「貴方が幾世あやめさんですね。コナン君や蘭さんから話は聞いています。僕は安室透。毛利先生の弟子です」
「へぇ、毛利さんは弟子を取られたんですね。流石は毛利小五郎です」
「いや〜あっはっはっ! 私は名探偵ですからな!」
毛利小五郎が高笑いをした。それを見たコナンと蘭が引きつった笑いを浮かべている。その横では安室がイケメンスマイルを貼り付けていた。私も周りと同じように笑ってはいる。だが、内心は違った。
(だから、何でこんなに遭遇するんだ!)
右手に握りしめるスプーンが震える。さっき食べたパスタを口から吐き出しそうになった。今、居る場所はレストラン。一人で優雅にパスタを食べていたら、コナン御一行様がいらっしゃったのだ。コナン、毛利蘭、毛利小五郎、安室透というラインナップで。
(安室は絶対に遭遇したくないランキング上位だから避けていたのに…!!)
前にも言ったと思うが、最近、コナンとの遭遇率が嫌に高い。レギュラー入りできるのではないか、と思うレベルである。オフの日だろうが何だろうが、事件に巻き込まれてしまうのだ。これは由々しき事態だ。確かに私は殺人犯で、死体製造機(不本意)ではある。しかし、自分が関わる殺人事件以外には関わりたくないというのが本音だ。死体なんて出来れば見たくない。気分が悪い。吐き気がする。だからこそ、私はこう決意した。
(安室透、赤井秀一、ジンにだけは会わないでおこう)
彼らは公安、FBI、黒の組織の主要人物だ。それ故に危ない。コナンだけでも手がつけられないのに、彼らにまで目をつけられたら………私は死ぬ。確実に死ぬ。これでも私は人をバンバン殺している復讐者だ。悪いように言えば、ただの人殺しである。それは公安やFBIにとっては容認できない事態だろう。
次に、黒の組織で懸念していることは、『私が殺した人間が組織所属だった場合』だ。原作で、黒の組織は巨大犯罪シンジケートのような扱いをされている。そんな中、私が復讐している人間が、大概が黒い事に手を染めている人々である。私が知らず知らずの間に黒の組織のパトロン、もしくは構成員を殺している時があるかもしれない。今の段階では殺したかどうかなんて分からないのだが…。まあ、それはさて置き。そんな彼らを殺した人間が私だと知られたならば?
――――目も当てられないことになる。
(そう考えていたのに、安室透と遭遇?! ふざけんなよ)
本気で吐きそうになっていた。持ち歩いているポリ袋(嘔吐用)に手が伸びそうになる。だが、必死にそれを抑えた。会った瞬間、吐き出す女とか意味が分からないよな。私ならビックリするし、そもそも人としての尊厳も失うし、絶対に嘔吐なんてできない。
というか、安室の『コナン君や蘭さんから貴方の話を聞いていました』って何のことですか。何を聞いたんですか。もう怖いよう。帰りたいよう。こんな世界で犯罪を犯した私の馬鹿…。でも、仕方がないんだよ…。くそッ悪人は全員死ね!
(幸運なのは『協力者』と別れた後だったことか。会合中にコナン達と遭遇していたら、大変だった)
不幸中の幸いと思っておこう。そうでなければ心が折れる。ちょっと既に心がガタガタだけど、頑張れ私。泣くな私。先程、毛利蘭に『折角会ったんだし、一緒にご飯食べましょう』と言われて、食事を共にしていることなんて気にするな私。彼女はただの好意で言っているだけなんだ。間違っても嫌がらせではないんだ…! ああ、折角、協力者の方からご飯を奢ってもらったのに、気分が下がる。
そう考えながら、必死にコーヒーを啜った。なんとか気を紛らわせようと口を開く。
「今日は皆さん、何かご用事があるのですか?」
「依頼人の方と待ち合わせしているんですよ」
「事務所で会う予定だったんだがなァ。依頼人が急にこのレストランで会いたいと言ってきやがったんだ」
「名探偵はお忙しいんですねー」
どうしよう。『急にレストランで依頼人が会いたいと言い出した』がフラグにしか聞こえない。コナンでは『突然の変更』などは確実にフラグである。長年のコナン読者の勘、そして、今まで遭遇してきた事件の数々の経験がこう訴えていた。
――――確実に事件が起きる、と!
