メールペットな僕たち   作:水城大地

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それから……最終日を迎えて……そして?

 あれから、色々な事が沢山あった。

 その中でも、特に筆頭に上げるべき事件と言えば、ヘロヘロさんの入院だろうか?

 元々、ブラック企業に勤めていたヘロヘロさんだが、色々とやらなくてはいけない仕事も多くて大変だったんだけれど……るし☆ふぁーさんの会社に転職して一年ちょっと経った頃、急にパタリと倒れたのである。

 

 彼が倒れた理由は、まさかの急性胃潰瘍だった。

 

 なんだかんだ言って、彼の部署の多忙さは今の会社に転職してもそこまで変わらなかったらしい。

 だけど、福利厚生など の面では こちらの方が断然上だからこそ、つい油断してしまったのだ。

 結局、ヘロヘロさんは優秀な技術者で物腰も柔らかい人だからこそ、古参の技術者たちからちょっとした嫌がらせを受けてしまい……少しずつ、だけど確実にストレスを溜め込んでいたのだ。

 

 そう……本人的には、全然堪えてないつもりだったのだろうけど、対人関係による無意識に蓄積したストレスというのは存在していたらしい。

 

 転職する前から、多忙さに色々と弱っていった身体にとって、そのストレスはゆっくりとだが確実に深刻なダメージを与えていたらしく、こうして症状が出る事で決着したのである。

 とにかく、本人は「あー、ちょっと不調かも?」と言う程度で流して気付かないまま、病状が進行してしまった為に限界が来た時点で血を吐きながら倒れるというそんな状態になってしまった訳だ。

 これだけだったら、多分、貧困層だった頃と同じ様に「短期間病院に通いながら治療する」という流れで済んだのだろう。

 だけど、今回は発見者が悪かった。

 それは、朱雀さんが亡くなって十日も経たない頃の話で、たまたまヘロヘロさんに用事があってワンルームマンションまで訪ねてきていた、るし☆ふぁーさんが第一発見者だったのである。

 

 結果として、るし☆ふぁーさんは軽くプチパニックを起こし、自分の恐怖公だけじゃなくソリュシャンとルプスレギナまで使い、全メールペットを通じて「ヘロヘロさんが倒れた」と、一斉配信を送った。

 

 その連絡を受けて、速攻でヘロヘロさんの部屋まで飛んで行ったモモンガ達が見たのは、倒れたヘロヘロさんの事を抱えながら、ぼろぼろぼろぼろと子供の様に涙を流し「ヘロヘロさん、死んじゃ嫌だ」と泣き縋るるし☆ふぁーさんの姿だった。

 多分、るし☆ふぁーさんにとって血を吐きながら床に倒れ伏していたヘロヘロさんの姿は、十日程前に亡くなった朱雀さんの最後の姿と重なって見えたのだろう。

 確かに、血の気の引いた顔は蒼白になっていて、るし☆ふぁーさんがそんな風に勘違いして泣き崩れてしまった気持ちも分からなくはない。

 結果的に、ヘロヘロさんは急性胃潰瘍で血を吐いて倒れただけで、実際に命に別状がない事が検査で判明したから良かったものの、それでもるし☆ふぁーさんの中にあった「仲間を突然失う」と言うトラウマを十二分に刺激してしまっていた。

 その結果、彼はそのまま暫く病院で入院生活を送る事が決まったのである。

 

 正直言うと、あの後の方が余程凄い状況になった。

 

 プチパニックを起こしていたるし☆ふぁーさんによって、メールペットを通じてギルドメンバーへこの事を一斉配信した結果、当然だがメールペット達は全員、ヘロヘロさんが倒れた事を知ってしまったからだ。

 彼らにとって、ヘロヘロさんは文字通り【生みの親】であり、自分の主とほぼ同格の存在と言っても過言じゃない。

 そんな彼が倒れたと聞いて、冷静でいられるメールペットなど存在しなかったのである。

 

 特に、元々彼のメールペットであるソリュシャンや、主が事故死した事によって彼の元に引き取られたルプスレギナの恐慌状態は、それこそ凄いものだったと言っていいだろう。

 

 普段なら、どんな事でも冷静に対応出来る筈のソリュシャンだが、るし☆ふぁーさんの所の恐怖公やルプスレギナと分担してメールを運んだにも拘らず、今回に限っては幾つもあり得ないミスをしていたから、彼女の動揺っぷりは判って貰える筈だ。

 ルプスレギナに至っては、主だったク・ドゥ・グラースさんと死別している影響も大きく、その時の衝撃が頭の中でフラッシュバックを起こしてしまい、ガタガタと震え正気に戻るまでかなりの時間が必要だったというのだから、実に可哀想な事をしてしまった事になる。

 それでも、今回は一緒にソリュシャンがいた事で何とか正気に戻り、主の事を伝えるべくメールを配達に出たのだから、前回に比べて大きく成長したと言えるんじゃないだろうか?

