奴隷(キミ)と僕とを結ぶHIMO   作:凍傷(ぜろくろ)

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第四話【敵を仲間に出来るシステムは素晴らしい】

08/ヘビィビー

 

 ヘビィビー。

 林に棲む生き物で、群れでは行動せずに一匹一匹で巣を作る。

 体は丸く、丁度人間の大人の頭ひとつ分くらいの大きさから、足や羽が生えているような姿。前足だけがかなり長く、地面に着地した姿は蜂というよりはカマキリやサソリに近いとされている。らしい。

 

「そんな物体がブミー……と妙な音とともに浮いているわけですが」

 

 本当にボクシンググローブみたいな体毛と、モヒカンみたいな体毛がある。

 しかも身体も結構頑丈そうで、地面に落ちれば“ずしん”とか鳴りそう。なるほど、ヘヴィーっぽい。

 

「あれがヘビィビー……ですか?」

「みたい」

 

 訊ねてくるシアンにそう返して、さて、では蜂蜜はどこだろうと探してみる。

 林の中は森ほど木々が鬱蒼としているわけでもなく、どちらかといえば暑い日に涼みに訪れたい軽いピクニック景色な感じ。

 うるさいわけでもなければ、風通しも良い。

 そんな林の真ん中で、こんな蜂と出会ったわけですが。

 

「なにごとも強奪はよくないよね。ヘビィビーさん、とお見受けいたす。何も言わず、蜂蜜を十個ほど分けてほしい!」

『《ブミー……》……』

 

 蜂は、まるで大人しめのチェーンソーの回転音のような羽音を鳴らし、時折ワンツーをするばかり。

 やっぱり話は通じないのだろうか……とも思ったのだが。

 その前足が、クイクイと上に小刻みに揺れた。

 まるで、かかってこいと言わんばかりに。

 

「………」

 

 なるほど、欲しければ力ずくで、と……。

 ていうかなんでこんなバトル好きっぽい昆虫が蜂蜜なんて集めてるの!? 僕それがまずわからない!

 

「シアン、一応話は通じるみたい……。しかも欲しければ力を示せって、なんかRPGとかだと精霊が言い出しそうなことを言われた気がする」

「あるぴじ……? よくわかりませんが、ご主人様は私が守ります!」

「いやいやシアン!? 守るの僕だからね!? 攻撃は僕が引き受けるから!」

「いやです!」

「えぇえーっ!?」

 

 言っても聞いてくれない。どうやら本気で、僕が攻撃を受けるのが嫌らしい。

 それは嬉しいけど僕の立ち位置もちょいとだけ考慮して!? このままじゃ本当にHIMOだから! HIMOから抜け出せないから!

 心の中でツッコんでいるうちに戦闘体勢を取ってしまうシアン。対する蜂も、こっちが構えたとみるや突撃を仕掛けてきた。な、なんというフェア精神! こちらが構えるまで待っているとは!

 

「STR&VIT!」

 

 慌てながらステータス移動。

 シアンもまずは様子見っていう考えを受け取ってくれたのか、ヘビィビーの前足から繰り出される一撃を、まずは盾として構えた腕で受け止めてみせた。

 

「《ドコォンッ!》えう……っ!? けほっ……!」

「シアン!?」

 

 なのに、シアンの体がくの字に曲がる。

 腹部を狙ってきた攻撃への、しっかりとした両腕でのガードだったはずなのに。

 どうなって───いや、迷ったらすぐに“正当な考え”は捨てていい!

 友人に曰く、同じ考え方で悩むよりも、ありえない方向からまず考える! 物事は散々っぱら失敗して最後に成功するものだから、“有り得ない”から考えたほうが正解に近いんだ! ものにもよるけど!

 

「───!」

 

 結論! ガード無効化攻撃! それか衝撃を(とお)す攻撃!

 だったらとシアンに癒しを流して、さらにオートヒールを。

 かければ自動的にHPが回復してゆくらしく、癒しほど一気に回復はしないけど、多少の攻撃なら平気なはず。

 

「シアン! 攻撃は受けちゃだめだ! 全て躱して! STR&AGI!」

「は、はいっ!」

 

 内臓に直接響いた衝撃に、吐きそうになっていたシアンが前を向く。

 癒しはしたけど痛みへの恐怖は湧いたはずだ……現に、ヘビィビーの攻撃を避ける幅が異様に広い。もう当たりたくないっていう恐怖が、見ているだけの僕からでも丸わかり。

 ……あれ? だったら。今こそ僕を盾にする時では?

 

「シアン! 僕の後ろに!」

「い、いやです!」

「シアン! 僕の言うことが聞けんのか!」

「!!《びくっ》」

 

 漫画で見た某野菜星人の真似をして、つい叫んでしまった。

 こちらも心配でしょうがないんだ、お願いだから言うことを聞いてほしい。

 確かにSTRとAGIに振れば速くも強いシアンだけど……正直VITだって、STRとVITとAGIに振り分けたシアンよりも同じか下回る僕だけど、それじゃあ役割の意味がない。

 僕がVITしか上げていないのは、そう簡単に死なないため。そして盾の役割を果たすためだ。硬くて癒せてしぶといなんて、敵にとってはとんでもなく嫌な僕だ。そんな役目を果たせないなら、PTで居る意味がございません!

