奴隷(キミ)と僕とを結ぶHIMO   作:凍傷(ぜろくろ)

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第三話【18歳の誕生日、コボルトなライバルと】

06/HIMO

 

 皆様。ヒモ、という言葉をご存知でしょうか。

 ええ、荷造りなどに使うものじゃあございません。

 おなごの稼ぎで男が生かしてもらう、あのHIMOにございます。

 

(すげぇ、ヒトって名前が眩しく思える)

 

 そんなHIMOに、僕はなってしまいそうです。

 他ならぬ、デビル天秤先生の所為で。

 

「はぁあああ……」

「? ?」

 

 気分はどんより。

 改めて宿を取り、数日分の料金を纏めて払った僕は今、ひとつの部屋にシアンとともに座っていた。

 気分が沈んでいる理由はもちろんステータス移動云々についてだ。

 ステータスを移動して戦えば、最初から勇者のごとき強さで……! なんて思っていなかったと言えば嘘にございます。

 それが、実は自分以外にしか……それもステータスが見れる相手にしか使えないとくるのです。

 現状、奴隷にしか使えません。

 ステータス見せて~なんて訊いて、いったい誰がギルドカードを見せてくれるというのでしょう。ええ、ギルドカードにも自分のステータスは出ますが、大体の人が視界の隅のコマンドパネルで調べます。そりゃそうです。

 

「……シアン」

「ハ、ハイ、ゴシュジ、サマ」

「………」

「……《びくびく》」

 

 やっぱり怖がられてるなぁ。

 いや、シアンが強くなることに文句があるわけじゃないんだ。

 たださ……僕が癒しで彼女がバトルって、なんというか……さぁ。

 

 

 

 

=_=/イメージです。

 

「さあシアン! 片付けてしまえぃ!!」

「はいご主人サマー!」

「うわ、見ろよあいつ。女に戦わせて自分はなにもやってねぇぞ」

「いくら亜人で奴隷だからって……」

「最低……」

「クズが……」

「カスが……」

「ウジムシが……」

「ゴメスだ……」

「ロドリゲスだ……」

「セニョールパンチョス……」

「ウエストポーチ……」

 

 

 

-_-/ヒトくん

 

 なんてことになりかねないじゃないか!

 ていうかウエストポーチなに!? わからない! 自分の脳内がわからないよ友人くん!

 

「ゴ、シュジ……?」

「あ、あぁうん、なんでもないんだよシアン……ていうか、シアン、もしかして喋るの苦手?」

「…………《かぁああ……》」

「ああいや、別に恥ずかしいことじゃないって。僕だってあの親が学校まで行かせなかったらって思うと、言葉だって満足に喋れたかどうか……!」

 

 まあ、経験してみれば考えるに容易い。

 恐らくまともな会話とかもなく、勉強さえさせてもらえなかったのだろう。

 今まで喋ろうとしなかったんじゃなく、喋れなかっただけなのかもしれない。

 そうなると、なんとかしなくてはという奇妙な使命感が湧いてくる。

 ……これ、この奴隷の紋章からくる義務感とかじゃないよね?

 奴隷契約を結ぶと、世話をしなければ……! って気分に無理矢理させられるとか。……あれ? それってどっちが奴隷だかわからないんだが……?

 

「よし。まず勉強をしようか。今日はクエストの依頼が無いっていうから仕方ないけど、明日には出てるっていうし」

「べ、ん……?」

「大丈夫大丈夫、秘策があるのだ」

 

 奴隷紋を意識してシアンのステータスを表示。

 そこでINTを今出来るステータス移動での最大にして、知性の底上げを図る。

 

「よし、じゃあ始めよう!」

 

 そうして勉強は始まった。

 5がステータス初期の基本値だというのなら、41……約8倍にもなれば常人より8倍の速度で覚えられるって単純計算。

 その考えはないわーとか言われようが、少なくとも2倍3倍にはなっているだろう。

 現にシアンは興味を示したものをどんどんと理解し、覚えていき、喋り方にも違和感をなくしてゆき───とっぷりと夜な現在

 

「あ、あの……シアン? もう眠いからまた明日に……」

「だめ! ご主人サマ、もっと教えて!」

「やぁああ……! 僕夜はダメ……ほんと弱いの……!」

「ワタシ、ご主人サマ、してくれたこと、理解シタ……シマシタ! ご主人サマ……さま? さ、さま……ご主人様! ご主人様にオンガエシしたい!」

「お、恩を選ばせてくれるのですね! ではひと思いに寝かせてください!」

「それはダメ!」

「寝かせないことは必須条件じゃったのねぇえーっ!?」

 

 ……そんなこんなで、徹夜で続きました。

 

……。

 

 で……冒険者ギルド。

 

「オハヨ、ゴザーマス……」

「ウィー、お早うございますツァガヒト少年。今日はまた随分と眠そうデスね。……ははん? 昨夜はお愉しみでしたね!」

「は、はい。ご主人様がいろいろと教えてくれました」

「おおう……あのおどおどちゃんがこんなにも元気に……! 少年……やるね! で、張り切り過ぎて、今度は少年がカタコトになってると」

 

 言葉を返すのも辛い僕がいます。

 ええはい、しかしまあなんでしょう。

 話しかけてはみたものの、考えてみれば彼女は登録受付嬢さんであり、クエスト受注の受付さんではないのでは?

 そして盛大に祝う筈だった僕の誕生日の始まりが、まさかの寝不足ってアータ……。

 

「あ……すいまんせん……カウンター間違えました……。クエスト受付って……あっちでしたっけ……」

「あ、ご主人様? あちらがそうみたいです」

「……覚えるの早すぎだよシアン……」

 

 既に僕が置いていかれている。

 食事の際に食堂で一般常識についてを……まあその、宿屋のおかみさんであるミレアノさんに訊いて、食事に来ていた冒険者や旅人の方にも説かれて、そこから学ぶこともたぁあ~っくさんあったようで、その中で様々を見事に吸収なされた知識深き亜人さん。

 もちろん亜人に対してつっかかる客も居たんだけど、逆にミレアノさんの逆鱗に触れて“金は要らないから出ていきな!”って追い出されてた。そして、そんな男に掴みかかろうとしてた僕だけが硬直。その場に居た皆様に賑やかな笑いを提供しました。とんだピエロです。

 そんなピエロな僕を、シアンは引っ張ってゆく。

 服装は奴隷服。よくある灰色っぽいあれだ。といっても、僕のは友人の漫画から得た知識でしかないんだけど。

 服ぐらい買ってやったらどうだとか言われそうだけど、仕方ないんだ。宿の代金払ったら、もうお金が……! だからクエストはなんとしてでもやり遂げる。なにがあってもだ。

 そして、溜まったお金で服を買うのだ。この際僕のは後でいい。まずはシアンに綺麗な服を!

 

「はい、こちらクエスト受注カウンターです。クエストはあちらのクエストボードに貼られている依頼書から好きなものを選び、持ってきてください」

 

 野望を胸に、受け方の説明を聞いて、早速最低ランクのクエストを見ていく。

 現在のランクはF。

 無難なのは薬草採取だってミレアノさんが言ってたな。

 ええっと、あるのは……

 

 ◆【平原のキノコ狩り!】分類:採取

 モートス平原に自生するキノコを10個

 乱暴に取ってこられても困るので、きちんと石突の底から掘るように採取してくれ。キノコ狩りの男からの、これは試練だ!

 報酬金:500£ 契約金:0£ 依頼主:スパィ・ドゥァーマッ

 

 ◆【研究熱心なあの娘のために!】分類:採取

 モートス平原に自生する薬草の採取

 本日中にどうしても薬草がいるんだ! 出来るだけ急いで欲しい! 数は20個くらいだ!

 報酬金:400£ 契約金:0£ 依頼主:メホゥホ・ブルーササン

 

 ◆【コボルトの赤ん坊】分類:討伐

 モートス平原に出現するコボルトベビー10体の討伐

 コボルトの繁殖期が来た。放置しておけば旅の行商などを襲う脅威が増える。Fランクでも出来る討伐クエストだろう。初心者は是非挑んでくれたまえ! おっと、証拠としてコボルトベビーの木の棒を持ってくるのを忘れるな!

 報酬金:800£ 契約金:100£ 依頼主:ギルドマスター

 

「ほうほう」

 

 いろいろあるんだなぁ。

 Fランクに討伐クエストがあるとは思わなかった。

 コボルトベビーの木の棒っていうのはあれかな? その魔物が武器にしているものなのかな? ……適当に木の棒を持っていってもバレるだろうね、うん。

 

「ご主人様、受けるんですか?」

「うん。シアン、いきなり討伐とか大丈夫そう?」

「が、頑張りますっ」

「そか。よし、三つともやろう」

 

 ベリャリャアと紙を剥がして受付へ。

 一気に出来ますかと訊ねてみれば、出来るとのこと。

 武器防具などに不安がありすぎるけど、こうなれば癒しながらでも強引にブチノメーション。シアンの服のため、僕は戦うのだ───!