 

 実際、「よく頑張った」と暫くみんなから褒められる度に、はにかんだ笑みを浮かべていて、その様子はとても微笑ましかった。

 

 また他のメールペット達も、「ヘロヘロさんが倒れた」と言う一報を聞いてかなり動揺し、それこそメールの配達は何とかこなすものの、それ以外の部分でミスなどを多発していたから、本当に心配したらしい。

 なにせ、全員がその一斉配信があってからその翌日までに、彼のサーバーへと見舞いに顔を出したというのだから、どれだけ彼らを心配させたのか言うまでもない話だった。

 彼らの中で、年長者として一番しっかりしているウルベルトさんのデミウルゴスまで、ヘロヘロさんの前で泣きながら「お願いいたしますから、ご自愛くださいませ」と訴えたという。

 

 この時点で、彼らの事をどれだけ心配させたのか、本気で良く判る話だ。

 

 出来れば、モモンガとしてもこういう状況は肝を冷やすから辞めて欲しい。

 更に言うなら、これをきっかけに他の仲間達も健康に注意してくれたら嬉しいと思う。

 そして、この件はこれだけで終わらなかった。

 

「ねぇ、ヘロヘロさん。

 医者の診断だと、結構他にも怪しい場所があるんだって?

 それこそ丁度良い機会だし、人間ドックに入って完全にチェックしてきて!」

 

 そう、きっぱりと社長命令として強行したのも、るし☆ふぁーさんだった。

 この一件で、ヘロヘロさんが血を吐いて倒れている姿を見たのが余程堪えたのだろう。

 結果的に、るし☆ふぁーさんの命で強行した人間ドックによって、本人が思っていた以上に身体のあちこちに異常が発見され、ヘロヘロさんには長期間の養生が必要な事が判明した。

 ただ、その中でも問題があった幾つかの個所は、治療の際に暫く専門の病棟に入る必要があるらしい。

 その為、治療に専念する間は正式に会社を休職するだけじゃなく、ユグドラシルのプレイも禁じられると言う状況に陥ってしまったらしい。

 医者からその話を聞かされたヘロヘロさんが、思わずがっくりと肩を落として「トホホ……これなら、もうちょっと健康に気を配るべきだった」とボヤいていた姿も、こうして振り返ってみるとこれもまた一つの思い出だろう。

 

 それ以外にも、ぶくぶく茶釜さんとペロロンチーノさんが、声優とシナリオライターとして既に前評判が高い原作を元にした新作ゲームに挑む為、それが完成するまで一時的にログインを停止するなど、この二年半が過ぎるまでの間に色々な事があった。

 

 そんな風に、段々仲間たちがログイン出来ないという状況にも慣れてきたから、そこまでモモンガ自身も強い寂しさを感じる様な状況になっていない。

 これに関しては、毎日必ず一人はログインしてきているのが確認出来ている事と、メールペットのお陰で途切れる事なくメールをやり取りしてる事、そして何人かの仲間が住んでいる場所が同じマンション内と言うすぐ側にいる事もあって、近況報告のしやすい環境は維持していたのも良かったのだろう。

 何と言っても、お互いにログイン出来る状況じゃなくても、すぐ側に住んでいるから酒を片手に食事をしながら気軽に話せる環境だと言う点が、本当に素晴らしいのだ。

 特に、ヘロヘロさんの時の様にお互いに何かあったらすぐにフォローし合える様に、仲間内だけで互助会を作り、ちょっとずつ積み立てしている事もあって、今ではこのワンルームマンションと隣のマンションに住んでいる仲間達の団結は、かなり強くなっていると言って良かった。

 

 それ以外だと、ヘロヘロさんがるし☆ふぁーさんから何かの依頼を受け、ウルベルトさんなどと協力して色々とやっている事を、モモンガはちょっとだけ知っている。

 

 何せ、本来ならたっちさんちの専属家庭教師をしているウルベルトさんが、定期的にヘロヘロさんの部屋を訪ねてきているのを目撃していた。それに合わせてるし☆ふぁーさんも時間を作って訪ねて来ているのだから、確実に三人で何かコソコソと画策しているのだろう。

 出来れば、三人だけの内緒にするのではなく、モモンガ自身も混ぜて欲しいと思うのだけど、集まっている面々の能力的に、それ相応の専門知識が必要な分野なのだと察せられた為、営業職の自分では太刀打ち出来ないだろうと、今の所は我慢している。

 もしかしたら、彼らが協力して新しく会社のプロジェクトを立ち上げようとしているのかもしれないからだ。

 だから、それに関して凄く気になりはしても、突っ込んで聞く事は出来なかった。

 

 この件に関して、「もうちょっと冷静に考えて、あの時突っ込んでおくべきだった!」とモモンガが後悔する事になるのは、最終日の事である。

 

 とにかく、徐々にログインしてくる人数は減らしながら、それでも比較的穏やかに日々を過ごしていき……そうして、とうとう運命とも言うべき日がやって来た。

 運営が、ついに【ユグドラシルの配信を二か月後に停止する】と、正式な告知を出したのである。

 

 それは、リアルにて【ユグドラシル】の配信が始まって、そろそろ十二年と言う年月が過ぎようとしてた頃だった。

 

★★★★★★

 

 その日、モモンガはドキドキしていた。

 

 【ユグドラシル】がサービス提供終了する事が決まった時点で、今はほぼ引退同然もしくは半引退状態になっているギルドメンバーに対して、全員に最終日に集まれないかと言うメールを送ったのは、せめて最後にもう一度このナザリックで過ごしたかったからだ。

 もちろん、彼らにもリアルの都合がある事は判っていたし、同じ時間帯に集まるのは難しい事も知っている。

 

 それでも……「出来ればみんなと会いたい」と思ってしまったのは、それ程悪い事だろうか?

