奴隷(キミ)と僕とを結ぶHIMO   作:凍傷(ぜろくろ)

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 ギャアア時間が取れーーーん! とモヤーリしつつ、過去のテキストドキュメントとか開いてみたら、謎の文章がありました。
 どうやらナンパ物語を描いたものらしいのですが───

「きみ、一人?」
「いいえ10人です」
「へ? いやいやどー見ても一人でしょ。ナンパされんの初めて? 緊張しちゃってかーわいい~っ☆ あ、それとも残り9人と待ち合わせとか? ねぇねぇ、よかったらこれから」
「《ヴジュルモジュルオゾゾゾゾ……!》」
「俺とギャアーーーーーーーーーッ!!」

 ……やだ、なにこれ。これからどう続くのか無駄に気になるんだけど。
 この頃の自分はなにを思ってこんなものを……!
 まあでもファンタジーならね、ほら。たまたまナンパした女の子が分裂増殖するなんてよくあるよくあるっ☆


第二十五話【依存から始まるなにかがあってもいいじゃない】

33/ちょっとそこゆくムラビトン

 

 Q:村人が装備している服の名前はこの世界ではなんというでしょう

 

 A:ムラビトンスーツ

 

 そんな問いと答えがあるくらい、この世界での村人の服は村人の服だ。

 なんでかとても意匠が凝っていて、ただこう、それが村人の服だと、誰が見てもわかるようになっている。不思議なんだけど、見つめると脳内にムラビトンスーツって文字が自然と浮かんでくるってくらい、実に村人。

 その中でもひときわ“うわぁ村人だ”って思える人を発見した。

 ミレアノさんの説教地獄から解放されて、奴隷紋で奴隷の位置を確認しながらの移動中のことだった。

 突如としてナビマップに移された半透明の街のマップから奴隷のマークが消滅して、急いでその場にやってきてみれば……そこに、この村人が。

 マップの詳しい展開方法はミレアノさんが教えてくれました。つくづく誰かに教わらないとこういった小技も探す気がない僕です。

 だって奴隷追尾マップ表示なんてものがあるなんて、誰が知りますか!? 僕だって驚いたよ!

 

「やあ《どーーーん!》」

 

 で。

 その村人、目が合うなり左手を軽く挙げて挨拶してきました。

 ……いや………………誰?

 困惑はあったけど、一応“やあ”と返した。そしたら彼はにこーと笑顔になって、僕の手を握って上下に振った。

 

「挨拶をきちんと出来る人は素晴らしい! 僕はそれを評価する! イイネ!」

 

 楽しげだ。楽しげで、村人。

 この人なんだってこんなにも村人って感じの村人なんだろう。

 

「おっと、ところでこんなところにいったいなんの用があって走ってきた、少年。俺でよければ相談に乗るぜ~~~~~~~っ」

 

 で、その人はなんでか語尾をと~~~っても伸ばしつつ、相談に乗ってくれた。

 内容は簡単。

 ここに奴隷の女の子が来なかったかーって、それだけ。

 

「来たよ?」

「来たの!? そ、それでどこに───」

「お、オイラ見たんだ! 影から黒いなにかを出して、奴隷のねーちゃんを飲み込むヤツを!」

「───!?」

 

 黒いなにか……飲み込んだ!?

 え、じゃあ、シアンの反応が消えたのは、まさか…………死───!?

 いや違う! 奴隷紋が削り取られたとかそれだけかもしれない! 最悪から考え始めるのはいい! でも最悪に傾きすぎちゃだめだ!

 

「その影から黒いなにかを出したヤツっていうのは!? 何処に!?」

「それは……」

 

 村人は何処か怯えるような様子を見せた。

 見せた上で、そっと地面を指さした。

 ゾッとした。見下ろした先には影。そして、その影から真っ黒な何かが───!!

 

「油断したな異界の勇者よ! ここで安らかに眠るのは貴様らじゃーーーっ!!」

 

 悲鳴なんて上げる間もなかった。

 なにかが盛り上がった、と思った頃には地面から飛び出した黒が僕の頭上まで伸びて、あ、と空を見た直後には飲み込まれていた。

 

 

 

 

-_-/?????

