メールペットな僕たち   作:水城大地

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大変長らくお待たせいたしました。
予定よりも、かなり遅れての結末になります。
本当にすいません……年始の際に引いた風邪でダウンしていて、漸く復帰です。
お陰で、書き掛けの年始ネタが中途半端な状態で放置してあります。

それはさておき。
今回の話で、アルベド騒動の幕引きになります。

後日談等は、またぼちぼち書きますので暫くお待ちください。


騒動の幕引き ~ 襲撃後の話と、馬鹿な男たちの結末 ~

【 詳細を聞いた後のデミウルゴス視点 】

 

部屋へ戻った後、アルベドからウルベルト様へ深く腰を折る最敬礼による謝罪(本当は土下座しようとしていたが、みぃ様が見ているので流石に止めた)が終わった後、デミウルゴスは彼女がどうしてウィルスと対峙する事になったのか、詳しい事情を聴く事が出来た。

 

「出来るだけ正確に」と言う点に注意したアルベドの説明を受けたデミウルゴスは、それこそ思い切り眉間に皺を寄せる。

簡単に状況を纏めると、彼女が割と早い段階でウィルスの襲撃を察知したにも拘らず、みぃ様の我儘によってウルベルト様を危険に晒した事が、アルベドの状況説明によって判明したからだ。

もし、アルベドが仮想サーバーに居る状態ではなく正常な状態だったのなら、ウルベルト様に直接危険を訴える事も出来ただろう。

しかし、基本的に誰にも干渉出来ない仮想サーバーに居たあの時の彼女と話が出来たのは、ただ一人幼いみぃ様だけだった。

 

だからこそ、このままではウルベルト様に話が通じない事を察したアルベドが、【最終的に自分の身を引き換えにしてでも、ウルベルト様やみぃ様を守る】と言う選択してくれて本当に助かったと、デミウルゴスは彼女のその判断に感謝するしか出来ない。

 

さて……問題のみぃ様だが……アルベドのボロボロの姿を見た途端、ここに危険が迫っていたから彼女が【リアルに戻れ】と言っていたと理解したらしく、現在はアルベドに「ごめんなさい」と泣いて謝りながら引っ付いている状態だった。

まだ幼く素直だから、こんな風に自分の非をすぐに謝れるのは、みぃ様ならではだと羨ましく思う。

 

正直、デミウルゴスたちメールペットは、彼女の様にここまで素直に自分から謝る事は出来ないと、本気でそう思うのだ。

 

感謝の言葉なら、まだ謝罪よりも素直に口に出来そうな気もするが、それだって相手によっては難しい時すらある自覚もあった。

とにかく、みぃ様は自分の行動によってアルベドを危険に晒したと言う事をちゃんと理解しているらしく、すっかりと反省して萎れてしまっている。

そんな彼女の事を、アルベドが自分の膝の上に抱き上げてギュッと愛し気に背中を軽く叩いて宥めているのだが、その表情は本当に慈愛に満ちていると言っていいだろう。

 

多分、今まで彼女と話す事は出来ても触れられなかった分も、こうして自分の膝の上で抱き締めて宥める事で存分に補充しているんじゃないだろうか?

 

見ている限り、実に平和で穏やかな光景だから、それ程気にする事はないだろう。

デミウルゴス自身、もしこの場で本音を言っても許されるのなら、ウルベルト様に暫くみぃ様の電脳空間への滞在時間を短くする事を提案するなど、それ相応の対応を考えていたのだ。

だが、今回の功労者であるアルベドからの「みぃちゃんともっと一緒に過ごしたい」と言う強い希望もあるので、デミウルゴスからはそれを提案してはいない。

もちろん、今回の件に関してはこのまま放置という訳ではなく、ウルベルト様からたっち様へ報告した上で判断していただく事になっていて、それに関してはアルベドも反対はしなかった。

多分、彼女としても緊急時だけはみぃ様にウルベルト様の言う事を聞いて貰える状況にしておかないと、色々と拙い事だけは理解しているからこそ、その提案に対して多少の不満を覚えたとしても反対が出来ないのだろう。

 

〘 ……今回の様に、ウルベルト様やみぃ様に危険が迫った時に、アルベドが側に居るとは限らないからね。 〙

 

実際、本来このサーバーの主とも言うべきメールペットであるデミウルゴスなど、サーバーにウィルスの襲撃があった二度とも不在だったのだから、今回の事がどれだけ偶然が重なった結果なのか、ちゃんとアルベドも理解してくれていてとても助かると言っていいだろう。

ここで彼女に駄々を捏ねられても、みぃ様の親として最終的にたっち様が責任を持つ訳だから、その意見が通らないのは当然の話なのだから。

 

それよりも、だ。

一先ず、アルベドが仮想サーバーからこちら側に帰還したのだから、今まで行われていたレポートの提出はこれで終わりと言う事になると考えていいだろう。

 

元々、最初の取り決めの時点でそういう条件だったのだから、彼女が戻ってくれば終了と言うのは当然の話だ。

状況から考えて、それは今日の提出期限のレポートの討論会までは行うと考えても良いのか、それともレポートも回収だけで討論会は行わない事になるのか、少しだけ気にならないと言えば嘘になるだろう。

