奴隷(キミ)と僕とを結ぶHIMO   作:凍傷(ぜろくろ)

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第五話【自然の精霊は暴力的】

10/世界の事情よりも財布の事情

 

 マッスル武具店。

 筋肉ゴリモリのおやっさんが店長を勤めるそこで、素材を見せては何が出来るのかを相談し合った。

 

「ヘビィビーの(はね)か! よくもまあこれだけ集めたもんだ!」

「防具を作れるなら防具を、武器を作れるなら拳武器をお願いしたいのですが」

「そうだよなっ、やっぱ拳だよなっ! ようしいいぜ作ってやる! ただしこれだけじゃダメだな。ヘビィビーの素材はな、接合するのに拳闘蜂の唾液ってのが必要になるんだ。それと蜂蜜を合わせると山吹結晶ってのが出来る。これがまた硬ぇえええんだ」

「唾液か……イグ、大丈夫?」

 

 右腕にひっついて盾に擬態しているイグに訊いてみる。

 町の結界の中だから、魔物には辛いってことで癒しを流し続けている彼(?)は、熱を発して結晶甲殻を溶かすと、元の姿に戻った。

 

「うおっ!? ヘビィビー!?」

「あ、待った待った! 仲間なんだ、構えるのは待って!」

「仲間!? ……なんだそれなら早く言え。まあそもそも、結界の中に居る魔物が元気でいられるわけがねぇ。焦るにしたって焦りすぎたぜ」

 

 ……この人ほんとに神経図太いなぁ。動じないとも違うけど、落ち着くのが早い。話が早くて助かるけどさ。

 

「しっかしヘビィビーを仲間にか! おもしれぇやつだな! 俺はお前が気に入ったぞ! もっと筋肉鍛えろ!」

 

 気に入った途端に筋肉の成長を願う人に会ったのは初めてだ。

 

「ところで俺は疑問に思ったんだが。おめぇさんは武器もねぇのにどうやってクエストをこなしてやがるんだ?」

「拳で」

「これ以上ねぇってくれぇの雄弁な答えだな。うっしゃ、んじゃあ拳武器だったな。すぐに取り掛かるからまってな。お、唾液はここに頼むぜ」

「はい。じゃあイグ、お願い」

『ギ』

 

 差し出された小さな瓶に、イグがモチャリと唾液を垂らした。

 おやっさんはすぐにフタを閉めると、フタを弄くって……どうやら中の空気を抜いているらしい。それが完了するとさっさと奥に行ってしまい───って、あれ? なんか防具の話題が早速消されているような……? あの、出来れば防具でって言ったよね? お、おやっさァアーん!?

 

  ゴンガガガギゴギゴシャシャシャシャァンッ!!

 

 ……妙な騒音ののち、戻ってきた。

 その手には、立派な拳武器が。……OH。

 

「うっしゃあ受け取れ! ヘビィナックルだ!」

 

  コシャンッ♪《ヘビィナックル×2を受け取った!》

 

「《ずしり》……重いですね」

「ヘビィだからな! そんじゃあ代金だが」

 

 防具の話はやっぱり無しのようです。さすがマッスル。防御力より破壊力というのが基本的な考えらしい。

 

「押忍、おいくら? 作ってもらっておいてなんだけど、後払いってのも珍しいですね」

「うっはっは、ちょいと燥いじまったよ。さて、値段は2100£だ……と言いたいところだが、材料もそっちで揃えてくれたんだ、1000でいいぜ」

「おお、ありがたい」

 

 コシャンと金を支払うと、奴隷紋をいじくって装備変更。

 シアンに直接つけても装備は出来るんだろうけど、こっちで出来るかを実験。

 インベントリを開いて、シアンの装備欄にヘビィナックルを……と。

 

「《シャキィンッ♪》ふわぁっ!?」

 

 いじくるというよりは、これを装備させるって意識してみたらあっさり。

 急に手を包んだ篭手型の武器に、シアンも相当驚いている。

 

「これってサイズとか調べなくても装備出来るもんなんですか?」

「ものにもよるがな。装備品ってのはそういうもんだ。着衣と装備は違うから気をつけろ? 前にお前さんがサイズを測って服を買いに、とか言ってたが、装備品はそういうことを考えなくていい。勝手にベストサイズで包んでくれるのさ」

「至れり尽くせりですね……」

 

 でもこれぞファンタジーって感じでいいね。無駄にゲーム要素も混ざっているところとか、さらに素晴らしい。

 さて、じゃあシアンの装備を見てみよう。

 

 ◆ヘビィナックル

 重量のある拳装備。

 蜂の唾液と蜂蜜の合成反応により、結晶化されたものを使用している。

 デコボコにした状態で結晶化させたため、殴られるととても痛い。

 微弱ながら熱を発していて、装備者のテンションで熱が上がる……かも。

 ATK=15(熱:10)

 

 ……と、これが2個か。

 ATKっていうのはアタックでいいみたいだ。攻撃力15か……高いのか低いのか。

 

「おっちゃん、初心者用の武器ってATKいくつくらい?」

「短剣が2、長剣が5、斧が8、槍が5とか、まあそんなもんだ。最初から15なんて贅沢なもんだぜぇ?」

「だよね……そうだよね……それも、それが両手分だから……」

「普通のナックルの攻撃力なんて、精々で3だ。腕力と手数がモノを言う武器だからな、殴りまくってナンボだ」

 

 おおお……それはまた、素晴らしい武器を作ってもらったもんだ。

 それならしばらくは、STRも控えめでもいけるかもしれない。

 

「他になんか用はあるか? メイド服の材料は見つかったか?」

「いや、まだなんです。思うように金も溜まらないし、素材もこれといったものがなくて」

「そうかい。まあ気長にやりゃあいいさ。材料さえ持ってくりゃあ良い値段で仕上げてやらぁ」

「持ってこなかったら?」

「他のベテランに材料の手配を頼んで、それにかかる費用の全てをおめぇさんが払えば、作れねぇこともねぇ。その場合はいつになるかわからねぇし、素材の質も相手任せになるがな。よく居るんだよ、依頼で素材集めやったってのに、思うよりいい素材が手に入ったってんで依頼を捨てて自分のモンにしちまうヤツってのが」