 

「あ、ただし期限付きのものには注意してくださいね? 本日中にと書かれていたとしても、夜に届けられると達成できない場合があります。届ける人の都合もありますから」

「あ、なるほど。じゃあこれは一番最初だな」

 

 薬草摘みか……何気に難しそうだよな。

 大体、どこに生えているかも、形もわからないわけだし。

 

「あのー……薬草とキノコの形とかってわかりますか? あ、あとコボルトベビーの姿も」

「………」

「いや、わかってます。この世界に居て薬草の形も知らねーのかこのHIMO野郎って鼻で笑いたいんですよね、ええそうでしょうとも」

「いえいえいえっ! 失礼しました! なんというか随分と懐かしい質問をされたものですから! え、えと、こちらが薬草とキノコの写真になります」

 

 写真! この世界にはカメラがあるのか! と見てみれば、なるほど、確かに写真だ。

 

「そのお歳でその質問。この世界の人ではなかったんですね。ならば今の質問も当然です。地界ではカメラと呼ばれるもので撮るそうですが、空界では映写機というもので形にします」

「映写機?」

「人の想像を映像にするものです。人が見てきたものを映像にして、それを形として残す魔導魔術機ですよ」

「思考映像化!?」

 

 な、なにそれすごい! ということは友人が求めてやまなかった己の欲望の映像化が……!

 

「あ、ちなみに会ったことはないのですが、この映写機。広めてみせたのは“テイ・トクサン”という人らしいです。大して役に立たなかったそれを使えるレベルにまでしてみせたと、なんでも北の魔女が胸を張ってそう広めていたとか」

「テイ・トクサン」

 

 物凄い人も居たもんだ。

 

「で、コボルトベビーですが、こんな姿をしています。特徴的なのがこの、コボルトが作るとされる棍棒です」

 

 次にスッと差し出された写真に、ずずいと乗り出すように見る。

 そこには腹が出っ張った、ええっとそのー……餓鬼みたいな二足歩行の、棒キレを持ったブツが。

 

「攻撃力も防御力も大したことのない、まあ初心者向けのモンスターですね。Fランクの方はまずこのコボルトベビーで戦い方を覚えます」

「なるほどなるほど……で、討伐の証として、この棒キレを持ってくればいいと?」

「はい。あ、棒キレだけ奪って、というのはだめですよ? 以前それをやって、厳重な罰を受けた初心者の方がおりましたから」

「うわーあ……って、どうしてバレたんで?」

「ふふっ、簡単ですよ。経験値が増えてなかったんです。ギルドカードを確認したら」

「ああ、そりゃバレるね」

 

 愚かよなぁ……そういうのはもっと上手くやらなきゃ。

 

「という理由もあって、クエスト完了の際には必ずギルドカードを提出してもらいます。報酬金もそちらに刻まれるので、無くさないように注意してくださいね」

「了解です」

 

 討伐クエストの契約金100£を払うと、たんたんたんっ、と紙の中心に大きな判子を押し、渡してくれる。

 それを受け取ると、僕の後ろで何も言わずに待っていてくれたシアンとともに、ギルドをあとにした。

 

……。

 

 ギルドから出て、町を出ればそこが既にモートス平原。

 この広大な緑を前に、やっぱりファンタジーの広さに胸が震える。

 

「よし、じゃあ薬草とキノコを探そうか」

「はい、ご主人様」

 

 振り向いて声をかけると、にこりと笑顔で返してくれる。

 服は奴隷のもののままだけど、風呂には入れたので髪も肌もツヤツヤ。そう、フツーに風呂はありました。日本での普通の常識程度には、知っているものもあるみたいだ。テレビはないけど、空中に映像画面を作り出して映像を見せることも出来るみたいだし。

 

  で、シアンなんだけど。

 

 改めてその容姿を見ると……うん、可愛い。困ったことに、日本……ち、地界、だっけ? で、出会った誰より可愛い。

 そんな子をお金で買ってしまったという事実に、こう……奇妙な罪悪感が。

 銀色の髪も、銀色の毛に覆われた長い耳も、ふさふさの尻尾も……猫なのに狼という奇妙な魔物との間に、なんというステキな存在が産まれたのでしょう。

 これで襲われて産まれたのでなければ、きっと時間超人の片割れがごとく親に嫌われることもなかったろうに……。

 しかしなぁ、まさかなぁ、風呂の入り方まで知らないとは恐れ入ったよなぁ……。奴隷商さんは教えてくれなかったのかと訊いてみれば、“相手がどどど奴隷だからって、女性の裸に触れるなんて! とんでもない!”なんて言ってたらしい。商人さん、あんた漢だ。男だったら絶対に手を出してるよ。

 え? いや、当然僕も手をだしていない。お風呂の入り方はミレアノさんが教えてくれた。むしろ綺麗に洗ってくれたらしい。

 

「………《ちらり》」

「?」

 

 シアンには一応……友人の言う“従者の在り方”というのを説いてみたんだけど、これってほんと合ってるのかな。

 メ、メイドさんっていったっけ? 歩く時は三歩下がって~とか、あくまで瀟洒(しょうしゃ)に~とか。瀟洒って垢ぬけている、洒落ている、って意味だったよね? 垢抜けているの意味は服装や容姿が洗練されている、とかそういった意味で……洒落ているは綺麗に着飾っている、とか。

 つまりええっと。美しく常に容姿や服装に気を使い、所作にも気をつけ、淑やかなる人であれ? ようするに紳士淑女か。

  ……慣れるまでが大変そうだ。それに、歩くなら隣を歩いてほしいよ僕。

 

(それにしても)

 

 昨日の今日でやせ細った体がふくよかになることもないけど、それでも昨日よりは綺麗な彼女。痩せてるのに胸は結構大きいし、お尻も……あぁああ違う! そんな目で見るな僕! 大体僕には好きな人が───……フラれた上に、友人と結婚するんだっけ。お、オシアワセニー……。

 

「っと、そうだ」

 

 一応ここはもう、魔物が生息するらしい結界の外の世界だ。

 INTに振り分けたままじゃあシアンが危ない。

 なのでVITとAGIに振り分けて……と。

 

「《ずるぼてっ!》ふきゅっ!?」

「あ」

 

 後ろからシアンの奇妙な声が聞こえた。

 振り返れば、急に身体能力を変更されたからか、転んで顔を打っているシアンが。

 

「も、申し訳ありませんご主人様、お見苦しいところを……」

「い!? いいっていいって! むしろこっちが悪かった!」

 

 手を貸して引き起こ……そうとするのを、恐れ多いとばかりに拒むシアンを強引に引き起こして、とりあえず事情を説明。

 そうだよなぁ……自分の能力を操れる~なんて存在のことを教えてもらえないと、妙に不安だろう。……あれ? 教えてもらった方が不安じゃないか? これ。

 と思ったのに。

 

「は、はいっ、どうぞ私を存分に操ってくださいご主人様っ!」

 

 ……必要とされることがとても嬉しいんだそうです。

 自分のデコボコな能力を操れるのが僕ならば、こんなに嬉しいことはないとまで言われてしまった。

 デコボコ……うん、デコボコだね……。僕なんてオール5なのに……。成績表でこれが貰えれば地味に嬉しいんだろうに、ちっとも嬉しくないんだ、僕……。

 で、そんなシアンなんだけど……無理してないかな、と思ったんだけどね、尻尾がね、ぱたぱた揺れてるの。顔も嬉しそうで。猫や狼にとっての尻尾振りが喜びに繋がるかは別として、笑顔で尻尾が揺れることに、嫌なイメージを働かせることはないよね?

 

(むしろこのままシアンがレベルアップしていって、一層に僕より強くなっていったら、案外いろんなパーティーからシアンだけお誘いが来て……最初は細かったのに高校に入って、ある程度好きに食事を摂れるようになってから骨太さんな僕なんて、釣り合わないから失せろとか言われないかな)

 

 いやいやだめだ、楽観的になるんだ。天秤の悪魔さんも言ってくれたじゃないか。

 僕はちょっと真面目すぎるくらいに違いないんだから、もっと楽にしていいんだ。

 

(でも……シアンか。勉強会してから、随分懐いてくれてる感じだけど……あ、そうだ)

 

 ちょっと思い立って人物説明を見てみれば、“呪いを解いてくれた上に勉強まで教えてくれて、仲間とまで言って必要としてくれている主人にアルティメット感謝している”とか……アルティメット感謝ってなに!?

 ええとつまり、やっぱり恩返しみたいなのがしたいみたいなので、だったら気の済むようにって……ねぇ。

 でも教えた友人知識の所為で、妙な言葉回しとか使ってないか不安だよ僕。僕自身も人付き合いが濃かったわけでも、知識が深かったわけでもないから、言われたことを教えたってイメージが強くて……こ、こういう時って“操ってください”とかでいいんだよね? 僕間違ってないよね?

 自分で無理矢理納得して、それじゃあ、とシアンのステータス移動実験を始めてみる。操ってください、と言ってから、操られる気満々で鼻息荒く、目を蘭々に輝かせて待っているのだ。完全に指示を待つ忠犬さんです。

 

「じゃあ……AGIMAX(アジリティマックス)

「はいっ」

 

 言葉のあと、重心を落としたのちに疾駆。

 その速度は見事なもので、人ってこんなに速く走れるんだ……なんて感心出来る速度だった。そりゃあ、レベル100とかいったらもっと早く走れるんだろうけど、僕にとってはこれでも十分なくらいの速さだ。漫画みたいな速さとか、正直信じられない。現実的な速度のほうがまだ驚ける、っていうの、わかるよね?

