奴隷(キミ)と僕とを結ぶHIMO   作:凍傷(ぜろくろ)

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第七話【タイトル回収。奴隷とともに生きなさい】

 朝、目が覚めるきっかけってなんだろう。

 ニワトリの鳴き声? それとも目覚まし時計? 携帯電話だろうか。それとも……───それとも、家族の起こす声、だったりするのだろうか。

 僕の場合は……

 

「なっ、なによこれぇえーっ!!」

 

 ……リシュナさんの絶叫だったりした。

 あ。あとネックハンギングツリー。

 

 

 

 

12/怒・礼

 

 その朝は……やかましかった。

 

「ちょっとヒトくん! これどーゆーこと!?」

 

 どういうこともなにも、今現在こちらがそれを訊きたいのですがっ……!?

 ちょ、息、喉絞まる、気づけばこれって、頭が追いつかない……!

 

「シッ……シアン……! 力技で、いいからっ……! これ、外してっ……!」

「はいご主人様《シャキィーン!!》」

「なんでいきなり力技!? や、ちょ、話し合おうよ! まず話そう!? いきなり掴みかかって悪かったからっ! 謝るからぁっ!」

 

 防御力馬鹿の僕が、彼女にネックハンギングツリー状態にされることで迎えた朝。

 現在のリシュナさんは、む~んと謎の迫力を放つ仁王立ちシアンさんの前で正座をし、涙目になっておりました。

 

「えと、それで……なにごと?」

「え、えっとね、あのね? わ、私のステータスにね?」

 

 ちなみに夜に弱い僕は、朝も弱い。

 弱いというか、少し時間をかけて頭をスッキリさせながら起きたいタイプなのだ。

 だから、やかましさや暴力等で起こされることほど辛いものは、そうそうないわけで。あの両親の傍でのんびり眠れたことなんてなかったけど、だからって体質が追いついてくれる例はひどく稀だと思うよ僕。

 ……だからってもうちょっと対処の仕様があったかもって考える。リシュナさんが怯えちゃってる。ごめんなさい。

 

「…………え?」

 

 しかしながら。

 リシュナさんの口から放たれた言葉に、僕もシアンも困惑するしかなかった。

 別に僕自身がなにかをした記憶はないから、なにかの間違いだろうだなんて思ってたのに……それは意外な部分で厄介ごとを増やしてくれていた。

 

  ◆リシュナ・マグベストル/奴隷

 

 ステータス画面に、そう出ていたのだ。

 そりゃ叫びもする。本当に“なによこれ”だ。

 

「奴隷、奴隷って……! まさかヒトくん、私が寝てるうちに……!」

「ご主人様……っ」

「いやいやちょっと待って!? なんかいきなり攻守逆転というか、シアンの視線が僕に!? やめてそんな悲しそうな顔しないで! 僕なんもやってないって! いや本当に!」

 

 朝からまったくついてない。

 しかしこのままでいい筈もないので、思考を回転させて原因を調べる。

 僕が彼女になにかをした、というか、ステータスが書き変わるきっかけがあるとすれば、ステータス移動以外にはなにも思いつかない。

 なので自分のステータスやカードを調べて、この事態の説明になりそうなものを探す。

 いや待て、考えてもみれば、癒す人として生きようとした僕に、どうしてデビル天秤様はステータス移動なんて能力を渡したんだ?

 考えよう。

 ステータスのMNDとかが回復に関係ない以上、ステータス移動は必要なかったはずだ。なのにどうして?

 ……何故ってそりゃ、家の購入を選ばなかった先を見越して、に決まってますよね!

 じゃあつまり、調べればいいのはSubのステータス移動について!

 

「ええっと……!?」

 

 どこかにある筈だ。

 そもそも僕は、ステータス移動についてはたまたま成功させたことを鵜呑みにしてしまい、詳しく調べるようなことをしなかった。

 そこに落とし穴があるんだとすれば…………

 

「………」

 

 ……ありました。

 ステータス移動の項目の、端の端。なんかちっこく、本当にちっこく次頁って文字があった。

 気づくかこんなのぉおおおおおっ!!!

 大事なことならもっと大きく! なんでこんなに小さいの!

 デビル天秤さん!? デビル天秤さぁああああん!!

 

「あぁなんだろ……もう頭痛い……!」

「ヒトくん……なにかわかった……?」

「あ、ごめんなさい、もうちょっと待って……」

 

 いっそ泣きたい気持ちになりながらも調べる。

 と、次頁にはとんでもないことが書かれていた。

 

 ◆Sub:ステータス移動

 キミがとんでもないお人好しだった場合、奴隷を助けるだろうからこの能力を。

 奴隷にした相手の能力を好き勝手にいじることができるよ。

 効果があるのは奴隷のみ。

 ただし、キミにギルドカードを見せるような、無防備かつ心を許しているであろう相手にも有効!

 相手の同意とともに見せてもらい、ステータスをいじくった時点で奴隷契約が完了する素敵能力さ!

 詳しい説明は……あー、そうなー。うん、奴隷にするのも解除するのも自由だ。

 ただし強制奴隷化は一回こっきり。解除したら強制奴隷化は二度と出来ないよ。

 もちろん奴隷じゃなければステータス移動も出来ないから、解放する時はよーく考えよう。

 

「……もうやだあの天秤……」

 

 新たな人生をありがとうだけど、波風しか立たなそうだよこれ……!

 

「……リシュナさん」

「う、うん。なにかな」

 

 ステータス移動の鍵を握られてると知るや、リシュナさんが物凄くびくびくしてる。

 かわいいって思ったら負けなんだと思う。

 そんな彼女に説明をしてゆく。もちろん、どうすればいいかだけではなく強制奴隷化のことも。

 

「え……強制奴隷化?」

「そう。解除したいならしてくれって感じらしいけど、そうすると二度と強制奴隷化は出来ないし、奴隷じゃないとステータス移動は出来ないって」

「うわー……せめて奴隷って名前じゃなければ、まだ受け入れやすかったのになぁ」

「だよねぇ……」

「ですね……」

 

 三人、うむうむと頷く。奇妙な光景だ。

 

「で、どうする?」

「ヒトくんってほんと、口調がころころ変わるね。うん、まあいいんだけどね。ヘンに敬語っぽい口調だと肩凝るし。で、だけど。解除はまだいいや。考えてみれば、仲間になっているうちはステータス移動出来るほうがお得だし。あ、ただし稼ぎが安定して、ギルドから出たいって思った時は」

