日は過ぎ去って、冬休みが訪れ、そしてクリスマスが訪れた。街中はクリスマスムード一色に染まり、多くの人間がクリスマスを祝い、騒ぐ為に外へと繰り出す。
それ以外にも、仕事帰りの大人達が家で待つ家族の為に買って行くケーキが、バーレルが、バゲットが、売れに売れていった。
「はぁーー……」
だが、どこにでも例外は存在する。クリスマスムードなんてクソくらえと言わんばかりに、一週間前、一ヶ月前と同じ日常を繰り返す家庭。
氷川家はその例外に含まれる家庭であった。
共働き家庭である氷川家は、今も尚、両親共にバリバリに働いている。帰るのも遅く、2人が起きている間に両親に会える時間はとても短かった。
そんな状況であるから、一般的な家庭ならやるであろうクリスマスのお祝いなんかも、氷川家は行わないつもりだった。申し訳程度にクリスマスツリーは飾り付けられているが、それ以外にクリスマスを感じる要素は何もない。
だが今年こそは、という日菜の希望を打ち砕いた、"この日も特に変わりなく、やはり帰るのが遅くなる"という両親から電話があったのは、ついさっきの事だ。
それからというもの、日菜はずっと外を見ては溜息をつく。という行動の繰り返しである。
「日菜、いい加減に諦めなさい」
宿題を淡々とこなしている紗夜は日菜にそう言うも、日菜の意識が宿題に向く事はなかった。むしろ溜息の色が濃くなっていく。
「でもさー、クリスマスー」
「テレビで我慢しなさい」
この時間なら、クリスマス特集の一つくらいはやっているだろう。ポチッとリモコンを操作すると、クリスマス一色に染まった都内の中心地が映し出された。
「楽しそうだよねー……」
「そんな事を言っても今は変わらないわよ」
紗夜も宿題を進める手を止めて、日菜と共にしばらくそれを見ていると、場面が変わってサンタクロースのコスプレをした若者達が映し出された。
「サンタ……そうだ!」
それを見た日菜は何かを思いついたように立ち上がり、キラキラした目を紗夜に向けて言った。
「サンタさんにお願いすれば、私達もあそこに行けるかな!?」
「サンタさんが来るのは私達が寝てからでしょう?」
紗夜の冷静な指摘に、そうだったー。とガックリ肩を落として再び座る。忙しいなと紗夜は思いながら、ふと外を見ると、気が付いたらもう日が落ちている。
「……もう外も真っ暗ね。日菜、ご飯はいつ食べるの?」
「ん〜、気が向いたらー」
ソファに寝っ転がった日菜を見て、紗夜はこれは相当重症だな、と思いながらテレビを消し、再び宿題に目を戻して手を動かす。冬休みはまだあるが、早めにやるに越したことはないと紗夜は常々思っていた。
そんな時だ。
──ピンポーン──
インターフォンがリビングに鳴り響いた。すると、まるでそれがスタートの合図だったかのように日菜がソファから飛び上がると、
「あたし出て来る!!」
と、さっきまでのしおらしさは何処へやら。な感じで玄関まで走って行った。
「こら日菜!まずはこっちのカメラで誰が来たのかを見ないと……ああもうっ!」
紗夜の声は届かず、壁の向こうでガチャッと玄関の開く音がした。なので紗夜も鉛筆を机の上に置いて、急いで日菜の後を追って玄関へと繋がる廊下へと飛び出すと、
「おねーちゃん見て見て!本当にサンタさんが来た!!」
「ふぉっふぉっふぉっ。メリークリスマス、紗夜さん」
サンタコスチュームの涼夜と千聖が立っていた。
◇◇
「…………なにしてるんですか」
「見ての通り、サンタです」
違う、そうじゃない。紗夜は認識のズレに頭が痛い。今の詳しい時間は時計を見ていないので分からないが、少なくとも夕方の5時を回っているのは確かだ。
涼夜と千聖の施設の門限が5時だったと記憶している紗夜には、この時間に如何して2人が居るのかが分からなかったのだ。
「俺と千聖の部屋には窓がありましてね。机を足場にすればギリギリ超えられる位置にあるんですよ」
「なんて無茶な……」
窓を使ったという点に関してではない。門限を越えてもなお、こうして脱出しようとする。その心に向けた言葉だった。
「……戻ったら怒鳴られますよ、絶対」
「でしょうね。間違いなく大目玉を喰らうでしょう」
そんなことは百も承知だと涼夜が笑った。それを見てますます紗夜は混乱する。紗夜には理解できなかったのだ。
