奴隷(キミ)と僕とを結ぶHIMO   作:凍傷(ぜろくろ)

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第六話【お互いお金には苦労しますね】

11/リシュナ・マグベストル

 

 消えた精霊を思いつつ、ただ一言を贈ります。

 

「……なんか、すごい騒がしい精霊……だったな」

 

 これに限ると思うのだ。

 

「は、はい……。精霊様は、もっと静かなものだと思っていました」

「あはは、ないない。ナギー様は自分がしたいようにしか動かない精霊だから。でも、この世界の全ての緑を担っているすごい精霊だよ?」

「へええ……あ、じゃあ僕たちはこれで。嫌な男から逃げられてよかったですね」

 

 そろそろ宿に戻らないと、ミレアノさんに怒られそうだ。

 べつに消灯時間なんてないけどね、シアンを自分の娘と重ねてしまっているみたいで、あまり夜遅くに帰るとね……オガー! と……まあ。

 

「あ、ちょっと待った。まだお金払ってないんだからそうそっけなくしないでってば。私をそこの薔薇馬鹿と同列の人間にしたいの?」

 

 薔薇馬鹿って……まあ薔薇馬鹿だけど。

 

「えっと、リフレカヅラと薬草の代金だから……はい、120£。薬草が20£、リフレカヅラが100£ね。いいかな」

「おお、もちろん支払っていただけるなら」

 

 ここで遠慮はしない。

 何故なら、そこの薔薇馬鹿と一緒くたにしてしまうのはこの人に悪いと思うから。

 

「しかしリフレカヅラってやつ、何気に高いんですね」

「まあ、万能薬みたいなもんだからね。これでもナギー様が現れる前はもっと高かったらしいわよ? っとと、その話もいいけど、いい加減自己紹介くらいしようか。一応、ギルドメンバーなわけだし」

 

 にっこり笑ってパチンとウィンク。

 ああ、なんというかお姉さんオーラが出てる。

 エミュルさんでは足りないほどの、お姉さんオーラが……。

 

「リシュナ・マグベストル。ジョブは魔法剣士で、見ての通り女です。歳は19で、まあ……気侭な冒険者ってところ」

「19!?」

「……あぁらあらあらこの子ったら、私がいったいいくつに見えたのかしらぁ?」

「ずばり23くらい」

「……侮辱を対価に殴っていい場面よね、ここ」

「ち、ちくしょう! いつだって正直者は馬鹿を見るのか《ずぱぁん!》痛い!」

 

 頭を叩かれた。途端にシアンがシャキーンと戦闘体勢に!

 

「わったた!? ちょっと落ち着いて落ち着いて! 敵じゃないわよ私!」

「シアン、冗談だからっ! 落ち着いて!」

「うー……!」

 

 唸りながら、僕とリシュナさんの間に入るシアン。

 名前の通り、まるで番犬さんだ。

 

「あっちゃあ……嫌われちゃったかな? でも珍しいね、奴隷が主人をそんなに好き、なんて。えと、言っておいてなんだけど、奴隷だよね? その子」

「さあシアン、宿へ帰ろうか……!」

「はいっ」

「ってちょっとちょっと! 無視はないでしょ無視は! 踏み込みすぎたのは謝るからっ! 一応のメンバーに対してあんまりじゃない!?」

「ギルド⇒メンバー設定⇒解散⇒リシュナ」

「もっと待って!? ちょっとどころかもっと待って!? 確かに口実ではあったけど、夜も明けないうちに解散とかあんまりじゃないの!? ほ、ほらほら、私これで結構強いわよ!? 魔法と双剣、珍しいでしょ!?」

 

 言って、ほらほらと双剣を抜いてアピールするリシュナさん。

 

「………」

「う……な、なにかな?」

 

 改めてその格好を見てみる。

 髪はショートポニー……ナチュラルポニー? だと、思う。やっぱり髪形の名前なんて知らない。

 色はえーと……薄い茶色? ブラウン? 暗いからわかりづらい。

 服装は軽そうな鎧……胸当てだっけ? とか篭手とかを装備。

 ……そしてスカートが短い。

 

「僕、いろいろな漫画とかゲームを教えてもらったけど、その中の女性って身を守るつもりあるのかな」

「なんで私を見ながらそういうこと言うかなぁ!」

 

 悠彰に比べれば、僕の知識なんて“それほど広いものでもない”程度だ。

 でも、そんな僕でも言える。戦に挑むのにその格好はないだろう、と。

 奴隷を奴隷装束のまま戦わせている情けない僕ですが。

 

「ともかくこっちは金欠PTだから、持て成す力もないんだ。見ての通り、相棒の服を買うお金すらない状況。だからリシュナさんも僕たちより別の人とPT組んだほうがいいよ」

「いやいやっ、自分の分くらい自分で払うってばさ! こっちも金欠なのは同じなの! だからお願いっ! 討伐クエストとか手伝うから、その癒しの恩恵にあやからせてっ!」

「ゴメンナサイ勘弁シテクラサイ。僕モウコレ以上HIMOニナルノ嫌デス」

「え? ひも? なにそれ」

 