 

 う……その気持ちはわかるかも。

 自分が集めている時はてんでいいのが出ないのに、他人のためにとやっていると予想以上に……って。

 

「ところでこういう武器って……強化? っていうんですか? 出来ます?」

「出来るぜ? ギルドカードは持ってるな? それで武器を調べてみろ。情報の中に強化って項目がある筈だぜ」

「ほほう……」

 

 早速奴隷紋を通して装備中のヘビィナックルを調べてみると……おお、確かに強化の文字。

 意識してみると新しくウィンドウが開いて、強化前と強化後の形と数値、必要な材料が文字として現れた。

 

「必要なものは……拳闘蜂の顎×2、拳闘蜂の触覚×4、拳闘蜂のモヒカン×2、拳闘蜂の拳毛×4……あと蜂蜜が10個……」

『………』

「………」

『…………ギ?』

「あ、あのあの、“やんのかコラ”、と……」

「やらいでか! 表出ろコノヤロー!」

『ギギー!!』

 

 二人……じゃなくて一人と一匹で外へとGO!

 すぐにシアンも追ってきてくれたけど、外というのは町の外でございます。

 何故って、結界の中じゃあイグに対してフェアじゃない。

 そんなわけで外まで駆けて、そこでバトルを開始しました。

 

「すぐに癒すんだからちょっとくらいいいじゃないか!」

『ギギギー!!』

「“顎を差し出すとかどれだけ痛いと思ってるんだ!”と言ってます!」

「じゃあ気絶させてからやるから! ね!?」

『ギー!』

「“じゃあお前を気絶させて毛を毟り取ってやる!”と……!」

「ヒィ怖い! なんかごめんなさい! でも必要だから遠慮はしない!」

『ギギー!』

「“こいやぁあああっ!!”って言ってます!」

 

 通訳必須のボコスカバトル。

 勝てば素材をひとつ、負ければ毛をブチャアと引き抜かれて絶叫。

 けれど僕は戦った。

 なんかもう途中から、別のヘビィビー探したほうが早いんじゃないかとか考えたけど、それはなんだか負けな気がして戦った。

 でも彼は強かった。

 もはや隙は見せぬとBマグナムを使わない彼は、それはもう強かった。

 なのでシアンの装備からヘビィナックルを拝借、ガンゴンガンゴンと殴りまくり殴られまくり、とうとう僕がハゲて、無理矢理抜かれた所為でところどころから血を流した頃。

 

「そっ……素材……全部揃った……!」

『ギッ……ギッ……ギィイイ……!!』

 

 結局、素材は全部揃った。

 ちなみに顎は、その……STRMAXシアンさんにブチャアと……ハイ。

 すぐに癒して生やしたけど、このIYASHIってほんと恐ろしい。

 一応イグの顎でやる前に、コボルトベビーで試したんだけどね……ちょっとグロかったです。腕が千切れたとして、そこに癒しを送ったらどうなるか。……生えました。しかも違和感なく動かせるようで、治った途端に殴られました。

 でも大丈夫、グロには多少慣れてるんだ。自分の死に方があんなのだったからか、そうまで気持ち悪さも……なかった、といえば嘘になるけど、そこまでじゃあなかった、と思う。

 弱肉強食については、生き方が生き方だったから特に気にしない。

 二足歩行の生き物を殺すのは辛いだろうかと思ったけど……正直、塵になって消えてくれるシステムじゃなかったら、もうとっくに吐いていただろう。

 

「そんなわけでおっちゃぁーん!」

 

 素材を手に、再びイグを腕に掴まらせて武具店へ。

 難しい話はいいね、楽しむことを優先させよう。そんなわけで武具店です。

 

「おうどうした? 忘れもんか? ───ってうおっ!? どうしたんでぃその頭! ハゲて血が出てるじゃねぇか!」

「え? あ、ギャアしまった治すの忘れてた!」

 

 こんな状態で街中走ってここまで来たのか僕!

 どっ……どうする僕! こんな状態ではもはや、誤魔化すことも……!

 

「じっ……」

「《ごくり……》じ……?」

「実はっ……僕は年に一度、ぶちぶちと急に髪の毛が抜けたりする病気で……!」

「なにっ!? マジでか!?」

 

 頭の中で某乙女がやけくそになって笑っていた。

 だがそれは本題とは関係ないので、誤魔化しつつも話を武器の方へ。

 

「あの、それはそれとして、材料持ってきたから強化してほしくて」

「お? お、おお……武器な、ああ、武器───…………なぁ。お前さん、ほんとーに服が欲しい……んだよな?」

「僕は悟りましたよおっちゃん。もうちょっと報酬のいいクエストをらないと、防具だって服だって、きっと一生買えません。なのでまず火力」

「……よっしゃ、おめぇさんがその意気なら、俺っちは筋肉の応援をするだけだぜ。材料は……うし、全部揃ってるな。代金は3000£だぜ、あるか?」

「ぐっは……はい」

 

 コシャンと支払うと、金がほぼ無くなった。

 しかしやはり最初は武器……! 破壊力がなければ進めない……!

 なのでシアンに真剣に謝り、おっちゃんを見送って……ソワソワ。

 こう、なにかが出来るまでの時間ってソワソワするよね。

 

「よっしゃ出来たぜ~~~っ!」

「早っ!?」

 

 さっきもそうだったけど、早すぎませんかおっちゃん。

 生産スキルってそういうものなの?

