奴隷(キミ)と僕とを結ぶHIMO   作:凍傷(ぜろくろ)

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 ……なお。
 キン肉マン系ネタの際のみ、語尾が異様に伸びたりするのは仕様です。

 *例
通常:「ゲェーッ!」
肉 :「ゲェーーーッ!!」

通常:「どれ、明日は大暴れしてやるか」
肉 :「どおれ明日は大暴れしてやるとするか~~~~~~~っ!」

 って感じになります。
 “どおれ”に関してはキン肉マン二世究極のタッグトーナメント、ブキャナンとマスクドアラジンの黄金の国ジパング入国場面をどうぞ。


第二話【癒しを願った人が強いわけないじゃない】

04/キミの名は(某アニメとは関係ない。偶然である)

 

 警戒心丸出しの奴隷な彼女を連れて、適当な店で買ったパンを二人で食べる。

 ドルモスさんと奴隷商さんとは別れたから二人きり。

 自由に座れる場所があってよかった。

 これで店の中で~なんてことになったら、この子が余計に怯えてしまう。

 

「……ん、美味しいなこれ」

「……《びくっ》」

 

 美味しいって呟いただけで肩が弾かれるように震えた。

 わあ、ものすごい警戒度だ。

 でもめげません。

 たしかえぇと、こういう世界でのセオリーは、のちに香織さんと結婚するらしい友達の話では……ギルドとかいうので冒険者登録をして、金を稼ぐんだっけ?

 その前に拠点がどうとかも言ってたっけ。

 趣味が転生もののSSを読むこと、と胸を張って語っていた彼は、僕にとっての無駄知識の宝庫といっていい。だって、噂のいんたぁねっととかいうのも出来なかったしね、僕。

 けーたいでんわも持ってなかったし、ぱそこんなんて以ての外。

 僕に与えられるものなんて、どこで手に入れたのかもわからない安っぽい服だけだった。

 だからバイトで金を手に入れた時は嬉しかったなぁ。

 “溜めて溜めて、パソコンを買うんだー!”なんて思ってた時なんて、パソコンの値段を見た瞬間に夢が砕け散ったよ。

 

「で、名前なんだけど」

「……、……」

 

 びくびくしてる。

 えと、まさか言葉がわからないとかは……ないよね?

 さっき亜人のことについてを話してたら、悲しそうな顔していたし。

 ……あ、もしかして僕の顔か? 僕とか言いながらちょっぴりゴツめなのが悪いのか。みっ……見た目ほど怖くないから安心してほしいんだけどなぁっ……!

 

「僕はヒト。多賀……あー……うん。ツァガ・ヒト。ツァガは発音しづらいだろうし、ヒトって呼んでくれ」

「…………」

「ほら、ヒト。言ってみて?」

「…………ヒ」

「ん、ヒト」

「……ヒト」

「おうさ」

 

 よかった、ちゃんと喋れる。

 名前を呼ばれたことよりも、そのことが嬉しくて笑った。

 ───さて、じゃあ彼女の名前を考えよう。

 

「きみの名前を決めようと思うんだけど、嫌だったらイヤって言ってね?」

「…………?」

 

 自分を指差して、怯えながらもこてりと首を傾げる。

 そう、きみの名前を決める。そういう意味も込めて頷いてみせると、途端にわたわたと慌て出す。

 

「じゃあまずは……ドスコイカーン」

 

 全力で首を横に振られた。

 見れば、信じられない、みたいな目でこっちを見ている。

 

「や、もちろん冗談だ。でもそうしてきちんと自分の意思は見せるようにしてね。じゃなきゃ、首を横に振った名前を無理矢理つけるから」

「……!」

 

 がーん、といった顔をする。

 直後になにやら身をずずいと乗り出す勢いで僕の言葉に集中し、長く垂れた耳をぴくぴくと動かしていた。

 ……モフモフしたい。

 

「じゃあ、ええと。耳がペキニーズみたいだからペキ子」

「……!《ぶんぶんぶんっ!》」

「ニー子?」

「……!《ぶんぶんぶんっ!》」

「……《ハッ!》ズ……ッ……! ズッキーニ!!《どーーーん!》」

「……!《ぶんぶんぶんぶんぶんっ!!!》」

 

 ズッキーニは有り得ないようだ。首を横に振る速度が尋常じゃない。

 で、予想通りに首を痛めたのか、首を押さえてキュッと閉じた目に涙を滲ませている。

 

「………」

「………」

 

 そして僕も思い知る。自分にネーミングセンスというものがないことを。

 

(な、名前……名前!)

