メールペットな僕たち   作:水城大地

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ギリギリ、まだ9月30日


ギルド会議 ~タブラさんの救出作戦参加者の話し合い~ 

 円卓の間から、協力者を除いて全員出て行ったのを確認した直後、るし☆ふぁーさんはそっと音を立てない様に部屋の扉まで歩いていくと、幾つかのアイテムを手早く設置するのが見えた。

 あれは、盗聴防止用の防音系アイテムだった筈。

 

 もしかして、理由があるから今回の件には参加はしないものの、どうしてもこちらの状況が気になるだろう面々に、中での話を聞かれないようにする為に設置しているのだろうか?

 

 きっちりそれらが起動し、外に完全に音が漏れなくなったのを確認してから、急いで自分の席に戻って来たるし☆ふぁーさんの様子から考えても、それで多分間違いないのだろう。

 最初から、協力出来ない面々が直接騒動に巻き込まれない様に、詳しい話を聞かせるのは関係者だけにする予定だった事を考えれば、るし☆ふぁーさんの行動は当然の話だった。

 実際、彼が速攻でアイテムを設置するべく動いていなければ、一先ず外に声が漏れない様に防音魔法を使用し、その上でヘロヘロさんに頼んで更に物理的干渉による防音対策を取って貰うつもりだったのだから。

 

 視線をゆっくりと巡らせ、全員が自分の席に落ち着いたのを確認した所で、ヘロヘロさんがるし☆ふぁーさん対してに声を掛ける。

 

「あの……さっきは状況的に確認出来なかったので口を挟みませんでしたが、時間切れで振り落とした人たちの中にも有能な人たちが何人かいましたよね?

 特に、最後に名前を読んでまで振り落としたあの人とか?

 出来れば、彼らにもるし☆ふぁーさん側に協力して貰った方が、この先足りないだろう人手を補うという言う意味でよかったんじゃないですか?」

 

 やはり、彼もまたモモンガと同じ疑問を抱いていたらしい。

 あの時のるし☆ふぁーさんの様子は、こんな風に話を切り出しても聞いて貰える雰囲気じゃなかったし、何より早く話を進める為にも協力して貰わない人達に早めにここから出て貰って自由にして欲しかったから、敢えて尋ねずにいた質問だったのだろう。

 このヘロヘロさんの質問は、どうやらこの場に居るほとんどの人が気になっていたらしく、いつの間にかるし☆ふぁーさんに視線が集まっている状況になっていた。

 なんだかんだ言って、るし☆ふぁーさんはその人とつるんでいる事が多いと記憶しているだけに、信頼の置ける仲間の一人として、協力して貰うべきだったんじゃないかと思う部分があるからだろう。    

 

 それに対して、答えたのはるし☆ふぁーさんではなく、同じく協力を申し出た側のあまのまひとつさんだった。

 

「何を言っているんですか、ヘロヘロさん。

 別に、あの人はそれ程るし☆ふぁーさんと仲が良い訳じゃないですよ?

 どちらかと言うと、あの人はるし☆ふぁーさんと一緒にいる事で、『あんな大変な奴にまで気を掛ける人格者』みたいな風に、自分が良く見られるのを狙っていただけでしょ。

 そもそも、新しいアイテム作成をする時に失敗は付き物なのに、失敗した時に限ってあの人が勝手に『るし☆ふぁーさん、実験中に悪戯したら駄目でしょ』とか大きな声で騒ぐから、アイテムやゴーレム関連の暴走とか爆発の半数以上を、彼の悪戯だと勘違いされただけですからね。

 少なくとも、そんな風に自分に対して周囲が誤解を生む原因になる発言を常にしている相手を、仲が良いとは俺は思いたくないですね。」

 

 あまのまひとつさんが、落とした爆弾発言によって周囲は〖信じられない〗という顔で、彼とるし☆ふぁーさんの事を見比べた。

 それに対して、るし☆ふぁーさん本人は軽く首を竦めているものの、あまのまひとつさんの言葉を否定する様子はどこにも見られない。

 それだけで、今の発言がどれも本当なのだと言う事が、この場に居る面々に漸く伝わった。

 

「今のは、どういうことなんですか、るし☆ふぁーさん?

 もし今の話の通りなら、なぜ反論せず大人しく自分の悪戯だなんて認めたりしていたんですか?

