色々と加筆していたら、遅くなりました。
元々、るし☆ふぁーにとってそいつの存在は、ギルドメンバーの中でも数少ない警戒すべき対象だった。
そう……初めてギルドで顔を合わせた時から、るし☆ふぁーから見て胡散臭い奴だと本気で感じていたのだ。
この事を、他のギルドメンバーがもし知ったとしたら、「余程、お前の方が問題児だろう!」という声の集中砲火が遠慮なく上がるだろう。
しかし、だ。
るし☆ふぁーにとって、ソイツの顔を見て受けた第一印象はどちらかと言うと詐欺師に近いような、そんな感覚がしたのである。
これでも、るし☆ふぁーの人を見る目は相応に鍛えられていると言っていい。
富裕層の中でも、上から数えた方が早い立ち家柄に生まれた関係上、それなりに幼い頃から欲にまみれた大人の世界に触れる事が多く、否応なしに人を見る目を磨かれたとも言っていいだろう。
多分、割と富裕層に生まれていると知られただけで勘違いさてしまいそうだが、実際はそうでもないのだが、表向き中途半端に後ろ盾がない状態になっている状況のるし☆ふぁーの方が、貧困層に居る面々よりも世間の荒波に揉まれている。
正確には、人の悪意に揉まれていると言うべきだろうか。
元々、大きな富と権力を持ち貧困層や中流層の上に立つが故に、利権を奪い合う権力闘争が当たり前の富裕層において、それなりの生まれにありながら父親の身勝手な理由から後継者から外されるという、他人から見てかなりの不名誉を強制されている状況のるし☆ふぁーは、本当に苦労したのだ。
それこそ、陰から支えてくれる母方の祖父が居るものの、中途半端な事情しか知らない周囲はるし☆ふぁーの事を下に見る事が多く、アーコロジーの中で生きるのはかなり大変だったし、そんな環境で育てば酷く性格がねじ曲がったとしても、別におかしくない状況だった。
るし☆ふぁーが、実際にそんな風に道を踏み外さなかったのは、偏に息子を信じて無償の愛を与えてくれた母と、孫の一人として甘やかす所は甘やかしながら、必要な部分は厳しく育ててくれた祖父のお陰だと、感謝するしかないと思っている。
名ばかりの父親は、生れたる前から完全にるし☆ふぁーの存在を無視していた事もあり、自分の肉親だと一度も思った事もない〖血が繋がっているだけの他人〗だという認識だった。
それはさておき。
富裕層特有の、悪意に満ちた世界で生きてきたるし☆ふぁーにとって、割と顔を合わせてすぐにその人間の本質を見抜く事は難しくない。
だから、るし☆ふぁーが【胡散臭い詐欺師の様な男だ】と思った自分よりも後にギルドに入って来た相手は、割とギルドメンバーに対して柔らかな物腰をしているものの、本性はそちらに近いのだろう。
事実、それから暫くそいつに気付かれないように観察してみれば、自分の勘が外れていない事がすぐに判った。 微妙な変化を付ける事によって、本人は周囲に悟らせないつもりで上手く隠しているようだが、るし☆ふぁーの目から見ると相手によって態度を変えているのが丸わかりだった。
そう……確実に貧困層出身であると雰囲気からも分かるモモンガさんやウルベルトさんに対するソイツの態度は、表面上の言動こそ丁寧だけど実質はかなり悪かったのだ。
いや、ソイツの行動をより正確に言い表すなら、ギルドメンバーに対して人当たりの良い対応で誰にも悟らせないように気を使いつつ、実際にはかなりぞんざいな扱いをしているといえば、伝わり易いだろうか。
ユグドラシルで使用するのアバターが、表情を動かす事が出来ないと言う点も最大限に利用し、アイコンや言動では物腰柔らかな風体を装っているものの、間違いなく相手を軽んじている気配が潜んでいる。
リアルで、表面上は同じ様に物腰柔らかい人物を装いながら、実際は悪意に満ちていた大人たちを山の様に知っているるし☆ふぁーから見れば、手に取るようにそいつの言動が読めてしまうのだ。
しかも質が悪い事に、まるで気の置けない仲間だとしての態度だと思って思わせる様な、周囲に対してそんな素振りに見せる擬態が凄く上手く、誰にも実際は彼らの事を自分よりも格下に見て馬鹿にしている事を悟らせていない。
だからこそ、るし☆ふぁーはソイツに対する評価を【周囲を騙す事が得意な詐欺師】だと考えていた。
逆に、普段の言動から富裕層だとはっきり分かる素振りのたっちさんや死獣天朱雀さん、やまいこさんに対してはそれと判り難い態度で媚びている雰囲気すらチラついて、かなり不快なものだと言っていいだろう。
もっとも、そんな態度を見せていたのは、彼らのゲームの中での会話や言動を聞く事によって、普段の行動を把握するまでのほんのわずかな間だったが。
簡単に言えば、例え彼らが自分よりも上の富裕層出身だとしても、ゲームの中の言動だけで中身は自分よりも格下の馬鹿だと、ソイツは勘違いしたのだ。
それこそ、もし自分が彼らと同じレベルの富裕層に生まれていれば、確実に彼らよりも格上だと思い上がったというべきだろうか。