 心の中で熱弁しているうちに、シアンが僕の後ろへ。ちょっぴり震えているところを見ると、やっぱり僕に怒鳴られたのはショックだったのかもしれない。

 うう、でもなぁ、こればっかりはなぁ。

 

「シアン。僕らは確かに主と奴隷、稼ぎ頭とHIMOって存在なのかもしれない。でもね、それと同時にパーティなんだ。一方が支えるだけじゃあ一方が居る意味がない。……あ、居るだけでいいなんて言わないでね。僕、あの言葉あまり好きじゃないんだ」

 

 妹にそう言われて、病院でずっと傍に居たことがある。

 でも、隣に居てもなにも出来なかった。苦しんでいるのに何も出来なかった。それが悔しかったんだ。

 親に無能だと罵られたって構わなかった。ただ、妹に何もしてやれないことが、悔しくて仕方がなかった。

 

「いくよ、シアン。僕が敵の攻撃を受け止めたら、きみが全力で攻撃をするんだ」

「…………はい」

「……信頼してる。一緒に頑張ろう」

「───! は、はいっ!」

 

 人を後ろに立たせるっていうのは案外怖い。

 一度“死”ってものを体験していると、その怖さが奇妙に捻じ曲がったかたちで体を支配する。特にこの世界には、人を殺せる道具が適当なお金で買えてしまうのだ。

 けど、信じるって決めたら信じよう。そんな程度のものしか特徴がなかった僕だ。今、安心して彼女に盾になれる。

 いつかある町で良い人と出会い、“あっちの人の奴隷になりたい”と飛び出していこうが、むしろ僕は彼女の好きにさせよう。

 人の幸せが僕の幸せ。自分のためと言いつつ周りばかり見ていた僕の、ちっぽけだけど立派な覚悟だ。

 

『ヂュヂー!』

 

 フェア精神からなのか、やっぱり待っていてくれたヘビィビーを前に、しっかりと構える。

 途端に襲い掛かってくる蜂。構えずに蜂蜜を奪えば、別に戦わなくて済んだりしたんじゃ……とも思った。けど、話をして、こうなったのなら……勝てば報酬として貰えるものと受け取った!

 

『ギチチッ! ギー!』

 

 蜂の右前足に光が点る。

 それを天に掲げたのち、蜂はそれを、飛翔の速度とともに僕へと振るった。

 僕は───それも、先ほどのように衝撃を徹す拳だと適当に想像をつけて、右手を突き出す。丁度、その前足につっぱりをするように。

 すると予想通り。手から手首、肘や肩までに物凄い衝撃が走る。

 腕の内側に熱湯が沸いたような激痛と熱が走って、けれどそれを一気に癒すと……ヘビィビーの前足を思い切り掴んで、シアンに指示を!

 

「シアン!」

「はい!」

 

 バッと横に飛び出すシアン。そんな彼女に出した指示は、「羽を根っこから千切れ!」だった。

 数瞬戸惑った彼女だけどすぐに実行。飛べなくなり、ぼてりと落ちたヘビィビーへ、次に出した指示が……下段突き。いわゆる瓦割りなどの際に用いる突き方。振るわれたシアンの拳がドゴォンと硬いものを殴った音を奏で……蜂は目を回して動かなくなった。

 

「はうぐっ……! か、硬い、ですっ……!」

 

 そう、響いただけ。割れない。ステータス移動を済ませたシアンでも割れない。こんなのあり!?

 

「どどどどうしよう……このままだとすぐに起き上がって……起き上がる? ───あ」

 

 目を回している。

 ボクサーっぽい蜂。

 ボクサー? ダウンといったら?

 カウントでしょう。

 

「ワーン! トゥー! スリー! フォー!」

『!!』

 

 カウントを始めた途端、びくりと震える蜂様。

 けれど羽がないのと頭を強打された影響からか、ふらふらして立ち上がれないようだ。

 ……ていうか、伝達不良になるほど脳組織が発達してるってすごいですねここの蜂。単純にフェロモンとかで支配されているのとは訳が違うようだ。

 

「ファーイブ! シーックス! セブゥ~ンヌ! エイト! ナイン!」

『……! ……!《ウゴゴゴゴゴゴ……!!》』

 

 後ろ足何本かで必死に体を起こそうとするも、ヘビィビーの名の通り重いらしく……やがてテンを唱えた瞬間、ずしんと倒れ伏した。

 倒れる寸前までずっとファイティングポーズを取っていた前足も、今はぴくぴくと震えるのみ。そんな彼(?)の健闘を称え、屈んで拳を突き出した。

 

「……ナイスファイト」

『ギ!? ………………』

 

 言ったら、彼(?)も前足を突き出して……ふさりとした感触が、僕の拳にぶつかった。

 突然出会い、突然戦った僕らだけど……そこには奇妙な友情があった。

 

「蜂蜜。もらっていっていいかな」

『ギ』

 

 何処か達成感を感じながら訊いてみる。

 構わんとばかりに触覚をぴこんと頷くように動かすと、蜂はもぞもぞと動いて……ほら、カブトムシとかが飛ぼうとして、妙に背伸びをするみたいな態勢。を、して、羽が無いことを思い出したのか、漫画表現なら縦線が何本も入りそうな勢いで落ち込みだした。

 

「ごめん、ちょっとずるかったよね」

 

 けど治せると思うから。

 千切った羽をシアンから受け取っ───重っ!? くおっほ! 重い! なにこれ! ~……い、いや、重くないヨ!? シアンが軽々と持ってるのに、僕だけ重いなんてこと、あるわけないじゃないですか!

 なので、早速蜂の背に当てて癒しを注入。

 すると…………くっつくのではなく新しく生えて、彼(?)は元気に飛んだ。

 あれ? となるとこの羽は?