「分かっているのなら、どうして……」
「俺は千聖と紗夜さんと日菜の4人でクリスマスを祝いに来たんですよ」
答えになっているような、なっていないような返答をしつつ、涼夜は片手を紗夜に向けて差し出した。
「行きましょう、街へ」
その言葉に真っ先に反応したのは、紗夜ではなく日菜だった。
「連れて行ってくれるの!?」
「ああ。俺が連れて行ってやる」
「やったー!」
日菜はハイテンションのまま廊下を走り、2階へと続く階段を一段飛ばしで駆け上がっていった。恐らくコートを取りに行ったのだろう。
「でも……」
紗夜は尻込みした。それは紗夜自身が暗闇が怖かったという事が原因だし、昔から親に『夜に外に出てはいけない』と言いつけられていたからだった。
紗夜にとって未知は恐怖であり、この場合の未知は夜の外だった。
……後ろからドタドタと走る音がした。日菜が降りてきたのだろう。
「おまたせーっ!おねーちゃんのコートも持ってきたから、一緒に行こうよ!!」
「い、いえ。私は……」
「何があっても、全ての責任は俺が取ります」
紗夜はハッと顔を上げた。千聖が居た、笑顔の日菜が居た、紗夜に手を伸ばしている涼夜の姿があった。
「──最後に一つだけ、聞いていいですか」
「どうぞ」
「なんで私達に、ここまでするんですか?」
これは明らかに過剰だ。小学生が、夜にサンタのコスプレをして、挙句の果てに施設を抜け出して大人の同伴も無しに迎えに来る。
これが自分に、言ってしまえば知り合って1年も経っていない人への待遇かと紗夜は問うた。
その問いに、涼夜は手を差し出したまま答えた。
「なんでって、さっき言ったでしょう?」
──この場の4人でクリスマスを祝いに来たって。
嘘偽りの無い笑顔だった。それ以外の何も考えていないような顔だった。
それを見て紗夜は思い出した。彼がなんと呼ばれ、そしてなんと自称しているのかを。
「…………そうでしたね。涼夜さんはバカでした」
取るに足らない理由で行動を決めて、それに全力を尽くす。そんな、紗夜には絶対にできない生き方をするのが、目の前に居る彼だった。
「日菜、そのコートを渡しなさい」
「おねーちゃん!それじゃあ……!」
真っ直ぐ誠実に生きるのが正しいのだと思ってきたし、今でもそう思っている。涼夜のような生き方は褒められたものではないとも分かっている。このまま生きる事が、1番無難な生き方であると教えられてきた。
でも正直に言うと、日菜や涼夜のように自由に生きたいとも、思っていた。いつも好き勝手やっている2人が、ぶっちゃけ少し羨ましかった。
「毒されたかしらね……私が、まさかこんな事をする日が来るなんて」
「知ってます?バカって伝染るんですよ」
「それは知らなかったわ」
日菜が紗夜にコートを渡した。紗夜は手早く袖を通して、そうしてから涼夜の手を取った。
「さあ、急ごう。時間もあんまり無いしな!」
「しゅっぱーつ!!」
そして飛び出した外は、寒空の風が紗夜の頬を切るような寒さで出迎えた。
目の前に広がったのは未知のエリア。
この先に有るのは紗夜の知らないもう一つの世界。
街灯しか明かりのない夜の道を4人は駆ける。
全てが新鮮に映った。遠くに見えるショッピングモールの明かり1つを取っても、新しい経験だった。
まるで自分達がおとぎ話の世界に紛れ込んだような錯覚を、紗夜と日菜は覚えていた。
「おねーちゃん。夜って、こんなに綺麗なんだね……」
「ええ。本当に……」
キラキラと煌めくネオンの光は、まるで妖精が踊っているような華やかさで4人を誘う。
通っているのは歩き慣れた道の筈なのに、1歩進むたびに抑えられない興奮が胸をときめかせる。
走っているわけではない。しかし、歩いているというには早い。
夢を見ているように、あるいは熱に浮かされているかのように、2人の足取りは覚束無い。
気持ちが足を急がせているのだと、この時の紗夜と日菜には理解できなかった。
先を歩いている涼夜は、そんな2人の様子を微笑みながら見た後、ふと空を見上げた。
「今日は満月か。縁起いいな」
「なんで満月だと縁起いいの?」
「なんとなく、ご利益がありそうだろ?」
澄み渡った夜空には満月がぽつりと浮かんでいる。普段は見向きもしない筈の月は、満天の輝きでもって4人を歓迎していた。