 ホテルケイヨー422号室の外国人宿泊客のようにクラサイと言いつつ、それじゃーとそそくさと逃走を《がしぃ!》出来ませんでした。肩を掴まれてしまった。

 

「なっ……なにをするだァーーーッ!!」

「いやほんとお願いっ! もう宿を取るお金くらいしかないのっ! お金が入ったらちゃんと払うからっ!」

「見縊るなよおなごよ! この僕がお金で動くと思うてか!! 男を動かすもの───それは!」

「ま、まさか体で払えとか!?」

「僕は体を許せば男がなんでもいうことを聞くとか思ってる女が死ぬほど嫌いですさようなら」

「うやぁああややややちょっ! 嘘! 冗談だからこれでさよならは勘弁して! 私だって体で払うなんて死んでも嫌よ!」

「《がっしぃ!》な、なにをする離せ! ええい、離さんかっ!」

 

 迂闊! 腕を掴まれてしまった!

 振り払おうにも僕のSTR事情じゃ無理そうでした。物凄い情けなさが僕を襲います。

 

「じゃあどうしたら助けてくれるのっ!? 体は無理だけど、他のことなら協力できると思うんだっ!」

「えーっと……前のギルドで稼いだ金とかはないの?」

「溜め込んでるとあの薔薇馬鹿が勝手に使うの! だから自分で稼いだ分はとっくにないの! わかる!? リーダーがあんなのだった所為でてんで溜められなかったこの怒り!」

「さあ、もうおゆき……。きみはもう自由だ」

「助けてってば! 薬草買うお金すら無いんだってば! さすがに冒険者ギルドに入っておきながら路上で寝るわけにもいかないし! だからって野宿は魔物に襲われるし!」

「グ、グウム……シアンはどう? 賛成?」

「《にこり》……とりあえず手を離してください」

「《びくぅっ!》ひいっ!?」

 

 物凄い迫力ある笑顔で、シアンが言った……途端にリシュナさんが離れる。

 おお、腕が自由ってステキ……!

 

「さあ行こうシアン……! 僕らの戦いは始まったばか《がしぃ!》離せェエエ!!」

「だから待ってってば!」

 

 ああもうこのままじゃ話が進まないばかりかミレアノさんに怒られる……!

 そして僕の横では目が猫っぽくなったシアンが、お尻ふりふりしつつ得物にとびかからんとする猫のような体勢に……!

 

「わ、わかったわかりました! 少しの間だけのPTってことで!」

「わお! ほんと!?」

「おおわざわざ確認してくれるなんていい人だやっぱりやめましょそれじゃあ《がしぃ!》離してぇえええっ!!」

「いやいや聞いたよ私聞いたからね!? ありがとうえーと名前なんだっけ!?」

 

 そういえばどさくさで紛れた自己紹介をすっかり忘れていた。

 しなきゃいけないかな……いけないんだろうなぁ。どの道、宿でバレそうな気がするし。

 

「はぁあ……。えーと、ツァガ・ヒトです……。こっちはシアン……」

「《ぐいぐいぐい……!》そ、そうなんだ。シアンちゃんね、うん。……ところでシアンちゃん? どうしてそのー……私のこと押し退けるのかな」

「ふかーっ!」

「わお! 威嚇された! ああんもう可愛いなぁ! ね、ねぇねぇえーとツァガヒトくん! この子モフモフしていい!?」

「だめ。ていうかモフモフって、なにをするつもりなのさ」

「うへへそりゃもうゴリゴリスリスリマッチュモッチュと、顎で獣耳の柔らかさと多少のひんやりさを堪能したり、頬擦りして癒されたり、マッチュモッチュといろいろなところにキッスを……!」

「あの、質問なんだけど。GM報告ってどうやれば出来るっけ」

「ああGM報告? えっとね、パネルの───ってやめて!? ちょっと暴走しただけじゃない!」

 

 ちょっとの暴走でこれなら、真の暴走ともなるといったいどうなるのやら。

 僕とシアンは一層、彼女への警戒心を強めたのでした。

 うん、そろそろ宿に戻ろう本気で。まだ話し足りなそうなこの人はほっといて。

 

……。

 

 さて。そんなわけで宿に戻ってきたわけなんだけど……。

 

「え゛っ……た、足りない……?」

「ああ足りないねぇ。その金額では泊まることは出来ても、食事は出せないよ」

 

 リシュナさんが宿代のことで固まっていた。

 言葉通り、足りなかったらしい。

 

「ツッ……ツケ、とかは……!」

「以前踏み倒した馬鹿が居てね。俺様はこれから大きく名を売るんだから、俺様に恩があったほうがお得だぜとか言って、逃げやがったのさ」

「~っ……ちくしょうあの薔薇野郎……!」

 

 リシュナさん、口汚いです。気持ちは解るけど。

 でも勘違いってこともあるだろうしと思って、ミレアノさんに訊いてみる。えーと、訊き方はどうしようか。普通? それとも探偵風に? ……普通でいいか。

 

「ミレアノさん。その馬鹿の名前、エディーで間違いありませんか?」

「おおそうだよ、よく知ってるねぇ」

 