ゲームの中では、誰しも【リアル】との区切りをつける意味で何らかの演技を潜ませているというのに、それを本質だと勘違いしたまま自分よりも格下に思う事によって、中途半端な自分の自尊心を満足させているのだろう。
実に愚かな話である。
ありもしない虚栄心に満ちているソイツは、ギルドメンバーに対して人好きする態度を織り交ぜるなどして上手く彼らの信頼を勝ち取り、〖頼りがいのある仲間〗と言う立ち位置を確立し、割と小狡く立ち回っている。
とにかく、ギルドメンバーとの間合いを詰めるのが、非常に美味いのだ。
上手く立ち回る事で、周囲に好印象を与えているのもそいつにとって上手く事を運ばせているのだろう。
結果的に、ギルドの中で一目置かれる立場と言う奴を確立してしまい、それと無く言動に毒が混ざる内容を口にしても、あくまでも「相手の事を思いやっているから出た発言」なんて好意的な捉え方で、スルリと流されてしまっているのだ。
それが顕著なのが、やまいこさん相手だろうか。
彼女が学校の教師であるという事は、ギルドメンバーの中で周知の事実だ。
だから、やまいこさんは確実に富裕層出身なのだが、彼女のユグドラシルでのプレイスタイルが【とりあえず殴ってみよう】と言う脳筋タイプなので ソイツはすっかりやまいこさんを見下していた。
それこそ、たまたま富裕層に生まれただけで學校の教師をしている彼女より、自分の方が優秀だという認識を持っているのが、るし☆ふぁーには手に取るように解る。
実際には、多くの子供相手の教師をするやまいこさんが、あんな詐欺師まがいな奴よりも劣る筈がないのだが。
ただ、リアルで多くの子供に関わる教師と言う仕事の多忙さを癒す為にゲームをしている彼女が、ゲームの中でまであらゆるデータを覚えるつもりがなくても、ある意味仕方がない話だろう。
だから、【まずは殴ってから】と言う脳筋と言われかねないプレイになっているだけなのだ。
そもそも、彼女の凄さは頭が良いとかそういう部分じゃない。
あの、万年大樹の様にしっかりと腰を据えていながら、それでいて自分の状況などをすんなりと受け入れる柔軟な精神だと言っていいだろう。
でなければ、あの天才肌の妹と比較され続けながら、あそこまでどっしりと肝の座った性格になる筈がないのである。
そんな事も察せられない時点で、ソイツの矮小さが手に取るようにいとも簡単に理解出来て、るし☆ふぁーは苦笑するしかない。
たっちさんに関しては、彼が百年以上前から続くヒーロー特撮物を好んで、それをプレイスタイルとしている事から、幼稚な人間だと見做したらしい。
これもまた、実に愚かな話だ。
現実では、到底自分の中にある正義を貫けないたっちさんが、それをゲームの中で実現する事によって心の渇きを満たしていたとして、何が悪いというのだろうか?
むしろ、自分達が生きているリアルの状況を考えれば、無理を押し通せば家族諸共未来はないだろう。
それをきちんと判っていて、ちゃんと理性で自分の行動を公私きっちり分ける事が出来ている分、たっちさんの事を馬鹿にするソイツの方が馬鹿なのだと、どうして理解出来ないのだろうか?
朱雀さんに関しては、年齢的にも他の面々よりも様々な面で責任が付きまとう立場であるが故に、何かと行動するよりもまず思考で分析する傾向があるのだが、それを知らずにゲームについて行けないタイプの鈍さだと思っているらしい。
正直、勘違いするのも甚だしいといいたくなる。
朱雀さん自身、確かにマイペースなプレイスタイルを貫いている部分は確かにあるが、実際にチームを組んでダンジョンなどの攻略をしてみれば、ぷにっと萌えさんも舌を巻く位の分析力を持っている指揮官タイプなのだ。
ただ、あいつは朱雀さんと組んだら足を引っ張られると勝手に思い込んで、一度も朱雀さんと一緒のチームになった事が無いから、その実情を知らないだけ。
普段の、ギルドの中に居るマイペースでのんびりとした朱雀さんしか知らないからこそ、そんな勝手な思い込みが出来るのだろう。
本当に……馬鹿な奴である。
そして、ソイツの愚かな態度はるし☆ふぁーにも及んだ。
どうやら、奴はるし☆ふぁーのことを普段の言動だけで貧困層出身だと完全に勘違いし、自分より間違いなく格下の存在として扱おうとしていたのである。
そんな風に思い上がる程、ソイツが実際にアーコロジー在住の富裕層の生まれなのかといえば、実は違う。
親の頑張りで、ギリギリ中学校を卒業する事が出来た程度の、中流階層出身なのだ。
では、なぜソイツがそんな風に思いを上がっているのかと言えば、この格差が明確な社会で最終学歴が【中学卒業】と言う事で、ギルドメンバーの大半よりも格上だと思っているからだろう。
ウルベルトさんの事を嵌めようとした男もそうだったが、何とか無理をすれば貧困層でも通える小学校より、中学校を出ているだけで多くの人間が「自分は上質な人間である」と思い込み易いらしい。