 

 コキィッチョ、というステキな音が鳴る。羽扉って好きよ? 僕。

 

「はいいらっしゃ……おやテイトクさんじゃないか! 久しぶりだねぇ!」

「やあ《どーーーん!》」

 

 ミレちゃんに挨拶しつつ、部屋を借りるでもなく食堂へ。

 やァ懐かしい、最近はこういった場所でのんびり~ってのもなかった。

 

「今日はどうしたんだい? あ、もしかして旦那がなにかやらかしたかい?」

「いやいや、よくやってくれてるじゃあないですか彼。あ、それで用事だけどね? この宿の香りがするおなごと男が、なにやら青春チックな追いかけっこしてたみたいだから連れ戻してきました」

「おや、シアンちゃんとヒトちゃんかい? 悪いねぇ、テイトクさんが気に掛けるってこたぁ、体調とかよくなかったのかい?」

「寝不足がひどいし肌荒れもアレだったね。なので今、エーテルアロワノンで思いっきりリフレッシュしてるところ。安らかに眠ったら目が覚めて、猫の里あたりに下ろしておくよ。あとはそこで精神治療かね」

「そうかいそうかい。さっきはついいらない説教しちまったが、テイトクさんが世話してくれるなら間違いないね。なんか食ってくかい? 奢りだよ」

「あ、じゃあオレンジジュースください」

 

 そう言うと、ミレちゃんが空界型オレンジ、オランゲを絞ったジュースをくれる。

 果汁100%さ、これがまたヴィミ。“美味”って書いて、なして“うま”って読めるんだろうね、漢字って不思議さ。

 

「しっかしまあ……《ンビンビ……》」

 

 オランゲを飲みつつ、黒の内側、僕らのエーテルアロワノンにて治療中のお嬢さんを分析した。

 すると……なんということでしょう、つい先日初めてラヴを確かめ合ったようでして。

 い、一応ここも傷の部類に入るっぽいけど、ななな治したほうがよかったりするのかナ……《ポッ》。

 

「あ……ところで……テイトクさん? 以前、娘を見つけたら……って頼んだろう……? うちのケイトは……」

「ホ? ケイト? うん居るよ? なんで?」

「居るのかい!? え……居るのかい!?」

「え? 居るよ? ……え? な、なに? 居ちゃだめだった?」

 

 ケイト。ミレちゃんの娘さんで、ハーフフェアリーだ。

 道端でモンステウ(モンスター)に襲われとるところを助けただけなんスけど。

 こう、大狼種ガルフィンデビルに食われそうなところを、アモ郎で影ごとバクンッと。

 もちろんガルフさんは食事。ケイトは猫の里に飛ばして歓迎した。

 

「それでケイトは……その。ここに戻りたい、とかは……言ってなかったかい……?」

「散々もてなしたら“動きたくないでござる症候群”になったんで、僕も妖精サイズに変身してからキン肉族三大奥義が一つ、マッスルリベンジャーで叩き潰しましたが」

「あんたうちの娘に恨みでもあんのかい!?」

「バカヤローーーッ!! 僕ァ老若男女種族差別は一切せぬわ! 相手がお辞儀をするのが嫌いなぎっくり腰の大統領だろうが妊婦だろうがメイルストロームパワー・ビッグベンエッジを決められるわ! 知るがいい男の子! 平等を謳うくせに女をいやらしい目で見る時点でそれは既に平等にあらず! ……ちなみに奴隷の女の子も、癒して差し上げましょうと言ったのに怯えて逃げようとしたからウェスタンラリアットで沈めてから飲み込みました」

「よくわからないけど相変わらず外道だってのはよーくわかったよ」

 

 うん、僕の腕を中心に綺麗に一回転してから地面に倒れたよ。

 この博光は悪で外道を常に心がけ、己の道を先駆ける者よ。

 正義と戦い、説得され、正義に染まる悪とはそもそもが違う。

 僕ならほら、あれよ? 正義と戦い説得されて、相手が油断して後ろを見せたところでカーフブランディングで地面に沈めたあとに、ハイパーストレングスを右手に込めて倒れた勇者をブチコロがしますけど。

 貫けねぇ意志に価値なんてねーズラ。だから正義を名乗ってるくせに迷う正義とか大嫌い。正しい義を持ってるなら迷わず突き進めっての。ねぇ?

