メールペットな僕たち   作:水城大地

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お待たせしました、後編になります。


騒動の結末 後編

ギルド会議【モモンガ視点】

 

 

「……それで結局どうなったんですか?」

 

 十日後のギルド会議で、今回の一件に不参加だった面々が、参加していた面々に静かに問いかける。

 何と言っても、不参加側は「万が一の際に巻き込まない様に」と言う理由から情報が一切与えられていない状況だった事もあり、色々と気になる事が多いのだろう。

 特に、会議にギリギリの時間にログインしてきたるし☆ふぁーさんへ向けられる視線の数は凄かった。

 

 そんな円卓の間に、埋まる事なく空いたままの席は一つ、ク・ドゥ・グラースさんだけ。

 

 今まで、一度もこの会議が始まってからは全員出席で空席が出来た事がなかっただけに、騒動の関係者の中でもるし☆ふぁーさんが一人だけ遅くなった理由は、彼の席が空席になっているのが原因なんじゃないかと、全員が疑っているのだ。

 彼は、るし☆ふぁーさんの「時間切れ」発言によって、不参加側だった事をみんな知っていた。

 だからこそ、どこかピリピリした空気の中でこの質問が出たのだろう。 

 正直に言うと、るし☆ふぁーさん側の協力者としてここ数日ずっと行動を共にしているモモンガには、一つ心当たりがあって。

 なので、このまま黙っているよりはいいだろうと、質問する事にした。

 

「そう言えば、ログイン前に連絡がありましたよね?

 あの時、俺達には『先にログインして欲しい』と言って内容を教えてくれませんでしたけど……あれは彼がこの場にいない事に関係していませんか?」

 

 あの時の、るし☆ふぁーさんの様子はちょっとおかしかったのだ。

 だから、その事を確認したくて仲間を代表する形でモモンガが質問すれば、それに対してるし☆ふぁーさんは思わず声を詰まらせていた。

 その反応は、どう考えても何か知っているとしか思えなくて。

 

 少しでも、彼がいない理由を何か知っているのなら、教えて欲しいと思うのは当然である。

 

 どちらかと言うと、普段よりもるし☆ふぁーさんは困惑していて余裕がなさそうな雰囲気だった。

 今の彼なら、もうちょっと上手く話を進めれば、ちゃんと事情を話してくれそうな気がする。

 そう思ったからこそ、るし☆ふぁーさんがリアル絡みで頭が上がらない数少ない相手の一人である、朱雀さんに視線を向けた。

 多分、朱雀さんもこちらの意図を察したのだろう。

 彼が指先で軽く机をノックした瞬間、るし☆ふぁーさんは困った様に肩を竦め、仕方なさそうに口を開いた。

 

「まず、前提として聞いて欲しい事がある。

 前回の会議から今日の会議までの十日間、それこそこちらは命が掛かっていた事もあって、リアルでの情報戦を仕掛けていたりもしたから、幾つもの情報が錯綜している状況だったって事。

 実際、正式に決着がつくまでの間に二度の襲撃があった事を言えば、納得してくれると思う。

 本当の事か疑うなら、一緒に行動していたモモンガさんたちや、警備に当たってくれていたたっちさんに確認して貰ってもいいよ。

 正直言って、状況的にどれ位大変だったのかなんて、行動を一緒にしていたモモンガさんも理解してるだろう?

 何せ、俺とタブラさんの双方で色々な騒動が起きた事で、それに対処しつつ自衛しなきゃ駄目だったんだから。

 まぁ……それも一応昨日の段階で名ばかりの父親とその関係者が逮捕された事で、解決したんだけど……どうもそのどさくさに紛れる形になってて、俺もあまり正確な状況を把握してないんだよね。

 正直言うと、夕方のあの連絡が来るまでどうしてそうなったのか、ざっくりとした話の流れすら、全く把握してなかったし。

 それ位、俺の方がゴタゴタしてたのは一緒に行動していた面々なら、分かってくれると思うけど。」

 

 一度、そこで言葉を切るるし☆ふぁーさん。

 確かに、この十日間はそれこそ色々な事で忙殺された揚げ句、二度も命まで狙われるおまけつきだったのだから、色々な情報に明るいるし☆ふぁーさんでも、把握出来ない事は多いのかもしれない。

 ただ気になるのは、そこで言葉を切った後に何か言いあぐねているのが判ったからだ。 

 

 何となく、嫌な予感がするのは気のせいだろうか?

