メールペットな僕たち   作:水城大地

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嵐が起きる前に、未来の彼女から見たこの頃の回顧録を。


アルベドの回顧録

ねぇ、そこのあなた。

私の話を、少しだけ聞いてくれないかしら?

これは、本当に愚かだった頃の、私の昔話よ。

 

そうね……愛に飢えていた、小さな娘の愚かな話とでも言えばいいのかしら。

 

興味を持ってくれた?

それなら、そこに座って聞いて欲しいわ。

少しばかり、長いお話になるもの。

だからお願いするわ。

私の前の席に、是非座って下さらないかしら?

 

******

 

私の名前は、アルベド。

タブラ・スマラグディナ様のメールペットで、娘の様な存在よ。

そして、賢いと言われながら実は愚かで我儘だった女でもあるわ。

 

一体、どうしてそんな事を言うのかって?

 

それは、とても簡単な話なの。

私はね……そう、一年前に自らの手で引き起こした騒動まで、お父様は私の事など本当の意味では殆ど見てくれてはいない、愛されていない娘のだと、ずっと思っていた愚かな女なのよ。

どうして私が、そんな風に思っていたのか気になるのかしら?

 

私だって、最初からそんな風に思っていた訳ではないのよ。

 

初めてお父様の所に来た頃は、ちゃんと大切にされていると、本当に思っていたわ。

だって、お父様は色々な事を私に学ばせて下さったもの。

どれも全部、私の事を考えて様々な内容を学ばせて下さっていると、与えられるものを全てこなしながらずっと思っていたわ。

その証拠に、当時の私が与えられた課題をきちんとこなせば頭を撫でて下さったし、お父様の元へ来てから食べるものや身の回りのもので、不自由した事は一度もないもの。

 

だけど、ただそれだけだった。

 

最初の頃は、それでも十分満たされていたから良かったのよ。

そうね……自分の置かれている状況が、本当に余り良く判っていなかったからかしら。

だから、どんな事でもお父様が「出来る様になれ」と望まれたのなら、全部やり遂げて見せたわ。

綺麗なお花の活け方はもちろん、刺繍や縫物などの手芸一般だって得意になったし、掃除だって洗濯だって全部綺麗にこなして見せた。

 

それこそ、普通の家庭にいる主婦と呼ばれる女性たちよりも家事一般は得意なんじゃないかしら?

 

だけど、お父様は学ぶべく与えられたそれらを私が全てこなせる様になると、余り構って下さらなくなった。

これに関して、後からお父様自身から聞いたお話だと、時期的にお父様のお仕事が忙しくなる頃と重なってしまって、余り私の事を構う事が出来なかったそうなの。

実際に、【ユグドラシル】にも余りログインする事が出来なかったそうだから、本当に忙しかったのでしょうね。

でも、当時の私はそんなお父様の事情を知らなかったから、とても寂しかった。

丁度その頃、他のメールペット達ともメールの配達で交流する様になって、そこで初めて私が受けていたのは単純な教育だけだと言う事も知ってしまったのも悪かったのでしょうね。

何故なら、私はお父様から他のメールペット達の主の様な、深い愛情を示す行動をされた事は、本当の意味では一度もなかった事を知ってしまったのですもの。

今にして思えば、色々と悪いタイミングが重なり過ぎただけだったのだけど……私は目の前の事実だけしか知らなかったから、悪い方に受け取ってしまったわ。

 

私は、本当はお父様から愛されていないんじゃないか、と。

 

自分へのお父様の態度など、幾つもの状況を並べていく事で他のメールペットの主との対応の差に気付いてしまえば、するすると自分が愛されていないのだと言う事も理解出来てしまったの。

だって、お父様は一度も私の名前を呼んで下さらなかったもの。

メールを届けに行った先で、お父様のお友達である主たちに愛されているメールペットの姿を目にしたら、もう我慢なんて出来なかった。

 

私だって、ちゃんとお父様に愛されたい。

誰よりもお父様に大切にされたい。

その腕に抱き締められる事で、暖かな主の……お父様の愛情を全身で感じたい。

優しい声で、私の名前をちゃんと呼んで欲しい。

 

私が、そう心の底から望んでしまっても仕方がない話だと思うの。

 

これは、ヘロヘロ様の言なのだけど……

【メールペットは、主からの愛で生きている存在ですから、主の愛が無ければ寂しくて心が死んでしまうんですよ?】

とおっしゃっていたわ。

 