 僕の心配をよそに、羽はすぅっと消えてしまい、確認したところ……インベントリに収納されていた。

 あ、ちなみに奴隷と主人のインベントリは共有されるらしい。入る数も二倍らしいから、ありがたい。

 

 ◆拳闘蜂の硬翅───けんとうほうのかたばね

 とても硬く重い、ヘビィビーの翅。

 あの重さを支えるだけの力強さを誇り、(はね)のカテゴリでは重いほう。

 これだけでも鈍器になり、数を揃えて鈍器や盾に加工する者も居る。

 

「……うわぁ」

 

 アイテムとして認識された途端にずしりと重くなったそれは、確かに恐ろしく硬い。でも武器扱いにするにしては、ちょっと短い上に鋭さもない。

 だからこその“数を揃えて”なんだろう。

 

「えーと。ちょっと無茶なお願い、聞いてもらっていい?」

『ギ? …………《クイッ》』

 

 訊ねてみたら、ヘビィビーが再び前足を持ち上げて、カモンとばかりに揺らした。

 ……戦って叶える条件は、どうやらひとつだけらしい。

 

……。

 

 さて。ヘビィビーと何度か戦って、お願いとして翅を多めに千切らせてもらったのち。人と昆虫との友情を無駄に確かめ合った僕たちは、ヘビィビーの案内のもとに林の奥へと来ていた。

 変わらずに差し込む日差しは実に綺麗で、木漏れ陽ってものの……なんていうんだろう。清々しさ? みたいなものを胸に、さくさくと落ち葉を踏み締めながら歩いていた。

 

「ご主人様? 翅をあんなに手に入れて、いったいどうするのですか?」

「武器を加工してもらおうかなって」

 

 何度か勝ったことで経験値も上がったし、クエスト的にも報酬的にもおいしいものであったことは確実だろう。

 数を揃えれば武器になるのは情報が教えてくれたわけだしね。

 そんなこんなで話しているうちに巣の前へ。

 そこには…………いや、巣の前へ、って確かに言ったよ。もう既に目の前だよ。冷静に巣の前だって、巣って言っちゃったけどさ。

 

「……うわぁ」

「わああ……」

 

 巣である。

 ただし。ビンがみっしりと連結して作られたような、山吹色の巣。それもデカい。

 普通の蜂の巣を倍以上デカくして、さらに……丸いんじゃなくて、こう……レ、レゴ、だっけ? あの妙に角い積木みたいなやつ。あれを積んで作ったみたいな、妙な角張りがある。

 ヘビィビーはそこまで案内をしてくれた上、僕のほうを向いて自分の足を何本か上に上げてなにかをやっていた。

 

「ご主人様、数はいくつだ、と訊いてます」

「え? わかるの? ……あ、えと。10個」

『ギ』

 

 こっちの言葉がわかるのに、相手の言葉がわからない……ちょっと悔しい。

 むしろ人の言葉さえ覚えるのに苦労したシアンが、普通に虫語がわかるなんて……。

 

「“魔物の血”が混ざっていますから……魔物の言葉はわかるんです。それは学んで覚えるのではなくて……血が知っているみたいで……」

「シアン……」

 

 寂しそうに笑うシアンの頭を撫でる。

 落ち込むことはございませんと。

 むしろこれでまた、僕より役立てる力が発見できたということで。

 ……いよいよもってなにも出来ないよ僕。

 

『ギギーギギ』

「んお? あ、これが蜂蜜か」

 

 蜂が蜂蜜を渡してくれる。

 なんというか、大きな丸いトレーに乗せて。

 なんだこれ。トレー? 蜂がトレー?

 触ってみると、少しぺとぺと。……指を舐めてみると、蜂蜜の味がした。

 

『イギギー』

「は、蜂蜜を結晶化させたものだそうです」

「やっぱり!?」

 

 すごい! 蜂すごい!

 しかもなんか驚いてる僕を見て胸張ってる!

 

「あ、ありがとう。感謝する」

『ギッ』

「大丈夫だ、問題ない、と言っています」

「………」

 

 少しだけ、蜂の顔がドヤ顔に見えた。

 そんな、ちょっと変わった存在だったからだろうか。それとも、殴り合った仲だったからだろうか。

 

「ねぇ、ヘビィビー。僕と一緒に来ないか?」

 

 それはただの、一緒に居たいっていう欲求。

 僕はそれを否定しないし、そもそも心惹かれる人相手にしか働かない。

 高校までの人生でそう思えたのなんて、それこそ悠彰と香織だけだった。

 だから本当に久しぶりに、こんな気持ちが働いたことになる。よりにもよって昆虫相手に。

 

『ギ《クイッ》』

「いや、ごめん。今回ばっかりはヘビィビーに決めてほしいんだ。負けたからついていく、じゃなくてさ」

『ギ《クイクイッ》』

「いや、だから」

『ギ《クイッ》』

「……シアン、なんて?」

「男だったら拳で語れ、だそうです」

「男…………」

『ギ』

 

 男だったら。

 つまり、シアンの助け無しで。

 

「わかった。シアン、シアンは今回なにもしないで見ていて」

「え───そんないけません!」

「いえいえそれこそいけません。条件は“男だったら拳で語れ”だ。シアンが入っちゃだめなんだ」

「そんな……」

 

 さて、防御無視の攻撃をする蜂相手に、VITしかろくなステータスがない僕が挑む。正直想定外な事実だけど……。

 