 

 実際、仲間達の多くはこのモモンガの願いを、今の彼らなりに叶えてくれた。

 最終日、仕事を休んで一日ログインするつもりだったモモンガに、付き合ってくれると言ってくれたのは親友であるペロロンチーノさんだ。

 彼は、丁度現在手掛けていたシリーズのシナリオを全て書き上げたばかりで、次のシリーズを書き始めるまで数日休む予定だったらしく、シナリオが完成する目途が立った時点でその連絡をくれたのである。

 もちろん、モモンガはその彼の提案を一も二もなく受け入れた。

 

 ペロロンチーノさんと一緒にユグドラシルで直接遊ぶのは、それこそ半年ぶりなのだから当然の話だろう。

 

 次に、ログインするのが早かったのは、もう一人の親友とも言うべきウルベルトさんだ。

 しかも彼は、予想していなかった人たちを【ゲスト】として連れて来てくれたのである。

 そう、モモンガが流石に無理だろうと思っていた人物達。

 

 一体誰なのかと言えば、【たっちさん一家】だった。

 

 そう、たっちさんだけじゃなく【一家】……つまり、家族全員なのである。

 ウルベルトさんが、もう七年近く家庭教師をしているみぃちゃんは、まぁメールでも「いつかナザリックに行きたい」と言っていたから何となく分かるけど、そこに奥さんとまだ幼いレイ君までいるとなると、流石に驚くしかない。

 思わず、彼らの姿を二度見してしまうモモンガに、ウルベルトは悪戯が成功したと言わんばかりにクスクスと笑い声を上げながら笑顔のアイコンを浮かべる。

 

「やっぱり驚いてくれましたね、モモンガさん。」

 

 「してやったり!」と言わんばかりに、楽しそうなウルベルトさんに対して思わず「どうして?」と言わんばかりの視線を向ければ、まだどこか楽しそうで。

 理由を問い質さねば、とそうモモンガが考えた時だった。

 今まで、ウルベルトさんの後ろに立って黙ってこの状況を見守っていたたっちさんが、困った様に頬を掻きながら口を開いたのは。

 

「実は……〖ユグドラシルが終了する〗と言うメールをモモンガさんから貰う少し前に、妻と娘と息子のユグドラシルのアカウントを作ってたんですよ。

 私が、仲間と共に作ったナザリックに、是非とも連れて行きたくて。

 とは言え、私自身は毎日それ程時間が取れた訳じゃないので、主に娘たちのレベル上げに付き合っていたのはウルベルトさんなんですけどね。

 残念ながら、最終日までにレベル百までにはなれませんでしたが、それでも三人ともレベル七十まではいけたので、モモンガさんや他の仲間にお披露目したくて連れてきてしまいました。

 それで……ゲスト枠で妻や娘たちを招待したんですが、駄目だったでしょうか?」

 

 一応、「半引退状態の立場だからこそ、勝手な事をしてしまって大丈夫だろうか?」と言うたっちさんに対して、ウルベルトさんはけらけらと笑いながら片手を振る。

 その様子は割と気安く、昔の……そう、全盛期の頃の、あの顔を合わせる度に、それこそ息をする様に喧嘩する事の方が多かった彼らしか知らない面々が見たら、確実に仰天するんではないだろうか?

 まぁ、今のウルベルトさんはリアルで未だにたっちさんの家で家庭教師をしている訳だから、直接顔を合わせる事も多いだろうし、「子供の教育に悪い」という理由で余り喧嘩しなくなったのかもしれないけど。

 どちらにしても、穏やかに最後の時を迎えられるというのは悪くないかもしれない。

 

 ちょっとだけ、二人が何かある度に言い争う姿はナザリックでの日常だった気もするので、そこに関しては寂しい気もするのだけど。

 

 それはさておき。

 モモンガが、たっちさん一家の登場に驚いている間に、更にログインコールが王座の間に響いた。

 今まで、モモンガしか居なかったとは思えない位に、どんどん人が集まって来る。

 先程から、ウルベルトさんやたっちさん達はちっとも驚いていない様子から考えて、どうやら事前に打ち合わせでもしていたんだろう。

 もしそうだとしても、モモンガからすれば単純に嬉しかった。

 

 最終日に、こんな風にほとんど会えなくなっていた仲間達とナザリックで再会し、一緒にユグドラシルが終了するまでの時間を過ごせるなど、それこそ最高じゃないだろうか?