あんな風に、パンドラズ・アクターやシャルティアと意見を交わすと言う事自体が、デミウルゴスにしてみたらとても楽しかったのだ。

もちろん、あの状況を「楽しんでいた」とデミウルゴスが言ってしまうと、ウルベルト様たちから「罰になっていない」と嘆かれるかもしれない事は理解している。

だが……その事をきちんと理解していても、実際に楽しかったのだから仕方がない。

 

普段、滅多に無い位に真剣に物事を考えて言葉にするシャルティアや、あの大袈裟な言動を封印してきっちりと物事を見据えながら柔らかい物言いで話すパンドラズ・アクターの姿など、こんな時でもなければ見られないだろうから。

 

その辺りも含めて、ウルベルト様から他の方々へと連絡が行われるのだろう。

ざっくりとした連絡は、これからウルベルト様が書かれるだろうメールで行うとして、だ。

今日は丁度、ギルド会議が行われる予定でもあるし、今回の騒動に関する詳しい報告はそちらでされるだろう。

 

だが、まずはタブラ様宛の状況報告のメールを、当事者であるアルベドに運んで貰う必要があった。

 

タブラ様は、お仕事の都合で昼を回る頃から夕方まで、一切の連絡が付かない事は判っているから、彼女には急いでタブラ様の元へと戻って貰わないと駄目だろう。

状況的に考えて、アルベドの主であるタブラ様が何も事情を知らないと言うのは、流石に申し訳が立たない気がするのだ。

それこそ、【至急閲覧】の文字を明記したメールと共に今から最短ルートを辿れば、タブラ様にも速攻で見て貰える可能性があるのだから、彼女の事を急いでタブラ様の元へ送り出したいと思うのは、デミウルゴス自身の願いでもあった。

 

アルベドとて、早くタブラ様に自分が戻って来た事を知って欲しいだろうと、デミウルゴス自身が本気で思ったから。

 

実際、ウルベルト様は先程からいつもよりも急いで今回の事を纏めたメールを作成していらっしゃるのだから、完成したら彼女を速攻で送り出す事で、タブラ様との再会を出来るだけ早めに出来る様にするつもりなのが良く判った。

それなら、〖何も持たせずに先に帰せば良いのではないか?〗と言う意見もありそうな気もするが、これにもちゃんとした理由がある。

彼女がウィルスに直接対峙した事も含め、ある程度の内容まで今回の事件の詳細を纏めた上で、きちんとタブラ様に対して連絡しておかないと、後でアルベドに何か異常があった時に対処出来ない可能性がある為、こうして状況説明のメールをウルベルト様に作成して貰っているのだ。

 

「……まぁ、こんな所だろうな。

済まないが、このメールを持ってタブラさんの所へ向かってくれないか、アルベド。

本当は、こうしてお前に預けるんじゃなく、デミウルゴスにメールを持って行かせた方が良いんだろうが……流石にウィルスによるセキュリティシステムへの被害が大きくて、まだ外に使いに出す訳にはいかないからな。

それに……今から向かえば、まだタブラさんのメールチェックに間に合うだろう?

あの状況だった事もあって、メインサーバーに戻って最初の再会こそ、タブラさんじゃなくて俺とデミウルゴスになったけど、その次にアルベドに会う権利があるのはあの人だと思うからさ。」

 

そんな事を言いながら、完成したメールをいつもの様に配達用に封筒に封入した状態でアルベドへと差し出すウルベルト様。

彼女は、いそいそとそれまで抱き締めていたみぃ様を膝から下ろして、素早く近付くとそれを受け取った。

多分、今まで彼女がみぃ様の事を抱き締めて離さなかったのは、ウルベルト様のメールを待つ間が待ち遠しかったと言う理由もあるのだろう。

急に膝から下ろされたみぃ様も、アルベドが自分の仕事をする為に自分の家に戻る事を理解しているからか、それに対して文句を言ったりしない。

むしろ、今まであれだけ泣いて涙でぐちゃぐちゃになった顔を、身嗜みとして持っていたハンカチで拭うと、アルベドに向けて出来るだけ真っ直ぐな笑顔を向けながらこう言った。

 

「これからおしごとがんばってね、アルベドおねぇちゃん。

あと、メールをもってまたあそびにきてね!」

 

そんな彼女の言葉に、アルベドは思わず感極まった様な顔をすると、スッと膝を付いてもう一度だけキュッと抱き締め、すぐに立ち上がった。

そして、ウルベルト様とこちらに向けて丁寧に頭を下げる。

 

「それでは、これにて失礼させていただきます、ウルベルト様。

デミウルゴス、また改めて帰還の挨拶と謝罪に来させて貰うわ。

またメールを持ってくるから、その時は一緒に遊びましょうね、みぃちゃん。」

 

その言葉と共に、再度軽く頭を下げるとアルベドは部屋から退出して行った。

多分、そのまま一気にサーバーから外へ飛んで、最短ルートで自分のサーバーへと移動するつもりなのだろう。

最愛の主に会いたいと思う気持ちは、デミウルゴスにも良く判っているので彼女の行動に特に何かをいう事もなく素直に見送った後、これからの予定を素早く立てていく。

少なくても、ウルベルト様へ二度もウィルスを送り付けてきたハッカーを早めに特定して、それに対しての対策を考える必要があるだろう。

最終的に、裏で糸を引いている相手が判っていても、その手足となっているハッカーを何とかしないと、また同じ事の繰り返しになってしまうからだ。

 