 そう思いつつも受け取った武器に目を通す。

 

 ◆堅晶硬拳───けんしょうこうけん

 ヘビィナックルを強化したもの。

 より硬く、より重く、より熱を発する。

 体毛とモヒカンが振動し、蜜と唾液とが強い熱を発する。

 ATK=32(熱:15)

 *要求ステータス:STR10以上

 

 ……うぬ、もしかしたらBマグナムとか使えるようになるんじゃ、とか思ったけど、そういうものはなかったようだ。

 しかも要求ステータスなるものが現れて、もはや僕では装備出来ない。10……10かぁ。ATKが跳ね上がったのは嬉しいけど、これでますます僕はHIMOに……。

 

(……考えないようにしよう)

 

 ちなみに、これにも“強化”の項目がある。

 材料は……鈍重石と露明石と、熱袋、というものらしい。

 鈍重石とか露明石とか、当然だけど聞いたこともない名前だ。

 熱袋はもっと聞いたことがない。

 ギルドカードに情報が載ってたりは……あ、あった。

 

 ◆鈍重石───どんじゅうせき

 とても重い石。材質上は石なのに、何故か石より重い。

 不思議な何かが混ざっているらしく、武器の重さを上げるのに重宝している。

 技師の町ナットクラックの特産品。

 

 ◆露明石───ろめいせき

 アルマデルに広く知られる光を発する鉱石。

 空気に触れると眩い光を発し、段々と弱く鈍く光り続ける。

 真空状態の筒の中に入れると光り続けるとされ、ランプ代わりにも使われる。

 ドワーフの洞窟で良く採られる。

 

 ◆熱袋───ねつぶくろ

 魔物の発熱器官。

 弱いものから強いものまで様々存在する。

 蟻からドラゴンまで、数えればきりがない。

 熱系の武器を作る際、熱ければ熱いだけ属性値も上がるとされる。

 過去の文献においては、地界には信じられないほど熱を発する人間が居るとされ、名をマツオカ・シュー……なんとかというらしい。

 魔物でもないのにそのような発熱器官を持つとは驚きである。

 

 ……へぇえ、地界に……?

 

「……熱袋かぁ」

 

 地界にそんな人居たの? それは是非見てみたかった。

 マツオカシュー……松岡、しゅーなんたら、かな? 日本人だったのかな。よくわからない。

 

「どしたいあんちゃん。なんか面白ぇえことでもあったか?」

「ああいや、なんでも。じゃあシアン、今日はもう遅いし、クエストはまた明日ってことで。お金、溜め直しだ」

「はい。でも、今度はご主人様の防具を買いましょうね?」

「いやいや、シアンの服が先だって」

「だめです」

「こっちもこれは譲れないって! ミレアノさんも言ってたじゃないか! お願い、奴隷装束のままで居て欲しくないんだっ!」

「で、でも……ご主人様が傷つくのは、見たくはありません……」

「や、それ僕も同じだからね? まともな防具もないシアンに戦いを任せてるんだ、先にシアンの服を買うのは当たり前。いいね?」

「うぅうう~……!!」

「に、睨んでもだめ! 今日の僕はちょっと強いぞ!」

 

 心がちょっと痛い! でも譲れない! これは絶対に譲らんぞぉおおお!!

 そんなやり取りをしながら宿に帰ったら、途中で町の人達に散々と「初々しいわねェ~~~ィェ」ってからかわれた。

 いやその、初々しいとかじゃなくて、その、なんて言ったっけ? なんとかの地位とかに立つものには責任が~とか……高貴なる責任? べつに僕は高貴でもなんでもないけど、一応は奴隷の主人ってことになっている。

 だからその責任としても、一人の人間としても、シアンに贈る服を買いたいのだ。

 えーっと、なんていったっけ。なんたらおぶりーじゅ?

 ヴィップスオブリージュ? あ、それはヴェポラップか。

 ス、スがついていた気がする。なんたらスオブリージュ。

 …………ガレオスオブリージュ!! ……あれ? なんか違う。

 高貴? ……ノーブル? ノーブ……ノブ……のぶ夫ズオブリージュ! あれ? 近い気がするのにすごく遠くなった気もする!

 そして誰だノブオって。

 

「ノブレスオブリージュかい?」

「そうそれ!」

 

 結局、帰って早々にミレアノさんに相談したおかげで答えを得ることができた。

 

「ミレアノさんもそう思うよね? シアンには服を買ってあげるべきだって」

「そうだろうけどね。なんだってそのシアンちゃんは、服じゃなくてナックルを装備してんだい?」

「………」

「………」

「………」

「シアンちゃん? 金遣いの荒い旦那なんて、いつだって捨てていいんだからね」

「旦那じゃないけどやめて!? 僕頑張るから! ……うああああシアン以上に頑張れないぃいいっ!」

 

 所詮HIMOな僕でした。

 いや、本当……本当、ね……なんとかしないとやばいよね、僕……。

 なので、晩御飯を頂いてから、町をうろついてヒール屋をすることにしました。

 それ以外で僕が稼げる方法が見つからなかったのだ。

 

……。

 

 マラカルニの町は、夜になると結構静かだ。

 出歩く人もあまり多い方ではない。治安が悪いのかっていったら、そういうことではないらしく、夜更かしする人が少ないんだとか。冒険者の街なら、そりゃあ明日に疲れは残したくないんだろうね。

 けれども、夜でも頑張る冒険者はやっぱり居て、夜限定の依頼なんかを受ける人や、内容によっては夜に戻ってくる、という人も当然居た。

 そんな人にカサカサと擦り寄って、ヒールでもどうでしょうと言う。

 ちなみにカサカサって表現はあくまで僕の忍び寄る動きをイメージしたものであって、断じて後ろを歩くシアンのものではない。

 カサカサで某Gを思い出して、虫ってことで腕に張り付いたままのイグを思い出したものの、イグも夜には弱いらしく、盾状態のまま眠ってしまっている。つついたってコンコンなるだけで、反応はなにもなし。

 ……これはこれで盾として優秀なのだろうか。僕も寝たい。でも稼がないとあまりにもHIMOだ。

 さてさて、それはそれとしてだ。“ヒールでもどうでしょう”に対する相手の返事はというと、

 

「うさんくさいやつだな」

 

 即答でこれだった。その通りだと思う。

 暗がりから、ちょっぴり骨太で顔がゴツめな男が現れて、回復いかがですか。……どうしてちゃんと想定しておかなかったんだろう……僕はきっと泣いていい。

 

「いえいえいえっ、効果が無かったらお金も要りませんから! 駆け出しですけど、是非ともお客さん第一号に!」

 

