奴隷(キミ)と僕とを結ぶHIMO   作:凍傷(ぜろくろ)

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第二十八話【身近な人の過去って案外生々しいものがあったりするよね】

 聞いた話はよくある話……なのだろうか。

 物語ならよくある話なんだろうと思う。あっても嬉しいかどうかはきっと別。

 あるところに人間に恋したサキュバスが居て、けれど男はモンスターだの異形の者が嫌い。

 叶わぬならばとサキュバスは寝ている男と繋がり、精を奪い……子を宿した。それがシアンの母親。

 サキュバスは産んだ子を幸せそうに育てていたが、男を襲ったという痕跡が残っていたため、その婚約者が討伐隊を編成。

 いつしか見つかり、討伐されてしまった。……逃がした子だけを残して。

 子は混血の呪いを背負っており、弱く、けれど人の血が濃かったからか背中の羽も尾も目立たぬ小さなものだったため、なんとか人として生き、転々と住処を変えては生きてきた。

 チャイルドエデンで暮らしたこともあったが、別の子供がおかしな夢を見るようになってから自分でその場をあとにして、そうした日々の中でやがては疑われ始め、迫害され始める。

 それというのも町の結界内では魔物は弱るという習性があるため、外と中とではその弱り方も強いということで、疑われるのに時間はかからなかったからだ。

 そうして冒険者が休憩として使う小屋を転々としては、出会う冒険者から話などを聞いて、ついに呪いを“剥がす方法”を知る。

 それはなにかと交わり、子を宿し、その子に自分の魔物としての力の全てを継承させること。

 “魔物”ならではの方法だった。

 一刻も早く呪いから離れ、魔物の要素を剥がしたかった彼女は、冒険者から逃げ延びた一匹の猫狼を見つける。

 弱り、休んでいたそいつに初めて夢魔として能力を発動。夢を見せ、行為をする───その時に欲求暴走が働き、子を宿し……能力を押し付けるに至る。

 やがて彼女は産まれた子供に、自分がされてきた仕打ちをすることで辛さまでもを押し付け、売り払い、今もどこかで生きているのだと。

 

「………」

 

 猫の里から異翔転移、ってやつで元の宿まで戻された僕とシアンは、ベッドに寝っ転がりながら天井を見ていた。

 僕がシアンの耳を塞いだまま、シアンが僕の上で仰向けで寝ころんだまま。

 どうするのがいいのかなんてわからない。

 僕は慰められるよりも一緒に笑って欲しかった人間だから。

 だから……この手が耳から離れて、彼女の頭を撫でるのを、あまり良しとしない。

 だけど彼女はそれを喜ぶかもしれないなら、僕はきっとそうするべきで。

 

「……ねえ、シアン」

 

 ふかっ、と。やわらかい耳を離して、声を出す。

 耳から離れた温かさを求めるように、シアンの手が僕の手をきゅっと握った。

 頑張って僕の顔を仰ごうとするシアンだけど、さすがにちょっと無理なのか、やがて諦めて僕の手をむにむに握ってくる。

 

「……はい、なんでしょう、ご主人様」

 

 聞こえる声はやさしい。

 そんなやさしさに、「お母さんに、会いたい?」と訊ねた。

 

「………」

 

 返事はなかった。

 ただ代わりに、首が横に振られた。

 

「売られたなら、親である権利ごと、です。そして、私はそれを、ご主人様に買っていただいたのですから」

 

 ……返事、ありました。

 返事はなかった、とか確認しておいて、あったらあったで恥ずかしいですね、はい。

 

「お金を手に入れて、今はどんなことをしているのか……不思議と、ちっとも気にならないんです。私の中のいろいろなものが、経験したものが、その……次々と、色を変えて……あの、たった一人の誰かに埋め尽くされていく、ような……感じで」

「………」

 

 きゅぅう、と。もにもにされていた手に力が籠められる。

 僕もそうして握り返すと、彼女の耳がハタハタと揺れた。

 

「ご主人様。私、サキュバスだったんですね」

「……あー、うん。人間の耳塞いでも、ケモミミあるもんね……」

「はい。耳の穴は無いんですけど、“聴こう”って意識すると、音を拾うようなんです。ですから───」

 

 しょぼん、とケモミミがヘニョる。

 

