどさ……でも、あんな蘭を見るのは初めてだから、何をしてやれば良いのか分からなくて』
巴の言いたいことは良く分かる。対人能力には色々と難のある蘭が、知り合いが誰も居ない環境に置き去りにされたのだ。友人として心配するのは当然だろう。
「だから俺に白羽の矢が立ったって事か?」
『そうなんだよ。2年間も一人ぼっちだった涼夜なら、蘭にも適切なアドバイスが出来ると思ったんだ』
「まあ、確かに……」
しかも蘭とは違って、最初から変人認定を受けて避けられていたから、状況は蘭よりも悪かった。……我ながら、なんて状況で2年間も学校生活を送ってきていたのだろう。
「と、言ってもな。蘭が新たに友達を作る可能性もゼロではないし、少しだけ様子を見てから判断しないか?
無論、何かあれば、すぐに動くけどさ」
『……そうだな、まだ何も始まってないんだ。今焦っても仕方ないか』
言ってて「ねーよ」とは思うが、可能性はある。もしかすると、A組にはヤバいレベルでコミュニケーション能力が高い奴がいて、蘭と友達になってくれるかもしれない。
そんな奇跡は無いとは思うが、すぐに動くほどでもないだろう。
「こっちも動けるように準備はしておく。何かあったら連絡くれ」
『分かった。じゃあな』
「ああ、じゃあな」
受話器を置いて、これからの対応を考える。十中八九、これから精神が病むであろう蘭のためにも、どうにか元気づける方法を見つけなければ。