メールペットな僕たち   作:水城大地

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今回は、四人あった候補から一番希望があったこの人で。


たっち・みーの幸せに満ち溢れた毎日

たっち・みーは、ギルド内にメールペットの案が出た時、反対票を投じた数少ない一人だ。

 

もちろん、ちゃんと反対した理由がある。

その理由は、たっちには【リアル】ではまだ幼い娘がいる為、メールペットまで世話が出来ないからだ。

世話が難しい事が最初から解っていて、ペットを飼うのはペット虐待だと考えていたからこそ、たっちはとても賛成出来なかったのである。

とは言え、この件に反対したのはたっち以外は二人だけであり、圧倒的多数で賛同意見が寄せられて可決したことから、たっち自身も受け取る事になったメールペットのセバスを前に、酷く困惑したものだ。

 

今回、全員がメールペットを受け取る事になったのは、メールペットを持っていない者のところにメールペットがメールを届けに行くと、届け先が判らない可能性があるからだ。

 

もし、きちんと届け先の判別がついたとしても、他の場所ならメールペットとの交流が待っているのに、そこだけポストに配達だと違和感が生まれる可能性もある。

本当にそうなった場合、メールペットたちがどう整合性取るのか予想出来ず、悪い方向に変質する事態が起きると非常に困る訳で。

それらの都合から、メールペットをギルメンに配布するなら全員に強制配布となったのだ。

 

そんな訳で、自分の手元にやって来てしまったセバスを前に、どうすれば上手く付き合っていけるか困惑していたたっちに、ある意味救いの手を差し伸べたのは、彼の幼い娘本人である。

 

彼女は、つい最近誕生日を迎えてまだ五歳になったばかりで、何にでも興味を持つ年頃だ。

まだ幼い彼女は、本当に初めて見る者なら何にでも興味を持つ。

例えば、たっちが端末の前で何かをしていたら、そこに近付いてこっそりその様子を覗き込むくらいには、好奇心一杯だ。

丁度、ギルドでヘロヘロからマニュアルと共に配布されたばかりのセバスを前に、一先ず彼の為に最低限の生活環境は作っておこうとしていたたっちの様子を見て、彼女はたっちがいるソファに一生懸命よじ登ると、膝の上に乗り上げながら端末を覗き込む。

そして、端末の中で人形の様なものの部屋を作っている父親の姿に、目をキラキラさせたかと思うと、クルリとその顔を窺い見た。

 

「パパ、みーちゃんもする!!」

 

娘の口から発せられた言葉は、彼女の顔を見た時点でたっちが予想した通りで困ってしまった。

幾ら、娘の目から見たら人形遊びをしている様に思えたとしても、これは【アインズ・ウール・ゴウン】の友人たちとメールをやり取りする為の、大切なソフトだ。

流石に、たっちの独断だけでその媒介であり、メールペットであるセバスを娘に触らせていたら、うっかり彼らにメールを出してしまうかもしれない。

 

小さな子供は、目で見たことなどへの学習能力は高い上に、それこそ何をしでかすか判らないからな。

 

しかし、ただ口で説明しただけでは娘が引き下がらない事も、今までの育児経験からたっちは理解していた。

このままでは、納得しないこの場で娘は癇癪を起こした挙げ句、何もさせてくれない悔しさから火が点いたように泣き出して、それを聞き付けた妻が駆けつけてくるだろう。

多分、妻はそれまでの経緯やら理由を聞いたら納得はしてくれるだろうが、娘の前で不用意にこんなものを見せた事を後で責められるのは間違いない。

 

あまり想像したくないが、それこそすぐに己の元に訪れそうな未来を前に、どうするのが一番良いのかたっちは少しだけ考えた後、まず娘と一つの約束をする事にした。

 

「……それじゃ、パパと一つ約束できるか?