 

「はぁ……本当に。おかしな話だねぇ。事情を知らなけりゃ、なんもかんもを冗談だって笑うしか出来やしない」

「おお、“笑える”コト、ソレとてもよいことヨ。ちなみにケイトならキミの旦那さんと再会して話し合ってるから、今はそっとしといたげて」

「そうかい。……それならよかった」

 

 いやしかしウメーなこのオランゲ。さっすがミレちゃん!

 ……まあ僕の中の自然で作るジュースの方が美味いけどネ!? と無駄に対抗意識燃やしてないで。

 さてさて、少年たちは今どうなってるかね。

 ちと覗いてみませう。

 

 

 

 

-_-/ツァガ・ヒト

 

 ギーギッギギギギギ……シャワシャワシャワシャワ……

 景色の果てで、何かの動物がシャワシャワ鳴いていた。

 

「……………」

「…………」

 

 ただ一言。

 なんだコレ。

 おかしいな。僕、シアンのことを探して町を駆けまわってた筈なのに。

 なんでそのシアンが目の前に居て、僕らは“見たこともないってくらいの大森林?”に居るんだ……? ……ってシアン!?

 

「シ、シアン? えぇっと……大丈夫なのか? 黒い影に食われたとかなんとか……!」

「ご主人様……その……」

「あ───ああぁああそうだった! 今はそれよりも! シアン!」

「《びくぅっ!》ご、ごめんなさいご主人様!」

「じゃなくて聞きなさい! ごめんはいいから!」

「わたしなんかがご主人様の憐れみを愛として受け入れるなど、思い上がりもいいところで───」

「お願いだから聞いて!? なんか僕がすっごい外道になっていってるから!」

 

<オイオイマジカヨ…ニャ

<ムセキニンニアイシテ、シカモステルッポイニャ…

<ゲドウダニャ…

 

「ちょっと!? 今外道とか言ったの誰!? ていうか誰か居るの!?」

 

<ヤベェニャ! キヅカレタニャ!

<コリャヤベェ…トンズラァアーーーーッ!!

 

 ざわざわ聞こえたと思ったら、今度はガサガサと何かが遠ざかっていく。

 追ってみようか───ああいや、得体の知れないものの確認よりも、こっちの安全が第一……だよね?

 

「………シアン」

「………」

 

 さっきの声がなんだったのかは後回し。今はシアンの誤解を解いてから、現状の把握をしていこう。

 こういう時、現状の把握を先にする人は多いかもしれない。

 でも、僕にしてみればこういうことは後回しにすればするほど捻じれていく。

 いじめられた経験のある者は、そういうところを地味に大事にします。突き放すのは楽だけどね、そうして信頼まで突き放すのは、もっと世界を知ってからで十分だよ。

 

「シアン、あんまり言いたくないけど……そうしなきゃまた逃げちゃいそうだから。“命令だ”。ここで僕の話を黙って聞いて」

「……! …………」

「……あれ?」

 

 頷いてくれない。

 と思ったら、そういえば奴隷紋の反応がなかったから慌てたことを思い出した。

 見れば、確かにシアンの体にあった筈の奴隷紋がない。

 …………どうしよう恥ずかしい! “命令だ”とか言っちゃったよ僕!

 あ、で、でも一応は逃げずに聞いてくれるみたいだし……よし。

 

「シアン。まずはそのー……欲求暴走のこと、だけどね」

「……」

 

 びくん、とシアンの肩が跳ねた。

 怒られるって思ったんだろうね。よく知ってるよ、その反応。僕もそうだったから。

 

「ちょっと待ってシアン、べつに僕は怒りたいんじゃないんだ。……あ、これ安心させといて後で怒る言い回しか……! やっ、本当に怒らないからっ! 誓ってもいい! ……たださ、僕はあの行為がその……“そういう行為”って知らなくて。最初はシアンの暴走も食欲側だと思ってたんだ」

「………」

「そしたら性欲側で、僕ときみがしていたことがその……こ、子作りのためのものだって知って───ぁあああ待って待って頭下げないで泣かないで怯えないで! そりゃ確かに驚いたし怖かったけどっ!」