 

「まぁ……俺の方はそんな状況だったから、本当にどうしてそういう流れになったのかまでは知らないんだけど……どうも、ク・ドゥ・グラースさんは今日の午前中、リアルで自分の勤める会社から営業に向かう途中に、暴走トラックによる追突事故に巻き込まれたみたいなんだ。

 この情報だって、その営業の予定先がうちの会社だったから〖そちらに伺う予定だった新しい営業担当が、事故に巻き込まれた為、伺う事が出来なくなりました〗と言う連絡を貰えて初めて知った状況なんだよね。

 それで、急いでその件に関する情報を調べてみたんだけど、ネットでも大きく取り上げられてる位の大きな事故だったらしいんだ。

 正直、今の俺達みたいに、色々と自分の方が手一杯な状況じゃなかったら、確実に食い付いてたニュースだったと思う。

 でも……そんな大事故に、ネットゲームの仲間が巻き込まれたなんて、普通じゃ予想出来ないから知らない人も多いかも。」

 

 そんな風に、どこか歯切れの悪い物言いをするるし☆ふぁーさんに、モモンガは非常に嫌なものを感じていた。

 だが、一度話すと決めたるし☆ふぁーさんは待っていてくれない。

 どこか覚悟を決めた様に手を握り締めると、モモンガが一番聞きたくなかった言葉を口にしたのである。

 

「それで、向こうの会社から教えられた病院に連絡して確認取れたんだけど……どうも俺が夕方に連絡を受けた時点で、治療の甲斐なく息を引き取ったらしい。

 その事故が起きたのは、さっきも言ったけど今日の午前中で、息を引き取るまで会社側が契約している病院で集中治療を受けてたらしいんだけど、元々かなりの重傷で助からなかったんだって。

 結構大きな事故だったから、現場から救出された時点でかなりの重傷で、病院に搬送されて治療を受けても助かる確率はかなり低かったそうだよ。

 実際、結構な数の人たちが事故に巻き込まれたみたいで、重傷を負ったり死んだりしているし。

 普通なら、あそこまできっちり最後まで治療をして貰える可能性はかなり低かったんだけど、今回は〖社用で重要な取引先に向かう途中の事故〗っていう理由だったから、特別に会社側が最後まで面倒見てくれたらしい。

 そんな訳だから、明後日の昼にこの事故による死亡者を弔う為の合同葬があるんだ。

 正直、突然すぎる話だとは思うんだけど……もし良ければ、この中に居る有志で彼の葬儀に参列出来ないかと思うんだよね、俺としては。

 俺自身は、取引先の社員だけどうちに来る途中だって話だから、個人としてじゃなく公人として葬儀に参列する事になるからさ。」

 

 突然、何の予兆もなく耳に飛び込んで来た内容は、とても信じたくないものだった。

 だけど、るし☆ふぁーさんの声はいつになく真面目で、淡々と事実だけを告げている様にしか聞こえない。

 そう、どうやって考えても嘘をついている様には見えなかった。

 だから……多分、これは本当の事なのだろう。

 

「……どうして、そんな事態に……」

「だって、彼はるし☆ふぁーさんの件には協力してないだろ……?」

「……本当に、偶然の事故なのか?」

 

 そこかしこから、零れ出てくる疑問の声。

 どの言葉にも、あまりに唐突な状況に対する疑念が満ち溢れていた。

 周囲の反応を理解しているからか、るし☆ふぁーさんは何とも言えない様子で首を振る。

 