 ……リシュナさんと目を合わせ、“ああやっぱり”と頷いた。そりゃね、そんな俺様馬鹿、そうそう居ないだろう。

 

「じゃあこの際ツァガヒトくんと同じ部屋でいいんで! なんとか料理を! いいよねツァガヒトくん!」

「敵に認定して顔面グーで殴っていいですか?」

「困っている女の子に対して言う言葉がそれ!? やめてねほんと! ていうかきみからも言ってやってよぅ! ここまで来て外まで戻るなんて辛すぎるよ!」

「表では見張り兵が武器を持って待機してたけど?」

「うぐっ……ご苦労様としか言えない……! じゃあツァガヒトくん! おか───」

「なんですか自分の分は自分で払うと豪語した年上のおねーさん。僕今、金貸し以外の話なら聞きたい気分です」

「いじわるだ! きみはいじわるだぁっ!!」

 

 目に涙を溜めて言ったところで、痛くも痒くもございません。

 僕は癒す人……ええ、それは変わりはありませんが、だからって全てを救うつもりはないのですから。

 誰にどう思われようが、僕は僕の思う善を貫きます。

 知らない人にどれだけ偽善とか言われても、まあべつにいいのでは?

 

「むしろなにか素材とか持ってないの? 売れば金になるようなもの」

「あ、そっか、それがあった。えーと……? あ、そうそう、いいニココ梨が手に入ったんだけど、おばちゃん、買い取ってくれない?」

「ニココ梨かい! そいつぁいいね! ……それでも一泊と明日の朝のご飯くらいしか出せないよ? それでいいのかい?」

「正直もったいない……! それがあれば上質なクオリティーナッシャーが……!」

 

 クオリティーナッシャー? なんだろそれ。

 気になったのでギルドカードで調べてみると、ニココ梨から抽出できるとても美味しい汁、らしい。

 梨のジュースみたいなもの……なのかな。

 

「じゃあ決まったみたいだし、僕とシアンはもう部屋に戻るから」

「なに言ってんだいヒトちゃん。このコもヒトちゃんと同じ部屋だよ。じゃなきゃ料理を出せるほど足りちゃいないよ」

「シアン、きみはいつもどぉ~りベッドで寝なさい。僕床で寝るから。リシュナさんは部屋の前で寝るそうだから」

「それ同じ部屋って言わないよね!? 明らかに部屋の前って言っちゃってるよね!? う、うぬぬうぬ~……! クエスト手伝えるって言ってるのに、こんな態度ばっかりっていうなら、こっちにもさすがに考えがあるわよ……!? ミレアノさん! あの二人のお金で私に料理を一品───!」

「そりゃさすがにヒトちゃんの許可がなきゃ無理だね。それとヒトちゃんら、もう部屋に向かったけどいいのかい?」

「うあーん薄情だーっ!!」

 

 叫び声が聞こえたけど知らない。

 僕らは僕らの生活だけでいっぱいいっぱいなんだ。

 出来るだけのことしかしないのはもちろんのこと、積極的に関わって、癒しを当てにされても困るのだ。

 そう……僕の目的はあくまで平和に、病める人を癒すことにある。

 断じて剣士たちと仲良くなりすぎた所為で国にお呼ばれされるはめになって癒し部隊の隊長に任命されたりとかそういうのじゃあないのだ! だから深くは関わらない。それでいい。それがいい。

 

(力があるなら救わなきゃいけない? そうだね、救われた人はきっと嬉しいと思うよ。でもいつかはそれが当たり前になって、きっと僕から様々な自由は消える)

 

 ちょっとの傷でも治せと言う人が来て、治さなかったら罵倒される。世界ってのはそんなもんだと思ってる。癒しとは関係なくても、似た様な経験をしてきたからね。

 その中で友達になれた悠彰と香織だ。本当に本当に大事な人たちだった。

 

(……そういえば気にしてなかったけど。僕って地界で死んで、当日にここに飛ばされたのかな)

 

 にしては明るかった。死んだ時はクリスマスで、夜だった筈なのに。

 まさか時差がある? いやいや、わからないけどそうじゃないかもしれない。

 そもそもおかしいんだよね、天秤の悪魔に送られはしたけど、どうして天秤さんは二人の未来を知ってたのか。

 もしかすると、もうとんでもない時間が経っているのかもしれない。

 一年や二年どころじゃなく、それこそ“二人が幸せに暮らした”って事実を確信出来るほど。下手をすれば、もう二人が大往生してしまったくらいに。

 

「………」

 

 部屋の扉が見えたあたりで首を横に振った。

 空界から地界に行く技術はたくさんあるとエミュルさんは言った。

 戻れば会えるんじゃないかと思った。祝福くらいしたいとも思った。

 でも……二人にしてみれば僕はもう死んだ存在だし、二人が幸せなら……。

 

(もし偶然帰ることが出来たら、その時は……)

 