そんな満月と街灯の明かりのみが照らす道を歩いていると、不意に、紗夜の頭の片隅に誰かに見られるのではないか、という考えが過ぎった。それと同時に、自分は大変な事をしているのではないか、とも。
実際、もし此処で誰かと出会っていれば、紗夜に掛かっていた魔法のような錯覚は解けて、真っ直ぐ家に引き返していただろう。
だがしかし──それは紗夜にとって幸運か不幸かは分からないが──終ぞ4人は誰とも会うことは無く大通りへ……1人では決して超えられなかった一線へと足を踏み出したのだ。
近くで見たネオンの煌めきは、遠くから見た時とはまた違った印象を2人に与えた。
忙しなくキョロキョロと周囲を見渡す2人を暖かい目で見て、涼夜は千聖の手を握りつつ先を進む。
「初めてですか?夜の街に繰り出すのは」
「初めてに決まっています。そもそも、この時間に、こうして出る事なんて一度もありませんでしたから」
「そりゃそうか……でもまあ、直に慣れますよ。この眩しい夜の喧騒にも」
何処か遠い所を見るような目で告げた涼夜の言葉に紗夜は違和感を感じたが、しかしそれが言葉となる前に日菜に腕を引っ張られた。
「おねーちゃん!あたし、こんなにるんるん来る夜は初めて!見てよ、すっごいキラキラしてる!」
「いきなり何よ?」
「街全体がお星様で飾り付けられてるみたいじゃん!!」
日菜に言われてから再び見てみると、確かにそんな気がしてきた。テレビの向こうでしか見た事のないような満天の星空を、そのまま地面に落とすとこうなるのかもしれない。
「上手い例えだ。言われてみれば確かにそんな気もするな」
「そうなの?」
「ああ、そういえば千聖は見た事無かったか……今度機会があれば一緒に見ような」
とか言う俺もテレビでしか見た事ないけどさ。と付け足しながら千聖に言うと、千聖は嬉しそうに頷いた。
「それにしても、本当にうるさいのね。夜はもう少し静かな物だと思っていたけれど……」
「人の出入りがあれば騒がしくなりますよ。それに今日はクリスマスですし、尚更ですね」
夜の風は昼間より遥かに勢いが強く、そして寒い。遮る物が無い大通りでは、特にそれが顕著に感じられる。
しかし、あっという間に熱を奪っていきそうな夜の風でさえも、この身体から熱を奪い去る事など不可能に感じられた。それほどまでに2人は興奮していたのだ。
「ツリーが点灯するのは7時だったな、確か」
「間に合うの?」
「間に合うさ。多少の遅れを見越して早く出たんだから」
その涼夜の言葉の通り、商店街の入口に到着した時には、点灯の20分前だった。ここからなら歩いてでも点灯まで間に合う。
日菜達はいつものように入口から入ろうとしたが、涼夜はその入口を通り過ぎた。
「こっちだ」
「あれ?こっちから行かないの?」
日菜は普段使っている商店街の入口のアーチを指さしたが、涼夜は首を左右に振る。
「この時間って普通は小学生が単独では居ないし、知り合いに見つかると面倒だしな。最悪連れ戻される可能性もあるし……だからこっちだ」
涼夜に導かれるまま進むと、喧騒から外れた場所に建物と建物の間にある細い道を見つける事ができた。
「こっからクリスマスツリーまで行く。予めルートは調べてあるから、迷う心配も無い」
「いつの間に……」
「事前準備は怠らない性分でしてね……行くぞ!」
迷わず飛び込む涼夜の後を3人が追う。ジグザグに角を曲がる涼夜の後を追いながら、日菜は思った事を口にした。
「なんか、テレビでやってた街全体を使ったかくれんぼをしてるみたいで、サイコーにるるるんって感じ!」
「俺のイメージは"逃げ出し中"だったけど、それも良い例えだ。いつかメンバー全員でそういうのもやりたいな」
「なにそれ、すっごく面白そう!だよねっ、おねーちゃん!」
「そうね。いつか、やってみたいわね」
5分ほど裏道を通っていると、一時は離れていた喧騒が段々と近付いてくるのが日菜と紗夜の耳に入った。
「もう表に出るの?」
「ああ。ここからは如何してもな……一応言っておくけど、騒ぎすぎるなよ?ここで連れ戻されるのはゴメンだからな」
3人が頷いたのを確認した涼夜は、普段より遥かな量の人が行き交う商店街へと飛び出した。
その次に千聖が飛び出す。
後を追うようにして飛び出した日菜と紗夜が見たのは、華やかに彩られた商店街だった。