はっきり言ってしまえば、中途半端な存在なのに自尊心だけが高いのだろう。
正直言って、アーコロジーの中に自力で住む事が出来ない様な、そんな程度の人間から自分の方が上位者だと思われるのは、富裕層の中でもかなり格上なるし☆ふぁーにとってかなり不愉快だった。
確かに、るし☆ふぁーはギルドメンバーの中でも羽目を外した行動をして居るほうだろう。
だが、それだけで自分の事を勝手に貧困層出身の人間だと勝手に決め付けられる理由にはならない筈だ。
あくまでも、るし☆ふぁーがこのユグドラシルを始めたきっかけは、普段の多忙な生活をのんびりゲームで遊ぶ事で潤いの一つになれば、と考えたから。
だからこそ、プレイスタイルが他人より羽目を外していたとしても、普段の雁字搦めの自分から逃れたいという
欲求から出たものでしかないのである。
そんな理由でプレイし始めて、自分が所属するギルドとしてこの【アインズ・ウール・ゴウン】を選んだ最大の理由は、るし☆ふぁーにとって確実に信用出来る人物が、ギルドマスター言う立場にいたという点だろうか。
正直に言おう。
るし☆ふぁーは、モモンガさんのリアルを直接知っていた。
彼の素性を知っている理由は、実に簡単な話だ。
るし☆ふぁーの祖父の会社の取引先の営業担当として、母方の祖父の会社から絶大な信用を得ているのが、実はモモンガさんなのである。
そして、るし☆ふぁーもモモンガの事を祖父から「信用ができる人物だ」と、紹介されていた。
もちろん、直接会った上で紹介された訳ではない。
祖父の会社に、新商品の営業に来ていたモモンガさんがプレゼンをしていた際に、たまたま祖父の仕事の手伝いをする為に打ち合わせで来ていたるし☆ふぁーも、その様子を見せて貰ったのだ。
そんな理由から、るし☆ふぁーは直接モモンガさんの事を知っていたからこそ、ギルドへ勧誘を受けた際にその声を聞いただけで、彼が「あの時の信用できる営業の鈴木さん」だとるし☆ふぁーは直に気付き、ギルドへの加入する事を希望したのである。
多分、モモンガに対するるし☆ふぁーの悪戯と言う名の甘えは、彼が本当の意味で信用できる人物と言う点での安堵も混じっているのだという自覚も、実はあった。
それはさておき。
正直言って、るし☆ふぁーのギルドにおける信用の度合いは、かなり低い。
これは、半分以上が自分が引き起こした悪戯のせいであり、自分でも自業自得だとも判っているのだが、元々ゲームの取り込み方が違うのだから仕方がないといっても良いだろう。
るし☆ふぁーにとって、ユグドラシルとはリアルの世界と完全に別人になれる、自由な場所だ。
前述の通り、常日頃からアーコロジーの住人と言う富裕層独特の思考を持つ人間に周囲をガチガチに固められ、人前で虚栄に満ちた笑みを浮かべながら、それこそ見えない鎧を着て完全武装でいるリアルとは違い、のんびりと素の自分を見せつつはっちゃけてもいい場所である。
そういう理由もあり、正直に言えば他のギルドメンバーに対してつい安らぎを求めすぎて、はっちゃけていた部分が大きいと言っていいだろう。
今まで育った環境から、常に周囲に対して気を張り詰めていた部分が多いるし☆ふぁーにとって、自分の感情を思う存分曝け出していい場所など、リアルには早々ない。
だからこそ、富裕層特有のやり取りなら幾らでも出来ても、素を曝け出してコミュニケーションを取る事は非常に苦手で。
気付けば、ギルドメンバーに対して素直に接する方法が判らず、悪戯をして気を引こうとするという幼稚な行動をしていたのである。
それに対し、ソイツにとってユグドラシルとはリアルにおいて辛い状況を忘れる格好の場であり、リアルの様に立場に縛られない事を利用してその虚栄心を満たそうとしていた。
本来なら、自分よりも上位者の生まれである彼らをも見下しながら、自分が上位者であると振る舞う事すら出来るこの場は、それこそソイツにとって最高の場所だったのだろう。
だからこそ、ソイツは出来うる限り人当たりの良い人格者を装い、周囲から認められる様なそんな行動を取ってきたのだ。
当然、そんな風にギルドの中での行動に明らかな差があれば、ギルドメンバーたちの中の信用がソイツに傾くのは仕方がないだろう。
だが……るし☆ふぁーは知っている。
ソイツが、普段のくだらないやり取りを見て、実際には陰でギルドメンバーたちの大半を嘲笑っていることを。
それだけではない。
ギルドメンバーたちの中で、るし☆ふぁーが行った悪戯だと認識されている大半は、るし☆ふぁー本人が仕掛けたものじゃなく、こいつが犯人なのだ。
もちろん、今までるし☆ふぁーによる悪戯が全くないと言わない。
むしろ、コミュニケーション手段の一つとして選択して致し、開発中のアイテム作成やゴーレム作成時に暴走したなど、ギルドメンバーに対して色々あったのも事実だ。