 少なくとも、「アイテム作成の際の失敗なのだ」と、ー言先に伝えてくれていれば、私たちはあなたの事をあんな風に責めて追い回すという真似はしなかったと思います。」

 

 今更ではあるが、それでももう少しそういう事ならきちんと主張してくれれば、少しは状況を確認するなどと言った行為をしていたのではないかと言う思いから、そんな言葉が誰からともなく溢れる。

 それに対して、ちょっと困ったような表情のアイコンを浮かべながら頬をコリコリと掻くと、るし☆ふぁーさんはもう一度首を竦めながら今まで黙っていた理由を口にした。

 

「……そう言われてもさぁ……実際に俺がその場で〖これは事故でした〗と言ったとしても、状況的に別の考えを挟むのは難しかったと思うよ?

 だって、こちらが何かを言うより先に、普段から仲間の信頼の厚いアイツが俺を名指しして〖実験中に悪戯したら駄目でしょ?〗って言い出した時点で、ほとんどの仲間は無自覚に意識がそちらの言葉に傾いていた筈だし。

 元々、その頃には既にちょっとしたゴーレムやアイテムを使ったちょっとした悪戯なら、ギルメンを相手に既に幾つかした後だったからね。

 そんな俺が、〖これは事故で悪戯じゃない〗と言って否定したとしても、信用度は低かったと思う。

 むしろ、みんなは〖俺の悪戯〗って言葉を聞いただけで、〖あぁ、なるほど犯人はるし☆ふぁーか〗って勝手に納得しちゃって、そこから深く追求しようとしなかった事の方が多いし。

 そういうのが何回も重なっちゃったら、今更否定するのとか面倒になっちゃったんだよね。」

 

 ちょっとだけ、どう説明すれば良いのか困ったように言葉を選んで説明してくれたるし☆ふぁーさんから漂う雰囲気は、どこか諦めに似たものが滲んでいた。

 あくまでも、これはモモンガの推測でしかないのだが、今まで何度も自分の言葉を信じて貰えない事が続いた事によって、自分から弁明するのを諦めて〖自分の悪戯だった〗と認めてしまう事を選ぶようになってしまったからなのかもしれない。

 

 だとしたら……るし☆ふぁーさんが何でもかんでも〖悪戯だ〗と笑うと言った反応をするようになった原因は、自分達にあるのだろう。

 

 ゴーレムが絡む〖悪戯〗が発生した時、大半の仲間が最初からるし☆ふぁーさんが犯人だと決めつけていて、それこそ速攻で彼の名前を読んで被害者を筆頭に彼を追い回していたけど、もし、それが間違いだったとしたら……酷い事をしていたのはこちらの方だ。

 もう少し、きちんと彼の話を聞いてから対応するべきだったんじゃないだろうかと、モモンガは心の中で反省していた。

 少なくとも、何かの実験が失敗した原因を全て〖るし☆ふぁーさんの悪戯〗と決めて掛かるんじゃなく、周囲の話を聞くとか対応を変える事は出来たのに、どうしてそれを実行しなかったのだろう。

 

 むしろ、どうして〖るし☆ふぁーさんの悪戯〗という言葉を聞いただけで、深く追及する事無く納得してしまっていたのか、こうして改めて考えてみると実に不思議だった。

 

 そう言えば……こんな風に話を聞いた後で今までの事で覚えている限りの内容を思い返してみると、どれも最初に〖悪戯〗と言う言葉を言い出していたのは、たった一人の人物で。

 今回の状況を考えれば、何かと言うと変な疑いをるし☆ふぁーさんに向ける相手を参加させる方が、確かにトラブルを引き起こす要因になりかねないだろう。

 

 そういう意味でも、彼があの場で〖時間切れ〗を名目に参加させない事を選択したのは間違いではなかった。

 

「……それにね、アイツの様子を見てすぐに気付いたんだ。

 本当に頭が良くて、状況の判断がきちんと出来る奴ならもっと早く結論を出すのが普通なのに、わざと最後の最後まで返答するのを伸ばして、出来るだけ勿体付けた様に意味深な態度で周囲を巻き込み、自分の事を高く売りつけようってしてるのを、さ。

 多分、自分はとても有能だと仲間から思われている筈だから、答えるのが遅くなっても〖ぜひ、協力してください〗って頭を下げてくると思って居たんじゃない?

 出来れば、たっちさん達のうちの誰かがそう言い出してくれたら、より仲間の中だけじゃなくリアルでも自分の価値が高まるとか、そんなくだらない事とか考えてそうだし。

 実際、ゲームの中じゃ上手く仲間の事を誘導して自分を有能に見せてたけど、リアルで大した能力あるかと言われたらそうでもなさそうなんだよね。

 それなのに、どこか〖富裕層の人間より自分は上〗って高慢な思考が見え隠れしちゃったから、思わずウザくてサクッと不参加に割り振っちゃった。」

 

 「てへ☆」って笑うるし☆ふぁーさんは、余程相手の事を不参加に出来た事が嬉しかったのだろう。

 どこか楽しそうな声音で、本当に満足だって様子なのが伝わってくる。

 むしろ、今の彼の様子を見ているだけでも、どれだけあの人が彼にとってストレス要因だったのか伝わってくるようだった。

 一頻り笑った後、るし☆ふぁーさんはさらに言葉を続けた。

 

「もちろん、あの場で言った理由も嘘じゃないよ?