あの頃の私も、多分それと同じだったのね。

お父様の愛が得られないと思って、寂しくて心が死んでしまいそうだったの。

だけど、お父様はそれに答えてくれるつもりが無いのだと、私はお父様の事情を何も知らなかったからそう思ってしまったのよ。

 

お父様自身から、私は愛される事はない。

 

そう思うと、胸が苦しくて潰れてしまいそうに辛かったわ。

でも、何を言っても否定出来ないだけの状況が目の前にあったから、それが本当だと思い込んでしまっていたの。

私が望む様に、お父様から愛情を注がれる事はない。

だから、いつまでも心が満たされる事はないのだと、あの頃の私は本気でそう思っていたわ。

えぇ……そうよ。

本気でそう思っていたからこそ、私は他の人に……父のお友達であると言う、他のメールペットの主達に対して、目が向いてしまったのでしょうね。

 

あの子たちと同じ様に、私も誰かにちゃんと受け入れて欲しいの。

お願い、誰か私の事を愛してくれないかしら?

私も、他の皆の様に愛される事で満たされたいの。

 

この頃の私は、気付いた時にはそれしか考えられなくなっていたわ。

 

そうね……当時の私は、まだとても心が幼かったのだと思うのよ。

当たり前と言えば、当たり前よね?

この世界に生まれてから、まだそれほど時間も経っていない頃の話なのだから、当然の話だわ。

だから、どうしても本当に愛されているのだと実感出来る様な愛情に満たされたくて、周囲の迷惑なんて考えられなかったのよ。

 

むしろ、あの頃の私にはそんな事を考える余裕なんて、どこにもなかったの。

 

考えてもみて?

当時の私は、自分に対して本来なら絶対的な愛情を注いでくれる筈のお父様から、愛されていないと思ってしまっていたのよ?

幾ら、私自身がナザリックのNPCのデータを継承していると言っても、自我が芽生えたばかりの頃だと言っていい時期だったもの。

そうね……多分、寂しさでどこか心が壊れかけていたのかもしれないわ。

 

だから、少しずつ周囲から自分が拒まれている事にも、私は気付く事なんて出来なかったの。

 

今にして思えば、あの頃の私は本当にどうしようもない我儘な子供だったのね。

お父様は、お父様なりに愛情を注ごうとして下さっていたのに、それに全く気付けなくて、自分の事を【親に愛されない哀れなお姫様】だとすら思っていたのかもしれない。

愛されていない事を免罪符に、自分がどれだけ我儘な行動をしているのか理解していなかったし、それが自分の立場を悪くしているなんて欠片も気付いていなかったわ。

主たちの中には、私に対して心配したからこその苦言を呈して下さった方もいらっしゃったのに、当時の私の耳は素通りだった。

 

私が欲しかったのは、自分に対して明確な愛情を示す優しい言葉だから。

 

そんなある日、お父様の行動が今までとは少し変わったのよ。

何でも、私の事で他の主の方々から色々と注意される事があって、お父様自身も私に対する自分の行動を振り返って下さったそうなの。

自分で振り返ってみて、流石にこれは駄目だろうと思い直して下さったお父様は、とても反省して私の事を構う時間を何とか作り出す方法を、それこそ沢山考えてくれたわ。

どんな理由であれ、私の事をお父様が構ってくれるという事実の方が、私にはとても嬉しかったわ。

 

この事が、お父様にとって後でどんなに大変な事になるのか、私は判っていなかったから。

 

それから、少しずつお父様と一緒に色々として過ごせる時間が増えていったわ。

この頃のお父様が、どれだけ無理を重ねて私の為に時間を割いて下さっていたのか、全く理解しないで浮かれていたの。

だって、漸く愛されているのだと少しずつ実感出来るようになってきたんですもの。

子供だった私が、浮かれてしまったとしても仕方が無いわよね。

その頃は、まだどこかぎこちない部分もあったし、直接声を掛けていただくのは少なかったけれど、それでも十分愛されている事は伝わって来たのよ。

 

お話が余り出来ない代わりに、お父様は私に沢山のお手紙は下さったから。

 

色々な理由があって、お父様はここではお話し出来る環境が整っていなかったそうなの。

その状況を知った、お父様のお友達の一人が他のお友達に相談して下さったから、もう少ししたらちゃんとお話し出来る様になるとお手紙で教えていただいた時は、本当に嬉しかった。