 

 考えてみれば何かに名前をつけるのなんて初めてなんじゃないだろうか。

 どんな名前が喜ばれるんだろう。

 考えながらパンを食べ終えて、まだ食べていない少女にどうぞどうぞと促す。

 おそるおそるパンに口を近づけて、けれど近づくたびにちらちらとこちらを窺うその姿は、食べようとした瞬間に奪われたか叩かれたかした経験のありそうな様相だった。

 ……何故わかるのかって、バイトするまでの僕がそうだったから。

 さあようやく食べた彼女に笑みを浮かべつつ、僕は僕で考えよう!

 

(ロ、ロドリゲスとか格好いいよね! ……女の子につける名前ではないとは思うけど!)

 

 困った。名前って難しい。

 さすがに犬っぽい亜人だからってポチはないだろうし、ううんと……。

 

「シアン」

「?」

「キミの名前。シアンでどう?」

「………」

 

 首を振らない。

 代わりに、おそるおそる自分を指差して、こてりと首を傾げた。

 

「そう。キミ、シアン。僕、ヒト。ワレラ、ナカマ」

 

 途中からカタコトっぽく言ってみた。

 するとなにかが琴線にでも触れたのか、少し目を輝かせてこくこくと頷く彼女。

 けれどすぐにハッとすると、びくびくと震えだす。

 

(………)

 

 好奇心は強いほうなんだろうなぁ。

 けれど今までの生活が、それを出すことを許してくれないようだ。

 しかし残念でした。僕はそんな態度で悲しむほど、楽しすぎる人生なんて送ってないのだ。

 

「これからの人生、どんなことになるかなんてわからないけど……一緒に生きていこう。言いたいこともいろいろあるだろうけど、とりあえず僕らは運命共同体だ。奴隷として売られていたキミを僕は買ったし、いろいろな義務が生まれるらしいからね」

 

 それ抜きにしたって、ほうっておけなかったから割って入ったのだから。

 善行だとか偽善になんて興味はない僕だけど、止めに入ってまで彼女を買った。

 だったらもう、“自由になってよかったね、ハイさよなら”なんてことは出来ない。

 きっと天秤の悪魔も笑っていることだろう。なんで買ったんだろうね。人を買うなんて行為、初めてだったのに。

 とまあ、そうして握手を求めて伸ばした手は……握られませんでした。警戒はまだまだ解けないらしい。

 

 

 

05/シアン・ド・ギャルド

 

 買った奴隷に名前をつけた。

 シアン・ド・ギャルド。元の世界……地界、だっけ。そこで教えてもらった限り、番犬、って意味だったはず。

 どこぞの貴族みたいな名前だよなと、かつての友人は笑いながら言っていた。

 ちなみに言うと、なにかのゲームにも狼に似たモンスターとして出ていたそうだ。

 

「すいませーん、宿泊っていくらかかりますかー」

 

 そんなことを考えつつ歩いていた僕とシアンは今、宿屋に居た。

 迎えてくれたのは少し体格のよろしい、三角巾とエプロンを身につけたおばさま。体格のよろしい、という部分で太いとか考えてはいけない。今目の前に居る体格のよろしいおばさまは、なんというか……そう、あれだ。友人が見せてくれた……え、えむえむでー? に、出ていた北米風ミクとかいう方の体格の良さだ。

 

「一泊食事つきで300(オロ)だよ。食事無しなら150ね」

「300……手持ちを考えると結構するなぁ……。あの、この町に冒険者ギルドってあります?」

「うん? なんだい、冒険者志望なのかい? それじゃあ先に登録を済ませてきな。ギルドカードを持ってるなら、ギルドが宿泊代を少し負担してくれるんだ。その方がお得だよ」