「STRMAX状態で放り出す?」

「最後にステータス配分をやらせてほしいなぁ!! 脳味噌筋肉状態で放り出されたらすぐ死んじゃうよこの世界!」

 

 ……うん。デビル天秤さんの言葉も、なんだか日を追う毎に体に染み着いてきている気がする。

 “もうちょい楽観的な性格にしてあげよう”かぁ……これ、楽観的で合ってるのかなぁ。

 

「とにかく、その日までよろしくっ。そのとんでもないレアスキルのことも、恩恵にあやかろうって自分が根掘り葉掘り訊くのもなんだそりゃって感じだし、お互いお気楽に付き合っていこう! というわけで、これからはギルドの仲間として、背中を守らせてねっ」

「守ることなら任せんしゃい。このツァガヒト、守りだけがご自慢ですけぇ」

「い、いけませんご主人様っ! ご主人様は私が守るんですからっ!」

「守らせて!? 存在意義なくなっちゃうから!」

 

 いろいろとツッコミどころはございますが、これが……新ギルド・トーテムポールロマンスの活動一日目であった。

 

……。

 

 というわけで冒険者ギルド。

 依頼を受けるためにやってきたそこで、いつも通りエミュルさんに挨拶。

 ちなみに言うとシアンはもう奴隷服ではなく、リシュナさんの服を貸してもらって着ている。胸がキツそうだが、ツッコんだらダメだ。衣服には装備品とは違って自動サイズ調整とやらがないのだ。ツッコんだらダメだ。

 

「やあヒト少年にシアンちゃん。今日も壮健そうでなにより。……おろろ? そっちのキミはマグちゃん?」

「その呼び方やめてくださいってば、エミュルさん」

 

 ハテ、知り合い……って、そうだった。

 そういえば二人とも、チャイルドエデンってところ出身なんだっけ。

 

「二人はチャイルドエデンってところの出身なんでしたっけ」

「そうそうその通り。中でも私は結構古参でしてね~。まあ伊達に100年以上生きとりません。お姉さんですから《テコーン♪》」

 

 クイっと持ち上げられた眼鏡が輝いた。

 ああいうの、どうやって光ってるんだろうなぁ。

 

「おおこれデスか? これは軽く魔力を通すと光るという、眼鏡マニア垂涎のレアアイテムでして」

「そうなの!? 魔力なんだ! そうなんだ!」

 

 初めて知った! 知ったけどなんか期待してたのと違った!

 

「さてさてそれで、お三方はお知り合い? 正直あの馬鹿と同じギルドのマグちゃんが、他の人と一緒に居ること自体珍しいというか」

「ああ、私あそこのギルド辞めましたんで」

「あぁ……頑張ったねぇ……お疲れ様ぁ……」

「はい……ありがとうございます……」

 

 そして場が一気に暗くなる。

 しかし辞められたという事実が彼女を強く元気付けたのか、次の瞬間には俯かせていた顔を持ち上げて、「というわけで、今日から新たに依頼を受けていきます!」と元気に。

 

「おーおー元気だ元気。若いっていいデスねー。で、ヒト少年と一緒に居るのは……彼がマグちゃんを誘ったからデスネ?」

「馬鹿と一緒に居るのは嫌だから引き抜いてくれってお願いされました」

「あーまーそれはしょうがありませんね、あの馬鹿相手デスものね。だが諦めるなヒト少年。同郷だから言うんじゃありませんけど、マグちゃんは本当に優秀デスョ。魔法双剣は義理の親であるリオナとリアナから譲り受けたものですし、その腕を見込まれて、あの馬鹿に誘われたのも事実デス」

「散々利用されただけだったけどね……」

 

 ハハ……と、とても陰の差した笑みをお浮かべあそばれた。

 うん、見てられない。

 

「引き抜きということは、ヒト少年。ギルドを作ったのデスね?」

「あ、そ、そうだ、報告しとかなきゃって思ってて忘れてました」

「いえいえヨイヨイデスョ。ではギルド名と参加者の名前を順に言ってくださいねー」

「はい。ギルド名は───」

 

 ◆ギルド名/トーテムポールロマンス

 メンバー/3名

 01:ツァガ・ヒト

 02:シアン・ド・ギャルド

 03:リシュナ・マグベストル

 

「なんでこんなギルド名なのか訊いていいカナ、ヒト少年」

「咄嗟だったので適当に」

「にしたってもうちょっといい名前があったんじゃ……ああいやうん、人の好みにケチつけるって意味じゃなくてデスね?」

「それなら出来ればほうっておいてやってください……恥ずかしいっす……」

「おおこれは失礼。では無事にギルドシステムへの登録が完了しましたョ。これからは何かを為すごとにギルドポイントというものが加算されていくので、是非立派になってください」

「ギルドポイント……」

 

 略すとGP?

 集めるとなにがあるんだろうか。

 そういえば……ギルド登録じゃなく、ギルドシステム登録? なにそれ。

 

「それは……集めることで、なにかお得なものが?」

「それはもう。まあ些細なものの積み重ねデスが、レベルが上がるとステータスボーナスが付けられるようになったり、HPやTPの自然回復速度が上がったり、ものの値段がちょっぴり安くなったりと、いいことだらけデスョ。ほんの些細なものデスが、積み重なればとんでもない量になるものデスから、頑張ってギルドレベルを上げてくださいね」

 

 補足として、“レベルが上がるとステータスボーナスが”、というものは、レベルに応じてポイントがボーナスが入るので、速めにギルドに入らなかった所為で弱い、なんてことにはならないらしい。これはいい。

 

「おぉお……あ、ちなみにステータスとか料金が安くなる以外に、嬉しい特典とかはありますか? あぁほら、ギルドレベルに応じた、限定のスキルが~とか」

「あるにはありますが、やっぱり些細なものデスョ。それよりもとっても嬉しい特典がアルノデス」

「とっても嬉しい……?」

 

 なんだろう、それはちょっと気になる。

 詳しく聞こうと一歩を進めると、何故か隣に立つリシュナさんが興奮気味に乗り出してきた。

 

「そうだよヒトくん! あれは私も欲しかったけど、ついには辿り付けなかったものなの!」

「リシュナさんまで? えと、それで、それはいったい……?」

「はい。心して聞いてください……!? ある一定の量までギルドポイントを溜めると……!」

「《ごくり》……た、溜めると……!?」

「地界に伝わる伝説の氷菓、ビエネッタを! なんと5個も貰えるのデェース!!《どーーーん!!》」

「最ッッ高ォオオッ!!」

「───……」

 

 エミュルさんとリシュナさんが、(>ワ<)な顔をしつつ右拳を掲げてヒャッホウと叫んだ。

 ……エッ!? イヤアノ……エッ!? ビエ……エッ!?