 

 もちろん、仲間の中にはどうしても都合がつかなくて来れない人達だって、それなりにいる。

 その筆頭とも言うべき人が、現在メイドを主題にした漫画で大人気のホワイトブリムさんだ。

 また仕上がっていない原稿が数ページも残っていて、締め切りを翌日に控えている状況だった為、流石に今回は大人しく自重したのである。

 「作者である自分が、アシスタントに原稿を全て押し付ける事は出来ませんから」と、申し訳なさそうに連絡があったのは昨日の事だ。

 その時、結構本気で悔しがっていたのを考えると、もしかしたら彼もこんな風にみんなが集まるのを知っていたのかもしれない。

 

 もう、このナザリックでこんな風に集まる事は出来ないのだから、余計に悔しい部分が多いのだろう。

 

 そうそう、最終日の今夜は多くの仲間達のメールペットたちは、自分達の元になったNPCと一時的に同期している状態でこの王座の間に集まっていた。

 これも全部、ヘロヘロさんの家にプログラム系が得意な仲間たちが集まり、モモンガに隠れてこっそりと企画していた事らしい。

 最終日だから、ちょっとぐらい羽目を外しても大丈夫な様に、るし☆ふぁーさんが直接運営に話を付けて、彼らがこんな風に拠点NPC達と同期しても問題ない様にしている事まで聞いたら、モモンガはもう笑うしかなかった。

 

「……まったく、皆さん黙ってるなんてずるいじゃないですか。

 そう言う事なら、もっと早く言ってくれてても良かったと俺は思うんですけど!

 もし、もっと前に話を聞いていたら、俺のパンドラだって宝物殿から連れ出せる様にしたのに。」

 

 ついつい、そんな風にたらたらと文句を言ってしまうのは仕方がないだろう。

 他のNPCに比べて、パンドラズ・アクターは色々と特殊性が強い為、割と早い時間にログインしてきたヘロヘロさんでも細かな調整が終わらなくて、結局、宝物殿から王座の間に連れて来る事が出来なかった数少ないNPCなのである。

 故に、現時点では彼だけちっちゃな手乗りサイズのメールペットの姿のまま、ナザリックへ来ているという状態になっていた。

 他のメールペット達は、ある意味本体と言うべきNPC達に同期している影響なのか、普段よりもどこかぎこちない動きだが、それでも初めて自分の目で見るのナザリックの王座の間の荘厳さを楽しんでいる。

 それに比べ、パンドラズ・アクターはメールペットのボディそのものでこちらに来ている為、踏まれない為にもモモンガの手のひらの中に収まっている状況だった。

 モモンガの指の間から、小さなその身体を覗かせつつ腕を伸ばし、何に対しても興味津々の様子はより微笑ましかった。

 ただ……それを下手に言うと本人が気にするので、その辺りは触れない様にしている。

 

「……それにしても、本当にあっという間でしたよね。

 最後の方は、皆さん色々と事情があって集まりが悪くなりましたけど、それでもこうしてナザリックはログインが出来る人たちによって維持したまま、こうして最終日を迎える事が出来ましたし。」

 

 感慨深く、そう呟いたのはぷにっと萌えさんだった。

 正直、彼の中にあった予想ではもっと早い段階で、ギルドが分散する可能性を視野に入れていたらしく、こうして最終日まで迎えられた事は本当に予想外だったらしい。

 そう言われると、モモンガ的にはちょっとカチンとくる部分もあるが、そんな事を言っているぷにっと萌えさん自身、不定期になりながらも出来る限りログインしていた事から、この状況を本気で「凄い」と喜んでいる様子なので黙っておいた。

 

 彼は、ここ数か月は色々とリアルの仕事が立て込んでログインが滞っていたメンバーの一人だったから、こうして万全のナザリックで最期を迎えられた事に、感慨深い思いがあるのかもしれない。

 

 ただ……これはモモンガがそう思っただけで、彼の発言に対して今までギルドをログインしながら維持してきた面々は、微妙に何とも言い難い雰囲気を漂わせている。

 自分達が、このナザリックを維持する為に重ねてきた努力を、こんな風に言われるのは少々心外だったからだ。

 何より、この場にはまだ幼いたっちさんちの子供もいるし、メールペット達がNPCと同期して立っている。

 出来れば、不用意な発言は控えて欲しい所だ。

 

 今日は最終日なのだから、せめて最後まで穏やかな空気で終わらせたいと思っていても、別におかしくはないだろう。

 

 残念ながら、今日は予定があって直接ログインしてする事が出来ない面々は、その代わりメールペット達を媒介に実況動画を繋いでいて、時間がある時はそれをモニターしている状況である。

 更に、音声チャットを繋げる余裕がある面々は、モニター越しに俺達の楽しそうな様子を目の当たりにして、結構ログイン出来なかった事に対する悔しさを滲ませたコメントを飛ばしてきていた。

 切実な思いが込められているコメントが多く、意外にそれを聞くだけでも面白いかもしれない。

 

「……そう言えば、残り時間は後どれだけですか?」

 

 ワイワイガヤガヤと会話しつつ、仲が良い仲間同士で集まっての記念撮影などに結構な時間を掛けていた所に、今回、無事にログインして最終日の集会に参加している一人のあまのまひとつさんが、ふと思い出した様に周囲へと問い掛けてきた。

 それに対して、側にいた弐式さんが素早くモニターを確認し、さらりと答えを返す。

 

「丁度、二十三時三十分ですから、残りは後三十分ですね。」

 

 その答えに、何やら考える仕種を見せる。

 ほんの少しだけ考えた後、ずっと気になっていたらしい事を口にした。 

 

「あー……このままだと、るし☆ふぁーさんは間に合いませんかね?」

 

「そうですねぇ……このままだと厳しいかも?