 

「どう? 急に変更されたら堪えられそう?」

「頑張ります!」

 

 戻ってきた彼女は元気に頷いた。

 頑張りますか。結構難しいってことだよね。覚えておこう。

 

「じゃあSTRMAX(ストレングスマックス)

「STR……力、でしたね。いきますっ」

 

 きゅっと握り締めた拳。

 それを“どこぉんっ!”と地面に振り下ろす。

 結果は……音が示すが如くというか、拳が地面にめり込んでいた。

 クレーターが出来る~なんてことにはならないが、なんかもう十分です。

 試しに僕が殴ってみても、痛いだけでめり込むなんてとてもとても……。

 

「あぅう……」

「あ、やっぱりそっちも痛いか」

 

 だったらSTR&VITに振り分けてと。

 

「シアン、思い切りやってみて」

「は、はいっ」

 

 痛かったという結果があったのに、シアンは素直にやってくれた。

 信頼されてるんだな、って……なんか少し感動。

 その感動を余所に振り下ろされた拳は、思い切りって言葉が似合うが如く、再び地面にめり込んでいた。

 

「~…………、……? あ、あれ? 痛くありません」

「……おお」

 

 VITを上げればきちんと防御力も上がるんだな……。

 これはちゃんと覚えておこう。シアンに手甲かナックルを買ってあげるまでは、当分素手になりそうだし。

 

「よし、じゃあ練習はこれくらいにして、薬草から探そうか」

「は、はい、お任せくださいっ。これでも嗅覚には自信がありますので、一枚でも見つけられたなら、匂いを覚えてみせますっ」

「あ、そっか」

 

 スキルに嗅覚強化っていうのがあったな。

 さすが……と、彼女の出生を考えると言っていいのかはわからないけど、さすがアイリュコスハーフ。

 ちなみにギリシャ語で猫をアイルー、狼をリュコスというらしく、アイリュコスはそれを混ぜて唱えたものだろう。猫狼なんて初めて聞くよ、ほんと。

 まあそれはそれとして探索開始。

 写真は受付嬢にどうぞと渡されたので、それを参考に草が多く生えている場所を探してゆく。

 

「シアン~、緑の匂いが強そうな場所とかわかる~?」

「は~いっ、少々お待ちを~っ」

 

 少し離れた位置を探していたシアンが元気に返し、目を閉じて鼻をスンスンさせる。あら可愛い。

 

「ご主人様~、こちらです~」

 

 なにかを感じたのか、手を挙げて森があるほうを促す。

 早速向かってみれば、なるほど。僕でもわかる緑の濃い香り。

 緑を纏った木々と、その下に生い茂った草花を見れば、この中になら薬草のひとつでもあるだろうと思えてしまうくらい、いかにもな場所だった。

 

「じゃあ探そうか」

「はいっ」

 

 役に立てるのが嬉しいのだろう。

 尻尾をはたはたと振るいながら木の傍に歩み、草を分けて薬草を探し出すシアン。わかるよ、誰かの役に立てるの、嬉しいよね。僕も親から要らない子扱いされてたから、誰かの役に立ってる=ここに居ていいんだ、って気持ちになるから。

 懐かしさがじぃいんと胸を突く。そんな状況の中、僕は温かな気持ちでシアンの行動を見守った。元気に、楽しそうにしながら前を歩くシアン───の、体が急に網に包まれ、宙吊りに───って、えぇえっ!?

 

「きゃああっ!? え、あ、えっ!? な、なにが───」

「罠!? 誰がこんなところに!」

 

 ウサギ狩りのためとかなら性質が悪いよ!? 薬草採取の依頼とか見てなかったの!?

 

『ギギギギギギ!!』

『ウィギーッ! ギギッギギッ!!』

「へ!? うわっ、うわぁっ!?」

 

 冒険者か誰かの仕業かと思ったけれど、違ったようだ。

 罠にかかって宙吊り状態のシアンへと、二足歩行のなにかが群がってゆく。

 あれは……あれがコボルトベビー!? うわ、うわぁ……! 実際に見ると、ほんとに歴史の本っぽいなにかに描かれてる餓鬼みたいだ!

 そうか、あれはあいつらが仕掛けて、かかったところを襲うために……!

 

『ギ~ッギッギギギギ……♪』

『ギギギー♪ ギギーッ♪』

 

 得物がかかってご満悦らしい。

 したり顔で小躍りをしている。

 

「STRMAX」

「はい《ブブチャア!!》」

『ゲェエエーーーッ!!』

 

 そんなベビーさんにこの世の不条理を見せ付けてやりました。

 あっさりと引き千切られる縄を前に、ベビーさんも驚愕……ていうかゲェーって言ったよこのコボルトさんら。

 それはそれとして驚いているコボルトベビーの後頭部に蹴りをぶちかまし、降りてきたシアンをぎゅっと抱きとめる。途端に足にGが! ……そ、そういえば……! 落下してくるなにかを受け止める時、その重さは3倍にも4倍にもとか聞いた気が……! ああっ、痺れる! 痛い! なのに痺れる! でもそんなシビレも癒しで治す。使ってこそのスキルでしょう。

 

「大丈夫っ!? シアン! 痛いところはない!? ええいヒールヒール!」

「だ、大丈夫ですご主人様、少し驚いただけで……ん、やぅ……!」

 

 おーよしよしとばかりに抱き締めたまま頭を撫でて、ヒールをかける。誰かに必要とされたい人の想いなら、僕もわかってあげられるつもりだ。だから過剰ととられてもいい、人は温かいものなんだって知ってほしい。

 と、それはそれとして蹴られたコボルトベビーがギギギーと叫んで、なんとこちらへと襲い掛かってくる!

 

「っとと! 考えてみれば武器も無しに突っ込むのは無謀だったよね! STR5なのに!」

 

 咄嗟に後ろに下がってシアンを解放。

 そこからはSTRとVITとAGIに振り分けたシアンに頑張ってもらうことに……って、さすがに全部任せは心苦しい!

 なので後頭部を蹴ったベビーさんを前に、僕は構えを取った。恨みがあったからか、他のベビーはシアンのところへ向かったのに、このベビーだけは僕のところへ来たのだ。

 僕の構えに対応するよう、同じく構えるコボルトベビー。子供らしくノリがいい。……その後ろで他のベビー達がギエーギョエーってシアンに吹き飛ばされているのは、気にしないでおこう。

 

「参る!」

『ギッ!』

 

 駆ける。

 同じく駆けたコボルトベビーが、まず棒キレを振るう。

 相手の体躯は僕より頭二つくらい小さい。

 そんなベビーの攻撃を、まず左腕でガードしてみた。

 ダメージは……5。10回防御したら死んでしまいます。

 ば、馬鹿な! 強い……このベビー……いや、こいつ(・・・)、強い!!

 

(……集中するんだ。こいつ(・・・)は敵だ。敵なら殴れる。敵と認めて、対処する。もう……僕が立つこの世界は、生き死にが身近にあって、誰かに頼まれればそれをしなきゃいけない世界なんだから───!)

 

 キッと、右手で持ち、左手で棒キレを弾ませるベビーを睨む。

 どうだとばかりに笑うそいつは、焦る僕を見て調子に乗っているようだった。

 

『ギッギッギッ……!』

「このっ……せいっ!」

 

 ならば次はこちらの番だとばかりにチョッピングライト。

 相手も見事にガードしてみせ、けれどその顔が驚愕に染まる。

 

「…………」

『…………』

 

 お互い、顎の下に伝う汗をグイっと拭い、相手の出方を窺った。

 その緊張感故か、互いが互いにのみ集中し、やがてその集中が僕らをある集中領域へといざなう。

 そう、まるで全てがゆっくりに見えるような、そんな集中領域に───!!