「こう見えてもね、ヘビィビー。僕は我が儘なんだ。欲しいと思ったら絶対に手に入れるよ。だって、そんなことが叶わない世界から来て、せっかく新しい自分を歩めるんだ。そんな願いをぶち壊してくれるのがきみならきみで、それでいい。叶うのだったらそれでいい。今の内に厳しさを知って、それでもこの世界で───僕は生きる!」

 

 さあ我が儘を始めよう。

 少しの我が儘も許されなかった自分の生き方を、少しでも変えてやるために。

 相手のHPが一万だろうが、1を与えられるなら一万回殴ってやる。なにせ拳で語ると言ったのだ、武器は拳のみ。

 

「いくぞっ!」

『ギー!』

 

 走る。振るう。避けられる。

 殴られる。防御する。意味がない。

 一回の攻防で防御は無意味であることを体に覚えこませて、あとはただただ突っ込んだ。

 普通に振るってもあっさりと躱される。

 なので相手が攻撃に移ったところで

 

「玉砕覚悟のジョルトカウンタァーッ!!」

『ギギィ!?《ガゴォン!》……、……ギ?』

 

 当たった! けど相手が余裕すぎる! むしろ硬い!

 こちらもくらったけど、それも癒して再び突っ込む!

 

「ふんっはっ! ふんっ! おぉりゃっ!」

『《がんごんがんごんがん!》ギッギッギッ……』

 

 ヘビィビーが避ける動作すらせず、前足をチッチッチッと横に振るう。

 そうしてから脇を締めるようにして前足を溜めると、僕の胸にどごぉんと前足を突き出した。

 

「けふっ……!?」

 

 (とお)る衝撃は狂いもなく心臓に。

 癒しを使うけど、上手く体が動いてくれない。

 あ……え、あ───!? これ、漫画であったハートブレイクショット!?

 い、いや、ちょっと待って……! 動いてちょっと!

 ヘビィビーが離れた位置で、なんか右前足を天に掲げて力溜めてる!

 もしかしてアレ!? Bマグナム!?

 動け動け動いてほんといやちょっと待ってほんと動いてウゴァーッ!?

 

(───そうか! “麻痺を癒します”!)

 

 意識して、“ダメージじゃなくて体の麻痺だのスタン状態だのを癒す”と集中する。

 すると体を縛っていた“けだるさ”が弾けるように消えて、足に力が漲った。

 

「よしっ!《だんっ!》」

『ギッ!?』

 

 だんっと地面を蹴って、力を溜めているヘビィビーのもとへ。

 途端におろおろしだすヘビィビー……なのに、力を溜めている状態を解除しようとしない。

 

「……もしかして、力を溜め始めると止められないとか?」

『ェギッ!? …………ギ、ギーギギ~……?』

 

 蜂なのに器用に口笛を吹くような格好を取る。

 ……思い切り殴っておきました。

 

『《ベゴルシャア!!》ウギョアアーッ!!』

「うわあっ!?」

 

 どうせまた硬いんだろうと思い切り振り抜いた拳は、何故か柔らかいものを殴った感触に変わっていて……吹き飛んだヘビィビーは木にどかぁんとぶつかると、目を回して動かなくなった。

 

「ワーン! トゥー! スルィー!」

『!?』

 

 でもカウントを始めるとすぐに立とうとする。

 根っからのボクサーなのかもしれない。

 けどまあ、結局はまた立ち上がることは出来ず……こうして、新たなる仲間としてヘビィビーが加わったのでした。

 

 

 

 

09/この世界って……

 

 デビル天秤先生。暗い世界でも適当だけど仕事はする悪魔。デビル天秤先生なら今もきっと誰かを導き量ってるんじゃないかな。もしもし天秤さんですか? 今秤にかけてますか?

 などと考える僕は今、マラカルニに戻っているところです。ええもちろん元気です。

 元気に……インベントリを見て頭を抱えています。

 

 ◆蜂蜜×472個

 モートス地方の特産。とても甘く、どこかほろ苦い。

 栄養価が高い上、結晶化させるととても硬くなる。

 ヘビィビーはこれを飲むことでエネルギーと結晶化の力を得ている。

 

「どうしよう……」

 

 ヘビィビーが僕達についてくることになって、じゃあ私物とかある? なんて訊いてみたら……私物は全て蜂蜜だったというオチで。

 う、うん……まあ、私物なんだから仕方ないよね。仲間なんだもの。

 

「ヘビィビーの甲殻の硬さって、蜂蜜の硬さだったんだね……」

『ギ』

 

 ヘビィビーは現在、僕の腕にガッシィイイと張り付いている。張り付いて身を固めると、羽を広げて結晶化。山吹色の盾が完成した。すごい。でも肘から拳までがずしりと重い。

 このヘビィビー、最大攻撃であるBマグナムを使う際には高温を発するらしく、そうすると蜜の甲殻が柔らかくなってああなるらしい。

 熱の正体はあれか。ミツバチが集団で発熱すると、オオスズメバチさえ殺すというあれ。

 で、その熱を前足に集中させて放つのがBマグナム。蜂だからB。BeeのB。その技から繰り出される温度は……下手すれば人など死んでしまうほどらしい。危なかった。

 熱を発するエネルギーは蜂蜜を飲むことで得て、その硬さも蜂蜜から。蜂蜜万能ですね。

 

「でも溜めてる時ってほんとに動けないの?」

『ギギーギ、ギギギギ』

「発熱するためにエネルギーのほぼを使ってしまうので、動きたくても動けないそうです」

「ああ、なるほど」

 

 じゃあ前足一回振るう程度のエネルギーしか残さないのか。

 ……さらになるほど、だからこそ僕の動きを止める必要があったと。

 必殺を狙える状況だからこそ、なんだね。

 