 出来れば、間に合う様にここに来て欲しいですよね、今日が最後ですし。

 なんだかんだ言って、今まで裏で色々と頑張ってくれたのは、間違いなくるし☆ふぁーさんですから。」

 

 周囲を眺めつつ、二人が交わす言葉の中に名前が出てきたるし☆ふぁーさんは、今、この場にいない。

 残念ながら、今夜に限って取引先の社長を相手に、予定を変更する事が出来ない会食が入ってしまったからだ。

 運の悪い事に、その相手先の会社の指定したレストランというのが、彼の住んでいる地域から結構離れていて、「無事に会食を終わらせたとしても、自宅に戻ってログインするのが結構ギリギリになる」と、今朝の段階で本人も嘆いていたのを、モモンガも覚えている。

 この時間になっても、まだ彼がログインして来ないという事は、もしかしたら別口でトラブルがあったんではないだろうか?

 そう、モモンガが頭の端で思った瞬間、いつも聞き慣れたデジタル音声が入る。

 

『 るし☆ふぁーさんが、ログインしました 』

 

 それは、この場にいる全員に聞こえていたのだろう。

 そこかしこから「おー!」という歓声が上がっていた。

 時間的に、結構ギリギリになっていた事を気にしていたからこそ、こうして仲間達から上がる声に滲む色は彼が無事にログイン出来た事を喜ぶものだった。

 

「みんな、ごめん!

 予定より、かなりログインが遅くなっちゃった。

 ……って、みんないるよね?」

 

 バタバタとした足音と共に、そんな声を上げながら王座の間へと駆け込んできたるし☆ふぁーさんを見て、みんなくすくすと笑う。

 こんな風に、穏やかな気持ちでるし☆ふぁーさんの事を出迎えられる様になったのは、彼が社長になった騒動の後からここ数年ずっと続いている、リアルを含めた交流があったからだ。

 多分、るし☆ふぁーさんが自分で出来る限り裏で色々と手を回してくれていなければ、ここにこうやって集まれるギルドメンバーはもっと少なかっただろう。

 そういう意味でも、彼らからの惜しみない感謝がるし☆ふぁーさんに向けられているのが伝わってくる。

 

 何せ、その思いはモモンガだって同じ気持ちなのだから。

 

「ホント……ギリギリでしたよ、るし☆ふぁーさん。

 でもまぁ、間に合いましたから問題ないですよね。」

 

 そんな風に、笑いながら彼の肩を軽く叩いたのは、いつの間にか彼の背後に歩き寄っていたウルベルトさんだ。

 元々、彼ら二人はなんだかんだと昔から仲も良かったから、こうしてるし☆ふぁーさんが間に合った事を素直に喜んでいる一人だと思う。

 悪態も吐かずに、あそこまで出迎えている辺りがそれを如実に示していた。

 ウルベルトさんの後ろには、デミウルゴスが付き従っている。

 彼も、ウルベルトさんのメールペットだったデミウルゴスと同期しているので、この場ではしゃべる事は出来ないものの、行動そのものはリアルのメールペットの意識が宿ったデミウルゴスだと言っていいだろう。

 実際、るし☆ふぁーさんとウルベルトさんの楽し気な会話の応酬を側で聞きながら、ニコニコと嬉しそうに笑っている。

 他のメールペットになったNPC達も、デミウルゴスと似た様な感じで、創造主と主が一緒の場合はその背後につき従っているし、創造主と主が違うケースはどちらの主も大切で選べないと言わんばかりに、上手く中間に位置する様に間合いを取って立っているという感じだった。

 

 どちらにせよ、この場にいる誰もが本当に楽しそうで、こんな穏やかで緩やかな最終日が迎えられた事が、モモンガには非常に嬉しくて仕方がない。

 

 もちろん、ユグドラシルが終了してしまう事そのものは、とても悲しい。

 本音を言えば、このまま終わる事なく仲間と遊べる場所として、ユグドラシルが続いてくれたのなら、どれだけ嬉しいか判らないほどだ。

 更に、このナザリックにいるNPCたちに会えるのも、今日で最後と言う事になる。

 その事実を思うだけで、胸が締め付けられる様に痛かった。

 

 だからこそ、余計に最後なのが寂しくて仕方がないとモモンガは思っていたのだが……ふと視線を向けた先にいたるし☆ふぁーさんとヘロヘロさんがニヤリと笑うアイコンを出す姿が見えた。

 あの笑顔は、何かしら良くない事を何かを企んでいる時によく見せていたものだ。

 そう、間違いなく何かを企んでやらかす時のそんな反応だと、モモンガが察した瞬間、「じゃじゃーん!」と口で言いながら、るし☆ふぁーさんとヘロヘロさんがその場にいる面々に見える様に、二人で一つのモニターを目の前で展開した。

 

「みんな~、こっちを見て見て見て、ちゅうも~く!!

 俺達が、みんなで色々と協力して作ったナザリックが、あんまりにも完成度が凄くて勿体ないないから、さ。

 二人で協力して、凄く頑張っちゃった!

