奴隷(キミ)と僕とを結ぶHIMO   作:凍傷(ぜろくろ)

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第二十六話【外道とHIMOが出会う時、ある扉は開かれる】

34/自他ともに認める外道な彼

 

 空気が透き通るように体を癒す、不思議な森の中。

 僕とシアンは、僕らを飲み込んだらしい……どこからどう見ても村人にしか見えない男と向き合っていた。

 

「こ、ここはどこなんだ!? なんでこんなっ……町はっ!? ここは!」

「はい答えるから静かに。まずここは自然要塞“エーテルアロワノン”。かつては花舞う都だった場所を自然と融合させた要塞さ。ちなみに空も飛ぶし大地を走るし潜水も出来る」

「ただの大森林じゃなかった!?」

「そ、空飛ぶ森……すごい……すごいです、ご主人様……!」

「あ、要塞としての名前はエーテルアロワノンだけど、それぞれ行動ごとに名前が違うから気をつけような諸君! 空を飛ぶ時はラピュウタ、大地を走る時は大盛りたこ焼きそば、潜水の時はゴックズゴックハイゴックだ」

「わかりづらっ!? ていうか大盛りたこ焼きそばの場違い感すごい!」

「そして船モードがマグロ漁船!《ドギャァーーーン!!》」

「サムズアップしてまで言うほど自信があるの!?」

 

 ていうかなんなのこの人!

 一応今僕ら、とっても大切な話をしていたのに……!

 

「邪魔されたーって顔してるなぁ少年」

「っ、いや、そもそもっ、あなたは何者で───」

「まあまあ順番順番、ちゃんと答えるから。さっきも言った通りここはエーテルアロワノン。創造世界の、ある意味で首都な場所だ。まあある馬鹿者の所為でアンデッドシティになったんだけどね。それを復活させたのがここ、自然要塞エーテルアロワノンさ」

 

 促され、ちょっと歩いてみれば……ここが確かに要塞、と言える場所であることを確認した。

 大地だと思っていた場所はかなり高い位置にあって、落下防止の柵の先には地面に続く巨大な根と、様々な建物が並んでいる。

 

「都だった名残で、飯屋だろうが武器屋だろうがなんでも揃ってるステキな移動要塞! ちなみに移動する際はあの根がドゥジュルモジュル動いて地面を走る」

 

 ほれ、と促されて見てみれば、確かに巨大な根がドゥジュルモジュルと高速で動いて───キモッ! キモい! なにあれ! キモい!

 

「で、なんでこんなことをしたのかは、目に見えて疲れてますって顔してたから。ここの癒しは空界広しといえど超一級でね。立ってるだけで然のマナが疲れなんぞ癒してくれるのである」

 

 言われてみれば、疲れなんてちっともない。

 ……シアンがどうしてか、きょとんとした顔で、えっと、お腹の下あたりを撫でてるけど……な、なに? なにかあるの?

 

「まぁぶっちゃけ刺激が足りなくなってたから誰か取り込んで面白かったらなんでもよかったんだけどねグオッフォフォ……!!」

 

 次いで本音をぶちまける目の前のこの人は、なんでかキン肉マンのサンシャインみたいな顔でグオッフォフォ笑っていた。

 

「で、俺が何者か。よろしいならば答えよう! でもその前に」

「え? ………………あ、ぼ、僕は多賀……ああいや、ヒトっていいます。苗字は……捨てました」

「わ、わたしはシアン・ド・ギャルド……です。名前は……ご主人様につけていただきました……」

「うむよろしい。では───我こそがかつて原沢南中学校迷惑部提督を務め、創造世界を牛耳り空界を笑いのどん底に突き落とした大魔王! 中井出博光であーーーる!!《どーーーん!》」

 

 …………。

 エ? 今……なんと?

 魔王? 大魔王? ……エ?