「ああいやうん、聞いたことを咎めるつもりとか、そういうのは全然ないんだ。むしろシアンにこそ大事な話だったろうに、耳なんて塞いでごめん」

「思いやってくださったこと、なんとなくわかります。捨てた相手のことを今更、なんて……そう思う人は当然居ますし、自分を捨てた理由も、叩かれた理由も、あまりにもくだらなければ泣きたくなったりもするんでしょうし」

「……シアンはどうだった?」

「…………。不思議と、なにも。ああ、あの人はそんな理由で手を上げてたんだな、なんて……軽い気持ちしか沸いてきませんでした。私、きっとおばあちゃんに似たんですね。誰かを不幸にするくらいなら、一人で静かに、って……───ご主人様。さっきは……逃げ出したりして、すいませんでした」

「……はぁ」

 

 母親の虐待の理由よりも、俺への謝罪ですか、まったくこの子は……!

 今こそ手を放して、その頭を撫でた。やさしくではなくわしゃわしゃと。

 そんな行動でも嬉しいらしい。耳がはたはたと揺れている。

 そうやって少しじゃれあってから、深く長く息を吐く。

 シアンは俺の呼吸の度に上下する腹に耳を当てるように体の向きを変えて、頬を染めたまま俺を見つめてくる。

 

「あ、の……あの。今更、なんですけど。とてもその、奴隷の分際で、とも思うのですけど。あの」

 

 頭を撫でる。ふさふさのケモミミごと、少し強めにこしこしと。

 

「私……いいんですよ、ね。ここに居て……いいんですよね? あ、あの、もちろん、ご主人様が近寄るなというのなら、距離を置きますし……はいあの、サキュバスで猫で狼で人、なんていろいろ混ざった私なんて、余計に置いておきたくなくなったかもしれませんけど……! そのっ……お、追ってきてくださったこと……信じて、いい……ですか? あのっ、たとえそれが、お金の分を働いていないからって理由でも構わないんです! わっ、私にはっ……私には、こんな私を……理由はどうあれ、追ってきてくださっただけで……」

「子供」

「え……?」

「……子供。出来てても出来てなくても、責任は取るから。サキュバスな祖母さんみたいに居なくなるの、無し。討伐隊なんて募らないし、むしろずっと傍に居てください」

「…………。あの。へぁああああの、あのあの」

 

 真っ赤である。目、潤みまくりの遠泳中。

 そんな彼女のケモミミを両手でうりゃーと持ち上げると、にっこり。

 

「診療所建ててさ、のんびり治療屋さんやりながら一緒に暮らそう。そのためにはやっぱりお金が必要だけどさ。それまで無難なクエストこなしながら地界に戻る方法探して、属性の癒しも続けてさ。で、こんなことを話してると次に出発したクエストで死ぬのです」

「死ぬんですか!?」

 

 静かなる空間が裸足で逃げてった。

 うん、暗い話は無しにしよう。せっかく“楽しい”を満たせる世界に居るんだから、辛い過去があろうとも、悩んだり泣いたりする今日を進め、でしょう。

 

「暗い話をさ、明るいものに出来る自分たちを目指そう。……それと。夫婦になろうって言ったこと、嘘にするつもり、ないからね」

「───……はいっ!」

 

 潤んだ目から涙がこぼれた。

 その瞬間にはシアンが起き上がる動作のままに胸に飛び込んできて、慌てて受け止めるとキスをされた。そのまま非力な僕からマウントポジションを獲得したシアンさんが、さくら色に染めた頬と、ぽーっとした表情に変わるのに時間は要らず───あ、やばいと思った時、シアンのスキルに新たなスキルが追加されたというログが。

 わぁいこんなにもステータスを開きたくない瞬間なんて初めてだ。

 でも、主としても、そのー……み、未来の夫としても、相手の状態は確認しなくてはと……ステータスオープン。

 

◆シアン・ド・ギャルドに新たなスキルが追加されました。

 *淫魔への寵愛/世にも珍しい淫魔の愛。精ではなく愛を欲する淫魔の心からの愛

 *深き一途な愛/他の男性など知ったことじゃない、恋をした淫魔族の一途な想い

 おめでとさん、これにて以前のステータス情報の更新に成功したよ。

 そうなー、条件っていうのが淫魔状態の彼女を受け入れ、受け止めることだったんだけどね。

 つまりはもう、シアン嬢がキミを好きにならないっていう条件は砕かれたわけだ。

 これから大変だと思うけど、まあ頑張んなさいな。

 

 ……。わあ。

 え? つまりそのことがあったから、シアンは僕を好きにならないとかそんなことに?