 声をかけた相手は、男女二人のPTだった。

 男性は僕が見ても格好いい人。女性もこれまた綺麗な人。

 いいなぁ、恋人同士なのかな。

 ……僕も、香織とこんなふうに、二人でする何かをしてみたかったなぁ。

 っとと、いい加減女々しいよね、うん。幸せな家庭を築いたってあるんだ、悠彰だったら信じられる。きっと香織の病気も、悠彰がなにかしらの能力で治してくれたんだ。そんな未来を信じよう。

 

「ふうん? 駆け出しなんだ。じゃあお願いしよっかな。ちょっとホーンラビットに一撃くらっちゃってねー」

「おいリシュナ、いいのか?」

「心配性だなぁエディーは。なに? 呪いでもかけられるかもって?」

「そういうわけじゃあないが……」

「だったらいちいち人のやることに待ったをかけない。というわけでほらほら、ここ。よろしく」

 

 街灯……たぶん、露明石で作られた灯りが照らす差し出された手には、なるほど。確かに血が滲んだ傷がある。

 僕はその手に自分の手を近づけると、早速癒しを流し込む。

 するとどうでしょう、綺麗な手なのに痛々しい、と思っていた傷が、あっさりと消滅した。

 

「わわっ!? すごいすごいっ! ほんとに治っちゃったよ!」

「なんだって!? ホーンラビットにつけられた傷は、リフレカヅラの粘液と薬草じゃなきゃ上手く治らないって言われているのに!」

 

 物凄い説明口調だ。あなた何者だ。詳しいですね。

 いやいやそれよりお金ギブミー。

 

「どうでしょう。気に入っていただけたなら、普通だったらかかる費用に近いお金とかもらえると、とても嬉しいです」

「───……きみはなにを言っているんだ?」

「え?」

 

 きっと払ってもらえるだろう、と思っていたのだが、男の方が急にハンと鼻で笑った。なんだろ、すごく嫌な予感。むしろあの父親と同じ匂いがこの男からするんだが。

 

「彼女は最初から傷なんて負っていなかった。お金? 何故きみに払わなけ───」

「あーもういいです視界から消えてください吐き気がします」

「なっ!?」

 

 喋り途中の男に被せるように言い捨てる。

 やっぱり何処にでも居るんだね、こういう人。

 

「いい勉強をさせていただきました。これからは前払いで交渉を始めることにします。あと、どれだけ傷を負おうが二度と僕に話しかけないでくださいね。……なにぼけっとしてんですかさっさと行ってくださいよもう用は無いでしょう?」

「き、きみはどうやら年上への」

「口の利き方以前に人としての在り方がなってないあなたには人の性格のどうこうを口にする権利がありません」

 

 待ってても移動しようとしない。いいや、僕が動こう。

 黙ってくれていたシアンを促して、移動を開始する。

 町の入り口に行こうか。疲れた人へのリフレッシュ屋とか言えば、案外面白半分で払ってくれる人が居るかもしれない。

 

「あ、ちょっと待ったキミ!」

「……なんですか?」

 

 女の人の方が声をかけてきた。

 一応止まって振り向いてみるものの、男が面白くなさそうな顔で舌打ちしてる。

 ……はぁ。やっぱり舌打ちって嫌いだなぁ。やっててなにがいいんだろう。本人的にはカッコイイつもりなのかな。周囲を不快にするだけで、いいことなんてひとつもないと思うのに。

 

「きみさ、私たちのPTに」

「殺されかけて生かす代わりに脅迫されようがシアンを人質に取られようが絶対にお断りです」

「えっ……えっと、そこまで嫌?」

「嫌ですね。むしろそうして訊けるほど、そのPTがいいものだってあなたは思えているんですか?」

「うん。そこの馬鹿が居なければ」

「なっ!?」

「ああなるほど」

「なんだと!?」

 

 男の顔が、街灯の灯り程度でもわかるほどに真っ赤に染まった。

 ムキーと怒ってまったく関係のないことを怒鳴り散らし始めた彼を前に、女の人は「まーた始まった」と呆れている。

 

「一応ね、彼がリーダーなんだけど、これがまたひどい“俺様”でねー。最初の頃はまだマシだったんだけどね、途中からおのぼりさんになっちゃったっていうか。調子に乗ってからはあんな感じ。ね、悪いんだけどギルドに誘ってくれない? 個人ギルドメンバーがそこから抜け出すには、リーダーの許可か、こう……ヘッドハンティング? 引き抜きみたいなのに応じなきゃいけないのよ。ほら、元々は同意の下にギルドに参加したわけだから」

「ギルド? 町のギルドじゃなく?」

「あれは国のギルド。個人ギルドっていうのは気に入った人達同士が組んで作る、まあ固定PTの集まりみたいなものよ」

「おいリシュナ! 何を言っている! きみが抜けるだって!? 許可するわけがないだろう!」

「……と、こんな感じだからね。いい加減うんざりなんだ」

 

 そう言われても、ギルドなんて作ってないし、そもそも僕は冒険者というよりは平和を目指す癒しのHIMO……もとい癒しの使徒のつもりなのだ。

 だからギルドなんて作った日には強制魔物殺戮劇場になるのでは……!?