「え……そうなの?」

 

 なんともお得な情報を聞いてしまった。

 おばさんは僕を見てにっこにこ笑顔。なんというかこう、背伸びしようとしている子供を見るような、微笑ましさを孕んだ目だ。

 ……この歳で冒険者って、この世界じゃ珍しいのかな。この顔でそんな態度をとられるのって初めてかもしれない。

 

「いいかい? この宿を出てまっすぐ行けば冒険者ギルドだ」

「向かいの建物じゃないですか!」

「あっはっはっはっは! おうともさ! ギルド向かいの宿屋、“海の波風亭”たぁウチのことさね!」

 

 豪快に笑う女将さん。

 訊ねてみれば、名前はミレアノさんというらしい。

 

「あ、ご丁寧にどうも。僕はツァガ・ヒトです。で、こっちはシアン」

「……、……《ぺこぺこ》」

 

 急に紹介されて、おどおどしながら頭を下げるシアン。

 ……ここに来るまでもそうだったけど、やっぱり亜人って妙な目で見られるっぽいから、こういう態度になるんだろうなぁ。

 というか、まさかシアンが原因で泊まれなくなるとかは───まあそんなこと言われたらこちらから全力で願い下げの宿屋になるわけだが。

 

「へぇ! 亜人かい! 可愛い耳と尻尾だねぇ!」

「!?《ババッ! ズシャァーム!!》」

 

 亜人かい、の部分で尻尾をシャキーンと立てたシアンが、何故かバックステップしてフシャーと威嚇をした。

 いや、猫じゃないんだからフシャーはないでしょフシャーは……。

 

「お、おやおや、驚かせちまったかい? あぁいいんだよぉ、ウチは誰だろうと客は客って心構えでやってんだから。むしろそんな差別するやつほど泊めたかないね。だから、安心おしよ、シアンちゃん」

「………」

 

 まるで某魔物狩りの金色猿が怒った時のような反応を見せたシアンだったけど、ミレアノさんが変わらずに笑顔で語りかけると……、……いや、こっち来なさいってば! こういう時っておそるおそるでも戻ってくるところでしょ!?

 

「シアンー、おいでおいでー」

「………」

 

 呼んでみればびくっと震えて、逆立てていた耳も尻尾もぺたんと下げて、おどおどと近づいてくる。

 う、ううん……この“買った主人だから戻ってくる”って反応、あまり好きじゃないかも……。

 

「その子、奴隷かい?」

「元です」

 

 シアンの反応を見てか、おばさまが訊いてきた。それに返す言葉は当然“元”だ。

 奴隷契約を結んだからといって、ずっと奴隷だなどと呼ぶ気はさらっさら~のサラサーティー! ではなくてさらさらない。

 なので、僕が出来る“馬鹿”を散々と見せ付けて、このびくびくおどおどから立ち直ってもらうのが当面の目標っぽいなにかだ。だって、家買わなかったからこれからどうすれば幸福に生きられるのか、まるでわからない。

 

「魔物にもいい魔物ってのは居るんだけどねぇ。その子の怯え方からするに、望まれなかった子かい」

「いえあの、ミレアノさん。ちょっと踏み込みすぎじゃないですか? 知ろうとしてくれるのは嬉しいですけど、シアンのことも考えてあげてほしいです」

「おっと、すまないねぇ……あたしの娘も亜人だったんだけどね、そういう……なんていうのかい? 亜人差別が原因で自殺しちまってね……」

「心の底からすいませんでしたぁあーっ!!《どごぉんっ!!》」

「!?」

「いやちょっ……なにやってんだい!」

 

 高速で土下座しました。床にぶつけた頭に大激痛。しかし知ったことではございません。

 なんたること……! 娘さんと重ねて心配してくれたというのに、僕ってやつは! 僕ってやつはぁーっ!!