 で、今となってはそれを受け入れ受け止めたから、もはや僕以外はどうでもいい、みたいな状態に……?

 

「………」

 

 ちょっと、いやかなりドキドキしてる。

 淫魔の血がそうさせるのか、シアンを見ていると物凄くドキドキしてきて……思わず、受け入れるようにそっと背に手を回して、いつか彼女を抱きしめながら褒めたように背をやさしく撫でると、「ひゃうぅんっ!!」……シアンが大きな声を上げて、ふるふると震えた。

 ……やっぱりシアンって背中とか弱いのかな。僕も触られると弱いところとかあるし、あれみたいな───もの、なんだろうな、なんて思った瞬間、その撫でていた部分から“バサリ”と黒いなにかが飛び出した。

 おまけに、一休さんがとんちを考えるときに指を当てるような場所あたりからも、似たような……その、コウモリの翼、みたいなものがぴょこんと。

 

「───」

 

 あの。

 あのあの。

 もしかして、なんですけど《ピピンッ♪》……いつもお疲れ様ですデビル天秤様。

 今回も僕の疑問を解決してくださるのですね?

 

◆補足

 言い忘れてたけど、キミが毎回この子にいい子いい子~って撫でてたところ、ああ、背中とか頭なー、淫魔の特徴が出る場所だったから、撫でられ続けるとくたーっとしてたの。

 それがきちんとしたカタチで外に出たなら、キミもきちんと独占してあげること。

 恋する淫魔はすごいよー? 独占欲とかいろいろ。する方もされる方もね。

 

 うわー……。

 いや、うん、わかるよ? 今も押し倒されるままにキスされまくってるし、顔にキスされてない場所がないってくらいにちゅっちゅされてるし。

 それが終わると猫や犬のように舐めてくるし、落ち着くようにって背中を撫でればふるるって震えて目を潤ませて、ぎうーと抱き着いてくるし……あああもうどうしろと!

 と、そんな時だった。

 部屋の外から賑やかなる声。

 恐らくテッドとマリアがギルドでの用事を済ませて戻ってきたのだろう。

 いや、結構話し込んでいたし、食堂でご飯でも食べていたのかもしれない。

 

「シアン、テッド達が戻ってきたみたいだから」

「は、はい……」

 

 息を荒くして、真っ直ぐに僕の目を見つめながら名残惜しそうに離れるシアン。

 そんな彼女はベッドから降りて服装を軽く正すと、胸に軽く手を添えて深呼吸。

 すると顔の赤さが消えてゆき、キリッと見事な表情に。

 ……と、そういえばと思い出したので、少々チェック。シアンのステータス変化への報せが僕の方に来ていたことから、奴隷紋はきちんと復活しているらしく、そこを通して……ええと、彼女に完成したメイド服を……はい装着。

 

「《ばさぁっ!》ひゃあっ!?」

 

 頭から足装備までメイドシリーズで埋めてみれば、きちんとメイドさんなシアンの出来上がり。

 シアンは急に変わった服装に驚いていたけれど、やがてその服装を見下ろすと穏やかに笑み、僕を見てやわらかく笑った。

 で、早速ナビからピピンという音とともに称号が届けられて、

 

 ◆シアン・ド・ギャルド/JOB:メイ奴隷【称号:心から従属する者】

 *心から従属する者:主の傍に居ると能力上昇修正。命令などで動いた際にも微妙に能力上昇。

 *メイド一式装備:家事スキルの上限突破が可能、主人の傍だと落ち着く

 

「………」

 

 いよいよもってHIMOである。

 自分は弱いくせに、メイドさんに戦わせる外道、完成。

 命令した方が能力が上昇するって……! した方が上昇するって……!

 彼女の危険を少しでも軽減させたいなら、つまりは命令で動かせということで……!