 正直、この後だって急いで何かを決めなきゃいけない事が起きるかもしれないんだ。

 それなのに、あんな風にギリギリ最後まで自分の判断がどういうものなのか、まるで勿体付けた様な言動をされるのは正直迷惑なだけでしょ?

 それにね、俺が知っているあいつの性格を考えると、予想していたよりこっちの方が不利だと思ったら、その時点でのこちらの情報を向こうに売り付ける代わりに、自分の安全を確保しようとするんじゃないかなぁとかも思ったから、参加者に加えたくなかったんだ。

 まぁ……流石にそこまで人として堕ちた真似をするほど愚かじゃないとは思いたいけれど、今までの俺に対する言動とか他のギルメンに対しての反応とか見てると、ギルドの仲間の事をほぼ全員の事を自分より格下の駒扱いしてるみたいだったからさ。

 だから、今回の一件の結果が最悪な状況になりそうだったら、自分が生き残るための踏み台にする事を迷わず実行しそうな気がして怖かったんだよね。

 もちろん、今の時点ではあくまで俺の推測でしかないけど……あんな奴でも一応仲間だし、出来れば変に疑いたくなかったから、協力者から強引に弾いたって訳。」

 

 どうして、彼を振り落とす選択をしたのかと言う理由を、俺達に分かり易く答えてくれたるし☆ふぁーさんの言葉には、どうしてもモモンガには許容し難い内容が含まれていた。

 正直、モモンガとしては「あの人はそんな事をしたりしません」と大声で否定したい所だが、彼の言葉にサクッと同意を示した人がいる。

 先程から、るし☆ふぁーさんの援護射撃的な事を言っていたあまのまひとつさんだ。

 

「あー……うん、確かにその可能性は否定出来ないかな。

 あいつ、俺やたっちさんが自分の趣味が高じたロールプレイをしていたり、やまいこさんがリアルと違って頭使わない脳筋プレイをしていたりっていう、自分の趣味を全開にして遊んでる事とか全く理解してなかったんだよ。

 それこそ、俺達が自分なりに楽しんでいるその行動そのものを見下してた事なら、俺も気付いていたし。

 今回だって、るし☆ふぁーさんの事を話した時の反応を見ていた感じだと、多分、アイツの中でるし☆ふぁーさんは〖貧困層出身の程度の低い人間〗だと思い込んでたんじゃないのかな?

 だから、富裕層の中でも結構大きな家の跡取りで、財産目当てに父親から命を狙われそうとかそんな話が出てきた瞬間、〖信じられない!〗って感じで凄く反応してたし。

 まぁ……そりゃ当然だよね。

 普段から、自分より絶対に格下だと思い込んで心の中で馬鹿にしていた相手が、実は自分には手の届かない位遥かに格上だったんだもん。

 なんだかんだ言って、変に自尊心が高いのを上手く人前では誤魔化している様な人だから、この事を知った時点で逆にるし☆ふぁーさんの事を逆恨みしてそうで、ちょっと怖いかもしれない。

 だから、そんな人にはタブラさんの救出やるし☆ふぁーさんの事とか色々と大変な事が待ち構えているのが判っている今回の事に、参加者として来て欲しくないと思っていたんだよね。

 そういう理由から、るし☆ふぁーさんが〖時間切れ〗宣言したのはかえって良かったと思う。」

 

 サラッと告げるあまのまひとつさんの言葉に、思わずモモンガは仰天していた。

 まさか、あの人がそんな風にたっちさんややまいこさんなどギルドの仲間達の事を馬鹿にしていたなんて、欠片も思っていなかったからだ。

 だが、確かに彼らの話している内容を自分に照らし合わせて思い返してみれば、モモンガにも心当たりがある部分が幾つかあった。

 何となくだが、時折こちらの様子を見ているあの人の視線に、どことなく人を蔑む様な雰囲気が一瞬だけ混じったように感じた事があったのを思い出したからである。

 それは本当に一瞬の事で、ずっと自分の勘違いだろうと思っていたのだが……彼らの話から推測すると、そう感じたのは間違いじゃなかったらしい。

 

〘 今の話が本当だとしたら……そもそも、どうしたらそんな考えになるんだ?

 元々、たっちさんはユグドラシルでも九人しかいないワールドチャンピオンでもあったから、誰もが認めるギルド最強の一人なのに。

 それこそ、この認識は他所のギルドから見ても変わらなくて、常にその動向が注目されている凄い人だぞ?