これは、パパと一緒の時しか触っちゃいけない。

パパとパパのお友達の、大切なものだからね。

みーが触れるのは、一日朝一回と夜に一回だけ。

パパがお仕事でいない時は、これに触るのを我慢する代わりに、次の日は我慢した分だけ回数を増やす。

それが、みーがこれを触る為のパパとの約束だ。

どうする?」

 

そこまで口にした所で、彼女がどう反応するのか返事を待てば、たっちの言葉を理解した娘はパッと顔を上げた。

今まで、駄目だとしか言われないと思っていたのか、たっちの言葉を聞いて勢い良く小さな手を高く挙げると、ぶんぶんと振り回しながら興奮したように頷き、必死に【出来る】と主張する。

 

「みーちゃん、パパと約束する!

だから、パパと一緒にするの!」

 

たっちと【何か一緒に出来る】と言う事を喜びながら、嬉しそうな笑顔で元気良く約束することを主張する娘に、たっちはこれはこれで良かったのかもと考える。

今回受け取ったセバスは、外見こそ【ナザリックのNPC】とそっくりそのまま同じ老紳士を二頭身に変えたものなのだが、中身はまだ小さな子供と同じようなものらしいと、受け渡しの際にヘロヘロから説明されていた。

つまり、どんなに外見が老紳士で言動が外見に相応しいものだったとしても、今、こうしてたっちの腕の中にいる娘よりも、セバスの中身は小さな子供と同じだと思うべきなのだろう。

それなら、いっそ娘を姉に据えてその弟としてセバスを当て嵌めた上で、たっちの息子枠で育てるのも有りかもしれない。

 

何かの話で、子供はペットを飼うか年下の子供の側に居ると、自然と情操教育が出来ると聞いたことがあるし。

 

「それじゃ、パパと一緒に彼のお部屋に置くものとか、彼の着替えを選んであげようか?

この画面の中にいる、彼の名前はセバス。

みーの弟の様な存在だから、ちゃんと仲良くしてあげてくれるかな?」

 

娘の顔を見ながらたっちが問えば、にこにこ笑いながら嬉しそうに頷いた。

どうやら、たっちの口にした【セバスは弟の様なもの】と言う言葉を、娘は大層お気に召したらしい。

くりくりと大きな目を、キラキラと嬉しそうな様子で一層輝かせながら、画面の中のセバスの事を見ている。

これなら大丈夫だろうと思いつつ、たっちは娘を自分の膝の上に乗せたまま、メールペットのセバスの為の部屋の設定の続きを始めたのだった。

 

********

 

たっち・みーの朝の時間は、ある程度安定しているものの不特定だ。

警察官と言う、交代勤務がある仕事についている事もあり、夜勤などがあれば帰宅できる時間は昼前になる。

とは言え、今のたっちの立場だと夜勤そのものは月に一度程度でしか回ってこないので、家族とのコミュニケーションに問題なければ、【ユグドラシル】を続けるのにも問題はないのだが。

それに、今のたっちには出勤前と家に帰った後に楽しい時間がある。

 

娘と共に、メールペットのセバスと遊ぶ事だ。

 

セバスを受け取ったあの日、たっちと約束した事を娘はきちんと守っていて、朝になると自分から起きて「おはよう、パパ!早くセバスと遊びたい!」ってたっちの事を叩き起こす位だった。

妻の話だと、毎日たっちが起きる三十分前には起きているらしいので、本当にセバスと遊びたくて仕方がないのだろう。

そんな娘によって、家にいる日はほぼ毎朝起こされる事にたっちは不満はない。

 

これもまた、娘との大切なスキンシップだからだ。

 

娘と共にメールソフトを立ち上げると、既に起床してざっくりと身支度を整えたセバスが出迎えてくれる。

身支度がざっくりとしたものなのは、ちゃんと理由があるので後で説明するとして、だ。

そう言えば、最初に受け取って起動させて以来、セバスが寝ている姿を一度も見た事が無いのだが、ちゃんと彼は眠っているのだろうか?