 

「って、シアンシアンッ……! 耳……じゃないや、頭のソレと羽根っ……!」

「え? あ、ふわっ!? あ、あのあのあのっ……!」

「出せたんなら仕舞えない……!? こう、引っ込むイメージとか……!」

「は、はいっ……! えと、えっと……! ん、んー、んー……!!」

 

 頭から飛び出た蝙蝠の翼みたいなそれを、両手でぺフリと頭に押し付け、引っ込むようにイメージしているっぽいシアン。

 けれど羽根がハタハタ揺れて、尻尾がペターンとしおれるばかりで、ちっとも引っ込まない。

 

「あっ……ごごご主人様! ご命令を! 強制命令なら───!」

「あっ、そっかそれがあった! シアン! “命令”だ! 頭の羽と背中の羽根を引っ込めろ!」

 

 ヴヴー!!《淫魔の血が覚醒したから生えたものなので、命令で引っ込めることは出来ない!》

 

「ダメじゃん!」

「ごごごごめんなさい!」

「いやいやシアンを怒ったんじゃなくて!」

 

 そうこう言っている間にコチャッ部屋の扉が開かれた。

 あ、ダメ、これ無理だ隠せない。

 

「うぉーいヒトー? ドタバタ聞こえたけど戻ってきてるのかー?」

「やっ……やはっ! テッド! うんっ、もどってるもどってる……!」

 

 テッドの目が僕に注がれている内に、シアンには開かれた扉の後ろに隠れてもらった。

 そして調べ事をしているフリをしつつ、シアンにメッセージを送る。

 『“命令で引っ込めることは出来ない”なら、別の方法があるかもしれないから、マクスウェル図書館で調べてみてくれ』と。

 すると早速シアンが調べ事を開始し───

 

「あ、しあん羽根生えてる。飛ぶ? 飛べる?」

「───」

「………」

「あれっ!? そんなとこでなにやってんだ? シアンちゃん」

 

 ……あっさりマリアに見つかった。

 竜の嗅覚等は衰えを望むだけ無駄なのだろう。

 竜の嗅覚が発達しているかなんて僕知らないけどさ。

 

「へーぇ! それヒトに買ってもらったのか!? メイド服にサキュバスアクセサリとか、なんつーか…………なぁヒト。お前結構趣味とかアレか?」

「アレってなにさ……」

 

 よかったーァアアア!! アクセサリだって思われてる!

 そりゃそうだよね! 普通いきなりサキュバスチックななにかが生えてくるとか思わないよね!

 

「いやでも……見てるとなんか妙にドキドキしてくるっつーか……垂れたケモミミもいいけど、その傍から生える蝙蝠の翼チックなアクセ……え? 俺もしかしてヒトのこと言えない? こんなにドキドキするなんて……! だだだだめだだめだ! なにドキドキしてんだよ俺! よし! マリアちゃん!」

「ん? なに、おかあさん」

「………」

「?」

「ふ~~~ぅううう……! よぅし、ドキドキしない」

「………」

「《ドボォ!》オポス!?」

 

 顔を真っ赤にしていたテッドが突然マリアを見て、少しののちに肩を竦めてハフゥと溜め息。

 なんか腹が立ったのか、マリアはテッドの腹にストレート一閃。彼は膝から倒れ伏した。

 

「と、ところで二人とも、ギルドでの、そのー……用事は、済んだんだよね?」

「お、おぉおお……! 見ての通り、こうして余裕で話を出来るくらいには……!」

 

 とても痛そうな余裕であった。

 なんにせよ、もう安心かな。あんまり緊張してるとバレバレかもしれないし、いい加減落ち着こう。

 

「ていうかだな、ヒトよ」

「うん? どうかした?」

「シアンちゃんのその服、どうしたんだ? 衣服、っつーよりは装備、だよな。メイド服にしたってただのメイド服って感じじゃねぇ。俺の、家事に傾倒したスキル群が敏感に感じ取ってるぜぇ……! これ、普通の装備じゃねぇだろ、どうやって手に入れた?」

「………」

 

 サキュバスバレはなかった。けど、他の方向で説明しづらい状況に……。

 ええと、これはいっそ全部話しちゃったほうがいいのかな? そもそも僕らはなんでも言い合える、隠し事とかのない関係を求めていた筈だ。あ、関係っていうのはテッドと僕の間って意味で。

 ……だね。隠す意味なんてなかったかもだし。シアンのことはシアン自身がいいって言うまでは教える気はない。僕の問題じゃないからね。

 