場合によっては、幾つも重なった偶然の事故から派生した大惨事というのもあった。
それら全部が、ギルドメンバーたちの中ではるし☆ふぁーの悪戯としてカウントされているのである。
まぁ……ここに関しては、るし☆ふぁー自身が「偶然だ」と弁明しなかった事も大きいのだろう。
事実、るし☆ふぁーが悪乗りして仕掛けた悪戯だって、それなりの数は存在していた。
だから、どれが悪戯でどれが事故なのか毎回説明するのも骨が折れると、早い段階で匙を投げたるし☆ふぁー自身の問題だと言っていい。
だが、現在ギルドメンバー達からるし☆ふぁーが実行したと認識されている、性質の悪い悪戯のうちの約四割が、コイツがそうと知られない様に仕掛けたものなのである。
更に性質の悪い事に、使用したアイテムやゴーレムはるし☆ふぁー自身が作成したものを使用していた。
正式にギルドに所属して間もないの頃、るし☆ふぁーはこの男に頼まれていくつかのゴーレムやアイテム、ざっくりとした罠の作成用としてのアイデアを幾つか提供した事がある。
最初、るし☆ふぁーがそれをコイツからそれを頼まれた時は、ナザリックの中に仕掛ける敵への罠だと考えていたから、効率のいい罠の仕掛け方など作成などの知識も一緒に提案した上で、だ。
だが、コイツは何かリアルで気に入らない事がある度に、るし☆ふぁーから得たそれらを上手く利用し、ギルドメンバーに対して質の悪い悪戯を仕掛けておきながら、その罪をるし☆ふぁーになすり付けていたのである。
先程も言った通り、そいつが使う元々のゴーレムやアイテムの製作者は、間違いなくるし☆ふぁーだ。
だから、奴はギルドメンバーに対して何らかの悪戯を仕掛ける時は製作者の名前がはっきりとわかる様に前面に出す事で、その悪戯の仕掛け人はるし☆ふぁーなのだと言う流れに持って行き、ギルドメンバー達とルシファーが言い争うやり取りを陰でこっそり見て、自分だと気付かない彼らの事を笑っていたのである。
この時、既にコイツに対するギルドメンバーたちの中での信頼はそれなりに高く、幾らるし☆ふぁーが「自分はそいつに嵌められた」と言ったとしても、自分よりコイツの言葉を信用するだろうと言う事は分かっていた。
何より、だ。
正直に事情を言って、ここでギルドメンバーの間でいざこざ起こせば、ギルドマスターであるモモンガさんが上手く話を丸く収めようと奮闘し、結果的に収拾が付く前にかなりのストレスを感じるだろうという事が、るし☆ふぁーにはすぐに想像が付いてしまったのだ。
だから、るし☆ふぁーはいつも個性的なギルドメンバーに振り回されているモモンガの事を思って、敢えてそいつの泥をかぶり沈黙を保ったと言ってもいいだろう。
しかし、だ。
そんな風に、自分が諦める事でコイツの所業を赦し過ぎていたと、奴の裏の顔を知る身としてここ暫くの騒動を振り返りつつ、るし☆ふぁーは反省していた。
自分が許容した歪みが、どうする事も出来ない位顕著に表れてしまったのが、現在進行形で起きているウルベルトさんの一件である。
正直に言おう。
今回の、ウルベルトさんの騒動が起きる前のギルド会議で、アルベドが問題行動をしている話が出る前、メールペットたちの間に気付かれない様に不和の種をまき散らし、何かが切っ掛けで揉め事が起きる様に裏で糸を引いたのは、コイツのメールペットである。
ヘロヘロさんが言っていた通り、引き取られた時はまだ無垢な存在だったメールペットの彼女の性格は、最悪な人間である育ての親に似てしまったらしい。
アルベドの言動を「間違っていない」と煽り、多くの仲間との間にトラブルになる様に誘導しつつ、逆に他のメールペットたちの相談に乗る素振りで不満を煽る。
そうして、次第にお互いに不満を抱えてぶつかる様子を陰でこっそり眺めて笑いながら、さも自分は被害者の一人ですという顔をして大多数の仲間に紛れ込んで、周囲の同情を買うというのがとても上手い、本当に厄介なメールペットだった。
何故、それをるし☆ふぁーが気付けたのかと言うと、理由はもちろんちゃんとある。
それこそ、時間を作って根気よく恐怖公以外の多くのメールペットたちとの距離を詰め、寄り添う事によってカウンセリングをしていたからだ。
出来るだけ、彼女たちの愚痴からその本音を引き出すように、ギルドメンバーに対して見せない様な紳士かつ優しく対応していた聞き取りの中から、それこそほぼ全員から出てきた証言の中に、彼女の存在が出て来たのである。
更に言うなら、メールを届けに来たアルベド自身の口からも、彼女やその主の言動によって自分が間違いじゃないという思いが強まり、まるで背中を押されていると思えたという証言が出ていて。
そう……アイツとアイツのメールペットは、アルベドの暴走の拍車を掛けるように、その背中を押すような言動をしたのである。
何故、アイツがそんな事をしたのか?