 

 あんなことになって、それでも女性を泣かせるっていうのは胸にくる。いい気分じゃない。

 親があんな存在で、僕は絶対にそうならないようにと心に決めていたものが、いつの間にか崩れてしまったような気持ち悪さもある。

 ……でもだ。それは、僕が産まれてくる子供に“そういうこと”をしてしまった時でいい。今じゃない。

 そ、そうだよね、子作り、しちゃったんだもんね。僕はこれからパパになるんだ、全然想像もつかないけど、立派なパパになろう。うん。

 元の世界に戻って、思い残したことを癒し切るって思いは変わらない。もう、香織の隣を歩くことは出来ないけど。妹に自分を誇ることも出来ないのかもしれなくても。人を大事に出来る自分でいたいなら……僕はそれをきちんと受け取ろう。

 

「シアン、僕とその……ふ、夫婦になろう。わからないことだらけの僕が相手でごめんだけど、絶対に幸せにする、なんて無責任なことは言えない僕だけど……キミのこれからの未来を癒させてほしい」

「………」

「………」

「………」

「………」

 

 ちっ…………沈黙がつらいっ……!! 世の恋する男子女子は、こんな沈黙の先に結ばれていくのかっ……!

 そそそそれともこれは僕だけに限ったことで、つまり僕は今からシアンにこっぴどく振られたりするわけであばぁばばばばば……!!

 

「ぁ……の…………ご主人様……? それは、わたしがそうしてしまったから、仕方なく───」

「はいちょっと待った! 確かに僕はそういう責任を感じてるけど、そこから好きになっていくのと全部を諦めるのとじゃ絶対に違う! たしかに……まだ、元の世界に置いてきちゃったいろいろなものに未練はあるんだ。忘れるっていったって完全に忘れられるわけがない。でも……さ、ひどい言い方だけど、いい機会だったのかもしれない。僕は一度死んじゃったし、未練もあるし、地界で絶対にやりたいこともあるけど、だからってこの世界で得られた感情すべてをどうでもいいなんて思えない」

「はい……」

「だから……その、ええっと……! ぼ、僕に……さ、もう一度、人を好きになる道を歩ませてほしい。地界に行く日が来て、香織や妹に会えば、どうしても浮かび上がる気持ちはあるってわかってる。馬鹿みたいな話だけど、まだそうやっていろいろなことを整理できるほど、自分ってものに自信がないんだ」

 

 自分の世界のほぼは悠彰と香織、そして妹。この三人が全てって程度のちっぽけなものだった。

 大事に思える人が居るのに、こんなことになってしまったって気持ちは当然ある。

 元の世界に戻れるならって、当然香織のことだって考えた。

 元の世界に戻って、香織と妹の病気を癒してさ、そしてむしろ、こっちで暮らせたらって。

 でも……無理だろう。既に納得したことだけど、彼女たちにだってあっちの生活がある。僕みたいに周囲との関係が少なかったわけじゃない。

 香織も妹も、あっちで幸せになるしかないんだ。僕とは違う。

 だったら……僕はもう、二人の病気を治したら、なにも言わずにこの世界に戻って、こっちに骨を埋めるほうが現実的で……常識的、ってやつなんだろう。

 心はちっとも納得してくれない。

 でも、納得しなきゃいけないんだ。

 飲み込んでいけ、ヒト。日本人、多賀ヒトは……僕はもう、あの時死んだんだから。

 

「未練は、どうやったって残る。人間だから……欲張りだから。でも、それを盾になんでもしていいわけじゃないんだよね、きっと。ずっとそんな気持ちを貫けたらって気持ちはあるんだ。でも……っ……僕は弱いから……。いつか、“やらなきゃいけない”……ううん、“絶対にしたいこと”を叶えるために元の世界に戻れたとしても、僕が願望に負けてしまわないように……」

「ご主人様……」

「弱くて、自分勝手で、他人に縋ってばっかりでごめん……助けられなきゃ自分のことさえ決められない……なんにも変わってない……! でも、僕は、それでも……」

 

 情けないなって何度思ったか。

 なにかを決めるにしたって、結局はうじうじと燻って、ギリギリになってからヤケクソで決める人生だった。

 もっと早く踏み出せていればって思うことが毎回で、僕は───

 

「…………」

「……僕は……」

「………」

「………」

 

 ほら。また、何かを言ってもらえるかと期待してる。

 自分からは踏み出さずに。

 その方が楽だから。あとで逃げ道を作ってるんだ。後悔することになったら、“あの時あの人がああ言ったからっ!”なんて言えるように。

 ……悔しい。

 なんでこんなに……!