もし、セバスが娘の為に睡眠時間を削って無理をしていると言うのなら、もう少しこちらも気を使ってやるべきかもしれない。

 

確かに、セバスはメールペットではあるけれど、娘とたっちにとって大切な家族なのも間違いないのだから。

 

メールを立ち上げたら、先ずはセバスに朝食の準備をする。

毎日、セバスが食べる朝と晩の食事のメニューを決めるのは、娘の仕事だ。

これに関しては、どうやら妻と相談して前日の夜の時点で既に決めているらしい。

たっちが夜勤がある場合は、前日の昼までに妻と娘がその日の夕食と翌日の朝食のメニューを決めて、忘れずにタイマーでセバスに夕食と朝食が出る様にしている。

そうしないと、夜勤当日の夜の夕食と翌朝の朝食をセバスが食べ損ねてしまうからだ。

 

なぜ、セバスが食事を食べ損ねると言う事が判るのかと言うと、実際にセバスが来てから初めての夜勤の日にやらかしてしまったミスだからである。

 

セバスと共に暮らすようになって、初めての夜勤を終えて昼近い時間に漸くメールを開く事が出来たたっちは、部屋の中でかなり顔色が悪い状態で座り込んでいるセバスを発見した。

まさか、電脳空間に居るメールペットなのに病気になってしまったのかと、慌ててヘロヘロから与えられたマニュアルを片手にセバスの状態を確認してみたところ、判明したのは完全な空腹状態にあると言う事だったのである。

改めてメールペットのマニュアルを確認すると、一日最低でも朝と晩の食事とその間におやつを与える様にと言う指示が書いてあった。

 

もちろん、ギルメンの中には仕事が多忙な面々も多いため、そう言う場合の対応策として自動的に朝食と夕食を提供する方法も書いてあったのだが、今までたっちは娘と朝と夜にセバスの世話をする一環で娘が決めたメニューで食事を与えていた為、その事がすっかり頭から抜け落ちていたのだ。

 

しかも、その日に限って部屋の棚に「いつでも好きな時に食べたり仲間のメールペットが来た時に上げたりできる様に」と言う名目で、常備しておいた筈のおやつすら無くなっていたらしい。

そんな状態で、たっちが夜勤に入る時間が割と早く前日の夕食も与えそびれてしまった為、完全に空腹で動けなくなってしまっていたのである。

たった一日とは言え、こんな風にセバスの事を飢えさせて弱らせてしまったなど、たっちからすれば娘の事を叱る事が出来ない様なミスだと言っていい。

 

その一件があって以来、たっちは絶対にセバスの事を飢えさせるせることだけはしないと本気で誓っていた。

 

何故なら、セバスは元々【ナザリックのNPC】としての設定をあまり組んでいなかったせいなのか、他のメールペットに比べて自己主張する部分が少ないからだ。

だからこそ、今回だってお腹が空いていてもそれをたっちに対して主張しなかったのである。

そんなセバスが相手では、うっかりすると初めての夜勤の時の様に【丸一日食事をさせ忘れる】などと言う一件も発生しかねない。

だからこそ、たっちはセバスの事を【ちゃんと世話をしてやらないといけない大切な息子】と言う認識をするようになっていたのである。

 

そんな息子同然のセバスを、自分のミスで飢えさせるなんて真似をする最低な父親になど、絶対になりたくなかった。

 

もちろん、セバスが来てからの変化はそれだけではない。

娘も、セバスの事を弟だと思って世話をし始めた途端、【お姉ちゃん】と言う自覚を持ったからなのか、色々と今まで甘えて出来なかった事を自分で出来るようになっていた。

その一つが、誰かが起こさなくても自分で毎朝起きて、自分一人で着替える事である。

ほんの少し前まで、どれもたっちか妻が手伝わなくては一人で出来なかった娘が、セバスのお姉ちゃんだと言う自覚を持っただけで、自分から進んで何でもするようになったのだ。