「先に言うけど、この事故は本当に偶発的なもので俺の件には関係ないよ。

 正直言うと、まだ、事故に関しての詳しい情報を完全に掴んでいる訳じゃないけどさ。

 向こうの会社側としても、営業に向かった担当者二人が事故に遭った事を伝えてきただけで、それ以上の詳しい話は寄こさないし。

 そもそも、あの人が今度からうちの会社の営業担当になったという事すら、俺はこの事故が起きるまで知らなかったんだよね。

 まぁ……冷静に状況を考えれば、あの人が選ばれた理由なんて一つしかないけどさ。

 多分、俺とネットで付き合いがあるという点をあっちの上司に知られていて、そこから営業チャンスが増える可能性を考慮されたんだと思うんだ。

 少しでも、自社にとって有利な契約を結べる相手を営業担当にしたいと思うのは、ごく普通の流れだし。

 そんな風に考えた理由は、多分、モモンガさん達が俺の知り合いという事で、盛大にヘッドハンティングされていった事例からなんだろうと思う。

 だから、向こう側もこの急な事故のせいで、かなり混乱してる状況なんじゃないかな。

 本来、今日が営業としての挨拶回りの初顔合わせの予定だったから、もう一人いる担当も同行していて両方とも事故に遭ってるし。

 うちの者を含めて、何社か空白の状況が出来ちゃった営業の引き継ぎとか、そういう問題もあるだろうし。」

 

 つらつらと、零れ出る内容はどれもざっくりとしたものと推測が混じっていて、確定情報は殆どない。

 そこから考えても、彼が事故の状況を掴み切っていないというのは本当なのだろう。

 本当に、どうしていいのか困っているというのがありありと伝わってくる。

 

 それこそ、こんな状況になるなんて誰にも予想外だったからこそ、るし☆ふぁーさんも情報が精査出来ていない段階であまり言いたがらなかったのだという事が、モモンガにも良く判った。

 

*******

 

【るし☆ふぁー視点】

 

 

 ざっくりと自分が判っている情報を並べ立てながら、るし☆ふぁーは小さく心の中で嘆息していた。

 あちらの会社側にすれば、予定していた営業の引き継ぎと取引先との顔合わせのつもりが、突如事故による死亡し引き継ぎの引き継ぎという形になる為に、混乱の度合いも半端なく酷いのだろう。

 営業担当の上司など、それこそ元々いたもう一人の担当も死亡してしまった事で、こちらの会社を含めて幾つかの取引先に対して完全に空白状態が発生し、発狂寸前だと言う話も聞いている。

 だから、本当にこれは事故なんだろうと思いたいのだが……完全にそう思えない要素が一つだけあった。

 

 ベルリバーさんが、こちらに引き抜かれて来る直前に抱えていた、あちらの会社の闇の部分の情報である。

 

 正直、あの情報に関して詳しい分析までした訳じゃないから、その情報の正確な内容まで把握していない。

 ざっくりと見ただけで、かなりヤバい内容だと感じ取ったからこそ、下手に内容を把握する方が逆に厄介だろうと破棄してしまったのだ。

 そもそも、うっかり情報を入手してしまったベルリバーさんの身柄は、こちら側に〖ヘッドハンティング〗と言う形で保護して安全を確保していたので、これ以上関わりたくなかったのが本音である。

 

 だが……向こう側が、もしその情報を盗られた事を察知していて、その犯人をベルリバーさんではなくク・ドゥ・グラースさんだと、誤認したのだとしたら?

 

 そう考えた方が、話の流れ的にこの状況にすんなりと納得してしまえるのだ。

 もちろん、あちらの会社が誤認するまでには、それ相応の流れがあったのは間違いない。

 多分、普段から少し自分の事を過大評価し過ぎているあの人の事だから、会社のデータバンクから無理に情報の収集をしたんじゃないだろうか?

 

 そして、ベルリバーさんと同じ様に拾ってはいけない余計な情報まで拾ってしまい、しかもその事に気付かないまま放置してしまった。

 

 どんなデータを入手したのか、それこそ全く気付かないままだからこそ、無防備に猟犬の様にデータを持ち出した犯人を捜す相手に情報を簡単に搾取された揚げ句、誰なのか特定されて抹殺対象になってしまったという可能性は、かなり高い。

 困った事に、あの人のネットセキュリティレベルは、複雑な思いを抱えているるし☆ふぁーですらつい心配してしまう程、かなり低いものだったのだ。

 以前、念の為にとこっそりつけようとしていた恐怖公の眷属によるセキュリティは、アルベドの一件で別の形で判明してしまい、騒動が終わってから暫くした後に、本人からの要請で撤去されている。

 

 状況的に考えても、この推測が正しいのだとしたら……あの人が無事でいられる可能性はかなり低かった。

 

