「くしゅん」
「……風邪か?」
「いや違うわ。ほら、此処って風通しが良くて、しかも今日は風が冷たいじゃない」
どれくらい、そうしていたかは分からないけれど、千聖が、くしゃみをして身体を震わせるくらいの時間は経過していた。
「よし、もう帰るか!」
「だな。あー疲れた」
体の節々(主に顔)が、めっさ痛い。巴の奴、ほぼ間違いなく手加減なんてしてなかっただろう。
俺も同じくらい本気で殴ったから他人の事は言えないし、元はと言えば俺が原因なのは分かっているから何も言えないけど。
「もう、これっきりにしてくれよな。いくら友達の為とはいえ、2度と殴り合いなんてやりたくないからさ」
「俺もやりたくないし、もう、これっきりだから大丈夫だって、安心しろよ」
「不安だ……果てしなく不安だ……」
巴も身体が痛むのだろう。時々表情が苦痛に歪んでは、あこに心配されていた。
「もー、本当にこれっきりにしてよ?!見てるだけの、こっちも辛いんだから!」
「分かってるって。あれが最初で最後だ」
「本当だよ!本当に本当だからね!?」
本気で心配してくれていたのか、ひまりの目の端には涙のような水滴が確認できる。目も真っ赤に泣き腫らした跡があるし、そこまで心配させたのかと被害の大きさを再認識した。
「もうやらないって。なんだよ、そんなに俺が信用ならないのか?」
『うん』
「随分スッパリと言ったなお前らぁ……!」
今回の件で信頼度ガタ落ちなのは分かるけど、もう少しオブラートに包んでくれても良いんじゃないか。もし俺がガラスの心だったら、あっという間にブロークンハートしていた所だろう。
「だって涼夜君だし……」
「ねー」
「つぐみ、モカ。ちょっと、そこに直れ」
きゃー、と棒読み気味に逃げるモカと、苦笑いで静かに距離を取る、つぐみ。
なんだろう、当たり前に見ていた光景の筈なのに、随分と懐かしさを覚えてしまった。
「…………なんで笑ってるのさ」
「さて、なんでかな。ちょっと推理してみろよ、蘭」
「はぁ?いきなり何言ってんのさ。意味分かんないんだけ……」
「えっ!らんらんが名探偵の真似事を!?」
「……え?ちょ、日菜?」
「出来らぁ!!」
道を歩きながら、唐突に、あのテーマソングをアカペラで熱唱し始めた日菜。蘭がそれに困惑している間に、アカペラに釣られてキケンな奴らが集まって来ていた。
「蘭ちゃんが名探偵?」
「どっちかっていうと犯人側だよな……ノーコン的に考えて」
「その場合の被害者は、いつも巴になるんだね、分かるよ」
「凶器は常にボールだね!」
「名探偵、兼、犯人らんらんだー」
「それは、完全なマッチポンプというか、自作自演というか……」
もう散々な言われようである。あんまりな物言いに、蘭の顔が、みるみる茹でダコみたいに赤くなっていった。
「モカ殴る」
「なんで〜?なんで、あたしだけなのー」
「うっさい!」
モカが逃げて、蘭が追いかける。トム&ジェリーみたいな感じで、俺達の周りをグルグルと回り始めた。
「逃げないでよモカ!」
「それは無理な話ですぜ〜、らんらんのとっつぁーん」
「誰が、警部か!」
1周、2周、3周、4周。反転して1周、2周、3周……
うん、まさにトム&ジェリーだ。不毛な追いかけっこを永遠としている所とか、特に似ている。
「ところで不二子役は、ひまりがドンピシャだと思うんだけど。どう思う?」
「あ、凄い分かる。巴ちゃんは五ェ門とか似合いそうだよね」
「そうか……?でも、その流れだと、つぐが次元になるんだよな」
「イメージ湧かないよねぇ……」
あの帽子を被って、拳銃を速抜きで撃つ、つぐみ。
…………言っちゃアレだが
『致命的に似合わない……』
つぐみには、そういった荒事関連のイメージが全く無いからだろう。全く噛み合っていないように感じられた。
「巴の五ェ門は違和感ないんだけどなー」
反対に、和服姿で色々と叩っ斬る巴は違和感なくイメージ出来る。ハマり役なんじゃないのかとさえ思えてしまうのは、夏祭りの和太鼓を叩く法被姿がイケメンだからなのか。
「巴ちゃんは、そういうカッコイイ役が似合うよね」
「巴さ、折角だから今やってみてよ。あの決めゼリフ」
「え?あ、ああ。別に良いけど……ん"ん"っ。
『また、つまらぬ物を斬ってしまった……』」