「ところで、あの。ご主人様?」

「ん? なに? シアン」

「ビーさんが、ヘビィビーヘビィビーって種族名で呼ぶなと言ってますが……名前はどうするんですか?」

「名前? あー……なにがいい? ていうかあったりする?」

『ギギー』

「イグナショフだそうです」

「それ蜂っていうかスコーピオンだから!」

 

 でも、イグナショフか。

 格闘にハマったのは、アレクセイ・イグナショフさんの戦いを見てからだったっけ。懐かしい。……もちろん友人の家で。自分の家で、僕にこれといった権利なんてなかったからね。

 

「じゃあイグ、でいいかな?」

『ギ』

「今後ともよろしく、だそうです」

「うん。僕はヒトだ」

『ギギ?』

「それは種族名だろう、と言ってます」

「でもね、ほんとにその名前なんだ。僕の親は僕のことはいらない子供だったらしくてね。……多賀ヒト。僕の名前なんだけど、ヒトガタ……つまり、名前なんて大層なものはいらないって意味で作られた、体裁を守るための存在だったみたい」

「そんな……ひどい」

『ギ……』

「だからシアンにはいっぱいいっぱい幸せになってもらわなきゃね。そうすることで僕も幸せ。こんなステキな連鎖、そうないよね?」

 

 ろくな親に恵まれなかった。

 だから親から離れた今は、せめて幸せに。

 そんな気持ちで生きていこう。

 

『ギギギー』

「え……あ、ご主人様、“だったら名前をつけてやろう”、と言ってます」

「え……でもさ、つけてもらってもギルドカードの名前が変わるわけじゃないし」

『ギー!』

「……だったら、仲間同士での呼び名だ、つべこべ言わずに受け取れ、だそうです」

「……イグ……きみってやつは……」

『ギ』

 

 仲間……仲間同士。いい言葉だ。

 うん……いいよね、受け取っても。

 

「わかった、じゃあ……よろしく」

 

 仲間につけてもらえる仲間内だけの呼び名。

 とても暖かな感情が、心の中を満たしてゆくのを感じた。

 さあ、つけてくれイグ。

 キミはいったい、僕にどんな名前を───

 

『ギーギギギギ』

「ドスコイカーンだそうです」

「全力で却下!!」

 

 ───却下した。

 暖かさが冷たさに変換されたよ一瞬で!

 

「ねぇシアン。イグに言わされたとかじゃないよね? 僕に仕返ししたとかそんなんじゃないよね?」

「と、とんでもありません! ご主人様にそのようなこと! わ、私は心よりご主人様のお傍に居たいと!」

「ああごめん! ちょっとツッコみたかっただけなんだ! 別に責めてるわけじゃないから!」

 

 そうだった、いくらなんでもシアンがそんなこと……ねぇ?

 

『ギ? ギギ?』

「あ……あの。ドスコイカーンとは、かつて昆虫種と友となった男が名乗っていた名前だそうで……」

「ホントに居たの!? あ、あー……ごめん、そんな立派な名前だけど、僕はもっとべつのがいいな……」

『ギギギ』

「テイトクサン? ……テイトクサンならどうだ、と……」

「テイトクサン?」

 

 それって、なんだったっけあれ……えっと……あ、そうそう、映写機を役立つものにしてみせたっていう人、だったよね?

 

「なんでもドスコイカーンを名乗った人が、他の人にそう呼ばれていたそうです」

「何者ですかテイトクサン」

 

 でもテイトクサンかー……ほんと、どんな存在なんだろ。“名乗った人”、ということは亜人とかでもない……のかな?

 

「ちなみにそれは何年前?」

『ギギギ』

「遥か昔の伝説、だそうです。昆虫種に伝わるお話だそうで───えっと」

『ギィギ』

「少なくとも自分は産まれてはなく……」

『ギギギ』

「150年以上は前、だそうで」

「150!?」

 

 そ、それはまたなんとも……!

 

『ギギ、ギギギギイーギギ』

「一緒に居たモミアゲが美麗な男とメイドとかいうものを愛するトンガリ頭の男も語り継がれていると」

「ごめんそれものすごく覚えがある」

 

 モミアゲが美麗でトンガリでメイドを愛する。

 これ全部悠彰に該当する。

 

「そ、その人達の名前は……」

『ギギ』

「……知らないそうです」

「ダヨネー……」

 

 こういう時って肝心なことが解らない。どの漫画や小説を読んだってそういうものだった。

 

『ギギギィ』

「え? あ……ただ、他に居たひとりの小さな女の子が、ミアンドギャルドと呼ばれていた、と……」

「………」

 

 シアンみたいな名前だ。

 むしろネーミングセンスに自分に近いものを感じました。

 あの……悠彰? キミ、150年前にタイムスリップとかしてないよね? した上で分裂したりとかしてないよね?

 

『ギギー』

「え? えと、名前の続きだけど、だったら“大盛りたこ焼きそば”はどうだ、と」

「嫌だよ!」

 

 結局“ヒト”のままで進むことになりました。

 

……。

 

 特に魔物と遭遇することもなくマラカルニへ。

 早速ギルドへ終了報告と納品を済ますと、エミュルさんに声をかけた。

 

「おや、ヒト少年。クエストが順調そうでなによりデスョ」

「押忍。ちょっと訊いておきたいことがありまして」

「ほほう? このおねーさんに訊ね事とは。なにが訊きたいんだい?」

 

 三角眼鏡……名前がわからないからザマスメガネでいいか。ザマスメガネをクィイと持ち上げ、テコーンと輝かせるエミュルさんに、とりあえず思っていたことを訊いてみることにした。

 

「この世界って普通に日本語で通じるけど、どうして? 文字も日本語だし」

「ああなるほど、それはこれが万国共通ピングー語だからデスョ」

「ピングー!?」

 

 ピングーって……あのペンギンキャラ!?

