今しか出来ない事をやろう   作:因幡の白ウサギ

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これ以降に出てくる白鷺家の関連は殆どがオリ設定となります。原作の方で単語が出ればそちらになるべく差し替えますが、それまではオリ設定で突っ走ります。


鳥の羽ばたき

「あら、おかえりなさい。どうだった〜?卒業式は」

 

 施設に帰ると、職員さんが玄関まで出迎えてくれた。ちょうど宅配便が来たところだったのだろうか、両手で大きめのダンボールを持ち運んでいた。

 

「まあまあって所ですかね。良くもなく、悪くもなく。至って普通な感じでしたよ」

 

「いや、そうじゃなくて……感動したとか、あるじゃん?」

 

「いや全然。強いて言うなら出所の日が近付いたなーってくらいですかね」

 

「ここを刑務所か何かだと思ってないよね!?」

 

「冗談ですよ」

 

 何かイベントがある度に恒例となった職員さん弄りをして満足したので、部屋に荷物を置きに行く。あの人、反応が良いから弄りがいがあるんだよな。

 

「正装ってのは面倒だよな。動きづらいし、なんか気が張っていつも以上に疲れるし」

 

「汚さないように気を使うのも大変だものね。シミが付きそうな物には近寄れないし」

 

 俺と千聖は互いに背を向けながら着替えつつ話している。この部屋には仕切り板とかそういう物は設置されていないので、見ないように気を使うと、こういう方法を取るしかない。

 千聖はいつも「兄さんだけだし別に良いのに」とか言ってるけど、そういった羞恥心が無いのはかなり宜しくない。お兄さんは将来が心配だ。

 

「本当だよなあ。中学校は制服だし、そっちも汚さないように気をつけないといけないな」

 

「そうね……兄さん、もうこっち見て大丈夫よ」

 

 言われた通りに千聖の方を見ると、そこには普段着に着替えた千聖と丁寧にハンガーに掛けられた正装がある。

 

「今日のメニューは何だろなーっと」

 

「さっき炒飯みたいな匂いがしてたから、炒飯じゃないかしら」

 

 どうせすぐに分かることだが、僅かな間でも期待は高まる。想像は願望も込みだけど、だからこそ当たっていた時はテンションが上がるのだ。

 

「はいこれ、2人に」

 

 そんな期待を胸にリビングへ出ると、職員さんがさっき運んでいたダンボールを俺達に手渡してきた。

 

「いや、なんですかこれ」

 

「お届け物。正確には千聖ちゃん宛なんだけど、涼夜君でも大丈夫でしょ」

 

「そんないい加減な……それで、誰からなんですか?俺と千聖にお届け物を贈ってくれるような人なんて居ない筈ですけど」

 

「私達の名義で懸賞にでも応募したんですか?」

 

「千聖ちゃんは私をどんな目で見ているのかな?そして涼夜君。どうして千聖ちゃんが名義貸しなんて知ってるのかな?」

 

「開けてみるか」

 

 痛いところを突っ込まれたので、何も言わずにダンボールの開封作業へと移る。まさか暇だったから教えたなんて言ったら、いつかのボランティアの再来となってしまいそうだ。

 ガムテープを素手で破りながら箱を開けると、そこには大量の文房具が詰まっていた。

 

「これは……」

 

「結構大きいダンボールだけど、まさか全部文房具は予想外だなー……」

 

 鉛筆や消しゴムといったスタンダードな物は勿論、自分の好みで色を変えられるカスタマイズ式の多色ボールペンとそのカスタマイズ用の全色。ノートや半紙、筆箱やサインペン。果ては万年筆まで。

 ありとあらゆる文房具が詰まっていた。ざっぱに計算したが、総額で二万円は下らないのは間違いないだろう。

 

「これ、本当に誰からなんですか?」

 

「配達伝票によると、送り主は白鷺麗華さんって人だね。聞き覚えはある?」

 

「いや全く。千聖は?」

 

「知らない人ね。聞いたこともないわ」

 

 施設に入れられた子供宛に荷物が届く事は殆どない。極稀に懸賞で当たった荷物が届いたりするが、基本的には何もない。頻繁に物を送ってくるような人がいるなら、もうその人に引き取られているというケースが多いからだ。

 ましてや、こんな風に面識の無い人間からいきなり大金の掛かった贈り物をされるなんて、普通ならば有り得ない事といっていいだろう。

 

「何処の誰だか知らないけど、足長おじさんには感謝しておかないといけないわね」

 

「いやいやいや、これどう考えてもそんな類いの奴じゃないだろ。千聖名義で狙い撃ちなんだし」

 

 送り先を間違えたというのが一番現実的だし、そうだとも一瞬思ったが、千聖と近いニュアンスや漢字を使う名前の子供はこの施設には他に居ない。まさか送り先の住所を書き間違えるなんてアホミスは無いだろう。

 そして足長おじさんであるなら、施設宛てに寄付してくる筈だ。よって足長おじさんという線は消え去る。

 

 そうなると、この荷物は紛れもなく千聖に届けられるために配達された事になるが、では何のために?