 それは嫌だ。それは困る。確かに男として、レベルを上げるとか強くなるっていうのは憧れる。どうせなら、って思いもそりゃああるよ。

 でも僕は、魔物を倒すよりも病気の人を癒したい。

 その所為で、世の中の“楽しい”を知らない人に、そんな楽しみもあるんだよって教えてあげたい。僕も知らない楽しいは、きっとたくさんあるのだろうから。

 

「そうしてギルドを作らせて、気づいたら僕も逃げられない状況に……!」

「やややややっ! しないしないそんなこと! この馬鹿! この馬鹿からね!? いい!? この馬鹿から離れられるなら、もうそれでいいの!」

 

 男を指差して大声で“この馬鹿”と言った女の人は、それはもう本気で、涙が滲むくらい嫌がっているようだ。

 で、指差された本人は……

 

「へぇ? 本気で言ってるんだ。なに? 俺から離れてやっていけると思ってんの? 俺が居たからここまでやってこれたのに? そんなガキと一緒に行って、どうなるかわかってんの? 謝るなら今だぜ? 土下座すんなら許してやる」

「あぁえっとリシュナさん? ようこそ癒しギルド“トーテムポールロマンス”へ」

「その勧誘! 全力で乗った!」

 

 ピピンッ♪《個人ギルド【トーテムポールロマンス】を作成しました》

 ピピンッ♪《ギルド【俺の翼】からリシュナ・マグベストルを引き抜きました!》

 

「うわぁ……」

 

 俺の翼……ギルド名“俺の翼”……。

 

「おいリシュナ! お前なに裏切ってんだよ!」

「えーっと、ほいっと。GMに報告。他ギルドメンバーにしつこい粘着を受けています。救援要請」

「!? ゲ、ゲームマスターに報告とかなに考えてんだ! ざっけんなよクソアマ!」

 

 え? ゲームマスター? いるの?

 創造世界と融合させたって言ってたけど、一応現実世界……なんだよね?

 なんて思っていたら空からドゴォンと舞い降りる謎の影。

 

「ヒッ!? ゲッ……ゲームマスター……!?」

 

 土煙をあげつつ、そこから立ち上がる姿を見て、明らかに怯える男。エ、エディーっていったっけ。そんなに怖い人なのだろうかと、ちらりと見てみれば……えらい綺麗な人が居た。

 

『フフフハハハハハカッカッカッカ……!! わし、推参!!《どーーーん!》』

 

 ……なんか土煙を払って、緑髪の綺麗な女性が登場した。

 えらく綺麗な人。むんと組んだ腕と、シャンと張った胸が、“わし、偉い!”とでも言っているかのよう。

 そんな人がちらりとエディー氏を睨む。

 

『なんじゃまた貴様か……いい加減にするのじゃ、このたわけが……』

「うるさい! 俺は悪くない! リシュナが俺を裏切るから!」

『あー……ちょっとログを見せるのじゃマグベストルの。……きちんと引き抜きに応じたのであろ? それだけ貴様のギルドが楽しくなかったということなのじゃ』

「楽しい楽しくないで冒険者が出来るか! ふざけるなよ!?」

『阿呆か貴様。わしはふざけるのならもっと笑うのじゃ。貴様の言葉はいちいちつまらん。もう黙ってよいぞ? 黙れ? な?』

「なっ……こ、このっ! 俺は有名ギルド“俺の翼”のリーダーだぞ! いくらGMが相手だろうが俺に掛かればザコだ!」

『……貴様、そんな生き方で楽しいか?』

「るっせぇなぁ! ンっだよさっきから楽しいか楽しいかってよぉ! あーそうだぜ!? 俺だけ強くて周りがザコ! サイッコォじゃねぇかよ! 弱いヤツつつくの面白《べごどがぁんっ!!》ぎゅびゅっ!?」

 

 ゲヒャヒャと笑いながら剣を抜いて斬りかかった男が、拳一撃で地面に激突した。

 それで終わり。ぴくりとも動かないそいつを見下ろして、緑髪の女性は盛大に溜め息を吐いた。

 

『……前から言おうと思っておったがの、外道になるなとは言わんわ。しかしの、自分からけしかけておいて、やられたら本気で文句をたれる外道にだけはなるでないわ。イジメをするなら多対一ではなく一人で向かえ。弱者を大勢で叩くその姿、権利を翳して無駄に偉ぶるその悪し様、実に醜し。弱きが立ち上がる様を褒められもせん……そんな者が強者を謳うなど片腹痛いわ』

 

 手をぷらぷらさせてそれだけを言うと……あ、やっぱり溜め息。

 

『はぁああ……つまらんのじゃ~……。のうマグベストルの……? なんぞ楽しいことはないかの……』

「私としては、ナギー様の存在自体が普通に愉快だと思いますが」

『愉快なわけがなかろ? 刺激が足らずに日々をもんもんしておるのじゃ』

 

 ……なんだろう、このわがまま王女っぽいオーラを持つ人は。

 口調は年寄りみたいだけど、全然若い女性みたいだし、緑髪だしヘンテコな髪飾りみたいなのをつけてるし、えーとえーと……GM? ゲームマスター……あ、挨拶しておいたほうがいい……よね?

 

「え、と……こんばんは……?」

 

 おそるおそる挨拶してみる───と、GM……ナギーさん? は急にンバッとこちらへ向き直ると、

 

『おおっ!? 地界人じゃなっ!?』

 

 などと供述しており……地界人? ああ、僕か。うん。

 

『見ない顔の地界人じゃのっ! 新入りかのっ!?』

 

 ずかずか歩いてきて、目の前に来るや「ほーほーふむふむなるほどのゥォ~!!」と妙な言い回しをしつつ、僕の肩とか背中をばしばし叩いてくる。

 地味に痛い。むしろ痛い。すごく痛い。

 

『人に名を訊ねる時は自分から、じゃの。うむ。わしはニーヴィレイ・アレイシアス・ドリアード。この世界の中心にてこの世界を見守る、自然の精霊をやっておるのじゃ』

 

 ウワハァイすっごい気安い精霊が自らやってきたぁあーっ!!!

 あ、自らじゃなくて、引き抜いたばっかりのこの人が呼んだんだった!

 

「ニーヴィレイって……! エミュルさんが言ってたウォルトデニスってところの……!?《ずぱーん!》痛ァアアアーッ!?」

「ご主人様!?」

 

 そして飛ぶビンタ。

 シアンがすぐに心配してくれるけど、不意打ちもいいところだ、かなり痛い。

 

『貴ッ様わしが自己紹介したというのに自己紹介を返さぬとは何事じゃーっ!!』

「えぇええーっ!?」

 

 滅茶苦茶な人だ。それが第一印象だった。

 でも確かに相手が自己紹介したのに、自分の驚きを優先させるってひどいですね!

