今しか出来ない事をやろう   作:因幡の白ウサギ

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この話は小学生時代のエピローグ兼、中学生時代のプロローグです。なのでかなり短いです。


中学生前編 : 白鷺
そして3年が経過した


 小学生の卒業式は思った以上に長丁場だ。

 

 というのも、式典特有の校長先生の長話やPTA等のお偉いさんの長話に加えて、校長先生が1人1人に卒業証書を手渡していく作業があるからである。

 これが高校とかになると代表1人だけが壇上に上がって全員分のを受け取るポーズをとったりするのだが、それはクラスが8とか10とか有るからこその苦肉の策なのだろう。

 小学校のように2クラス3クラスしか無いのであれば、例え高校だろうと容赦なく全員を壇上に立たせるに違いなかった。

 

 卒業証書を手渡されている時間は、賑やかしで強制参加させられている蘭たち5年生には辛い時間なんだろうなと、卒業証書を受け取りながら俺は思った。卒業式の練習で散々やらされた動きは、俺が他愛のない考えをしていても出来るくらいに身体に染み付いている。

 

 

「終わったーー!」

 

 その後の事は割愛するが、そんな長丁場な卒業式を終えた時には、教室の時計は既に12時を回っていた。日菜がバターンと机に倒れ込む。

 

「校長の話はまだ良いけど、その他お偉いさん達の話は必要なのかね」

 

「ちゃんと聞いていれば、結構考えさせられる話だったでしょう?」

 

「それは俺が話を聞いていない事を理解した上での発言だな?」

 

「ええ。もちろん」

 

 随分とイイ性格になったなぁ、と3年間で完全に無くなった遠慮という言葉に黙祷を捧げながら最後の帰りの会が始まるまで待つ。

 その僅かな時間で考えるのは、次に進む中学校の事についてだ。

 

「次は中学か……今から憂鬱だ」

 

「珍しいわね。緊張しているの?」

 

「いや、そうじゃなくて。千聖の事でな」

 

「千聖さんの……?」

 

 早ければ幼稚園児くらいから、遅くても中学生くらいから男女の間で色恋沙汰が起こり始める。実際、施設の年上の中学生も職員さんに恋愛相談をしてもらっていた。

 そして、身内の贔屓目を抜きしても千聖は綺麗だし可愛いと思っている。そこらのアイドルよりも千聖の方が良いと思うのは、俺の目が曇っている訳ではないと信じたい。

 

 とにかくだ。そんな綺麗で可愛い千聖にアタックを仕掛けてくる男は数知れないだろう事は簡単に想像がつくだろう。

 

「もうオチが見えたけれど、つまりどういう事かしら?」

 

「千聖が悪い男に騙されないか心配で心配で……」

 

 千聖の事だから大丈夫だとは思いたいが、不安なものは不安なのだ。万一そんな事になりでもしたら、俺は後悔してもしきれない。

 

「あらら、涼夜君がまたバカになっちゃった」

 

「涼夜がバカなのはいつもの事でしょう」

 

「それはそうだけど、でも千聖ちゃんが絡むと、いつも以上にバカだよねって」

 

「シスコンって奴ね」

 

 おい煩いぞ、そこのシスコン姉妹。日菜はいつもだけど、紗夜は今だに日菜の嫌いな物を代わりに食べて甘やかしてるの知ってんだからな。日菜は好き嫌いを何も言わない家の千聖を見習え。

 

「大丈夫よ兄さん」

 

 3年という月日の間で、いつの間にか喋り方が変わっていた(そして美人にもなった)千聖が俺の両手を取って言った。

 

「兄さん以外の男の人に、興味なんて欠片も無いから」

 

「千聖ーーっ!」

 

 教室にあった卒業式の余韻を完全にぶち壊すように、俺と千聖はいきなり抱きしめあった。勢い良く立ち上がったせいで、ガタッと大きな椅子を引く音が教室に響き、何人かがビクッと体を震わせる。

 何人かは俺と千聖を見て"またお前らか"とでも言いたげな顔をしていた。

 

 

「…………兄が兄なら、妹も妹ね」

 

「これなら安心だねー」

 

 抱きしめあった俺達を祝福するかのように、外では鳥の鳴き声がした。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

「中学で思い出したんだけどさ」

 

 卒業式のフィナーレである、在校生と保護者達に見送られて正門から出て行くという所になって、俺はさっき言おうとして忘れていた事を思い出した。

 

「紗夜と日菜も公立の中学に進むんだったよな」

 

「そうね。どうしたのかしら?今更そんな事を聞くなんて」

 

「私立の女子校に行くって話はどうなったんだよ?」

 

 1月の中旬くらいに聞いた話だが、それきり音沙汰がなかった話だ。だから俺も忘れていて、そしていきなり「私達、公立の中学に行くことにしたから」と言われたのは中学受験で何人か休んだ日の事である。