 

「亡くなった娘さんを思っての心配に対し、なんたる無礼! やさしい親であるだけでも素晴らしすぎるのに、親の愛を知らないばかりに僕ってやつは!!」

「い、いいんだよぉ! あたしだって妙に重ねて踏み込んだ心配しちまったんだから! 顔をあげとくれ! シアンちゃんも! 真似しなくていいんだよっ!」

 

 ……おばさまのありがたいお言葉を耳に、ゆっくりと顔を上げ「いいから立ちなっ!」……顔を上げただけじゃダメだったようです。

 立ち上がってもう一度頭を下げると、カウンター越しに頭をわっしゃかと撫でられた。

 

「おわっと、ミ、ミレアノさん?」

「親の愛を知らない、って言ったね。また踏み込んで悪いけど、親が居なかったのかい?」

「え……ああいえ、親が僕をいらない子として見ていただけです。女の子が欲しかったそうで。それ自体はもうどうでもいいので、あの、手、放してもらっていいですか?」

「いらないって……だから冒険者になって身を立てようとしたのかい?」

「えと、まあ……そんなところです」

 

 シアンを買ったからお金がなくて、冒険者にならないとやっていけないかもしれない、なんて言えません。

 探せばなにか仕事があるかもだけど、考えてみれば身分を証明するものがなにひとつとしてないんだよね……。こういうお話のパターンではギルドカードが身分証明になるらしいから、まずはそれをと……こうして張り切っていたわけだし。

 友人の知識、侮りがたし。

 ……ただ単に僕が何も知らないだけか。体格の将来性はある~とか言われても、中身がこれじゃあなぁ。

 

「わかった、もう何も訊かないよ。そんじゃあギルドに行っといで。まずは薬草摘みでもして、地道にランクをあげていくといいさ」

「押忍! ありがとうございます!」

「!? オ、オス……!」

 

 握り拳を腕ごと横に開き、頭を下げる。

 どうしてかそれをシアンが真似して、ミレアノさんはそんな僕達を前に大笑いしていた。

 

……。

 

 ギルド。

 冒険者ギルドと呼ばれるそこは、言われた通り宿の目の前にあった。

 目の前といってももちろん道を挟んでいるため、一歩進んでハイ目前、って場所にあるわけじゃない。

 

「すいませーん」

 

 ギルドの羽扉をコキィと開けて中へ。

 羽扉があると、なんというかこう……酒場みたいな雰囲気あるよね。でも実際羽扉なんです。

 

「あぁん? なんでぇボウズ、ギルドになんか用かい」

 

 入った途端、筋肉ゴリモリのハゲたおっさんが話しかけてきた。

 おお……マッスルなのに肌が白い! なんかマッスルでハゲって色黒なイメージなのに! 言っちゃなんだけど不気味! 妙に不気味だ!

 しかも背が高い! 僕より頭二つ分くらいは大きいんじゃないだろうか……!

 

「ア、ハ、ハイ、僕、ツァガヒト、イイマス……! ギギギッギギギルドニ入リタクテー!」

 

 そんな奇妙さと不気味さを前に、つい声が裏返ってしまう。

 ハゲ美白マッスル様はそんな僕を見てテコーンと歯を光らせると、モコムキとポージングを取りながら自己紹介をしてくれた。

 

「自己紹介から入るたぁ礼儀正しいボウズだ! 俺はハァーン! よろしく頼むぜ!」

「ハ、ハーンさん……?」

「おぁ? ぁあ違う違う、ハーンじゃねぇ、ハァーンだ」

「ハァーン……さん?」

「おおそれよ。耳で聞くだけじゃあよく間違えられるからよ、きちんと覚えてくれな」

「お、押忍」

 

 小さい“ァ”があるらしい。

 そしてその小さい“ァ”に物凄いこだわりを持っているようだ……って、自分の名前なんだから当たり前か。

 僕のように人だからヒトなんて名前じゃないんだ、そりゃそうだよね。

 ……って、シアン、押忍って言いながらさっきの礼をしなくていいから。

 

「そっちの嬢ちゃんは───……亜人か。苦労してんだろ」

「まあ、いろいろ。訊かないでくれるとありがたいです」

「おぉよ、わかってらぁ。んで、ギルドに入りてぇんだったな。受付はあっちだ」

「おお、親切にどうも」

 

