今しか出来ない事をやろう   作:因幡の白ウサギ

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5/19 日菜のセリフを一部追加



永遠(とわ)なる絆と想いのキセキ

 ◆◆

 

 涼夜が連れてこられたのは、山の中にメンバー総出で作った秘密基地だった。

 秘密基地といっても、周囲の木々が目線を隠す山の中腹を広場のように整えて、その辺から丸太を持ってきて、椅子みたいに置いているだけの簡素な物だが。

 

「ここなら邪魔も入らないだろ」

 

 基地には、先に待っていたのだろう。日菜と紗夜の姿もあった。紗夜は何処か緊張感を帯びた顔をしているが、日菜は気楽な物だった。

 どこまでも正反対な双子だと、涼夜は思った。

 

「……それで、何の用だ?」

 

「惚けるなよ。全部聞いてるんだ、千聖から」

 

 そうだろうなと思っていたから、涼夜に驚きは無かった。

 ただ気になったのは、つぐみや、ひまりが、何故か可哀想な者を見るような目で涼夜を見ている事であるが。ひまりに至っては泣きそうである。

 

「アタシ達に何の相談もなく、1人で千聖を養子に出そうとしたってな」

 

「…………」

 

「なんで相談してくれなかったんだよ?そりゃあ、アタシ達が力になれる事は限られてるけど、でも相談くらいなら……」

 

「何度も同じ事を言わせるな。お前達には、関係ない話だ」

 

 あんまりな物言いに、巴は自分でも驚くくらい早く、そして本気でカチンと来た。巴は気が長い方だが、昨日からの涼夜の態度が、巴を、ずっと苛立たせていたからだった。

 

「前から黙ってたら、関係ない、関係ないと……!」

 

「事実だ」

 

「なら、千聖の将来に口出ししてる、お前は何なんだよ。前に自分で言ってたよな?これは千聖の問題で、アタシ達や涼夜は関われない問題だって」

 

「…………」

 

 痛い所を突かれた。と言わんばかりに沈黙する涼夜。

 巴は掴みかからんばかりに詰め寄った。

 

「都合の悪い時だけ黙んなよ……!」

 

「……こうする事が、千聖の為になるんだよ」

 

 そうして辛うじて出した言葉は、苦し紛れのそれだった。

 その姿が、巴を更に苛立たせる。

 

「だから手を出したのか?アタシ達には関わるなって言っておいて、自分だけ都合良く、発言を無視して?」

 

「………………」

 

「なんとか言えよッ!!」

 

 その時、その場に居た誰もが予想しなかった行動に巴が出た。

 

 巴の拳が涼夜の頬を捉えたのだ。

 最初は何が何だか分からないと言わんばかりにキョトンとした涼夜だったが、状況を把握するにつれて怒りの感情が、ふつふつと湧き上がってきた。

 

「テメェ……何すんだ」

 

「こうでもしないと聞かねぇだろ、お前みたいなアホはよ」

 

 不穏な空気が漂う。いきなりの巴の蛮行に、モカですら大きく目を見開いた。

 

「千聖の気持ちも考えねぇで、それで口を開けば『アイツの為』だと?バカも休み休み言えよ」

 

「部外者は引っ込んでろ」

 

「アタシ達も千聖もAfterglowのメンバーだ。部外者なんかじゃねぇ、むしろ関係者だ」

 

「なら言い方を変える。これは俺と千聖の問題だ。お前達には──」

 

「もう黙れよ」

 

 涼夜が言えたのはそこまでだった。何故なら、言葉を遮るように巴のアッパーが命中したからだ。

 ぐらり、と涼夜の身体が揺れ、ことの成り行きを見守っていた、ひまりや、あこから悲鳴が漏れる。

 

「巴ちゃん!それは……!」

 

「つぐは引っ込んでろ……さっきから黙って聞いてれば、壊れたラジオみたいに、何度も何度も同じ事ばっかり繰り返しやがって」

 

 体勢を立て直した涼夜の目には、明らかな怒りが宿っていた。手の甲で口を拭って、巴に接近する。

 

 このままでは、マズイ。そう直感した紗夜が止めに入るのも、無理らしからぬ事だ。

 

「涼夜、一旦落ち着きなさい。巴さんもよ」

 

「紗夜は黙ってろ……やんのかよ」

 

「いいぜ、来いよ」

 

 だが、紗夜の静止も届かない。まさか腕力で敵う筈もなく、涼夜を止めるには、紗夜の声は、あまりに無力であった。

 売り言葉に買い言葉。2人が激突するのに、さほど時間は必要なかった。

 

「何しやがるんだ巴ェ!」

 

「そう言うお前こそ、何やってんだよ!」

 

 殴れば殴られる。殴られたら、また殴る。至近距離で完全にノーガードの殴り合いとなった。

 

「なんで千聖の手を離そうとした!どうして、いつもみたいに『千聖は渡さない』の一言が言えない!?