 

「い、いや。いやいやいや。ビエ、ビエネッタって……えぇえ……!?」

「ム!? なにかなヒト少年! 貴様まさか、ビエネッタなぞいらないとでも言うつもりかね!!」

「いやそういうわけじゃ───貴様!?」

「ヒトくんあれはいいものだよ!? 空界に存在する見栄を張った氷菓なんぞとは比べものにならないほどに!」

「その。僕もビエネッタは知ってるよ? むしろ大好物だよ。地界の食べ物であれほど感動したものはなかったってくらいだ。でもなんでまた、空界のギルドポイント特典でビエネッタが……」

「このシステムを完成させた人達がビエネッタを愛していたからだと聞いているデスョ」

 

 魔女さァアアアアアん!! なにやってんですか! なにやってんですかねぇ!

 ファンタジーに心躍らせる少年の冒険心の先にある報酬に、よもやのビエネッタって! そりゃあ郷愁とかを満たす効果もあるかもだけど、それってひどく人を選びませんか!? ───ん? あ、あれ? 人……人、達?

 

「人達、って。あの? 協力者が……」

「おや? 言ってませんでしたかね。魔術を作ったのはヤムベリング・ホトマシー。ランクプレートシステムを創ったのは無の精霊スピリットオブノート。それらを強化して広めたとされるのがモミアゲさまで、安定させたのがスピリットオブノートとイセリア様とリヴァイア・ゼロ・フォルグリム様、ルーゼン・ラグラツェル様、バルグ・オーツェルン老と云われておりますね」

「……その全員が?」

「はい。大の、いえ。アルティメット・ビエネッタ・ファンデス」

「この世界ってどこまで地界に染められてるのさ……」

「知り合いにそういう人が……いえ、こほん。まあ世界にもいろいろあるということデス。さて、あまりここで話していると受付嬢が待ち構え疲れをしてしまいますデス。ささ、行っておやりなさいな」

「っと、確かに」

「マグちゃん、幸せにおなりよ」

「なんかヘンな意味に聞こえるからやめてください!」

「シアンちゃん、年上の魅力でご主人様を取られないようにね」

「!《ッピーン!》」

 

 ハテ。なにを吹き込まれたのか、シアンの耳と尻尾がピーンと立ったんだが。

 いつもはぺたりと下がってるのに。どうしたんだろうか。

 ……そして何故かエミュルさんに手招きされる。

 

「ごめんリシュナさん、簡単そうなのいくつか選んでおいてもらっていいかな」

「ん、いいよ」

「シアンも一緒に行っておいて。同じメンバーが居ないとあーだこーだなりそうだから」

「……は、はい」

 

 促してみれば、こちらをちらちらと何度も何度も何度何度も何度も振り返りながら、リシュナさんを追うシアン。

 ええいもう、いいから行きなさい。大丈夫だから。

 

「えと、なんでしょう、エミュルさん」

「いやいやァ、なんだか面白いことになっとりますなぁって。モテモテデスねェ、少年」

「───」

「あーいやうん、冗談だからその冷めた目はやめてくださいネ。わかってますョ、ただ手助けをしただけだということは。そもそもシアンちゃんもマグちゃんも、ヒト少年のことは恩人としてしか見てないようデスしね。しかし“デスしね”と繋げると、二重の意味で死ねと言っているようで時々怖いのデスョ」

「余計なことは付け足さんでください。あと、抱いているのが感謝の念っていうのもわかってますから、わざわざ言わないでください」

「冷めてますねぇ。こういう場合は勘違いした方が楽しいのに」

「なんというか、人のそういう“目”には多少敏感なんです。じゃなきゃやっていけない環境に居ましたから。好意と厚意の区別くらい付きます」

 

 わからなければ鼻で笑われて、しかもその勘違いを広められるような世界だ。

 本当に、ろくでもない。

 楽しいことがなかったといえば嘘だけど、あの家から離れたとしても、辛い思いを味わう機会は十分にあったのだ。

 だから、男女間のことで妙な勘違いに発展する話題には意識を向けない。

 男の勘違いを女に広められることは、とっても怖いことだから。

 

「とにかく。僕に限ってでいいんです。女性関係のことで噂をするのはやめてくださいね。僕、もうそういうの、十分ですから」

 

 したくもないのに諦めのような苦笑が漏れた。

 好きな人にもフラれて、その上親友がその人を幸せにした。

 死んだ僕になにが出来るんだって話だし、生きてたとしても何をしてやれたか。

 生き続けて、頑張り続けていれば何かが変わってくれたのだろうか。

 

「ホホウ。もう恋などはしたくないと?」

「元々、“誰かを癒したくて選んだ道”ですから。それ以上はきっと罰しか降りませんよ。前は出来なかったことも、感じられなかったことも十分に感じることが出来ます。あとになればきっと欲は増すんでしょうけど、今は十分ですよ。それに……」

「それに?」

「好きになったら、いずれ結婚はするかもしれません。でも……結婚は人生の墓場って言いますし。それをして幸せになれるとは、“僕は”思えないんですよ」

 

 なにせ、自分が要らない存在として産まれてきたから。

 産まれた理由が体裁を守るためだっていうんだから、本当……お笑いだ。

 じゃあ自分なら子供を幸せに出来るのかって言われたら、どう接すれば自分の行動が子供に対する愛情になるのかも知らない僕が、そんなことを知っているはずもなく。だからこそ、結婚に強い憧れがあるのと同時に、結局自分が周囲を不幸にするイメージしか抱けない。

 

「思いっきり傷つくのは一回だけで十分ですよ。僕は見送る人になります。癒して、見送って、たくさんの笑顔を見届けて、そんな笑顔を思い出しながら死にたい。……それだけでいいんです。たったそれだけで」

 

 それだけすら難しい世界から来たんだ。

 それが許されるのなら、きっとどんな努力だって出来る。

 そのために“忘れよう”って、傷も消したんだから。

 

「ふむ……過去になにかしらの辛い事があったのなら、むしろ自分でそのイメージをブチノメすことをオススメしますョ。過去の例とは違ったことを笑顔で出来たなら、少年。キミはもう自由デス」

「………」

「過去や現状に飲まれる前に努力を捨てることだけは、してはなりませんョ。強く生きなさい。これはエデンなんて大層な名前がついているけれど、親に捨てられた上で孤児院で生きたおねーさんからの、人生経験からなるつまらない言葉デスョ」

「……。───はい。心に刻んでおきます」

 

 強く頷く。と、受付でリシュナさんが人の名前を大声で呼んで手を振って……って、あーあーあー冒険者の視線が痛いなぁもう! 元気な人ってどうしてこういうことを大げさにやりたがるのかなぁもう! なのにこんな行動が仲間って感じがしてくすぐったいなぁもう! 恥ずかしいくせに顔がにやついてたまらないよもう! 仲間っていいなぁもう!