「実はさっきまで、テイ・トクサンと一緒に居てさ」

「マジか!? え!? テイ・トクサンってあの伝説の!?」

「どの伝説かは知らないけど」

 

 白状してみれば、「うおおおすげー!」と興奮気味のテッド。

 僕も本人があんな存在じゃなければ、もっと興奮していたのかもしれないなぁとしみじみ。

 

「その人にね、ギルドで預かったモミアゲ様の鍵を見せたら、そのお礼にって」

「すげぇ。え? つーかなんでその人メイド服なんて持ってたんだ? それもシアンちゃんにぴったりの。あ、そりゃ装備系統ならジャストフィットするような世界だけどよ。尻尾とかそのアクセサリの部分とか、考えて作らなきゃまず無理だろ」

「───」

 

 あ。

 いやいやそういえばそうだよちょっと待って!? なんであの猫やドワーフさんたち、“シアンに翼が生えても問題ない造り”でメイド服作ったの!?

 え!? もしかしてあの場所の皆様は気づいてた!? どうなんですかデビル天秤様!《ピピンッ♪》

 

◆猫の鑑定眼を甘くお見でないよ

 そうなー。とりあえずテイ・トクサン……提督さんと猫の里は深い繋がりがあって、猫やドワーフたちは提督さんの一部と考えていいのさ。

 いわゆるゲーム世界の一部だったものだから、こっちの世界で通用しない常識もあっちでなら通じる、ていうものもあるのよ。

 だからつまり、まあ、そうな、いろいろ見えているものとか、あるよ?

 猫への寵愛のこととか早々に気づけたのもその内のひとつってこと。OKね?

 

 お、押忍。迅速な返答、感謝です。でも心の中までわかってるのか、予想して飛ばしたのか、もう怖いくらい謎なんですが。

 

「……シアン」

「はい、ご主人様。ご主人様のお好きなようにしてくださって構いません」

「いや、まだなにも言ってないんだけど……」

 

 もう全部話しちゃっていいかな、って訊こうとしたのに、宅の奴隷さんは先読みが上手かった。

 なんかシアンさん、肝が据わったっていうのか、いろいろな覚悟が決まったというのか、むしろ腰を落ち着けたのかどうなのか、とっても良い笑顔をなさってらっしゃるし。

 

「テッド」

「お、おう? なんだ? 今ちょっと服の意匠に惚れ込んでたところなんだが……すげぇなこれ、作り込みが半端じゃねぇよ。素材も異常ってくらいだし……」

「えっとさ、テイ・トクサンのことなんだけどさ」

「おう」

「大魔王だった」

「───」

 

 顎に手を当て、ウムムム~とシアンが着るメイド服を見ていたテッド、僕を見てビシィと硬直。

 そんな彼の横から、テッドの真似をしてウムムム~と唸っていたマリアが首を傾げた。

 

「? だいまお?」

「うん、そう、大魔王。中井出博光っていう、元地界人だって」

「ヒロミツ! 思い出した! マリア知ってる! とっても強い! 父の親友! さーいぇっさー教えてくれた!」

「───」

 

 せめて大げさな雰囲気にならないようにと、笑顔で語った僕、ビシリと硬直。

 今……なんと? 父? 父の……親友!?

 

「黒竜王の親友!? 大魔王!? 地界人!? ちょっと待ってくれいきなりすぎてワケがわからんのだが!?」

 

 あ、驚きが表に出る前にテッドが叫んでくれた!

 お陰で少し落ち着けたけど、つまりはそういうことだよね!?

 大魔王で黒竜王の親友って、いったいどういった存在……ああうん、ああいう存在か。

 

「………」

 

 テッドが騒ぐ中、僕は───最後に猫さんに言われた言葉を思い出していた。

 

  “この世界は楽しむためにあるものですニャア。魔王だ大魔王だと騒いでおりますが、別に戦う必要もニャいですし、ただ戦いたければかかってこい程度の考えしかニャいのですニャア。なんたって、ご主人は楽しいことを、楽しむことを愛しておりますからニャア”

 