 アイツは、千聖は……お前の大事な家族じゃなかったのかよ!!」

 

「どこまで行っても、所詮俺は紛い物の家族なんだよ!血の繋がった本物の家族が迎えに来たなら、そっちに渡すのが筋だろうが!!」

 

「血の繋がりだけが本当なのかよ!?一緒に過ごした時間は紛い物だって言うのかよ!!」

 

 右ストレートが涼夜の顔面を捉えた。仰け反った涼夜に更に距離を詰めて巴が猛攻する。

 

「血と時間と、どっちが本当なのかは千聖が決める事だ!!上から目線で偉そうに、お前が語る事じゃねえ!」

 

「お前こそ知ったふうな口を聞くな!これが、こうする事が、一番千聖の為になるんだって分からないくせに!!」

 

「千聖の気持ちを無視して、それでアイツの為だと?!馬鹿にしてんだろ、千聖の事を!!」

 

「お前みたいな子供には分からんだろうな!何をするにも後ろ盾があった方がいい事!両親が居ると居ないとでは、将来の道が大きく変わる事!

 そして何より、金が無ければ何も出来ない事を!!」

 

 お返しのボディブローが巴にクリーンヒットした。巴が怯んだ隙を逃がさずに涼夜は追撃を仕掛ける。

 

「白鷺家は金がある!向こうに引き取られれば、このまま施設で生きるより遥かに楽な人生を歩めるんだ!!」

 

「俺は千聖に苦労して欲しくない!俺みたいな例外が苦労するならまだしも、アイツは負わなくていい苦労を、もう背負ったんだから!!」

 

「だから引き渡すってのか!?一度千聖を捨てたような、責任感の欠片も無いような奴に!!」

 

「それが千聖の未来に繋がるから!!」

 

「それは、テメェの理屈だろうが!!」

 

 巴が殴り倒した涼夜のマウントを取って、ひたすら殴る。荒れに荒れる2人に、他の誰もが手を出せずにいた。

 

「引き渡される千聖はどうなるんだ!?お前の勝手な考えの為に、ただ1人の兄から無理やり拒絶されて、そんなんでアイツが満足できると……幸せになれると本気で思ってんのかよ!!?」

 

「心の悲しみは一時だ!でも、金は一生、付き纏う!今ここで道を間違えれば千聖は一生後悔するんだ!

 俺はそれをして欲しくないんだよ!!金の事で千聖に苦労をして欲しくない!!」

 

「だから、それはテメェの理屈だって言ってんだよ!!」

 

「綺麗事を……並べてんじゃねえ!」

 

 涼夜は巴の服の襟を掴んで引き寄せ、頭突きを御見舞いした。

 

「ならお前に分かんのか?!!親にゴミみたいに棄てられて、孤児院に入れられた子供達がどんなに辛いのか!!」

 

 バランスを崩した巴。涼夜は、その隙を逃さない。

 ごろりと半回転して、今度は涼夜が巴の上に馬乗りになる。

 

「やりたい事も出来ないで!アイツは棄てられた、親なしだと周囲から嘲笑われる子供の辛さと惨めさが!」

 

「頼る者も無く、何の支えも無しに社会に放り投げられる心細さが!金が無い事の不自由さが!お前に分かんのかよ!!」

 

 

「分かるわけねえよなぁ!両親も居て!帰る場所があって!今日みたいな明日が来る事が、当たり前だと思ってるお前には!!」

 

「一度棄てられても、それでも!名前はおろか、顔すら知らない親が迎えに来るのを待っている子供の気持ちが!お前みたいな小娘に分かるか!!!」

 

 7月7日の短冊を見た記憶が蘇る。"家族が迎えに来ますように"という、子供達の切実な叫びが、そこにあった。

 

 

「来ると思っていた明日(当たり前)を、いきなり奪われた奴の気持ちが、お前なんかに理解できるのかよ!宇田川巴!!」

 

 

 「ふっ……ざけんじゃねえ!!!」

 

 再び体勢が入れ替わった。

 