 親指で促された場所には、耳を尖らせた女の子が居た。

 小さなベレー帽みたいなのを被った緑髪。髪型はこう……ひと房の三つ編みを左肩から前に垂らしている……な、なんて言えばいいんだ? 僕髪型のこととか詳しくないよ……。友人が言うには、“ラノベの主人公”っていうのは周囲にどれだけ馬鹿だアホだ言われ、そういった方向に無知で、ファッションにとても疎くても、視界に入った人の服の名前や髪型も全部わからなきゃいけないらしい。主人公ってすごい。

 ともかくそんな女の子が、語尾にザマスをつけそうな人がつけてるような三角眼鏡の横をこう、ツイッと上げつつ、こちらを見ていた。

 

「………」

 

 ともかく受付へ。

 声をかけようと思ったんだが…………わぁ、ちっちゃい。

 天秤の悪魔さんにも負けないくらいにロリぃ体なのに、身につけているものはお姉さんっぽいものばかり。

 むしろ三角眼鏡が……その、大きさ的にもあまり似合ってなくて、目の前に立ってはみたものの、なんと声をかけたらいいものか。

 エルフさんだステキー! とか言えばいいのでしょうか。ていうかエルフだ! わあ本物!

 

「え、えーと、お姉さん? ギルド入会手続きというのをした───」

「《ぱああっ……!》ようこそ冒険者ギルドへ! 歓迎しますョ少年!」

「───ぃ……ん」

 

 デスケド。

 その言葉は出なかった。

 お姉さんという言葉だけで、キリっとしているのかぶすっとしているのか微妙だった表情が輝いた。

 

「ご案内させていただくのはエミュル・アルフェルム! かっこ254歳でございますョ! そう! おねーさん! おねーさんですョ!」

「やはりそうでしたか! 滲み出るお姉さんオーラが、僕にそうではないかと思わせていたのです!」

「わかりますかこのお姉さんオーラが! よろしい少年! 入会を許可しますョ!」

多謝(トーチェ)!」

 

 ノリよく行ったら一瞬で入会が許可された。

 「さぁ指を出すのですョ!」⇒指を出す⇒「ドーン!」⇒指サックみたいなのを嵌められてスイッチを押される⇒「血液登録完了!」⇒ギルドカード発行⇒名簿に登録完了。

 ……一分もかからなかった。

 

「さあそっちのキミも! ……おお、キミは亜人さんか! 大丈夫! お姉さんは懐が広いから、たとえ亜人だろうが入会を許可しましょう! ただしエロい男は滅びてしまえ」

「!? !?」

 

 おろおろするシアンの指にも強引に指サック⇒登録完了。

 血液を摂るためだけの装置のようで、それさえ終われば指サックはあっさりと外された。

 こうしてあっという間に登録完了、なんだけど……

 

「あの、これでもうクエストとかも受けられるので? もっとこう、一日くらい発行に時間がかかるものかと……」

「技術の進歩ってやつデスョ。北の魔女がいろいろやったから、この世界もどんどん変貌しましたのョ」

「変貌?」

「おやおや空間融合事件を知らないということは、少年はこの世界の人間じゃあございませんね?」

「イ、イエース・ザッツライト」

 

 英会話のCMの真似らしいそれを、友人の真似をしてやってみた。

 するとどうでしょう。受付のお姉さん(外見幼女のエルフさん)は、三角眼鏡の端をクイィッと持ち上げて光らせると、ニヤリと笑って説明を始めてくれた。

 

「空間融合事件。29年前あたりに北の魔女たる“ヤムベリング・ホトマシー”と呼ばれる存在が起こした世界崩壊級の大事件です」

「29年!? ……なんかあまり前じゃないんですね……」

「そうでもありませんョ。これでもその29年は大変だったのデスから。見知らぬ大陸や町や城の出現、見たこともない魔物の出現に、人々は大混乱デスョ? それに順応するために様々な機関を作り、現れた町の住人とも話をつける日々。いろいろあってこうして平和っぽく見えますが、これでもこの29年間は血を吐ける忙しさだったと自信を持って唱えましょう。経験者としてネ!」

 

 いろいろと大変だったらしい。

 というか、融合ってなにと融合したんだろうか。

 