 まず、ヘロヘロさんと色々協力して技術面をクリアした上で、そこからこの三週間ずっと運営と交渉を重ねた結果、ナザリック地下大墳墓のデータを丸ごと全部吸い出して、別のサーバーに構築する許可を貰いました!」

 

 どこか浮かれた様な口調で、それは楽し気にそう語るるし☆ふぁーさん。

 その横で、冷静な様子で更に説明を付け加えていくヘロヘロさん。

 

「もちろん、現時点で存在しているNPC達も全部引き継ぎで連れて行けます。

 そうじゃなければ、【ナザリック地下大墳墓】を別サーバーに移築する意味がありませんからね。

 今の段階では、まだデータの吸出しをして基礎部分になる十層に連なる階層とそこにある建物をざっくりを再構築しただけなので、細かな微調整までは済んでいません。

 更に言うと、ナザリック以外は何もないサーバーですが、そのうち移築したサーバー内に色々と作って遊ぶのもいいかもしれません。」

 

「つまり……これは【ナザリック地下大墳墓】と言う名の、俺達専用の簡易ゲームサーバーを新しく作っちゃったって事なんだよね~

 ドンドンパフパフ~ッッ!」

 

 るし☆ふぁーさんとヘロヘロさんが、それは楽しそうに交互に話す内容を聞いて、思わずあんぐりとモモンガは口を開けてしまった。

 確かに、彼らがこの一年近く何かやらかしている事は知っていたけれど、まさかそこまで壮大な話だったとは思わなかったからだ。

 そもそも、るし☆ふぁーさんの系列会社には、ゲーム会社は存在していない。

 数年前、フリーだったペロロンチーノさんが所属出来る場所がなくて、あまのまひとつさんの系列の会社に行ったのだから、間違いないだろう。

 

 なのに今更、どうしてこんな話が出ているのだろうか?

 

 そんな、モモンガが頭の中で浮かべた疑問を察したかの様に、るし☆ふぁーさんさんはにっこりと笑顔のアイコンを浮かべる。

 

「あー……このサーバーは、元々あまのまひとつさんと俺の会社で共同運営している、レンタルサーバーの一つなんだよね。

 サーバーのメイン管理者は、ヘロヘロさんが受け持ちって事で登録してあるから、何かイベントがやりたかったらペロロンチーノさんにシナリオを作って貰えば問題ないだろうし。

 まぁ、この移築したナザリックへログイン出来るのは、今の段階で【アインズ・ウール・ゴウン】所属、もしくはこの場にいる面々だけに限定だから。

 今回来れなかった面々も、普通にログイン可能だから遊びに来るなら来ればいいと思うし、興味がないならこのまま放置しても構わない。

 この場所は、本当に自分たちで好きに遊べる場所を提供しようと思って作っただけだしね。」

 

「……とは言っても、データを完全に新しいサーバーに移行し終わるのに、少なくとも一月以上は掛かる予定ですから、実際に使える様になるのはもうちょっと先ですけどねぇ。

 出来れば、異常がないか動作テストも終わった後の方が安心して遊べますし。

 ざっと、三か月程度先だと思って貰えれば、間違いないですけどね。」

 

ざっくりと、実際に使用可能になるまでどれ位掛かるのか、その予定を技術者側として教えてくれるヘロヘロさん。

 その話を聞いて、一つ気になった事をモモンガは尋ねる事にした。

 

「あー……それはいいんですけれど、実際に維持費とかそういうのはどうなるんですか?

 るし☆ふぁーさんのお話だと、そこはレンタルサーバーなんでしょう?

 今まで、ユグドラシルの中ではナザリックを維持管理するのに、運営から毎月定期的に維持費として徴収されていたじゃないですか。

 その、新しいサーバーへ移行したナザリックは、その辺りはどうなるんでしょう?」

 

 ついつい、リアルが絡む真面目な事を聞いてしまうモモンガに対し、るし☆ふぁーさんとヘロヘロさんはニコリと笑顔のアイコンを浮かべる。

 多分、モモンガが口にしたこの質問も、最初の段階で想定していたのだろう。

 二人揃って、ぴぴっと腕を上げて軽く人差し指を立てる様なポーズを取ると、更にニヤリと笑うアイコンを浮かべ。

 

「今回は、共同運営とは言え俺が直接運営しているサーバーを利用している訳だから、別にナザリックそのものに対して掛かる維持費なんてないよ?

 今の段階なら、それこそそこまで大きな容量を使用してないし。」

 

「まぁ、確かにこのサーバーの使用料は、るし☆ふぁーさんが言った様に今の段階では掛かりません。

 但し、それはあくまでも〖ナザリック地下大墳墓〗を移築した部分に関してですし、ここから何か作ろうと思うと容量を増やさないといけないので、増設分に関しては会社側に支払うレンタル料などの諸経費は必要ですけどね。

 もっとも、それに関しては既にデミウルゴスたちに預けておいたマンション組の互助会の余剰資金の運用で賄われちゃってますので 最低でもこの先十年は余裕で維持可能です。

 なので、特に心配はいりませんよ?

