特別な感じもなく、ガチャリと普通に開いた扉。
「ルナ子さーん?」
魔王さんはそのまま遠慮もなしにスタスタと入って───突然の、耳を劈く騒音とともに「ギャアアアーーーーーッ!!」……絶叫した。
「ちょ、魔王さん!?」
「く、くるなーーーっ! 馬鹿野郎! ここは俺に任せて先に行けーーーっ!!」
「何処にですか!?」
なにやらノリノリであった。
中を見てみると、爆発が起こったらしくてケホケホ咳き込む魔王さん。
中、かなり広いんだな……爆煙で見辛いけど。
「ふぅ……まさかエクスプロードを仕掛けてあるとはさすが晦一等兵……! だがこの博光には効かん《ドキドキドキドキ……!》」
「涙こぼして震えてるじゃないですか」
「だって驚いたんだもん! と、ともかく先へゆくよ!? ……ちくしょー! もくもくが邪魔で見えねーざます!」
なんともしまらない魔王様だった。
……。
クグリューゲルス王立魔法アカデミー。
かつては優秀な成績を修めた者に空間魔術工房を授けていた場所であり、現在も魔法を教えている、空界に実在する学院。
現在は工房を授けることはなく、残っているのは悠介さんのこの工房のみ。
工房内は見渡す限りの超至高レアアイテムだらけらしく、現在では存在すらしていない素材だらけだった。(らしい。いまいち価値がわからない僕です)
「ふむ……一通り見てみたけど、ルナ子さん居ないな。ここに居ねーとなると、精霊側ととっくに融合したか、どっか別の場所で暢気してるか」
「あの、とっくに融合、とは……?」
「ウヌ? おお、よーするにね、ルナ子さんは傍に晦さえ居てくれりゃそれでいいの。居ないならどうだっていいってお子だからね。つまり会えないくらいならこんな人生いいやーって消滅選べるの。そんなルナ子さんだから、月の精霊側のルナ子さんと融合して、暢気してるんじゃないかなぁと」
「………」
重い……!
愛が重いです、ルナさん……!
「あ、ちなみに宝の山だからって勝手に素材持ってったらいかんぞ? レジェンド級の武具が作れたりする素材がてんこもりなここだけど、なにせ晦のだから使ったらあとが怖い」
「いや、もちろんそれはしませんけど」
「しかしせっかく鍵を届けてくれたのに、なにもやらんのはよろしくない。落とし物には心ばかりのお礼をだからね。えー……なんか欲しいのある?」
「あ、じゃあ───」
ちょっとずるいけど、いい加減揃えたいなとは思ってたし。
ナビをいじってリストを広げて、魔王さんに見せてみた。
すると魔王さんはニコリと笑ってそれらを用意してくれた。
「せっかくだから最上級のものを用意したぜ~~~~~~~~っ!!」
遠慮もなしに、最上級のものを。
それを滅菌手袋っていうのと一緒にインベントリに突っ込んでくれた。
手袋は作ってくれる人に渡せって話らしく、汚ぇ手では触るなとのこと。
「さて、他に聞きたいことはあるかね? なければ、鍵を返却してもらいつつ、工房を閉ざすけど」
「あ、いえ、他には特に。鍵も元々悠介さんのですし、返すのは構いません。あったって使えそうにありませんし」
「よろしい。では」
なぜか魔王さんはニィイヤァアアアと笑みを浮かべて、僕から鍵を受け取ると……僕が外に出たのを確認すると自分も出て、パチンと鍵をかけた。
さっきまでそこにあった扉は消えて、僕もシアンもびっくり。
「あ、ちなみにさっきの部屋から地界に行くこと可能だったから」
「───。ええぇえええええええええええっ!?」
「ディャァアアアアハハハハ!! かかったなマヌケがっ!! あの晦がそういう便利機能を自分の工房に付け加えていないはずがなかろうがーーーっ!! 愚かよのぅォーーーーッ!! 僕に返却する前に質問していれば、あっさり貴様の願いなぞ叶ったものを~~~~~~~~っ!!」
「ギッ……ギィイイーーーーーーッ!!」
ああわかったほんとこの人魔王だ!