「なにと融合したんだろうかという顔デスね。ええ、北の魔女はこの空間世界アルマデルを、創造世界“フェルダール”というものと融合させたらしいのデスョ」

「うわぁ……」

「うわぁ……ってなりますョね? 話を聞いた時はお姉さんもたまげました。事情が入手できなければ、住人にしてみれば町や城や陸などが急に出現した異変でしかありませんからね。しかし何かを物申すにしても相手は魔術を作り出してみせた魔女。異論を唱えられるほど、おねーさんの地位は追いついていなかったのデスョ」

 

 世界融合って……始まりの町での情報だっていうのにとんでもなさすぎだ。

 もっと“スライム弱いですね”“それほどでもない”くらいの情報だったら、まだ安心して笑えたのに。

 

「そんなわけで現在この世界は様々な魔物が溢れかえっております。是非冒険者の皆様には、それらを討伐してもらえればと」

「……強いんですか?」

「様々デス。ちなみに人にはそれぞれレベルというものがありまして、それらは他世界から降りた者であろうと、この世界に降りた瞬間から手に入るものでもあります。この世界に来てから、視界の端に妙なものが見えませんか? それがコマンドパレットデスョ」

 

 ああ、あれがそうだったのか。

 確かにそれは既に調べたから……大丈夫だ、問題ない。

 

「この世界に来た時点で? 産まれた瞬間から?」

「そうなります。産まれた頃からそれが自然なので、もはや皆様慣れてしまって。いろいろな子供が我こそ最強と、自分を高めることに夢中になったりもします」

「そうなると、29年だけでも随分と戦士が増えるんじゃ……」

「“俺なら出来る”と突っ込んでは死ぬ馬鹿どもばっかりデスが?」

「あー……」

 

 気持ち、わかるなぁ。

 僕だってステータス移動なんて能力が無ければ。癒しなんて能力が無ければ、出来れば危険は回避したい。だけど男の子だもの! ファンタジーには憧れるよ!

 

「とまあ、そんな尊い犠牲の上で、今現在のギルドが成り立っているわけデス。いいデスか? 無理は禁物デス。心得の第一はそれだけデス。やばいと思ったらすぐに逃げてください。町には結界が張られているので、弱い魔物は侵入できませんので。ちなみにそういった理由で、半分魔物の亜人が町の中に居るのは大変珍しいのデス」

「それが原因かぁあああーっ!!」

 

 道理で弱弱しいと思ったよ!

 ちょ、シアン!? 苦しいならそう言おうよ! 奴隷だから言いづらいのはわかるけどさ!

 

「冒険者は皆、強い者を好むものデス。だからそんな状況下なのに主人に付き従う亜人奴隷……感心しないわけがないでしょう! なので亜人の子! おねーさんはキミを歓迎する!」

「あ……そういうこと……」

 

 亜人差別があるくせにみんな優しいのはそういうことなのね……?

 

「さてと、話はここらへんにして、適正を調べましょう」

「適正? あ、どんな武器が得意~とか、そういうのか」

「そうデス。得意……もしくは好きな武器はありますか?」

「男だったら拳で勝負!!」

 

 無手になった時に何も出来ない勇者に価値などあるものか。

 そう豪語する友人の傍で、こくこく頷いていた僕ですから、それだけは譲れない。

 

「なるほどなるほど、勇敢デスね。では奥へどうぞ。ギルドメンバーの修練場がありますので、そこで軽い試験を行ってもらいます。いわば初期スキルを覚えてもらうという最初の関門デス」

「スキル! え、いきなり覚えられるんですか!?」

「適正が無ければ無理デスけどね」

 

 わあ、なんだか覚えられないフラグが立った。

 ともあれ、おねーさんに促されるままに奥へ行くことに。

 具合悪そうにしているシアンを招き、初めての癒しを行使しつつ向かった。

 ……驚いたことに、具合の悪さが一発で治った。

 すごい、IYASHIすごい。

 

……。

 

 藁で作られた人形があった。

 そこへ、教えられた型を取って拳を叩き込む。

 それが、体術スキルの最初の覚え方だそうだ。

 

「ホォオオーアタァッ!!」

 

 でしん。

 そんな音が鳴った。

 一応STRをMAXにするステータス移動を意識してやってみたけど……

 

  STR:5

 

 なんも変わっとりゃせんのですが!?