 ここはゲームの世界だから、誰もがそれなりにロールプレイをしているのは当たり前で、リアルで出来ない様な行動をしたって馬鹿にされる理由にはならない筈。

 まさか、〖ゲーム世界での常識〗を自分の都合良く受け取って、そんな風に仲間を理解しないで仲間をこっそり馬鹿にしている人だったなんて……

 もちろん、誰だって話が合う人や合わない人とかがあるのは当然だし、数年前まで前のたっちさんとウルベルトさんの様に〖馬が合わない〗と意見がぶつかるって事なら、幾らでもあると思う。

 だけど、他人のことを自分よりも格下として見下しているような人だとは思わなかった…… 〙

 

 そう思うだけで、思わず落ち込んでしまいそうになる。

 いや……これは俺だけが考えていた訳じゃないらしい。

 たっちさんややまいこさんも、彼らの発言に酷く驚いている様子だったから、俺とそんなに変わらない認識なんだろう。

 この場にいる中で、二人以外で唯一驚いた様子が無かったのはウルベルトさんだけだった。

 もしかしたら、自分の意見を口に出しては言わないものの、二人と同じ事をずっと前から知っていたのかもしれない。

 

「……まぁ、その辺りに関しては深く考えない方が良いでしょう。

 最近、あの人はログイン率もかなり下がっていますし、今回の一件にも特に協力する予定がない人ですからね。

 確かに、不愉快な事実が判明したのは間違いないですが、ここでいつまでもその事をグダグダ話す位なら、もっと時間を有効に使いませんか?

 正直、ここから先は時間との勝負的な部分も出て来そうですからね。」

 

 この場に漂い始めていた、何とも言い難い雰囲気を変えるべく、そんな風にサクッと本来話し合うべき話を切り出したのはぷにっと萌えさんだった。

 多分、あの人の事を何時までもグダグダと話す事で、更にこの場の空気がおかしくなるのは嫌ったのだろう。

 その主張は、確かに正しい。

 

 今は、余計な事に意識を回すよりも、もっと優先する事があるのだから。

 

「まぁ……確かに余計な話をするよりも、今、抱えている問題に関しての話し合いをまずは進めましょう。

 私の方から話す事があるとすれば、現時点までにざっくりと決めてあったこの後の予定ですね。

 一応、るし☆ふぁーさんの方に関しては、〖今日動けば、明日には解決〗という訳にはいきませんし、出来るだけ自分の足場を固めるなどの対応をする必要があると思います。

 けれど、それに関して私達がこの段階で出来る事は、実際にはそれ程ないんですよね。

 精々、協力するメンバーが今の勤め先に対して辞表を出す位でしょう。

 むしろ、今の時点でこちらから早急に手が打てるのは、タブラさんの関係だと思います。

 私が、建御雷さんから話を聞いた所によると、既に相手が先に〖身請けの為の支度金〗と言う名目で手付を納めている事が判っていますから、後からタブラさんの身請けを申し出るこちら側が、先に申し出ている側の話を覆す為の条件として、まず楼主に一気に纏まった額を即金で払えることを示す必要があるでしょう。

 元々、楼主側が相手に提示した金額は一億五千万だそうです。

 だとすれば、こちらは最低でも楼主に二億以上払うという条件を出す必要性が増すし、更に先に相手が払った手付金に対して同額の賠償が必要らしい。

 そういう諸々の費用を纏めると、こちらが用意する必要がある金額は最低でも三億以上、何か向こうが言い出した時の事を考えて余裕を持つなら五億は欲しい所でしょうね。」

 

 ぷにっと萌えさんの言葉を受けて、今の時点で話し合っていた事を教えてくれたのはたっちさんだった。

 確かに、るし☆ふぁーさん側の状況はあくまでも状況証拠からの推論で展開されている事もあり、今の段階では彼自身が自衛しつつ父親の会社の中に居る親族との足場を固めるしかないだろう。

 モモンガ達が出来る事も、早めに彼の元に合流出来る様に退職の手続きをする位しかないのも事実だ。

 むしろ、状況的に切迫しているだろうタブラさん側に必要な身請け金の大まかな総額を提示され、誰もが本気で驚いた顔をしていた。

 確かにそれに近い事を、最初の段階で建御雷さんが言っていたけれど、本当にそれだけの金額が必要だとは思っても居なかったからだ。

 

「あー……建御雷さんの話を参考にして、大体どれ位の手付を払うのが相場なのかデミウルゴスに算出させた結果、今回の場合だと手付として払われたのは一億五千万に対する三割の四千五百万って所らしい。