悪魔って言葉がすっごい似合うけどそれでも魔王だ!
悪の帝王とかじゃなくて魔王! だってブレないんだもの! 今も人を逆上させるダンスとか踊ってるし!
おおおおおもう殴ってやりたいけどそんな条件下にあって訊くのを忘れた自分が悪いし!
「じゃあ! 他に地界に戻れる場所って何処がありますか!?」
「アッ! もう食事の時間だ! 帰らなきゃ!」
「しっ……白々しいにもほどがある! ちょ、魔王さん!?」
「僕今日ハンバーグなんだーいいでしょーじゃーねー!《ギャオッ!》」
「じゃーねーってレベルの速さじゃないんですが!? ちょっ、待っ、速ぁあああーーーっ!?」
空飛んで行ってしまった。
そして残される僕たち。
「………」
「………」
魔王さんを警戒しまくって、結局とことん喋らなかったシアンと一緒に、しばらくそうして呆然としていた。
……。
特に出来ることもなく、送ってくれるって話もすっぽかされてしまったために、仕方もなしに軽く歩いてみた。
マップで位置確認をしてみたところ、ここは猫の里の水竜の泉、というところだった。
全体マップから見ると……随分と西の方だ。
「それにしても、空気が綺麗ってすごいな……」
「……《こくこく》」
漫画などで“空気が綺麗~”とかあったけど、なるほど、これは納得。
泉の前まで来てみると、水もめっちゃくちゃ綺麗で驚きだ。水底までくっきり見える。
微生物とか居ないのかな。
「えっと」
ちょっと試しに水の中に手を突っ込んで、水の加護の癒しを発動。
すると
『癒しとか間に合ってるんで失せなさい』
マチャアと水の中から女性が出てきて、それだけ言うと沈んでいった。
「………」
「………」
もう一度。
『言われたばかりのことも聞けないのですか失せろといったのですよ失せなさい』
出てきて、言うだけ言って、また沈んだ。
一応調べるを発動させたらマクスウェル図書館から情報が出た。
◆泉の精霊───いずみのせいれい
泉があるところならどこにでも現れる精霊。
ウンディーネとは違う。
斧を落とせば金と銀の斧を見せてくる、ああいう精霊である。
ちなみに正直に言ったところで説教されるだけなので、遭遇したら逃げることを推奨。
激情家なので下手すると落とし物を手に襲い掛かってくる。
現在は猫の里の湖に生息しているとされる。
水が飲みたいと願うと、平気で毒水を飲ませてくる外道。
……うわぁ。
………………うわぁ。
水の精霊も結構アレな性格だったけど、この精霊もっとひどい。
湖には近づかないほうがよさそうだ。
ならばとてこてこ歩いていると、猫が一匹、物珍しそうに丸太テーブルの影からこちらを見ているのに気づいた。……二本足で立ってる。すごい、ほんとファンタジー。
「あの」
『なっ…………ニャ、ニャア』
「いえあの、喋れること知ってるんで、今さら猫のフリされても」
二本足でしっかりと大地に足をついて、服まで着ておいて今さらなにを。
けれど僕がそう言うと、漫画のやんちゃ小僧さんが人差し指で鼻をこするみたいにすると、ニヤッと笑った。
『ようこそいらっしゃいませニャア、お客人。ここに人が来るのも随分とまあ久方ぶりですニャア。おっと申し遅れたニャア、あっしはしがない鍛冶キャット見習い、モムノフリードと申しますニャア』
「ジークじゃないんだ……!」
フリードとかついてたらそれっぽいと思われるだろうに……! っていうかモムノフってゲームに出てきそうな名前……! なんか前に悠彰が言っていたような……!