 ただ……これはあくまでも状況を踏まえた上で思い付いた、単なる推測でしかない。

 だから、この推測が的中している可能性が一番高かったとしても、それを懇切丁寧に彼らに対して説明するのは、色々と躊躇われる部分も多かった。

 何と言っても、この件は企業側の闇の部分に触れてしまう為、下手に話さない方が良いだろう。

 

 幾ら、富裕層の中でもそれなりの地位にるし☆ふぁーが居るとは言え、この場にいる全員を守るだけの力はないのだから。

 

 だから、そういう暗い部分が関わる事実は知らない方が、彼らの為だった。

 知らなければ、下手に関わる事もないだろう。

 それに……何度も繰り返すが、これはあくまでも推測でしかない。

 

 だからこそ、るし☆ふぁーは現在自分が知っている、相手側の会社から聞かされている表向きの情報を出す事にしたのだから。

 

******

 

【モモンガ視点】

 

 るし☆ふぁーさんからの状況説明は、まだ続くらしい。

 周囲のざわめきに対して、軽く手を叩いて意識を自分に向けさせると、更に言葉を続けた。

 

「状況的に考えて、これは単純な事故だと思う。

 実際に、今回の事故ではク・ドゥ・グラースさんだけじゃなく、同行していた会社の営業担当の上司も一緒に事故で死んでいるし、個人を狙ったにしては周囲に居ただろう犠牲者の数が多過ぎるからね。

 元々、彼が配置換えで営業に移動したのは数日前の話だし、指名での移動に本人も結構やる気だったって話は、それと無く相手側から聞いてる。

 今までの取引とか相手先の状況とか色々調べて、上手く営業チャンスを増やしてやろうとしてた事も、会社に残ってた端末の情報で判明しているし。

 だから、凄く偶然過ぎるかもしれないけど……今回の俺とタブラさんの一件とは、無関係の偶発的な事故だと思って欲しい。

 たまたま、こっちの騒動が全部の片が付いた所に営業をしようとして、会社から移動中に不幸な事故で死んでしまっただけ。

 そりゃ、モモンガさんをうちの会社ヘッドハンティングしなければ、もしかしたら彼が事故に遭わなかったかもかもしれないけど、逆にモモンガさんがその事故に巻き込まれていた可能性もあるから、どっちが良かったなんて言えない話だし。

 大体さ、会社内での人事異動とか左遷とか、それこそ幾らでもあり得る事でしょう?

 それが原因なんて言われたら、それこそ困る。

 こんな状況なんて、誰にも予想出来る事じゃないし……そもそも、ここにいる全員が社会人なんだから、それ位の事は理解出来るよね?」

 

 るし☆ふぁーさんの言葉は、誰よりも正しいものだった。

 正直、会社の都合で急な人事異動など幾らでもある話だし、危険な作業が伴う工場勤務の人なら、何らかの事故で偶然死んでしまう場合なんて、それこそ掃いて捨てる程ある。

 それを考えれば、会社側が珍しく本気で最後までこんな風に治療してくれただけ、凄い話なのだ。

 この点に関しては、この場にいる面々もちゃんと理解しているのだろう。

 

 ふと視線を巡らせれば、ウルベルトさんがギリギリと歯を食いしばらせながら、どうする事も出来ない様に苛立ちを募らせている姿が見えて。

 

 その様子を見て、ふと彼が過去に話していた内容を思い出した。

 彼の両親は、勤めていた工場内で起きた事故で死んでいる。

 しかも、危険な場所での作業で事故に遭い、「下手に機械を止める方が逆にコストが掛かる」という理由で見殺しにされたという過去があった。

 それを考えれば、どれだけ今回のク・ドゥ・グラースさんへの対応が厚遇された物なのか、考えるまでもないだろう。

 

「……確かに、るし☆ふぁーさんとタブラさんの一件があったから、ついついリアルで何かあるとつい関係性を疑ってしまいたくなる気持ちは分かりますが、今回は無関係だと思います。

 先程、るし☆ふぁーさんから皆さんへの状況説明をしてる間に、こちらもネットで検索して調べてみました。

 その結果、ク・ドゥ・グラースさんが巻き込まれたという事故は、単純なトラックの整備不良から発生したもので、我々の一件とは全く無関係の大きな事故で間違いありません。

 前回の会議から、今日までの間にるし☆ふぁーさんが説明したレベルの事故があったのは、今日の午前中に発生したその一件だけでした。

 それも、本当に事故を起こしたトラックの整備不良で、運転手が運転不能な状況にパニックを起こしている音声が、回収した車体の中にあったボイスレコーダーで判明している、事故原因に疑い様がないものです。

 この事故に、るし☆ふぁーさんの周囲で起きていた騒動との関連性は、考えられないでしょう。

 ついつい、我々は今回の一件があった事もあり、何かあるとるし☆ふぁーさんとの関連を疑ってしまいますが……皆さん、忘れてはいませんか?