 

「あ、ちなみに皆さまからはテイ=トクサンって呼ばれてるよ? ウフフ愛称なんてちょっぴり親しげで大魔王照れちゃう。あ、地界の学生時代に迷惑部ってのを作って、そこの長を提督って言ってただけであって、艦隊なこれくしょんとは一切関係ないからね? 今じゃ“提督”っていえばこれ、みたいな感じで、それより前から名乗ってるこっちとしちゃあ名乗りづらいったらないわい」

「だっ、だだっ、だっ、だっ……!?」

「押忍、大魔王です。あ、ちなみに勇者と戦って和解してこうなったーとかそんなこと微塵にも素粒子ほどにもないから。大魔王のくせに勇者と戦って和解とかブフゥ! 魔の王の名前が大・号・泣!! 和解すると見せかけて後ろから抱き着いたあとに自爆するくらいの外道ですとも!」

「なんかいろいろ最悪だ!」

「あぁでもご安心、ほっつき歩いてるけどきちんと魔王城とかあるから。そこで魔王やってますよ? まあ、まず最深部に辿り着く前にストレスで勇者が泣くのが毎度のパターンだから」

「どんな魔王城!? ストレス!? え!? 謎を解かなきゃ進めないとか───」

「トラップだらけで落とし穴満載。一度使った魔法やスキルは使えなくなって、落とし穴に落ちたら最初からやり直し。扉を開けたら巨大なボクシンググローブに殴り飛ばされてまた落とし穴に落ちて最初から。だから地面に気を付けてると天井からタライが落ちてきて、いい加減にしろとキレたら落とし穴で最初から」

 

 いやぁあああああ!? 聞いてるだけで胃が痛くなりそう! なにやってるのこの人! 嫌な方向で全力で大魔王だ!

 

「あの……参考までに、最深部まで辿り着いた人は居たり……?」

「居るよ? ああ大丈夫、今僕ここに居るけど、ちゃぁんと玉座に“うどん食べに出かけてきます”って書き置き残してあるから。あ、出口に帰る際も脱出魔法とか禁じられてるから、徒歩ね?」

「勇者さぁあああああん!!」

 

 今、顔も知らない勇者に心底同情した。経験した人はきっと胃痛に悩まされたことだろう───

 

「ああそうそう、魔王城の名前はホモミアゲ城ね?」

「誰が勇者パーティだったのかがわかりそうな名前をありがとう!」

 

 彰利さんに悠介さんが勇者側だったのか……苦労しただろうなぁ。

 ああいやそうじゃなくて、いやそれもそうだけど。

 

「あの……さっき学生とか言ってたけど、あなたは地界人、なんですか?」

「え? うんそう僕博光。学業修めて幼馴染と結婚して、子供も産まれてしゃーわせに暮らしてたんだけどね。ある日にとんでもないことに巻き込まれて、世界を捻じ曲げられたの。お蔭で奥さんが他の男の嫁ってことになってるし、子供には死んじゃえばいいんだとか言われた。NTRは滅んでいいと思うよ、うん。空界じゃ重婚は認められてるけど、寝取りはこの博光自らが極刑を下すので注意してネッ☆」

「……ちなみに、実力のほどは……」

「ああ大丈夫大丈夫、“僕自身”の力なんて理想の筋力ってものがある程度で、それ以外はクソザコ以下な四天王になれたのが不思議なくらいのカスだから。なんならレベル1冒険者にだって負ける自信があるね!《どーーーん!》」

「どんな状況ですかそれ! 大魔王なのに! ……あれ? “僕自身”?」

「そうそう。ある指輪をしててね、それがあると天地空間最強を名乗ってもOK! 無くなると産まれたばかりの赤子に指を掴まれただけで指の骨が粉砕骨折するほど弱い」

「弱すぎでしょいくらなんでも!!」

「う、うるせー! 実際粉砕されたんだからしょーがないでしょ!? 貴様にわかるか産まれたばかりの赤子に涙流しながら“許してください離してくださいお願いします赤子様ァアアア!!”って懇願した俺の気持ちが!」

