今しか出来ない事をやろう   作:因幡の白ウサギ

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書いてて2番目くらいに楽しかった(小並感)。(多分)超展開注意。


夢の終わり

「分からない事があるんだ」

 

 施設からの帰り道、巴は不意にそう言った。

 

「分からない事?」

 

「ああ。なんで涼夜は、あそこまで千聖の事に神経質になっているんだろうって」

 

 キレかけの涼夜。そして日菜曰く、必死になっている涼夜。

 それもこれも、全て千聖に関係する事であった。

 

「いつも涼夜が言ってたけど、物事が起こるには何かしらの理由がある。じゃあアイツが、あんな事をする理由は何だろうって考えた」

 

「言われてみればそうだね……」

 

 全く分からない。豹変した理由も、どうして千聖を突き放すような事を言うのかも。

 涼夜がシスコンであると知っているからこそ、さっきまでの姿は不可解な物として写っていた。

 

「嫌いになったから、じゃないのは分かるんだ。だって、もしそうなら、涼夜は千聖の事を話題にも出さない筈だから」

 

「涼夜君の性格なら、そうだよね」

 

 相手をするのも面倒くさい。と言って嫌いな人を徹底的にシカトする姿を何度か見てきたから、それはないと断言できる。

 千聖は静かにブチ切れるが、涼夜は、苛立ちすらもしない。今までに幾度となく見てきた、何処か達観した対応だった。

 

「それにさ。アタシ達ならまだしも、よりによって千聖を嫌うなんて事は、世界が終わっても有り得ないだろ?」

 

「それを認めるのも、どうなんだろうって思うけど……そうだね」

 

 千聖は、告白された時に"兄さん以外の男の人に興味無いの"と言ってフるくらいであるし、涼夜は涼夜で、常々"やっぱり千聖がナンバーワンだな!"とか言っていたから、巴の言う通り、それは無いだろうと蘭達は思った。

 

「だからこれは、もっと違う。でも千聖に関係する事になるんだよな」

 

「でも、それが何なのかは分からない……日菜ちゃんは分かってるみたいだったけど」

 

「聞いても教えてくれなかったしねー」

 

 いずれ分かるさ、いずれな……ふっふっふ。とか言って帰っていったし、聞いても答えてくれるような雰囲気ではなかった。

 

「施設に残すか、それとも引き取らせるか。普段のアイツなら、悩むまでもなく前の方を取った筈だ」

 

「だけど悩んでる。……悩むだけの理由があるって事?」

 

「日菜ちゃんが、つぐに言ってたのも気になるよね。黒塗りの高級車と、あと、お金持ちっていう情報が、どうして関係してるんだろう……」

 

 うーんうーんと悩むにつれて、歩く速度が遅くなる。だが、六人で悩んでも答えは一向に見えてこない。

 

「そういえば。あっちとか、そっちとか。抽象的すぎて全く分からなかったけど、千聖ちゃんが幸せになるとか言ってたよね」

 

「じゃあ尚更、施設に残す筈なんだけど……」

 

 だが、涼夜は悩んでいた。この六人には見えない何かが、涼夜と日菜には見えているのだろう。シスコンの涼夜が本気で悩む、何かが。

 

「……ダメだ。全く分からない」

 

「情報も何も足りないしねー………」

 

「私達には話したくないのかな」

 

「だとしたら、尚更イラつくんだけど」

 

 蘭は、さっきの涼夜の目を思い出したのか、怒りに身を震わせながら言った。

 

「あたし達は友達なのに。何も相談しようとしないで1人で悩んでる」

 

「蘭ちゃん……」

 

「確かに、あたし達は部外者なのかもしれない。でも、部外者でもアドバイスとか、話を聞くだけでも出来る筈でしょ」

 

 友達を頼らず、1人で解決しようとしている。それほど自分達は頼りないのか、と憤りを覚えた。

 そして、頼りないと思われている自分にも腹が立った。

 

「大事な時に何も出来ないなんて、あたしは嫌だ」

 

「蘭ちゃん……」

 

 蘭は、お世辞にも愛想が良いとは言えない。流石に千聖のように極端に人付き合いが悪いというレベルではないが、それでも万人に好かれやすいとは、とても言えない性格をしていた。