ただ……お父様のお友達のメールを持ってくる他のメールペット達にも、お父様が少しだけ優しく接する様になったのを見て、なんとなく言い様のない気持ちになったのだけど、それでも私の事を一番多く構ってくれている事だけは判ったから、不満は感じても我慢は出来たわ。

 

お父様に愛されている事の方が、私にはとても大切だったもの。

 

でも……そこで私はふと思い付いてしまったのよ。

ここまで大きな変化を齎した理由は、一体何だったのかと言う事に。

今、こうして当時の事を思い返してみると、本当にとても愚かな考えだったのだけど、あの頃に私にはそんな風にはとても思えなかったわ。

 

だって……それ位、私にとって劇的な変化だったのだもの。

 

それまで、私には手に入れられないのだと諦めかけていたお父様の愛情が、突然与えられる様になったのよ?

どうしてそうなったのか、私がその理由を考えてしまってもおかしくないわよね?

そうして、沢山の状況を重ね合わせながら色々と考えて出した結論が、正しい答えの様で実際は大きく間違っていた事に、あの頃の私には気付けなかった。

だからこそ、私はあんな風に考えてしまったの。

 

『 もしかして、お父様が変わったのは……私が悪い子だったから? 』……と。

 

むしろ、あの状況ではそう考えた方が納得出来てしまったのも駄目だったのね。

それと同時に、もっと良くない方向に思考を巡らせてしまったのも、まだ幼過ぎて自分の行動を本当の意味で理解していなかったからだと思うわ。

頭の中では、ちょっとだけ……そう、本当にちょっとだけ罪悪感を覚えていたけれど、でもそれだけだった。

むしろ、私の中ではこんな事を考える方が強かったのよ。

 

だとしたら……もっと私が悪い子になってみんなの事を困らせる様になれば、お父様は私の事をもっと構って下さる様になるのかしら?

悪い子になった私が、ちゃんとみんなと仲良く出来る様にと色々と考えて、私の事をもっとちゃんと見てくれる様になるのかしら?

私の事を、もっとちゃんと愛してくれるのかしら?

 

そんな風に、頭の中で思い付いてしまったら、もう止まらなかったわ。

 

だって、私は他の誰よりもお父様からの愛が欲しかったんですもの。

その為に必要な事なら……少しでも、お父様が私の事を見てくれるというのなら、周囲にとってどんなに嫌な思いをさせる事でも、私はそれこそ平気で出来た。

 

そう……出来てしまったの。

自分の取っている行動が、他のメールペットから嫌われる事だと言う事も、頭の端では判っていたわ。

でも、ただそれだけ。

判っているのと、本当の意味で理解しているのとは違っていたの。

だけど……あの頃の私は、そんな事にも気付けなかった。

 

だって……悪い子になって、みんなに迷惑を掛ける事をしていなければ、お父様は私の事を見てくれないと思い込んでいたから。

 

そんな私の身勝手な思い込みが、後でとんでもない騒動を引き起こす引き金をしてしまったの。

今でも、あの時の自分がしていた行動を思い返すと、とても愚か過ぎて頭を抱えてしまうし、本当に我儘な子供だったと思うわ。

 

だって……今までは絶対に敵に回すのは面倒だからと手を出さなかった、デミウルゴスへのちょっとした悪戯に近い嫌がらせをしてしまったのだもの。

 

それが原因で、デミウルゴスの主であるウルベルト様に対して、色々な意味で迷惑を掛けてしまう事になるなんて、欠片も思っていなかったの。

だからこそ、私は大胆な行動が出来たのね。

それも、ウルベルト様がメールサーバーにいらっしゃっていない上、デミウルゴスがメールの配達で不在だったのを見て、咄嗟に思い付いた行動だったのよ。

その結果が、どうなるかなんて当時の私は欠片も考えてもいなかったわ。

自分の行動が、確実にデミウルゴスの逆鱗に触れる行為だと、そんな事も私は予想していなかったの。

 

彼の逆鱗に触れる事が、どういう意味を持つのか当時の私には判っていなかったからこそ、出来た事なんだと今でも思うわ。

 




という訳で、今の時点から約一年後のアルベドの回顧録です。
こんな感じで、自分の悪かった所を振り返れるくらいには成長するアルベドですけど、その前に大きな波乱が起きます。
原因は、彼女自身。
切っ掛けとなる被害者は、デミウルゴスの筈が実はウルベルトさんと言う、笑えない話です。

さて……デミウルゴスの逆鱗に触れたという彼女は、一体何をしでかしたと思いますか?

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