 自覚があるくせに喉は動いてくれない。

 友達と認めてくれた人を真似てはなぞり、“そんな自分”になったつもりでいい気になって、結局は自分じゃなにも出来ていないんだ。

 死んだんだ。

 お前は死んだんだ。

 情けない自分なんて捨てろなんて言わない。言わないけど……! 消した傷の分だけ、忘れようとした過去の分だけ、少しは成長しろよ、馬鹿野郎……!

 

「…………~……っ……」

 

 飲み込め。飲み込んで、現状を、情けなさを飲み込んで、そして吐き出せ。

 ご主人様なんて言ってくれる人に、自分の情けなさなんて全部見せてしまえばいい。

 

「僕はっ……」

 

 自分の弱さを認めて、その上で強くなろうって決めた。

 自分で決めて、立ち向かって、いじめをしてきた男の足を正面から砕いた。

 無茶で無謀な行動が出来たのは、きっと自分に守りたいものなんてなかったから。

 いつかはきっと全てに見捨てられるって、心のどこかでわかってたつもりになってたから。

 でも。

 大切なものがある人は、守るもののために強くなるんだ、なんて理論を僕は信じられなかった。

 だって、こんなに弱いじゃないか。

 守りたいもの盾にされたら一歩も動けず滅んでいく。

 相手が無様に隙を見せるまで待つしかない。

 悪でいられたらよかったのに。

 守れた時の喜びなんて知らなければ。

 傍に居てくれる人の気安さなんて知らなければ。

 僕は……。

 

「正義なんて大嫌いだ……! ずっと曲がらずなんて出来やしないし、すぐに無力を感じて突き進むことさえ出来なくなる……!」

 

 世界には悪しかないんだって、小さな頃に気づいた。

 正義があるなら僕ら兄妹はきっと今頃二人で笑っていて、僕らは病気に涙せずに希望を───…………

 

「……でも。正義を言い訳に、自分の不幸を自慢する悪こそがっ…………僕は……!」

 

 悪は多くを語らない。悪は悪を貫いていけばそれでいい。

 悪には悪の理由がある。でも、それを敵に語る理由なんて自慢や情以外になにがあるのだろう。

 正義はどんなみじめな話からでも救いを見つけて口にする。

 悪の辛さを受け取らず、それでも、それでもと口にしては説教だ。

 なんだそりゃ、って唇を噛んだいつかを思い出す。

 同じ経験をしなかったヤツが、人の不幸に光を差そうとするなんてお笑いだ。

 だから。

 こんなものが、結局は傷の舐め合いにしからないんだとわかってる。

 わかった上で───正義が嫌いだ。悪だって嫌いだ。

 

「……僕は、僕が嫌いだ。弱い自分も、情けない自分も。背を押されなきゃ決められない自分も、悩んでばっかで走れない自分もだ」

「………」

 

 シアンが頷く。自分もだ、と言うように。

 

「だから、悪だとか正義だとか……そんなのに拘らないで、自分で歩けたらって……小さい頃に思った。すぐに親に叩き潰された、僕のちっぽけな“将来の夢”だ」

 

 誰にだってなりたい自分ってあると思う。

 僕はそれをあっさり叩き潰されて、悪だ正義だ、持つ者だ持たざる者だって考え方に染められたけど。

 なにかをきっかけに、そんな夢を思い出して取り戻せる日が来たのなら……僕は。

 

「………」

 

 天秤の悪魔が言ってくれた。

 “楽観的な性格にしてあげよう”って。

 なのに根本的になにも変わっていなかった僕に、なにが足りなかったのか。

 

  “こうなりたい”って思いが足りなかった。

 

 当たり前だよね。なりたかった自分なんて、とうの昔に壊されてたんだ。

 奴隷みたいに生きて、兄として恥ずかしくないように見栄を張って、香織に呆れられないようにって元気なフリをしてみても、自分がないから薄っぺらで、吐き気さえした。

 

(ねぇ……天秤の悪魔さん……)

 

 僕は変われますか?