子供同士、一緒に育てる事でここまで娘に著しい成長が見られるとは、たっち自身も考えてはいなかった。

それに、セバスにも娘の存在は良い影響を与えている。

あれだけ我慢強く、食事を与え忘れていてもそれを訴える事すらしなかった、自己主張が少なかったあのセバスが、少しずつではあるが自分の我と言うものを出せるようになってきたのだ。

 

どう考えても、娘が接触する事によってセバスと一緒に成長している証と言っていいだろう。

 

因みに、娘がどうやってセバスと接触しているのかと言うと、この件に関して娘が【セバスのお世話を一緒にしたい】と言い出した当日に、メールペットのメイン製作者であるヘロヘロさんに相談し、ギルド長のモモンガさんや仲間の許可を得て、特別に娘の自分のサーバー内にだけ娘のアバターを用意して貰ったのだ。

もちろん、娘のアバターはそっくりそのまま娘の外見ではない。

たっちのメールサーバーには、当然だが他のメールペットも訪ねてくる以上、娘の外見も人間から可愛らしくデフォルメされた子犬の耳と尻尾を持つ獣人の少女の姿である。

これは、娘が【犬好き】言う事を聞いたヘロヘロさんが、元になったメールペットソフトのデータから簡単に立ち上げてくれたもので、娘自身にも好評だったアバターだった。

 

娘はその姿で、たっちは自分の【ユグドラシルのアバターのデフォルメ】で仮想空間に降り、セバスの為に用意した食事を与える。

部屋にある、食事を作る道具にメニューを指定するだけなので、娘一人に任せても出来る簡単な作業だと言っていいだろう。

完成した料理をセバスに与え、彼がゆっくりと食事をしている間、セバスの為に用意した衣装ダンスへと駆け寄り、その中から今日一日身に付ける執事服のベストとネクタイを選ぶののも娘の日課だ。

 

これが、セバスが【ざっくりとした身支度】しかしない理由だった。

 

まだ幼いなりに、娘は【弟】のセバスのことを着飾らせたいのか、それとも毎日同じ服を着せたくないのか、似たようなデザインのベストとネクタイが並ぶ中から、少しずつ違う物を選び出してくる。

セバスの服のデザインは、たっちが出来る男の人が着るスーツの中から、特に渋くて格好良い男性に似合うものを選んだので、娘がどんな風に選んで組み合わせても、それほど問題はない。

と言うか、元々たっちは服に関しては妻に任せきりで、あまり自分の服装に拘りはなかったが、セバスの物を選ぶようになってからは、色々と考えるようになっていた。

「参考までに」と、オーダースーツのデザインサンプルを見るうちに、色々とセバスに着せたいスーツがある事に気付いたからである。

 

そう、若輩者が着るよりもセバスくらいの外見年齢の方が、シックなスーツを着た時に大人の色気が出るのだ。

 

その事に気付いた途端、たっちは【ユグドラシル】のセバスの部屋のクローゼットの中に、普段ならあり得ないくらい課金して大量のオーダースーツを完成させ収納してしまっていた。

もちろん、それら全てのランクは伝説級である。

基本的には、彼の着ているスーツなどの服装は装備に入るため、最初に設定した執事服で固定なのだが、自分達が設定し直せば彼らの衣装の変更は可能なのだ。

 

月に一度位なら、【ナザリック】への襲撃がない限り、セバスの衣装を変えても構わないだろう。

 

それらを用意する為に課金した元手が、例え自分が楽しみにしていた特撮ヒーローのメモリアルボックスの購入資金の半分だったとしても、実際にセバスに用意したスーツを着せてみて似合う姿を見てしまえば、後悔したりはしなかった。

娘に、【ナザリック】のセバスのスーツの着せ替えをした際の映像を見せてやったら、すごく喜んで「同じものをメールペットのセバスにも着せたい!」と言ってくれた事も、後悔したりしていない理由の一つではあるのだが。

そうして、セバスが食事を娘がセバスの衣装を選んでいる間に、たっちはこの電脳空間に来るまでに着ていたメールをチェックし、その日に出す返信メールの準備を済ませていく。