もう嫌だこの世界。どうしてこんなに事件が起きるの。おかしいだろ。帰る。私は帰る。絶対に帰る。ランチを食べ終わったら直ぐに帰宅する。この後、ショッピングを楽しむつもりだったけど、全てキャンセルだ。
(そう考えていた時も私にもありました)
目の前にあるのは死体。トイレに座り、自分で拳銃で自殺したように見える男の死体があった。その彼の隣には女性がいる。女性はガムテープでグルグル巻きにされて、泣いていた。恐らく、彼女は人質なのだろう。
余談だが、ここは毛利小五郎の自宅兼事務所のトイレだ。現在、毛利小五郎、安室透、コナンが険しい顔をして、死体と女性を調べている。
(『また』無関係の事件に巻き込まれるのか…ッ!!)
私は口を手で塞ぐ。昔のトラウマがフラッシュバックした。ガタガタと身体が震える。胃からせり上がってくるものを感じ、慌ててポリ袋を用意した。オエエエという気持ちの悪い音ともに嘔吐してしまう。はーはーと息を吐き出した。
何故、私は毛利探偵事務所にいるのかと思っている方もいらっしゃるだろう。私もできれば来たくなかった。だから、『○○っていうDVD買いに行かなきゃいけないから、そろそろお暇します』と適当に理由を付けて別れようとしたのだ。しかし、毛利蘭にこう言われてしまった。『私、そのDVDを持ってますよ! 貸しましょうか? 依頼人の方が今度は事務所で会いたいと言ってきたので、家までついてきてくださったら貸せますよ』と。やめて欲しかった。だが、断れない。今から用事が〜と言っても、既に『DVDを買いに行ったら帰るだけ』と言ってしまっていた。私は内心顔を引きつらせながら、『是非』と言うしかなかったんだ…。
(蘭ちゃんの好意が辛い! いい子だから余計に断れねぇ!)
ガチで泣きそうになった。悪意のない好意って怖い…。ここで下手に断れば、コナンに目をつけられそうだし。コナンが怖すぎる。自分が今住んでいる家のトイレでの殺人事件だよ? 完全に事故物件になっているじゃねぇか! こんな家によく住み続けることができるな?! 私だったら夜にトイレへ行けなくなるんだけど。くそッこの鋼メンタル探偵共が!(毛利親子も含む)
(しかも、この事件、原作であった事件じゃないか?)
人質にされたように見える女性――――それが今回の犯人だったはずだ。偽名が樫塚圭(かしつかけい)、本名が浦川芹奈(うらかわせりな)だったと思う。確か、浦川芹奈の殺人理由は復讐。数日前、銀行強盗があった。彼女はその銀行強盗犯に恋人を殺害されてしまう。理由は恋人と銀行強盗犯が友人だったから。犯人の顔を知る恋人は殺されてしまったのだ。結果、彼女は恋人を殺した三人の銀行強盗犯への復讐を決意した。トイレで死んでいる男は強盗犯の一人だった筈。彼女は恋人の携帯を使い、強盗犯の場所をあぶり出したのだ。
彼女の名前や経歴を思い出せてよかった…。これも前世の友人のお陰か。彼女が安室透のファンだったので彼の登場回についてよく話していた。その為、犯人の名前や詳細を今世でも思い出せることができたのだろう。感謝しかない。
(復讐、ね)
普通の人ならばこう言うのだろう。『銀行強盗犯の顔や連絡先が分かっているなら、何故警察へ通報しなかったのか』と。直接殺しにいくなど正気の沙汰ではない。道徳的に完全にアウト。更に、自分に危険が及ぶ可能性だってある。それらを踏まえると、周りは今回の犯人、浦川芹奈を『馬鹿な女』というのだろう。だが、そうではないのだ。
頭で分かっていても、感情だけは動かせない。
人を殺すなんて、一般人が簡単にするはずがない。あらゆるデメリットが自分についてくるからだ。しかも、浦川芹奈は『普通の女性』だ。家族もいる。友人もいる。『普通の女性』だ。デメリットを理解しながら、彼女はそれでも決意した。耐えれなかったのだろう。許せなかったのだろう。恋人が『金』などのために殺されたことが。理不尽な死に方をしたことが。彼女は同じ地獄をどうしても犯人に味わわせたかったに違いない。
――――浦川芹那は加害者であり、同時に、最大の被害者なのだ。弱者が武器を取り、震えながらも立ち上がった。だからこそ、彼女の決意を笑うことなんて誰にもできない。できるはずがない。