 エミュルさんに“にこー”と笑顔で手を振られつつ見送られ、受付の傍の依頼板の前へ。

 

「どうかしたんですか?」

「わぉ、また敬語になってる。まあいいや、えっとね、ほら」

 

 サム、と手で促され、貼られている依頼のひとつに目を向ける。

 と、そこには……

 

 ◆【筋肉の躍動】分類:雑用

 俺はハァーン! よろしく頼むぜ!

 早速依頼についてだが、困ったことにギックリ腰になっちまった!

 さすがの俺も筋肉以外は鍛えきれなかったってことか!

 冒険者が頼むのもどうかとは思うが、治せるヤツが居たら頼む!

 改めてよろしく頼むぜ!

 報酬金:200£ 契約金:0£ 依頼主:ハァーン・ダイナマイトッツ

 

「ダイナマイトッツ!?」

 

 内容よりも名前に驚いた僕が居た。

 ダイナマイツじゃないんだ……。

 

「で、えと……これ受けるの?」

「うん。ヒトくんなら簡単じゃないかなって」

「……悪目立ちしないかな」

「癒し屋なんてやろうとしてたのに、どうしてここで躊躇するのよ」

 

 ツッコまれるも、そもそもいろいろ目をつけられるんじゃ、なんて言ったのはあなたですが。

 

「でも微妙に報酬がセコい気もしてね。ヒトくんに聞いてからやろうかなって。一応、こんなのでもこなせばGPは溜まるから」

 

 あ、なるほど。……そうまでしてビエネッタを食したいのですか。

 けれども確かに、報酬はセコい。

 キノコ狩りでさえもうちょっと良かったのに。金欠なのかなハァーンさん。

 

(さて)

 

 ここでハァーンさんを癒せば、武具屋さんに大きなコネが……とか、そういうことを考えるのは危険だろう。

 というか、無理矢理思ってみただけだからそういうのは別にいい。

 これをやったんだからこうしろよ、っていうのは冗談じゃなければ苦手だ。

 なにせああいう親の……ああもう親のこと言いっこなし! 忘れよう!

 そして僕は元々癒しを求めてこの世界へ降り立ったのだ、癒すことに躊躇など無し!

 

「……ていうかさ、ヒトくん。シアンちゃんにギルドに来ると無口になるように言ってあったりする? さっきから全然しゃべらなくてさ」

「初めて来た時からそんな感じ」

「……シアンちゃん、なにか嫌な思い出でもあるの?」

「……《ふるふる》」

 

 リシュナさんの質問に、首を横に振るシアン。

 当然、僕が訊いても同じ。

 じゃあどうして? と訊いてみれば、この雰囲気が苦手なんだとか。

 ……あー、そっか。銀行で待ってる時とか病院で待ってる時とか、図書館な雰囲気が微妙にあるもんね、ここ。

 冒険者ばかりでそういう感覚が薄れがちだけど、冒険者が居ない時間帯だといやに静かだ。こう、音を出したら負け、みたいな空気がある。

 

「すいません、これお願いします」

 

 そんな静かな雰囲気の中、シアンの頭を癒しを込めた手でナデナデしつつ、依頼書を手に受付へ。

 癒しの依頼はすぐに終わらせられるので、他にもいくつか取っておくのを忘れない。

 

「はい。クエスト、【筋肉の躍動】と【大きなトカゲ】と【忘れな(さい)の調達】の三つでよろしいですね? こちら、期限は明日までなので少々急いだほうがよさそうですが」

「はいな。あ、例によって敵の写真とかあると嬉しいです」

「少々お待ちください。───……はい、こちらですね」

 

 受付の人が写真を見せてくれる。

 提灯(ちょうちん)のようなふっくらとした花と、大きなトカゲ型モンスターの写真……そして、ポージングをする筋肉が美しいハァーンさんの写真まで。

 見事なサイドチェストである。

 って、いえあの、ハァーンさんは知ってますから別にいいです。ていうかなんでこんな写真を持ってるんですか。

 

「受付は日々、ささやかなネタを提供して冒険者の肩の力を抜くことに努力しています」

「そこで極上のスマイルされるともうどう反応していいやら」

 

 ともあれハァーンさんの写真は冗談だったらしく、きっちりと仕舞われた。

 中にはその素晴らしい肉体に目がくらんで、しっかりと懐に納める人まで居るらしいが僕は違います。

 たんたんたんっ、とキリトリセンが真ん中にくるように判子を押して、半分を渡してくる受付さんに感謝を口にして、早速出発。……する前に、ハァーンさんの家を訊くことにした。

 

「あ、それとコボルトベビーの討伐って、何回でも受けられるんですか?」

「はい。一度終了した方なら、小さな棍棒を必要数持ってきてくだされば、依頼を受けていなくても事後受諾が可能です。その際、契約金は発生しませんので、是非」

「おお」

「初めて討伐クエストをされる方は、その人の実力がどうあれコボルトベビー討伐になりますが、繁殖期ではない場合、探すのが面倒で途中で投げ出す人が居まして。その場合に契約金云々が生きてきます。なので、一度でも討伐クエストを終え、きちんと“実戦経験”というものを積んだ方にのみ、このクエストの契約金は発生しないんです」

 

 なるほど、それは素晴らしい。

 やっぱり途中で諦める人は居るのか。そりゃそうだよね、どうしても生き物をコロがせない人だって居るだろうし、自分には採取クエストが合っているって天職を決めちゃう人だって居るかもしれない。

 さらになるほどなるほどと頷いて、やがて出発。それじゃあコボルトベビーは優先的にコロがしましょう。

 

 

 

13/いざ、クエスティン

 

 で。

 

「愛ィイ!!」

「《ゴキャア!》ぐぎゃあああーーーっ!!」

 

 教えてもらった彼の自宅にて、“おかげです。”のホイコーロー先生のように愛を唱えつつ、ハァーンさんの腰骨に喝を入れた。癒しも込みで。

 途端に背骨を折られた鎮守直廊万針房番人のような絶叫を放つハァーンさん。

 