 

「え、い、いえあの!? そんなやり方だとそこの男となんにも変わりませんよ!?」

「そ、そうです! ご主人様に危害を加える相手と知れたならば、私も容赦は───!」

『む? 痛くないであろ?』

「へ? …………あれ?」

 

 ビンタされたのに、気づけば痛みが全然ない。

 

「え……ご主人様?」

「……えと。ごめんシアン……なんか全然痛くない……」

 

 叩かれた時は滅法痛かったのに。

 頬はむしろ気持ちいいくらいに暖かな状態。

 ……べつに叩かれて嬉しかったとか、そういうわけじゃない。

 

『急にすまんのじゃ。これは地界に伝わる極意、ツッコミとかいうものでの。対価を支払えば人を叩いていいとされる、世にも恐ろしいものなのじゃ……!』

「……ツッコミってそういうものだっけ?」

 

 確かに笑いを対価にいろいろとやっているって印象はあるけどさ。

 でも僕、べつにこの人になにをもらった、とかもないんだけど。

 

『というわけで代わりにわしのことも殴ってよいぞ? やっていいのはやられる覚悟のある者だけなのじゃ。GMといえどそれは変わらんし、もはや日々の退屈さにぐったりしていたところじゃ』

「や、さすがにそれを理由に人は殴れないよ」

『む? なんじゃ? もしやおぬし、なんでも受け入れるままで我慢するタイプの地界人か? いかんのじゃいかんのじゃ、それはあまりおすすめ出来んぞ? というわけでさあ殴ってみるのじゃああーっ!!《どーん!》』

「あなたMかなんかですか!?」

 

 さっきから聞いていれば殴れ殴れとちょっと怖いですよ!?

 あぁああほら! シアンもリシュナさんもかなり引いてるし!

 

『むう……別にそう遠慮することはないのにの。GMとはいうが、わしなんぞGM四天王の中でも最弱、四天王になれたのが不思議なくらいの弱者じゃぞ?』

「GMに四天王なんてあるんですか!?」

 

 あ、とうとうリシュナさんがツッコんだ。

 

『グフフフフハハカカカカッカッカッカッカ……!! 当然なのじゃ……! わしを倒したとて、わしの先には第二第三のGMがおるでの……!! というわけで、まああまり堅苦しく構えるでないのじゃ。わしはもっとこう、気安いのがステキだと思うのじゃ』

『………』

 

 三人揃って呆然とした。

 彼女のことを知っているリシュナさんでさえこの有様……。

 この世界のGMってことは、この世界を管理する存在ってことでいいんだよね? そういうゲームはMMOとかいうので悠彰がやっていたのを知っている。

 もっぱら横で見ているだけだったけど、楽しいものだった。

 他人のRPGを横で見るほどつまらないものはない、なんて言われてたみたいだけどね。僕にとってはそれだけでも楽しかった。

 ……ところで、このドリアードさんの先ほどの笑い方には誰もツッコまなかったんだけど。ツ、ツッコんじゃいけないんだよねきっと。あんな、どこぞの世紀末な拳王さまが低く笑うような声なんて。

 

『して、ほんに殴らんのかの? わしはこう、既に覚悟は決まっておるから殴られようが構わんのじゃが』

「あの。あなたやっぱりMなお方?」

『えむ? おお、まぞだのなんだのの話じゃの? べつに殴られて喜ぶ趣味はないぞ? むしろ殴られることに喜びなぞ感じぬ。のう男、これはほんに対価というものじゃ。人を好き勝手にからかい、その対価として殴られたり叩かれる。人を笑わばなんとやらじゃ』

「からかうだけで殴られるっていうのは行き過ぎな気がするけど……」

『ふぅむ……“のり”が悪いのう。あまり深く考えすぎてはせっかくのこの世界がつまらんぞ? 楽しめる場所では楽しんでおけば良いのじゃ。妙に冷静な自分を前に出してはしゃがぬことは、その場においての一所の不覚になるぞ?』

 

 一所の不覚? ……一生の不覚の一所番か?

 

『ちなみにわしは殴られてもそう痛みは感じんぞ? 言ってしまえばレベルに差があるから大して効かんのじゃ。ほれ、殴る気になったかの?』

「だから殴りませんって」

『……マグベストル。こやつのりが悪いのじゃ。こんなのではわしの調子が狂うのじゃ。なんとかするのじゃ』

「のじゃのじゃやかましいですよ、ナギー様」

『仕方なかろ! 喋り方にいちいちけちをつけるでないのじゃ!』

 

 ……癒しに戻っていいでしょうか。

 リシュナさんも目的は果たせたんだろうし。

 

(よし行こう)

 

 うんうんと頷いて、怯えるシアンを促してソッと離れ───

 

『おっと待つのじゃ《ズシャーム!》』

 

 しかし回り込まれた!

 

『グフフハハハカカカッカッカッカ……! この四天王最弱から逃れようとは脇腹痛いのじゃ……!』

「片腹痛いでは!? 脇腹っ……意味的には間違ってないかもしれないけど!」

『む? 片腹ではなく脇腹なのじゃ。正面は痛くなく、両の脇腹のみが謎の痛みに襲われるという───』

「病院に行ってください」

 

 そしてもうそっとしておいてください。

 

『頭が硬いのぅおぬし。もそっとこう、乗れるノリには乗らねば損じゃぞ? せっかく久しぶりに新規の地界人を見たというのに、よもやノリが悪いとは……』

「いや、僕だって友人相手なら遠慮なくいろいろやってたよ。でも、初対面の人にそういうことって、なかなか無理だと思う」

『ふむ。そうか。ならば仕方ないのじゃ。確かに友でもないのに気安すぎたの。忘れるがよいのじゃ───などと言うと思ったら大間違いじゃあああ……!!』

「リシュナさんこの人しつこい! なんとかなりません!? 一応のギルドメンバーのよしみで!」

「わお、ここで私?」

 

 知り合いみたいだしなんとかなるでしょうとばかりに、今日会ったばかりの人に丸投げを試みた。

 うん、随分と外道チックだ。

 

「ナギー様」

『うむ《どーーーん!》』

 

 名前を呼ばれた途端、つまらなそうな顔でリシュナさんを見る精霊様。

 ……なのに何故か威厳っぽいなにかだけは、どーんと感じられた。器用だ。

 

「とりあえずそこの男が二度とからんでこないように、いろいろ設定を変えたいんですが」

『む? そんなことはそちらでどうとでも出来るであろ? わしはそういう細かいことには向かんのじゃ。むしろここで拘束して放置して、横に立て札でも立てておけばいろいろと終わるであろうにグオッフォフォ……!!』

「もっと精霊っぽい声で笑ってください」

『まあそう言うでないのじゃ。ふむふむ、おー……』

 

 あの。本当にもう行っていいですか?