 

「辞退したのよ」

 

「辞退?」

 

「そうよ。だっ「そうそう。なんかるんって来なかったから」……日菜。いきなり割り込まないで」

 

 その後、紗夜に説明された事を端的に説明すると、両親はもちろん親戚にも私立への進学を薦められたものの、そこまで金と負担は掛けられないと紗夜は辞退し、おねーちゃんが行かないならあたしも行かないと日菜も辞めたのだという。

 

 それを聞いた俺は、まず勿体ないと思った。

 

「それで良かったのか?」

 

「なぜ、そう思うの?」

 

「花咲川の中学って、勝ち組エスカレーターの入口だろ?クッソ有名だし倍率も間違いなく高いだろうけど、2人の学力なら余裕だろうに」

 

 花咲川という、この近辺にある私立女子校は世間でも結構有名だ。といっても、主に有名なのは中学校の方で、その倍率は高校より桁違いに高い。詳しい事は知らないが、推薦やらなんやらで有名な高校や大学進めるんだとか。ようは勝ち組が約束されているのである。

 日菜も紗夜も常人より遥かに頭が良いんだし、そんな中学でも余裕で合格出来ただろう。

 

 だから勿体ないと言ったのだ。折角のチャンスなのに、それを棒にふるような真似をするなんて、と。

 

「魅力を感じなかったから、ではいけない?」

 

「花咲川の中学校を前にしてそんな事を言える辺り、お前は間違いなく日菜の姉だよ」

 

 1回でいいから、本気でそんなことを言ってみたいものだ。どうして俺には頭脳系のチートが無いのかと、俺をこの世界に送りつけた神様に恨みの念を送った。

 

「今の発言を聞く人が聞いたら本気で怒りそうね」

 

「全くだ……学歴は大事だぞー」

 

「行きたくなったら入試で堂々と入学するから大丈夫よ」

 

「うっわ、今すっげぇイラついた」

 

 俺が凡人の僻みを言葉にしたくらいで、ちょうど蘭や巴が待ち受けている場所にやって来た。

 

「卒業おめでとー!いえー!」

 

「テンション高いなひまり」

 

「今、泣きそうなのをハイテンションで必死に誤魔化してるからね〜」

 

「ちょっとモカ!そういうこと言わないでよ!」

 

 ひまりはモカを小突いているが、俺はまあそうだろうなと思っていたので聞かなかったことにした。ひまりは涙もろいから、ほぼ確実に泣いているのは分かっていたからだ。

 

「4人とも、卒業おめでとう!」

 

「ありがとうございます羽沢さん」

 

「来年はつぐみちゃん達の番よ」

 

「うん!」

 

 つぐみはいつも通り、純粋に卒業を祝ってくれているみたいだった。流石はメンバーで1番マトモな女の子である。

 

「……おめでとう」

 

「らんらんありがとー!」

 

「だから、らんらんは止めてって言ってるじゃん……!」

 

 蘭は日菜に絡まれていた。最初にらんらんと聞いた時、なんかパンダみたいだと思ったのを覚えている。

 

「アタシで最後か。とりあえず、おめでとう」

 

「ありがと。卒業式は退屈だっただろ?」

 

「退屈っていうか、モカを寝かさないのに大変でそれどころじゃなかったっていうか……」

 

 疲れたと全身からオーラが出ている。賑やかしである5年生の方もタイミングで席を立ったり座ったりさせられていたから、モカの制御も大変だっただろう。しかもアイツの名字は『青葉』だから最前列だし、一番目立つ場所だからミスった時は酷い目立ち方をするからな。

 

「来年も頑張れよ」

 

「それを言わないでくれ……今から頭が痛くなる」

 

 本気で嫌そうな巴の前を過ぎると、後は何の関係も無い生徒と大人達で舗装された一本道が残るだけだ。卒業式の看板の前で記念撮影している親子の横を通り過ぎると、喧騒が急に遠くなったような気がした。

 

「さって、もう挨拶も済ませたし帰ろうか。腹も減ったしな」

 

「後で施設まで迎えに行くねー!」

 

「転ばないでね、日菜ちゃん」

 

「それじゃあ、また後で会いましょう」

 

 正門から出て少ししてから訪れたT字路で氷川姉妹は左へ、俺と千聖は右へ曲がって別れた。

 

 蘭達は学校で卒業式の後片付け、氷川姉妹とはさっき別れた。となるとこの場にいるのは俺と千聖の2人のみである。

 

「ねえ兄さん」

 

「ん?」

 

「私ね、今とっても幸せなの」

 

「奇遇だな、俺もだよ」

 

 晴れやかな空の下、千聖が差し出してきた手を握り返すと、千聖は満足げに微笑んだ。


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