それは実に単純明快な理由で、博学でありながら天然でマイペースなタブラさんへのアイツからの嫉妬だった。
タブラさんは、それこそ誰の目から見ても富裕層と思われるくらいに知識が豊富で、油断していると何かと蘊蓄を垂れ流すほどである。
彼の持つ知識量から、アイツはタブラさんのことを完全に富裕層の人間として位置付けていたらしい。
その割に、アイツの目から見てどこか付け入る隙が多いという事にも、直に気付いたのだろう。
だからこそ、あいつはタブラさんを追い落とす為にメールペットのアルベドを利用した。
そうする事で、彼女の主であるタブラさんまで汚名を着せて、ギルドの中で立ち位置を悪くさせるつもりで。
正直言って、るし☆ふぁーがその絡繰りに気付けたのは、本当に偶然だった。
同時に、当人が悪戯とそれ程変わらないだろうと思っていたとしても、それ自体が仲間に対する一つの裏切り行為と言える行動である。
その事を理解した途端、るし☆ふぁーは今までの言動を含めてその根底にあるモノが完全に透けて見えて、スッと納得してしまったのだ。
コイツこそ、いずれこのギルドを真っ二つに割る原因を、こっそりと仲間に対して振りまく存在になるんだろう、と。
多分、今回の事も含めてそれに気付けるギルドメンバーは、るし☆ふぁーの様な幾つもの条件が重なった事で、その裏の顔に気付く事が出来た者だけだろう。
普段の擬態は、それこそ誰にも見抜けない位に上手いのだから、むしろ当然な話だった。
元々、ソイツの裏の顔にるし☆ふぁーが気付けたのは、初めて顔を合わせた時の第一印象のまま、相手の事を警戒していたからなどと言う、幾つもの条件が重なった事や、実際に自分が嵌められた事によって、その本性らしき部分を一瞬でも見る機会があったからだ。
多分……自分が嵌められると言う状況が無ければ、今回の事だけでそれに気付くのは難しかっただろう。
更に、最悪な事実が判明する状況が続いた。
ギルド会議の議題に上がるまで、ずっとアルベドの事を煽っていたアイツのメールペットが、更に最悪な行動をしていた事が分かったのだ。
ギルド会議を揺るがした、ウルベルトさんのサーバーがハッカーによるウィルスに侵入された時、彼女はその様子を目撃しながら誰にも……そう、デミウルゴスにすら、緊急連絡を入れずに楽しげに眺めていた事が、後から恐怖公が回収して来たウィルス侵入経路等を調査したデータによって判明したのである。
あの時、恐怖公からウルベルトさんサーバーがウィルスに侵入されている旨の緊急連絡を受けたるし☆ふぁーは、念の為に周囲一帯を含めた彼のサーバーに対して、可能な限りのウィルスチェックをする指示を出した。
元々、恐怖公に持たせてあるウィルスチェックなどの対策ソフトは、テロリストの攻撃対象にされやすい母方の祖父の為に暇な時間に開発していたのと同じ内容である。
それを使えば、完全とは言えなくても襲撃してきたウィルスの種類とハッカーが誰なのか、ネット内だけでも調べが付く可能性が高かった。
そうして、恐怖公によるあらゆるデータ検索を施した結果、浮かび上がったハッカーの名前と共に、先程挙げた頭が痛い内容が判明したのである。
アルベドに対して、間違った方向へ進み易い様に余計な事を吹き込むなど、問題行動が元々多いアイツのメールペットだったが、そのクズさ加減まで似てしまったらしい。
もちろん、それをギルド会議の場でアイツに対して直接問いただしたとしても、るし☆ふぁー自身の発言では、多分上手くギルドメンバーを味方に付けて、誤魔化されてしまうだろう。
証拠映像だって、多分そのメールペットはウィルスに対する恐怖で動けなかったのであり、それを楽しんでみていた訳じゃないなんて、上手く話を誘導されてしまうに決まっている。
もちろん、るし☆ふぁーから明確な証拠を提示すれば、流石にギルドメンバーの中には疑問を抱く者もいるだろうし、全員が全員それを鵜呑みにするとは言うつもりはない。
だが……外面の良さに騙されている面々が多い状況では、アイツに対して何か言っても「るし☆ふぁーが難癖をつけている」と曲解されるだけだろう。
それが判っていたからこそ、いきなりそのネタをぶちまけたりはしなかった。
何をするのにも、正しいタイミングと言うものがある。
会議が始まった時から、るし☆ふぁーはギルメンに対して色々な事を言いながら、出来るだけ自分の持つ情報を小出しにして上手く話を誘導するつもりでいたのだ。
何とか、たっちさんの提案をウルベルトさんが受け入れ、無事に彼が置かれていた危機的状況を回避出来て、後はるし☆ふぁーからギルドメンバーに対して「ほかのメールペットにも問題行動がある」のだと、示すだけと言う状況になった時だった。
ウルベルトさんの事で、アルベドに対してブチ切れていたデミウルゴスが、彼らの中で用意されていたらしい切り札を切ったというメールを送りつけてきたのは。
それを見た瞬間、るし☆ふぁーの頭の中に浮かんだ事は「もうちょっとだけ待てよ、この大馬鹿野郎!」と言う内容を心底叫びたいというものだった。
もちろん、あの状況下でそんな事をするなんて真似はしない。
状況的に考えても、そんな真似をして居る場合じゃないのは明確だった。
そう……再び被害者である筈のウルベルトさんを責めようという雰囲気を漂わせているギルドメンバーを、嫌味交じりに自分の知る情報を小出しにする事で牽制する必要があったからである。
本音を言えば、デミウルゴスが行動を起こさなければ、あのまま自分の独壇場まで持って行けたのだろうが、流石にこの状況ではそれは難しいだろう。
実際、アルベドを突き落とした罠の作成者であるシャルティアの主のペロロンチーノさんなど、様々な人からの情報が幾つも出て来て、陰でこっそりと糸を引いていただろう、アイツのメールペットの事を言い出せる雰囲気じゃなくなっていた。
特に、たっちさんが思い切り熱く問い掛けるから、こっちはあまり多く突っ込む事が出来ない。
もちろん、彼の言動で暴走気味な部分にはサクサクと茶々入れして上手く往なしたつもりだけど、この時の匙加減がまた難しかった。
何と言っても、ギルドメンバーから向けられる「お前が言うな」的な視線が、結構いたかったからだ。
それに、デミウルゴスのメールを受け取った後のタブラさんの様子が、結構心配だったのも実はある。