「アタシがどうしてキレてるのか分かるか!!?」

 

「アタシがキレてんのはな!"今"しか出来ない事をやろう、なんて言ってアタシ達を導いて来た奴が!先の事を考えずに突っ走ってきた、お前が!自分の妹の時だけ都合良く"明日"を持ち出して、それを盾にして語ってやがるからだ!」

 

「この瞬間を永遠にして来た奴が、今をずっと積み重ねてきた奴が!ここに来て"未来"なんて不確かな物に縋ってやがる!アタシには、それが我慢ならねぇ!!」

 

 ボコボコに殴る巴の手の速度は緩まない。むしろ早くなってさえいるようだった。

 

「アタシには両親が居る!帰る場所も有る!だから孤児院の子供の気持ちなんて分からねぇ!!」

 

「けどな!妹を、家族を大切に思う気持ちは良く分かってるつもりだ!少なくとも、今のお前よりはな!」

 

「アタシは、あこの事が好きだって胸を張って言える!多少おっちょこちょいだし、すぐアニメには影響されるけど……でも!そんなところも含めてあこなんだよ!!そんなあこだから、アタシは好きなんだ!!」

 

 巴の手は止まらない。しかし、手に入る力は確実に弱くなっていった。

 

「お前はどうなんだ!?妹の事を……千聖の事が好きだって言えるのか!!」

 

「もし言えるんなら、本当に好きなら手を離すなよ!!たった1人の家族なんだろ!!?」

 

「だったら尚更、傍に居てやらなきゃ…………他の誰が千聖に寄り添ってやれるんだぁぁぁぁ!!!!」

 

 後半の方は、もう悲鳴にも似た声色だった。あるいは、これこそ宇田川巴の魂が挙げた悲鳴なのかもしれない。

 

 それに感化されたのか、それとも、もう自分を誤魔化すのも限界だったのか。涼夜の口から、言葉が自然と飛び出した。

 

「俺だって…………俺だって離れたくねえよ!」

 

「だけど、もう分かんねえんだよ!俺が何をすればいいのか、どうすればいいのか!」

 

 涼夜が、この世界で初めて他人に弱みを見せた瞬間だった。初めて聞く本音を、全員が何も言えずに聞いていた。

 

「心は離れたくないって思ってる!だけど頭は、こうする事が千聖にとって最善だって言ってる!どっちを信じればいいのか、俺にはもう分からねぇんだよ!」

 

 バカでいられれば、本物のバカだったなら、こんな事を考える間もなく答えを出せたのだろう。

 だけど、行動に移すには前世の経験が邪魔をした。

 

 ()を取るか、(未来)を取るか。

 どちらかが間違っているのではなく、どちらも正しいと分かってしまっていたから。だから答えを出せなかった。

 でも無理矢理でも天秤に掛けて、その結果が、今回の出来事だ。

 

「なら、代わりにアタシが言ってやる!」

 

「アタシ達には今しかねえ!先の事なんて分からねえ!だったら、いや、だからこそ!今しか出来ない事をやるべきだろうが!!」

 

「お前がいつも言ってきた事だ!!」

 

 マウントを取って、襟首を掴み上げたまま、それにな、と巴は言葉を続けた。

 

「もし、お前の言う事が正しいんだったら!明日(当たり前)が奪われて、もう来ないっていうんなら!!これも"今しか出来ない事"なんじゃないのかよ!!!」

 

「答えろ!答えろ星野涼夜!!」

 

「今しか出来ない事をやるんだろ!?今を永遠にするんだろ!!?」

 

「だったら行けよ!千聖の所へ行け!そして、そしてぇ…………あの時に言ったお前の言葉を、アタシ達の始まりを……嘘にしないでくれ!!」

 

 最後は完全に懇願だった。殴られまくった涼夜の顔に、巴の涙がポタポタと落ちていく。

 

 

 誰も、何も言えず、そして動けなかった。

 巴の、すすり泣く声だけが、この場で流れる音だった。風も吹かず、鳥の囀りも聞こえない。

 

 

 

 

 暫くしてから涼夜がゴロリと転がって再び巴のマウントを取る。まだ続けるのかと身構えた周囲の予想とは異なり、何もせずに立ち上がった。

 巴は地面に大の字に寝転がったままだ。もう動く気力も無いのか、指先すらピクリともしない。

 

「…………俺、行ってくる」

 

「やっと目が覚めたかよ……バカ野郎」

 

「ああ。ようやっと」

 