(どちらにせよ、『殺した』時点で犯人と変わりないのかもしれないけれど)
でも、まあ、それは私が議論することではないだろう。善悪なんて時代ごとに簡単に変わってしまうのだから。
同じ復讐者である浦川芹奈に私はなんとも言えない気持ちになった。今、庇おうにもコナン達がいるせいで庇えない。だが、それでも、彼女の先を見届けたいと思った。思ってしまった。
(その結果がこれだよ)
今回の犯人、浦川芹奈に誘拐されました。しかも、現在は浦川芹奈の復讐相手に包丁を突きつけられています。
わっ、笑えねぇ?! 何をしているんだ私は?! 冷や汗が流れ出る。今、私はコナンと共に浦川芹奈が運転する車に乗っていた。ついでに、浦川芹奈の復讐相手も乗っている。笑えない。本当に笑えない。お前、どうして浦川芹奈に誘拐される羽目になっているんだ? とか、どうして彼女の復讐相手がいるんだ! とか色々疑問があると思う。こうなったのには理由があるんだ。ちょっとビビってるので頼むから理由を聞いてくれ。
毛利探偵事務所での事件後、浦川芹奈を自宅へ送ることになった。一応、彼女はこの事件では人質ということになっていたからね。安全の為に誰か付き添いが必要だったのだ。本当は彼女が事務所のトイレで男を殺したんだけど。
安室透が送ると言っていたのだが、何故か毛利蘭や毛利小五郎、コナンまでもが付き添うことになっていた。しかし、安室透の車は四人乗り。毛利親子二人、コナン、安室、浦川芹奈では五人になってしまう。一人が乗れないという事で、仕方がなく私は名乗り出た。その時、私は自分の車をこの辺りに停めていたからだ。
(本来ならこんなことぜっっっったいにしないけど、犯人の浦川芹奈が心配だったからな…)
気が狂って浦川芹奈が自殺する可能性もある。今回の事件が終わったら、浦川芹奈は死ぬつもりである的なことをコナンが言っていたし。原作では死んでいなかったが、万が一があるからなァ。というわけで、彼らについて行った。
ちなみに、浦川芹奈が『自分の家』として私達に案内したところは、本当は強盗犯の家。しかも、浦川芹奈が殺した強盗犯の一人が隠されているというオプション付き。あんまり行きたくなかったけど、安室透や毛利親子と一緒にいれば、危険はないと考えていた。
(でも、その家から逃げようとする浦川芹奈に私はバッチリ遭遇してしまったんだよな…。ついでに、彼女についていこうとするコナンにも)
浦川芹奈は恐れた。殺した強盗犯の一人が毛利小五郎達に見つかり、自分が捕まることを。捕まってしまえば復讐が完遂できない。まだあと一人、復讐相手は残っているのだから。それを知っていたコナンは敢えて浦川芹奈について行こうとしたのだ。
(その時に遭遇してしまった私、馬鹿だろ!)
本当に馬鹿。今、余計な口出しをすれば、浦川芹奈は最後の復讐相手の顔を見ることができなくなる。彼女は未だに復讐相手の顔を知らないのだ。原作通り、コナンは敢えて浦川芹奈についていくのだろう。逃亡しようとする彼女を目撃してしまった今、私は迂闊に毛利親子たちの元へ帰ることはできない。下手をしたら殺される。仕方がなく、私は浦川芹奈とコナンへついて行った。そして、浦川芹奈の車にコナンと共に乗り込んだ。
ちなみに、これにより、浦川芹奈はコナンや私を人質にすることを決めたようだった。人質を取ることにより、少しでも最後の犯人探しの時間を取るためなのだろう。睡眠薬入りのボトルを渡された時はどうしようかと思ったな…。これ、原作を知らなかったら飲んでたよ…。
(それよりも怖いのはコナンだけど。車内で浦川芹奈の謎解きをするのはやめて欲しかった…)
小学生どころか、大人の私ですら難解な内容をポンポンと言っていくのだ。途中、難しい単語が出てきて、「え? なんて?」と聞き返しそうになった程である。コナンは本当に怖すぎ。今回は自分が犯人じゃないのに、ギロチンの前にいる気分だった。震える浦川芹奈。当たり前である。最後に彼女はコナンにこう問うた。
「貴方、何者なの?」
「江戸川コナン。探偵さ」
やめろォ! 私が隣にいるんだぞ?! ドヤ顔すんな馬鹿ァ! 正体をバラしそうな勢いで事件の内容を言うなァ! ちょっとコナン、私への配慮はどうしたの?! 普通、周りの大人に対しては隠してたじゃん!