 

「いえまあ、それも29年前までは違ったんデスけどね。空間融合が行われてから、この世界の言語全てが一気に変わりました。どの国の言葉で話されても理解出来るし、どの国の文字で書いても相手にとっては自国の文字として受け取れるんデスョ」

「滅茶苦茶便利じゃないですか!」

「はいナ。それらを総じて名づけたものが先ほどの名前であり、名づけたのは北の魔女デス」

「……北の魔女さんって、日本……えと、元地界人とかじゃないですよね?」

「正真正銘空界産まれデスョ。ちょっと普通じゃございませんが。この世界には過去の伝説などが実際に存在していまして、えー……と」

 

 がさごそと引き出しを開けて、なにかをやっている。

 あったあったという言葉と一緒にひょいと出されたのは、妙な紙束だった。

 

「もうボロボロですが、歴史書というものデス。精霊スピリットオブノートの主となった者が残したもの、と聞いておりますが、名前が残されていないのでそこは割愛。かつて空界には裏の世界、はざまの世界と書いて狭界というものがありまして。そこでは巨人族と竜族が死闘を繰り広げておりましてね」

「えと……長くなりそうですか?」

「おや、短いのがお好き? こほん、では……黒竜王レヴァルグリードと巨人王アハツィオンが戦っていました。双方相打ちっぽいことが起こって、頭を九つ持つレヴァルグリードは首を斬られ、残りの五つの首に力を託して消えて、残りの首が竜の王として四方と中心を縄張りとする存在となりました。その一方で空界では魔物と人間との戦いがあって、人間は生贄を捧げて英雄を召喚。英雄とともに竜まで召喚してしまい、そこで再び竜と巨人の戦い勃発。いろいろあって竜が勝って、世界は竜と魔物が支配する世界へ。しかし人間も頑張って生き、いろいろあって対抗してました」

「物凄いいろいろですね」

「短縮させるならいろいろほど便利な言葉は無いでしょう。その後もいろいろあって一人のモミアゲが美麗な男が現れたらしいのですが、やっぱり名前が残されていないのです。そのモミアゲさんこそがスピリットオブノートの主だそうで」

「そのモミアゲさんがどうしたの?」

「世界を救ったそうデスョ? 黄竜王シュバルドラインをブチノメし、緑竜王グルグリーズと和解し、蒼竜王マグナスをブチノメして」

「? 四方と中心って言ったよね、もう一方は?」

「もう一方は北、赤竜王ですね。中心は紫竜王カルドグラス……でしたっけ? まあ、ともかく北は過去に代が替わって、ヤムベリング=ホトマシーが担いました。ええ、北の魔女デス」

「……人なんですよね?」

「人デスョ? 不老だそうデスが。まあ歴史書も完全ではありません。あるがままを伝えないほうが、世界的に都合が良いこともありましょう。あ、ちなみに私はチャイルドエデンという、子供の楽園の出身でして───聞いてませんね、まあいいデス」

 

 人なのに竜を継いだ、かぁ……とんでもない人が居たもんだなぁ……。

 

「で、そのモミアゲさんが黒竜王ミルハザードを倒して世界は救われました。モミアゲさんが来るまではこの世界には癒しというものが枯渇していて、緑も今ほど存在していなかったそうデスョ?」

「へぇえ……」

「魔女さんが言うには、“クリエイター”だったとか」

 

 くりえいたー? ……なにかを作る人?

 

「クリエイターというのは、空界で言うところの“創る者”。頭のイメージをそのまま形にする者を言います。錬金で賢者の石を作り、その先に進んだ者が得られたといいますが……クリエイターがするものは、本当に創造。必要なのはイメージだけという、恐ろしいものでした」

「なにもないところから? ものを?」

「ええ」

 

 そりゃすごいな……僕もこの世界でレベルをあげれば、そんなことが───ってだからやめよう!? 僕平和に生きるの! ね!?

 

「ちなみに今、クリエイターって……居たりするんですか?」

「そうデスねー……モミアゲ様が生きているかはわかりませんが、創造の精霊カイ、無の精霊スピリットオブノート、イセリア・ゼロ・フォルフィックス様、くらいでしょうか。あ、ちなみにイセリア様は北の魔女の娘であり、イセリア様の娘が三国の王の一人、リヴァイア・ゼロ・フォルグリム様です」

「物凄い家系ですね」

「いいことばかりじゃなさそうデスけどね。魔女というだけあって自由奔放で、暇だったら人体実験とか普通にやるそうなのでお気をつけくださいね」

「ワーオ!」

 

 そりゃとんでもない! 出来ればお会いしたくありません!