 会おうとはしなくても、影からおめでとうくらいは言いたい。

 もちろんその際、天秤さんにきみはそっちに行けないとか言われたらいけない。あくまで偶然を願おう。

 うんと頷いて扉を開ける。

 中の光景はもう見慣れた、特になにもない部屋だ。私物とかろくにないしね。言ってしまえば金もない。

 

「僕はこのまま風呂に行くけど、シアンはどうする?」

「今度こそご主人様のお背中をお流し───」

「させませんっ!」

「うぅ……」

 

 ミレアノさんは、ええ、はい、シアンに風呂の入り方を教えてくれた。

 余計なことに、主人の背中は流すもんだ、とも教えてくれやがりました。

 いりませんそんな知恵。そういうのは生涯の伴侶と認めた人とのみするもんだ。そう、こんな僕とでも一緒の墓に入ってくれるような、そんな奇跡的で素晴らしい人と。

 

(………)

 

 その前にお金を溜めましょうね。

 女の子一人の服さえ買ってやれないで、なにを伴侶などとドチクショウ。

 

……。

 

 さて、風呂である。

 きちんと男子女子と別れている、素晴らしい風呂。

 水の精霊と火の精霊の恩恵で温水が湧いてくる~とか言われているらしい。

 ……つい先ほどまでは“あっははまさか~”な僕だったけど、実際にこの目で精霊を見てしまったからには信じないわけにはいかない。

 

「うん」

 

 人の気配はない。

 脱衣所にも僕以外の着衣無し。

 風呂の方からも人の気配とか、無し。

 確認を終えてから脱衣。

 最初から着ていた服の下には、いつ見てもいい気分はしない虐待の痕が残っている。

 遅くに風呂に入るのもそれが理由で、シアンに背中を洗わせない理由にはこれも含まれている。

 

「癒しを使えば消えるかな」

 

 痕を見るたび思うこと。

 でも、消していいのかな、これ。

 消しちゃったら、あの二人への憎しみも消えてしまいそうで……よし消そう。そしてさっさと忘れよう。

 

「そうだよね、あの二人のことを思い出す必要なんてないんだ、さっさと消そう」

 

 どうせ消したところで、ちょっとしたことで連想してしまうのがオチだろう。ならばこんな傷は消してしまうに限る。

 脱衣所から風呂へ。露天であるそこで、まずは体を洗ってから湯船へ。

 

「ていうかさ、イグ。寝たらもう本当に動じないんだね」

 

 体を洗う際、イグもゴシゴシ磨いてみた。

 ……テコーン♪と輝くだけで、なんの反応もなかった。

 

「はう……うぁああ……!」

 

 湯船は少し温度が高めなようで、ほどよく表皮を刺激する熱が、体の疲れを溶かしてくれるようだ。

 もちろんイグがくっついている腕は沈めたりはしない。悪戯とはいえ、さすがにそれはね。眠っている存在への冒涜にございます。

 

「おっと」

 

 だらしなく緩む表情筋をそのままに、癒しを流してゆく。

 えーと、まずは階段から突き落とされた時に出来た傷と、足を挫いていた時にさっさと歩けと後ろから蹴られてアスファルトに盛大に打ち付けてできた傷と……いいや、思い出すのやめよう。

 足挫いたのだってやつらが原因だし、もう思い出したくない。

 僕さえ居なければ妹も幸せだろうし、それでいいじゃないか。

 ……でも。

 

「……ここは、悠彰と喧嘩した時に出来た傷」

 

 自分を低く見てばっかだった僕と喧嘩を始めて、結果的に友達になった。

 悠彰はとんでもなく強くて、でも、だからこそ僕も心の底からいろんなものをぶちまけてぶつかることが出来た。

 

「……ここは、香織を庇った時に出来た傷」

 

 告白を受け入れなかった香織に対してキレた男が振るった、鈍器の暴力。

 それがきっかけで、なんというか意識するようになったというか。

 巡りあわせって奇妙だ。

 ……そんな傷も、消してゆく。

 悠彰、香織。きみ達からもらったいろんな知識は、これからも大事に、そして面白おかしく活かせていけたらいいって思う。

 でも……もう少し、新しい自分になって進んでみるよ。

 だから傷は消していく。ごめん。

 ありがとう、二人とも。感謝してもしきれない。

 “世界なんてこんなもんだ”って、笑いもしなかった僕に……“楽しい”を教えてくれて、本当に本当にありがとう。

 

「心を癒せば、心の傷も消せるかな。ははっ」

 

 笑いながら、胸に手を当てて癒しを流してみる。

 ……なんだかむず痒い。

 だから、中に響かせる意味も込めて、力強いノックで癒しを叩き込んだ。

 ちょっと咽たけど……途端におかしくなって、黒の空の下、笑った。

 

「なに笑ってるの? おもしろいことでもあった?」

「ハ」

 

 笑っていると、後ろから聞こえる声。

 湯船の端っこ……えーと、こういうのってなんて言うんだ? ほら、湯船に足を入れるよね? その湯船に入る前に立っている場所。……岩か、岩だな、まあ岩だ。岩に背もたれして笑っていた僕の後ろから、ハテ、どうして女性の声が聞こえるのでしょうか。

 ははんそうか、女子風呂と間違えたのか。まったくもうオチャメさん……なわけないよね!? 間違えたら男に声かけるわけないよね!? 黙って闘争するよね!? じゃなくて逃走するよね!?