 リアルの環境は、こんな事はそれこそいつでも簡単に起きる程に劣悪な事を。

 そういう意味で考えても、我々はいつどこで何が起きてどうなってもおかしくない立場なんです。

 私たちは全員、それぞれ大人として社会に出ている社会人なのですから、その可能性を最初から視野に入れないのは間違いでしょう。

 ……違いますか?」

 

 ぷにっと萌えさんの冷静な言葉に、全員が思わず沈黙した。

 確かにそうだ。

 普通に社会に出て働いていれば、こんな事故に遭う事も普通にあり得る話だった。  

 むしろ、リアルで身を粉にして働いていれば、普通に企業側の都合で劣悪な環境で働く事になり、身体を壊してそのまま命を落とす事だって、それこそごく普通にある。

 

 だからこそ、貧困層の中でも自分が劣悪な環境で働いている親は、少しでも子供たちは自分たちよりもましな状況にしようと考え、せっせと金を貯めて教育を受けさせようとしているのだから。

 

それと同じ様に、自分の立ち位置が少しでも良くなる様に、独身の面々が夢に向かって努力しようとするのは、結婚後に子供たちに少しでも辛い思いをさせたくないからだろう。

 子供は、自分が産まれる家を選ぶ事は出来ない。

 

 だからこそ、生れた時に存在している格差は埋められないのだから。

 

******

 

【るし☆ふぁー視点】

 

 暫く、重い沈黙が漂う状態になってしまったが、このまま無為に時間を使う訳にはいかないだろう。

 そう考えたるし☆ふぁーが、更に状況を整理する為に口を開くよりも前に、声を上げた人物がいた。

 祖父からの依頼で、警察から正式に自分の警護任務に就いて以来、自宅に戻っている夜の警備以外は常にこちらの側にいてくれている、たっちさんだ。

 

「……つまり彼は、たまたま大企業の後継者のるし☆ふぁーさんとネットでそれなりに面識があるという理由から、あなたの会社の営業担当になった。

 そして、上司と共に初めての営業先として、顔合せと取引内容の打ち合わせに向かう途中、トラックの事故に巻き込まれた、と。

 既に、ちゃんとしたアポイントが入れてあったにも拘らず、それをドタキャンした様な形になったから、相手の会社側からその件に関しての連絡が来た。

 ついでに、顔見知り以上の間柄の様だから、病院の連絡先も教えてくれたという事ですか?」

 

 改めて、解り易い様に現在判っている情報を羅列する事で、状況を整理していくたっちさんに、るし☆ふぁーは素直に頷いた。

 事実、その通りなのだ。

 多少の事は、恐怖公がネットで収集してきた裏情報もあるので把握しているが、それもあくまでもネット上のデータを拾った結果でしかない。

 冷静に考えれば、あくまでも偶発的なものがいくつか重なった結果と考えるのが普通だろう。

 特に、あの事故で出た死傷者と倒壊した建築物の数を考えれば それだけのコストを掛けてたった一人の人物を事故に見せかけて殺す為の労力を、企業側が払うとは到底思えなかった。

 

 事故によって、破壊された街その他諸々の修繕費や被害に遭った相手に対する補償総額の方が、より高くついてしまうからだ。

 

 まして、入院してしまった彼の治療費その他を会社が負担している状況を考えると、彼が死ぬまでに支払う莫大な医療費的なコスト面での負担も大きく、普通に選択しないだろう手段だった。