 

この時間帯に、こちらのサーバーまでメールを持ってくるのはモモンガさんの所のパンドラズ・アクターだ。

 

彼は、毎日メールを運んでくる訳ではない。

それでも、気遣いが出来る彼はここに娘が下りてきている事を知って以来、来る時は必ず娘の為に小さな花束を持参してくれる。

ここで、持参する手土産にお菓子などの飲食系の品を選択しないのは、娘がここではお菓子を受け取っても食べられないからだ。

時折、持参される花束が小さな花冠になったり、可愛らしいリボンのついたアクセサリーになっていたりするが、何を受け取っても娘は喜ぶので問題はないだろう。

パンドラズ・アクターは、セバスとも何気に仲が良い。

余り時間がない時に顔を出す事が多いからか、パンドラズ・アクターはセバスとも一言二言話をしてから帰っていくのだが、時間がある時は美味しいお茶の葉の種類の事やお茶の淹れ方などを話しているのを知っている。

 

他に良くメールを持ってくるのは、建御雷さんの所のコキュートスだ。

 

建御雷さんが、個人的にたっちにPVPを申し込む事が多いのが、その理由だと言っていいだろう。

彼は、武人としてのコンセプトを重視した建御雷さんから【武士道】を学んでいるらしく、ちょっとだけ言動が硬い部分があるのだが、どうやらたっちの娘に対してメロメロに甘いらしい。

公私はきちんと別けるらしく、来訪の挨拶を告げてメールをたっちに手渡すまでは硬い言動を通すのだが、それが終わった途端に娘の前に近付き、【今日も爺は参りましたよ、姫】と傅くのである。

娘が居ない時間帯に来た時は、セバスを相手に武人らしく格好が良い仕種を崩さないのに、娘が居る時間帯だとこんな感じで娘に構ってばかりなので苦笑するしかない。

 

もしかしたら、コキュートスは時代劇に出てくる【若君等の守役】に憧れているのだろうか?

 

だとしたら、建御雷さんが学習用に見せている時代劇に毒され過ぎている気がしなくもないのだが、本人が満足しているならそれはそれで問題ないと思うべきだろう。

それに、たっちの娘を前にすると彼女の事を優先する傾向にあるとは言っても、コキュートスとセバスは別に仲が悪い訳ではない。

どちらかと言うと、二人が揃っていると武術関連の話題で盛り上がるらしく、たまに異種格闘技として手合わせをしているのを見たこともある。

 

まぁ、娘のいる前では絶対に戦わないのは、一度手合わせを始めた所で【喧嘩しちゃダメ!】と、泣かれたからだろうけどね。

 

彼ら以外に、メールを持参してたっちの元に頻繁に顔を出すのは、事情を知らないと信じられないかもしれないが、実はウルベルトさんの所のデミウルゴスである。

どちらかと言うと、たっちと仲が悪いウルベルトさんから頻繁にメールが来るのは、ちゃんと理由がある。

それは、今こうしてたっちと一緒に電脳空間に降りてきている、たっちの娘のためだった。

 

なぜ、ここでウルベルトさんの所のデミウルゴスが絡む事になるのかと言うと、彼らの所の育成状況に深く関わりがあると言えばいいのだろうか?

 

*****

 

事の発端とも言うべき、たっちがメールペットを受け取った初日に相談した娘の件に関して、ヘロヘロさんからウルベルトさんに話が最初に行ったらしい。

たっちがヘロヘロさんに相談した当日、【ユグドラシル】にログインした途端、彼に捕まったのだ。

普段なら、滅多に自分からたっちに関わってこないウルベルトさんが、真剣な顔をして【話がある】と切り出したら、流石に聞かない訳にはいかない。

 

別室に移動したら、そこには既にヘロヘロさんを筆頭にしたメールペットの作成チームとモモンガさんが勢揃いしていて、たっちがヘロヘロに相談した事の真意を聞いてきたのだ。