『ニャフェフェフェフェ……早速ですがお客さァん……ニャア。お宅から新鮮な素材の香りがするんですニャア……! 持ってるんでしょう? ニャア……。出しなさいよ加工前の素材……! ニャア……!』
ニヤリと笑い、さくさくと草を踏みながら歩いてくるのに、いちいちニャアとつけなきゃ喋れないっぽい彼がひどく残念であった。
「えっと……じゃあその、作ってもらいたい装備があるんだけど……いい、かな」
『……! お客様は神様ニャア! つ、作らせてほしいニャア! 客人が来ない所為でボクらは腕を振るい喜ばれる機会が無くて無くて……ニャア……! さあ、何を作って欲しいですニャア!? あ、ところでお客人はここへの来訪は何度目ですニャア?』
「え? あの、初めて……だけど」
『───……』
言ってみたら凄い微妙な顔された。
なんか喜びに満ちていた顔が、こう……一瞬、キュッて真顔になったみたいな。
デフォルメされた可愛い猫の顔が、一瞬リアル猫になったっていうか。
『……初回のお客様は無料という、初代からのルールですニャア……。腕を披露して、悦んでもらえて、お金がいただけるあの瞬間がたまらないというのに……ニャア』
ものすごーく欲望に素直なキャットだった。
けれど腕は確かなようで、背中を見せると『さ、移動開始ですニャア』と腕をくるくる回すようについてこいアピール。
のっしのっしと歩くその姿からは、猫なのに自信が伺い知れた。
「……ついていって平気かな」
「大丈夫だと……思います。悪い感じは、その、しません」
「そっか。じゃあ……」
「え……あ、は、はい」
シアンの手を取って、歩き出す。
喧嘩したわけでもないし、擦れ違いがあっただけ。
だから僕は、心をきちんと固めるためにもシアンの手を握り、一緒に居ることを胸に誓いながら歩いた。
……。
連れてこられたのは立派な工房だった。
大小様々な武器防具が飾られており、けれど大きな炉が火も灯さずに静かにそこにある様は、なんだかとても寂し気に見えた。
『親方! ジョニーの親方! ……ニャア! お客様ニャア! これで鍛冶が出来るニャア!!』
「ジョニーの旦那ならサンドランドに出張に行ったぜェ。ってよりモムノフ、客ってなぁ本当か?」
『マジだニャア! ……まあ来訪が初めてらしいから無料だけどニャア』
「バーロイ! 腕錆びさせるよりゃよっぽどいいやィ! おい客人! なんだ!? 何を打たせてくれんだィ!? 大剣か! ハンマーか! 豪快なのを頼むぜェ!?」
「え? えーと……この素材で───」
バックパックから魔王さんに頂いた素材をごっちゃりと出す。
すると、猫のモムノフリードさんと、たぶん……背がちっちゃいのにおっさんぽいこの人はドワーフ……なのかな? が、目を輝かせた。
『S級レア素材じゃないですかニャア!! 今でもまさかこんな素材が採れるなんて、空界捨てたもんじゃねぇですニャア!!』
「おいおいおいマジかよ! 品質最高値じゃねぇか! こりゃあ腕が鳴るぜェ! んで!? なにを作らせてくれるんだ!? これだと装飾ワンド系か!? ちと豪快さに欠けるが任せてくれィ!!」
「いえあの、メイド服を。オーダーメイドで」
『………』
……僕は。
その時の、ようやく仕事が出来ると期待に胸を膨らませた鍛冶職人が、メイド服を頼まれた瞬間のキュッとした真顔を……シアンが傍に居てくれる限り、忘れることはないんだろうなと思った。
あ、あの、なんでしたらこの鎧を……え? 二回目からはお金を取る? ちなみにお値段……ブッファア!? ちょ、無理です! いやいや最終強化までするからとかそういう説明が欲しいんじゃなく! 無理です金ないです!
いや無理に取ろうとしないで! ほら! ね!? もう装備しちゃったから無理ですから! ね!?