正直言って、メールペットが配布される事になった直後のタブラさんの発言に関して言えば、未だに思い出すだけで腹が立つという自覚はあるものの、それは恐怖公を自分の理想通りにきっちり育て上げつつ、その横でアルベドの育成に失敗しているタブラさんを見て留飲を下げたからもういい。
むしろ、メールペットたちを上手く利用して陰からタブラさんを追い落とす為に色々と糸を引いていたアイツの方が、るし☆ふぁーもっと腹が立つ存在だからだ。
だが、困った事にギルドメンバーの信用が厚過ぎて、下手にるし☆ふぁーが騒ぎ立てても、質の悪い冗談か悪戯で済まされてしまうだろう。
この、アルベドが引き起こしウルベルトさんに大きな被害が出た騒動の中なら、上手く立ち回って言い逃れが出来ない状況を作り出せたかもしれないが、もう遅い。
デミウルゴスの暴走と、現時点での騒動の収束へと向けている状況下において、下手にそこへ更なる火種を持ち込むのは、流石にモモンガさんの心境を考えると躊躇われた。
だから、この時もるし☆ふぁーは沈黙を守るしか、選択肢が無かったのである。
それから、一月が過ぎた。
未だ、アルベドが罰として飛ばされたサブサーバーから戻って来る様子はない。
これは、彼女が反省しないからとかそういう理由ではなく、元々戻って来られる設定じゃない所に戻れる条件を付け加えた事によって、判定がかなりシビアになっている気がするのだ。
るし☆ふぁーには、漠然とだが余程の切っ掛けがなければ、アルベドが戻って来られないんじゃないかと言う予感すらしてきている。
その間、毎日のようにアルベドがどうしてあんな行動をしたのか、その前後の自分の行動を含めて考えるようになったメールペットたちも、次第に自分にも悪かった点があった事を理解し始めたらしい。
ちょっとずつ、誰にとってもいい方向へメールペットたちが変わって来た時に、ウルベルトさんへの二度目のハッカーの襲撃が発生した。
襲撃犯が、前回と同じハッカーであり仕掛けた相手も同じであると言う事は、恐怖公がウルベルトさんのサーバーで構築したセキュリティーシステムから入手した情報ですぐに判っていたし、既に仕込んで置いたアレが作動している事も判っているから、そっちは問題ない。
それよりも、問題なのは別の事だ。
流石に、今回ばかりは見逃せないと、るし☆ふぁーは本気で思った。
曲がりなりにも、ウルベルトさんのサーバーに対するハッカーが強引に侵入しようとしている様を、まるで楽しむように眺めながら、今回も誰にもその事を知らせなかったなんて、質の悪い行為なんてレベルじゃない。
まして、今回のウルベルトさんへの襲撃への放置行為は、様々な意味で問題があったと言っていいだろう。
今のウルベルトさんは、たっちさん娘であるみぃちゃんの家庭教師だ。
しかも、襲撃を受けた時間帯には彼女も一緒にウルベルトさんのサーバーへ、勉強の為に降りていたという事も判っている。
もし……そのまま彼女がハッカーの襲撃に巻き込まれるなんて事態になっていたら、それこそただでは済んでいなかったのは間違いない。
ウルベルトさん自身は、自分の電脳空間にハッカーが強引に入り込んだ過負荷が掛けられた事によって負うダメージがどれだけのモノになるか、それこそ俺達には簡単に想像できるレベルではないだろうし、彼の誘導で電脳空間に降りて来ていたみぃちゃんだって、無事に済む筈がなくて。
そうなれば、彼女の親であるたっちさんはもちろん……彼女の事を正式に自分達の後継者として見做している母方の実家が黙っていない筈だ。
確実に、この状況を生み出した犯人はもちろん、それを見逃していただろう関係者にだって容赦しない筈。
つまり、だ。
あの時のアイツのメールペットの行動は、それこそアイツ自身の首を絞める諸刃の剣になっていた可能性が高かったのである。
その事実に気付いたら、アイツは自分のメールペットの事を許容出来るのだろうか?
まぁ、それに関しては後でそれと無く可能性として話を振ってやれば、それで反応が見れるだろう。
それよりも、だ。
あの場は、たまたまウルベルトさん宛のメールを持ってきていたアルベドの奮闘によって何とかなったと言う話を考えると、本当に巡り合わせが良かったと思うべきなのだろう。
多分、あの場に居たメールペットがアルベドかデミウルゴス以外だったら、あのハッカーの襲撃に耐えられなかった筈。
そう言う点では、間違いなくウルベルトさんとみぃちゃんは運がよかったのだ。
だから、アイツのメールペットが直接関わろうとしなかったのは、ある意味仕方がないと思うべきなのだろう。
そうは思うものの、やはりるし☆ふぁーにとって、あのメールペットの行動は許容できる行動ではなかった。
これは、正直いって悪戯とかで片付けられるレベルの話じゃない。
もし、アイツのメールペットが「ハッカーが怖くて何も出来なかった」と主張してきても、るし☆ふぁーには到底信じられなかった。
と言うか、アルベドの様に直接対峙する事は無理でも、救援を呼ぶなど色々他に対応は出来た筈である。
しかし、だ。
アイツのメールペットは、一切何もしなかった。
どうしてそう言い切れるのかと言えば、ちゃんとるし☆ふぁーには根拠がある。
はっきりと、誰に対してもそう断言出来てしまう根拠、それはるし☆ふぁーが前回の襲撃の際に仕掛けて置いた代物だった。
そう……ウルベルトさんのサーバーには、最初の襲撃が起きた際に恐怖公の眷属による外周壁への特殊防壁が張り巡らされていて、有事の際にはサーバーの内部はもちろん周辺の様子を全て記録するように、あの時に細工されてたのである。
今回の襲撃の際、るし☆ふぁーがこっそりと展開していた特殊防壁は、しっかりとその役目を果たしていた。
そうして、犯人を特定する為の証拠映像としての周囲の様子を撮ったものの中に、ギリギリサーバーの領域圏外の所で、ハッカーが侵入した直後からニヤニヤと笑いながら、その様子をずっと観察していた件のメールペットの姿がばっちり記録されているのだ。
その時間も長く、まるでアルベドがハッカー相手に孤軍奮闘している様子を楽しむかのように、被害に遭わないギリギリの位置で観察していた事はほぼ明白だろう。
ここまで証拠となるデータが上がっている以上、到底放置出来る筈がない案件だと言っていい。
あの時、アルベドは自分の置かれている状況では届かない可能性も理解しつつ、それでもちゃんと仲間に向けて救援信号を出していた。
それに気付いたからこそ、デミウルゴスは急いで自分のサーバーに戻る事が出来たと言っていいだろう。
だが、件のメールペットはどうだ?