 それは蘭も自覚しているし、きっと、一生、直らないだろうな。とも思っている。

 

 だからこそ、こんな自分と友達をしている涼夜の力になりたいと、人一倍、思っていた。

 

「そう思ってるのは、蘭だけじゃないさ」

 

「巴……」

 

 巴は下手な男子よりも男らしくサバサバとしているが、それ故に"男女"なんて悪口を言われる事も多かった。

 なんだかんだで人付き合いは良い為、蘭より孤立しているという事は無いが、それでも友達と呼べるのは、たった4人しか居なかった。

 

 巴を含めても5人という、狭い世界に新しい風を巻き起こした涼夜には、実の所かなり感謝しているのだ。

 だから、蘭と同じく、巴もまた陰鬱な思いを抱いていた。

 

「アタシも……いや、アタシだけじゃない。つぐも、ひまりも、分かりづらいけど……モカも。どうにかしてやりたいと思ってる」

 

「あこも!」

 

「ああ、あこもな」

 

 蘭は振り返った。全員が頷いた。友達が悩んでいるのに、それを助けられないという無力さを味わっているのは、蘭と巴だけではなかった。

 

 今日は生憎の曇天なので、見上げても灰色の雲しか見えない。

 そんな空を憎々しげに睨みつけながら、巴は覚悟を決めたように言った。

 

「……明日、涼夜と、出来れば千聖とも話をしよう」

 

「でも、話してくれるかな?」

 

「くれる、くれないの問題じゃない。話すんだ」

 

 どうせ向こうは、のらりくらりと避けるに違いない。だったら、こっちは真正面から突っ込むだけだと、そう言った巴の目には、決意の色が宿っていた。

 

 

 

 ◆◇

 

 

 

 保健所の動物と、俺達みたいな孤児。一体何が違うのだろう。

 

 最近になって、よく考える事だ。

 

 言葉を話す事だろうか。育成コストだろうか。動物的な愛嬌の有無だろうか。手間のかかり具合だろうか。その数だろうか。

 それとも、薬物で簡単に殺せるか否か。あるいは、それで法的に咎められるか否か。

 

「はぁ……」

 

 部屋に戻った俺は、部屋の中心で大の字に寝転がっている。

 千聖はまだ戻っていない。長引いているのだろう。

 

(此処が分岐点……。中学に進むタイミングっていうのは、丁度いいのか悪いのか……)

 

 保健所の動物と孤児とで比べて、一つ確かな事を言えるのは、動物に比べれば、孤児を引き取る手は多くないという事だ。

 最近は子供を産まない夫婦も多くなっていると聞くし、そんな余裕を持てなくなってきているのだろう。

 だからこそ、此処で千聖に手を差し伸べてきた白鷺さん夫婦には、感謝と、そして運命めいた物を感じていた。

 

 これから先、孤児である俺達の人生は自然と厳しい道のりとなる。全てを自分で背負うのだから当然だが、そうなると色々な負担も大きくなる。

 俺は2度目の人生だし、ペナルティのような物だと思っているので別に構わないが、千聖のように何も知らない子供が背負うには、些か重すぎる負担だ。

 

(こんなチャンス、2度も来るかは分からない)

 

 俺は千聖に、必要以上に苦しんで欲しくないと常々思っている。生きる以上、ある程度の苦しみは必要だろうが、このまま孤児で生きれば、必要以上の苦しみを味わう事は容易に想像できる。

 

 今ならまだ間に合う。ここで普通の家庭の子供になれれば、苦しみを背負う必要も無くなる。

 養子ということで、多少は肩身が狭くなるだろうけれど、それでも孤児のままよりは幾分マシな筈だ。

 

(どこまでも金だなぁ、やっぱ)

 

 俗物的な現実のクソさを再認識していると、部屋の扉が開いた。今は目を閉じているから、誰が来たのか耳で判断するしかないが、まあ千聖だろう。

 

「どうだった、白鷺さんとは」

 

「どうって?」

 

「なんか有るだろ?親近感を覚えたとか、この人になら引き取られても良いとか、そういうの」

 

 抱いて貰わなければ、ちょっと面倒な事になるのだが。

 