「……どちらにせよ、このまま放置するつもりはありませんが、ね……」

 

そう、呟きながらセキュリティシステムの状況を確認しているデミウルゴスの顔は、口元は笑っていても目は怒りに煮え滾っていたのだった。

 

*******

 

【 愚かな男の末路 】

 

その男は、現在の状況に対して非常に苛立っていた。

 

最初に依頼を受け、ウィルスを送り付ける事でハッキングを仕掛けた相手は、それこそ【両親が在学中に死亡してる小卒の工場作業員】と言う、どこにでも掃いて捨てるほどいる貧困層出身者だった筈なのに、実際に仕掛けて見ればセキュリティシステムはかなり強固で中々成功しなかったのである。

それだけで、男にとってハッキングを仕掛けるこの相手は、非常に癇に障る存在だった。

 

自分のハッキングをブロックする様な、そんな生意気なセキュリティを所持している事自体が、小卒の分際で分不相応なのだ。

 

それでも、依頼を無事に成功させてウィルスに持ち帰らせたデータによって、そいつが当初の予定通り工場を首になり路頭に迷う状況を作り出した時点で、その相手に対して抱いていた苛立ちは収まっていたのだが……

再度、同じ依頼主から同じ相手のハッキングの依頼を受けた事で、実はそいつが路頭に迷うどころか富裕層でも上層の令嬢の家庭教師になっていたのを知った事で、更に苛立ちは増していた。

 

〘 なんで、ギリギリ金をかき集めて何とか小学校を卒業した様な、それこそ大した知識もないだろうそんな男が、例えまだ小学校に通う前の幼い子供とは言え、富裕層の家庭教師に納まる事が出来た?

自分など、高校中退と言うこの時代ではかなり高学歴を修めていると言うのに、同じ職場の人間にその高学歴を嫉妬されて爪弾きにされ、面倒な仕事先を押し付けられてそこでの対応が上手くいかず、最終的にこんな裏の汚れ仕事に手を染めていると言うのに……

それなのに、どうしてこんな貧困層出身のこいつだけが上手くいく? 〙

 

そう思うだけで酷く苛立ち、自分が現在上手く扱える最大規模のウィルスを連れて自分で直接相手のサーバーを襲撃したと言うのに、だ。

実際には、再度その相手のサーバーに侵入してデータを奪う処か、更に強固になっていた相手の防御システムに弾かれ、おめおめと逃げ帰る事になってしまったのである。

この状況は、高学歴だと言う事で自尊心を維持している男にとって、非常に腹立たしく許し難いものだった。

どうして、あんな低学歴の男があんな強固なセキュリティを保持しているのだろうか。

少なくても、あの学歴で自分の様に豊富な知識を持っているとは、家庭教師になる前の工場勤務の状況から考えても、とても思えないのに、だ。

 

「そもそも……どうやって、あれだけ著名な富裕層の人間と知り合って、上手く相手に取り入る様に媚を売ったんだか……

絶対、俺の方があんな小卒なんて学のない奴よりも知識も教養も上だし、富裕層のお嬢様相手の家庭教師に相応しいのに。

やっぱりムカつく奴だよな、このターゲット。

っと、また催促のメールかよ……そんなに切羽詰まってるなら、下手に首を切ったりせず真綿で首を締める様にもっと使えるプランを搾り取るまで、上手く丸め込んで飼い殺しにすれば、こんな手間を掛けずに済んだだろうに……」

 

イライラしつつ、それでも相手は依頼人なので現在の状況を簡単に纏めたメールを作成していく。

こんな風に、依頼主からの情報だけ知らない癖にウルベルトの事を貶めつつ、自分はもっと上に行ける実力があると一人自室で喚く男だが、実はそうでもない。

そもそも、この男は自分で言うほど優秀な訳ではないのだ。

偶々、生れた家が中流層出身で両親がそれなりの収入があった事で、その収入の中で何とか入学金を払えたから高校に入学が出来ただけなのである。

男が高校二年生の秋、彼の両親がそれぞれ勤めていた会社で大きな仕事の失敗をした事から会社を首になった途端、「学費が払えない」と言う理由で高校を中退する事になる程度の学力しかなかったのだから、実際にはどの程度のレベルだったのか良く判るだろう。

 

本当に優秀なら、企業の方がその実力を買って【青田買い】宜しく自社の奨学金制度を使わせていただろうから、そうならなかった時点で自分が思っているほど優秀ではないのだと言う事を、この男は理解していない。

 

そして、どんなに他の一般社員に比べて高学歴だとしても、学歴の分だけ多少の知識があるだけで、その事への人一倍の拘りからプライドが高く、〘 自分は特別だ 〙と思って居る様なこの男が、それなりの会社に就職したとしても上手くいく筈がないのである。

実際、彼は高学歴を生かしてそれなりに有名な企業のシステムエンジニアとしての仕事に就いたのだが……その部署に数年間勤めていた小卒の筈の同僚には、仕事であるプログラムを組む能力で大きく溝を開けられていて、全く歯が立たなかった。