……。
炉に火が灯った。
鍛冶をする猫やドワーフはその熱に歓喜し、することもなくぶらぶらとうろついていた職人がその熱に駆け足で戻ってきて、『手伝うことはあるかナゥ!?』とか『腕がなりますミャア!』とか「ゴワッハッハ! 久しぶりに本当の鍛冶ってもんを、客人に見せてやるかぁ!」とか、様々な反応を見せては……作るものがメイド服だと知るや、やっぱりキュッと真顔になって、地面を見つめ、様々な葛藤ののちに作業に混ざっていった。
あの……なんかごめんなさい! ハンマーも使えない仕事で、ごめんなさい!
でも素材を溶かすために炉には火をつけなきゃいけなかったとかで……! ご、ごめんなさい! 本当にごめんなさい!
けど……ひとたび仕事が始まると、猫やドワーフの顔は一気に真剣そのもの。
凛々しい顔で作業をして、時に楽しそうに、時に集中しすぎて目を見開きすぎたり、そうして眺めているだけでも飽きない作業は続いて───
『ヨッシャア完成ですニャアア!!』
「『「『「うおぉっしゃぁあああああい!!」』」』」
猫とドワーフが一斉に拳を頭上に掲げ、叫ぶ。
出来上がってみれば全員汗だくで、けれどいい笑顔で、メイド服を僕に渡してくれた。
「ガッハッハッハ! いやぁ久しぶりに集中できたぜぇ! 俺達ゃ己の腕に誓って、作るモンにゃあウソがつけねぇからな!」
『ウニャッハッハッハッハ! 良い時間を過ごせたニャア!』
「おうよまったくだ! ガッハッハッハ!!」
モムノフリードさんとドワーフさんが笑いながら、背中を叩いたり足をペシペシ叩いたりしてくる。
そうした時、ふと……どうしてモムノフリードさんは最初から友好的だったりしたんだろう、なんて疑問が浮かんだ。
いや、腕を錆びさせたくなかったって言えばそれまでだけど、素性も知らない相手をいきなり歓迎とか、普通出来ないでしょ。
なんて思ってたら、ふと、シアンと繋がったことで浮かんだスキル、“猫への寵愛”を思い出した。
効果は“猫や猫型モンスター、獣人と友好的に接することが出来る”というもの。
あ、あー……! そっかそっか、それのお蔭だ!
と、気づいてみれば足元にはぞろぞろと猫、猫、猫……!
『おっとニャフフ、アンタぁ……猫への寵愛スキルを持っているニャ? その若さで獣人を受け入れるとは……いや、若さゆえに、というやつかニャ?』
『いい匂いがするミャフ。こりゃあ仲間と錯覚起こしても仕方ないミャフ』
『お相手はあっちの娘ナゥ? ニャッフフ、可愛い娘ナゥ、大事にするナゥ』
『猫獣人を伴侶にするとは目のつけどころが違うミャア』
「は、伴侶だなんて! わ、わたしはご主人様の奴隷で……!」
『オウコラテメェちょっとそこまでツラ貸すニャ』
『猫の里で猫を奴隷たァいい度胸ナァ。覚悟出来てんだろうナァコラ』
「いだだだだ痛い痛い! 脚で爪研がないで! っていうかこの鎧の上からダメージとかどういった攻撃力をお持ちで!?」
『魔王様と愉快な仲間たち、我ら猫の里のキャッツたちが弱いわけがねぇニャ』
『オウコラそれよか奴隷ってどういうこっちゃワレニャア? ことと次第によっちゃあタダじゃおかねぇニャ』
意地でもニャとか付けなきゃいけないの!? ていうかさっきから爪の長い猫さんが、『ニャア! ニャア!』とか言って爪をザクザク足に突き刺してくるんですけど!? ご丁寧に足にしがみついたまま!
なんか悠彰と見たシュレックって映画の長靴を履いた猫を思い出させる猫だ!