 

『《メゴシャア!!》ギィイイイェエエエエエ…………!!《コキコキ……♪》』

 

 ───突入した途端、スローモーションで顔が歪んでゆく我がライバルを見た。集中の所為か、声までもが野太いスロー再生。

 なんのことはない。他をブチノメしたシアンさんが、目の前のベビーをブン殴ったのだ。

 拳を軸に歪む顔は、なんというか……言葉に出来ない。

 やがて集中も切れて、吹き飛んで木にぶつかって塵になって消えるコボルトを見送った。

 ……死んだら塵になるんだなぁ。だから体の一部が証拠品じゃなくて、持ってる武器が証拠品なのか。

 

「ご主人様! やりました!」

 

 そして、笑顔のままに固まっている僕へと、思わず“・・・すごい漢だ。”と言いたくなるような両腕ガッツポーズ付きの笑顔で報告するシアンさん。

 エエト……ウン。ヨクヤリマシター。

 尻尾をぶんぶん振る彼女の頭を、ヒールをかけながら撫でてあげました。

 すると、もっともっとと頭や頬を押し付けてくる。幸せそうでなによりです。

 

「……お前は強かったよ。でも、間違った強さだった」

 

 とりあえず。

 死んでしまった勝手なライバルに、言葉を送った。

 数でかかるのは常套手段かもしれないけれど、だからこそ慢心と奢りが生まれた。

 キミが負けた理由は……きっとそれだけだったのだ。僕、ほぼなにもやってないけど。

 

  ぺぺらぺー! 【レベルアップですぜ旦那! あんたも成長したもんだ!】

 

「うわっと!?」

 

 奇妙な悲しみを抱いていると、急に視界に現れる半透明のウィンドウ。

 そこにはレベルアップですぜ旦那とか書かれており、レベルが上がったことを報せてくれた。

 

「レベルアップ……へぇえ、なんだろ、急に報告されても驚くだけだけど、やっぱり嬉しいなぁ」

「ご主人様?」

「あ、ううん、レベルが上がったって。シアンもだね。シア───」

 

 ◆ツァガ・ヒト/Lv2

 ◆シアン・ド・ギャルド/Lv3

 

「…………」

「?」

「ウン……そうだよね……。討伐ボーナスとか、そりゃああるよね……」

 

 見てるだけのPTが同じだけの経験を貰えるわけがないものね……。

 なんとなく……わかってたよ……。

 けれど同じPTなら経験値がもらえるってことがわかった。これは嬉しい。

 もっとも、戦闘に参加するか否かも、貢献できたかどうかも関わってくるんだろうね。頑張ろう。

 

「よし」

 

 レベルアップすると、ボーナスポイントというのを3もらえるらしい。それは自由に振り分けられるらしくて、どのステータスに振るかでこれからの立ち回りが決まってくるとか。もちろん一度振り分けたら取り返しはつかない。

 現状、奴隷にしかステータス移動は……とか思ってたけど、自分のステータスを見ても移動できないなら、他の人だって変わらない。僕が操れるのはシアンのステータスだけみたいだ。

 そうなると、シアンは別として、僕のステータス配分は慎重にいかなきゃいけない。

 癒しに必要なもの。それはMND。でも死んでしまってはもともこもないので、得たポイント3をMNDに1、VITに2、振ろうと思う。

 HPが上がって防御力も増える。ステキなことだ。

 MNDも、振ればSPも上がるし癒しの回復量もあがる。ステキだ。

 決定を押せばHPとSPの最大値がUP……するんだけど、ちょっと待ってみよう。もう、既に一度、天秤先生には騙されている。このIYASHI……ほんとにMNDの能力に関係してるのかな。

 

「………」

 

 試しにステータスのSPを見ながら癒しを行使してみる。

 …………ワー、SP減ラナイヤー。

 

「あぁっぶなぁっ! 危うくMNDに振るところだった!」

 

 よぅしSP関係なし! 僕もう防御力と素早さだけあればいいよ! あとは時々魔法防御と状態異常抵抗を上げるくらいで!

 なのでとりあえずはVITに極振り。

 HPが283になった。……うわぁい滅茶苦茶上がるなぁ!!

 え、えぇ!? レベルアップ時のHPが73だったから……1ポイント70の計算!? だったら初期値5でHP50とか勘弁してくれません!? あ、その補正があるからひとつ振っただけで70なの!?

 

「エート……」

 

 これまた試しにシアンのVITをいじってみる。

 ポイントが6入っていたので、VIT47まで振ってみれば……HPが3000いきました。あ、でも上がるのは最大値だけで、HPが回復するなんてことはないみたいだ。

 しかもよくわからない計算式があるようです。そこはもうツッコまないことにする。レベルアップによるHPの増加もあるのだろう。50だったのが73になってたわけだし。レベルアップで23上がる……って考えていいのか? ああまあいいや、ともかく棒キレを回収しよう。

 

「シアン、コボルトが持ってた棒キレは?」

「え? あの、消えました」

「エ?」

「え、え? あのあの、消えました……けど……」

「………」

「………」

 

 クエスト完了できません。

 そ、そうか! これが友人が言っていた漫画の中のアレか!

 なんていったっけ!? 特殊調理食材とかなんとか!? 正しい手順を踏まないと手に入らないとかいうアレ!

 おぉおおなるほど……Fランクなのに討伐クエストなんかがあるわけだ……! これは手強い……!

 

「よしシアン、先に薬草とキノコを揃えちゃおう。コボルトはちょっと難しいことになるかもしれないから」

「は、はい。あの、私、なにかいけないことをしてしまいましたか? 私の所為でだめになったということは……」

「それは絶対にない。むしろよくやってくれました」

 

 役に立ってないのはむしろ僕のほうですごめんなさい!

 ち、ちくしょうこのままじゃ本当にHIMOだよ! 強くなりたい!

 

 そんなこんなで薬草を摘んで、キノコも採取して。

 そういえば採ったキノコとかってそのまま素手で持ち帰るのかなー、なんて思っていた僕らが、ギルドカードの機能で全所持品目録(アイテムインベントリ)というものがあることを知るのは……全然木の棒を落とさないコボルトベビーを散々っぱらコロがしたあとでした。

 イヤー便利デスヨコレー。

 目録から出したいアイテムを指定すると、アイテムボックスから簡単に取り出せるんですよ。

 え? アイテムボックス? どうなってるのか僕にもわかりません。

 

……。

 

 ギルドへの報告を済ませて、きちんと報酬金を貰った現在。

 倒せば消えるモンスターの素材がインベントリに勝手に登録されて、アイテムボックスなる異空間に突っ込まれるなんて知らなかった僕らは、32個もの棒キレを納品した。

 受付のお嬢さん、それはもう大爆笑。

 しかしそれだけの数を倒すなんてと感心もしてくれた。

 で、報酬金に上乗せをしてくれまして。

 

「よしシアン! 服を見に行こう! キミの服を!」

「え……いけませんご主人様、ご主人様のお金を、私なんかのために……」

 

 いざ、と踏み込んだ一歩があっさりと挫かれた。

 時刻は既に夕刻。

 昼を抜いてしまった僕らは「むう」と唸りつつも、じゃあとりあえず食事をと宿へ。

 そこでミレアノさんに服を売っている場所を訊ねてみて、わたわたと遠慮するシアンに「服を交換すること! これはめーれーです!」とキツく言った。何故か悲しそうな涙目になって見つめられた。

 

「あぁああごめんシアンごめん! 命令なんて偉そうに! 所詮HIMOな僕にはそんなことを言う資格はなかったんだぁあーっ!!」

「え、いえ、わ、私はただ、もうたくさんのことをしてもらっているのに、これ以上ご主人様の負担を増やすなんてと……!」

「ていうかそのヒモってなんなんだい?」

 

 ミレアノさんの質問に僕はなけなしのプライドを以って、言うことをしませんでした。むしろ出来ませんでした。

 全力で話題を逸らしつつ、とにもかくにも服の店を教えてもらい、翌日にでも行くことに。シアンはどこまでも遠慮していたけれど、

 

「シアンちゃん。買ってもらいなさい。むしろそんなに自分の主人を立てたいなら、ずっと奴隷衣装なんかでいいわけがないだろう?」

 

 というミレアノさんのもっともな言葉に、がーんとショックを受けて……なんか僕に謝ってきました。僕の方こそごめんなさい、もっと役に立つ僕になるので、それまで見捨てないでくださいってくらい、こっちの方が申し訳ない。

 

「いいからいいから、とりあえず今日は休もう? さすがにもう眠くてたまらないよ」

「あ……そうでした。私がわがままを言ったばかりに……」

「わがまま? なにを言ったんだいシアンちゃん」

「いろいろ教えてくださいと……疲れているのも構わず、夜通し……」

「………」

「………」

「ヒトちゃん。うちは宿ではあるけど、そういうことをする場所じゃ」

「誤解ですからね!?」

 

 あと、ちゃんをつけるのやめて!? 悪い気分じゃないけどなんか痒い!

 どっちかっていうとゴツめの僕に、ちゃん付けて呼んだのなんてミレアノさんくらいですよ!

 

「ほ、ほら! 部屋に行こうシアン!」

「あ、は、はいっ、ご主人様っ」

「やさしくしておやりよ~?」

「だから違うってばさ!!」

「ひうっ……!? き、厳しくするんですか……!? やはり私はなにか……」

「あぁああ違う違う! ~っ……ミレアノさん! シアン怯えちゃったじゃないですか!」

「あっはっはっはっは! いいんだよぉ! 周りが少し厳しいほうが、シアンちゃんもヒトちゃんに懐きやすいってもんだ!」

「グ、グウウ~~~ッ!!」

 

 グウの音も出ないという言葉がある。

 僕はそれに反逆するかのように、グウの音を出した。

 ……もちろん、何の意味もなかった。

 まあ、いいよね、こんな誕生日があっても。一応、かつてないほどに賑やかなものにはなったんだから。

 

 

 

07/服を買おう

 

 翌日。

 特別報酬を得た上で、残高と合わせたお金は3000(オロ)。お金の大半は宿泊代金で飛んだので、ほぼ報酬金である。

 で、そんなお金を持った僕らが立っている場所はといえば、服屋さん。

 しばらくは宿も食事も約束されているので、ここでお金が無くなろうが困りはしない。

 契約金がなくてクエストが受けられませんなんてことが無いように、一応100£は残しておくとしてもだ。ともかくシアンの服をなんとかしなければ。

 

「いらっしゃ帰れ!!」

 

 そして追い出された。

 

「……あれ?」

 

 “いらっしゃ帰れ”って空界の最先端流行語だったりするのだろうか。

 なるほど、地界では聞いたことがない筈だ。

 

「いやいやちょっと待ってくださいなんで追い出すんですか!?」

「うるせっ! 亜人に売るものなんざ置いてねぇんだよ汚らわしい!!」

「ようしわかった誰がここで買うか覚えてろコノヤロー!!」

「えぇええっ!!?」

 

 亜人差別さんと出会ったので、この服屋は無理と判断。

 まさかコノヤローとまで言われるとは思ってなかったのか、驚いている店主を無視して歩いた。その間もシアンが涙を滲ませながら俯いて、何度もごめんなさいと……ああもう!