高すぎるプライドから、どうしても現実を受け入れられなかったこの男は、実力に見合わない高レベルのプログラムを必要とする会社の受け持ちを、学歴を盾に強引に小卒の同僚から奪い取り、上司に事後承諾の形で認めさせたのである。

そんな強引な行動をする男に、上司もある意味さじを投げていた。

 

「そこまでしたのなら、最後まで自分で責任を持って仕事をして貰う。

他の社員の力は、一切借りずに自分一人でやり遂げれたのなら、そのままその会社の受け持ちにしてやる。」

 

と言う言葉と共に。

この時点で、男はこの仕事を無事に成功させる以外に今の会社に残れる道は残っていなかったのだが、そんな事も気付かずに取引先のシステム点検に出向き。

男が作業する横で、色々とミスを重ねるそこの新人社員に対して、しつこい位に馬鹿にする様な嫌味を言った挙句、そのフォローもせずに放置していたのである。

実は、男が嫌味を言った新入社員が取引先の社長の息子で、このミスもわざと新担当者となった男の人となりを試す為の行動だったのだが、この会社のシステム点検をする事がギリギリ可能な能力しかない男は作業を終える方に意識が集中していてそれに一切気付く事はなかった。

 

むしろ、自分が取った社会人としての非常識さを考える事なく、逆に新人社員相手に嫌味を言う事で日常の苛立ちを発散出来たと、自分が引き起こしただろうトラブルも気付かず、すっきりとした笑顔で帰社していたのである。

 

それが原因で、取引先との間で「あの担当がこれからもこちらにシステム点検に来るなら、取引を終了して欲しい」と言う、取引停止の危機と言う大きなトラブルに発展したのだが……当人は自分の言動でそんな事態になった事も理解していなかった。

更に、会社側が事情を伏せた状態での聞き取りをした時点で、自分の行動の問題点に欠片も気付かず反省していない事が判明し、そのまま責任を取らされて首になったのである。

つまり、だ。

先程、身勝手な考えをしていた際に出て来た、〘面倒な仕事先を押し付けられて〙と言う部分は、そのままだと自尊心が維持出来ない事から、脳が記憶を書き換えた結果出来た、男にとって都合が良いものでしかない。

 

この件は、システムエンジニアとしての募集をしている会社全部に回状で回されていた為、男は自分が望んだ「自分の優秀さを認めてくれる」次の就職先は見つからず、結果的に汚れ仕事的なハッカーに落ち着いたのも、これまた当然の流れだった。

 

そもそも、この男のハッカーとしての実力は、それほど高くない。

何とか、今の状況でハッカーとして裏社会でやっていけているのは、最初に勤めた会社での研修で得た知識が元になっただろう、システムエンジニアとしての技量があるからだ。

それこそ、基礎が出来ているからそれなりの実力はあるが、だからと言って飛び抜けて【優秀】だと言えるほどの実力がある訳ではない。

更に言うなら、【高学歴である】と言う自分のプライドの高さと、己の実力を本来のものよりも高いと考えていた事から、ハッキングの対象として狙う相手が小卒だと知るとかなり舐めて掛かる傾向があった。

だからこそ、この男は気付かなかったのだ。

 

あの襲撃の際に、とんでもない代物が付着していた事に。

 

当然だが、例えこの男が本当に優秀だったとしても、気付いていなければ対策は取れない。

まして、この男の実力は【張子の虎】程度しかないのだ。

ウルベルトのサーバーに襲撃に失敗した後、苛立ちながら次の襲撃計画を立てつつ依頼主からの催促への返事を書くなどして既に一時間以上経過している。

その状況で、普段使用している自分のセキュリティ以外、何の対策もしていないと言うのは実に致命的だった。

しかも、その状態のまま依頼人からのメールを受けて返信をするなどと言う、セキュリティ対策への認識が欠けた対応をしている辺り、自分の実力を過信している事がこれ以上無い程良く判るだろう。

 

結果として、それは最悪の状況を生み出すのだが。

 

男に、あの襲撃の際に直接取り付き彼のサーバーまで付いて来ていたソレは、いつの間にかそこに馴染む様に散り散りに点在していたのだが……潜伏期間として、あらかじめ設定された一時間を過ぎた事で、一気に増殖を始めた。

基本的に、ウィルスチェック用のソフトと言う事もあり、この男のセキュリティにも引っ掛かる事なく、すっかり電脳空間に馴染む様に点在し、一気に増殖したソレの正体……それは、恐怖公の眷属の外見をしたアレである。

何故、そんなモノがこの男の元で発動したのかと言えば、実に簡単な話だった。

一月前、この男が作り出したウィルスに襲撃を受けた後、メールを持参した恐怖公による善意のウィルスチェックが行われた際に、色々とギミックを説明した上でデミウルゴスの許可を得て、彼のサーバーの中にはこの眷属を模したウィルスチェッカーが潜伏していたのである。

 

発動条件は、ウィルスやハッカーによる障壁が壊されるなど、非正規の手段でサーバーを出入りするものが出た場合のみ。

 