「というわけで報酬を」

「てめぇいい度胸してやがんなァアア!! 確かにもう痛くねぇけどよぉ!!」

 

 言いつつもきっちり払おうとしてくれるハァーンさんに感謝を。

 薔薇馬鹿の所為で、どうにも報酬の受け渡しに胡散臭さを抱きそうになってしまう。

 でもさすがにクエストで先払いっていうのは無理らしいのだ、仕方ない。

 むしろ報酬は受付で貰えるので、ここで言うのはよろしくなかった。

 そんなわけで、緊張しながら待っているシアンと、ハァーンさんのぐぎゃあーな悲鳴に声……殺して笑っているリシュナさんを手招きして、お話タイム。

 

「ったくやれやれ……で? てめぇ確か最近冒険者になったやつだな。たしか、あー……ツァガヒト、だったな」

「覚えてるんですか!?」

「ベテラン冒険者をナメんじゃあねぇぜ? このハァーンさまは脳も鍛える筋肉さまよ!《ムキーン!》周りは脳筋って言うが、むしろ褒め言葉だぜぇえ……!!」

 

 物凄いポジティブなお方でした。

 そして美しいバックダブルバイセップスだった。・・・すごい漢だ。

 

「しかしそうか、ボウズももう冒険者か。もしかしてこれが初クエストか? だったら味気ねぇもん頼んじまってすまなかったなぁ」

「ああいえ、一応ちょくちょくとは受けてるんで」

「だっはは、そうかそうかぁ! しっかし随分と細ェエエエなぁおめぇは。もっと筋肉をつけろ! そんなことじゃあお嬢ちゃんがたを守れねぇぜぇ!?」

「───《ぐさり》」

「…………!《ムンッ》」

 

 胸に突き刺さる言葉に視線を逸らしていると、シアンが俺を庇うように間に入って、ムンと胸を張った。

 ウン……むしろ守ってもらってるヨ……。

 せめて盾になりたいのに、させてもらえないのヨ……。

 

「ていうかな、ボウズ。おめぇさん、回復の式でも使えるのか? こうまであっさり治されるとは思ってなかったぜェ……」

「ああはい、冒険者をしながら癒し屋もやってます。第一回目で薔薇馬鹿に踏み倒されましたけど」

「薔薇馬鹿? あ~ぁ、あの薔薇の園で気絶してた変態か。あいつももうこのヘンじゃ活動できねぇだろうな。ギルドメンバーも解散したっつぅし、あいつ自身も顔真っ赤にして宿引き払ったらしいし」

「えぇ!? そうなの!?」

 

 リシュナさん、驚愕。

 や、そりゃね……男だったらあんな状態にされて、デカい顔して歩けないでしょ……。

 

「おうよおうよ、リシュナちゃんもご苦労だったなぁ。ギルド“俺の翼”は、ここぞとばかりに脱退申請者が殺到してな。それを助けるために“冒険者ギルドが”引き抜きをしたのさ。お陰でメンバーは薔薇馬鹿一人」

「グハッ!? エ……エェ!? ぼぼぼっぼぼ冒険者ギルドに頼んで引き抜き!? 出来たんですかそんなこと! え!? じゃあ私の今までの苦労は!? ヒトくんと会って、引き抜かれた時のあの感動は!?」

「いや……リシュナちゃんよぉ。注意事項にゃちゃあんと“ギルドに引き抜かれて”ってあったろうよ。冒険者ギルドも立派なギルドだ。引き抜いてくださいって言やぁ、きちんと抜けられたんだよ。まぁもちろん、しばらくはそのギルドに貢献しなきゃいけねぇから、すぐに別のギルドへ~ってのは無理だがな」

 

 あ……リシュナさんの目から光が無くなった。

 そしてなにやらぶつぶつと言い始めた。

 

「散々こきつかわれて、やめたくてもやめられなくて、ようやく抜けられたと思ったらいつの間にか奴隷で……私って……私って……」

 

 あぁああ……! なんかモシャアアアって黒いモヤのようなものがリシュナさんから……!

 

「ハァーンさん! なんで教えてくれなかったんですかぁ!」

「それに気づくのも冒険者として必要なこすずるさだからだよ。いいかいリシュナちゃん。俺っちももう随分と経験したが、この世界……まあ冒険者のルールか。それはな、常識をブチ壊してこそのものだ。馬鹿正直にやってちゃ逆に疲れるだけだぜ?」

「常識破壊は楽しくていいですよね。人に迷惑がかかりすぎない範囲なら」

「おっ? ボウズわかってんじゃねぇか。そう、常識なんざ破壊してなんぼよ。っつーわけで、おめぇにゃこれをやろう」

「え?」

 

 コシャンッ♪《ハァーンさんからのトレード! “新刊:筋肉の鍛え方”を強制的に受け取った!》

 ……強制的に!?

 

「あ、あーの、これはいったい……!?」

「筋肉が足りねぇって言ったろうが。俺の目で見て、骨格はそう悪かぁねぇと思う。あとはしっかり鍛えりゃあいい筋肉になるぜ!? あとは……サーモンを食え! 頭から丸ごとな!」

「この世界にサーモンなんてあるんですか!?」

「いや、この世界じゃ魚のこたぁウィリブって言うんだが、いろいろあって普通に魚って呼ぶことになった。ややこしいんだ。ちなみにそう呼ぶことになった原因のひとつとして、ポリットっていう野菜が関係している。この世界では地界で言うレタスをポリットっていうんだが、モミアゲ様に関係する親友が、どうにもそれを嫌がってなぁ。そういった理由から、ヤツが名前を統一しようって言い出してな」

「たった一人でどれだけ無茶したんですかその人……」

「背中から17本の黒い翼を生やして世界を滅ぼさんとする勢いだったらしい」

「レタスの名前と世界の命が同等!?」

 

 モミアゲ様の親友って……たぶん悠彰のご先祖さまだよなぁ……なにやってんですか本当にもう……。

 

「あの……そういう話って、いったいどこで知るんですか……?」

「何処もなにも。プレートのワールド情報にフツーに書いてあるだろ」

「もはや常識レベルでドアホウですかその人!」

「まあ暇だったら一度、プレートを隅々まで見てみるのもいいぜ? この世界のこと、人に訊くよりよっぽど知ることが出来るからよぉ」

「そうですね…………リシュナさんは知ってた……?」

「うん。多少は、だけど。ナギー様が言ってたこととかは知らないことが多かったかも」

 

 なるほど……この世界じゃ僕より経験が多いリシュナさんでもそうなんだ。

 ……ちゃんと見ておいたほうがいいのかもなぁ、この世界の情報。

 