 

「気にしないの! 亜人嫌いがなんだ! 亜人嫌いのことでシアンが僕に謝る必要なんてこれっぽっちもない! だからいくよ! 次は武具屋だ!」

「え……は、はい」

 

 相手を選んで売る人はこだわりを持っている人だ~なんて聞いたことがあるけど、それもものによるって良くわかったよ! 誰があんなところで買うもんか!

 苛立ちながらも町を歩いて、剣と盾の看板を見つけると中へ。

 あまりしたくはないけれど、楽観的になれるよう、と言われて来た世界であんな対応があることに、悔しさと悲しさが溢れた僕は、このお店は関係がないっていうのに声を張り上げ店主さんを呼びつけてしまった。

 

「店主! 店主はおるか!《どーーーん!》」

「なんでぇ坊主! 俺っちになんか用かァ!《どーーーん!》」

「この娘を見てどう思う!《どーーーん!》」

「可愛いじゃねぇか!《どーーーん!》」

「よぅし品物を見せてくれ!《どーーーん!》」

「おうよゆっくり見ていきやがれ!《どーーーん!》」

「え? えぅ? あの……ぅ……?」

 

 ……勢いがそのまま熱い絆になった瞬間だった。

 こうして防具を見ていくことになりました。

 最初からこうすればよかったのだ。亜人を見ても引かない人……素晴らしい。

 まずは相手がどんな亜人かくらい知ってからでも遅くはないと思うんだ、僕。

 

「これ店主、3000£程度でこの娘の服を用意出来るでおじゃ?」

「やっす! てめぇ防具ナメとんのか!?」

「まあまず聞くでおじゃ。向こうの服屋に行ったのでおじゃるがな? そこの店主がシアンを亜人だと見るやいきなり追い出したのでおじゃ」

「あー……あいつか。あいつはなぁ、婚約者を亜人に横取りされちまってなぁ」

「え? 攫われたとか?」

「いや、普通に女の方が亜人についてった」

「………」

「………」

「それ、べつに亜人が悪いわけではないのでは……」

「ああ、逆恨みだな」

 

 なんとも微妙な空気が流れました。

 シアンも同じ亜人として、なんと反応したらいいのか解らずおろおろしている。

 

「ま、いいさ。服だったな? 防具と呼べるようなもんじゃなきゃ用意したくねぇが、あるにはあるぞ」

「おお、どんなもの?」

「おう。その名もオーダーメイド。素材を持って来るなら用意してやれるぜ? うちは武具店だ。武具店が単なる服なんぞ売れるかってんだ」

「ああうん、僕はそういう方向のこだわり職人の方が好きだな……。あっちの服屋の気持ちは……うう、ちょっとわかるのが悲しい……」

「なんでぇ、好きな女でも奪われたか?」

「……友人にね……」

「ぐわっ……辛ぇなぁそりゃ……」

 

 一気にしんみりとした空気が場を支配した。

 が、軽く落ち込んでからはシャッキリとして商談を進める。

 

「で、必要なものは?」

「そうだな。どんなものがいい?」

「どんなもの……ああなるほど、オーダーメイドか。じゃあえぇと、友人曰く……メイド服、というものを」

「おおあれか。お前さんも好きだねぇ」

「え? 好きって…………なにが?」

「いや、似合うと思うぜぃ? 嬢ちゃんよかったなぁ、たっぷり可愛がってもらいなっ」

「え? は、はい?」

 

 何を言っとるんだこの男は……。

 可愛がるって、十分可愛がっていますとも。同じ境遇を経験した仲として、頭撫でたり。

 でもなんでメイド服で“好きだねぇ”、なんて言葉が出るんだろう。

 え? メイドってそういうものなの? 違うよな、仕事服……だもんな。

 ? じゃあなんで好きだねぇなんて……わからないからいいか。

 

「色は?」

「黒か紺。当然ロングで、ホワイトブリムを忘れずに。エプロンは訊くまでもなく白で」

「随分テキパキ言うなオイ。こだわりってやつか?」

「ああいえ、友人からの絶対宣言だったので。ミニスカートのはメイドではなくウェイトレスである、サマータイプなど存在してはならぬとのことで」

「そ、そうか。……ていうかそいつナニモンだ?」

「何者って……ちょっと変態入った友人?」

 

 友人、弧月日悠彰(こげつひはるあき)はそれはもうおかしな方向に面白い友人だった。

 読み方がわからなくてコゲッピ・ユーショーって呼んだら、コゲツヒ・ハルアキだと怒られたのも懐かしい。

 

「なんかいっぱい本とか持っててね。相当古い本らしいんだけど、新品みたいに綺麗なんだ。保管の仕方がいいんだろうね。僕の知識の大半は彼がくれたものだと言っても過言じゃない」

 

 だから、彼が相手なら香織も……うん、しょーがないって思える。

 幸せに過ごしたとまで書かれちゃあなにも言えないよ。

 貧乏学生だった僕が彼女にしてあげられることなんて、高が知れてただろうしね。

 

「古ぃ本……そりゃあれか、世界が融合する前の本とか」

「どうなんだろ。融合したのが29年前なら確かにその前って意味ではその前だけど」

「そりゃすげぇ! ほとんどの書物や道具は融合と同時に混ざっちまったってのに無事なものがあったか! で、で!? どんな本なんだ!?」

「え? キン肉マンとかキン肉マン二世とか」

「キンニークマンニセーイ……すげぇ名前だな……! どんな意味があるかは知らんが、ともかくすごい迫力だ……! それには古代の技術とかも記されていたりしたのか?」

「技術……って意味では、たくさんの体術奥義が記されていた、かな」

「体術奥義書なのか! くぅう、いいじゃねぇか! 男はやっぱ拳だろ! 武具店の俺っちが言うのもなんだけどよぉ!」

「おお! わかりますかその心意気が!」

「おうよわかるとも! だってぇのに最近は、やたら線の細ぇやつが剣だ槍だと手にとってキャアキャア言われる時代よぉ! ゴリモリマッチョが拳で敵を潰したって誰もなにも言いやしねぇ!」

 

 あー……そうだね。言われてみれば、漫画で見るものの大半は線の細いキレイ顔のにーちゃんが主人公だった。

 筋肉ゴリモリな男が勇者だった、なんてことはまずない。

 ええ、郭海皇はマッスル時代の方が好きだった僕です。

 ある日、本物に出会って涙した郭氏に本気で「がっ……頑張れ! 頑張れ!」って応援した。なのに理合(りあい)に走った彼に僕絶望。

 彼は筋肉を捨てた。

 そして消力というよくわからない理を持って海皇に到ったそうで…………とうとう、おめでとうとは言えずに僕は死んだのです。そりゃさ、力をつけて暴力を振るうだけの彼は好きとはいえなかったけどさ。もっと別の道もあったんじゃないかなぁって。

 

「でもこの世界ってほら、ステータスとかで大体変わってくるじゃないですか」

「そうなんだよなぁ……だがめげるな少年。筋力トレーニングをすれば、きちんとSTRは上がるんだぜ?」

「そうなんすか!?」

「おうよ! 走ってりゃあ足も速くなるし、勉強すりゃあ頭も良くなる! 当然のことだがそれらもステータスに影響すらぁ! だからよっ、レベルだけに頼るような軟弱者にゃあなるんじゃねぇぜぇ!? 様々を鍛えて、いっちょ筋肉の強さってものを見せてやろうじゃねぇか!」

「……あの。もしかしてハァーンって人、知ってます?」

「おおっ!? ハァーンは俺っちの弟だぜ! いい筋肉してるだろ!」

「やっぱり関係者だったーっ!!」

 

 ハゲていない以外のパーツがそっくりだから、なにかしら繋がりがあるんじゃないかと思ったら! ええまあ、そんな彼だからこそ出会い頭に大声であんな質問できたんですがね?

 

「ま、いいさ。ともかく新たなるマッスルメイツを見つけたことを祝おう。心の中で。今は商談中だしな。で、材料だが」

「お、押忍」

 

 そんなわけで、さあ材料詳細。

 

 ◆メイド服一式の材料

 シルクラゲの海蜇皮(かいてつひ)×20

 ブラックスパイダーの巣×5

 ブラックベリー×10

 滑らかな皮×5

 

 …………全部モンスター素材!?