 

彼らを前に、ここが分岐点だとすぐに察したたっちは、迷う事無く自分の本音を口にした。

娘とセバスの存在が、相互作用で上手く成長出来るようにするためにも、娘もセバスと触れ合えるべきだと。

外見はともかく、中身はまだ小さな子供と変わらないセバスと娘を関わらせる事で、セバスは娘を通して様々なことを学ぶだろうし、娘もセバスの世話をする事で成長を促せる。

たっちは、そんな二人を見守りつつ彼らの親として、より良い方向に導いていきたいのだと告げれば、「そういう理由なら、たっちさんの電脳空間限定と言う条件付きで許可を出しても問題ないでしょう」と言う意見が大半を占める形になり、賛同を得られそうな状況になったのだ。

その中で、一人ウルベルトさんだけかなり渋い顔をしていたのだが、たっちと視線が合うと一つだけ確認をして来た。

 

「……それは、セバスの事を娘に押し付けて、自分は世話をしないと言う事じゃないんだな?」

 

その問いに、ウルベルトさんがどうしてあんな渋い顔をしていたのか、彼が考えているだろう危惧も含めてたっちにもすぐに解った。

彼は、自分のメールペットであるデミウルゴスを溺愛している分、セバスがたっちに大切にされないのではないか、それだけを気にしていたのである。

ウルベルトさんが、たっちに対してそんな危惧を懐いたのは、【ナザリック】でのセバスの設定の少なさが原因になっているのだろう。

【ユグドラシル】のセバスに対して、たっちが深く設定を組まないなどあまり思い入れを持っている様には見えない分、メールペットのセバスもそんな感じで娘に任せてしまうつもりなのか、彼なりに警戒したのだ。

 

だが、そんな彼の懸念も無用のものだ。

 

「心配要りませんよ、ウルベルトさん。

確かに、娘はセバスの姉の立場としてか関わらせますが、私は彼らの親として二人に接するつもりです。

その為にも、電脳空間に降りられ娘とセバスを接せられる、娘のアバターが欲しいんですよ。

私としても、娘と息子が直接触れ合って戯れている姿を、存分に堪能したいですし。」

 

嘘偽りなく、真っ直ぐ自分の気持ちを伝えたら、漸く安心したのかウルベルトさんも娘の件に賛成してくれた。

更に、急遽作成される事になった娘のアバターの動作チェックまで申し出てくれた上、定期的にデミウルゴスにメールを持たせて、【異常がないか】わざわざ様子を見に来るようになったのである。

ギルメンが持つメールペットの中で、一番成長が著しいデミウルゴスは、娘のアバターの状況データを収集する事まで出来るらしく、それを元にウルベルトさんは動作チェックをしてくれているらしい。

これに関しては、素直に頭を下げるしかない案件だ。

 

たっちと娘が、安全にセバスと過ごせる環境を作る手伝いをしてくれている訳だからね。

 

ウルベルトさんのメールの内容は、どれもデミウルゴスに関する自慢が中心だが、確かにその成長ぶりは目を見張るものが多いので、色々とセバスの育成の参考にさせて貰っていたりする。

なにせ、メールを持参するデミウルゴスの動きは本当に自然で、メールペットと知っていなければ普通に【プレイヤー】だと勘違いしていただろう。

それほどまでに、デミウルゴスの完成度は高いのだ。

しかし、そんなデミウルゴスとセバスはあまり仲が良くない。

別に、そんな設定をした訳ではないのだが、お互いにどこか素っ気ないのである。

とは言え、娘の前では喧嘩をする様子も嫌味を言い合う様子もないので、今は様子見の段階なのだが……本当にそんな行動を二人がする理由が良く判らない。

 

もしかしたら、ウルベルトさんとの微妙な関係を彼らが引き継いでしまったのだろうか?