 今日はもう人が来そうにないから、宿に戻りたいんだけど……とか思っているうちに、精霊さんが地面からたくさんの花を生やして、木も生やして、それをシュババババっと斬って整えると……街角に薔薇の園が完成した。

 その上で眠るのは、先ほどの気絶した男。

 何故か少し服を脱がされた状態で、なんというかこう……大きな木のタライいっぱいに薔薇を敷き詰めて、その中心で眠るイケメン、みたいな状態が完成していた。

 

『……うむ!《どーん!》』

 

 それをやった精霊さまが満足げに頷いた。

 

「あの、これ、なんの意味が?」

『意味? やること自体が意味なのじゃ。むしろお主? いちいち行動に意味を求めるより、世の中を楽しんだほうがそれはもう楽しいぞ? “こうしたら楽しいと思うからこうした”。行動の理由なぞそれだけで十分なのじゃ。たとえそれで周囲が笑わなかったとしても、お主の心の中はやり遂げた思いでいっぱいの筈じゃ。……おおもちろん、周囲に評価を求めなければ、じゃが』

「うわー……」

 

 まずい、その言葉はよくわかる。

 自分が楽しいに違いないと思ってやったことでも、周囲の反応を見ると冷めたもの。そういうことを繰り返して、周囲の好みを知っていくことも出来るけど、確かにそうなのだ。周囲の反応に期待するまでは、それは確かに自分が楽しいに違いないと思ってやったことなのだ。

 まあそれはそれとして、僕らもう行っていいですか?

 

『わしは基本、楽しめればそれでよいのじゃ。そのためには相手を盛大にからかい、たとえ殴られようが楽しむことを優先するのじゃ……!』

「や、女の子なんだから、もっと自分を大事にしないと……」

『性別を気にして、よりよいノリツッコミなぞ出来るものか。で、これを言うと毎度言われるのが、性的な物事ばかりなのじゃがの。男という存在はほんにそういうことばかり気にしていかん。性別を気にしない=そういうことをしても平気、なのではないのじゃ。性別を気にしない=相手もそれを気にしない、じゃ。性別を気にしないという問答を受け入れた男が、女を性的な目で見るのはおかしいとは思わんか?』

「………」

『………』

「僕の友人の理想と似てるよ、それ。友人は男女差別よりも友情を第一に考えるやつだった」

 

 だから、女との友情が恋に変わるというのはあまり好きじゃなかった筈だ。

 それが結果として、未来で香織の心を救うきっかけになったのなら、救いはあるよね?

 

「ところであのー、ニーヴィレイ……さん?」

『ナギーと呼ぶがよかろ。わしのあだ名のようなものじゃ』

「じゃあナギーと。ナギーはええっと、この世界の魔王とキョーダイだと聞いたんだけど」

『キョーダイ? ふふっ、違うな……わしらはいわばソウルメイツよ。同じ者の下で様々を学んだのじゃ。キョーダイというよりは同門、じゃの』

「血の繋がりとかは?」

『あるわけがなかろ? ふむ、じゃが、もしあったとしたらわしが姉じゃの。なにせわしの方が先にメイツとなっておったのじゃからの』

「おおうそうですか。ところで話を振っておいてなんですがもう行っていいですか?」

『なんじゃ、もう行くのか? つまらんのぅ』

 

 とほーと溜め息をつかれる。

 ……精霊って、もっと穏やかなものかと思ってたけど、普通につまらないとか言うんだなぁと……妙に印象が変わった夜だった。

 ってそうだ、一つお願いしたいことがあった。殴りはしないけど、それを対価ってことで受け入れてもらえないだろうか。

 

「あ、ちょっと厚かましいことを訊きますが、いいですか?」

『べつにもっと砕けた口調でも構わんのじゃがの……なんじゃ?』

「押忍。亜人差別のこと、GMならなんとか出来ませんか?」

『出来るがしないのじゃ。するとしても武力行使になるでの、それはあまりにもつまらんであろ? 力を以って言うことを聞かされる自分を思い浮かべてみるのじゃ。とんでもなく不愉快じゃろ? だから断る』

 

 なるほど、確かにそれはとても嫌だ。

 力で立ち向かって力で負けるならいいけど、いきなりやられて言うことを聞かなきゃいけないっていうのは無理だ。

 ごめんシアン、「ご主人様……」って妙に感動してくれるのは嬉しいけど、僕じゃあそんなことの解決すら出来そうにない。

 

『そうかそうか、暗がりでよく確認もせなんだが、亜人がおったか。ふむ……アイリュコスのハーフじゃな?』

「え、あ、は、はい……」

 

 精霊さま……ナギーがシアンに近づく。ずずいと近づく。

 そして顔をむんずと掴むと、シアンの眼の奥をズズイと覗くようにして、自分の目を近づける。

 

『……ふむ。いつか、もっと遠くへ行けるようになったら……猫の里、という場所を目指してみるがよいのじゃ。そこに、おぬしの同属が集まっておる』

「えっ……!? わ、私のような亜人が……ですか!?」

『この世界もゲームであった頃より随分と変わってしまったからの。昔は二足歩行の猫が仲間に居たものじゃが、今は融合の影響で人間の子供に近い存在となってしまっておる。今はジョニーという者が長を務めておる筈じゃ。会うことがあったらよろしく伝えてほしいのじゃ』

「じょにーさん……」

 