 ただ、皆さんが直接ネットに潜る為の回線使用料は、個人負担ですが。」

 

 ニコニコと、笑顔のアイコンを連打しながら説明する二人の言葉に、思わずこの場にいた面々はあんぐりと口を開けていた。

 まさか、そんな大掛かりな事までしていたなんて、流石に予想外だったからである。

 だけど……もしナザリックを別のサーバーに移行して、そのままの姿を維持しながら自分達が入って遊ぶ事が出来るのなら、色々と話が変わっている部分があるだろう。

 同じ事を、この場にいる誰もが思ったらしく、視線がヘロヘロさん達に集中する。

 周囲からの視線を受け、ヘロヘロさんは軽く手を挙げた。

 

「皆さん、色々と気になる部分があるでしょうし……質問があるならどうぞ。

 今、答えられる内容なら、お答えしますから。」

 

 その言葉を聞いた瞬間、周囲からパパパパパパッと勢いよく手が挙がった。

 多分、予想外に終了直後のボーナスステージとも言うべき状態で、るし☆ふぁーさん達が用意したサーバーへナザリックの移行が決まっていた事に対して、色々と気になる点があるのだろう。

 しかも、そこで遊ぶ事が出来るのは、自分達ギルドの仲間だけともなれば、当然気になる事も増えておかしくない。

 

「あー、その今の段階で移行後のナザリックで出来るのは、のんびり遊ぶだけなのか?

 何かイベントなどで、戦う事は出来ないのか?」

 

 予想通り、最初に出たのはこの質問だった。

 なんだかんだ言って、一番多かっただろう戦闘系のメンバーからの質問に対し、ヘロヘロさんはにっこりと笑顔のアイコンを浮かべる。

 

「今の段階では、そこまで多くないですけど……そうですね、ナザリックの一部区間を使用した簡易攻略ダンジョンモードっていうのは用意するつもりです。

 後、それとは別にプレイヤー同士によるPVP及び戦闘系NPCとのPVNに関しては、早急に可能な状態にする予定です。

 やはり、どんな形でも戦闘に関わるプレイが出来ないと、〖つまらない〗と言い出しそうな面々が、うちのギルドにはいますからね。

 但し、それらはあくまでもこちらが指定した区域を使用した場合のみ、戦闘可能という形になりますので。」

 

 「それ以外の場所では、出来ませんからね!」と念を押す彼の言葉に、周囲から微妙な苦笑が漏れる。

 多分、所構わずPVPをやらかしそうな面々への釘差しの言葉だったのだが、その様子が余りに真剣だった事で、つい苦笑が漏れてしまったのだろう。

 とは言え、ヘロヘロさんの言い分はもっともなので、反対意見は出なかったが。

 

「あのさ、基本的な禁則事項とはどうなってるの?」

 

 次に出たのが、この質問。

 今まで、ユグドラシルでは十八禁行為は愚か十五禁行為ですらアカウント停止になる程、禁則事項に厳しかった。

 それに対し、メールペットは禁則事項がかなり緩くて、十八禁行為は出来なかったけれど、それでも十五禁行為に関しては、割と寛容な部分があった。

 だが、もしその移行した場所でもユグドラシルの状況が適用される事になるとすれば、今まで出来ていた事が出来なくなる訳で。

 彼らの質問に対して、ヘロヘロさんは軽く肩を竦めると、素直に言葉を続けた。

 

「このサーバー内での禁止行為レベルですが、メールペット側の設定を基準にしようと思います。

 我々の為というよりは、メールペットの為ですけどね。

 今まで、彼らが主と取れていたスキンシップが出来なくなるのは、それなりにストレスになります。

 彼らのAIがストレスを感じた場合、AIにどんな異変が起きるのか判っていませんし、そういう負担をなくす意味でも、彼らとの接触行為に関してユグドラシル基準のままなのは無理なんです。

 まぁ、それにお互い今まで自由に出来ていた事が出来なくなるというのは、結構寂しいですからね」

 

 そう彼が言い切った瞬間、一部のギルメンが諸手を挙げながら歓声を上げる。

 多分、メールペットとのスキンシップ過多組の反応だろう。

 特に、嬉しそうな面々の顔ぶれを見れば、今まで相当スキンシップが濃かったんだろうと簡単に想像が付くだけに、敢えてモモンガもそこに触れたりはしなかった。

 そして、ふと視界の端に映っているモニターの時刻を見て、声を上げた。

 

「あー……思っていたより、結構時間を使っちゃいましたね。

 終了時間まで、残り五分もありませんよ?」

 

 モモンガがそう言った瞬間、仲間たちは慌てて顔を見合わせるとこちらの手を掴み、みんなで王座の方へ移動して行く。

 そんな風に、手を掴んで連れて行かなくても、「移動しましょう」と言ってくれれば付いて行くのに、とそんな事を頭の端で考えていると、横からウルベルトさんが謝罪してきた。

 

「すいません、モモンガさんに伝え忘れてました。

 最後は、みんなで王座の前で記念撮影しようと話してたんですよ。

 ほら、前にナザリックの攻略が成功した時、みんなで集合写真を撮影したでしょう?