何の救援信号も出さず、むしろデミウルゴスが移動してくる気配を感じ取った途端、そそくさとその場から逃げ出す事によって、実はずっと前からその場にいてアルベドがボロボロになる様子を楽しんで眺めていた事を気付かせず、自分は無関係を装ったのである。
いや……多分、もしデミウルゴスと接触したとしても、ハッカーやウィルスが怖くてパニック状態で、ただ恐怖に震えていたと主張するだろう。
もちろん、彼女は今まではその主張がすんなり通るだけの擬態能力にたけていた。
だからこそ、多くのメールペットが上手く彼女の口車に乗せられ、その巧妙なコミュニケーション能力によって思考を誘導されてしまっていたのである。
元々、デミウルゴスは仲間に甘い傾向が強い。
だから、もしあの時自分のサーバーの側で彼女と接触していたとしても、彼女がハッカーたちに対して本気で怖がる素振りを見せれば、どうしてその場に居たのか疑い続けるのは難しい筈だ。
結果として、そのまま彼女が無罪放免されていた可能性は、かなり高かっただろう。
だが、流石にこの状況を正確に把握してしまった身としては、これを見逃してやることは出来なかった。
それでなくても、アイツのメールペットがそれとなくアルベドや他のメールペットへと広めた遅効性の毒の様な濁ったものの捉え方は、彼らの心に深い傷を残している。
しかも、 言葉巧みにまだ発達途中のAIの思考へするりと滑り込ませるように、被害に遭っていたメールペットたちへと伝播させて言った事で、自分が発生源だと気付かれないようにしているのが、また腹立たしいと言っていいだろう。
どんなに頭がよく設定されていても、アルベドは他のメールペットたちよりもタブラさんが手を掛けなさ過ぎている分、情緒面の発達がかなり遅れ気味であり、その余波として暴走しやすくなっていた【ナザリックのNPC】部分をより暴走するように誘導されていたのも、るし☆ふぁーの中で酷く癇に障る部分だ。
ギルド会議で、ぶくぶく茶釜さんが議題に上げた事から、アルベドの行動が問題になりタブラさんの側の問題が浮き彫りになった時は、確かにるし☆ふぁーもメールペットを選ぶ際の暴言に腹を立てていたから、〖ざまぁみろ!〗と思う部分はあった。
だけど、それはあくまでもタブラさんへの感情であって、彼のメールペットのアルベドが仲間から爪弾きにされて不幸になればいいと思っていた訳じゃない。
ましてそれが、第三者がそうなる様い誘導して拍車を掛けていったという状況なら、彼女だって十二分にそいつらの被害者だ。
アイツや、アイツのメールペットの裏の顔を察知しているるし☆ふぁーですら、この絡繰りに気付いたのはつい最近なのだから、上辺だけの言動や行動を信じているギルドメンバーたちでは、本当に取り返しが付かない状況にでもならない限り、あの醜悪な性格に気付けなくても仕方がない。
そんな状況だから、多分るし☆ふぁーがこの件に関して何か言ったとしても、また耳を傾けてくれるギルドメンバーがいるとは思えなかった。
だから、前回と今回の一連の件で多くの証拠を握っているこの状況でも、るし☆ふぁーが実際に選択出来る内容は、実はそれほど多くない。
精々、ウルベルトさんのサーバーがハッカーに襲撃された際、たまたま近くに来ていたメールペットには、もれなく眷属が付着している事を伝えてやる位だ。
あのメールペットがいた位置なら、ほぼ間違いなく付着している。
ただ、眷属の付着はごく僅かなものになったと思われるので、そこから眷属の姿をしたセキュリティーシステムが【疑似黒棺】を展開するまでには半日から一日程度の時間が掛かる位だろうか。
外見はどうあれ、あれはウィルスではなくあくまでもサーバーを守るセキュリティーシステムなので、余程そちらの方面の知識に明るくなければ、気付く事すら出来ないだろう。
だから、もしそれが原因でアイツの所で【疑似黒棺】が展開されてしまう事態になっても、それに対応する手段はまず存在していない。
るし☆ふぁーが把握している限り、襲撃の際に側にいたメールペットはアルベド以外だとアイツの所のメールペットしかいなかった事も判っている。
それでも、敢えてこれから行われる会議の場で報告する事によって、アイツにこれから起きるだろう俺からの反撃を教えてやるのだ。
元々、もしあの場にメールペットが側にいたのなら、アルベドの様に救援信号を出すか主であるギルドメンバー経由でその事態に対する緊急連絡をしていれば起きなかった事案である。
だからこそ、アルベド以外にそんな行動を取っていない事を明確にした上で、るし☆ふぁーは「必要ない説明だと思うけど」と、前置きした上で【疑似黒棺】の事とその展開を止めるために必要なワクチンソフトの事など告げてやれば、どういう反応をするだろうか?