 だから、話に割り込むこちらが相手側に身請けを横取りする〖詫び金〗として、最低でも手付の同額を上乗せした九千万は払う必要がある計算になる訳だ。

 更に、あのクソッタレ楼主に損得をはっきり理解させる為に、予定されていた身請け額のよりも多めの二億を払った方が良い。

 その上で、タブラさんのいた楼閣の遊女たちに対してお祝儀その他諸々を出す事まで考えるなら、確かに楼主が最初に主張したように、最低ラインでも三億以上の用意が必要だな。

 実を言うと、三億位ならぶっちゃけで言えば俺の手持ちの資産全部を出せば、別に払えない事はないんだよ。

 ただ、全額を俺一人が支払うと言う形で即決して手続きしようとした場合、流石にデミウルゴスが今後の資産運用資金が無くなる点に関して嫌がるだろうから、資金面で俺以外にもある程度の出資者が欲しいと思っていたんだ。

 そしたら、るし☆ふぁーさんが〖自分の手持ちの資産を名ばかりの父親に悪用される位なら〗って、俺にある程度纏まった額を送ってくれたって訳さ。

 実際、どれだけこっちに送ってくれたのか、送金額をまだ確認してないんだが……」

 

 流石に、この状況で自分の口座の残高まで確認する余裕はなかったらしい。

 多分、送金先がデミウルゴスが資産運用をして居るサブバンクの方の口座だった事も、ウルベルトさんがその場で確認が出来ていない一因なんだろう。

 その辺りは、送金したるし☆ふぁーさんも判っていたのか、軽く頬を掻きながら口を開いた。

 

「あー、そうだよね。

 元々俺が、念の為に使えるように手元に残してあった額は二千万ちょっと位だから、手数料と端数除いて二千万をそっくりそのままそっちに送る手配をしたんだ。

 当座の生活費に関しては、残りの端数と給料があればなんとかなるし。

 でも……こんな事なら、「もうちょっとだけ爺様の方に渡す金額を減らせばよかったかな?」とも思わなくないけど、あの男の配下の者が俺の周りに潜り込んでる可能性も捨てきれなかったんだよね。

 だから、どうしてもそいつらが勝手に俺の資産を横領してアイツに渡そうとするとか、そういう行動への用心とかもあって余り残しておけなくてさ。」

 

 「ごめんね?」と、両手を合わせながらるし☆ふぁーさんは謝るが、別に彼は悪くない。

 むしろ、彼がおかれている状況的に考えるなら、相手側に多額の金額を横領される可能性まで踏まえて自分の手持ち資産を少なく残す選択をしたのは、間違った選択じゃなかった。

 ただ、その後に多額の金額を必要とする状況になるとは、予想外だっただけで。

 

「うーん……出来れば、もう少しざっくりとした感じの試算をした上で、まだ余裕がある位の金額は用意しておきたい所なんだが。

 今までの前例を考えると、廓に属する名のある遊女の身請けが発生した場合、どうしても花街全体に大きなイベントを行う感じになるケースが多い。

 そう考えると、用意した額が三億より多少多い程度の金額だと、もしかしたら足りなくなる可能性もある。

 そうだな……今の生活を維持した上で、俺が口座から出せる金額の上限が一千万。

 今、ウルベルトさんの元にある分にそれを上乗せしたとしても、まだ少し余裕がないのが怖いな。」

 

 顎を撫でながら、そう口にしたのは建御雷さんだ。

 多分、今、彼が自分で口にした金額は、何かあった時の為に溜め込んでいた金額の大部分を占めているものなんだろう。

 全額と言わないのは、そこまでした事が後で判明してしまうと、花街での彼の立場的に問題があるからだ。

 

 それにしても、とモモンガは考える。

 彼らの間で、割と普通にとんでもない金額が普通に話題に出て来ている状況に、ヘロヘロさんやベルリバーさんはもちろん、やまいこさん達ですら仰天させている。

 流石に、これだけの金額が自分達の生活に関わる事がないからこその反応なんだろう。

 そんな事を思いつつ、モモンガは彼らの会話を聞きながらふと指折り自分の口座の残高を考え、軽く頷いた後で片手を挙げた。

 

「それなら、先程も言った通りタブラさんを助け出すための資金提供として、俺からも二千万をウルベルトさんの口座に送ればいいですか?」

 

 モモンガの口から、スルリと出た言葉を聞いた途端、周囲はぎょっとしたようにモモンガの方に一気に視線を向けてくる。

 それを受け止めると、ちょっとだけ困った方に骨の頬を指先で軽く掻きながら、簡単に自分の資産状況を説明する事にした。

 

「これも、先ほど言った通りなんですが……パンドラが本気になって俺の口座の資産運用を頑張ってくれたお陰で、この一年で億単位まで資産を増やしてくれてるんですよ。

 もちろん、税金とかその他色々と支払う部分が発生して来るので、必要経費をある程度まで残しておく必要がありますし、それ以外でも今後の資産運用分も残す必要がありますけど。

 なので、そういうのを全部ひっくるめた上で俺が出せる金額の上限と言う事なら、まだもうちょっとだけ余裕があります。

 今の金額で足りなさそうなら、俺の方から資金提供額をもう少し増やしても構いませんよ?