 

「あの、これ全部……」

「おう、魔物の素材だぜ? ブラックベリーは違うがな」

「参考までに……どこで手に入るかは」

「そこは自分で考えな」

「じゃあこれだけは。……Fランクで手に入る材料?」

「ん、まー………………出来なくはないな。Fランクだろうが筋肉さえあればなんとかならぁな」

「どれだけ先のこと言っとんのですかもう!!」

 

 今欲しいの今! わかる!? とばかりに他にはないのかと訊いてみる。

 と、別にメイド服にこだわらねぇなら適当な材料でも出来るとのこと。

 

「それ先に言ってくださいよぅ……」

「おめぇさんがメイド服がいいって言ったんじゃねぇか」

 

 そうだけどさ。

 じゃあ、とギルドカードのインベントリを調べて、魔物の素材を取り出して見せる。

 ……と言っても、全部コボルトベビーのものだ。

 

「コボルトベビーか。別に作れなくもないが……外見がアレの皮使って、服欲しいか?」

「いらないです」

 

 作ってもらう以前の問題だった。

 なので……

 

「じゃあ、ちょっとサイズ測らせてもらっていいですか? ここで調べて、僕だけで行ってあそこで買います」

「おお……結構ずりぃこと考えるなボウズ。だがそれはやめとけ。亜人差別の心は持ってるが、あいつはあれでも俺のダチだ。ダチを騙すようなことは見過ごせねぇ」

「むう」

 

 それじゃあしょうがない。

 僕も友達の大切さは知っている。それをどうにかしろとは言えそうにない。

 しかしそうか……そうなるとシアンの服が……。

 

「ああそっか、僕の服と交換すればいいんだ」

「えぇっ!?」

「なっ! 本気かボウズ!」

 

 本気? 本気も本気です。

 HIMOな僕がシアンよりいいものを着ているなんて、それはきっと許されることでは……! ……なんて思っていたのですが、シアンにマジ泣きされたので当然中止となりました。

 

……。

 

 そんなわけで、まだまだクエストをする必要がございました。

 金を溜めるのはもちろんのこと、服に出来そうな魔物素材を集めてシアンの服を作るため。群がるコボルトベビーをコロがし続け、現在のレベルは5。シアンは7ですが。

 しかしコボルトベビーの素材をギルドで買い取ってもらっても、二束三文でございます。ですが文句は言えません。何故って、僕……あまり戦ってないから。

 ただ、コボルトベビーの討伐クエストは繁殖期では名物らしく、この時期では何回でも受けられるらしい。ありがたい。クエスト完了させれば、契約金も戻ってくるから言う事無しです。

 

(ふふ……悠彰……僕の友人。主人じゃなくて奴隷が無双する物語があったとしたなら、その主人がどう生きていたかとか……聞きたかったよ)

 

 攻撃も特に受けないので、今やSTRとAGIのみに振ったシアンが、高速でコボルトベビーをブン殴ります。

 相変わらずギエーギョエーと叫んで吹き飛ぶコボルトベビーたちを見ると、強いってすごいなぁ……と憧れるのです。ですが僕はそれを出来ません。回復役だからと、VITしか上げていないからです。

 

『ギギー!』

「ピーカブー!《ゴギィン!》」

『エギッ!?』

 

 ふふ……ベビーよ……。効かぬ……もはや効かぬのだ……。

 VITが17となり、HPも934となった。もはや防御せずとも大したダメージは受けないだろう。

 そのくせ、敵を殴っても殴ってもなかなか倒せない僕。その戦いは……本人達は全力なのに、まるで泥仕合のようだった。

 

「うおぉおおおおおおおおおおっ!!」

『ギエエエエエエエエッ!!!』

「ずおりゃぁあああああっ!!」

『ギエェエエエエエエエエッ!!!』

 

 ボコドカと殴る蹴るどつく。

 武器なんぞないから仕方ない。

 試しにコボルトベビーの木の棒を手に持って武器にしようとしたんだけど、手に馴染まないのだ。装備は出来るには出来るけど、ベビーの小さな手だからこそぴったりな武器と言えばわかるだろうか。

 人間用に作られていないから仕方ない。

 なので───

 

「かくなる上はーーーーっ!」

『ギギッ!?』

 

 殴られようが前に出て、コボルトベビーを掴む。

 そして暴れるコボルトベビーの鼻っ柱に頭突きをかまし、怯んだところで───

 

「シアン! 今からキミに古の書物に記された奥義のひとつを伝授する!」

「!? は、はいご主人様!」

「コボルトを僕がするように抱えるんだ!」

 

 言って、俯いて怯んでいるコボルトベビーの首を、右腕で抱えるようにして捉え、腰布を掴んでブレーンバスターをするように持ち上げる!

 その際にだらんと垂れた両足をしっかりと掴んでぇえええっ!!

 

「こ、こうですかご主人様!」

「そうだ! そして跳躍! 思い切り!」

「はいっ!」

 

 シアン、跳躍。

 力と速度が生み出す跳躍力は見事なもので、元々が獣族の血を半分持つ彼女だ。かなりの高さまで跳び、僕はその下でどう落ちるのかを全力のジャンプをしてから見せてみた。……所詮VITしかない男の跳躍だから、大したことはなかったのだが……シアンはそれを見て確かに頷いた。頷いたなら、あとはもう……

 

「AGIはもう要らないから落下ダメージがないようにVITに振って、逃げられないようにSTRはそのまま───さあ! 今こそカメハメ48の殺人技のひとつを! 逃がしちゃだめだぞシアンー!」

『ギ、ギギギ~~~~ッ!!』

「はいっ! 逃がしません!」

 

 やがて一気に落下してくる重なった二つの影。

 それらが平原にどごぉおおんと落ちると……コボルトベビーは『グヘッ!』と血を吐き倒れ、お尻から落ちたシアンは落下ダメージなど無かったというふうに平気な顔で立ち上がった。

 

「ご主人様、今のは……」

「ああ。今の技こそカメハメ48の殺人技のひとつ、五所蹂躙絡み(キン肉バスター)。落下の衝撃と勢いで相手の五体を砕く技さ」

「キ、キンニクバスター……!」

 

 名を口にしながら、彼女がちらりと見た大地の先。

 そこには、地面に落下してからさらさらと塵になってゆくコボルトベビーの姿が。

 

「……どうしてなのでしょう。倒したという事実は変わらないのに、どうしてか相手の健闘を称えたい気分です……」

「超人レスリングとはそういうものらしいよ。キミは今、必死に戦った。技を完成させなければという心が全力を生んだんだ。その先で相手を倒した。全てを受け止めて死にゆくものにナイスファイトと言える心……それはきっと美しい強さだ」

「美しい強さ…………戦いとは、奥が深いのですね……」

 

 うん、きっと美しい。

 そして僕はそんな美しさにはほど遠い。

 だってキン肉バスターをやろうにもろくに跳躍できなかった所為で、キン肉バスターじゃなくてマッスルバスターに終わったし。(*マッスルバスター。格好だけの、高く飛ばずに尻餅をつくだけの技。それでも痛い)

 ……僕が戦ってたベビーさん、まだ元気なんだよね。ギーギー言いながら僕の足に蹴り入れてきてるし。防御力だけ高い脳防な僕だから、ちっともこたえてないけど。

 

「よぅしいい度胸だその喧嘩買ったァ!」

『ギギギー!!』

 

 そんなわけで殴ります。

 もはや素手で殴っても手が痛いなんてことはない。殴られても痛くない。なのでラッシュです。どこを殴ろうがお構いなし。

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオォォォォラァアッ!!」

『《ボゴゴゴゴゴゴ!》ギエエエーッ!!』

 

 ぼこぼこと殴る。しかしいかんせんAGIが少ないため、勢いある掛け声とは裏腹に情けない速度だ。

 けれど殴ることでの痛みを心配しなくなった分、思い切り拳が振るえるため、攻撃力に関しては上がっている。と思いたい。

 

「ええいやっぱり投げ技だ! サミング!」

『《ゾブシャア!》ギャオォーッ!!』

 

 まずはサミング。指での目潰しでございます。

 痛がるベビーを掴んで、再び持ち上げると……

 

「スタイナースクリュードライバー!」

 

 プロレス技で頭から地面に叩き落します。

 今度は頭を押さえてもんどりをうつのに忙しいベビーさん……の足を掴んでジャイアントスウィング。勢いが乗ったら頭上に放り投げて、落下してくるそれへと飛びついてスイング式DDTを……って無理! そんな器用なこと僕出来ない!

 なのでそのまま掴んで、ラグビーのようにトラァーイ!!

 

『《ゴゴチャア!》ミギャアーッ!!』

「あ」

 

 落下地点に丁度岩があった。

 頭を強打したベビーさんはそのまま塵と化して……戦いは終了。

 

「……虚しい勝利でした」

 

 けれど収穫はあった。

 環境利用闘法ってやつだね。殴って効かないなら、岩にぶつけてコロがしましょう作戦。今度からこれを利用しよう。殴ってたんじゃ決着つきそうにないし……ね。

 と、そんなふうに虚しい勝利を噛み締める僕に、シアンがおそるおそる話しかけてきた。

 

「ご主人様……勢いとはいえ、わ、私などが奥義を授かって……よ、よろしかったのでしょうか……!」

「───」

 

 ああ、真面目な娘だなぁ……。そんなことをうすら笑みを浮かべながら思いました。

 

「もちろん、当たり前じゃないかっ! シアンはもっと自分の評価を上げるべきだ! キミは忌み子なんかじゃない……きちんと必要な()さ!」

 

 むしろある日突然癒しが使えなくなりましたとかそんな状態になったら、僕より必要とされない存在なんてそうそうないさ!