さておき、このままじゃ話が進まないので、シアンと一緒になって必死に説明。
魔物に襲われてシアンを授かった親と、そんな親に奴隷として売られたシアン。
そして、そんなシアンを買ったのが僕、と。
『フッ……少年。ボクはてめぇが猫を無理矢理従属させるようなボーイじゃねぇと信じていたニャ』
「いえあの。僕、あなたに一番足を刺されたんですけど……呼び方もてめぇ呼びのままだし」
『グ、グウムッ……申し訳ねぇニャ。お詫びと言ってはなんですが、オイタをした猫狼の野郎どもにゃあウチらでヤキ入れておきますニャ』
「え? でも」
『ニャフフ、今は何も言わんでくだせぇニャ。これは猫族のケジメってやつですニャ。……
『けどジニー、ボクら猫の里から出たら人型になっちゃうミャオ』
『ヌグッ……! 迂闊だったニャ……! けど許せぬものはあるものニャ! まずは月の家系の誰かに過去視してもらって、襲った証拠を押さえるニャ!』
『合点ミャオ! ……ところでイッケク? 今暇してる家系の連中、だれが居るミャオ?』
『ツンツントンガリ頭ならきっと相談すれば一発ナァ。あ、でも今、里には居ないナァ』
『ナビメールでも飛ばすニャ! ジョニーが居れば良かったんだけどニャ、まったくあの兄はどこをほっつき歩いてるニャ』
『猫のお願い聞いてくれるって意味では、みさおさんが一番だったんだけどミャオ』
『仕方ないニャ、今黒竜王といろいろあるからニャ』
「………」
敵の本拠地(?)に来ただけで、恐れ多い秘密がざっくざく耳に届く。
たぶん気にしちゃいけません。
僕の目的はあくまで地界に戻って病を治すことと、精霊の加護を得て世界を癒し歩くことだ。
『いやぁお客人が来るといろいと忙しくなりますニャア! やっぱり動きがないと淀んだ空気も動かないってものですニャア!!』
『おぅいゴードン! 久々に鉱石掘りにでも出るか!』
『おうともゲオルグ! その言葉を待っておった! まったく毎度毎度誘っても腰をあげんかったくせに!』
『ニャフェフェフェフェ、ドワーフ達もようやく腰を上げましたニャア。まったく、便利だからって爆弾採掘に頼ってばかりだからああなるニャア』
「爆弾採掘って……」
『おっとお客人をほったらかしにしては猫の名が廃りますニャア。僭越ながらボクがおさらいの意味も含めて、説明をさせていただきますニャア』
言うと、僕をここまで案内してくれた猫がぴょんと跳ねるのと一緒に足を揃えてコホンと咳ばらいをした。
『ボクらは元がワールドオーダー、モミアゲ様こと晦悠介とその仲間達のイメージから弾き出された、いわゆる想像から創造された生物ですニャア。だからその加護に色濃く満ちたこの猫の里では元の姿で、一歩外に出ればこの世界に適した姿になってしまうのですニャア』
「そういえば……猫の里にはシアンと同じような種族が居るとかなんとか……」
『それはボクらのことですニャア。そんなボクらはこの里で暮らして、“里から出なければいい”を最大限に利用して、里を発展させてきましたニャア』
「その果てが、里での自給自足……?」
『そうですニャア! なにせここはあの“楽しければいい”を前面どころか360°に押し出したボケ者どもの脳内が作り出した世界の、超・収束点! 29年前に融合した世界ではありますが、ここほど常識がねじ曲がった場所は他にはないのですニャア!』
つまり、ここはモミアゲ様こと悠介さんを始めとした、人々の意思や願いや妄想想像その他もろもろが、この空界って世界の中でも最も集中している場所、ということらしく。強く願えば願うだけ、愉快で楽しい里であり続けているのだそうだ。
けれども客を迎えて武具を鍛えたい生粋の職人さんなんかにしてみれば、外からの客なんて滅多にこないここは、随分とまあ退屈なのだそうで。
『もちろん爆弾採掘でどれだけ採掘しようが、里の壁となっている山を破壊することにはなりませんのですニャア。魚だって捕れるし山菜も詰めてそれが1日経てば元通りですニャア』