 元々、パンドラがいなければ存在していない、あぶく銭の様なものですし。」

 

 そういう理由もあり、今の生活が維持できる金額以上の残高に関しては、別に今回の事で使ってしまっても構わないのだとモモンガは笑ってみせる。

 ただ、パンドラズ・アクターが楽しそうに資産運用に力を入れているから、必要経費とその分くらいはちゃんと残してやりたいだけで、元々食事や衣類などで贅沢をする方でもないから、こういう時に使ってしまう事に関してモモンガは特に躊躇いがない。

 むしろ、自分が資産提供する事で仲間の助けになるなら、幾らだって出せるのだ。

 

 そんなモモンガの言葉に対し、苦笑するように肩を竦めたのはウルベルトだった。

 彼自身、モモンガと似たような心境なのだろう。

 ただ、これから先の事を色々と考えた場合、あの時の教訓から使える資金はいくらあっても困らない事を理解していた為、資産運用を中心にデミウルゴスの好きにさせているのである。

 実際、こうして夕ブラさんを助け出す為の資本金になっているのだから、彼の判断は間違っていなかった。

 更に言えば、デミウルゴスと言う先駆者が居たからこそ、自分の所のパンドラズ・アクターも資金運用に手を出したと言ってもいい。

 やはり、そういう意味ではウルベルトさんとデミウルゴスは色々と凄いんだと思う。

 つらつらそんな事を考えていると、色々と考えを纏めていたらしいウルベルトさんから声が掛かった。

 

「……そう言う事なら、大変申し訳ないんだけどモモンガさんの所からの資産は、もう一千万ほど増やして貰ってもいいか?

 現在手元にある分に関しては、アルベドからの救援要請を受けた時点で既に指示を出して運用率を上げて回せてるんだけど、そこに今からでも追加で六千万を足す事が出来れば、デミウルゴスなら明日の昼過ぎには目標額に達成できると思う。

 だから、建御雷さんには出来るだけ早く……そうだな、可能なら明日の昼にタブラさんの座敷への予約を取って貰いたい。

 この際、花街にある不文律のルール違反を承知の上で、お座敷を一回取っただけで身請けの話を推し進める方向にもっていきたいと思っているんだ。

 さっきの話じゃないけど、本気で相手側がどう動くか今の時点ではまだわかってない訳だし、きちんとルールを守って三回も座敷を取っている間に、向こうからごり押しされる可能性があるなら、こっちは別の札を切るのが一番だと思うからな。」

 

 サクサクと、資金面での状況と相手側からの対応を推測して、【ルール違反上等】で話を進めるウルベルトさんの言葉に、待ったを掛けるように片手を挙げたのは、やまいこさんである。

 

「その流れで推し進めるんだとしたら、ボク達の協力って本当に必要なの?」

 

 話を聞く限り、状況の打破を図る手段として考えられているのが、潤沢な資金によって強引に推し進めるという内容だったからこそ、「なぜ、それなら自分達に協力を求めたのか?」と彼女が疑問を抱くのは当然の話だろう。気になっただろう。

 それに対して、ウルベルトさんはまだ説明が終わっていないのに一気に資金面からタブラさんの話を進めていた事に気付いたらしい。

 ちょっとだけ申し訳なさそうに、「ゴメン」と言うアイコンを浮かべながら両手を合わせると、やまいこの方を改めて見た。 

 

「もちろん、やまいこさんの協力は必要ですよ。

 私たちがやまいこさんに求めるのは、今回の救出作戦の中の切り札の一つとも言うべき相手に対する保護者的立ち位置になります。

 正直、この話をお願いした際に色々とやり取りがありまして、どうしても成人している女性に同行して欲しい事情が出来たんですよ。

 ……ねぇ、たっちさん?」

 

 一旦そこで言葉を切り、ちょっとだけ首を竦めたウルベルトさんは、視線をスッとたっちさんに向けた。

 その視線を受けて、少しだけ困った様に頬を掻きながら、今度はたっちさんが口を開く。

 