 ていうか流すところだったけど、一応世界を救った人をモミアゲ呼ばわりですか、エミュルさん。

 

「へー……ていうか、あの? そのモミアゲさんって一人で世界救ったの? 普通だったらこー……勇者の隣には仲間が! とか」

「仲間……ええ、居たそうデスョ? こちらは名前が残ってます。えー……弦月彰利」

「ブッファァーッ!?」

「うおうっ!? なにごとデス!?」

 

 口に何かを含んでいたわけじゃないけど、丁度飲み込みかけてた固唾をつまらせたみたいになった。

 

「ゆみっ……ゆみはり!? ゆみはりあきとし!? ゆゆゆゆみはりって、こう、この……弦に月って書く!? 名前はこう!? 彰利!?」

「え、ええ……そうデスが」

「…………トンガリ頭? こう、ツンツンとした」

「ええ、モミアゲが美麗な存在とトンガリ頭のメイド好きの変態がどうのと書かれていますが」

「………」

 

 悠彰のご先祖様じゃん……。

 じゃあモミアゲって……あー、なるほどなるほど、名前がない理由がわかった。あれ本当だったんだー……。

 

「えっと、さらに質問です。空界って、29年前以前に地界と行き来出来る手段ってあったりしました?」

「腐るほどありましたが? 向こうから来る手段は極端に少なかったデスが」

「あー……じゃあ、奇跡の魔法って知ってます?」

「もちろん。全ての世界と繋がっている空界をナメてはいけません。自分の存在を糧に───血の繋がりがある者以外の全ての記憶から消えることを代償に、どんな奇跡でも起こすというとんでもない天界の能力デスね。それが───ああなるほど! つまりモミアゲ様の名前が記されていないのは!」

「えっとね、多分それ、晦悠介(つごもりゆうすけ)っていう、僕の友達のご先祖様です……。血の繋がりがあるってことで、その人の子供は覚えていたんでしょうね……」

 

 伝説日記というものが、悠彰の家にはあった。ずっと昔のものだろうに、まるで新品みたいな姿であった本。もう過去の英雄が友人のご先祖様だっていうなら、なんでも信じられるよ僕は。

 悠彰が持っていた本は、全部晦神社の母屋の隠し部屋にあったものだ。伝説日記もあの本も、先祖の彰利さんが持っていたもの。メイド秘術書とかはどうしろとと思ったが、あれさえ読まなければ悠彰もまだまともだったんじゃないかなぁ。

 ともかくその日記の内容が飛び抜けすぎてた内容だったから、結局は僕も悠彰も信じなかったんだけど……そっか、“創造の理力”。悠介さんがかつて使っていたっていう、なにもないところからイメージだけでモノを……作るのではなく“創る”能力。

 あれ、本当だったんだ。思い返してみれば、確かに空界がどうとかそんな文字もあった気がする。日記に書かれていた“リヴァっち”って……リヴァイアっていう王様のことじゃないよね? 王のことをそんな気軽に呼ぶとか、彼の先祖はどれだけ気安い存在だったんだ。

 

「ホホウ! つまりヒト少年の友人はなにかしらの能力があると! 伝承によれば弦月彰利は月の家系というものの“黒”、対する“白”の存在が“朧月”といわれ、黒が死神、白が神として古くから存在していたとか!」

「ああうん、身体能力が異常だった。パンチングマシーンで300とか普通に出すってヘンだよね?」

「パンチングマシーンは知りませんが、月の家系は神と死神から産まれた存在だといいます。苗字には必ず月に関係するものや太陽に関係するもの、または日といったものがつくそうですが、その友人の苗字は?」

弧月日(こげつひ)。どっちもついてる」

 

 そっかー、やっぱりいろいろあったんだなぁあの家系。

 むしろ悠彰のほうが向いてるじゃないか、この世界。あ、でも晦は……ああ、漢字の中に日があるや。

 

「なるほどなるほど。いや、貴重な情報を得られましたね。エー……」

 

 エミュルさんが虚空に指を走らせると、そこに半透明のウィンドウが開く。

 そこのパネルのようなものを操作すると、ウィンドウ内に小さな電撃が走って、文字が浮かび上がった。

 

「オー、なるほどなるほど、これは興味深い」

「なにかわかりました?」

「ツゴモリ ユウスケ。これで検索をかけたところ、空間に転移無効状態になっている“部屋”がありますね」

「部屋? 空間に? ……あの、よく意味が……」

「おお失礼。実はこの世界が“空間世界”ということもありまして、空間を利用した自分用の部屋を作る、という技術が、随分前にはあったのデス。主に学院の生徒に与えるものデスが、今では冒険者のアイテムボックスとして改良、運用されておりますネ。総じて呼ぶなら“工房”デス。魔導魔術師はそこを自分の家として、部屋を拡張したり実験をしたりと、まあ自由に使っておりました。が……既に廃止となって全て破壊した筈なのデスが。どうやらひとつだけ、壊されず残っていて、それの所有者がツゴモリユウスケ……この文字デスね、晦悠介だったようで。普通なら不使用期間50年で廃棄されるんデスがね……不思議デス」

 

 悠彰のご先祖様が使ってた場所……しかも英雄様。

 ……う、まずい、すごく興味ある。

 

「え、えと……入れたり、とか……」

「残念ながらパスワードでロックされていますね。まあどうせ入れませんし、このままでは空間に漂うだけデスので、鍵だけでよろしければ放置されていたのでどうぞ。友人のご先祖と、まあ少しだけでも関係のある人がせっかく来たのデス。なにかの縁でしょう」

 

 そう言って、パネルをいじくって……空間から吐き出された、妙な形の鍵をくれた。

 鍵には……日本語で“親愛なるダーリソ”って掘られていた。ダーリソってなんだ? ダーリンって書きたかったのか?