それ以外の時は、常に休眠しているこのウィルスチェッカーはとても優秀だった。

サーバーに異常を感知した途端、ナノマシンサイズに変化したカプセル状の物体になると、襲撃者の一部に気付かれない様に取り付くのである。

サーバーの障壁を壊した際の粉塵と誤認させ、取り付いたそれはそのまま相手のサーバーまでついて行った後、ものの数分でそのサーバーの位置を特定して電脳空間の管理局へと通報しつつ、状況の変化を待ち……一時間後、タイマー制御によって抑えられていた機能が発動し、一気に増殖を開始する仕組みになっていた。

 

それこそ、ナザリックにある【黒棺】と同じ状況になる様に。

 

ただし、この恐怖公の眷属を模したソレが行っているのは、あくまでも相手のサーバーのウィルスチェックと、電脳空間の管理局及び製作者のるし☆ふぁーへの通報だけである。

元々、これはナザリックの身内に対するネタ的な要素満載で、悪戯半分にるし☆ふぁー作成した、この恐怖公の眷属もどきのウィルスチェッカーだ。

これを作ったるし☆ふぁーは、大学は出ていてもあくまでも専門家ではないので、ここまでが限度だったらしいのだが……その視覚的効果は半端ないものだった。

 

「ひぃぃっっ%&*☆#あぎぃあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

なまじ、男は【リアル】に戻らず電脳空間内で作業していた事が、仇になった。

一瞬の内に、視界を埋め尽くすほどの恐怖公の眷属が自分のサーバー内に出現したら、流石に大の男でも普通に悲鳴を上げるだろう。

まして、カサカサと音を立てながら腕や足を這い上り、四方から飛来したそいつが顔に張り付いてきたのだから、そのおぞましさは半端なくて。

余りのおぞましさに、その愚かな男は自力で電脳空間から離脱する前に、気を失ってそのまま強制的に電脳空間から追い出されたのである。

 

それから数分後、通報を受けたサイバー犯罪取り締まり担当の警察が駆け付けたのだが、泡を吹いて気絶している男を前に、首を傾げながら状況確認の為にサーバーをチェックし、同じ様に悲鳴を上げる羽目になったのだった。

 

*******

 

【 実は、裏で暗躍していたるし☆ふぁー 】

 

電脳空間の管理局とほぼ同時に、眷属からの通報を受け取ったるし☆ふぁーは、口の端を上げてニヤリと笑う。

ウルベルトさんの事を嵌めた相手の事を、あの騒動が起きた後にあらゆる角度で調べ上げていた彼は、自分の実力に見合わない虚栄心から再度仕掛けてくる可能性を察知し、恐怖公の眷属の仕込みの事も含めてたっちさんやヘロヘロさんなど、自分の言葉をちゃんと聞いてくれそうな相手に相談していたのだ。

たっちさんなどは、ウルベルトさんのサーバーには娘も降りる事から、この話を聞いて余り良い顔をしなかったのだが、この手の犯罪は現行犯の方が確実に罪を問える事から、〖ウルベルトさんや娘の安全を確保した上でなら〗と、渋々了承してくれたのだが。

 

そう……実は、ウルベルトさんのサーバーには本人やデミウルゴスが詳しく知らない安全対策が、るし☆ふぁー提案の下でヘロヘロさんの手で作成されており、それをたっちさんがウルベルトさんのサーバーの上位権限者として設置すると言う形で取られていたのだ。

 

ヘロヘロさんの手によって、ウルベルトさん達が電脳空間に降りている際に発動する様に生み出された安全対策は、簡単に言えばウルベルトさん達に過負荷なく緊急脱出が出来る様に、ウィルスが彼らのいる一定距離まで侵入した際に発動する、特殊防壁である。

それと同時に、電脳空間の管理局への通報とウルベルトさんのサーバーの中にある重要データへの強力な保護が掛かり、それこそハッカーでも上位ランクの人間でもないと、破壊も出来なければ情報を抜き取る事も出来なくなる様にしてあった。

これを設置する際、ウルベルトさんに詳しい内容は話していないものの、たっちさんが〖娘の為の安全対策だから〗と、彼のサーバーに降りる条件として突き付けたらしい。

製作者がヘロヘロさんである事とか、あくまでも〖いざと言う時の備え〗と言う事を前面に押し出したたっちさんの言葉に、ウルベルトさんは受け入れてくれたそうだ。

彼の側としても、たっちさんの娘に色々な事を教える上で、電脳空間に降りてデミウルゴスの協力を受けるのは不可欠だと思っている為、安全対策が多い方が良い事を理解していたからだろう。

 

もちろん、ウルベルトさんがその内容を知らないのは問題かもしれないが、下手にその内容を知っていてそれを計算に入れて無茶をされても困る為、彼にはざっくりとした事以外は内緒にしてあったのである。

 

彼自身、自分を嵌めただろう相手の動向をそれとなく探っている様子だったので、再度襲撃がある可能性を視野に入れている様子が何となく伺えたからだ。

つい最近まで、ウルベルトさん自身が直接関わってきた相手の事だから、ある程度まで相手の行動が想像出来たとしてもおかしくないだろう。

まぁ、元々その相手は【中学卒業】と言う学歴だけで大して頭も良くなく、他人の才能をこんな風に不当な方法で奪い取る事で、自分の地位を上げてきた事が解っているから、当然の話なのだが。

そんな、自分の立場も実力もまともに把握していない男だから、不注意にも自宅ではなく会社からハッカー相手に連絡を取ると言う、不用意極まりない行動をしてしまう訳で。

 

結果として、一時間後には工場中が阿鼻叫喚の大惨事を引き起こしていた。

 

想像してみて欲しい。

いきなり、仕事をしていたら工場の生産ラインや作業制御用コンピューターの中に、それこそ犇めき合う様に恐怖公の眷属が大量発生したのを見て、どれだけの人間が冷静でいられるだろうか?