 ……ハッ!? そうか! 僕盾になれるぞ! 彼女を守る盾に! 本音を乱暴にぶっちゃけると、ろくに戦えねーけど! なのでもっと強くなろう! あくまで盾役として、魔法や状態異状攻撃、物理攻撃からも守れるように!

 こう、デカい攻撃が来そうになったらシアンには僕の後ろに隠れてもらうのです。そして僕がピーカブーブロックで敵の攻撃をしっかりガード。敵を挑発しつつ、敵のヘイトを稼ぎながらシアンにボコってもらう……なんとも悲しい戦いが誕生しようとしている。

 だが知りなさい。そうして相方を守って進む戦い方でも、きちんと前例があるのだ。

 これぞ───最強陣形ラムス陣。

 

 ◆最強陣形ラムス陣───さいきょうじんけいらむすじん

 ルナ-シルバースターストーリーにて、最初の冒険で仲間になるラムス。

 陣形にてこやつを前にして、主人公の盾にするという、ほぼ誰もがやると思われる陣形。

 敵が上手い具合にラムスに襲い掛かったところでアレスが攻撃。

 素晴らしい序盤の盾役の誕生である。

 *神冥書房刊:『あの体格ならきっとハート様並みに打たれ強い……そう思っていた時期が、僕にもありました』より

 

「……いいかいシアン。今話した通りの作戦でいこう」

「え、い、いやです。ご主人様を盾にするなんて、私、できません……!」

「いや……お願いしますそうさせてください……。じゃないともう僕、HIMOという罪悪感で立っていられない……!」

「ひも……? ひもとはそんなに恐ろしいものなのですか……?」

「うん……泣きたくなるくらい……」

 

 いっそ受け入れちゃえば楽になるんだろうね。

 でも僕そういうの嫌いなんだ。自分は何もしないでアレやれコレやれ稼ぎが悪いとかほざく男なんて、誰が尊敬出来るもんか。

 だから盾役くらい担わなきゃ、情けなくてお金なんて受け取れないじゃないか……!

 

「シアン。クエストにはないけど、マッスル情報網で得た情報で、森の中にベビーじゃないコボルトが居るそうだ」

「だめです」

「え? いや、まだ何も言ってな───」

「だめです!」

「ア、ハイ……」

 

 戦ってみよう、と言うより先に却下された。

 パーティー最大のアタッカーに断られちゃあ、僕に言える言葉はなかった。

 

「でもさ、いずれは戦うと思うよ? それなら───」

「防具も無しに、ご主人様が傷つくところなんてもう見たくありません!」

「………」

 

 さらに言えば、やさしさと心配から来た言葉に逆らえるほど、僕は強くありませんでした。顔や体格は悪くないのにね。

 でも仕方ない。誰かが心配してくれること自体が、僕にとっては珍しいことだったから。

 

(いい娘だなぁ、本当に。こんな僕のことを心配してくれるなんて)

 

 悠彰も香織も、下手な心配は侮辱になる、みたいに感じてくれていたのか、そういったことは深くしてこなかった。

 僕だってそんなふうに顔を見せるたびに心配されるような状態で、友達なんて関係は築けないって思っていた。だからそんな気安さはありがたかった。

 けど、シアンは本当に心から心配してくれる。

 その心配が……鬱陶しいとも思わない。

 

(ありがたいなぁ)

 

 ……こんな娘を、いつまでも奴隷装備でなんていさせたくない。

 もっと頑張ろう。

 頑張ってるの、シアンさん本人ばっかだけどね。

 こんな風に考えていると、いつも思い出すのはエンジェル伝説でした。僕も北野くんのように、たとえ不良であろうとも素晴らしい友達が欲しかった。

 北野くんは産まれた境遇故に防御力と、危機を跳ねのける瞬発力があった。僕にはない。なので、力は必要じゃなくても相手を破壊出来る能力が欲しくなる。

 

(なんかこう……自分を発射する大砲とかないかな)

 

 VITだけのHIMOを弾丸として射出、敵を粉砕するような。

 あ、なんなら爆弾持って自爆して……あれ? これいいんじゃないかな。なんか自分だけ生きていそうだ。

 でも爆弾の費用もきっと馬鹿にならないだろう。

 じゃああれだ。僕を縄で縛ってシアンが振り回すことで、人球大回転武器として……!

 

(そもそも僕は、妹のために馬鹿になるって決めたんだ。今さら正義漢ぶって格好つけた立ち回りをやったところで、どうせろくな結果にならないさ)

 

 戦うなら勝つ! 勝って、素材を売ったり使ったりしてシアンに服を!

 

「じゃあ……次はこれだな。蜂蜜の採取」

「はい。確か、蜂蜜10個の納品でしたね」

 

 そう、今回の採取クエストは蜂蜜だった。

 広く続くモートス平原の青空の下、コサリと受諾済みの依頼書に目を通してみれば、

 

 ◆【甘い香りなどいかが?】分類:採取

 モートス平原に生息するヘビィビーが集めた蜂蜜を10個

 待ちかねたぜ! 早速の依頼だが、ヘビィビーの蜂の巣は瓶のようにしっかりしていて、それが一つ一つ上手い具合にポキリと折れるようになっている。それを10個。持ってきてくれ!

 報酬金:1000£ 契約金:0£ 依頼主:モヒカンの拳闘士

 

 などと書かれている。

 

「ヘビィビーか……何処に居るかくらい書いてくれればいいのになぁ」

「そうですね…………あ」

「うん? どうかした? あ、もしかしてお腹すいたとか? えっへっへ、女の子は甘いモノ好きだもんね、蜂蜜って聞いて反応───」

「いえ違います」

「違うにしても最後まで言わせて!?」

「えっ? あ、すいませんっ! そのようなつもりは……! あ、あのですね、このギルドカードに……!」

「ぎるどかーど?」

 

 ギルドカードになにが? と首を傾げつつ、首から提げてあるそれに目をやってみれば、

 

「…………」

 

 ギルドカード。

 自分の現在のステータスが常時更新され、その度に刻まれている文字も変わる。

 視界の隅のコマンドパレットと同じ機能があるようで、さらにいえばそこにジョブの詳細だのアイテム情報だのも載っていて、……その他には近辺に居るモンスターの情報なども。

 

「…………アー」

「あ、あのっ、出過ぎた真似でしたでしょうかっ!? ししし知っていらっしゃったのならわわわ私はなんという───!」

「いやうんなんかもう僕ほんと役立たずでゴメンナサイ」

「ええぇええそんなことありませひゃあああ泣かないでくださいご主人様!」

 

 けれど情報は得た。

 なるほど、これでモンスターの居る場所もわかるわけか。

 それじゃあ早速ヘビィビーの生息地を~っと……。

 

 ◆ヘビィビー/昆虫種

 頭にモヒカン型の体毛を持つ蜜蜂。

 一番前の足には円形の体毛があり、まるでボクシンググローブのよう。

 針で刺すなどという蜂然とした攻撃方法はなく、あくまで前足での攻撃のみを行使する。

 モートス平原南にある林を生息地としている。

 *固有スキル:Bマグナム

 

「ちょっと待ったなんかいろいろおかしくない!?」

 

 なんかこれと似たゲームキャラを悠彰が持ってたゲームで見たよ僕! あっちはDマグナムだった気がするけど! どうなってるのこの世界! なんかおかしいよ!

 

「ご主人様? 危険なのでしたら、契約金もないのですしやめておいた方が……」

「いや、シアン。いくら魔物がおかしくても、採取クエストだ。必ずしも戦わなきゃいけないわけじゃないなら、報酬金1000£……逃す手はないよ」

 

 どれほどヘビィな拳……ま、前足? を放ってくるのだとしても、せめて殴られようが盾かキャッチャーくらいには……! ……キャッチャーというのはこう、防御力に任せて相手を羽交い絞めなどして、味方に攻撃させる外道技にございます。別名ただの羽交い絞め。スキルなどではございません。

 

「あ……ところでさ、シアン」

「はい、なんでしょうご主人様」

「魔法とかを覚える気、ない? 攻撃魔法とか一度みてみたいなーって。カードの情報によると、スクロールさえあれば覚えられるみたいなんだ」

「ま、魔法? 私が、ですか? そんな、ご主人様を差し置いて……っ!」

「うん、だからこそ。僕は防御と回復に専念するし、INT鍛えても今さらって感じがするんだよね……。それよりなんかもうシアンのLV上げて、物理で殴ったほうが早い気がするから」

「………………あ、の。…………私……役立ってますか? ご主人様の……お役に……」

「立ってる! 立ちすぎて涙出ちゃうくらい!」

 

 ならばこそ! そろそろ拳を卒業する時!