……。

 

 ハァーンさんの家を出て、その足でギルドへ。

 報酬をしっかりと貰ってからは、フィールドに出て“忘れな菜”の採取と大きなトカゲの討伐を。

 

「ワスレナサイ……って、なんかすごい名前」

「写真でもこう、面白い形よねー……地界じゃチョーチン、っていうんだっけ?」

「ええ」

 

 本当に提灯型だ。冗談抜きで、あのちょっとギザギザした筒っぽい形。なのに花なのだ。

 なんとか花~って名前じゃなくて、菜ってついてると、野菜を採取するみたいだ。

 

「で……シアンちゃんって、やっぱり町の中が嫌いなのかな……」

「外に出た途端、すっごく元気になったよね……」

 

 手を地面につけて、猫が駆けるようにゴシャーと走りまわる姿は、本当に猫のよう。

 速い。とても速い。

 

「この世界で一番足が速いのってなんなんだろ。やっぱりドラゴンとか?」

「え? ゴブリンだけど?」

「ゴブリンなの!?」

「足でしょ? ゴブリンね」

「え、えぇえ……!?」

 

 ゴブリンってあの、なんかでっぷりしたイメージのある……!?

 そのままの言葉をぶつけてみると、返事はイエスだった。マジですか。

 

「もちろん、規格外の存在を度外視すればだけどね。普通のモンスターで速度No.1は間違い無くゴブリンよ」

「……その時点で常識ブチ壊してるんだなぁ……」

「世界一……勝てる勝てないとかの話はするだけ無駄よ。とんでもなく速いし……あ、ちなみに過去にはよく聞いた、友情努力勝利なんかも現実にはほとほと存在しないわ。極々一部の伝説にすぎないから気を付けて」

「なんでいきなりそんなこと説明されてんですか僕は」

「“バカヤロー! 友情努力勝利とかほざいてても、結局目立ってチヤホヤされるのはいっつも主人公じゃねーか! 友情友情ほざいてるくせに友人はいっつもヘタを掴んでばっかで、努力する修行シーンなんて素っ飛ばして奥義習得……ゲフッ! ゲフフン! 勝利だってなんか奇妙な逆転能力が突然目覚めて勝つ! それのどこが友情で努力で勝利だ! ただの棚からボタモチじゃねーか!”」

「落ち着いてください地界の漫画になにか恨みでもあるんですかリシュナさん!」

「……というツンツン頭の男の絶叫が、伝説として遺されているの。そして私もその意見には大賛成。習得した奥義ってのがなんなのかは知らないけど」

(だからあなたは何がしたいんですか彰利さんっ……!!)

 

 友人の先祖の頭が、言っちゃなんだけどおかしいと思う。

 おかしいよね? 楽しそうでなによりかもだけど。

 

「あ、えっと。話はそこそこにして、そろそろ……」

「あ、そうだね。じゃあ……なんだっけ。忘れな菜だったよね? あとはトカゲ……リザードベビーね」

「ベビーなのに大きなトカゲって依頼名なんだなぁ……」

 

 言いつつ、依頼書を見てみる。

 判子の半分がついているそれには、こう書かれていた。

 

 ◆【大きなトカゲ】分類:狩猟・雑用

 ハローアゲェィン。町の隅で荷物番をしてるもんだ。

 そろそろ荷物収納のための籠が足りなくなってきてな。

 古いものを繕おうとしたんだが、皮が足りないんだ。

 リザードベビーの皮を調達してきちゃくれないか。

 え? 数? 5枚あればいいかな。ベビー一体から二枚の計算でな。

 報酬:1000£ 契約金:100£ 依頼主:荷物番ブルーマン

 

 5枚……中途半端だなぁあ……。4枚か6枚なら丁度いいだろうに。

 まあ3体倒して皮は1枚売るか、なにかしらの素材として持っておけばいい……かな?

 

「ええっと、リザードベビーの生息地は……モートス地方近辺の、海に面した洞窟……か」

「懐かしいなぁ、私もこのクエストやったよ。リザードベビーは硬いけど動きは遅いから、案外楽よ? ていうかヘビィビーに比べたら楽勝楽勝っ」

「へぇええ……そうなんですか。依頼者さんは何度も依頼するほど皮が欲しいのかな……」

「最低ランクの仕事なんて、上が大体用意してくれているものだよ。もちろん、必要だから頼んでるんだろうけどね。ほら、ぶちぶち言ってないで依頼依頼っ」

 

 リシュナさんに背中を押されて、海方面を目指すことに。

 といってもモートスは海と森に面した町なので、海なんてすぐ近くだ。

 漁業都市アッサラントと直通便があるらしくて、そこと頻繁に貿易して、美味しい魚介類の交換をしているんだとか。

 

「そんなわけで海岸です」

「近いよねー」

 

 マラカルニからちょいと歩いた先にある海岸。

 日本なら観光客や利用客でゴミだらけになってそうな場所だが、ゴミのひとつも落ちてないし、海は綺麗とくる。

 空の青を映した綺麗な青い海。

 こんな海を見ていると、海のバカヤローとか言っていたらしい過去の人の気持ちがわからなくなる。

 じゃあどうするか? こうしましょう。

 ザアア……と静かに砂浜を撫でる波の傍まで走って、叫ぶのだ。

 

「海の美人さぁーーーん!!」

 

 美しい人、と書いて美人。

 馬鹿野郎が野郎なら、反対を叫ぶなら美人さん。

 美しい人って意味なら、男に言っても問題ない気もするけど、生憎とそこまで言葉に詳しいわけでもない。

 勝手に野郎扱いされて、しかも馬鹿だなんて言われるんだ。だったら勝手に女性扱いして、美しいと言ったって罰は当たらな───

 

『海を美しいとは見上げた立ち方! お美事(みごと)です!』

 

 ……なんか、どっぱぁーんと波が弾けたと思ったら、濃い青色の水っぽいおねーさんが現れた。

 

「いやあの……誰ですかあなた」

『へわっ!? ……あ、ああ、これは失礼。こほん。私は水の精霊、ウンディーネといいます』

「水の精霊!?」

 

 えぇええ……!? なんかいきなり精霊様と出会ってしまったのですが……!?

 ていうか海を褒められて現れる精霊さんって……この世界の人、そんなに水を褒めない人ばっかりなのか……!?