「おせーよ。完全に寝坊だぜ、ばーか」

 

 背を向けた涼夜からは巴の顔は見えない。同様に巴からも涼夜の顔は見えない。

 だけれども、お互いは、互いが笑っている事に確信を持っていた。

 

「忘れてたよ。俺はバカで、バカが深い事を考えても碌な事にならないって」

 

「やっと思い出したのかよ……」

 

「なんだよ。その物言いだと、まるで俺がバカなのを知ってたみたいじゃないか」

 

「アタシ達は知ってたよ。

 何かする時は、常に行き当たりばったりで、アドリブ上等。周りの迷惑とかを顧みないで走って行って、その癖に誰かが何か問題を起こすと、全部自分だけで責任を背負おうとする。

 そんな、恐ろしく自分勝手な、でも優しいリーダーの姿を、知ってたんだよ、涼夜」

 

 自分のことなのに、知らなかったのは俺だけか。

 そう言って涼夜は苦笑した。

 

「行けよ、千聖の所に」

 

「行くけどさ……でも、千聖には完全に愛想を尽かされただろうな。あんな酷い事を言ったらさ」

 

 少なくとも、縁を切る事を覚悟して暴言を吐いたのだから。以前よりも関係が悪化するのは避けられないだろうと涼夜は思った。義兄妹の関係が続けば御の字だろう、と。

 だが巴は、そうは思っていないようだ。

 

「さて、それはどうかな?」

 

「は?巴、お前なにを言って……」

 

 

 

 ──兄さん

 

 

 声のした方へ、凡そ普通なら出来ないだろう旋回速度で涼夜は目線を向けた。

 舞い散る桜の花弁が雪のように降る中で、涼夜は千聖の姿を見た。

 

「ち、さと……?!なんで、どうして此処に!?」

 

「最初から居たのさ。隠れてて貰ってたんだ」

 

「そん、な……!」

 

 涼夜が絶句している間に、千聖は、ゆっくりと涼夜に向かって歩いてきていた。

 

「聞いてたわ。兄さんの叫び、本心を」

 

 距離が詰まる。ゆっくりと、でも確実に。

 

「ずっと、私の事を考えてくれていたのね。私の幸せを、考えていてくれたのね」

 

 一歩

 

 一歩

 

 距離が近くなっていく

 

「嬉しかったわ。やっぱり兄さんは、優しい兄さんのままなんだって、分かったから」

 

 とうとう、千聖が涼夜の目の前まで来た。

 

「でも俺は、お前に酷い暴言を……」

 

「勿論それは傷付いたわ。だから兄さん。お詫びに一つだけ聞いて欲しい、お願いがあるの」

 

「お願い……」

 

「そう。お願い」

 

 千聖は涼夜の手を取って、ギュッと握った。

 

 

「私を、もう離さないで」

 

 

 千聖に見つめられて、涼夜は──

 

「……一旦、手を離してくれるか?」

 

「え?ええ、構わないけれど、でも如何し……きゃっ!?」

 

 ──身体を抱きしめる事で、意思を示した。

 

「これが答えだ。……ダメかな?」

 

 何が起こったのかを理解すると、自然と千聖の目からは涙が溢れた。

 千聖もまた、涼夜の身体を抱きしめる事で意思を示す。

 

「……ううん。最高の答えよ、兄さん……」

 

 

 

 

 ◇◇

 ◇◇

 

 

 

 

「これで一件落着だね」

 

「一時は本当に、どうなる事かと思ったけどねー……ともえー、立てるー?」

 

「悪い、起こしてくれないか?もう気力が無くてさ……」

 

 つぐみ、ひまり、蘭、モカ、あこに起こされた巴は、桜吹雪が舞い散る中で抱きしめ合っている兄妹を見た。

 

「痛つつ……涼夜の奴、思いっきり殴りやがって」

 

「おねーちゃん。大丈夫?」

 

「ああ。平気だよ、あこ。心配すんな」

 

 本気の殴り合いという時点で大丈夫な筈はないのだが、そこは巴の姉としての意地で何とか誤魔化す。

 さっきまでは吹いていなかった筈の春風が、巴達の髪の毛と服の袖を揺らし始めた。

 

 

 暫く兄妹を眺めていると、ふと巴の脳裏に、とある考えが過ぎる。

 

「そういえば、蘭は何も言わなくて良いのかよ。アタシと同じで、結構キレてただろ?」

 