普通に考えて、まず冷静さを保ちまともに対応する事が出来る人間は、ほぼ居ないと言って良いだろう。

そんな状況下で、作業員が触れる事すら嫌がる程制御システムに恐怖公の眷属が発生した工場のラインが、まともに動かせる筈がない。

当然だが、工場に勤める人間が全てパニック状態に陥った事で完全にラインが止まれば、その日の納期予定分が達成するのも難しくなる訳で。

 

この状況で、更に警察が工場長と件の中流層の男への逮捕令状を持って現れたら、更に混乱は広がるのは当然の話だった。

 

******

 

「……そもそもさぁ、あんな形で仲間を罠に嵌めた挙句に貶められて、そのまま素直に黙っていられる訳ないじゃん……なぁ、恐怖公?」

 

クスクスと笑いながら、それまでの状況を恐怖公の眷族経由で確認していたるし☆ふぁーは、それまで開いていた観察用のモニターを閉じる。

最後の仕上げとして、たっちさんが逮捕令状を片手に工場へ突入した時点で、あの男たちは既に身の破滅が確定している事もあり、今回の襲撃も含めて漸く溜飲が下がったと言っていいだろう。

出来れば、デミウルゴスたちにも協力させてやりたい所ではあったが、流石に彼ら自身に自衛以外の能力を揮わせる訳にはいかなかった。

 

もし、デミウルゴスたちがあの男達に対して何かをしてしまった場合、その管理責任を所有者であるウルベルトさんたちが問われる可能性が高いからだ。

 

るし☆ふぁー自身だって、実際にやったのは自衛用のセキュリティシステムの応用でしかない。

あくまでも、防衛用に展開しているセキュリティシステムに対してウィルスやハッカーが触れければ、普段は何の反応もしなければ増殖したり勝手に添付される事もない潜伏型であり、実際に発動しても現在位置の発信とサーバー内のウィルスチェックをするだけと言う危害を加える内容ではない為、ギリギリ自衛手段として合法である。

 

但し、そのウィルスチェック用のソフトの発動状態が恐怖公の眷属の大量発生と言う、見た目的に精神的なダメージを与えるだけで。

 

この発動状態に関して言うなら、別バージョンとして蝗やカナヘビなどでもそろそろ展開可能な状態に持って行けそうな状況だったりするのだが、どちらにせよ大量発生したら似た様な精神ダメージを負うのは確定だと言っていいだろう。

この件に関しては、いずれ話に乗ってくれそうなギルメンやデミウルゴスたちに話を持って行くとして、だ。

 

「……さて、今日のギルド会議も色々と荒れそうだねぇ……」

 

そんな事を言いながら、るし☆ふぁーは今日のスケジュールを確認し始めたのだった。

 

******

 

【 ギルド会議で、語られた結末とは 】

 

その夜、ウルベルトさん自身からのウィルスによる再度の襲撃とアルベドのメインサーバーへの復帰、そして彼女の奮闘ぶりが、目撃者視点で報告された。

それに続いて、タブラさんからのアルベドから改めて〖関係者全員への謝罪巡りをしたい〗との旨の申し出があった事と、それに対する承認を求められるなどと言う議題も出て、色々と話が紛糾する事になったと言っていいだろう。

アルベドの件に関しては、既に全員が自分たちの言動にも駄目な部分があった事を理解していた事もあり、戻って来た彼女がちゃんとした謝罪をすると言っている時点で、それで決着と言う流れになりそうな雰囲気だった。

 

その中で、ウルベルトさんを未だにしつこく付け狙った男が逮捕された事を、議題にあげたたっちさんの顔が微妙に引き吊っていたのは、ある意味当然だった。

何せ、彼はるし☆ふぁーから聞いていた解除コードを入れる際に、モニター越しに【黒棺】の再現とも言うべき状態になった、工場のホストサーバーを見ているのだ。

一応、事前にそういう状態になる事は話してあったものの、やはり実際にそれを見るのと話をただ聞いただけでは、精神ダメージの受け具合が微妙に違うらしい。

 

「……まぁ、そんな訳でウルベルトさんのサーバーに直接ちょっかいを出して来たハッカーは、サイバー犯罪課の人間が身柄の確保に向かった時点で、その余りのおぞましさにSAN値直葬で気絶していたそうです。