 うむ、と頷いて、ナギーはシアンから離れる。

 表情はどこか、何かを懐かしむみたいな……そんな顔。

 

『ではの。次はこのようなつまらないことで呼ぶでないぞ? 楽しいことで呼ぶのなら大歓迎じゃがの』

「手に負えない馬鹿はゲームマスターに委ねるに限るじゃないですか」

『お主はとことん遠慮がないの。マグベストルとは知らぬ仲ではないが、べつにお主と親しいわけでもないのだから、あまり調子に乗るでないぞ?』

「親が今何処で何をしているのか、なんて知りませんよ。実の親ではないのですから」

『ふむ? ……おおそうか、お主はチャイルドエデン出身じゃったの。あまりエデンには良い思い出はないが、他の者は楽しくやっておるか?』

「……あの。テイトクサンって本当に居たんですか? あなたは随分とマイカ母さまを嫌っているようですが……」

『おお嫌いじゃの。大嫌いじゃ。わしらを忘れた全員が嫌いじゃ。ノヴァルシオでのうのうと生きとる連中も嫌いじゃの。世界の融合は許しても意志の融合は許さなかったのはそれが理由じゃ。……などと言ってもわからんか』

 

 手をひらひらと動かして、溜め息をお吐かれあそばれる精霊さま。

 それよりそろそろ帰りたいので、移動するたびにズシャアズシャアと回り込むのはやめてください。さっきから何回逃げようとしてると思ってんですか。

 

『訊きたいことだけ訊いて、あとは逃げようとは……───中々良い性格をしておるの! 小僧! わしは天狗じゃ!』

「天狗!? 精霊じゃなくて!?」

『おおすまぬ、天狗はもちろん嘘じゃ』

 

 ……なにがしたいのだろうかこの精霊様は。

 

『ふむぅ……あまりぺらぺら喋るのも、のちの面倒に繋がるかの。まあ前途ある地界人を無遠慮なる世界へ引きずりこむのも、ゲーム世界で生きたわしの宿命にして使命なのじゃ! これそこの、あー……名前を知らんな、まあいいのじゃ。機会があれば猫の里と妖精の世界を目指すのじゃ。我らサンドランドノットマットの民は、いつでもその場で愉快な者の来訪を待っておるぞ?』

「さ、さんどら……? 妖精の世界の名前がそれなのか?」

『違うのじゃ』

「え!? じゃあなに!?」

『サンドランドノットマットは、いわば妖精界に存在する意志のみで構築された楽園なのじゃ。クフフハハ……! そここそ我ら、“楽しきを優先させる者”の本拠地……!」

「いやあの、なんで悪っぽい話し方になってるのさ」

 

 むしろこの精霊、人の話を聞いているのかいないのか。

 

『秘密など後回しにしても出し惜しみしても楽しいものではないでの。種明かしをすれば、わしらは今より未来のことを知っておる。世界の終わりを見たのち、“人が語る空想幻想の果て”を往き、意志を集めて今より29年前まで戻った。北の魔女という絶好の協力者が居たからの、そやつと組んで世界を融合させた。その世界がここじゃ』

「いやいやいやなにいきなり世界の在り方語っちゃってるの!? 別に僕訊いてないよね!?」

『なにを言うのじゃ。どーせ後になったら知りたくなっていろいろと調べるのであろ? 人とは少しの疑問をのちに膨らませる存在であるからの、別に今知ろうが不都合はないじゃろ?』

「それにしたってそういうのって段階を経て知っていくものだと思うなぁ!」

『回りくどいことは嫌いなのじゃ。……おお、先に言うておくがわしが嫌いな事は、知ったふうな顔で“これはあいつが自分で気づかなければいけないことだ”だのとほざくことじゃ。気づくより先にさっさと教えて覚えこませろこのたわけが』

「その嫌いなことに僕関係ないよね!? なんで僕見ながら“たわけ”言うの!?」

『……いやしかしじゃな……あれはさっさと教えて、じっくり考えてもらったほうが早いとは思わんか……? なにを相手が気づくまで待つ必要がある。そのくせ気づかなければ勝手にもやもやして、殴ってきたりするのじゃぞ? 理不尽じゃろ』

「ああそれは僕も思った」

 

 特に恋愛もの。

 主人公が女性の気持ちに気づかずに、男友達か女友達がそんな関係にもやもやして、なのに自分で気づかなきゃ意味が無い~とか言ってたくせに、気づかなければ気づかないでぶちぶちと文句を……うん、たしかにあれは僕も嫌いだ。

 

『まあつまりはそういうことじゃ。うだうだ考える時間よりも、この世界を楽しむ時間を増やすがよいのじゃ。わしらはそれを願った上でここにおる。気づいてしまった未来のことも、気づかず終わった過去のことも、今からでも好きなだけ掬い取って今を楽しむ。それがゲームというものじゃ。くだらん疑問なぞとっとと解決させて、今は今を楽しめばよい』

「おお……なんだかそういう言い方してると、確かに精霊なんだなぁって感じがする」

『……むしろわしは精霊なぞという肩書きよりも村人になりたいがの。そして周囲に促されるまま、王に洗脳された母親に起こされて勇者に祀り上げられて魔王と戦うのじゃグオッフォフォ……!!』

「普通に冒険しよう!? なんでわざわざ心にやさしくない方向で冒険しようとするの!?」

『うむ、まあ冗談なのじゃ。お主もそうしてもっと遠慮なく叫んだりしたほうが心によいぞ? 溜めているだけなぞつまらんものじゃ。冷静さなぞここぞという時以外は捨ておけばよい。誰かが騒いでいる時、ともに騒げる馬鹿であれ。童心を大切にの』

 

 騒ぐだけ騒いで、『ではの』と言って精霊様は消えた。文字通り……消えた。

 ……え? 消えた? ああいや、死んで塵になったとかじゃないよな。

 つまりその…………消えた? 転移とかいうやつか?

 普通にあんな能力がある世界……ほんとにファンタジーだなぁ。

 わくわく半分不安半分、これからどうなるのかを考えて、少し途方に暮れた。

 




技名をちょっぴり修正。

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