 そもそも、本当にあの情報を彼が持っているかどうかと言う点すら、現時点では未確認の為にはっきりと言い切る事が出来ない。

 この件に関しては、メールペットのルプスレギナも関わっていないだろう。

 元々、彼女はどちらかというとそういうサポート方面に特化していないし、何より彼自身からネットの中のデータ管理を任されていなかった。

 なので、彼女が彼の持つ情報を正しく把握していると言う事は、ほぼあり得ないと言っていいだろう。

 ク・ドゥ・グラースさんにとって、彼女はあくまでも愛玩動物という認識だったのだ。

 

 故に、色々と重要な情報に関わる部分に一切触れさせていないから、今回の様に何かあった時にこちらもバックアップする事が出来ないという弱点があった。

 

 この辺りの育成は、本人の選択次第なんで何とも言えないが、るし☆ふぁーとしては「使えるものを使わない」と言う行動は、実に甘い考えだと思う。

 自分やウルベルトさんは、どちらかと言うと恐怖公やデミウルゴスの事を、自分の息子と認識しつつ育成出来る最高のレベルまで育て上げた上で、僕として本人が望む様に動ける環境を作った上で使いこなしている方だ。  

 周囲からは、どっぷりとデミウルゴスたちによって、こちらが色々と甘やかされており、完全に世話をされているという認識らしいが、それは微妙に違う。

 確かに、彼らの存在は既に「いない生活が出来ない」というレベルになる位に俺達の中に浸透しているのは間違いない。

 だが、それは色々な面で彼らの能力を惜しみなく有効利用しているからであって、その利便性を考えればむしろこれはありだと思うのだ。

 

 その、小さな身体の中に納められている、細かな部分まで繊細に組み上げられたプログラムに、ありとあらゆる可能性が詰まっている存在こそ、メールペットである。

 

 環境一つで、人格だけではなく能力その他も変わるのだから、何も学ばせていなければ基礎部分の能力しか使えないのも当然なら、逆に学ばせれば本来取得出来ない能力が身に付く事になるのも、当然の結果だった。

 それが覿面に出ているのが、ペロロンチーノさんの所のシャルティアだろう。

 彼女のナザリックでのスペックは、どちらかと言うと攻撃特化の戦闘タイプで、それだけに戦闘系のステータスに割り振られている部分が高く、頭脳はそこまで重視されていない完全な脳筋タイプだ。

 ところが、メールペットの彼女は様々な事を、直接繋がっている仲の良い他のメールペットから学んで学習し、今では彼らの中でもかなり使える方に成長している。

 もちろん、元々のスペック上にない能力を育てていると言う点からか、他の面々よりは一つの事を学習するまでに時間が掛かるという難点はあるものの、本人の学習意欲はかなり高いらしく、不器用なりにちゃんと一つずつ出来る事を増やしている様子を見ていると、それこそ感心すると言っていい。

 

そんな風に、どのメールペットたちも自分なりに能力を伸ばしていく中で、唯一ただの愛玩用枠のメールペットとして主側から扱われ、能力よりも性格が歪んでいったのがルプスレギナだった。

 

 彼女は、ク・ドゥ・グラースさんから〖明るい戦闘メイド〗としての一面しか必要とされなかったという点も、彼女の性格を歪める大きな理由になったのだろう。

 他のメールペットに比べて、成長する為に必要な環境が全く与えられず、電脳妖精としての能力面での成長は著しく低いまま。

 実際、本人が知らない内に学習によって発生しているスペックが、どれほど大きく開いているのか全く判っていない状態である。

 自分の歪んだ趣味と実益の為に、隠遁系に当たる能力はそれなりに伸ばしていた部分はあるようだが、それ以外はほぼ基本スペックのままでいれば、こう言う時に主の為に役に立つ部分は殆どないと言っていいだろう。

 

 だから、主の元に危険な情報が紛れ込んでいた事すら気付けず、更に主の身に振り掛かった緊急事態にも気付けないまま、助けを呼ぶ事すら出来なかった。

 

 少なくとも、これがアルベドや恐怖公など頭脳派系の成長MAX組はもちろん、どちらかと言うとまだ脳筋系に区分されるシャルティアだったとしても、今なら主が情報を収集し始めた時点でその整理を手伝い、危険なデータを事前に察知するという能力は持っていただろう。

 この時、危険なデータが紛れ込んでいなかったとしても、主の負担を軽くする事が出来る等の状況になっただけで、彼女の中にある喜びも大きくなっていただろうから、それだけで大きなメリットだった筈。