 

「あの。どうしてここに? 精霊ってもっとこう、洞窟の奥深くで旅人を待ってる~とかそういうのじゃ……」

『確かに精霊としての住処、聖堂はロックスフォールの滝、という場所にありますが。何故そこでじっとしていなくてはいけないのでしょう。あなた方だって散歩はするし旅もするでしょう? ちなみに私は“自分はいいけどお前はダメだ”という考え方が大嫌いです』

「ウワーイすごい自由な精霊様だァアーッ!!」

 

 でも言われてみれば当然だった。

 ゲーム知識で精霊は洞窟の中~ってイメージが強かったけど、精霊だって生きてるなら散歩もするし旅もする。

 聖堂っていうところを訪ねてみても居なかったら、そりゃあ出かけているんだって頷かないのはおかしいレベルなのかもしれない。

 なんてことをボーって考えていると、急に走って波打ち際で叫んだ僕に追いついたリシュナさんが、少々呆れ気味に呟いた。

 

「……ヒトくんってこういうことに縁があるのかなぁ」

 

 こういうことって、目の前の精霊さんでしょうか。

 なるほど、確かにナギーも精霊だっていうし。

 そんな精霊様が、リシュナさんを見て“おや”といった表情になる。

 

『まあ、マグベストル。久しいですね』

「お久しぶりです。ウンディーネ様は散歩中ですか?」

『ちょっとしたクラブウォッチングというものです。マスターが最近育成に成功した“スベスベツヤツヤモッチリプニプニマンジュウガニ”を観察して、ハラハラしているところ海を美しいと唱える声が。これは挨拶をしない手はありません』

「なんですかその凄まじい名前の蟹は」

 

 思わずツッコんだ。

 スベスベマンジュウだけじゃ足りないのか。

 

『新種の蟹です。ああ、モンスターではないのでご安心を。地界の蟹と空界の蟹とを交配させて、新たなる面白さを開発しているところでしたが……まさか成功するとは』

「あの……ウンディーネ様? モンスターではないって……名前からしてとてもモロそうなんですが、大丈夫なんですか?」

『見ていてあそこまでハラハラする蟹は居ませんね。しかしご安心を。護衛としてリヴァイアサンをつけています。もし何者かがうかつに手を出そうものなら近辺海域ごと磨り潰してブチコロがします』

「蟹一匹のためになんて存在を護衛につけてるんですか!」

 

 リシュナさんが叫ぶ中、僕はただただスケールの大きさに頭を痛めた。

 アレー……? リヴァイアサンって、いろいろなゲームの中でもとても強い存在じゃなかったっけー……。

 あ、もしかして国の王様とかいうリヴァイアって人を“さん付け”で呼んだだけなのかも。

 そうだよね! きっとそうだね! そう……いや待って!? 国の王様が海の中で蟹を監視して……怖い!? 怖いよ!? やっぱり違うよこれ!

 

『それで、マグベストルはここへなにをしに? ……ああご安心を。殿方と一緒だからといって、そちらの方向を連想するほどアホウではありません。世の中、愛だ恋だよりも“楽しい”です』

「あのー……ウンディーネ様? 会う度にそれを言われてますけど、恋をしたことがあったり……?」

『長きに渡る大恋愛が裏切りで終わりました。過去のマスターなどただの黒いクズですよまったく。マスターもあんなクズの手を取らず、そのまま廃棄すればよかったものを……!』

 

 モシャアアと目の前の青い女性から、息が詰まるような殺気が漏れた……が、すぐに消えた。

 

『というわけで推測を。ええとそうですね、あの馬鹿が居ないところを見ると、ギルドを抜けてまた一からやり直しているといったところですね?』

「……大体合ってます」

『なるほど。それでここらということは、トカゲですか』

 

 うわー、この精霊さんすごーい。

 特に何かを言ったわけでもないのにさくさくと当ててくる。

 

「それでなんですけど。近くにリザードベビー、居ます?」

『居ませんね。呼びましょう』

「え?」

 

 顎に人差し指を当てて思案のポーズを取ったと思ったら、遠くでドッパーンと騒音。

 しばらくしてドグシャアと空から何かが降ってきて……見てみれば、なるほど、デカいトカゲだった。

 

『さ、正々堂々試合開始です』

「楽しそうでいいですねぇほんと!! もう!」

「え? え? あ、え? 戦闘!? なんかついていけないんだけど僕とシアン!」

「……!《こくこく!》」

 

 でもトカゲはしっかりと三体いらっしゃるので、戦わないわけにはいかない。

 しかも急に飛ばされて落とされたもんだから、気が立っているように見える。

 

「ヒトくん!」

「了解! STR、INT、AGIセット!」

 

 リシュナさんのステータスを遠隔でいじくって、ステータスを書き変える。

 町から出る途中で話し合ったことだ。もしステータスを変更するなら、防御の時以外はこのステータスでいいと。

 

「よしっ! “着火(イグニス)”!《パチンッ》」

 

 リシュナさんが指パッチンをすると、そこから火花が散って空気を吸い、炎が生まれた。

 次いで、腰の両脇に納めた双剣を、腕を交差させて抜き取る動作と一緒に炎を切ると、双剣が燃え盛った。

 ……これが魔法双剣。

 ホアアア……とその綺麗な青の炎に目を奪われている内にリシュナさんが駆け、リザードベビーを斬りつける。

 が、硬い鱗に阻まれて、傷はつけられたが致命傷には到らない。

 

「うわぁショック! 一発で決められるって思ってたのに!」

『属性に対する加護がてんで足りてませんね。というか加護だけの魔法で、そんな高威力が期待できるわけがないじゃないですか。ガトリングスペラーでもあるまいし』

「わかってるけど! 魔法が少しでも使える身としては憧れなんですよガトリングスペラーは!」

 

 がとりんぐすぺらー? ハテ?