 ……この世界には魔王が居る。

 でも、べつに悪いことをしているわけじゃなく、冒険者達が日々を生きるための討伐対象として存在している、いわば需要と供給の在り方の先にあるもの、みたいなものらしい。

 もちろん傷つけられれば痛いし、殺されれば死ぬんだろうけど、巡って生き返ることもできるとくれば、多少の無茶はしても冒険はしてみたいのだろう。

 じゃあ奴隷制度はどうなるんだろう、という思いはもちろん沸いた。

 沸いたけど、『そればっかりは借金するヤツが悪いですニャア』と当然のことを言われてしまっては、どうにも。

 けどさ、親の借金にその子供は関係がないじゃないの。

 それはどう───『おかしなことを言いますニャア。奴隷商も、奴隷制度も、ひどいことはしないし出来ないようにできておりますニャア』……そういえばそうでした。ひどいのは親だけだった。

 ただ奴隷って文字がキッツイだけで、寝食きちんとしましょうっていうのは書いてあったはずだ。ドルモスさんと出会ったあの奴隷商さんもやさしかったし。

 ……でもさぁ! やっぱり奴隷って名前はなんとかならないかなぁ!

 僕、その奴隷さんに頑張ってもらわないと稼げもしないほど情けない存在なんですけど!

 

「……って、そういうことがあったんだ」

「とんでもない情報をあっさり耳に届けられて、もうどういう反応すりゃいいのかわかんねぇよ……」

「実際に体験してきた僕のほうがわけがわからないよ!!」

「そりゃそうだよなすまん! けどな、俺もこのギルドに入ってから人生初が転がり込みまくってて目ぇ回るんだよマジで! 目が本気(マジ)で苦しいって書いて目本苦(めまぐる)しいって読みたいくらいなんだよ! これでよかったよな地界文字!」

「おかあさん弱い……」

「弱い母を許してドーター! でも弱くていいから平穏が欲しい! 俺の人生いつからこんなに非常識になったんだ!?」

 

 ごめん、それはきっと僕らと出会ってからだと思う。

 だって僕の常識内にもこんな世界はなかったわけだし。

 

「はぁあ……けどなぁ、まさかシアンちゃんがそこまで混ざってたとは。あ、いや、べつにそれで嫌悪するとかそういうのはないから、そこは安心してくれっ! 俺、自分が偏見でお姫様扱いだったから、そういうのってすっげぇ嫌なんだ。だから、誰がなんと言おうとシアンちゃんの種族がどうだろうと、血がどうのこうの言われようと、シアンちゃんはシアンちゃんだ! ……って、まあ俺が言うよりも、だよなぁ?」

「……テッド。なにさ、その目」

「っへへー、わかってんだろぉ? 話してる間でも、シアンちゃんってばお前のことしか見てないしさぁ。いやいやぁ、やっぱ情報なんて破壊するに限るってこったなぁ? だはははは!」

 

 ニヤっと笑って、うりうりと肘で小突いてくるテッド。

 でも不可視化してある鬼憧さんに、いい角度からゴッと肘がぶつかると、あのなんともいえない痺れを味わっているようで、蹲ってカタカタと震えだした。

 僕は僕で、ちらりとシアンを見ると……ほわりと、心から信頼と安心を孕んだやわらかな笑みで迎えられて、思わず顔に熱がこもるのを感じた。

 そこでひとつ気づく。

 ……シアンの頭の蝙蝠の羽みたいなアレ、僕と話す時以外はキュウッと丸まって、なんだか角みたいになっている。

 紙の先端を丸めて尖らせて、悠彰と“ドリル~”とか言って遊んだのをほんの少し思い出した。そんな感じの巻き方だった。

 どうなってるんだろう、と近づくと、頭の上で広がった羽モドキがハタハタと揺れる。ケモミミも揺れる。背中の羽根……もう翼だなこれ。翼もはたはたと揺れる。で、尻尾ぱたぱた。感情表現豊かだなぁもう!