「別に。何も感じなかったけれど」

 

「そうか」

 

 ダメか。白鷺麗華という女性は、ほぼ間違いなく千聖の産みの親なのだし、そういう方向でシンパシーを感じてくれれば楽だったのだけど、そんな甘い事も無いか。

 ならば、少し乱暴な手口になる。

 

「…………ねえ兄さん。本当に、どうしたの?最近の兄さんは凄く変よ」

 

「俺は普通だよ」

 

 苦しい言い訳なのは分かっている。日菜にも言われたが、アイツに見抜かれるようなレベルなら千聖は間違いなく気付く。

 そして、今のやり取りで、ほぼ間違いなく気付かれただろう。千聖は聡いから、気付いて欲しくない事にも気付く。気付いてしまう。

 

「……何かあったなら私に話して。私と兄さんは家族なんだから」

 

「…………家族、か…………」

 

 嬉しい筈の言葉が、重りとなって俺に、のしかかった。俺が、これからやろうとしているのは、間違いなく許されない事だ。

 千聖の事を、これから突き放す。そして家族としての縁を断ち切る。

 

「……なあ千聖。考えた事はないか?今より、もっと、お金持ちの家に産まれてたら。とか」

 

「……どうしたの?いきなり」

 

 その罪悪感から逃れるように、俺は千聖に背を向けるように横に寝返りを打つ。

 

「いつも考えてた。金があれば、千聖に、悲しい思いをさせずに済むのにって」

 

 なまじ生前の経験があるから、一般家庭の生活を知ってしまっていたから、周囲の生徒と俺達の現実の差を知ってしまった。

 そして、普通なら出来る筈の事を、させてやれないというのが、どれほど辛いのか。

 

 遠足の時(おやつ)運動会の時(食事)修学旅行の時(お土産)……。

 遊園地とか、水族館とか、そういった場所に連れて行く家族サービスという行為も、何もできない。

 何か欲しい物が出来た時に買ってやれないというのも、無力感に拍車をかけている。

 

「それは……」

 

「でも俺達は孤児で、そう嘆いた所で誰かが助けてくれる訳じゃない。そして、まだバイトを出来る歳でもない。だから仕方ないかなって思ってた。今までは」

 

 無い物ねだりをしても仕方ないから、その思いから目を逸らして生きていた。直視してしまうと、無力感に押し潰されてしまうから。

 でも、目の前に降って湧いたチャンスが現れた。滅多に現れない里親候補が、千聖を養子に迎えたいという、千載一遇の好機が。

 

 身体を起こして、千聖を見据えて、準備は出来たか?

 

 

「千聖、今からでも遅くない。養子に行け」

 

 

 そのチャンスを掴ませる為に、俺は、お前を突き放す。

 

「え…………」

 

「これはチャンスだ。お前の将来の全てを決めるような、大事な分かれ目だ」

 

 多分、千聖と俺の分水嶺は此処だ。此処で、どう動くか。それで俺達の未来が決まる。

 なんとなく、そんな気がした。

 

「此処に居ちゃダメだ。せっかくの蜘蛛の糸を、掴み損ねちゃいけない」

 

「で、でも、そうしたら、兄さんは?兄さんは、どうなるの……?」

 

「俺の事はいい。お前は、お前の未来だけを考えろ」

 

 千聖の両肩に手を置いて、顔を真正面から見つめる。冗談でも何でもない事は、きっと伝わっている。

 その証拠に、千聖の顔色が、みるみる悪くなった。

 

「嫌……嫌よ……」

 

「分かってくれ。こうする事が、これから先の千聖を楽にしてくれるって事を」

 

 肩に置かれた手を振り払おうとする千聖の手は弱々しい。突然こんな事を──よりによって、たった1人の家族に言われたら、こうもなるか。

 ……あと、もう一押し必要だな。

 

「多分、こんな奇跡は2度と起こらない。だから俺は、このチャンスを千聖に掴んで欲しいんだ」

 

「でも!私は兄さんの側を──」

 

 

 息を吸え、覚悟を決めろ

 

 

「もう鬱陶しいから消えろって、そう言ってるのが分かんないか」

 

 

 もう、俺は戻れない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 耳を疑った。

 

「に、いさん……?」

 