 

「別に良いじゃない。はい兄さん、シャーペンあげる」

 

「あ、ああ。ありがとう……?」

 

「これでお揃いね。……あっ、このカスタマイズできるボールペンも何本か入ってるわ。これも2人で使いましょう?」

 

 ……分からない。情報が少なすぎて、白鷺麗華という人物がどんな考えを持って千聖に荷物を送ってきたのか。そうする事でどんなメリットが向こうにあるのか。いや、そもそもどうして千聖がここに居る事を知っている?なぜ千聖を知っていた?ここに居るという、その根拠はどこにある?

 

「兄さん」

 

 思考がハマりそうになった時、千聖の手が下を向いていた俺の顔をグイッと持ち上げた。ぱっちりとした千聖の目と目が合う。

 

「今は考えても仕方ないわ。それよりも、中学校に向けて文房具の整理をしないと」

 

 分からない事を考えても仕方ないと、千聖は俺に言って文房具の組み合わせを考え始めた。

 うーん、うーんと自分好みの色をしているシャーペンや、消しやすいと評判の消しゴム等を組み合わせている千聖を見ていると、なんだか悩むのがバカらしく思える。

 

「……それもそうか。そうだよな、何も今すぐに答えを出さなきゃいけないわけじゃないんだし」

 

 それに千聖の言う通り、この問題は今考えても仕方のない事だ。何もないのならそれで良いし、何かあるにしても向こうから来るだろう。もしそうなったら、その時に対処をすればいい。

 

「兄さんにしては珍しく考えていたけれど、私的にはまだ考えなくても平気だと思うわ」

 

「してはってお前……」

 

 そう言われるような振る舞いをしてきた俺にも非はあるけど、まさか妹に言われるとは思わなかったのでちょっと心に刺さった。

 

「だって兄さんバカなんでしょ?いつも自分で言っているじゃない」

 

「それはそうなんだけどさ、でも千聖に言われるとなんか……」

 

 まさか、ここで興奮するなんて言ったら流石にドン引かれるどころか、普通に気持ち悪がられて家族の縁を切られそうだから言わない。悪気のない罵倒で興奮するって相当ヤバい奴じゃないか。

 

「おっ、これとこれなんてどうだ?なんか千聖ってイメージがある色合いだと思うんだが」

 

「ちょっと兄さん?今なにを言いかけたのかしら?」

 

「千聖は可愛いなってさ」

 

「もう誤魔化されないわよ?」

 

 千聖の追撃を避けながらダンボールの中を漁っていく。消しゴム一つ取っても、誰でも使えそうなシンプルなデザインから、女子にしか使えないような可愛らしいデザインのスリーブに入った物まで様々で、見ていて飽きが来ない。

 

 それ以外の文房具も同じくらい種類があって、だからこれだけの量を用意する目的が尚更気になるんだけど……それはさっき千聖が言った通り、考えても仕方ない事だから今は考えない。

 バカが深く考えてもロクな事にならないからね、仕方ないね。

 

「…………ん?これは」

 

 文房具の他に何かないのかとダンボールの中を漁っていると、真っ白い便箋が一通入っていた。

 

「兄さん。何かあった?」

 

「いや……」

 

 俺の言葉は、職員さんが後ろで叩いた手の音に遮られた。このタイミングで割り込んでくるとは、運が良いのか悪いのか。

 

「はいはい2人とも、一旦その辺にしておかないと。もう友達が来ちゃうんじゃないのかしら?」

 

「……そうですね。というわけだから千聖は先に座って食ってろ、俺はこのダンボールを部屋に置いてから行くから」

 

「1人で大丈夫なの?私も……」

 

「流石にこれくらいも運べないくらい貧弱になった覚えはないな」

 

 色々と詰まっているから、やはりそれなりには重い。だけど1人で運べないわけでもないし、部屋も近いから何も問題はない。背中に千聖の心配そうな目線を受けながら、俺はダンボールを運び込んだ。

 そして急いでさっきの便箋を開封して中身を確認する。千聖には悪いが、書いてある内容によっては存在を隠すつもりだったからだ。

 

 便箋の中には、恐らくは女性の字であろう。手書きで書かれた一枚の紙が入っていた。そこに書いてあったのは

 

「お誕生日、おめでとう……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それさ、かなりマズイんじゃないの?」

 

 さっきあった事を話したところ、蘭が発した言葉がそれだった。そんな蘭に千聖が首を傾げる。

 

「何がマズイのかしら?」

 

「だって知らない人からでしょ?しかも千聖の名前を知ってるなんて、どう考えてもおかしいよ」

 

「アタシも蘭と同意見だ。こいつは嫌な感じがするぜ」

 

「ちょっと怖いよね……」

 