 で、一言断りを入れてから頭の羽モドキに触れると、「ひゃうっ」と目を閉じ、顔を朱に染め、身を震わせた。

 刺激に弱いっぽい。しゅるるるるんと角のカタチに丸まってしまうと、それはもう頭の横あたりで角のように固くなってしまっていた。

 こう……悠彰が画像で見せてくれた、悪魔の角みたいに、くるんと頭を守るように。当然、ケモミミも押し付けられるようにペタンと下がる。

 ……くるんって丸まってる山羊型の角ってなんかいいよね、どうしてかわからないけど心くすぐられる。

 まあ結局、なにがどうなって角が丸まるのかはわからないわけだけど。

 シアンに訊いてみても、シアン自身もよくわかっていないらしい。

 

「まあ」

 

 言われた通りでいいんだと思う。

 こういう世界があって、自分を縛るものもないのなら、自分にできる範囲で思いっきり楽しむことこそ───この世界で許された僕らの自由なんだろうから。

 そして僕は、そんな世界をここに居るみんなと一緒に見て聞いて、体験していきたい。

 地界のことはどうしても頭の中に残っちゃうけど、それもいつか叶えられたなら……静かに自分の中から無くなると思うから。

 

「じゃあえっと、依頼も済んだことだし、少し休む? それとも新しい依頼を受けに行く?」

「難しいことなんて後だ後! 立ち止まって考えてもこんがらがるだけだ! 依頼だどうだじゃなくて、とりあえず遊びに行くべ! 冒険者だからって四六時中冒険しなきゃならねぇわけじゃねぇんだから!」

「あ、賛成っ! 何処行く何する!?」

「お、おおう、すげぇ乗り気だな……まあ俺もまだまだこの街に詳しいわけでもないから、散歩がてらに歩いてみようぜ。金も入ったし、飯は買い食いで済ませる方向で」

「まりあ、食べる!」

「シアンもそれでいい?」

「はい」

 

 訊ねれば穏やかに。

 なんだかすっかり自分の中の感情と決着をつけてしまったかのような、やさしい笑みがそこにあった。

 なんていうか、そんな笑顔に僕の方が照れてしまった。

 け……けっこん。結婚ね。自分で言っておいてなんだけど、随分とまあ綺麗で可愛い子と一緒になるんだなぁ僕。

 

(………)

 

 泣きもしたし、そうだったらよかったのにも吐き出した。

 もう僕は、この世界を知らない頃の自分には戻れないけど……そうだね、提督さんの言う通りだ。

 あっちの僕は死んだのだから、精々気づかれないように……大嫌いな病を治す自分に至ろう。

 さよならも届けずに、病だけを治したならさっさとここへ戻るのだ。

 死人に口無し。それでいい。

 

「んじゃ、まず何処に行くか」

「えーとさ、テッド。提案なんだけど」

「おっ、なんだヒト早速か? あ、シアンちゃんと二人っきりでデートしたいってんなら、なんか知らんけどお母さん扱いされてる俺が、マリアちゃんをしっかり監視しておくぜぇ?」

「いや違くて。……その。私服とかあってもいいって思わない?」

「………」

 

 ちらり、と。自分の服や僕らの着ている物を見て、彼は額に手を当て、とほーとため息を吐いた。

 そして言う。同感、と。

 しかし衣服屋は獣人嫌いなので買えないことを伝えると、「なんだそりゃあ! 服屋の風上にも置けねぇ! ちょっと待ってろ俺が縫うから!」と闘志を燃やすテッドくん。

 そうして、僕らは得たばかりの報酬金を使い、雑貨屋で衣服の材料等を買うことになり───ほんとに、家事スキルだけは大変立派なテッドの手で、衣服を作ってもらうこととなった。

 一日二日じゃ無理だろうって思ってたのに、一日で仕上げてくれました。

 スキルってやっぱり不思議だ。

 

「よっしゃあ会心の出来だぜぇ! どうよヒト! シアンちゃん! マリアちゃん! 見ての通りに見事な出来だろぉ!」

 

 うおりゃーと突き出された衣服は、それはもうお見事な出来であり、服屋から購入してきたと言われても頷けるものだった。

 いや……なんで冒険者やってるのキミってツッコミたいくらいだ。

 

「おかあさん、なんで冒険者やってるの?」

「《ゾグシャア!!》グワーーーッ!!」

 

 傷つくと思ったから黙ってたのに! マリアが言ってしまった言葉に、テッドがしこたま傷ついた!