 ここでまた誰かの答えを欲している情けない僕です。

 なりたいのなら、それこそ楽観的に“なろう”って決めちゃえばいいってわかってるんだ。

 この後に及んで誰かに背中を押してもらおうとして、その情けなさに涙さえ流す僕です。

 そんな僕でも───

 

「……ご主人様」

「───!」

 

 情けなくて情けなくて、ぎううと握り締めた右手が、シアンの両手に包まれた。

 持ち上げたそれを目で追えば、自然とシアンと目を合わせることになって……

 

「……シアンは、あなたに“道”を頂きました。奴隷を得る人なんて、我欲を満たす以外に目的がない、とも……知ったつもりです。なのにご主人様は、わたしをあくまで普通の人として迎えてくださいました」

「……ち、が……」

 

 違う。

 それは、奴隷なんてものをよく知りもしなかったからだ。

 そうするものだって知っていたら。強く知っていたら。

 僕だって、きみになにをしていたかわかりやしない。

 だからそんなものは結果論で───……結果論、でしかなくて…………。

 

「ご主人様。きっと結果論だーとか仰るのだと思います。でも……今わたしたちが立っているここが、結果です。わたしはご主人様が好きで、欲求が満たされたことに……無礼とは感じても、後悔はありません。……嫌われると怯えを覚えました。ご主人様の世界を崩してしまったとも思いました。……なのに、わたしは……本当に。繋がることの出来た相手が、あなたでよかったと喜んだのです」

「───!」

「……ご主人様。罰を。あなたの気の済むように。殺していただいても構いません。わたしはあなたに救われ、あなたのために生きたいと願いました。暴走したのがそんな欲求で、ご主人様には不快だったかもしれませんが───」

「ちがっ……違う! それはっ! 僕はっ!」

「何故でしょうね……不安で弱くなっていた心が、ここに飛ばされると落ち着きました。なので……もう、怖くはありません。わたしを処理する人がご主人様なら、どんなものも受け入れま───……あ、あっ……ですが、その……許されるのなら、ああいう関係を持つのは、ご主人様だけに……!」

「馬鹿を言うなっ!!」

「《びくっ!》っ!」

「好きでもない人とそんなことをなんて、誰がさせるもんか! どんなに憎い人でも! どんなに嫌いな人でも! 思ってしまったとしても、実行に移すなんてクズにだけはなりたくない! なってたまるかっ!!」

 

 拳が自分でも意識せず握られた。

 ギチミチと痛むぐらいに強く強く強く。

 

「その果てに産まれる子供の先を考えたことがキミならあるだろ!? 望まれなかっただけで! 自分らの体裁のためだけに生き残らされて! ~……生きていたから会えた人が居た!! でもっ! だったら!! ……産まれなきゃぁっ……あんな惨めな思いはせずに済んだよ!!」

 

 それを知っているからこそ、人には愛が必要なんだ。

 裏切られるまで裏切らない───……きっと、いじめられた人ならば誰もが一度は夢見るやさしい関係。

 互いが互いをずうっとそう想い、好きでいられたならどれだけ幸せだろう。

 そんな努力さえ投げ捨てて、女の子が欲しかっただけの両親を見て来た。

 ああなりたくないって心底思った。

 大事に思って、好きになった人を一生かけて愛していこうって思った。

 でも僕は弱くて。

 お金も無いし世界の常識さえ満足に知らなかった。

 それでも努力すればって思ったのに。

 世界はちっともやさしくなくて、香織は病気で、治してやることもできなくて。

 香織は……したくもない拒絶のあとに、謝ることさえ出来ずに僕と死に別れたんだ。

 後悔ばっかりだ。

 最初から───繰り返すことの出来ない世界で、最初から正解を引けたらどれだけ楽だっただろう。誰も後悔せず、みんな幸せの涙だけを流せたら、それはどれだけ───

 