 JOBとか大げさに書いてあるけど、なんだい、カード情報によればJOBなんて名前だけの、全部フリースタイル方式じゃないか。

 拳が強ければモンクになるし、剣を握れば剣士になるって、フリーにもほどがある。つまり魔法は覚えたければ覚えやがれってもののようだ。

 剣士ジョブになっちゃったから魔法使えない、なんてくそったれなルールはないらしい。ただしレベルにはもちろん制限があるから、ステータスも考えて振り分けしないといけな───…………あの。このカード情報あってます? 最大レベルが11922960って。イークニツクロウ? 鎌倉幕府かよ! それでも千百九十二万以上ってすごすぎません!?

 う、うわぁあ……こんなレベルで満足していられないぞこれ……。

 

「ハッ!?」

 

 いやいやいやレベル云々じゃないんだよそもそも! 僕はただ、人を癒せる世界暮らしをだね! なんで冒険がメインみたいな考え方になってるんだ危ないなぁ! べつにこの世界、魔王が居るとかそんなんじゃないんだよね!? ただ魔物との生存競争をしているだけで! 落ち着け僕! ファンタジーに憧れはしても、魔王を倒さなきゃなんて使命感は必要ないんだ!

 

「そうだよね、いざとなれば癒しでお金を稼いでいけばいいんだし」

 

 なにも無理して危険を犯す必要など……! とか思ってたら、ある日に町が襲われた~なんてイベントが始まるのでしょう。

 うんわかってる。そこまでゲームや漫画には詳しくないけど、僕だって知らないわけじゃない。約束された平穏なんてないのだ。ならば、クエストをこなしつつ家を手に入れて人を癒して平穏に生きる! これだ!

 

「あ、ところでシアン? ひとつの攻撃魔法だけなら、カードに封入されてるんだって。覚えてみない? ───ってなんで泣いてるの!? おのれいったい誰がそうかクライシスかまたクライシスだなチクショオメェエエ!!」

「い、いえっ……嬉しくて……! お役に立てているのが嬉しくて……!」

「エ───……ア、ウン……ソウダヨネ」

 

 クライシスなわけがなかった。

 でもせっかくだから覚えさせてみよう。

 本来ならギルドで習得出来る魔法みたいだけど、結局体術と投擲だけで終わっちゃったしね。適正がゼロだろうと覚えられるものは覚えておこう。

 なので、えー……ブラスト? を、覚えよう。

 

 《ピピンッ♪ ブラストのギルドグリフを解放します。無属性物理魔法:ブラストを覚えますか?》

 

  ⇒YES

 

   NO

 

 奴隷紋で開いたシアンのギルドカードをいじくって、いざ、YESを。

 

 ピピンッ♪《シアンが初期魔法【ブラスト】を覚えました。マジックスキル欄がいっぱいです。これ以上魔法を覚えられません!》

 

「……OH?」

 

 ハテ、と首を傾げつつ、シアンのマジックスキルを覗いてみた。

 ……見事にブラストひとつ。そして空欄が一個もなかった。

 ……マサカネ、と思いつつ自分のを覗いてみると、一個たりとも空いてない。

 そこまで適正無しですか僕……!!

 同じゼロでもこうまで……ッ……こうまで違いますかッッ……!!

 

「いやいやっ、なんでも癒せる能力とか、立派に反則ダヨネッ! コココこれ以上はきっとやりすぎなのさ! だから大丈夫! 別に異世界にきたからって攻撃魔法は男のロマンとかそんなことっ! そんなっ……そんなことっほぉおお……!!!」

 

 正直に言います。羨ましいですたった一つでも。

 

「ほ、ほらほらシアン! 涙を拭いて!? きみは僕なんかよりよっぽどステキなんだから! そそそそこでちょっとお願いがあるんだけど、今覚えてもらったブラストって魔法、使ってもらっていいかなぁ! もうこうなりゃ見たいもの見て全力で楽しんでやるんだこの人生! だからお願い!」

「ぐすっ……は、はい……! 私、もっとご主人様のお役に立てるよう頑張ります!」

(そして僕がますますHIMOに……泣くな、泣くんじゃないヒト……!)

 

 泣くよりも、ナマの魔法をこの目で見ようじゃないか!

 もちろんせっかくだからINTMAXで!

 

「さ、さあ山岡くん! 説明───じゃなくてやってみてくれたまえ!」

「はいっ! ……ヤマオカってなんでしょう」

 

 シアンが構える。構えて……

 

「あの。どうやって使うんですか?」

 

 ……僕らは小さな壁にぶちあたった。

 

「う、うーん……? こう、魔法を使う~とか意識しながらさ、ブラストって言ってみて?」

「は、はいっ! ん~……!! ぶらすとっ!」

 

 ………………。

 

「…………」

「………」

「じゃっ……! じゃあっ、そのぉっ……こう、対象を破壊する気持ちでっ!」

「は、破壊ですねっ! はいっ! んんん~っ…………ぶらすとっ!!」

 

 ………………。

 

「………」

「……」

「今日は……風が騒がしいな……」

「でも少し……この風、泣いています……」

 

 泣いているのは僕らの方だった。

 というかシアンが恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になってる。

 

「どうなってるんだ……? SPは……あるよね。じゃあ……?」

 

 カード情報の魔法の欄を調べてみる。

 

 ◆ブラスト

 初級魔法。しかし属性に左右されない無属性。

 手から光弾を放つことが出来る。

 飛距離は魔法適正に左右されるため、0だと飛ばない。

 なお、ブラストは光弾であり、上位であるブラスターは光線となる。

 

「………」

「………」

「…………《ちらり》」

「…………《こくり》」

 

 とても素晴らしい笑顔を浮かべた僕らは、目を合わせると頷いた。

 

「シアン! 改めてINTMAX!!」

「はいっ! ───ブゥウウウラストォオオオオオッ!!!」

 

 駆け、近くにあった岩へと拳を振るうシアン!

 と、拳が衝突するや光の衝撃波が広がり、岩がゴッバァーンと爆発し───

 

「《ズキーン!!》あぅうぃいいいーっ!? うあーんっ!!」

 

 VITに振り分けずに岩を殴ったシアンさんが、痛みのあまりに涙した。

 そんなシアンにすぐに駆け寄ってヒールをかけると、あっという間に引く痛み。相変わらずSPは減りませぬ。……うーん、ソウルヒールの意味がないような───ってマテまて待て。もしかして……これって……!

 

「───」

 

 ブラストを使うことでSPが減っていたシアンに、試しにソウルヒール。

 ……わあ、回復したー。あっはっはっはー。

 

「行こうシアン……! 我らはもはや天下すらとれるッ……!!」

「え、ど、何処へですかっ!? 天下っ!? えっ!?」

 

 ザッ……と急に凛々しい顔で歩き出した僕へ、シアンから飛ばされる正論。うん、何処へだろうね。ヘビィビーのところじゃないかな。

 

「とりあえずはアレだね。旅のヒール屋にでもなろう。正直僕は戦闘じゃあ役に立たないから、その分少しでもお金を稼ぐ方へ回ろうと思う」

「旅のひーる屋……ですか?」

「そう。旅の途中で疲れている他の冒険者を有料で癒すの。多分状態異常にも効果があるだろうから、相手の症状に合わせて法外な金額をウフフフフフいえ冗談です普通に考えれば格安で癒すようん僕ヤサシイ。だから涙目にならないで冗談だからウン冗談」

「あ……は、はいっ……!」

 

 所詮この世は金ではございます。が、その金が足らないばかりに無くなる命は出来るだけ見たくない。

 善人になろーなんて考えはもちろんないし、この世界の善がどんなものかも僕は全然知らないのだけれど。……少なくとも、その行為でシアンが泣いてしまうようなことは……出来るだけ、やらないように出来るといいなぁ。

 もちろん癒したくて選んだギフトだもの、出し惜しみは出来ればしたくない。相手が宅の両親並みにひどければ、話は当然別だけどね。

 そんなわけで、南の林へ向かう途中。

 

「えーらっしゃいらっしゃーい! 旅のヒール屋でーっす! ヒールいかぁーっすかぁーっ! 日々の疲れに僕一本! ひと癒したったの……い、いくらがいいかな。100£くらい?」

「そ、そうですよね、お値段は大事ですよね。あの、通貨とかよくわからないのですが、こんな私が五百万もしたのですから、もっと頂いていいのでは……」

「そ、そっか! シアンが五百万だもんね! でもシアンならその値段でいいと思うよ僕! だから無難に200£にしよう! 考えてみればここらへんには初心冒険者しかいないだろうし、報酬金以上の値段だと誰も払えないよ」

「あっ……そ、そこまで考え到りませんでした、申し訳ありません……!」

「謝らなくていいって。じゃあ早速……え~……癒し、癒し~っ! 癒しはいかかですか~っ! ひと癒し200£! 二十年前のお値段です!」

「そうなんですか!?」

「ごめんなんか言いたくなっちゃって!!」

 

 そんなぐだぐだっぷりを披露しながら歩きに歩き…………南の林。

 

「……誰も……いなかったね……」

「誰も……居ませんでしたね……」

 

 誰とも会わなかった。所詮そんなもんである。




技名をちょっぴり修正。

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