まぁ……端末を調べた結果、【気絶によるログアウト】と言う記録も残っていたそうですし、直接アレに接触したのだとしたら当然の反応でしょうが。

意識が戻った後も、自分のサーバーの惨状が変わらない事を知って発狂寸前でしたから、二度とハッカーとして犯罪を犯す事は出来ないでしょう。

まぁ、その前に電脳法違反での逮捕が確定していますけどね。

そして、そのハッカーに依頼していたウルベルトさんの元同僚ですが……話に聞くよりも更に馬鹿でした。

幾ら、自分の親戚が経営している工場だからとは言え、何の対策もなく工場の通信回線を使ってハッカーに連絡を取るなんて真似をしていましたからね

結果的に、工場内の制御用コンピューター全体に恐怖公の眷属を模したセキュリティチェック用のソフトが転送され、私たちが令状を手に彼と工場長の身柄確保に赴いた時点で、大繁殖でラインが完全に停止すると言う事態になってましたよ。

まぁ……巻き添えを食らった工場勤めの方々は精神的にダメージが大きかったでしょうが、あの馬鹿な同僚がいたと言う事で諦めて貰うしかありませんね。」

 

出来るだけ、サクサクと状況を説明するだけに済ませているのは、多分たっちさんでも自分が工場で実際に見た状況を思い出すのは厳しい位に、恐怖公の眷属が増えていたからだろう。

るし☆ふぁーですら、予想していたよりも増えていた眷属を示す数を前に「俺、し~らない!」と投げ出す程だったのだから、当然の話なのだが。

そんな事を考えているるし☆ふぁーを他所に、たっちさんの話は続いていた。

 

「……因みに、彼がハッカーに依頼した動機は二つです。

一つ目は、〖工場に下請け仕事を出している大企業側から、前回と同じレベルの提案書の提出を求められたが、それに見合うだけの提案を出来る人間がいなかったから〗と言う、自業自得な状況に切羽詰まったからだそうです。

元々、自分の頭で考えた提案書ではなく、ウルベルトさんのデータを盗んだものでしたし、作成した提案書に使用していた資料が、本来一般的に出回っている代物でなかった事も、大企業側から再度提案書を求められた理由だそうです。

あれは、ウルベルトさんのサーバーから奪い取った、朱雀さん経由で得た資料ですから、一般向けじゃなくても当然なのですけどね。

とにかく、あの上場に仕事を回していた大企業側としても、犯罪に関わっている可能性がある人間が居る工場に、これ以上下請け仕事を回す危険は避けたかったんでしょうね。

実際、こうして工場長と元同僚は逮捕されている訳ですし。」

 

そんな風に、さらりと一つ目の理由を口にしたたっちさんだが、るし☆ふぁーはそれが表向きの話だと言う事を知っていた。

あの工場へ下請け仕事を出していた大企業は、たっちさんの奥さんの実家の大企業と取引がある所だった事から、それと無く孫娘の家庭教師に関してその優秀さを説明する際に、「こんな事があったのだ」と工場を首になった経緯や、彼が努力家でありネットゲームの中で知り合った教授から資料を借り受けられる程の信頼の厚さを伝えていたのである。

そんな話を聞かされれば、彼らも裏を取らない筈がなく。

結果的に、あの工場へ下請けに出している大企業にまで話が回り、再度提案書を出させる流れとなった事から、この状況に発展したのである。

いわば、間接的に相手を追い詰める役目をしたのが、たっちさんだった。

そんな事をおくびにも出さず、たっちさんは話を進めていく。

 

「二つ目の理由は、とても呆れるものでした。

〖貧困層の中でも特に下層出身で、自分よりも遥かに低レベルの人間の筈の奴が、富裕層のお嬢様の家庭教師になっているのは、何かがある筈だ。

多分、そいつが富裕層の人間の弱みを握っているのだろうと思ったから、そいつのサーバーにハッキングさせてデータを盗み出し、それを自分も手に入れて富裕層の中に食い込むつもりだった〗と言う、実に低俗極まりない理由でしたからね。

あの男は、自分が成り上がるのに卑劣な手段を常に使う為か、ウルベルトさんへ私が好意から手を差し伸べたとは欠片も思いもしないんですからね。

正直、調書を取る為に必要な会話をするだけでも、非常に不快な相手でした。」

 

本気に、嫌そうな口調で今回の件に関しての裏事情をたっちさんがそう言うと、ヘロヘロさんが不思議そうに首を傾げる。

どうやら、彼には幾つか疑問点があるらしい。

その様子に、このセキュリティを構築した立場として、何となくその疑問に気付いたるし☆ふぁーが嗤いながら手を振った。

 

「あー……多分、ヘロヘロさんの質問は〖他人のサーバーを経由して犯罪を犯している場合だって多いのに、どうしてハッカー本人に辿り着いたのか?〗だよね?

それなら、理由は簡単だよ。

あのソフトは、ウィルスやハッカーそのものに取り付いているから、どれだけ他人のサーバーを経由していても、最終的に移動を止めた大元まで自動的に引っ付いていくタイプなんだ。

そもそも、この件の首謀者が雇っていたハッカーは、それ程能力も高くなかったみたいだからね。

他人に罪を擦り付ける意味で、割とあちこち人様のサーバーを経由していたみたいだけど、中途半端な知識があるせいなのか、自意識が高すぎて自分のサーバーのセキュリティは穴だらけだと思ってなかったみたい。

まぁ……あの外見はともかく、元々恐怖公の眷属はあくまでもウィルスチェッカーソフトだからさ。

視覚的なダメージさえ除けば、害を与えない所かウィルスチェックしてサーバーの状況を診断するプログラムだったから、どこのサーバーに行ってもセキュリティが反応しなかったのかもね。」