「…………ねぇ、シアン」

「……《じわ……》……はい、ご主人様」

「僕らは……望まれて産まれたわけじゃない」

「はい……」

「親の都合で産まれて、体裁が悪いから生かされて……」

「《ぐすっ》……はい……」

「傷の舐め合いをしたいんじゃない、なんて綺麗事なんて捨てていいって思う。厳しいばっかでやさしくない世界でさ……誰かと手を繋いで歩くことが、ずうっと昔から夢だった」

「~……はいっ……!」

「僕は弱くてっ……男らしくもなくてっ……! 悩んでばっかで、傷ばっかり治しても心が弱いままの僕だけど、でも……!」

「はいっ……はい……!」

「知っていく努力……させてほしい……っ……! もう、“仕方ない”って諦めるのは嫌なんだ……! だからっ……だから、さ……」

「~……」

「後ろじゃなくて……僕の隣を歩いてほしい……」

「───!」

「今はまだ知らないことばっかりだけど……一緒に知らないことたくさん知って、その度に笑い合ってくれたら嬉しい……。ぼ、僕さ、ほらっ……この世界でも元の世界でも知らないことばっかりだから……さ。だから……だから───」

 

 本当に、情けない。

 なかなか出てくれなかった言葉をようやく口にしてみれば、今度は涙が溢れて先が出ない。

 

「……はい、ご主人様。わたしを、ご主人様の隣に置いてください」

 

 そんな僕の手をしっかりと握って、彼女は……シアンは微笑んでくれた。

 好きになったわけでもない、暴走から始まってしまった関係なのに。

 奴隷だからって理由だけじゃないなにかが、そこからは感じられて───

 

「…………《じー》」

「『《ビビクゥッ!?》うひゃあぉあっ!?』」

 

 ───そんな青春劇場を、じーっと見られていたことに気づいた。

 ていうかこの人っ───!

 

「あ、どーぞどーぞ俺のことは気にせず続けて? 若い者の青春は年寄りにとってのエネルギーみたいなもんだから」

「あなたはっ……さっきの……!」

 

 影から黒いのを出して、僕を飲み込んだ人……!




 続・ナンパ物語

「よォブラザー、あんなところに茶店があンぜ?」
「ちょぉどいいや休憩してこォぜ? 可愛い子とか居っかもだぜギャハハハハ!!」
「そしたら俺ナンパしちゃうかも!」
「おいおいおめぇのその顔じゃ相手されねぇって!」
「ひっでぇなぁ! まぁとにかく入ろうぜ!」

 あからさまにチャラチャラとした男達であった。
 彼らはある町の喫茶店へと辿り着くと───

「ど、どうしようお父さん……! なんかガラの悪そうな男の人たちが、お店に入ろうとしてるよ……?」
「むう……! 客であるからには迎えんわけには……! よ、よし、父さんが行くから真紀は下がってなさい……!」
「う、うん……!」
「あ、いえ、俺が行きますよ。俺、こう見えても空手とかやってますから」
「清水くん……! しかし……!」
「安心して見ててください、大丈夫スから」

 なんというあからさまなシチュエーション。
 チャラ男たちに見せ場を作れと命令せんばかりの状況がそこにはあった。
 やがてチャラ男たちは店の前まで来ると───持っていたバッグからなにかを取り出し、衣服を脱ぎ始めるやボサッとした髪の毛も着脱し、服装を改めた。
 その姿はなんと、パリッとしたサラリーマン……!

「すいません。3人なのですが、大丈夫ですか?」
「…え? あの。え? さっきまでの格好は……」
「趣味です」
「チャラチャラした格好で思っていることをぶちまけてみるという遊びをやっています。ああご安心を、普段の私たちはこの通りです」
「趣味で店の空気を悪くするなどとてもとても」
「………」
「………」
「あの。ところでそちらのお兄さんは何故拳を構えておいでで?」
「えっ……あっ、いやその、これはっ……!」
「まさか暴力で解決しようなんて恐ろしいことを……!?」
「私たちはコーヒーを飲みに来ただけですよ!? な、なんと野蛮な!」
「このクズが!」
「クズ!?」

 ……と。
 こんな感じの、視点が違えばきっと主人公クンっぽかった男性店員の青春。
 いやほんと、いつかの自分はなにを書きたかったのやら。

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