言われるがままに、その辺に落ちてた木の枝を刀みたいに持たされての一言だった。木の枝をバトンみたいに回しながら言ったから、何処となく漂う強者感ポイントが高い。
『おおー』
「小太刀を持ちながらっぽくてカッコイイな」
「小太刀って?」
「小さい刀の事。もう1本あると二刀流だな」
「二刀流!カッコイイ響きだよね!」
二刀流という言葉に目を輝かせた、あこがキラキラした目で木の枝を探している横では、まだ追いかけっこが繰り広げられている。元気な奴らだ。
「おい蘭。その辺にしてやれよ」
「はあっ、はあっ。ま、まだ……」
「死にかけじゃん」
蘭は息も絶え絶えだった。そんなになってまでモカを追うとは、これは、とっつぁん役が本気で似合っているのかもしれない。
「ふっふっふー。蘭は修行が足りないなー」
「モカちゃん、汗ダラダラで言われても説得力無いよ……」
そしてモカの方は、表情こそ変わらないものの、汗がダラダラである。前からの傾向だが、なんで、この2人を放っておくと限界まで攻めてしまうのだろう。
「んー。なんか安心したら、途端に腹減ってきたなぁ」
「そういえば、今って何時くらいなんだろう?」
「3時過ぎくらいじゃない?きっと、おやつの時間だよ」
「おやつ……つまり、パン!」
ブレないなコイツ……。お小遣いが入る度に、もう何年も通っているらしいが、一向に飽きが来ないとモカは常に語っている。
前に齧らせて貰った事はあるから美味しさに疑いは無いけれど、飽きが来ないっていうのは分からない。
「モカって、いっつも、そればっかりだよね」
「ひーちゃんは、山吹ベーカリーのパンの美味しさを知らないから、そんな事が言えるのだよ〜」
「それは散々聞かされたし、実際に食べた事もあるから美味しさは分かるけどさー、流石に飽きると思うんだよね……」
ひまりだけでなく、モカ以外の全員が恐らく思っている事だ。いくらパンの種類があるといっても、何周もすれば流石に飽きる自信が俺にはある。
「おねーちゃん!これ、これ持って、もう1回!」
「ええ?ああ、良いけど……」
「あこりん、ちょっと待って。ここは一本増やして、三刀流なんて……どうかな?」
「三刀流……!凄い、凄いよ、なっちゃん!これなら3倍カッコイイね!」
「ええ………?でも、どうやって持つんだ、これ」
木の枝を持ち寄って、巴に、また、つまらぬ物を斬らせようとしている日菜と、あこ。当の巴は、3本の木の枝を持って、どうすれば良いのか頭を捻っている。
「おねーちゃん、口だよ。口!」
「咥えるのか?!たった今、拾ったばっかの木の枝を!?」
「………………ダメ?」
「ゔっ…………りょ、涼夜!なんとかしてくれ!」
あこには勝てないのだろう。大いに共感できる理由で巴に泣きつかれたので、仕方なく止まったままの頭を回転させる。バカメーターを上げて、心を童心に戻して……
「……三刀流。確かにそれは、心躍る響きだ」
「なッ!?涼夜まで、あこと日菜の味方をするのかよ!」
「だよね!だから、おねーちゃん!早く──」
「だが……」
だが、しかし。三刀流は些か中途半端であると言わざるを得ない。
「中途半端……?」
「一体、どういう事なの……?」
ふっ、成程まだ気が付いていないようだな。よろしい、ならば教えてやる。
「あこ。手の指と指の間の隙間は、何個ある?」
「4つだよね?でも、それが…………はっ!?ま、まさかッ!!」
「そういう事なの……ッ!!」
「気付いたようだな」
俺はニヤリと笑った。あこと、そして日菜は衝撃を受けたような表情で俺を見た。
巴は完全に置いてきぼりを喰らったようで、他人事のように聞き流していた。
「そうだ。隙間は4つある。ならば片手で四刀流、両手を合わせれば八刀流になるだろう!!」
「「な、なんだってーー!?」」
よほと衝撃的だったのか、2人は膝から自然と崩れ落ちてorzの体勢となった。
「そ、そうだ!人の指は、何かを挟む事も出来るッ!なんで忘れてたんだろう……ッッ!」
「くっ、やっぱり涼夜君は強いや……」
敗北感に打ちのめされている2人を見て、巴は一言。
「お前ら、アホだろ」
「巴さん。そんなドストレートに言ったら可哀想ですよ」
「とは言うけどさ。紗夜も思ってるんだろ?」
「ええ、まあ。アホですね」
2人の姉は辛辣であった。
◇◇
◇◇
「よいしょっ。千聖、準備は良いか?」