 更に、恐怖公やデミウルゴス程じゃなくとも、リアルの主の様子を感知出来る能力を持っていれば、主人が大事故に巻き込まれた時点で誰かに緊急連絡を取って、それを仲間に伝えるという方法だって取れていた筈。

 だが、彼女はそれが出来なかった。

 どちらの能力も、主から与えられていなかったから。

 

 そんな事をつらつらと短い間で考えながら、るし☆ふぁーはたっちさんの言葉に対するフォローを入れる。

 

「大体の部分は、内容的にそれで合ってるけど……あっちの会社が、そこまで治療の手間を掛けて助けようとしたのは、彼が俺の知り合いだと言う点を考慮したからだろうね。

 あちらとしても、〖彼の事を助ける事が出来たら、この先何らかのプラスに繋がるかもしれない〗と考えた可能性はかなり高いかも。

 もし、連絡を貰った時点で助かっていたら、間違いなく俺は彼らに対して感謝してたと思うし。

 でも……予想以上にク・ドゥ・グラースさんは重傷で、治療の甲斐なく死亡してしまった。

 だから、遅くに連絡してきて〖我々は、彼の為にここまでしましたよ〗と主張してきたんだと思う。 

 冷たいかもしれないけど、死んでしまった人に何か出来る事はないんだ。

 まだ、この時点でどんな形でも生きていてくれたなら、みんなでどうするべきか話し合えるだろうけど……あの人は、もうどこにもいなくて。

 もう……俺達があの人の為に出来る事は、葬式に出て送り出してやる事位なんだよ。」

 

 そこまで言った所で、自分の声が涙で濡れている事に気付いた。

 多分、リアルの自分も涙を流しているのだろう。

 確かに、自分にとっては本気で警戒する対象だったし、色々と思う所も沢山あった。

 もし、ギルドの仲間を裏切る様な真似をしていたら、絶対に許さなかっただろうけど……でも、だからと言ってこんな風に死んで欲しいと思った事はない。

 

 ちょっと腹立たしい事をされてばかりだったし、他のギルドの仲間の事を馬鹿にし過ぎている部分はあって鼻についたけど、それでも……やっぱり大事なギルドの仲間の一人だった。

 

 多分、周囲も俺の声に涙が混じったのに気付いたのだろう。

 どこか、バツの悪い空気が漂っている。

 ちょっと、自分でも思わぬ位に感情的になり過ぎたと反省し、それよりも気になっていた事を口にした。

 

「それよりも、むしろ俺がさっきから気になってるのは、ク・ドゥ・グラースさんが遺していったメールペットのルプスレギナの方かな。

 今の時点で、既に十二時間以上も彼女は彼のサーバー内に放置されている形になってるし。

 もちろん、朝の時点で誰か宛にメールの配達に出向いていたのなら、その分は放置されていた時間が短くなるけど、それでも何の連絡もなくたった一人でサーバーの中に居るには長すぎると思うんだよね。

 本当は、その事に気付いた時点で恐怖公に確認させても良かったんだけど、彼女はどちらかと言うと恐怖公が苦手だったし。

一応、外からサーバーの中に彼女がいる事だけは確認したんだけど、流石に今の状況でアイツが中に入って事情を説明するのは、色々と追い詰める事になりそうでさせられなかったんだ。

 そんな訳だから、誰か早急にルプスレギナがいるメールサーバーに、自分のメールペットを迎えに行かせてくれないかな?

 彼女の能力じゃ、多分リアルに対しての情報収集能力はないし、何が起きているのか気付いていないと思うけれど……もし彼女がこの事に気付いていたとしたら、それこそメンタルがヤバい事になってると思うんだ。

 それに……彼女の事を含めク・ドゥ・グラースさんのサーバーを企業に回収にされたら、それこそ大変でしょ?」

 