「世界中どこ探したってわかる人居ませんよ!」

 

 どうやら本当のようでした。

 なにこの大魔王……すっごい不憫……。

 

「まあそんなわけで、超絶雑魚と強者とをしっかり担っている博光です。その強さ弱さの全てを以って、日々“楽しい”を探し続ける馬鹿者さ! といっても僕はそもそも実体らしい実体がなくてねぇ。一度死んじゃったしね。想いの集合体として世界と融合させられたりしたようなもんだけど、お蔭で能力使いたい放題だしねー。……マナがあること大前提だけど」

「マナ? って……この緑色の粒子?」

「うむ。僕だの俺だのころころ変わるけど気にしないでOK。“気分次第で適当に”がこの博光の生き方じゃけぇ。普通ならこういう場合、あとあとの秘密なんぞはもったいぶるのがデッケェ存在なんだろうけど、俺そういう常識大嫌いなんだよね。なのでさあ訊け少年! この世界について知りたいこととかある!? ねぇある!? あるだろコノヤロー! 早く言わんと大変なことになるぞーーーっ!!」

「ちょ、ちょっ……待った待った! なんでそんな話したがるの!」

「え? だってデケェ存在が“今はまだ知る時ではない……!”とか言ってるの、腹立つでしょ。人を巻き込んでおいて言う言葉じゃないよ。あれで偉い存在だってんだからお笑いである。なので愛ある言葉をそんな様々なに届けよう。“黙れクズが、死ね”」

 

 うわぁい……ちょっとどころかすごいわかる……。

 

「というわけでほらほらそっちの獣ッコもこっち来なさい。アルティメットおじいちゃん、サービスしちゃうぞー?」

「アルティメットって。何歳ですか」

「……57億歳《ポッ》」

「ブッフォォ!?」

 

 何気なく訊いてみたら、染めた両頬にソッと揃えた指を添え、目を伏せ俯き教えてくれた。

 ごじゅっ……ごじゅうななおく!? この外見で!?

 

「面倒ごとに巻き込まれたのが40にもならん内だったからなぁ……。いやー……ただの同窓会みたいなのがあんなことになるとは」

「えっと、その頃から空界に?」

「へ? あぁいやいや、空界に住んだってのはあるよ、うんある。でもそれとは別に、仲間の面倒事に巻き込まれちゃってね。いやー、記憶は消えるわ誰からも忘れられるわで大変だった。そうなるように呪いをかけた相手まで俺のこと忘れるんだもん、ひどい話さー」

「あの。そもそもなんでそんな生きていられたんですか?」

「不老不死の亜人と融合する機会がありまして、ほぼその所為。あとは特にすることもなかったから、“弥勒菩薩見てぇ!”って気の長い夢を抱きながら56億年を生きてみたわけですよ。あ、ほんとに現れたかは秘密ね? 無駄に知ると、真理に弾かれるかもだから」

「弾かれるとどうなるんですか?」

「“ここじゃない世界”に飛ばされる。そこで何千万の年を生きました。帰ってこれたけど、結局俺は死んじまった。さっきも言ったけど、今の俺は意志みたいなもんなの。サンドランドノットマッドの噂は知ってる? 意志の集まりだ~って」

「あ……」

 

 そうか、なにか引っかかると思ったら。

 大魔王自体が意志体だっていうなら、それは……あれ? ちょっと待て?