「実をいうと、ウルベルトさんが言う今回の切り札として、うちの娘のみぃを花街へ連れて行っていく事になっているんですよ、やまいこさん。

 正直言えばあまり気は進まないんですが……アルベドが助けを求めて来た時、丁度ウルベルトさんはあの子と電脳空間に降りてまして。

 そろそろ、みぃは妻の実家の正式な後継者としての教育を始める為に、予備知識を入れている状況だった事もあって、正確にタブラさんとアルベドが置かれている立場とかを把握してしまったらしく〖私も協力する〗と言って話を聞かないんですよ。

 どうも、娘は昼間のうちに妻にタブラさんの置かれている事情を訴える事で、ある程度の条件付きで許可を取り付けてしまっている状況の為、私が言っても止まりそうにありません。 

 是非とも、やまいこさんには娘のストッパーとして付き添ってやって欲しいんです。

 ウルベルトさんは、楼主相手に交渉をする側に回らないといけない為、もし娘が暴走した際にすぐに止められるとは言い切れないので。」

 

 先程から、何度も困ったアイコンを連打しているたっちさんから聞かされた内容は、この場にいる誰もが予想外もいい所と言っていい話だった。

 まさか、まだ子供のみぃちゃんが花街に出向くなんて、それこそ教育上良くない事だと思うのに、それを既にたっちさんと奥さんが承諾しているという状況が、とても頭が痛い。

 

 そもそも、どうしてそういう話の流れになってしまったのだろう?

 

 モモンガを含め、その話を初めて聞いた面々がとんでもないと言わんばかりに沈黙していたら、多分、その辺りの事は聞いていなかっただろうるし☆ふぁーさんが口元に手を当てながら、何かを考える素振りを見せた。

 そして、それ程間を置かずに結論が出たらしい。

 口元に手を置いたまま、ぽつりと答えを口にした。

 

「……うん、多分現状ではそれの方法一番かも知れない。」

 

 先程までの会話によって、割と常識人だと思われ始めていたのに、まさかそんな答えを出したるし☆ふぁーさんはやはり非常識なのかという視線を周囲が送った瞬間、軽く肩を竦めてそう思った理由を説明し始める。

 

「だって、それが一番角が立たないんだよ。

 みぃちゃんの母方の実家って、アーコロジー内でもかなり名前が通ってる上の方の家なんでしょ?

 多分、俺の推測が外れていなければ、爺様の家と同格位の。

 だったら、この際だから名前と立ち位置を借りるつもりで協力して貰った方が、色々と面倒な事にならないで済むんじゃないかな。

 むしろ、もしここで今の〖絶対にアルベドの事を助けたい〗って思ってる彼女の事を無理に止めようとすれば、彼女は俺達のコントロールを外れて母方の実家の力を借りるべく、勝手に動いて自分の手でタブラさんの事を助けようとすると思うんだ。

 もしそうなった場合、タブラさんの身請け先があのクソ親父からみぃちゃんの祖父に変わるだけで、多少の立ち位置はましかもしれないけど、結局愛人にしちゃうだけだと思う。

 だって、相手は富裕層の中で今の地位を維持する事が出来る老獪な人物だよ?

 幾ら孫娘が可愛くても、流石に三億以上の花街の遊女を無償でポンッと買うなんて真似、絶対にしないと思うんだよね。」

 

 その説明は、様々な点から考えれば普通に納得出来るものだった。

 確かに、るし☆ふぁーさんが指摘した通り、みぃちゃんが暴走して彼女の祖父が出てくる事態になったら、今、タブラさんを身請けしようとしている相手と変わらない状況で決着がつく可能性がある。

 もちろん、彼女の目を誤魔化す為に表面上は取り繕うだろうが、裏でタブラさんに対価を求めるだろう。

 

 富裕層の住人だからこそ、無償で花街の遊女を救い出す訳がないのだから。

 

「あー……それはそうでしょうね。

 普通に考えれば、むしろそれが当然の結論でしょう。

 幾ら身内が頼むからとは言え、何の対価もなく出せる金額でもありませんし。

 むしろ、余計に面倒な状況に陥るのが判っているのなら、確かにみぃちゃんに素直に協力して貰って名前と立場を借り受けた作戦を考える方が、より有意義だというのは判りました。

 私が同じ立場でも、同じ選択をしたでしょう。

 それで、彼女を同行させてどうするつもりなんです?」

 

 既に、ある程度どういう作戦なのか辺りを付けつつ、それでも何処か予測が間違っていた場合の事を考えて確認を取って来るぷにっと萌えさん。

 それに対して、ウルベルトさんは軽く手を振りながら説明してくれた。

 