前世ではワクワクしたシーンだが、今世では恐怖で震えてしまっていた。私は何も聞いていない。何も聞こえていない。頼むから巻き込むのやめて。私はただのか弱い復讐者だから! 途中、コナンがハッと気がついたようにこちらを見たときは心臓が止まるかと思ったわ…。私は苦し紛れに口を開いた。
「もしかしてコナン君はギフテッドか何かなのかな…?」
「そっ、そうなんだ! パパにこのことは黙っておけって言われてたんだけど…」
「子供だもんね。救える人がいたらどうしても動いちゃうもんね。子供だもんね」
大事なことだから、『子供だもんね』を二回言った。気がついてないよー。お前が新一ってことは気がついてナイヨー。ちなみにギフテッドとは先天的に平均よりも顕著に高度な知的能力を持っている人のことである。
そうやって私は誤魔化した。日に日に演技だけが上手くなる自分が憎い。まあ、その後は原作通りだ。浦川芹奈の最後の復讐相手探しである。そして、そいつは見つかった。これで終わりかと安心していたのだが――――。
(すっかり忘れていたよね! 話の終わり辺りに最後の強盗犯の一人がコナン達を捕まえてしまうことを!)
コナン達の『最後の強盗犯探し』のせいで、強盗犯の一人は勘付いてしまった。自分を誰かが探していることに。そして、「逮捕される」と焦った強盗犯の女はコナン達を尾行したのだ。最終的には、『最後の強盗犯探し』でウロウロしていたコナン達を捕まえることに成功。
現在、強盗犯の女は浦川芹奈に運転をさせている。自分が遠くに逃げる為に。浦川芹奈以外の人間のコナン、私を一緒に乗せているのは、恐らく、人質は多い方がいいからだろう。それか、考えなしか。それにより、現在、私の隣には強盗犯の女がいる。死にそう。
(あー…でも、安室透が自分の車をぶつけて、この車を停止させてくれるんだっけ? 気楽に行けば――――待てよ?)
安室透が車をぶつけた部分。原作では誰も乗っていない左の後部座席だ。つまり、今、私が乗っている場所である。
(やばくない? えっ? やばくない…? 安室透が車をぶつけたら私が死ぬ、もしくは大怪我を負うんだけど)
笑えないくらいにヤバイ。どうする。どうする?! 今、安室透の車っぽいのが横を通った。そろそろ来るだろう。あのバイオレンスな停車の仕方が。安室透のことだから、私を殺す真似なんてしないだろうが…。万が一がある。なんとか犯人側に寄って行くか、もしくは犯人を無力化するかしかない。でも、犯人側に寄るとかそもそも無理。気が立っているのに。かといって犯人の無力化も無理だ。どうする…? どうする…?!
その時、私の足元に二丁の拳銃が転がっているのが見えた。先程、浦川芹奈から回収した拳銃がそこにはあったのだ。私が持っている方がいいと言って、先程までは後部座席に置いていた。しかし、衝撃で運良く下に落ちてくれたようだ。夜のせいで見えにくくなっている足元にあるそれを見て、目を閉じた。
――――今、犯人は私へ拳銃を向けている。しかし、少し照準がずれていた。現時点で彼女が注目しているのが進行方向だからだろう。彼女自身は私に向けているつもりでも、幸運なことに銃口を別方向へ向けてしまっていた。先程までは包丁だったんだけど…。直ぐに殺せる拳銃に変更されちゃったんだよな…。ちくしょう。
(やるしかないか)
私は決意を固めた。今まで培った全スキルを使うときだ。