 

「あの。意志体である大魔王サマとこうして話している僕らは、そもそも生きているんで……? ていうかここ、もしかして噂のサンドランドノットマッドなんじゃ───!」

「エーテルアロワノンだっつーの。裏の世界は妖精の世界だ。まあ、冒険するなら退屈はしないよこの世界。聖地ボ・タ……ああいや、浮遊大陸エルメテウスも復活してるし、ノヴァルシオだけじゃなくなったってんで元気に冒険する猛者どもも居る。まあ、お空の国には近づかないけどね」

「……あの。この世界にルナさんが居るのは、メールでわかりました。彰利さんも。モミアゲっていうのが悠介さん、っていうのも、なんとなく。で、なんですけど。マクスウェル図書館に書いてあったのを見たんですけど、空の大陸に居る元地界人っていうのは……」

「ンマー……ほれ、僕、意志体でしょ? あっちは肉体。あいつらが忘れ去ったいろいろなもんが、僕らなわけ。あいつらはあいつらであって俺らじゃない」

「……? ええと?」

「わからんのか、このたわけが」

「いきなりたわけ言われた……」

 

 言いつつ、案内された場所は大きな切り株がテーブルになっている場所。

 テイトクサン……提督か? うん。

 提督さんは座るように促すと、そこに紙を出して図を描いていった。

 

「まず、仮想世界……まあいわゆる創造世界があった。名前は“博光の野望ONLINE”。今思い出しても頭抱える名前だけどね。あ、略称はヒロラインね」

「ハ、ハイ」

「で、俺達はそれらを純粋に遊んでた。創造したのは晦……ああ、モミアゲ様こと晦悠介一等兵ね? と、晦が契約してた精霊どもだな。主にノートン先生……スピリットオブノートとか」

「世界の精霊様になんてことさせてんですかアータ」

「いや、だから、俺巻き込まれたの。OK? まあ巻き込まれつつ全力で楽しんだけど」

 

 ほれ、と促されて横を見ると、草むらの影からこちらを覗いている……猫、猫、猫。

 

「俺達の……原沢南中学校迷惑部の総力を挙げて、こうだったらいいなのイメージを創造したのがヒロラインだ。だから、俺達は夢中だったよ。楽しかった。ただの同窓会が、いい思い出作りになった。どうせ集まったんだからーって、子供たちと同じ年齢にまで若返させてもらってな」

「なんでもありですね……」

「この姿はその名残だ。そのまま不老不死になったんだから、18の若いボデー。でも内側の年齢は57億。今も更新中。細かい数字は忘れた」

「……あ、もしかして。あそこの猫って」

「とある狩りゲーを始めとするゲーム等で、サポートを担う二足歩行の猫。この世界はベリーの手に寄って創造世界と融合した。だから、俺達の“こうだったらいいな”が普通に世界を歩いてる」

「あ…………」

 

 そっか、だから。

 いくらなんでも地界で得た知識に寄りすぎているところがあるって思った。

 つまりはそういうことだったのか。

 さっき、こそこそ喋っていたのもあの猫たちだ。

 

「猫の姿をしていられるのがこの里の中だけだけどね。一歩外に出たら、そこのアイリュコスのねーちゃんみたいに人型になる。ちなみにこの猫の里とエーテルアロワノンは合体ロボのように合体出来る。ひとたび下りればハイ猫の里。で、そっちに見えるのが水竜と泉の精霊がいる湖ね」

「泉の精霊と水竜……あ、そうだ精霊。……前の精霊の契約者って……」

「初代は晦ね。僕はほらアレだよ。裏側の精霊と契約したから。ちなみにヒロライン側と空界側とで精霊も違うけど、裏側のはヒロライン側と融合してるようなもんだから気にしないでオッケー。基本自由だけど、特に自然の精霊とは仲良くやってる……こんにちは、中井出博光です《脱ギャアアーーーン!!》」

「なんで脱ぐの!?」

 

 何故か再度の自己紹介とともにムラビトンスーツ(上)を脱いだ! ってすごっ!? 筋肉スゴイ! これが理想の筋肉!?

 ああっ、シアンが引いてる! すっごく引いてる! そりゃそうだよねいきなり服脱いで自己紹介とかわけわからないよね! ……なんか僕もサバイバルから戻った時に似たようなことしてましたねごめんなさい!