 いきなり話を向けられた蘭はキョトンとした後、珍しく笑みを見せた。

 

「確かに、あたしも言いたい事あったけど……巴が全部ぶつけてくれたから、もう良いかなって」

 

 それにさ、と蘭は一呼吸置いた。

 

「今の空気を壊すのは、ちょっとね」

 

「ああ……そうだな」

 

 まだ2人は離れない。お互いの体温を確かめ合うように、約束を守るように。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あたしね、好きになった人の事を、何でも知りたがるみたいなんだ」

 

 椅子代わりの丸太に座って足をブラブラさせながら、日菜は隣の紗夜に、そう言った。

 

「何でも?」

 

「そう、何でも。好きな物とか、嫌いな物とか、普段は何を考えているのかとか、全部ね」

 

 いきなりのカミングアウトに紗夜は困惑した。どうして、このタイミングで明かしたのだろう。

 

「あたしは涼夜君の事、好きだよ。あんな面白い人も、そうは居ないし……おねーちゃんと、あたしを繋いでくれているしね」

 

「繋ぐ?何を言っているの。繋ぐも何も、私と日菜は姉妹で……」

 

 

「あたしは知ってるよ。お姉ちゃんが、あたしに持ってる内側の嫉妬とか、そういうの。全部、分かってる」

 

 

 冗談と笑い飛ばすには、日菜の目は、あまりにも真剣だった。そして、嘘だと切り捨てるには、紗夜に心当たりが有りすぎた。

 

 何でも出来る、出来てしまう日菜に対するコンプレックスが、日を追う毎に大きくなっているのを自覚していたからだ。

 

「気付いたのは最近だけど。それも、あたしだけなら先ず気付けなかった」

 

「あたしは涼夜君の事を最初に理解しようとして、出来なかった。ぶっちゃけると、今も理解できてないんだよね」

 

 日菜は1人で語り続ける。それを、紗夜は、ただ聞くだけだった。

 

「だから涼夜君を理解する為に、まずは身近な人から理解しようとして……お姉ちゃんの内側の色々が見えた」

 

 あらゆる分野においての天才は、心を見透かす事すらも天才的であるらしい。紗夜は、ぼんやりと考えた。

 

「テストで、あたしが、お姉ちゃんの点数を上回った時。お父さんと、お母さんに、あたしだけ褒められた時。あたしだけに向けられる親戚の人達からの期待の目……」

 

「でも、それでも、お姉ちゃんは、あたしと仲良くしてくれた。あたしの、お姉ちゃんだからこそ、他の人より早く離れていくと思ったのに、今も一緒に居てくれる」

 

「だから言わせて。ありがとう」

 

 出過ぎた杭は打たれないが、排斥される。天才すぎるあまり、日菜の周囲から人が居なくなった。

 同年代に限らず、大人でさえも離れていった日菜の側に居ようとする物好きは、Afterglowのメンバーと、紗夜を除いて他に居なかった。

 

「日菜の事だから、私の全部を分かってる、と言うのは、嘘じゃないんでしょうね」

 

「……うん」

 

「でも、一つだけ、思い違いをしているわ」

 

「思い違い……?」

 

 不安そうに見る日菜に、穏やかに紗夜が微笑みかけた。

 

「さっき日菜は、 "お姉ちゃんだからこそ、他の人より早く離れていくと思った"と言っていたけれど……それは全くの逆よ」

 

「ぎゃ、く……?それって、どういう事なの?」

 

「どれだけ才能に恵まれようと、どれだけ人から避けられようと、日菜は私の妹なのよ。妹を守るのは、姉である私がするべき事でしょう?」

 

 誇張抜きに、日菜の呼吸が止まった。

 

「私は日菜の側を離れないわ。もう私が守らなくても大丈夫だって、そう思える日まではね」

 

 紗夜の内側にある物を知ってしまっているだけに、本心から発せられたであろう、この言葉が、日菜に強く突き刺さった。

 

「それ本当?嘘じゃないよね?!」

 

「嘘なわけないじゃない」

 

 確かに、日菜に言われた通り嫉妬はある。けれど、それ以上に、今は日菜が愛おしい。

 

 

「〜〜〜〜〜っ!おねーちゃん大好きぃ!!」

 

「ちょ、いきなり飛び付くのは止めなさい!」

 

 

 

 三者三様の様子を太陽が見守り、晴れ渡った青空は祝福しているかのように広がっていた。




次話 : 大体1日後くらい

もうちょっとだけ続くんじゃ

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