 あれぇ!? ステータス移動のギフト、効果ないですよ天秤さん!

 

「体術適正5。ツァガヒトさんは体術に向いてませんね」

「ゲェエーーーーーッ!!」

 

 あっさり言われてしまった。

 ならばと片っ端から様々な武器を手に適正を調べてみるのだが、

 

「長剣、短剣、大剣、双剣、槍、棍、斧、鎚、投擲物……全て0」

「ゲッ……ゲェエーーーーッ!!!」

 

 さらにあっさり言われてしまった。

 ならばと友人に聞いていた魔術ちーととかいうものかもしれないと、魔法の適正も調べてみた。

 そしたら……

 

「攻撃魔法、状態異常魔法、強化魔法……全て適正0デスね……」

「僕もう泣いていいですか?」

 

 全滅だった。

 

「ただし、治癒魔法だけは計測機が振り切れるほどの適正デス。100では足りないというのは初めてデスョ」

「ほ、ほんとに!? 嘘じゃない!? 僕泣かなくていいの!?」

「はい。それに適正がどうあれ、戦っている内に才能が開花する例もありますョ? ならば好きという理由だろうと適正が5だろうと、体術を極めてみるのも悪くありません」

「だよね!? そうだよね!? よぉおっし! 僕は体術王を目指す! 癒して殴れる格闘王だ! やるぞーっ! おーっ!」

「お、おー……」

 

 振り上げた拳を見て、シアンがおずおずと真似してくれる。

 具合の悪さを癒したのがきっかけになったのか、少しだけど僕に気を許してくれたのかもしれない。

 

「おっと、そういえば亜人さんがまだデした。亜人さん? 好きな武器、または得意な武器はありますか?」

「? ……、……」

 

 問われ、どうしてか僕を見るシアンさん。

 や、僕に気を使わなくてもいいんだよ? 僕が拳だからって、キミも拳にする必要は……というか、まさか自分はいろいろ得意で、僕が0なのを気にしてる……とか?

 

「シアン、僕らは仲間だ。仲間だからこそ、僕が持たない技術を持つ人が居ることが大事になる。遠慮せずにやってみて。キミが僕より得意ななにかがあるなら、僕はそれを癒すパートナーになろう! ……男として物凄く情けないっすねこれ……」

「少年、強く生きるのだョ」

 

 うんうんと頷かれながら、肩を叩かれた。

 ……まあ、僕の悲しみはどうあれ、適正調査は行われた。

 シアンの適正は……体術100、投擲物50、それ以外は0だった。

 結果、体術スキル“克己”を覚えて、さらに投擲スキルの“よく狙う”を覚えた。

 

「克己?」

 

 こっき、だよね? 音速拳とか使えるようになったわけじゃないよね?

 

「己の邪念などに打ち勝つ、という意味の言葉デスョ。おどおどした亜人さんには丁度いい初期スキルデスね」

「おおなんと」

 

 それはいい。と見てみれば………

 

「なんかあんまり変わってなさそうなんですけど……」

「……おどおどが、おど、に変わったくらいデスね……」

 

 所詮そんなもんだった。

 

「ところでこの適正って、100が限界値なんですか?」

「振り切れること自体が間違ってイルノデス。むしろ亜人計測なんてお姉さんも初めての経験デスから、これが普通だと言われれば普通なのでは?」

「なるほど……」

 

 でも彼女、今呪われてンスョね……。

 じゃあ呪いを解いたら体術適正どうなるんだろう。

 気になったらやってみたくなる。いつやる? 今でしょ。

 

「シ~ア~ン~♪」

「!?《ビビクゥッ!!》」

 

 甘ったるい声を出しながら近づいたら、心底驚かれた……何気にショックだった。

 しかしそんなシアンに近づいて、まずは一言ボソリと。

 

(呪いの証みたいなのって、どっかにある?)

(! …………)

 

 呪いって言葉にびくりと反応。けれどソッと奴隷の服の肩の部分をずらす……と、そこに黒い紋様のようなものが。

 

「これが…………よし」

 

 癒しは癒し。いいから癒されなさい。

 そんな説明を信じて、呪いの紋様らしきそれに手を当てると、はい治療!!