 

「リシュナさん、何事? あなたの頭の中でどんなハルマゲドンが起きればこんな状況に?」

「ああ別に服は脱いでないわよ? ただちょっと、きみが逃げられない状況が欲しかっただけだから」

 

 逃げられない状況……もしかしてこれを機に僕に無理難題を?

 ハッ!? もしや彼女は某国のスパイで、僕の癒しに目をつけて国の奴隷にしようとスカウトを……!

 

「愚かな……男たる者、己の一生をかけた瞬間の前では、たとえ裸であろうと立ち上がれる猛者。この際の男を女性がどれほど無防備だと笑おうとも……男とはマグナムがあれば立ち上がれるものだと、ある男は謳ったわ」

 

 言いつつ、ザバリと立ち上がる。……と、後ろから「ひうっ!?」という悲鳴が聞こえる。

 ホホホ、そらみたことか。これしきで恥ずかしがるようで、よくも逃げられない状況などと謳えたものぞ。

 

「ちょっと待った振り向かないでよ!? 訂正するから! 逃げられないっていうのは訂正するから! 訂正以前に言ってみたかっただけなんだから絶対に振り向いちゃだめだからね!? とりあえず話を聞いてもらいたいだけなの! ね!?」

「その場合、長かったら僕がのぼせるので部屋で話さない?」

「だってほら、シアンちゃんが居るじゃない? あの子、私のこと警戒してるみたいだし」

 

 なるほど、シアン抜きで話したいことがあったと。

 でもなぁ、だからって男湯に突貫したりしますか普通。

 こんなところに女の子が居たらそりゃアータ……

 

「《カララララ》ふーい、今日もたくさん薬草摘んでやったぜ~~~っ! どおれ今日の疲れを湯船にぶつけてやるとするか~~~~っ!!」

 

 案の定、他の冒険者が風呂を求めてやってきたわけで。

 

「ぬおっ!? なんだべ! 男湯に女が居るだべ! もしやそういうサービスだべか!? そういうことなら嬢ちゃん! 背中流してくれやガッハッハッハッハ!!」

「───」

 

 リシュナさん、停止。

 相手のおっさん、隠すこともせずにマグナム解放状態。

 ……その夜。

 一人の女性の悲鳴が、夜の空へと轟いた。

 

……。

 

 で、結局部屋である。

 

「ぐすっ……ひっく……うぇええ……!」

「泣かんでください鬱陶しい」

「それが産まれて初めて見るアレが見知らぬ男でショックを受けてる女の子に対して言う言葉!?」

 

 しくしくと泣く存在、リシュナ・マグベストルは、早速自分の迂闊さに嘆き、何故か僕に当り散らしていた。

 

「自業自得でしょうに。むしろ堂々と入ってきたから、今日は風呂はおしまいです~的な看板でもかけてあったのかと思ってました」

「!?」

「……そんな策すら閃かなかったんですか……」

 

 ちなみに現在は僕、シアン、リシュナさん、といった感じで三人で……ベッドの上に座っていたりする。シアンが間に入っているのは、やっぱり警戒しているからだろう。

 僕はまだ一応の警戒を解いておらず、口調が刺々しいのもその影響だったりする。

 

「と、とにかく。お話っていうのは他でもない、シアンちゃんのことなんだけど」

「娘はやらんぞ」

「べつに頂戴って言いたいんじゃなくて。ていうか娘じゃないでしょ。えーと……ほら、服のこと。私、着替えは結構持ってるから、一緒のPTで居るうちなら貸してあげよっか? って、言いたかったの。なんとなく、本人の前で言ったら拒絶されそうな気がしたから、気を利かせてあんなことしたのに……」

「そうして善人に見せかけておいて実は奴隷ばかりを狙う悪徳商人───!」

「違うってば!! 大体“奴隷紋”なんて持ってないんだから、私がこの子を連れてたらあっさり掴まっちゃうわよ!」

 

 おおなんと、奴隷紋にはそんな効果まで……!

 何気に便利なんだね、これ。

 

「ところでリシュナさんのランクはいくつ?」

「F。まだまだ駆け出しね。腕だけはそこそこあるつもりよ? あの薔薇馬鹿……馬鹿薔薇? まあいいわ、あの馬鹿に付き合わされてなかったら、Eくらいいってたと思うし。ああ、それというのもね、あの馬鹿、手柄をとことん自分のものにしてたの。あとで気づいて愕然としたわ。Dランクの依頼を取ってきたぞーとか俺様顔で言われて、私もとっくにDのつもりだったのよ……」

「いや、自分のランクくらいその都度確認しようよ……」

「ギルドには俺から言っておいたから! とか自信満々で言われれば、そういうものなのかもって思っちゃうでしょ!? と、とにかくっ、そういうことだから、服を貸す代わりにこう……もうちょっと仲間っぽくさせてよ。今も思いっきりナマモノ的な壁が物理的に存在するし……心の壁レベルじゃないでしょこれ」

「ふぅうう~……!」

「ほらー! 今だって威嚇してるしー!」

 

 リシュナさんは涙目だ。

 でも服という提案は確かに魅力的だ。

 シアンにもう、この奴隷服を着せないで済むのだ。

 そうしたらシアンも堂々と街中を歩いて、“おお! 綺麗な服だなぁ! そっちのあんちゃんの贈り物かい!?”“いえ……あの、こちらの女性のからの借り物で……”“…………”……って感じで僕が物凄い目で見られるんだよね! ああもう未来が読めすぎて視界が滲む!