「俺達が、タブラさんの座敷でやる事なんてそんなにないさ。

 まず、建御雷さんに予約を取って貰う際にこう囁いて貰っておくんだ。

〖出来れば、今日の昼にタブラさんで一席設けたい。

 実は、某大企業の後継者のお嬢さんが、お茶やお花、日舞と言った習い事の先生役を探していて、芸事に優秀な昼見世を開いている楼主への口利きを頼まれたんだ。

 元々、お嬢さんの〖出来れば一人の先生に習いたい〗という我儘が理由らしくて、教養豊かな花街の遊女に白羽の矢が立ったらしい。

 かなりの大企業のお嬢さんだから、もし……そのお嬢さんに気に入られて「師範役として引き取りたい」と言う事になったら、今の身請け額よりも大金が入るかもしれないぞ?〗ってな。

 あくまでも、この時点で向こうが何か探りを入れてきた場合、建御雷さんは〖花街に顔が利くから〗と頼まれたとだけ言えばいい。

 後は、〖無理を言う代わりに、今回の座敷の花代については本来の三倍払う〗って最初の時点で言ってくれ。

 それで、金に汚いらしい楼主が相手なら軽く引っ掛かるだろう。

 実際、こっちが提示した金額は本当に払うんだしな。」

 

 そう……金銭面で後から相手に付け入らせる隙を与えない為にも、最終的に必要な金額は全てその場できっちりと支払うつもりだからこそ、ウルベルトさんはデミウルゴスに現在進行形で資金を回させている。

 きっちり契約書も交わして、誰からも文句を言えない様に形式的にもきちんと整えるつもりなのだ。

 ただ、相手側にそれを受け入れさせるためには、どうしても富裕層でもそれなりの家の人間が必要であり、その部分をみぃちゃんが請け負う事になったのだろう。 

 

「そう言う形で、きちんと事前に話の流れを作った上で、タブラさんの座敷さえ上がってしまえれば、後はこちらのモンだ。

 数曲、タブラさんに本当に舞を披露して貰って、みぃちゃんに〖このおねぇちゃんに習いたい〗って楼主が見ている前で言って貰うだけでいい。

 楼主の中で、事前の建御雷さんの情報も加味されて〖お嬢様の我儘による身請けの横取り〗と言う、ある意味最初に申し出ている相手への免罪符が出来るからな。

 〖より格上の相手から望まれた〗と言う免罪符が出来れば、楼主は更に転がり易くなる。

 そこで、俺がデミウルゴスのサポートの元に主に金銭面での交渉を行って、最終的にその場でタブラさんの身柄を引き渡して貰う話に持って行き、身請けを成立させる。

 大筋はそんな感じの流れだったんだが……本当にざっくりとしか決めてないんで、出来れば今の話で足りないと思う部分の意見が欲しい。」

 

 説明を終え、何か意見が無いかと尋ねるウルベルトさんに対して、手を挙げたのは……

 

***** 

 

 それから約一時間後、タブラさんの救出作戦に関しての話し合いは、無事に決着がついた。

 

 基本的には、最初に考えられていた作戦の大筋を辿りつつ、修正できる部分は修正を加えた形で落ち着いたのだが、そこに辿り着くまでに幾つか交わされた論議は凄いものだったと言っていいだろう。

 だが、最後までやまいこさんが難色を示していた「みぃちゃんの参加」は、るし☆ふぁーさんが可能性の一つとして提示した行動を呼ぶ確率の高さから、彼女が折れてくれたので助かったと言っていいだろう。

 ここで、いつまでも堂々巡りを続けている訳にはいかないからだ。

 

 ただ、それと同時に彼女が現在一部の質の悪い富裕層の人間のせいで、現在休職処分中だという事が判明したのには驚いたものの、お陰でもし予定通り明日速攻で動く場合でも同行して貰うのに問題がなかったのはありがたかった。

 

 もちろん、それを彼女自身に直接言うつもりはないのだけれど。

 一先ず、今日の話し合いは終了となったのだが……モモンガは、一つだけ気になる事があった。

 話し合いが終わり、時間的にもこの場は解散になった後で、ベルリバーさんがるし☆ふぁーさんに何か話しかけていた姿を目にしたからだ。

 更に、そこからウルベルトさんも交えて何か話していたのは、結構気になると言っていいだろう。

 もっとも、あの人たちはばりあぶる・たりすまんさんを加えた四人で「ユグドラシルの世界の一つぐらい征服しようぜ」と冗談を言い合う仲間だから、もしかしたらるし☆ふぁーさんの会社を経営する中でそれに近い事が出来ないか、そういう話をしているのかもしれない。

 そう考えたからこそ、モモンガはこの場で深く追求しようとは思わなかった。

 

 まさか、それがあんなことを招くとは思わずに。

 




一先ず、何とか30日に滑り込ませました……
次の更新予定は、10月10日頃には出来るようにしたいと思います。

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