 すると自分の手の甲にある奴隷の紋章が輝いて、項目の更新を告げた。おおすごい! こんな機能まであるのかこの奴隷の紋章! ていうかほんとに呪いの治療が完了してる! 癒しすごい! こんな簡単でいいの!?

 

◆シアン・ド・ギャルド/JOB:奴隷/主人:ツァガ・ヒト

 Lv 1

 

 HP 80/80

 SP 50/50

 

 EXP 0

 NEXT 5

 

 STR 6

 VIT 5

 DEX 4

 AGI 15

 MND 3

 INT 3

 CHR 11

 

 SKILL:嗅覚強化、聴覚強化、体術【NEW!】、投擲【NEW!】

 £:0

 

 ◆EQUIP

 頭:無し

 首:無し

 胴:奴隷の服(全身装備扱い)

 手:無し

 腰:無し

 足:無し

 

 *人物説明

 奴隷の亜人少女。

 猫狼・アイリュコスという魔物と人間のハーフ。

 つけられた名前を気に入っていて、具合の悪さを癒してくれた主人に興味が沸いている。

 呪いが解けたことで主人よりも強くなり、カリスマも勝った。

 大丈夫かこの主人。

 

 ……。

 

 だからうるさいよもう!!

 ほっといてよこれからレベルアップして成長するよ!

 あ、あーあーあー、そう! そうだね! なんなら今からでもステータスいじってカリスママックスハートでこの説明文を更新してやろうじゃないか!

 ていうか威嚇の声が猫っぽいと思ったら、猫狼……猫狼!? なにそれ初めて聞くんですけど!? いや視界には入ってたけど、その時はまだ頭の中がごちゃごちゃで受け入れきれなかったっていうか! ……ごめんなさい僕の怠慢でした。

 

「? ?」

「あ、ああ、うん。シアンはちょっとそこで藁人形でも叩いてなさい。多分さっきより調子がよくなってると思うから、体を慣らすためにも」

「…………《こくり?》」

 

 おどおどが少し消えたのは結構助かる状況だ。

 シアンは疑問符を浮かべながらも頷いて、また藁人形をぺちぺちと叩き始めた。

 おねーさんはそんなシアンに「もっとこう、脇を締めてー」なんて指示を出して、スキルについてを話している。

 そんな光景を余所に、僕はステータス移動を!

 はいステータス移動!

 

「………」

 

 ステータス移動!!

 

「………」

 

 ………………移動しない。

 ちょ、ちょっと待とう。なに? このサブスキル壊れてるの?

 天秤先生、勘弁してください。これじゃあ僕悲しすぎて泣いてしまう。

 友人の話だと、こういうSSって主人公が滅法強くて無双する~っていうのがセオリーらしいじゃないですか。

 なのにこんなのって……!

 

「………………《チ、チラッ……?》」

 

 なんの気なしだった。

 ちょっとイジケるみたいに、うりゃーとシアンの項目に意識を向けた。

 ステータスがこんなにあるなら、他のに回せ~って感じで。

 そしたら───

 

  モゴシャアッ!!

 

 妙な音が鳴って、ぺちぺちと藁人形を叩いていたシアンを見たら……藁人形の首が……もげてらっしゃった。

 

「け…………計測機、振り切れたデス……」

 

 数値を示す針が限界以上に回っている体術計測機。

 まさかと思って、僕が今までいじくっていた奴隷紋の中のシアンのステータスに目を向けると……

 

  STR41

 

 …………エエト。

 

「ワア……」

 

 天秤先生、これ……自分自身に使えるスキルじゃあ……ないンスね……。

 ハ、ハハハ! そうだよね癒しだもんね! どう考えてもオトモの役だよね! あははは! あははははははは!

 そんなこったろーと思ったよどちくしょぉおおーっ!!

 




 タイトル回収:癒しを願った人が強いわけないじゃない。
 これから少しずつ、彼が素晴らしい武器、もとい防具、もとい……な、なにかになる様が描かれてゆく……!

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