 

「えーと? 他になんか訊きたいこととかある?」

「あ、えぇと。……妻が別の男と、って聞きましたけど……」

「あー……うむ。辻褄合わせっていうのかね。俺って存在を無かったことにされて、その結果として一番近い男とくっついたってことになった。ほら、相手が居ないのに子供が出来るわけねーでしょ? だから世界がそれを無理矢理こじつけた。ある日いきなり娘が他人の娘、妻が他人の妻になるって、すっげぇダメージでけぇぞ。しかもただの人間に覆せるようなもんじゃない。泣くしかないんだよ」

「……その。なんて言ったらいいか……」

「リシュナと一緒に居たなら知ってるかね。マイカって名前、聞かなかった? あれ、俺の元妻の名前」

「うあ……」

 

 知った名前だった。しかも、ナギーが嫌っている人の。

 つまりナギーが言っていた、“忘れられた”とかっていう話がつまりこの人自身、ってことで……。

 

「結局、それから……」

「57億を生きる途中で出会いはもちろんあったんだけどね。最初はそりゃあもう葛藤したさ。なにせ原中大原則のひとつに“愛する相手はひとりだけ”ってのがあった。でもね、僕好きになったの。好きになって、文通したりして、逢引したりしてエヘヘ」

「エヘヘって歳ですか!?」

「う、うるせーーーっ!! とにかくそうして好きになって、ようやく結婚した相手が居るの! どうせ不老不死ですし? 末永く共に生きていこうって」

「意志体でも結婚とか出来るんですか……あ、いや、そりゃ結婚自体は普通に出来そうですけど」

「出来るよ? だって相手精霊だもの。然の精霊、ニンフが一人、ドリアードさん」

「ドッ」

 

 ドリアード!? ドリアードってあの!?

 マクスウェル図書館にも人物……っていうか精霊写真が載ってるあの!?

 すっ……すごいなぁああ……! 綺麗っていうか可愛いっていうか、なんて現したらいいのかわからないくらい綺麗な人だった。

 テッドが、“出るとこ出てて引っ込むところ引っ込んでて、しかも顔がいいとか完璧だろ!”とか言ってたよ。

 ああいやいや、ドリアードはドリアードでも、ナギーのほうかもしれないし……!

 

「あの……まさか能力に任せて無理矢理とか」

「しっ……失礼な! むしろ僕の方が言い寄られた方だよ! 嬉しかったけど!」

「あ、でもたしかにナギーってやけに……」

「ホ? ……いやいやいや相手はナギーじゃなくてね? ナギーはヒロライン側の然精霊。ドリアードは空界側。ながぁ~~~~~~い時間をたっぷりと“知る時間”にして、最近結婚したのウフフ」

「なっ……長いにもほどがある! 57億ですよね!? それまで文通とか!? ~……気の長い話だなぁ……むしろナギーが二人の子供でも納得できるくらいでしょそれ!」

「娘代わりはアルセイドかなぁ……なんかやたらと懐かれてるんだよね。あ、アルセイドっていうのはニンフの一人でね?」

「然の精霊って何人居るんですか……」

 

 僕の軽いツッコミに、大魔王様はあっさりと「大体で6人」と返した。

 アルセイドっていう精霊は森の精霊らしい。

 森と木と然ってなにが違うのか訊いてみたけど、普通に考えればそりゃ違うよね。

 木なら何処にでもあるけど、森は何処にでもあるわけじゃない。

 自然っていっても他にいろいろあるし、そりゃ一つで済むわけはない。

 海、水、木、山、森、谷、で名前が違うんだってさ。

 そういえばここらへんはマクスウェル図書館にも載っていた気がする。

 

「あとは、ええぇと……そもそもヒロライン? でしたっけ? それってどういう状態なんですか? あ、空界と融合したっていうのとは違って、えぇと、なんて言えばいいんだ? 融合する前、とかは……あ、それに真理に弾かれるって、弾かれた例とかあるんですか?」