 

だとしたら、出来ればそれを打開しておきたいところだ。

全ての人と仲良く出来るとは、たっちだって本気で思っていないが、娘の前でこの状態のまま放置するのは、教育上良くないからである。

これに関しては、今度ウルベルトさんに提案してみるとしようか。

あの人自身、お互いに主義主張が対立する事は多いが、こんなに娘の事を気に掛けてくれているのだから、悪い人じゃない事は判っているし、今回の一件でもう少し歩み寄りたいとたっちも思う様になってきているのだから。

 

******

 

朝の穏やかな時間が過ぎると、職場に急いで向かう。

いつも、朝は娘とセバスとゆっくり過ごすために、家を出る時間が少し遅めになっているからだ。

電脳空間を出る前に、セバスにメールの配達を指示しておくのを忘れない。

これだけは、娘ではなくたっちにしか指示できない事だからである。

昼は、それこそ事件が起きなければ普通に休憩時間があるので、その時に昼間に来たメールのチェックをしつつセバスと個人的なスキンシップをとる。

とは言っても、そこまでやることが浮かばない事もあり、メールの返信を書きながら自分が好きな昔の特撮ヒーロー物の映像を一緒に見ることが多かった。

元々、たっちは仕事柄休憩時間が安定していない。

その為なのか、メールペットになってから昼間にメールが来ることは少ないのだ。

 

お陰で、たっちはセバスと共にのんびりと特撮ヒーロー鑑賞に勤しめるのだが。

 

セバスと二人で、のんびり特撮ヒーロー画像鑑賞をしながら、お互いに思い思いの意見を交わす時間は、たっちにとって至福の一時だと言っていいだろう。

どうやら、セバスも特撮ヒーロー動画は嫌いではないらしく、内容に合わせて普段の冷静沈着な素振りとは違った色々な表情を見せてくれるので、そんな時間も楽しくて仕方がない。

ヒーローの危機に、手を握り締めてそわそわしたり、ヒーローが勝利したシーンで小さくガッツポーズを決めたりしているセバスの姿は、こんな時しか見れないだろう。

流石に娘相手では、この手の趣味を理解して貰うのは難しいからだ。

もちろん、セバスに仕事をさせない訳じゃない。

朝のうちに書けなかったメールの返信も作成し、休憩時間が終わる前にセバスに託して配達に出て貰うようにしている。

 

夜、たっちが仕事が終えて家に帰ると玄関で待ち構えているのは、小学校に上がる為にちょっとしたお勉強を済ませた娘である。

最初の約束で、たっちが七時までに帰ってきた時は一緒に電脳空間に行ける事になっている為、夜の帰りが遅いと本当にそわそわしながら玄関で待っているらしい。

妻からその話を聞いた時は、思わず娘の可愛さに笑みが止まらなかったものだ。

既に、夕食を済ませている娘と一日の出来事を話しながら夕食を手早く取ると、一緒に電脳空間に降りる。

そこでは、受け取ったメールの返信を整理しながらセバスが待っているので、たっちはそれを読みながら娘がセバスに夕食を出す様子を見守るのもまた日課だった。

今度は、セバスに娘が今日一日あった事を話しているのを眺めつつ、夕方から沢山舞い込んできたメールの返信などを纏めて送信準備する。

 

娘の夜の最後の日課は、メールを配達に出るセバスを見送る事だからだ。

 

その為にも、短い時間である程度の返事を作ってしまう必要がある。

もっとも、セバスを見送り娘と共に一旦【リアル】に戻った後、【ユグドラシル】にログインする予定なので、イベント参加などのお誘いに関してはその場で返事する事にしている為、そこまで多くの返信は必要ない。

ただ、娘がセバスをメール配達の仕事に送り出すのを楽しみにしている事もあり、一日一通は必ず夕方にメールを出せるようにしているのである。

 

この辺りは、娘の事を知っている仲間たちが協力してくれているので、今まで一度も夕方にメールを出す相手が居なかった事はない。

 