「知らない人からだもんね……」

 

 蘭と巴、つぐみ、ひまりは何かおかしいと言った。まあそりゃ、状況だけでもストーカーの影を疑うような事が起きてるんだから、そうなるのは当然だろう。

 

「えー?ちょっと心配しすぎじゃなーい?」

 

「そーそー、まだ実害がある訳じゃないんだし。あ、そうだ千聖ちゃん。同じクラスになったらボールペン少し使わしてね?」

 

 逆に気楽なのは、モカや日菜といった面子である。あくびさえしそうな呑気な日菜に、紗夜は咎めるように言った。

 

「何を言っているの。実害があったら手遅れじゃない」

 

「でもさーおねーちゃん。相手の人はまだ何もやってないんだよ?そりゃあたしも変な手紙が入ってたとか、実は誰かにつけられているとか、そういう実例があるならヤバいとは思うけど」

 

 まだ何の予兆すらない以上、警戒しすぎても疲れるだけだと日菜は言った。一理あると思ったのか、紗夜がうぐっと言葉を詰まらせたタイミングでこちらにズイっと身を乗り出してくる。

 

「それよりさ、どんなのが入ってたの?最近発売したばっかりのリボルバー型の消しゴムケースとか入ってた?」

 

「え、なにそれ」

 

「知らないのー?消しゴムを入れるケースがリボルバーそっくりの形をしてる文房具の事だよ」

 

「それを店頭で見てから、日菜が欲しいってうるさいのよ」

 

 話を聞く限り、どうやらそれは正確にはリボルバーのシリンダー部分だけを模したケースであり、無駄に回転もするのだという。

 

「なにそれカッコイイ」

 

「でしょー?」

 

「ああしまった……涼夜はそっち側の人間だったって事を忘れてたわ」

 

 実に男心をくすぐるアイテムではないか。時間も無かったし、箱の底までは見ていないから全部の内容物を確認したわけではない。つまり、リボルバー型の消しゴムケースがある可能性は残っている。

 

「なあ千聖」

 

「兄さんの好きにしていいわ。私は使わないし」

 

「さんきゅ。……そういう訳だから、もし2個あったら1個は日菜にやるよ」

 

「本当に!?やったあー!」

 

「なっちゃんばっかりずるーい!あこも!あこも欲しい!」

 

 日菜にそう言ったら、今度はあこの猛抗議が炸裂した。俺の前でぴょんぴょんするあこも、もうそういうのに興味を持つお年頃に来たかと思った。あるいは、またアニメに影響されたのか。

 

「あこ……そんなの貰っても、お前すぐに飽きるだろ?」

 

「でも欲しいもん!」

 

「まあ落ち着け巴。もしあったら、あこにもちゃんとあげるからさ」

 

「本当に!?約束だよ!!」

 

 あこと指切りを交わして約束したところで、ズレにズレまくった本題へ話を戻す。

 

「今の状況だけで考えると深い事は分からない。だけどまあ、その時になんとかするさ」

 

「つまり、またノープランと」

 

「またってなんだよ、またって」

 

「またでしょ。ねえ?」

 

 全員が頷いた。なんでや、プランならそれなりに練って動いてるやろ。

 

「いい事を教えてあげるわ。大体の方向性だけ決めて、後は流れでっていうのはプランでもなんでもないの。行き当たりばったりっていうのよ、そういうの」

 

「………………分かっとるわい」

 

「だといいけれど」

 

「だ、だけど涼夜君の言う通りだよね。今考えても仕方ないよ」

 

 またズレかけた話題をつぐみがフォローして引き戻す。この話題を引っ張ってもしょうがないと思ったのか、紗夜がそれ以上何かを言うことはなかった。

 

「つぐの言う通りだ。まだ見えない先の事を考えるより、アタシ達が一緒に居られるこの時間を楽しむ事を考えようぜ」

 

「涼夜も、千聖も、紗夜も、日菜も。中学校に行ったら会える時間も短くなっちゃうしね」

 

 この3年間で蘭も紗夜を呼び捨てできるまで親しくなった。だからだろう、言葉の色に隠しきれない寂しさが漂っている。

 

「だな。だが、だからこそ楽しみがいがあるってもんだ」

 

 俺が立ち上がると、それが合図となったかのように全員が続いて立ち上がった。

 

「遊ぶぞ。午後はまだ長い、遊び倒してやる」

 

「何をやるの?」

 

 聞いてきた日菜は口角がつり上がっている。俺がどんな受け答えをするのか、完全に理解しているのだろう。ならば俺は、リーダーとしてそれに応えるまでだ。

 

「そりゃもちろん」

 

 

『今しか出来ない事をやる』

 

 

 全員の声がハモった。何をするかと問われた時、俺達にこれ以上の言葉は必要ない。

 俺が歩き出した時に見た全員の表情は、程度の差はあれど笑っていた。

 

「さあ行こうぜ。今日を楽しもう」

 


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