 あんな感じで、最終日の記念写真を残そうと思いまして。

 今回は、俺達だけじゃなくメールペットの同期したNPCも一緒ですから、人数的に考えてもかなり大きな一枚になりますけどね。」

 

 その説明を聞いて、「あぁ、なるほど」とモモンガは頷いた。

 確かに、それは良い提案かも知れない。

 わいわいがやがや、残り僅かな時間を楽しむ様に賑やかに話しながら、るし☆ふぁーさんのゴーレムが持つカメラの正面にある王座の前へと移動して行く。

 みんなが王座の前に移動すると、まずは前回と同じ様にモモンガをそこに座らせ、他の面々が思い思いの位置を陣取り始めた。

 たっちさん一家は、たっちさんと一緒に映る様に移動してきたので、ちゃんと小さな子供二人の姿が隠れない様に考慮して最前列へ。

 その代わり、たっちさんには子供たちに合わせる様に立て膝になって貰ったのだが、いつの間にかその頭の上にのしかかる様にウルベルトさんが陣取っていた。

 

 かつて、ここで記念写真を撮った時では、とても考えられない構図だと言っていいだろう。

 

 そうやって、みんなで仲良く集合写真を撮り終えた頃には、残す時間は三十秒ほどになっていた。

 では、といつの間にかその場にいたそれぞれで視線を交わすと、モモンガが口火を切る様に大きく声を上げる。

 

「アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ!」

 

 そう言い切ると同時に、あちこちから同じ様に「アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ!」と言う声が上がる。

 最後に、もう一度だけタイミングを計った様にみんなで唱和した所でカウントダウンが終わり、ナザリックでの最後を締めくくった……筈だった。

 

・・

・・・

・・・・

 

「……あれ、終わりませんね?

 おかしいなぁ、みんなあれで強制ログアウトだと思ってたのに。」

 

「おいおい、最後まで締まらねぇぞ、クソ運営。」

 

「本当、せっかく最後に綺麗に決めたのに、締まらないなー」

 

 そう、苦笑しながらお互いに運営への不満を言い合った瞬間である。

 それまで、後ろにつき従いニコニコと笑っていただけのNPC達が、一斉にそれぞれの主の方へ向かい移動し、まるで主の存在を確認するかの様に抱き付いてきたのは。

 一応、マーレ以外の男性タイプのNPC達は、自分から抱き付くのに躊躇いがあるのか、そっと肩に手を置いたり腕に触れたりしている。

 その中でも、コキュートスが建御雷さんの鎧の端を掴んでいる姿には、どこか不安が滲んでいる様な気がした。

 

〘 ……幾ら、メールペットが同期しているからとは言え、NPCが不安? 〙

 

 そう認識した事に対して、モモンガが思わず疑問を抱く前に、周囲がこの異常な状況を認識したらしい。

 

「「「ヘっ?」」」

 

 思わず声を漏らした瞬間、彼らを代表する様にアルベドがそれは嬉しそうにギュウギュウ抱き付く腕の力を強めつつ、タブラさんに向けてこんな事を言い出したのだ。

 

「漸く……漸く、この身体で、こうして抱き付いて、母様とお話出来ますわ!!」

 

 歓喜に満ち溢れたその表情は、とても自然で。

 どうやっても、今の技術ではNPCにその表情を再現させるだけのレベルはない。

 元々、メールペットたちは割と表情豊かではあったが、それでも表情の自然さなどにはやはり限度があって。

 何より、ここが本当にまだユグドラシルの中なら、彼らが自分の意思でこちらに抱き付くという行為は禁止事項に当たる為、速攻で運営が何か言ってくる案件である。

 

 つまり、それが出来ている時点で、ユグドラシルの法則から外れている事になる。

 

 更に言うと、先程からアルベドを含めた女性NPCなど香水を付けているだろう面々が動く度に、ふんわりと甘くいい香りが漂ってきて。

 五感の内、嗅覚などは電脳法の兼ね合いで再現されていなかった筈だから、普通なら匂いが判る筈がない。

 にも拘らず、周囲から幾つもの匂いを感じている時点で、既に異常だと言っていいだろう。

 それに気付いたモモンガが、運営に確認を取ろうとモニターを探した瞬間、もっと重大な事に気が付いた。

 今まであった筈の、操作画面が消えてしまっていたのだ。

 当然、運営への通報をメインとした連絡用のボタンはもちろん、ログアウトのボタンすら存在していない。

 

「「「「「「えええええっっっ!」」」」」」

 

 正直、幾つもあり得ない状況が重なっている事に気付いた瞬間、その場で思わずみんなが信じられないと絶叫を上げたのは当然な流れだった。

 そして、それまでの様子を実況で見守っていた、リアルにいる面々の絶叫が王座の間に響くのも。

 

 それこそ、阿鼻叫喚と言っていい状況になったのだが……ここからどうなるのか、それはまた別の話。

 

 

ー end ー

 

 




という訳で、メールペットな僕たちは、ここまでです。
だって、元々この話は「原作が開始するまでの、アインズ・ウール・ゴウンの面々とそのNPCを元にしたメールペットのお話」なので。
原作開始後は、どうなるのかとかもちろん設定がありますけど、まず、タイトルから外れるのでこのタイトルではここまでです。
尻切れトンボに近いと思われるかもしれませんが、最初からここでこう終わると決めてあったので。
皆様、長らくありがとうございました。

……この先の話なんて、読みたくないですよね?
話みたいと思う方は、最新の活動報告にコメント下さい。

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