「ヒロラインは融合する前、ひとつの創造世界として存在してて、言っちゃえばその頃に創造した“ゲーム機”みたいなものに内容を詰め込んでたんだ。で、消滅させると手に入れた能力とか全部なくなっちゃうから、僕が取り込んで僕と融合。……というよりは武具と融合させた感じかな? 結局武具とも一緒みたいなもんだから、どっちでもいいんだけど。あ、さっき話した指輪と一緒になったって考えてみてくれ。だから、それ外すと究極ザコになるって程度で」

「は、はあ……」

「で、真理の話だけど、ひとつの究極っていうのかね。弥勒菩薩云々のことを知った瞬間、僕は真理を知ったことにされて、この世界から弾かれた。元々誰からも忘れられてたから消しやすかったんだろうね。そんで、そういう世界から戻るために出来ることが別の世界にあったから、今はこうして戻ってこられてるってわけ。相手が僕のこと弾くなら、世界と融合しちゃえば問題無しって感じで。いやまあ世界が相手だから、その気になれば融合解除してまた弾くくらいは簡単なんだろうけど。そもそもそれやられたから、指輪から他のみんなの意志だけ外されて僕だけが孤独に生きたんだろうけどね」

「………」

「ていうか僕の話なんぞつまらんだろ。ほれほれ、もっと別に知りたいこととかない?」

 

 ……そうだ。

 ちょっと余計なことまで訊いた気もするし、今度は気になっていることを。

 

「……この世界から地界へ行くことは可能ですか?」

「うむ可能である。ここからでも可能だね。むしろ空界と融合したこの博光に空界での不可能なんてあんまりないよ? うんない」

「じゃあ───」

「いつでも地界に行くことなんざ出来るし、冒険せずにいきなり戻れますとかさせるかーって言いたいわけでもないから地界に行くくらい構わんけど、キミそれでいいの? いろいろちゃんと整理出来てる?」

「え? ……整理って」

「とりあえずキミ、地界では死んでます。そら行き来は出来るし、行き来出来る世界でこっちでは死んでるけどこっちでは生きてるからオッケンとか、まあややこしいだけだからね、それもほっといていいんだろうけど……ん? じゃあ問題ない? いやいや待ちなさい。まず貴様は向こうでは暮らせん。これはいい?」

「はい」

「で、そもそも僕らん中じゃあ死人復活はタブー状態なの。手順踏んで意志体ギルドから復活ならOKだけどね? 貴様がここに居るのは、完全に死ぬ前に癒して空界に移したから。OK?」

「死んでなかったんですか!?」

「死んだよ? 日本人っていう人生でって意味では。だからキミ空界人。死人復活禁止があるし、地界人じゃない貴様が地界に行って、死ぬお方を癒すってのは、死人が死んだ人を生き返らせてるみたいなもんなの」

「……! で、でも、せっかく能力があって、治せる人が居るのに!」

「おーおー、その理屈じゃきみ、天地空間の生きとし生けるもの全てを救わないと嘘になるからやめよーね。能力と救える人を言い訳にしない。行動は全て自己責任でGOだ。“貴様が癒したいから癒す”。でしょ?」

「……!」

「そういう“美しい話”とかはどーでもいいのさ。で、結局なにが言いたいかっていうと」

 

 大魔王さんは手元にコップを出すと、既に中身の入っているそれをンビンビと飲み始めて、一気飲みが終わると僕を真っ直ぐに見て、言った。

 

「キミさ、死んだ人がいきなり自分を治して消えたとか、それほんとにやるつもり? 相手は貴様が死んでるって思ってる。その上で貴様がそれをするってことは、ヘタすりゃ相手に一生“彼は生きている”とか期待を持たせることになる。天秤デビルの情報じゃ、恋人と妹だったらしいじゃない? ……キミさ、マジなところ、癒すだけで引っ込めるの?」

「……!」

 

 どくんってきた。

 心臓が鷲掴みにされたみたいな辛さ。

 なんて返そう、どうしたらいいんだろう、いろんな気持ちが溢れてくる。

 でも───そんなこっちの都合なんて完全無視で、魔王さんは言った。

 言ったんだ……。

 

「まあ訊いたところで俺は地界に戻したりはしねーけどなーーーっ!!」

 

 ……と。

 

「えっ、えぇえええええっ!? ゃっ……だって今!」

「ゴーホホホ、訊きたいこと訊けって言っただけで地界に戻すなんぞ一言も言っておりませんが?」

「───!!」

 

 あっ……あああああぁぁーーーっ!!