 そんな時は、威嚇の際にボフリと膨らむシアンの尻尾を撫でて心を落ち着かせましょう。

 ……ああモフリ。

 

「人をほったらかしにしてほんわり和んでんじゃなぁーい!!」

「和んでるもんか! こっちはそれはもう一大事すぎて泣きたいくらいさ!」

「えぁぇ!? 泣く!? なんで!?」

「ウルサイワーイ! とにかくシアンの服は僕が買うんだい! 貰い物や借り物を着させて、周囲に“アレ、あいつが買ったわけじゃないんだぜ”とか言われないために僕が買うよ!? 買うんだもん!」

「それまでずっと奴隷服? それこそ“いつまであの格好でいさせるんだ”とか思われるんじゃない?」

「《ぐさり》ドゥウウッフェ!?」

 

 言葉の短剣が僕を貫いた。短剣なのになんて長さと鋭さよ……! とか無駄に感心するほどに鋭利な言葉であった。

 

「とにかく、服は貸すから。あとなにかしてもらいたいこととかってない? 言っちゃなんだけど、こっちとしては無料で傷を癒してもらえるってだけですごい助かるの。服を貸す程度で等価交換が出来るなんて思ってないわ。こういう重い話をすると、シアンちゃんが警戒しそうだから一人の時をって思ったんだけどね、もういいや、仲間内で隠し事とか気分悪いしね」

 

 むんと胸を張ってのお言葉。

 なるほど、ゲーム世界と違って、宿で寝ればHPが全快ってことはないんだもんな。そりゃあ癒しはありがたいよ。

 

「リシュナさん自身、回復魔法とかは?」

「そっち側に適正がなかったから無理。回復系は珍しいのよ、ほんと。きみ、この世界の生まれじゃないでしょ? 雰囲気でバレバレだけど」

「押忍。生粋の地界人でございます」

 

 ドリアード……ナギーが思い切りバラしたしね。

 なんでわかったのかな。雰囲気? ……髪の色とかの関係もあるんだろうね。

 

「空界には“式”っていう、属性の力を借りて使う魔法みたいなのもあるんだけどね。今じゃ使える人自体が希少なの。式には回復系が充実してたっていうのに、もったいない」

「なんで希少になったんで?」

「過去の人たちが伝えようとしなかったとか、魔術が主流になった所為で廃れたとか、話はいろいろあるんだけどね。決定的だったのは、空間融合事件の時だって言われてるわ。式についてが記された記録の全てが、融合の際にフェルダールの記録のほとんどに上書きされたそうよ」

「うわちゃー……そりゃまたなんとも……」

 

 そうだよなぁ、融合っていうくらいだから、いいところばっかりが残されるなんてことはないよなぁ。

 あれ? じゃあその式ってものの適正が良ければ、頑張れば使えたりとかは……。

 

「式に適正ってあるの? 魔術とかみたいに」

「さあ。適正を測る魔導器に、式についてのものはなかったと思うけど」

「ますますだめか……」

 

 もし許されるなら、“魔法適正が無い代わりに式適正がスゴカッタヨー!”なんて喜びを味わいたかった。

 結局癒しのギフトが無ければなんの適性もない凡人だったわけだ、僕。

 いいけどね、人間らしいし。

 

「他に聞きたいことは? あ、お約束だけどスリーサイズは───」

「スリーサイズで思い出した。リシュナさん、リシュナさんの服を着るとして、シアンの胸───」

「それ以上言ったらグーで殴る」

「ソ、ソーリー」

 

 リシュナさんはスレンダーだ。……スレンダーなんだ。

 

「あ、じゃあ最後にひとつ。これ試させてくれたら、あーしろこーしろとかは言わないから、ひとつだけ試させてほしいことがあるんだけど」

「え? ほんと? 奴隷になれとか言ったり───」

「誰が言うもんですかこの野郎」

 

 声高らかに奴隷購入宣言をしたからって、こちとら“人を買う”って行為に何気に罪悪感を抱いてるんですから。

 じゃあなにをするかというと。

 

「リシュナさん。ギルドカード見せて?」

「───」

 

 言った途端、ぎろりと睨まれた。

 だが退かぬ! これは必要なことなのだ!

 あれから考えたけど、もしやステータス移動はPTメンバーだったら誰にでも出来るのでは!? とか、自分のステータス移動が出来ないのはただのHIMO野郎だからなのでは!? とかそんなことばかりが思い浮かぶのだ。

 なのでいい加減結論がほしい。僕以外のステータスが移動できるならそれでよし。シアンだけならそれでよし。ともかく確認くらいはしておきたいのだ。

 だってさ、もし出来るなら、ステータスの再振り屋としてお金稼げそうじゃないですか!