 と首を傾げる中でも、次はシアンのステータスを移動させる。

 敵は三体。そう、三体居るのだから、三対四ってことになる。あ、四っていうのは、僕とシアンとリシュナさん、そこにイグを含めて四である。

 

「武器を装備出来るだけのSTR以外をAGIに! さあいくんだシアン! フラッシュピストンマッハパァーンチ!!」

「は、はぁーう!!」

 

 命じられたシアンの耳と尻尾が……いつも垂れているそれを“ッピーン”と逆立たせ、のそのそゾルゾルと緩急をつけて近づいてきていたリザードベビーへと疾駆。

 その速度は思わず「おおっ!」と驚くほどであり、近づいたからには───ええっと、うん……現時点では破壊力抜群すぎる武器を手につけた彼女は、まったく容赦をしませんでした。

 ちょっと気の抜けるような掛け声とは正反対。

 速度重視で放たれる拳はそれはもう速く、しかし威力は武器自体に篭っているため……ボッコボコである。

 

『《ズドゴドドドボゴゴゴ!!》ゲギャァアーッ!!』

 

 リザードってことで立っているトカゲモンスターを連想する人は多いだろうが、リザードベビーは名前に“マン”がついていないだけあってトカゲだ。

 そんなトカゲが地面に触れそうなくらいの、スレスレアッパーカットでまずは宙に飛ばされて、あとはその無防備に曝された腹目掛けて拳のラッシュ。

 ゲギャーなんて悲鳴を上げたトカゲは吹き飛び、地面に激突。

 緑色の液体を口から吐いて動かなくなった。

 

「………」

「………」

 

 武器……強すぎない? 強化しておいてなんだけど、この武器強いよ……。

 

『お美事。それに比べてマグベストル……その双剣を持ちながらその体たらくぶりは……』

「リザードの鱗に剣は相性が悪いんですって! 知っているのに溜め息を吐かないでくださいよぅ!」

『ならば鱗以外を斬りなさいな。リザードの皮が欲しいのなら、狙う場所など鱗以外のどこかでしょうに』

「強い人には弱い人の気持ちなんか中々わからないものなんです! 初めてこのクエスト受けてから結構経って、強くなったつもりだから正面から攻略してみたかったのに……!」

 

 言いつつも、クワッと口を大きく広げて襲い掛かってきた大きなトカゲの口に、リシュナさんの右手の剣が突き刺さる。

 逆手に持ったそれを、下顎ごと地面に突き立てるように。

 直後、左で構えていたそれを突き出し、喉ごと脳天を貫く。……当然、絶命。

 鱗が硬いなら内側から。よくある戦法だろう。

 さて、二匹を一気に倒した僕らだったが、残る一匹はというと。

 

『シャゲェーッ!!』

「キャーッ!?」

 

 逃げる僕を追っていた。

 ハイ、防御力がどれだけ高くても、好き好んで攻撃を受ける人はおりません。

 居たとしても特殊な趣味の持ち主さんだと思うのです。

 

「シ、シアンごめん! 尻尾掴んで止めて!」

「はい!」

 

 尻尾を掴んで止めようとしたシアンだったけど、悲しいことに現在はAGIMAX状態。腕力足らずで逆に引きずられて、僕と一緒にキャーキャー叫ぶ始末。

 

「じゃあSTRMAX!」

「はい!《ぶちーん!》……ひゃう!? ご主人様、尻尾が千切れ───」

『シャゲェエエエ!!』

「キャーッ!!」

「ご主人様ぁあっ!?」

 

 なので今度はSTRMAXにして引っ張らせたところ、トカゲの尻尾がブチーンと切れただけで、変わらず僕を追うトカゲさん。

 で、そんなトカゲさんを追おうとシアンが駆けたが、今度はAGIが足らずに思うように追えない状態。

 ステータス移動って便利なことばかりじゃなかった。

 なので男を見せる勇気を以て振り向いて、トカゲさんをドッカァと受け止めてからは速かった。シアンが追いついてくれれば問題ない。

 そんなこんなで四苦八苦しながら、シアンと一緒になんとか対処しました。

 

「二人って結構ドタバタで冒険してきたんだねぇ……あっはは、うん、いいと思うよ?」

「笑い事じゃないっす……」

 

 溜め息を吐きつつの剥ぎ取りも終わり……というか倒した時点でインベントリに皮が追加されたので、剥ぎ取り作業なんかはなく、海への用事はあっさりと終わりを告げた。

 皮などの品質のよさは、そのモンスターの活きの良さによるところが多いから、剥ぎ取りの雑加減~とかは関係ないらしいです。

 それにしても……いいのかな、こんなに順調で。

 このパターンだと、もう少ししたらとんでもない面倒ごととかが起こりそうだ。

 世の中って大体そんなもんだし。

 とひょー、と溜め息を吐いていると、ウンディーネさんがあらあらと頬に手を当てて笑っていた。

 

『ステータス移動ですか。懐かしいものを見ました』

「え……知ってるんですか!?」

『知ってるもなにも、フェルダールでは極々一般的なものでしたし。逆にそれを満足に出来なければ勝てない敵の方が多かったくらいです』

「……フェルダールってゲームのほうの世界でしたよね。なるほどー、だからかー」

 

 能力を移し変えることが可能なんて、現実じゃ無理だとは思ったよ。

 ゲームだからかー、なるほどー。

 ……あれ? 結局現実で出来てるんですが!?

 

『あっと。リヴァイアサンから緊急連絡ですね。では私はこれで。それと、人間にこれを言うのも随分と久しいわけですが……水を美しいと思える心のままでいてくださいね。そうでなくなっていたらとりあえずブチコロがしますので』

「殺すの!?」

『体が水で象られているような私がそれを汚されて何もしないとでも? あなたはヘラヘラ笑いながら体を汚してくる相手を嫌悪しないとでも?』

「はいわかりました存分にコロがしてください」

 

 一発で納得できた。

 なるほどー! 水の精霊だもんねー! そりゃそうだよ!

 

「………」

 

 なんか、この世界の水がやたらと澄んでいる理由がわかった気がする。

 広大な海を眺めながら、静かにそう思った。……そんな景色の中で、水の精霊さまが“チェリオ~♪”とか言いながら海に沈んでゆく様は、なんと表現していいやら。

 案外愉快な人だった。……人じゃないけど。

 

「あの……リシュナさん? 精霊ってみぃんなあんなふうな性格だったりとか……」

「え? ああ、うん。どうなんだろうね。私も身近な精霊としか会ったことはないし、他に知ってるっていったら雷の精霊くらいかな」

「雷……どんな精霊?」

「おっきな狼というかライオンというか。雷が獣の形をしている感じかな」

「ワー……」

 

 この世界でもライオンっているのかな、なんてどうでもいいことを考えつつ、そういえば呼称の統合をしたんだから、そういう名前の例え方も統一されたんだろうな、と簡単に納得することにした。万国共通ピングー語なら仕方ない。

 よし、皮も回収できたし、文字通り一件落着だ。

 残るは忘れな菜だ。

 

「リシュナさんは忘れな菜がどこに生えてるかとか知ってる?」

「プレート情報で調べたけど、こういうのって案外大雑把なのよね。モートス地方に生息する~とか。だから探すしかないにしろ、前の時に私が見つけた場所、行ってみよっか」

 

 こういう時に役立つのはやっぱり情報です。

 冒険者としての経験なんて、僕はまだまだだからなぁ。


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