 

「い、いやっ……見ての通りの得意スキルだから、冒険者になりゃ男らしくなれるカナって……。会った時にもいろいろ言ったけど、結局は少しでも家庭的な自分から離れたかったっつーか……! だ、だって男だぞ!? マッチョに憧れてんだぞ!? なのに家事って! 裁縫って! 生け花って! もっ……もっと夢見たっていいじゃねぇかよぉお……!!」

 

 頭抱えてしくしく泣きだしてしまった……。

 ああうん、ごめん……なんかそういった方向の理由が大体だと思ったから、深くツッコまなかったのに……。

 

「もういいからさ……服、着てみてくれよ……。あ、シアンちゃんには頑なに拒まれたから、見ての通りヒトとマリアちゃんの分しか作ってねぇけど」

「う、うん。なんかごめん。それと、ありがとう」

「……。っへへー、おう、ありがとうは最高の誉め言葉だな。作った甲斐があるってもんだ」

 

 早速着てみると、なるほど、これは見事だ。

 見事に……ムラビトンスーツだった。そしてジャストフィット。

 これは……着やすい! 着心地抜群! なんかこの街と一体になったかのような安心感!

 

「ちなみにムラビトンスーツを着てるとな、街や村に居ると心に穏やかさを届けてくれる、“安穏”ってスキルが発動するんだ。このスキルが好きで、こっちの世界じゃ年中無休でムラビトンなヤツも居るくらいなんだぜ?」

「へぇええ……あ、でもなんかわかるかも。これ、すごくいい」

 

 ちなみにシアンは僕の傍に居れば居るほど安心できるようで、きゅむーっと抱き着いてきている。もちろんきちんと断りを入れた上で。律儀である。

 許可したからには僕も抱きしめて、頭をなでなでしてみたりするんだけど……好奇心に勝てず、角になってる羽根のアレを撫でてみると、ぴくんぴくんと震えながらぎゅむーと一層に抱きしめてきた。

 ……どうにも刺激に弱いらしい。これがきっと、悠彰が教えてくれた“でりけーとな場所”ってやつなのだろう。

 なるほど、勉強になる。

 

「よ~っしゃそんじゃあ出掛けるか! ……あ、ヒト、頼みがあるんだが」

「ん、眠気を癒すよ」

「おおっ、言わずにわかるのって、なんかコンビとかパートナーって感じ、するよな~! おう頼む! …………って、あのー……シアンちゃん? なんでちょっと頬を膨らませてんの? あ、もしかして嫉妬しちゃった? コンビとかパートナーって響きに憧れがあるとか?」

「…………《コクリ》」

「……! う、頷いた……だと……!? こういう場面ってのは大抵、そんなことないとか強がるところなのに……! これはあれか。素直デレってやつなのか。……自分で言っててなんだよ素直デレって。それ普通じゃねぇか」

 

 素直なのはいいことだ。

 僕もその反応が嬉しかったので、頭を撫でたり角をコシコシしたり《ぎゅぎゅー……!》……したら、思いっきり抱き締められた。

 しかしご安心。腕力などがカスほどにもない僕だけど、防御力と体力には自信がございます。

 たとえシアンがSTRMAXで抱き締めてこようとも、癒しを行使しながら根性で耐えてみせましょう……!

 ……うん、つまり格好悪い。

 

「ヒトー、しあんー、おかーさん! はやく! はやくー!」

「んもう待っといで! 楽しみが出来るといつもこれなんだからこの娘はもー! っと、けどそろそろ出るか。服作ってた所為で、結局時間も金も減っちゃったしな」

「まあ、のんびりやっていこうよ」

「はい」

「まあ、そだな」

「はやくいくのー!」

「だから待っといでって言ってるでしょほんとにもォォォォォ!!」

 

 ……こうして、いろいろあった日の、その翌日。

 僕らは村人となって、街を歩いた。

 のんびりと、時にマリアに急かされて。

 買い食いなんかもしてみれば、テッドが「この味……出来る!」とか対抗心を燃やしたり、マリアが「……ヒトの方が美味しい……」とか呟いたり、ってやめて!? 怖いから!

 そんな賑やかさの傍にシアンを連れながら、僕らのペースで楽しんだ。

 たまにはこんな日があってもいい。

 まだまだ初心冒険者なのに、血みどろな冒険をしてきた自分を振り返れば、そんな思いも当然だった。

 今日という日の思い出を大事にしよう……ほんと、真剣に。




とりあえず連続投稿これにて終了。
PCの不調だの少ない時間だのの言い訳はごっちゃりありますが、恋姫の方も一か月近く更新できていないので作業の続きを……!
ああでも久しぶりにガハマさんSSも書きたい気分だしグムム~~~ッ!!

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