素直に、自分のメールペットがそこに居たことを認めて、ワクチンソフトを今からでも受け取って展開を止めるか、それともこのまま何も言わずに自分のサーバーで【疑似黒棺】が展開するのを諦めるか。
多分、今のアイツが選ぶとしたら、後者しかないだろう。
状況的に、アルベドが身を挺してウルベルトさんの事を守る選択して実行したのに対し、救援信号も出さずに逃げ帰ったという行動を自分のメールペットが取ったなどと言ったら、幾らギルドメンバーの中で信頼が厚くても、流石に自分が非難の対象になる事は判る筈だからだ。
更に言うと、ここでるし☆ふぁーが持っているメールペットがどんな行動をしていたのか記録されている映像を提供してやれば、全員は無理でも一部のギルドメンバーの中にアイツに対する微妙な不信感を覚えさせる事も可能かもしれない。
アイツも、それが判っているからこそ、自分から襤褸を出す行動はしない筈だ。
もし……アイツがギルドメンバーの前で本性を晒すとしたら……それこそ、このギルドで大きな揉め事が起きてバラバラに割れる時だろう。
今は、まだこの【アインズ・ウール・ゴウン】と言うギルドが、アイツにとって色々な意味で利用価値がある事から、その中でも優位にいられる自分の立場を捨てるような馬鹿な真似はしない。
だが……いずれユグドラシルと言うゲームそのものが、他のゲームに押されて衰退期に入るだろう。
その時、アイツの中でこのギルドの存在が今の様に利用価値がなくなったと考えてさっくり引退していくなら、ギルド長のモモンガさんには悪いが、別にそれで問題はない。
問題なのは、ゲームかリアルで何らかの大きな騒動が起きた際、こちら側の情報を売る事でギルドメンバーのままでいるよりも大きな利益が得られるとなった時だ。
そんな事になったら、確実に自分の利益になる様にアイツは動く。
もちろん、その時は今まで自分が育ててきたメールペットすら切り捨て、自分だけの安全を確保するだろう。
その時点で、残っているだろうギルドメンバーたちの顔に泥を塗る様な真似すら、自分がより優位な立場に立つ為になら平気で出来る筈。
むしろ、それと気付かれないようにしているだけで、自分よりもあらゆる意味で遥かに格上のギルメンすら、生れた家さえ同等なら自分の方が格上だと勘違いしている様な相手である。
もし、目の前になり上がる事が出来る状況が降って湧いたら、それこそ簡単に踏み台にしようとするだろう。
あくまでも、これは現時点で推測の範疇を超えていないが、この予想に関しては九割以上の確率で外していない自信が、るし☆ふぁーにはあった。
「……ただ、幾ら俺が間違いないと確信して状況証拠と共に訴えたとしても、今の時点じゃまだアイツの側に信用度で負けていて、向こうに軍配が上がるって点だよな……」
少しずつ、メールペット関連で仲良くなって、きちんと話せばこちらの言葉を信じてくれそうな面々も出て来ているが、それでもギルドメンバーに対して表面上の外面がよくて、更に何かする際はるし☆ふぁーの事を隠れ蓑にして気付かせないアイツの方が、信用度は向こうの方が高いのだ。
だから、アイツ本人に対して何か行動を取る事はまだ出来ない。
「……まぁ、いっか。
疑似黒棺を止める手段は、アイツにはない訳だし。
そもそも、会議の際に俺がその話をして聞かせる頃には展開されているか、それとも展開する一歩手前になっている状況だから、慌てて戻って回避しようとしても無理だしね。
ちゃんと、やるべき事をやればアルベドの様に回避できた訳だし、アイツのメールペットが仲間としてやるべき事を放棄して、アルベドの事を嘲笑ってた方が悪いって事で。」
後もう一つ、一度サーバーで展開された疑似黒棺は、その後そのサーバーの外周壁に見えない様に休眠状態で張り付き、ハッカーの接触やサーバー内外での違法行為等に反応して再展開される状態になる設定で組んであるのだが、それに関しては伝える必要はないだろう。
あくまでも、正規手段でネットを使用し違法行為をしなければ反応しない上、ハッカーからの接触等の場合は内部には外壁で展開している状況が伝わらないのだから、特に問題はない筈だ。
「だって、ウルベルトさんの所のハッカー襲撃の際にサーバーの側にいて、その様子を見ていながら報告しなかったメールペットは誰も居ないんだからさ!」
そんな事を考えながら、るし☆ふぁーはギルド会議に出るべく仲間への報告資料を手にしたのだった。
前書きでも書きましたが、pixiv版と比べてそれなりに加筆していたので遅くなりました。
お待たせしていたら、すいません。
内容的に、るし☆ふぁーさんに対する捏造部分がてんこ盛りです。
このシリーズのるし☆ふぁーさんは、この設定なんだと認識していただけたら、今まで色々ともあったるし☆ふぁーさんの相違部分と上手くかみ合うんじゃないかと。