 嘘よ。だって、そんな、嫌。

 

「聞こえてただろ。邪魔だから、消えろって言ったんだ」

 

 兄さんが私を見る目が冷たくて、兄さんが私に向ける声が冷たくて、兄さんの両手が私を拒絶するみたいに突き飛ばして

 

 

 視界が揺らぐ。呼吸が安定しない。頭の中が、ぐちゃぐちゃになって、そして、そして、そして

 さっきの言葉が、山彦みたいに繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、消えろ?、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、鬱陶しい?、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返嘘して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、邪魔?、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返嫌して、消えろ?、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、鬱陶しい?、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、邪魔?、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り返して、繰り消えろ返して、繰り返して、繰り返し鬱陶しいて、繰邪魔り返して、

 

 

「あ、ああ……!」

 

 

 

 ◆◆

 

 

 

「──────?」

 

「───────」

 

 誰かの話す声が近くで聞こえた。

 

「…………ん」

 

 視界が開けると、私を覗き込む日菜ちゃんと紗夜ちゃ…………!?

 

「な、なん──あ痛っ!」

 

「ぐえっ」

 

 日菜ちゃんと頭が、ぶつかって少し悶絶。でも、それより気になる事がある。

 

「な、なんで日菜ちゃんと紗夜ちゃんが……?!」

 

「おー痛た……なんでって、此処は、あたし達の家だよ?」

 

「へ?あ……」

 

 よく見渡してみたら、確かに見覚えの無いリビングで、私はソファに寝かされていたみたいだ。

 

「驚きましたよ。まさか玄関先に倒れているなんて」

 

「倒れて……」

 

「靴も履いてませんでしたし……何か、あったんですね?」

 

 紗夜ちゃんは、私に何かあった事を確信しているみたいだった。……靴も履かずに飛び出してくれば、誰でもそう思うわね。

 

「そ、それは……!?」

 

 思い出しただけで吐き気が

 兄さんが私を見る目が冷たくて、兄さんが私に向ける声が冷たくて、兄さんの両手が私を拒絶するみたいに突き飛ばして

 

「はっ……、はっ……、はっ……、はっ……!」

 

「千聖さん?千聖さん?!」

 

 視界が揺らぐ。呼吸が安定しない。紗夜ちゃんの声が遠くなっていって

 頭の中が、ぐちゃぐちゃになって、そして、そして、そして、また、さっきの言葉が、山彦みたいに繰り返して、繰り返──

 

「はいストップ」

 

「きゃっ!?」

 

 パチン、と目の前で勢いよく手のひらを叩かれて意識が戻る。

 

「うーん。ちょっと予想外かも」

 

 猫騙しをして私の意識を戻した日菜ちゃんは、深刻な表情をしながら、そんな事を言った。

 

「予想外……って事は。日菜、あなた知ってるのね?千聖さんが、こうなった原因を」

 

「知ってる、というよりは予想した、の方が正しいんだけど、そうだね」

 

「教えなさい。どうして千聖さんが、こうなったのかを」

 

「涼夜君に手酷くフられたんじゃないかな」

 

「日菜!こんな時に、ふざけている場合じゃ……」

 

「本当だよ。多分、本当に涼夜君からフられたんだよ、お姉ちゃん」

 

 息を整える私の横で、日菜ちゃんと紗夜ちゃんが何か言っている。よく聞こえないけれど、私に関係している事は分かった。

 

「ねえ千聖ちゃん」

 

 日菜ちゃんが、私の目を見つめてきた。それが兄さんと被って、咄嗟に私は目を逸らす。

 

「涼夜君に何て言われたのか、少しだけでも教えてくれないかな」

 

「ッ!?」

 

「日菜。なんて事を……」

 

「必要な事なんだよ。涼夜君が本気かどうかを知るためには」

 

 本気……?日菜ちゃんが何を言っているのか分からない。前から行動が読めないとは思っていたけれど、これが天才なのかしら。

 

「本気って……?」

 

「涼夜君が、もしかすると嘘を言っている可能性があるって事かな」

 

 何故かメガネを掛けながら、日菜ちゃんは、普段より知的な気がする笑みを浮かべた。




次話 : だいたい6時間後くらい

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