 

「で、で? 試すのデスか!? 子孫の友人ならばあるいはパスワードを知っているのでは!」

「いやいや知りませんよ。ここに来るまで、そういうことって有り得ないって思ってましたし。まあ、今日は疲れたから宿に戻ります。シアンも待ってるし」

 

 後ろを振り返って、話している最中、ずっと待っていてくれたシアンを見る。

 するとエミュルさんもニヤリと笑って「そかそか、初々しいデスネェ」と……なんですかその怪しい笑みは。

 

「じゃあ、もの貰った途端に帰るのもあれですけど」

「ふむ。では昔話の落着で別れましょう。結論から言えば、北の竜王の力を手に入れた北の魔女は、その力と自分の力でいろいろと研究、魔術を開発したりして応用を加えて、世界に干渉できるまでになったというわけデスョ。そういったとんでもない能力の恩恵と、キミの友人のご先祖様の力とで、今のこの空界はあるノデス」

「? ご先祖様は世界を救っただけですよね?」

「少年? この世界はアルマデルとフェルダールとが融合した世界デス。ギルドカードで調べたかは聞き忘れましたが、フェルダールの世界名くらいは知っているでしょう?」

「フェルダールの? …………あ」

 

 確か、創造世界。

 創造……あぁっ!?

 

「え、あ……えぇっ!? じゃあフェルダールって!」

「ウィー。フェルダールは創造世界。モミアゲ様とスピリットオブノートが創り、イセリア様やリヴァイア様、他には精霊の全てが手伝い完成した世界。かつてはただの遊び場だったらしいそのフェルダールを、どんな気分が乗ったのか、北の魔女が融合させたのがそもそもの間違いデス」

「うわー……あれ?」

「? なにか?」

「あ、いや……もしかしてだけど、この世界にそのゲームで居た存在が居たりとかは……」

「寿命が長い存在は当然おります。そうデスね、代表としては……世界の中心にウォルトデニスの泉、という場所がありますが、そこに存在するドリアード……ニーヴィレイ・アレイシアスなどがそうデスョ」

「ドッ……」

 

 さっきから平然と精霊精霊言ってたけど、やっぱりちゃんと居るんだ……。

 

「えっと……それはもしかして、樹が意思を持った~とかそんな姿の?」

「いえ、容姿はそこの亜人さんと一緒くらいの背丈デスョ。元は小さかったそうなんデスが、精霊としてではなく人として活動してみたら伸びてしまったそうで」

「……なんでも知ってますね、エミュルさん」

「おねーさん、ですから《ギシャーン♪》」

 

 眼鏡がギシャーンと光った。どうやって光らせてるのやら。

 

「ふふん、おねーさんに訊きたいこと、他にありますか?」

「う……えっと」

 

 どうしよう、特に思いつかないんだけど、ものめっさ“訊いて! 訊いて!”って顔してる……!

 あ、あー……いいや、適当に訊いちゃえ!

 

「あ、あの。じゃあ。その……に、にーびれ? ドリアードは、ゲーム世界でのことを覚えていたり……?」

「おおなるほど。それなんデスがね……ええ、確かに覚えているそうデス。知っているどころか、56億年先のことまで知っておるわ、と言っていたとか」

「………」

 

 56億? ナニソレ。

 

「それ以上のことはちょっと。世界が融合したのち、接触を試みたとされるお偉いさんの中には、もちろんゲームを創った人も接触したわけデスがね? 性格がまるで違ったと、驚くばかりだとか」

「……聞いているこっちはますますわかりません」

「そうでしょうとも。もしかしたら、融合させた北の魔女か、ゲームの世界の存在だった人たちならいろいろ知っているかもしれませんね」

「そうですか」

 

 まあ、訊きたいとは思っても、簡単に行けるような場所じゃあなさそうだし、諦めよう。

 それよりまずはシアンの服だ。

 

「創造の精霊曰く、大きな事件が起きた記憶はリセットされているとかで、製作に関わった人、というのも本当に覚えていたのか、知らないのかもぼかされているわけデスョ。どれを信じれば真実なのかもわからないとあっては、情報というよりは言葉遊びの域を出ないものデス。なので話半分。そんなことがあったかもしれないと思うほうが、出来事としては面白いものなのデス」

「あ、……それはわかるかも。……ああそうだ、ついでにもひとつ。えーと、この世界って魔王とかは居ませんよね?」

「居ますよ? シードという魔王が」

「居るの!?》」

「ええ。シード・デイ・カーナ。ちなみに魔王シードと自然の精霊ニーヴィレイの父親が、テイ・トクサンという話が」

「なんかもう余計にわからないよ!!」

 

 だから何者なんですかテイトクサン!

 普通こういうのってモミアゲ様が有名になるところでしょうに!

 少々頭が痛くなるのを感じながら話を打ち切って、シアンを引き連れて武具店に向かうことにした。

 

「あ、ああえっと、じゃあエミュルさん、僕たちもう行きますね」

「はいナ。何か面白いことがあったら、気軽におねーさんと話に来るとよいデスョ」

 

 ニッコリ笑顔で送り出された。

 ……送り出されたっていうのか? これ。

 まあいいや、ともかくギルドから出て、道を歩いた。目と鼻の先の宿……ではなく、武具店へ。

 

「シアンは知ってた? 魔王とか精霊とか」

「あの、話だけならば……。奴隷にされて、町を転々としていましたから……」

「あ……なるほど」

 

 しかし魔王かぁ……やっぱり街を襲ったりするのだろうか。

 

「やっぱり魔王が魔物を操ってるのかな」

「どうでしょう……」

「だよね、わからないよね」

 

 わからないのなら仕方もない。

 適当な話をしながら武具店まで行って、辿り着いた先で早速商談を始めた。

 




技名をちょっぴり修正。

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