「わあ……!」
「これが……イルミネーション……」
クリスマスカラーに輝く店を見るのは、2人にとって初めての経験だった。
電球で形作られた雪だるま、点滅して存在感を示すトナカイとサンタクロース、垂れ幕のように下ろされた電球が川のように輝くイルミネーションetc……。さっきの大通りとはまた違う輝きが2人を暖かく出迎える。
まだ所々に残る雪や道行く人の笑顔ですら、イルミネーションを彩る飾り付けのように輝いて見えた。
今まで見た事もないような大規模なイルミネーションは、2人をその場に立ちつくさせるのに充分だった。
「2人とも?見とれるのは良いけど、急がないと良い場所は取れないぞ」
「へ?あ、うん。今行くよ」
「へ?え、ええ。今行くわ」
涼夜に急かされなければ、ともすれば一生そこに立っていたかもしれない。
とにかく、4人は人の波に流されるように商店街を歩く。周りの人も巨大クリスマスツリーの点灯が目当てなのだろう。波に逆らわなくても、クリスマスツリーは近付いてきていた。
「ドキドキしすぎて、胸が爆発しちゃいそうだよ〜〜……おねーちゃんは?」
「私もよ。……なんでなのかしらね。こうして外に出ただけで、こんなに緊張するのは」
「それは、紗夜さんが動き出したからですよ」
紗夜と日菜の目線が涼夜へと向いた。
「じっとしていれば何も変わらない。変化が無いのは良い事かもしれないけれど、裏を返せば何もドキドキするような事が起こらないって事ですからね」
俺は、もう、そんな人生はゴメンです。
そう呟いた涼夜の言葉は喧騒にかき消された。紗夜と日菜には届かなかった言葉を聞いたのは、隣を歩く千聖のみ。
「人生は1度しかないんです。どうせ1度きりなんだったら、常に変化のある日常の方が楽しいじゃないですか」
紗夜と日菜からは涼夜の表情を伺う事はできない。だが、笑っているだろう事は何故か分かった。
「退屈で、色褪せて、埃まみれになって生きるよりは、そっちの方がよっぽど充実しますよ」
何処か重みを伴って発せられた言葉は、紗夜の胸の内側にストンと落ちた。
心臓は痛いほど脈打っているし、走っていない筈なのに呼吸は上がっていて息苦しい。
だけど、この痛みや苦しさは不思議と悪い物には感じなかった。むしろ心地よくさえ感じられる。
それはきっと、
「私が、動き出したから……」
「……話している間に着いたみたいですね」
近くで見た巨大クリスマスツリーは、昼間に見た時よりも大きく感じられた。周囲では人々が、点灯の瞬間を今か今かと待っている。
クリスマスツリーの前では、いつから話していたのか、サンタコスチュームの町内会長が話していた。
「あんまり前に出過ぎて見つかるのも嫌ですし、この辺りにしましょうか」
「そうね。ここで捕まったら、全て終わりだものね」
4人が陣取ったのは、最前列より2、3列ほど後ろに下がった位置である。人の波が4人を隠すが、4人からはクリスマスツリーが都合よく見れる位置だ。
「まだかなー、まだかなー」
「落ち着きなさい。焦らなくてもちゃんと点くわよ」
そう言う紗夜もまた、日菜と同じ思いを内心では抱いていた。見つかるかもしれないという緊張感と、初めて見るクリスマスツリーのイルミネーションへの期待感がごちゃ混ぜになり、混沌としている。
もしかすると、落ち着けという言葉は自分に向けて言ったものなのかもしれなかった。
「それにしてもカップルが多いな……あのジンクスが目当てなのか?」
4人の周りだけでなく、クリスマスツリーを見に来ていた観客は、ジンクス目当てにやって来たのかカップルが多いようだった。
『──そろそろ時間ですので、皆さんお待ちかねの、クリスマスツリー点灯のカウントダウンを開始したいと思います』
「おねーちゃん、もう点くって!」
「ちゃんと聞こえてるわよ」
少しの間、町内会長の話を聞き流していると、良い感じに話を区切って手早くカウントダウンに突入する。
『さあ皆さんもご一緒に、5!』
《5!》
町内会長がカウントダウンの音頭を取り始めると、会長の後に観客達のカウントも続いた。
『4!』
「よーん!」
日菜が勢い良く叫んだ。
『3!』
「さん!」
紗夜が魂を込めたシャウトを闇に響かせた。
『2!』
「に!」
珍しく千聖が声を荒げた。
『1!』
「いち!」