「ええ兄さん。いつでも良いわ」
今まで履いていた運動靴とは違う、だけど懐かしさを憶える、制服用の革靴の爪先で、地面を意味もなくトントンと叩く。……そういえば、この行動って何か意味があるんだろうか。
「忘れ物とか無い?大丈夫?」
「大丈夫ですよ職員さん。今日は入学式だけですし」
心配性な職員さんに笑いかけると、それで少し安心したのか、不安そうな表情が和らいだ。
「さて。それじゃ」
「「行ってきます」」
外に出ると、少し強めの春風が桜の花弁と共に吹き付けてきた。空は青く澄み渡り、まさしく"青空"と呼ぶに相応しい。
「ふぁぁ……ねみ」
「遠足前の子供みたいに、そわそわしてたからよ」
「しゃーない。心配だったんだ、千聖が悪い男に引っ掛からないかとか、友達は出来るのかとか……」
施設を出て、すぐに腕を絡ませてきた千聖と、歩幅を合わせて中学校へ向かう。
「あら。その心配は少し遅いわね。もう私は、悪い男の人に引っ掛かっているわよ?」
「は?それって、どういう……」
自分でもビビるくらいの速度で千聖の方を向くと、唇に千聖の人差し指が当てられた。
たっぷり5秒くらい当てた後に、千聖は、その人差し指を自分の唇にも当てて、そして小悪魔めいた笑みで言った。
「兄さん。家族を捨てるような、悪い人」
「……ああ、そういう……」
そりゃ確かに悪い人、それも札付きのワルだ。
「でも好きよ。そういう悪い所があって、でも優しい、私だけの兄さんの事」
「嬉しいねえ。普通なら、アレ完全にアウトだから、お前の心の広さに泣いちまいそうだ」
これから3年間、使う事になる通学路の途中には公園がある。俺と千聖は、此処で待ち合わせをしていた。
「おー、来た来た」
公園のブランコに座って、双子の姉妹は既に待っていた。
「おはよー、涼夜君と千聖ちゃん。今日も2人、一緒だね」
「そりゃ、同じ場所で暮らしてるしな」
「いやいや、そうじゃなくてさ」
そう言った日菜は、絡まっている俺と千聖の腕と、繋がれた手を見た。
「……ねえ?おねーちゃん」
「そうね。仲が良いのは、良い事ね」
「ところでおねーちゃん。ここは涼夜君と千聖ちゃんに負けないように、あたし達も同じ事をするべきだと思うんだけど」
「先に行くわ」
「ええっ!?ちょっと待ってよ、おねーちゃん!!」
とてつもないセメント対応だった。
さっさと歩き始めた紗夜を日菜が小走りで追い、俺達も顔を見合わせてから歩いて追い掛ける。
日菜は素早く紗夜の前に回り込んだ後、器用に後ろ歩きをしながら「ねー、いいじゃーん。ねーってばー」と紗夜に言っていた。
「変わらないな、日菜は」
「ええ。本当にね」
日菜だけじゃない。日菜を、あしらう紗夜も。此処には居ないが、冷静なように見えて実は熱いハートを持つ蘭も。何だかんだで友達思いなモカも。ムードメーカーの、ひまりも。ストッパー役の、つぐみも。友達の事情に、本気になれる巴も。厨二病に目覚めつつある、あこも。
根っこの部分は何も変わっていないのだろう。
「このまま、ずっと。今が続けば」
叶わない夢なのは分かっている。時間は戻らないのが世界の理だ。皆が、いつかはバラバラに離れていって、今みたいに集まる事も難しくなるだろう。
だけど、それでも。
「2人ともー!早くしないと、置いて行っちゃうよー!?」
遠くから日菜の声がした。まだ距離は、そんなに離れていない筈だが、着実に開いてはいた。
「はいはい。今行くよ」
夢は何時か醒める物だ。
だけど、醒めた後に再び同じ夢を見ても良い。
まだ、目覚めの時間には早い筈だから。
はい、これで中学前編は終わりです。やっぱアフロのメンバー空気気味じゃねえか。見せ場あったの巴だけだぞ。
そんなクッソ酷い内容のお話でしたが、楽しんで頂けたでしょうか?あるいは暇潰しくらいには、なったとか?もしなったなら、やはり、これ以上ない幸福です。
ここまで見てくださった皆さんに、深い感謝を。そして、この話を投稿した時点で新たに評価を入れて下さった11名の方と、153名のお気に入り登録者の皆さんにも、深い感謝を。バーが赤くなった時は何かの間違いかと思いましたし、今でも思ってます。
次の章は中学後編、原作でいう所の『夕影、鮮明になって』の内容がメインになると思います。
もし御縁があるならば、次の章も宜しくお願いします。