娘とセバスが、揃って仲良くしている姿を見るのは、たっちにとって本当に至福の時間なのだ。

特に、最近ひらがなを書けるようになった娘が、メールを届ける仕事に出掛けたセバスに手紙を一生懸命書いている姿などを見ていると、微笑ましいやら羨ましいやら何とも言えない気持ちになる。

何せ、夜の時間に電脳空間へ来る事が出来た時は、絶対セバス宛の手紙を書き残しているのだから、たっちが思わずそんな気持ちになるのも仕方がないだろう。

 

夜の帰りが遅いと、娘からたっち宛に一生懸命書いたと思われる手紙が妻に託されているので、別に不満がある訳ではないのだが、この辺りは微妙な親心だと思って欲しい。

 

さて、夜にこうして電脳空間にたっちは娘と一緒に降りる訳だが、その話が決まった時に交わした妻との約束で、夜の七時半までが娘がセバスと遊べる時間になっている。

なので、時間が来る少し前にセバスにメールの配達を頼み娘と共にそれを送り出すようにしていた。

そうしないと、娘がセバスを見送れないからだ。

彼が「行ってまいります」と出掛けた後、一緒に電脳空間を出て娘を寝かしつけるまでが、今のたっちの夜の習慣の一つになっている。

最初の頃は、電脳空間に降りた事による興奮からなかなか寝てくれなかった娘だが、最近はセバスと遊んだら寝る時間だと言う生活習慣のリズムが出来たらしく、大人しく寝てくれるようになった。

これも、セバスがうちに来て出来た良い習慣なのかもしれない。

 

少しずつ、でも確実に娘とセバスが成長していく様を見られる事を、たっちはとても幸せに感じていた。

 

娘を寝かしつけたら、ここからがたっちのお楽しみの時間だ。

【ユグドラシル】にログインして、仲間たちとの楽しい冒険や会話をする時間を過ごすのはとても楽しい。

普段、【リアル】で思うようにできない事をしているのだから、余計にそう思うのだろう。

【アインズ・ウール・ゴウン】のメンバーは、それぞれ個性的な集団とも言えるから、彼らの意見を上手く取り纏めて舵を取っているモモンガさんは、本当に凄いと言うしかない。

 

やはり、【クラン】から【ギルド】に代わる時、モモンガさんの事をギルド長に押して良かったと、たっちは本気で思っていた。

 

そんなモモンガさんを筆頭に、色々と【ユグドラシル】での冒険や仲間とすごす時間を一頻り楽しんだ後、ログアウトしたらたっちはもう一度メールサーバーを立ち上げる。

寝る前に、電脳空間に降りて配達から戻って来たセバスに、「いつもご苦労様」と声を掛けて労う為だ。

流石に、セバスの外見が老紳士と言う事もあって、【労う】と言っても抱き締めたり頭を撫でたりはしない。

だが、軽く肩を叩いて労いの意味でお茶を淹れてやることにしている。

本人は、たっちにお茶を淹れて貰うことそのものを恐縮しているようだが、これ位しかセバスにしてやれる事はないので諦めて貰うしかないだろう。

そうして、セバスに仕事終わりの一杯のお茶を与えて少し話をした後、たっちは電脳空間から出て娘の寝顔を確認してから妻と一緒に眠りにつく。

 

そうして、たっち・みーにとって幸せに満ち溢れた毎日は過ぎていくのだった。

 




どちらかと言うと、たっちさんとセバスと言うよりは、たっちさんと娘とセバスの話ですね。
でも、彼の話を書くと決めた時に、絶対に娘とセバスは絡ませたかったので。
それと、作中に出てきたたっちさんのセバスのスーツへの課金額は、往年の某特撮ヒーロー物のスペシャルコレクションセット(最古のものから現在に至るまでの作品全話収録及び最新作も収録+レプリカ変身セット付)の半額分です。
アマゾンで確認したんですけど、某特撮ヒーロー物って、ボックスセットは一つ数万しました……なので、それを全部集めた奴は幾らになるのだろう……
版権切れてても、レプリカの変身セットが……うん。

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