いつもと変わらぬハイテンションで涼夜が言った。
『点灯!』
「「「「てんとう!」」」」
その叫びに答えるように、根元から先端までデコレーションされたクリスマスツリーが輝き────
「凄い……!凄いよコレ!!」
「こんな綺麗な物は初めて見たわ……」
「クリスマスツリーって、こんなに綺麗になるんだ……!」
「来た甲斐があったな……悪くない」
三者三様の反応を見せるものの、共通している事は全員が笑顔であるという事だ。
4人だけではない。見に来ていた観客からは大きな歓声と拍手が鳴り止まずにいた。
「こりゃ、ジンクスが出来るのも納得いくわ」
涼夜は横の3人を見た。まだクリスマスツリーに見惚れているのか、涼夜の目線に気付いた素振りを見せず、心の底からの笑顔を浮かべていた。
それを見た涼夜も微笑み、再びクリスマスツリーへと目線を戻す。雄々しく立つツリーが、この場に居る全員を祝福してくれているような気がした。
◇◇
「ちょっと寄りたい所があるの。まだ付き合ってくれないかしら?」
帰り際に紗夜にそう言われた涼夜と千聖は、出発した時より幾らかしっかりとした足取りの紗夜に導かれるまま住宅街を歩いていた。
「此処よ」
「此処は……公園ですよね」
案内されたのは一般的な公園だった。一直線にブランコに向かう紗夜の後を追いながら、涼夜は周囲を見渡してみた。
何かあるのかと思ったが、そういった物は無い極一般的な公園である。これといった特徴は無い。
「この公園は私と日菜がよく遊んでいた場所なの。ちょっと家から遠いけど、あなた達と出会うまでは殆ど毎日此処に来ていたわ。お気に入りの場所……なのかもしれないわね」
「……なんで、俺達を此処に?」
「何故かしら。強いて言うなら、なんとなく……かしらね」
4つあるブランコのうち、紗夜は左から2番目に座った。涼夜が右から2番目に座ると、日菜が1番左端に座り、千聖が右端に自然と座る。
「珍しいですね。紗夜さんが、なんとなくなんて」
「自分でも驚いているわ。まさかなんとなくって私が言うなんて。こういうのは日菜の役目だと思っていたのに、これもバカが伝染ったからなのかしら」
そこで会話が途切れた。興奮の余韻が冷めない身体に寒風が吹きつける。
「………………ありがとう」
紗夜が口を開いた。それを聞いた涼夜は慌てて両手をわたわたと振りながら謙遜をしようとした。
「そんな。そもそも紗夜さんに余計なお節介をしたのは俺ですし……」
「敬語」
しかし、最後まで言い終わらない内に紗夜がそれを遮った。敬語の何がいけなかったのか、と考える涼夜に紗夜は言葉を繋げる。
「敬語も、さん付けも、もう要らないわ。私達は同い年でしょう?」
「──良いのか?」
「良いのよ。そもそも、この状況がおかしかったんだから」
「……言われてみればそうだな……」
同年代への敬語という、今更すぎるツッコミを受けた涼夜が確認するように問うと、紗夜は至極真っ当な返答をした。
「改めてお礼を言わせて。今日の出来事のお陰で、私は1歩先に進めそうだから」
「礼なんていいって。所詮は俺のお節介で、本当はやっちゃいけない事なんだから。むしろ礼を言うのは俺の方で……」
「何を言っているのかしら。お節介にしても私の方がお世話になったのだから、お礼を言うのは当然の事でしょう?それに、やっちゃいけない事だと分かってやったのだから、非は私にあるわ」
「いやいや俺の方が──」
「いいえ、私の方が──」
日菜と千聖は互いに顔を見合わせて苦笑した。お互いが譲り合うから、このままだと終わりが見えない事を察したからだ。
「ねーねー、おねーちゃん。あたし、お腹空いてきちゃった!」
「兄さん。私も」
夜を駆け抜けたこの日の事を、4人が忘れる事は一生ないだろう。
かなり強引だしアフロのメンバーも出ないしの酷いオチでしたが、これで小学生時代は終わりです。この話を投稿した時点で評価を入れて下さった2名の方と133名のお気に入り登録者の皆さんに、深い感謝を。お気に入りと評価が増えるとモチベが上がるって本当なんですね。
そして偶然この作品を目にして下さった読者の皆さんにも深い感謝を。欲望をぶち込んだだけの拙作ですが、暇潰しくらいにはなったでしょうか?なったなら、これ以上ない幸福です。
もし御縁があるならば、次の章も宜しくお願いします。