「それを使って武器を打ったりとかはしないの?」
『……お客人。ボクらは商人ですニャア。客も居ないのに楽しく鉄が打てるもんですかいニャア。そりゃあ鍛冶は大好きですニャア。けれど、完成してゆく武具を見守るお客人の、今か今かというわくわくとした顔を見るのも職人の楽しみというものなのですニャア』
「職人魂ってやつなのか」
『ニャフェフェフェフェ、そしていい顔してる客人に相応の値段を請求するのニャア……! その時の“え!? そんなに!?”って顔がもう……ニャッフェッフェッフェッフェ……!』
「うーわー、すげぇ悪い顔」
さすがは魔王側の猫だとよーく納得してしまった。
しかしそうこう話している内にアレヨと作業は進んで、済んでしまったらしく───
『ご報告しやすアニキ! ニャフ!』
『おお、戻ったのかニャア! それで、話はついたのかニャア!?』
『それがちょいとおかしな話になってやして……ニャフ』
『おかしな? どんな話しニャア?』
『それが───』
「……───」
『───、───ニャア!?』
その話は、ニャフニャフ言う、どこか極道の方が喋りそうな、おひけぇなすってな口調の猫が細かに話してくれた。
過去視、という過去を覗ける月操力を持つ誰かと調査に言った彼が知った話は、それはもう胸糞が悪くなるもので……ええと、一言で言うと、猫狼……人間なんて、襲ってないってさ。
『どどどどういうことニャア!? この猫狼の女の子が嘘をついてるとでも言う気かニャア!?』
『いえそれが……呪い、ってやつに関係があるらしいんでさ。ニャフ』
「───!」
「呪いって……」
初めて会った時に、シアンの中にあった……あれのこと?
『お嬢さん、あんたァ……呪い持ちだったんじゃぁねぇですかい? ニャフ』
「ひゃっ……ぁ、は、はい……!」
呪い持ちだった当時を思い出したのか、シアンの表情に明らかに脅えが混ざる。
すがる場所を求めて手が伸びるが、それが僕の方へ向かった途端、シアンは肩を弾かせて手を下ろし、俯いて震えだしてしまう。
「~……」
まだ、どこかで躊躇してしまうらしい彼女がもどかしくて。
僕はその手を自分で掴んで、シアンを引き寄せた。
自然、ぽすんと彼女の頭が僕の胸に当た「《ごいんっ!》ふきゅっ!?」…………アー……そういえば不可視化してただけで、鬼憧さん装備したままだった……! ぽすんどころじゃないよ、ごいんって鳴ったよ……! あああほらシアン痛がってる……! めっちゃ痛がってる……!
あ、インベントリに戻したからっ! 今度こそぽすんだから! あの……そのっ……なんかごめん。
『その呪いなんですがね、どうにもその呪いを持っていたのが母親自身っぽいんでさぁ……ニャフ』
『ニャア!?』
「え……な、ちょ、待った! それはないって! だってその呪いの名前、混血の呪いって───……え?」
『へぇ、どうやらお気づきになられたようで。お嬢さんの母親というその方自身、混血だったんでさ。ニャフ』
「なっ……なんだよそれ! じゃあシアンの母親がシアンを虐待してたのは!?」
『自分がされてきたことへの鬱憤晴らし。そして、自分は魔物に襲われた被害者だと喧伝することで、自身を同情する者で周囲を固める算段でやしょうね、ニャフ』
「ちっ……ちなみに、……その、母親の親っていうのは───」
ソッとシアンの耳を塞いで訪ねてみた。
『サキュバスと人間ですニャフ』
「───」
ぐっ、と息が詰まって……絶叫しそうになるのを抑えた。
欲求暴走の原因これかァァァァァァ!!
え、でもなんで!? なんだってサキュバス!?
『……旦那ァ。説明、要りやすかい? ニャフ』
「………」
躊躇が生まれる。産声を上げてしまった。
聞いたとして、僕はシアンを変わらぬ目で見ていられるだ「うん」……思考よりも口が動いた。躊躇なんて置き去りだ、なんて勝手なんだ。
でも、ありがとう。