 

「だめ、って言ったらこの話は無かったことになる?」

「ならないよ? 試してみたいことがあるだけだし、それがだめだから部屋から出ていけ~とか、どこのクズですか。上手くいけば、リシュナさんにも悪いことにはならないと思うけど」

「? どういう意味?」

「ここから先は了承するか否かで。さあどうするさあ決めてさあさあさあ!」

「………」

 

 急かす返事としてギロォリとたっぷり睨まれました。

 でも大きく溜め息をひとつ、とうとう彼女はギルドカードを貸してくださったのです。

 ただし自分も間近で見る、という条件付きで。なのでリシュナさんが持つギルドカードを、僕が横から覗くというかたちに治まった。

 

「で? 人のギルドカードなんて見てなにがしたかったの?」

「うん。えーと……まずは普通に出来るかどうか」

 

 シアンのステータスをいじるように、リシュナさんのギルドカードに軽く触れてイメージ。……STRを1減らしてVITに振り分ける…………出来ない。

 

「じゃあPT申請。了承して、リシュナさん」

「え? え? な、なんなのよぅ」

 

 リシュナさんをPTに入れて、さあ再チャレンジ。

 さっきと同じように、STRを1下げてVITに…………あ、出来た。

 

「!? え!? 数値が動いた!? なにこれ!」

「ようし成功! やったよシアン! 僕らの未来は安泰だ!《がしぃ!》ぐおおなにをする離せェエエ!!」

「ご主人様!?」

 

 喜びも束の間、リシュナさんに襟首を掴まれてしまった。

 風呂でのことからニュー・ツァガヒトとして生まれ変わるつもりでいたのに、出た言葉のなんとも平凡なこと。むしろぐおおなんて普通は言わない。

 そしてシアン! 部屋の中で暴れたら修理代とか出せないからちょっと待ってお願い!

 

「これやったの、きみ?」

「お、押忍」

「どうやったの?」

「ふふふはは俺は何も喋らねぇぜ……!? 見た目はこんなにプリチーだが、中は……筋金入りさァァァ!!」

「力ずくで吐かせるって言ったら?」

「リシュナさんのステータスを全部MNDに回して、STRMAXのシアンに全力で殴ってもらうってのはどうかな」

「OKわかった話し合いましょう!!《どーーーん!》」

 

 ギヌロと睨んでいた顔が、一瞬にして真っ青になって滝のような汗を噴き出した。

 VIT1でSTRMAXナックルなんて、想像したくもない。

 そんなわけで襟首は解放された。

 

「えーとまず誤解しないでほしいのが、数字を変えるだけってわけじゃなくて、本当にステータスが変わります。あ、あと僕の口調は育った環境の所為でころころ変わったりするからいちいち気にしないでもらえると助かります」

「まあ、うん」

「で、だけど。試したかったことっていうのが、今のステータス移動。シアンでやって出来ることはわかってたけど、悲しいことに自分には出来なかったもんで。だから他の人なら出来るかなぁと試してみたかったのです」

「それで……さっきの話の流れから察するに、PTだったら出来た?」

「押忍。だからこれを利用して、再振りをしたいと悲しむ人に有料で再振りをして、お金を稼ごうと───」

「───やめなさい」

 

 …………。

 ひどく、低い声が、リシュナさんの口から絞り出された。

 顔が怖い。

 

「確かにそんなことが出来るなら、客は殺到するわ。それを利用してより効率的に狩りをと思う人も出てくる。取り返しがつかない能力を好きなように変更できるんだもの、望まない人なんて絶対にいないわ」

 

 でも。と続けて、リシュナさんは真面目な顔で僕の眼を覗き込む。

 

「もしそれを国の野心家が利用しようとしたら? 他の国を潰すために、きみを攫いに来たら? 魔物っていう共通の敵は居るけど、国っていうのはいつだって自分が一番になりたがっているものよ。そんなところにきみっていうエサを投げてみなさい。あっという間に幽閉されて、自由もなにもない、死なないだけの一生を約束されるわよ」

「…………」

 

 エ? じゃあ……エ?

 せっかく見つけた稼ぎの方法は、アウト?

 僕、やっぱりHIMOですか?

 

「この世界の王様ってそんなにやばいの?」

「ううん、全然。私がしてる心配は、王じゃなくてその周りね? 野心家っていうのは、王よりもその周りにこそ多いんだから」

「ああ、うん、それはわかる気がする」

 

 とくに大臣とかそっちの、王の近くの人ね。

 物語というもので事件が起きたら、まずは一番偉い人より二番目を疑えとは悠彰の言葉だ。それに加えて、映画などで犯人を捜すようなもので、誰かが過去を語ることで始まるものは、語りだした者を疑えと。

 何故って、個人の視点で他人が経験したことの全てを把握出来るわけがないから、らしい。そいつは離れていた筈なのに、他人がしていた秘密の話などを知っているなら尚更だ。なるほどと思った。

 でもミステリーとかで語り部が犯人なのは、やっちゃいけないことなんだそうだ。

 

「でも、まいったわねー……。こんな裏技が出来る人を知っちゃったら、私だって迂闊に喋られないじゃない」

「うん。もう誰にも話すつもりはないから、もしこれから会う様々な人の中、誰かがそのことを知っていたら、地の果てまでも追いかけてブチコロがしますね?」

「怖いこと言わないでよ! 誰にも言わないから! ~……もう!!」

 

 偶然出会った人が、簡単に国を混乱させることが出来るHIMOであることに、彼女は随分と驚いたようだった。僕もこの世界に驚いておりますが。

 はぁああ……また何か金を稼ぐ方法を探さないと……!