 

さらりと、高性能な眷属の能力を披露するるし☆ふぁーに対して、周囲がドン引いたのは当然の話だった。

つまり、るし☆ふぁーの説明通りだとすれば、一度恐怖公の眷属に取り付かれたら、絶対に逃げられない事になるのだから、ある意味では当然の反応だろう。

正直、絶対に関わり合いになりたくない類のセキュリティに、自分から突っ込んできて悪さをしたからこうなったと言いたい事も理解しているから、逆に突っ込みを入れる気力すら湧かないのかも知れない。

 

「……まぁ、良いじゃないですか。

取り合えず、これでウルベルトさんの方の【リアル】の問題は片が付いたと言う事ですし、犯人たちが色々な意味でダメージを受けただろう、るし☆ふぁーさんの仕掛けに関しては、あまり深く考えない方が良いと思います。

きちんとした手順で、普通にお互いの間でメールのやり取りをしている我々には、一切関係が無い事ですからね。

それと、アルベドも無事に仮想サーバーから戻って来たと言う事ですから、ウルベルトさん宛に今日提出した分まででレポートは終了と言う事で良いでしょう。

今回の件で、色々と自分たちのメールペットに対する普段の言動を振り返るいい機会になりましたし、今後は教訓の一つとしてお互いに注意する様に気を付けましょう。

他に、議題に上げる事がある人がいなければ、今日の会議は終了にしたいと思いますが、どなたか議題をお持ちの方はいらっしゃいますか?」

 

モモンガさんが、議長としてギルメン全員に確認を取る様に声を掛けるが、特に誰も声を上げる者は居ない。

流石に、先程のウルベルトさん関連の加害者の受けたるし☆ふぁーの仕掛けの内容を聞いたからか、色々と精神的に疲れてしまったのもその理由の一つなのだろ。

一応、特に急ぎの内容ではなかったから、次に回す事にしたのかも知れない。

今回の会議は、ウルベルトさんの電脳空間へ再度ハッカーからの襲撃と言う議題関連で、割と時間が掛かって遅い時間になったのも、特に他の議題が出なかった理由かもしれないが。

 

「皆さんからの他に議題もない様ですし、これにて今日の会議は終了と致します。」

 

誰からの挙手も無かった事から、モモンガは議会の閉幕を告げたのだった。

 




捕まったハッカーの男は、犯罪者として留置所に拘束されていた。
目の前に、罪状を山ほど並べられての逮捕であり、あの見たくもないアレらの仕掛けは、対ハッカー対策として仕込まれていたものだと聞かされた時点で、自分がどれだけ間抜けだったのかと言う事を思い知らされ、失意に打ちのめされていたのである。
そこへ、追い討ちをかける様な事実が発覚する事になった。

男に、面会を希望する人間が居たのである。

男が、犯罪者に身を落としていたと知った時点で、良心からはきっぱりと縁を切られていただけに、一体だれが会いに来たのかと言う興味から面会を受け入れ……対面した相手に、思わず絶句していた。
男の前に現れた人物は、数年前まで男が勤めていた先にいた、あの自分がどうしても歯が立たない程に溝を開けられていた実力の持ち主である、あの同僚だったから。

一体、どうしてこの男が会いに来た!?

状況も、理由も判らず、面食らっている男に向けて、元同僚の男は静かに口を開いた。

「……あの時、会社の面目を丸潰しにして首になったあなたが、ここまで零落れているとは思いませんでしたねぇ……
まぁ、あなたの普段のあの言動を考えれば、まともな就職先を見付けられるとは思いませんでしたけど。
今日、私がわざわざここに出向いたのは、一言貴方に言う為です。
あなた程度の実力で、私の友人に対してふざけた真似をしてくれましたね。
私の能力に、届かない事すら認められないあなたでは、私の友人のセキュリティに歯が立つ訳が無いんですよねぇ……
だって、彼のサーバーの最終防壁は私が作りましたから。
まぁ、その前に私の別の友人のプログラムに弾かれた揚げ句、精神的に死に掛ける目に遭った様ですけど、まぁ当然の報いでしょう。
因みに、あのあなたを精神的に追い詰める仕掛けを作ったのは、専門知識を持たない友人です。
プロを自任するあなたが、素人に毛が生えた程度の私の友人の足元にも及ばない実力しかないとは……それでよく自分の学歴を自慢できたものですねぇ……
これで、理解出来たでしょう?
あなた程度の能力なんて、それこそ掃いて捨てるほどこの世界に入るんですよ。
まぁ……富裕層の令嬢のいるサーバーを襲撃したあなたが、ここから出られるとはとても思いませんが……それをあなたの大した事ない頭に刻んで生きると、他人に迷惑を掛けないで済むんじゃないですかねぇ……」

クスクスと忍び笑いを漏らすと、元同僚の男はそのまま男に背を向けた。
どうやら、これをいう為だけに男に会いに来たらしい。
一言も反論できないまま、元同僚の背中を見送った男は、その場で固まって動く事が出来ないのだった。

***********

という訳で、後書きに乗せたちょっとした小話になります。
実は、ハッカーの男は元はヘロヘロさんの同僚だったと言う小ネタがあったので、ここで出しておきますね。

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