 そう話を振った途端、ガタンッと音を立てて椅子から立ち上がったのは、ヘロヘロさんだった。

 多分、状況的にどれだけルプスレギナが拙い状態なのか、直に理解したからだろう。

 同じ様な反応をしたのは、やまいこさんとガーネットさんだ。

 あの二人も、ルプスレギナ姉妹設定の【プレアデス】の二人ユリとシズの創造主であり主だから、この状況を放っておけないのだろう。

 素早くメールを立ち上げると、その先にいるだろうソリュシャンに対して幾つか指示を出している。

 そんな彼らを横に、全く動かなかった源次郎さんと弐式さんに気付いて、胡乱な目を向けたのもヘロヘロさんだった。

 彼からすれば、同じ姉妹のプレアデスの主の二人が、ルプスレギナの事を心配して妹である彼女達を送り出さない時点で、色々と思う所があったのだろう。

 そんな彼の視線を受けて、軽く首を竦めながら口を開いたのは、弐式さんの方だった。

 

「あー、うちのは行く必要がないというのか、もう既に現地にいるというのか。

 俺、実はク・ドゥ・グラースさんに用事があって、夕方にナーベラルにメールを届けさせたんだけど、そこで酷く怯えてるルプスレギナを発見したって、連絡があってさ。

 心配だったから、そのまま彼女が落ち着くまでナーベラルを残らせてたんだよね。」

 

「何だ、弐式さんもそうなのか。

 実を言うと、うちもそうなんですよ。

 こっちも、ちょっと用事があってエントマをお使いに出してたら、俺の方にもそんな連絡が来たんです。

 それを聞いて、酷く嫌な予感がしたものですから、そのまま彼女の側に残る様に指示を出しておいたんです。

 まさか、こんな事態になるとは思ってませんでしたが。」

 

 苦笑のアイコンを出し合う二人の言葉を聞いて、ヘロヘロさんは慌てて頭を下げた。

 勘違いで、つい言いがかりをつけそうになったのだから、当然の反応だろう。

 こんな時に、あの三人の中で変な雰囲気が漂う事がなくなって、誰にも気付かれない様にホッと胸を撫で下ろす。

 

 とは言え……どう考えても、状況的にもうギルド会議をしている場合じゃなくなっていた。

 

 何より、想定外の事故とか今まで無かった方が奇跡なのだという事を目の当たりにして、この場にいる誰もが色々な意味で狼狽えている。

 とにかく、タブラさんを無事に花街から出せた事と、自分が正式に会社を継ぐ事になった事だけ報告して、この場はお開きと言う形になった。

 その話をして居る間にも、ヘロヘロさんの指示でルプスレギナの元へと向かったソリュシャンから、無事に彼女の事を保護出来た事なども報告が上がって来たが、それでも主を失った事で茫然自失としている辺りも伝わり、余計に仲間たちに動揺を与えている。

 るし☆ふぁーが懸念していた、「企業側に回収されたら拙い」と言う部分に関しては、どうやらソフトを導入していない限り普通のメール部分しか痕跡が残らない仕組みになっているらしい。

それを聞いて、一先ず安心しつつもソリュシャン達が彼女をク・ドゥ・グラースさんのサーバーから連れ出したのを確認し、恐怖公の眷属を向かわせて更に痕跡を消す指示を出しておいた。

 

 これ位は、仲間をこれ以上巻き込まない為にも、必要な対応だと思ったから。

 

 どこか、まだ動揺を残したままログアウトして行くみんなの様子を見ながら、るし☆ふぁーは漠然と「今までの、暖かな空気はもう維持出来ないだろう」と感じていた。

 今回の事は、今まで仲間が誰一人リアルで死亡していなかったこのギルドに、暗い影を落とす事になるだろうから。

 

 そして……その予感は的中する。

 

 今まで以上に、ギルドメンバーのログイン率が下がる事によって。

 だが、誰にもどうする事も出来ない事だった。

 




という訳で、ルプスレギナのマスターが判明しました。
そして、彼の死は実は謀殺ではなく偶発的な事故だったと言う事も判明しました。
えぇ、そうなんです。
あそこまで話を振っておいてなんですが、彼の死は偶発的な事故に巻き込まれた物です。
しかも、拙い情報を管理していた上層部と、営業絡みの上層部の連携が取れていない段階での事故だった為、るし☆ふぁーさんに恩を売るべく治療まで行ってしまっているという。
そういう意味でも、情報が錯綜していたんですよ。
もし、この事故で死亡していなかった場合、彼の寿命はるし☆ふぁーさんとの営業が無事に成功するまで、約一月前後伸びた程度でした。


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