 

「あ、じゃあ癒しを売り物にするとかは? 旅の癒し屋ってのをやろうと思ってたんだけど」

「癒しは一日に何回出来るの?」

「え? さあ。試したことないや。何度でも出来るんじゃない?」

「きみはもっと自分の異常性と向き合うべきだと思うなぁ!!」

「あぁそうさ異常だよ……! どうせ僕なんて、ついこの間まで奴隷だった女の子に養ってもらってるHIMO野郎さ……!! 言われなくても向き合っているさっ……!」

「いやそうじゃなくて!! それもちょっと気の毒だけどそうじゃなくて───って泣かないでよちょっと! いいことあるってこれから!」

 

 しくしくと泣く僕を、シアンが慰めてくれます。ありがとうシアン。でもきみに慰められると余計に悲しい気分になります。が、そんなものはこっちの勝手な都合なので、その慰め……心より受け取ります。

 

「ぐしゅっ……その、えと……まあともかく、これからよろしくお願いしマッスル」

「なに、その挨拶」

「マッスル同盟のまったく新しいオリジナル挨拶です」

「……ああ、あのハゲマッスルの」

 

 ハァーンさんを知っているらしい。そりゃ知ってるか、目立つもの。

 ともかくそうして、僕らに新たな仲間が出来た。

 お金が溜まるまでの仲間……なんとも虚しい繋がりではあるものの、仲間だ。

 

「ところでその……ステータス移動? って、私だけでも好きに変更出来たりは───」

「この技は一子相伝ゆえ、知ろうとした者は例外無く死、あるのみ」

「OKわかったもう訊かない」

 

 両手を軽く挙げての降参のポーズ。初めて見たかも。

 そもそもこの能力、どうして貰えたのかもよくわかっていないものなのだ。もしかしたら他の人も使えるのかもしれないが、少なくともそのやり方を僕は知らない。

 なので一子相伝ってことでいいんだと思う。

 

「じゃあ……他に確認することは後日にするとして、寝よう」

「え……もう?」

「ごめん、夜弱いんだ」

 

 言いつつも目が……じゃなくて瞼が重い。

 なので抵抗しようとするシアンをベッドに押し倒し、僕は床に転がって、リシュナさんを部屋の外に「だからそれだと一所の部屋の意味ないよね!? ていうか押し倒した時ドキッとした私の奇妙な期待感を返して!?」抵抗された。当然だった。

 そんなこんなで多少の確認のし合いを終えて、眠ることになった。

 

「……ベッドに寝かせてくれるのは嬉しいけどさ。シアンちゃんが物凄い警戒してる上に、ツァガヒトくんがそうして床に転がってると、申し訳ないんだけど」

「お黙りなさい。ベッドを譲られて文句を言う女性は敵だ」

「なんで譲られた上に睨まれてるのかなぁ私!」

 

 癒しを放ちながら眠りにつく。

 このホワホワとした癒しオーラが、硬い床の上でも問題なく僕を眠りに誘ってくれるのです。ああ、ちなみにシアンを押し倒した理由は、そうでもしないとベッドを使ってくれないからです。

 え? 男女的なアハン? はっはっは、恋人でも夫婦でもないのに、あるわけないじゃないですか。僕は恋人や夫婦という関係をとても大事に思っております。そんな段階を超えた行動なぞ、いたしませんとも。

 人の関係……それはきっと友達という状態が一番気安いのだと思う。

 重くない存在……それが最強。

 

「……ねぇヒトくん」

「なんじゃいコナラァ、言っておくが僕の眠りを妨げるのならば意識の一つや二つ、覚悟してもらうぞ」

「眠りに対する欲求が異常すぎない? ……あ、ああうん、まあいいや。えっとさ、ヒトくんってなにか、この世界でやりたいこととかってあるの?」

「人を癒して生きていきたい。そのためにお金を溜めてマイホームを買うのです」

「え……それだけ? ステータス移動なんて秘術めいたものがあるのに?」

「押忍、それだけ。治らない病気を治せるとか、夢みたいじゃないですか。それがいいんです。ええ、だからいいんじゃあないですか」

 

 微妙にジョジョチックに語ってみると、リシュナさんはぽかんとしていた。

 言葉も続かないようなのでこれでおやすみだ。

 さあ、明日も頑張って稼ごう。稼いで…………そ、装備より服をなんとかしようね! ネ!?

 


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