 言われてみればっ……ぉおおおおおおこの人魔王だ! ほんと魔王!

 

「夢や願いは自分で叶えるがいい若人! 人の力を頼るのは悪いことじゃあないが、今は無理でもいつかできるなら自分で掴もうマイロード! まあそんなわけで、精神の癒しも完了したみたいだしもう戻っていいよ?」

「~~…………」

 

 言いたいことはある。

 なんですかそりゃーとか思いっきり言いたくはあるんだけど。

 結局それってこっちの都合であって、こっちの願望でしかなくて。

 

「なんていうか……悪ですね、魔王さん」

「大魔王ですもの、自分のためにしか動かないのは当たり前でしょーが」

「……はぁ。じゃあその、元の場所に戻すのくらいはお願い出来ますよね? ていうか影みたいなのに飲み込まれて、なんでここに居るのかがそもそもわからないんですけど」

「おおそりゃ簡単。この世界と融合したからには、この世界ごと僕自身みたいなもんだし。だから行きたい場所にくらい何処だっていけるし飛ばせるのさ。普段は暇潰しのためにそこらへん散歩してるんだけどね」

「めちゃくちゃだ……って、そうだ、もひとつ疑問が。……この世界って癒しが無くなって久しいんですよね? でもなんだってこの場所は精神まで回復できるくらいに癒しが?」

「そりゃ、無駄なマナの流出を防ぐために、エーテルアロワノンとユグドラシルに癒しのシールドを張ってるから。表は癒しが薄いけど、逆に言うと裏は癒しとかマナだらけだよ? んで、裏と繋がってるのが世界の中心とユグドラシルとエーテルアロワノンくらい。ただし世界の中心は浮遊大陸ノヴァルシオにも繋がってるから、そっちはむしろ塞いでる感じ。ノヴァルシオの連中なぞ仙人みたいな生活を続けておればいいのだグオッフォフォ……!!」

「うわー…………あ、えっと、ルナさんはどうしてるんですか? 精霊じゃない方の」

「晦の工房にでも居るんじゃない? 鍵なくしたとかでもうとんでもねー時間、見てねーけど」

「………」

 

 鍵って。

 工房の鍵って、ギルドでもらったあの……?

 

「あの……これ、ですか?」

 

 バックパックから工房の鍵を取り出して、見せてみる。

 すると大魔王さんは「おや」なんて漏らして目をぱちくり。

 

「それ、ドアのカギ穴に差すイメージで反時計周りで回してごらんなさい。解除キー知ってるから」

「いいんですか!? え!? 悠介さんへの確認は───」

「捨ておけ」

「この人ひどい!」

 

 楽しそうに言う魔王さんは、けれど既に実行していた僕に綺麗なスマイル(0円)を見せてくれて、サムズアップする。

 解除キーは……なんだか人の名前のようだった。聞くところによると、日本の歴史である一定の偉業を成し遂げた人の名前だとか。

 それだけ言うと扉は解除されて、ただの空間でしかなかった場所に古めかしい扉が現れた。

 

「これ見るのも久しぶりだなぁ……もう工房自体配布してないって随分前に聞いたし、残ってるのはここくらいだろうね」

 

 言いつつ、ノックもしないで開放。

 中の空気とこちらの空気が混ざり合いなんとも不思議な香りがした。

 いや、くさいってこともない。カビくさかったりするんじゃないかって思ったんだけど、全然。


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